*注意*
この話はシリアスです。
題名にホイホイされた方はお気をつけください。
あと、例によって長いです。
前作ほどではないですが。
それでもよければどうぞー
孤立。
そこでは私は一人だ。
門番のいない門。
魔女のいない図書館。
メイドのいない廊下。
寂れ、廃れ、ボロボロになったそこを、ただ彷徨う。
何を目指す?
何を欲す?
わかっていても問いたくなる。
己を否定したくて。
それがどうしたと開き直りたくて。
無縁。
今までの世界に慣れきっていた自分は・・・
いつかのような孤独には・・・
戻れなかった・・・
だから彷徨う。
ぬくもりを求めて。
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紅 美鈴の朝は早い。
日の出前には床から這い出し、寝ぼけまなこを擦る。
閉じようとするまぶたを、その鋼の精神力で持ち上げる。これに勝たねば待っているのはお仕置きだ。
今日も何事も無かったように、まぶたとの死闘に打ち勝った。
立ち上がり、日課の体操と太極拳の型を行う。
だが、このときはまだ寝ぼけていることが多い。
案の定、この日も型の途中にふらついて、箪笥の角に小指をぶつけた。
それが終わると、着替えと軽い身支度、朝食を取ったら、すぐに仕事が始まる。
自分の部屋を出て、廊下を歩く。夜勤の妖精メイドたちとすれ違いながら、進む。
屋敷の外に出たら、寒風が全身に襲い掛かった。
「うぅ・・・しばれる・・・」
暦の上では春になったとはいえ、この時間帯はまだまだ寒い。
門の前に立つ。寒い。寒い。
今だに霞に包まれた脳みそを少しづつ覚醒させていく。
そして、完全に目が醒めたころになって、太陽が湖の水平線から顔を出す。
いつも通りの朝を向かえて、いつも通りの仕事が始まった。
パチュリー・ノーレッジには、朝など関係がない。
日の出の太陽が地下にある図書館に入り込むことはない。
故に、日の出など見ることも、日が出たことを知ることすらない。
ただただ、本を読む。これに尽きる。
この日も、前日から読みふけっていた哲学書を読み続けていた。
そんな中、使い魔から紅茶を手渡される。
「モーニングティーです」
この一言で、今が朝であることを初めて知った。
早朝。友人が寝静まり、静かな時間。
だから、珍しく動く事にした。
うるさく言われては、モチベーションが下がるというものだ。
ティーカップを受け取りながら、サラリと言う。
「それじゃあ、実験でもしましょうか」
唐突な言葉にも、使い魔は「わかりました、準備します」と、何事も無いように受け答える。
こうして、魔女の実験は始まった。
十六夜 咲夜の朝は、日が顔を出し切ったあたりから始まる。
目覚めはぱっちり。
上半身をベッドから起こし、軽く伸びをする。
パキポキという、間接が伸びる音が耳に響く。
疲れでも溜まっているのかと考えて、それは無いなと思いなおす。
休みはきっちりとっている。時間を操れば、体力の回復など思いのままだ。
まあ、精神力はその限りではないのだが。
ナイフを体のあちこちに仕込みつつ、着替えをすませる。
その動きには一切の無駄が無い。完璧で瀟洒と言われるだけのことはある。
しかし、ヘッドドレスが見当たらない事に気付く。
「・・・おかしいわね」
どこにやったのかを考察すること20秒。
ふと、昨日から干しっぱなしであることを思い出した。
部屋の窓を開けて、そこに干してあるヘッドドレスに手をかける。
それは、ビシャビシャに濡れてしまっていた。どうやら、夜間に雨が降ったらしい。
昨日のうちに取り込むはずだったのに・・・
自分の抜けたところに若干落ち込みつつ、時を止めて、その中で乾かした。
メイドの象徴ともいえるヘッドドレスを見につけて、準備は整った。
今日も、どこか抜けた瀟洒なメイドが、館の中で奮闘する。
レミリア・スカーレットにとっての朝は、すなわち夜の始まりと同義であった。
そう、過去形である。
最近は昼間に活動する習慣がついてしまい、完全な昼型へと変化していた。
吸血鬼としてそれはどうなのかと友人に言われることもある。
だが、問題はないだろう。
昼間に活動する吸血鬼。
そのほうが、幻想郷らしい存在と言えるのではないだろうか。
「・・・・・・・・・」
無言で目を覚ます。
まだ、いつも起きる時間ではない。それよりも遥かに早い。
起きて最初にしたことは、己を両腕で抱きとめることだった。
ガクガクと体を震わせ、わなめかせる。
脂汗が目に入り、染みて、痛みの余り目をこすった。
右手で両目をこする間も、左手は体を押さえ、震えは止む気配を見せない。
かれこれ10分ほどしてから、ようやくレミリアは動き出した。
なんとかしなくてはならない。
私自身も、この館も。
ならばするべきことは一つだ。
改革だ。
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館の廊下を、レミリアはズンズン進む。
メイド達は多少の戸惑いを見せながらも、会釈と挨拶。
大方、この時間に主が活動していることに驚いているのだろう。
だが、今のレミリアにはそんなことを気にする余裕も無く、事実気にしていなかった。
会釈は目に留まることなく、挨拶は耳に入ることはない。
まずは門へ。
その後、友人の下へ。
仕事が山積みで忙しいだろうから、メイドは後回しだ。
窓の塞がれた螺旋階段を降り、ロビーに着く。
外に出るために、大きな木製のドアへと向かい、歩く。
が、その途中で館が揺れた。
「・・・!?」
地震ではない。
どうやら、地下からの振動のようだ。
周囲の妖精メイド達が、一体何事だと混乱している。
慌しく、うろうろと行ったり来たり。
その姿が、レミリアには無様に見えて仕方が無かった。
「・・・静まれッ!!」
ピタリ
館も、メイドも、主の恫喝一つで止まった。
館は偶然、タイミングが合っただけかもしれないが。
「うろたえるな。それでもこの紅魔館の使用人か!」
静かな物言いなのに、音量と迫力のある透き通った声。
その一声でメイドは一人残らず恐怖し、全身が凍りついた。
唯一、汗だけがその体を流れ落ちる。
主の、明らかに怒りを湛えた顔を見れば、動けなくなるのも無理はない。
「・・・もしかしたら、フランが暴れているのかもしれない。私が見に行くから、万が一に備えて戦闘の準備をしておけ」
「・・・は、はい」
「わかり・・・ました」
「了解です・・・」
普通の者ならば、余りの場の緊張感で、返答など出来なかったであろう。
よく訓練されたメイドである彼女らだからこそ、出来たと言える。
返事を返す程度はある胆力に満足したのかわからないが、主は顔に笑みを貼り付ける。
そして、何事も無かったかのように歩き出した。
主の姿が見えなくなってから、メイド達が一斉に座り込んでしまったのを、咎めることはできないだろう。
紅魔館地下図書館
数多くの蔵書が、今日もそこで眠っている。
綺麗好きな使い魔がいるため、そこは多少は埃っぽいが、常に本は所定の場所に存在し、目立つ汚れは一つもない。
はずなのだが。
「・・・で、これはどういうことなのかしら」
「だから言っているでしょう、失敗しただけよ」
本棚のいくつかが粉微塵に吹き飛んでいた。
中に入っていた本は、一つ一つに防御魔法がかけてあったらしく、無事であった。
だが、木片は床を覆いつくし、焦げ臭いニオイと煙が漂っている。
使い魔と、何人かのメイドが掃除と修復を行っているが、この有様では綺麗にするのにかなりの時間がかかるだろう。
この惨状の犯人である友人パチュリーは、そんなことは知らぬ存ぜぬとばかりに、本を読みふけっていた。
「パチェ、あなたには片付けようという意思はないの?」
「バカねレミィ、だから使い魔を使役しているんじゃないの」
「かわいそうねあの子、こんな身勝手な魔女にこき使われて・・・」
赤髪で長髪の悪魔を見ながら、レミリアは感慨深気に言う。
ハッと鼻で笑うパチュリー。
「貴女にとっての咲夜だって似たようなものでしょう」
「否定はしないわ」
木片が突き刺さった隣の机を一度見て、レミリアはパチュリーの向かいに座った。
この位置だと本が邪魔で表情が窺えないが、会話に問題は無いだろう。
「で、今日は一体どんな奇天烈な実験をしたの?」
「奇天烈って言うのは、魔女にとっては褒め言葉よ。それはすなわち、何者にも『意外』だと思えるような盲点を追求しているということなのだから」
「オタク根性はほどほどにしなさいな。そして、さり気なく話を逸らそうとしないの」
パチュリーは声色一つ変えない。
態度もかわらず、本を読み続けている。
「今日の実験は、混じり気なしの純粋なニトログリセリンを魔法薬として用いる場合、どれほどまでの化学変化に耐えることができるのかっていう実験」
「それ、意味がある実験なのかしら?」
「知っておいたら、いつか役に立つかもしれないじゃない」
わかりきったことだ。
そんな、軽い衝撃で爆発するような劇薬が、魔法と言う名の化学変化についてこれるわけがあるまい。
爆発オチが目に見えている。それは、パチュリーもわかっていることだろう。
そもそもパチュリーの魔法は、属性魔法。火や水といったエレメントを用いる魔法だ。
化学物質を使うのは、どちらかといえば魔理沙だろう。パチュリーの分野ではない。
でも、やる。
結果がわかっていても、自分の目で確かめなければ気がすまない。
自身に利益がなくとも、知識欲を満たすために。
変人、ここに極まれり。
レミリアはそう思った。
「・・・ともかく、本題よ。奇天烈な実験はやめなさいな」
「溜めも間も作らず、これまたはっきりと言ったわね」
「それほど迷惑ってことよ。何度も何度も言っているのに、やめる気配なんか欠片もない」
「耳が痛いわね」
「心にも無いことを」
本から目を離さないのだ。例え、心のうちに一欠けらの罪悪感があったとしても、それをおもんぱかることなどできはしない。
「あなたが変な実験を行うせいで、烏天狗の新聞にはあることないこと書かれているのよ?」
「・・・それで?」
「館の風評が悪くなるから、やめなさいな」
・・・・・・
パチュリーは不思議に思っていた。
ここ最近のレミリアは、何故か体裁を気にする。
霧の事件を引き起こす前後から今までは、そんなことはなかった。
好きなことを好きなようにし、楽しむ。
太陽が邪魔だから霧で包む。
とても幻想郷らしい生き方をしていたのだ。
だからこそ、唐突に風評や体裁を気にしだしたことが、不思議でならない。
良く見せることが、そんなに必要なことなのだろうか。
「いいじゃないの、魔女の実験には失敗はつきものなのよ?そして、それくらいの知識は天狗も持っているわ」
「ダメよ。そういう知識がない者たちに、そういう事情を一切知らせずに新聞を製作しているのよ。そんな楽観的じゃあ駄目」
「楽観的とか、そういう問題じゃないわ。あなた、最近少しおかしいわよ?」
「・・・ッ!?」
おかしい
ただそれだけの、曖昧な言葉。
それに、レミリアは異常に反応し、顔を歪めた。
(・・・?)
やはり変だ。
いつものレミリアではない。
確証は無いが、確信はあった。
「と、ともかく実験はやめなさい。いつものように本を読むだけにしておくのよ」
それだけ言うと、歪みの引かない顔を隠すかのように、図書館から出ていってしまった。
「・・・・・・・・・妙ね」
何が妙なのか、言葉にはし難い。
だが、興味がわいた。
親友の言動をいぶかしみ、心配する友としてではなく。
吸血鬼の突然の異常行動を観察したいという魔女としての興味。
魔女のすることは考察、実践、観察、記録だ。
つまり、考えて、やってみて、それを見て、書き残す。
考察ができるほどの材料はない。
ならば、実践と観察を行うことにしよう。
考察が無くても、それで十分な記録が得られるだろう。
ならば・・・
パンッ パンッ
両の手を二度ほど叩き鳴らすと、清掃作業中の使い魔が文字通り飛んできた。
「なんでございましょう」
「掃除が終わり次第、次の実験をするわ。この本に載っている材料を集めて頂戴」
そう言って、今まで読んでいた本を使い魔へと手渡す。
「かしこまりました。掃除はメイドの方々に任せて、早速出発しますね」
「手早くね」
使い魔がその場を去ってから、パチュリーはニヤリとほくそえんだ。
この場合の実践とは、『このまま実験を続けたらレミィはどういう反応、行動を示すのか』という実践だ。
使い魔が真実を知ったら、「ただの嫌がらせではないですか」と言うことは請け合いだが、気にしてはならない。
そういうことで、つまりこの次の実験自体にはさほど意味はない。
ただ、周りから見て奇天烈だと感じるものをチョイスしただけだ。
「さて・・・レミィはどうなるのかしら」
己の知的好奇心を満足させるため、魔女は友人で実験をする。
これこそが、まさに魔女と言うのではないだろうか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
紅魔館正門
少々大きめの、分厚い門。
左右の門柱ではガーゴイルの像が湖を睨みつけ、門の前では門番が・・・・・・
・・・・・・
・・・目を閉じて、シエスタの真っ最中であった。
だが、仮にも彼女は紅魔館の門を任された存在。
動物や風、音、雲の流れ、湖の水音。
そういったものの気配を感じ取り続けている。
そして、何か異常が起きたら即座に眼を見開き、行動に移せる。
森羅万象の気配を感じ取る。
これこそが、気を操る能力の中でも特徴的な一つである。
そして今回も、いつも通り異常に反応した。
上空から、何かが自身に向かって落ちてくる。
猛烈な勢いと、凄まじく充実した気。
これは何者かの攻撃だと捉える。
見開く眼。
避けては、門に傷かつくかもしれない。
その一念から、ソレを美鈴は受けることにした。
紅の閃光が、脳天目指して突っ込んでくるのを一瞬だけ目で確認し、
次の瞬間には両手に力を蓄え、
瞬き一つの間に美鈴とソレは衝突した。
一瞬の均衡。
受け止めてすぐに、その溢れるパワーとスピードが、自分では受けきれないレベルだと悟る。
判断してからの行動は素早かった。
両手で爆発させていた気を押さえ、手袋並にまで縮小する。
そして、威力の落ちないソレを、まるで氷の上を滑らせるかのように、コーティングした手のひらの上で滑走させた。
進行方向が90度ほど逸れたソレは、瞬く間に湖に突き刺さり、爆発を起こす。
衝撃で舞い上がった水塊が小雨となって降り注ぐ中、美鈴は文句を垂れた。
「お嬢様・・・どういうおつもりなんですか~・・・」
「私のハートブレイクを受け流すとは、流石ね美鈴。やはり貴女が門番には相応しいわ」
「話を逸らさないでくださいよ~」
美鈴の真上から、日傘をさしたレミリアが舞い降りた。
「それで、どうして突然攻撃されなくちゃいけなかったんですか?」
「あなたが両目を瞑っていた。それだけで十分よ」
「えええぇぇ!?いや、それだけで!?」
「文句でもあるの?」
「あ、いや、その、文句ないですけど・・・」
鋭い眼光に、萎縮してしまう美鈴。
まあ、文句がないのは本心なのだから、萎縮したからそう言ったというわけではない。
レミリアに間違いは無いと、美鈴は心から思っているのだ。
だから、両目を瞑っていたこと自体がなにかマズイことなのだろうと思った。
「でも、何が問題なんですか?」
聞かざるをえない。
主には全幅の信頼を置いているが、やはり理由は気になるのだ。
特に、シエスタなどはもはや珍しいことではなくなっている。
なぜ今更。そういう想いがあった。
「・・・あなたは、目を瞑っていても、寝ていても、瞬時に侵入者に気付き、行動が出来る。それは私も理解しているわ」
部下の能力を見極めることができるというのも、上に立つ者に必要な能力だ。
これは、レミリアが口癖のように言う言葉の一つでもある。
「だけど、館の外の者達にはそれはわからない。居眠りをしているだらしが無い門番と見られるに過ぎない」
「・・・まあ、そうでしょうね」
自覚はある。
どこぞの書物や新聞にも、マイナスイメージで書かれたことがあるのだ。
「・・・でも、それのどこが問題なのですか?」
その言葉と共に、空気が変わった。
ギロリという擬音が聞こえた気がする。
レミリアの眼光がさらに鋭くなり、まるで全身を射抜くかのようだ。
「大いに問題よ。この館のイメージや、あなた自身のイメージが悪くなるでしょう」
イメージ
この言葉に、美鈴は違和感を感じた。
「・・・え、っと・・・イメージが、問題なのですか」
「そうよ」
「・・・まあ、確かに良いイメージは与えないでしょうけど・・・」
正直、イメージがどうだというのか。
そんなもののために、自分から太陽光照りつける門まで来たというのか。
咲夜に日傘を持たせることなく、自分で持ってこんなところまで来て・・・
強烈な違和感だった。
今までのレミリアでは考えもしなかったことであろう。
確か以前はこう言っていたはずだ。
「貴女は門番。門番の仕事は、外敵から門を・・・ひいては館を守ること。それさえしっかりやってくれれば、寝ていようが遊んでようが花壇の世話をしていようが構わないわ」
それが、今はなんだ?
イメージ?
体裁?
おかしい。そんなもののために動く主ではないはずだ。
「・・・まあ、そういうわけだから、あなたもこの館の門番である以上、『紅』の姓に誇りをもって、仕事をしなさい」
「・・・ッ!お嬢様、今なんと仰いましたか!?」
「え?」
信じられないものを聞いた。
驚きのあまり、声を荒げてしまう。
驚いたのはレミリアも同じなようだ。
もっとも、彼女のは「あの美鈴が主に対して声を荒げた」ことに対するものなのだが。
「もう一度・・・仰ってくれませんか!?」
先ほどのレミリアに負けない、強烈な眼力。
思わず、種族的にも立場的にも圧倒的に優位なレミリアが、後ずさるほどには鋭いものだった。
「・・・・・・あ、・・・あなたも門番なら、『紅』の性に・・・『スカーレット』に誇りを持って仕事なさい。マイナスなイメージなどに囚われるべきではない、誇り高き性なのだから」
レミリアは、言うべきことを言ったと思った。
美鈴はと言えば、先ほどとは打って変わって顔面蒼白。
なにか、見てはいけないものを見てしまったような、
聞いてはいけないことを聞いてしまったような、
禁忌を犯して、まさに今断罪される罪人のような顔をしていた。
口や体が、小刻みに震えている。
少々不思議に思ったが、余裕の無いレミリアは先を急ぐことにした。
言われたとおり二度も言ったのだし、もう美鈴もしゃべる気配がないのだから。
そう思い、門を後にした。
美鈴へと振り返ることは無く。
美鈴は、愕然としていた。
信じられないものを、耳にしてしまったから。
あの、あのレミリアが。
高貴なる吸血鬼が。
性の誇りにですら、『イメージ』を持ち出してくるとは信じ難かった。
言うにことかいて、周りの目。
囚われるべきではない?
囚われているのは主の方ではないか!
そんなことに囚われ、誇り高き性にまでそれを及ぼすと言うのか!
敬愛する我らがレミリア・スカーレットが、そんな小さいことに囚われるはずなどないッ!!!
己の生き方こそが全て!
生きる事に誇りをかける!
そうではなかったのかッ!!?
美鈴は、しばらく何も出来なかった。
ただただ、門越しに館を見つめ続けていた。
それしか、できる状態ではなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
紅魔館の食堂。
少々どころではない早起きをしたレミリアは、小腹が空いてきた。
だから、ここで魔法の言葉を唱える。
唱える時の注意点は、唯一つ。
パンッ パンッ
手を二度叩くこと。
この儀式こそが重要。
これこそが、今まさにその者を必要としていることの合図。
そして、魔法を紡ぐ。
「咲夜」
「ここに」
気がつけば居る。それが当たり前。
魔法の言葉によって呼び出された、完全なメイド。
十六夜咲夜がレミリアの前に現れた。
「して、いかがなされましたか」
「早く起きすぎて小腹が空いてしまった。なにか軽い食事を作って頂戴」
「畏まりました」
言い切ったその瞬間には咲夜は消え、私一人になった。
咲夜の能力は時間を操る程度の能力。
その力は己以外にも影響を及ぼす。
図書館や館内部の空間拡張が良い例だ。
だから、
「お待たせいたしました」
食事を作る時間など、咲夜には必要ない。
「ご苦労」
お待たせ云々と言ってはいるが、ものの3秒では待つも何もない。
まあ、この能力も万能ではないらしい。
一度使うとしばらく能力が発動出来なくなる他、長時間の時間停止は一日にそうできるものではないらしい。
つまり、今の時間停止は咲夜にとって貴重な一回であったと言える。
それを躊躇無く、主の軽食に使う辺り、彼女の主に対する姿勢が窺える。
席に着く。
軽食と言ったからか、出されたのは数種類のサンドウィッチと血液入りミネストローネだった。
風味豊かなスープの香りが、少ししかなかった食欲を増進させる。
冷めないうちに頂こうと、席に着く。
このとき、咲夜は椅子を引くことを忘れない。
本当に良く出来たメイドだと、つくづく思う。
さて、早速・・・
まずはサンドウィッチをパクリ。
レタスの歯ごたえと、ハムの風味が心地よい。
想像以上に空腹だったらしく、食べることがやめられない。
少食の私も、ペロリと一つ目を平らげてしまった。
さて次は・・・
と、ここで気がついた。
「・・・・・・咲夜?」
「なんでございましょう」
「・・・スプーンが無いのだけれど」
しまった!といった驚愕の表情をたたえて、咲夜はテーブルを見る。
スープは、俗に言う平たいスープ皿に盛り付けられていた。
普段は取っ手のついたマグカップを使用しているため、スプーンは使用しない。
だが、この形状の皿ではスプーンを使わざるを得ない。
いくらなんでも、淑女であり高貴なる貴族でもあるレミリアに、皿の淵からぐぐいと飲んでくださいとは言えない。
レミリアは咲夜を見続けていたが、ある瞬間から突然咲夜の息が切れ、汗まみれになっていた。
「・・・・・・お嬢様、申し訳・・・ありません・・・・・・スプーンですッ・・・」
息も絶え絶えにスプーンを差し出す咲夜を見て、レミリアは深いため息をついた。
大方、時を止めながら全力疾走でもしたのだろう。
ただでさえ能力の使用には精神的疲労が伴うと言うのに・・・
「・・・・・・咲夜。ちょっと、話があるわ」
レミリアがスプーンを受け取ってから、咲夜は再び「なんでございましょう」と答える。
「・・・なぜ、貴女は完璧になりきれないのかしら」
「・・・と、言いますと?」
ミネストローネを一口飲み、スプーンを皿の淵に正しく置いた。
確かに美味しいが、とても香りや味を楽しむ気分ではなくなっていた。
「あなたの通称は、『完全で瀟洒』。なのに、どうしてこう抜けているのかしら」
「・・・スプーンの件でしたら、恥ずかしい限りでございます」
再びのため息。わざとらしく、一度眉間を押さえてから、レミリアは話を続けた。
「・・・いえ、いくら貴女でも、ものを忘れることくらいはあるでしょう。問題は違うところよ」
「・・・正直に申しますと、スプーン以外には思い当たる節がございません」
ここで咲夜は、ようやく息を整え終わった。
だが、汗は止まらない。
汗の質も純粋なものから、冷や汗へと変わり始めていた。
「・・・じゃあ、なぜ貴女はそんなに汗をかいているの?」
「え!?いや、それは・・・急いで持ってまいりましたので」
「そこよ」
咲夜はわけがわからないとばかりに首をかしげた。
レミリアは続ける。
「なぜ急いだのかしら?」
「いえ、ですから・・・早く届けなくてはと思いまして」
「・・・・・・時間が止まっているのに?」
「・・・あ!」
そう。時間は止まっていたのだ。
ここは食堂。食器類のある厨房はすぐ裏手にある。
この食堂自体が広く作られていることを差し引いても、そこまで時間のかかることではない。
まして、時間はとまっているのだ。
わざわざ焦って走らなくても問題は無い。
「そして、食事中の主の前に汗まみれの格好で現れたわけね」
「・・・ぁ・・・・・・」
あまりの事に、声もでないらしい。
従者としてあるまじき失敗をしたからか、
自身の行動の意味に気付けなかった不甲斐なさからかは、レミリアには窺い知れなかったが。
「そういうところが抜けているというの」
「・・・言葉もありません」
そしてレミリアは、三度目となる言葉を口にする。
「『完全で瀟洒』で定着しているあなたが、外でこんな失態を晒してみなさい。館のイメージが下がってしまうわ」
「・・・・・・?」
咲夜も例外なく、この言葉に違和感を覚えた。
普段のレミリアの口からは出そうも無い言葉。
イメージ。
「特に、あの烏天狗の前でやってごらんなさい。取り返しのつかない事態になるわよ」
「・・・・・・失礼ですが、お嬢様」
話を切られ、レミリアは少々不機嫌な顔で咲夜を見る。
すると、常に表情を崩さない咲夜が、何とも言えない不安そうな顔をしているではないか。
「どうしたの?」
思わず、自身の話を忘れて尋ねてしまう。
それほどに、咲夜が主の前でこのような表情をするのが珍しいとも言える。
そのままの流れで、咲夜の話に耳を傾けることになった。
「あの・・・イメージとは、そんなにも大切なものなのでしょうか」
「・・・・・・」
またか。
大切に決まっているではないか。
なぜ、パチュリーはおかしいと言う。
なぜ、美鈴はあのような顔をする。
なぜ、咲夜までもが尋ねる。
「・・・大事だから、言ったのよ」
「私はそうは思いません」
即答だった。
正直、驚いた。
この件で、咲夜が私に意見するなどとは思っていなかった。
一方、咲夜も驚愕していた。
理由は、先ほどの二人と全く同じである。
あのレミリアが、世間体を気にしているというのか。
天上天下唯我独尊。
これこそが、昨今のレミリアの姿だったはずだ。
そう、それは己の生きたいように生きること。
周りなど関係ない。自分は自分。他人は他人。
己が信ずる道を行く。
それを邪魔する者には容赦しない。
それが巫女であっても。
魔法使いであっても。
それこそが、レミリアの生き方であったはずだ。
「大事なの、必要なのよ。わかりなさい」
「理解し難いです」
お互いに驚愕したまま、平静は装ったまま、話は平行線を辿る。
埒があかないと感じ、レミリアは少々苛立ちを込めて言った。
「ともかく!このことは肝に銘じておきなさい、咲夜。口答えは許さないわよ」
「・・・・・・・・・」
咲夜は頷いたが、どうやら納得はしていないようだ。
頷いたからには押し黙る。従者としては、主の命は絶対だ。
「・・・私は食事をしているから、あなたは仕事に戻りなさい」
「・・・・・・・・・畏まりました」
不満タラタラな顔で、食事中ずっと見られるのもかなわない。
だから、レミリアは咲夜を食堂から追い出した。
咲夜もレミリアのを悟ったのか、素直に消えた。
「・・・・・・フンッ」
再び、スープを口にする。
それはおいしいけど、おいしくなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
始まりは、栄華の絶頂。
絶頂とは、まさに今の生活そのもの。
美鈴が寝ながら門を護り、
パチュリーが魔法薬を爆発させ、
咲夜がいつも通りの九割九分九厘完璧な仕事をする。
妖精メイドにも笑顔が絶えない。
そこに、私が現れる。
私は、この私が大嫌いだ。
部下の前で笑い、使用人の前で泣く。
感情の赴くままに振舞う・・・それをやりすぎている自分自身。
まるで、弱みを見せ付けているかのよう。
だからだ。
気がついたら、一人・・・また一人と、館から使用人が消えていく。
どんどん、どんどん消えていく。
ふと門を見ると、門番は居なかった。
図書館に顔を出すと、魔女は居なかった。
そして、いくら呼んでもメイドが現れることはなかった。
主としての振る舞いが足りないからだ。
そう思った。
だって、夢の私は泣いているから。
笑っているから。
怒っているから。
主として相応しくない言動。
それを顔に出し、感情に出し・・・
見捨てられた。
不甲斐ない。全く持って不甲斐ない。
気がついていた。
夢の私が、まさしくここ最近の私自身だということに。
つまり・・・そうだ。
不甲斐ない主は見捨てられるのだ。
そして、今の私は不甲斐ない。
それだけの、シンプルで・・・だからこそ、誤魔化しようの無い事実。
今の私には『主としての姿』が足りない。
だから、夢では見捨てられた。
そうに違いない。
相応しい主にならなければなるまい。
決して弱みを見せず、悟られず、漏らさない。
毅然とした態度を崩さない。
部下が離れていくような主であってはならない。
どんな主には、ついてくるのか。
どんな主には、ついてこないのか。
それを考える。
主たる者、外でも内でも恐れ、敬われなければなるまい。
館の外の者どもに、後ろ指を指される主に付いてきたい者など居ない。
ならばなおさら、私自身のイメージが重要ではないか。
そして、私だけではない。
この館自体もだ。
世間にコケにされている主に、館に仕えたい従者などはいないだろう。
恐ろしい吸血鬼が治める悪魔の館、紅魔館。
強力な力を持つ魔女が住み、悪魔の狗が館内を闊歩し、門を護るは何者にも屈しない屈強な門番。
これだ。
このイメージが大切なのだ。
コケにされるわけにはいかない。
このイメージ通りの館にせねばなるまい。
ならばどうすればいい?
どう動けばいい?
私は何をすればいい?
答えは、簡単ではないか――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「・・・・・・・・・」
声も無く、音も無く・・・
レミリアは夢から醒めた。
また、だ。
またこの夢を見た。
ここ一月ほど、この夢以外を見ることが無い。
異常だと感じる頻度で、今日も私の心を攻め立てる。
「・・・う・・・うぁ」
ガクガクと震え始めた体を、両の手で抱く。
震えは止まらない。
ガチガチガチと、歯が鳴る。
汗が全身から噴き出す。
怖い。
皆が離れていってしまうのが、怖い。
誰一人として館から居なくなる。それを止められないこの夢が、恐ろしくて恐ろしくて。
毎度毎回、一人になってしまう夢の私。
それが、今の私とダブって見える。
今、私は主らしく振舞えているのか?
皆は、内心では『主に相応しくない』と感じているのではあるまいか。
問おうものなら、おそらく全員が『そんなことは無い』と、声を大にして言うことだろう。
だが、怯えきった今の私にはとてもそうは思えない。
悪夢を見続けたことで、私の不安は募り募って・・・
今にも押しつぶされてしまいそうになる。
疑心暗鬼は、日に日に私の心を蝕み、思考力を低下させていく。
なんとかしなくては。
なんとかしなくては。
脳内でリピートされ続ける、曖昧な欲求。
いつか、置いていかれるのではないか。
今日にも、誰かが消えているのではないか。
今この瞬間、館を去る算段をしているのではないか。
悪夢はトラウマへと変化し、夢から現実へと這い出てきた。
もう、耐えられない。
変えたい。現状を打破したい。
夢と同じ状況なのがいけないのだ。
状況の変化を心から望んだ。
不安を解消する手段を模索して、
一人で懸命に考え抜いて、
そして、ようやく結論に至った。
夢のような私ではいけない。
夢のような館ではいけない。
ならば、誇り高き吸血鬼として、行おう。
改革を。
私自身を変え、ひいては館をも変える。
大切なのは、『恐ろしい悪魔と、その館』というイメージ。
恐ろしくあれ。
私は吸血鬼。
幻想郷の力の一つ。
イメージを護るには、他にも矯正が必要だ。
門番はもう少し屈強で真面目に。
魔女はもう少し穏便かつ不気味に。
メイドはもう少し完全で瀟洒に。
ようやく体の震えが止まる。
怯えるだけではダメだ。動かなくては。
動かなければ、ただ失うのみだ。
レミリアはゆっくりと起き上がり、活動を開始する。
さあ、今日も推し進めよう。
私の全てを護りきるために。
その考え自体が狂気を孕んでいることに、気付くことはなく。
実体のない悪夢に怯え、ついに彼女は壊れだしたのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
早朝
紅魔館地下図書館
パチュリーの私室
図書館に併設されたそこでは、普段はパチュリーの実験室件仮眠室となっている。
仮眠室と言う言い方に間違いは無い。
普段は寝る時間も惜しんで本を読み続けるのがパチュリー・ノーレッジという魔女なのだ。
あまり使われないせいか、嫌に整理整頓されている。
ベッドにしわ一つ無いところを見ると、どうやらここ最近は使用されていなかったようだ。
今日、パチュリーは部屋に閉じこもっていた。
仮眠を取るわけではない。
しかし、実験をするわけでもない。
待っている間に、ここ最近の実験を思い返す。
思えば、つくづくくだらない実験を繰り返したものだ。
そう感じるのは、大半が爆発オチになる実験なのが原因だろう。
もう、ニトログリセリンはやめようと、思った。
相も変わらず、レミリアは体裁だイメージだとわめいている。
それこそ、人が変わったかのようだ。
流石のパチュリーも、今では魔女としての欲求より、友人としての心配の気持ちのほうが大きくなっていた。
何かに怯えているようなレミリアなど、もう見たくはない。
コンッ コンッ
木製のドアがノックされる。
大きめの丸テーブルで本を読んでいたパチュリーは、一言「どうぞ」と言った。
「失礼致します」「失礼しますー」
入ってきたのは、咲夜に美鈴。
調度勤務が終了し、休んでいたのだろう。
咲夜も美鈴も、普段のメイド服やチャイナ服ではなかった。
咲夜は青い水玉模様のパジャマ。
美鈴は白が基調のTシャツと、下は紅一色のジャージをはいていた。
美鈴のシャツのど真ん中に書かれた「クイーン・ザ・スペード」の筆文字が、なんとも微妙なアクセントとなっている。
「きたわね。今紅茶でも持ってこさせるから、貴方達は座りなさいな」
「ああ、紅茶なら私が・・・」
「大丈夫ですよー 咲夜さんはお座りになってください♪」
いつからいたのか・・・いや、初めから居たのだろう。
パチュリーの使い魔が壁際から声をかける。
こう言われては、淹れてもらうしかあるまい。
美鈴はと言うと、「失礼しますー」と一言言ってから、さっさと座ってしまっていた。
「・・・では、お言葉に甘えまして」
そう言い、咲夜も席につく。
「それでは、少々お待ちくださいね」
三人に一礼をして、使い魔が部屋を後にする。
それを確認してから、パチュリーは話を始めた。
「・・・今回集まってもらったのは、他でもないわ。レミィの様子がおかしいのは、皆感じているでしょう」
レミリアの様子がおかしい。
ここ最近はただ注意するだけでなく、怒りや憤りを露にし、挙句の果てに力にまで頼るようになっていた。
なにかに取り付かれたかのようにイメージイメージと連呼する姿は、昔のレミリアを知るものにとっては、見ていて痛々しく我慢ができない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙を破らず、表情の変化で二人は答えた。
不安と、少々の失望がありありと見て取れる。
どうやら、二人の前でも相当派手にやっているようだ。
「何が原因かはわからない。だから、皆の見聞きし、知っていることをここでまとめて、対策を練ろうと思うの」
邪魔になると感じたのか、パチュリーは机の上の数冊の本を、全て本棚に戻した。
勿論、魔法で浮かせてだ。自身が動いてやる必要は無い。
「それは・・・いい考えだと思いますわ」
「・・・・・・」
咲夜から短い返答。美鈴からは反応は無い。
レミリアの話を始めた時からの美鈴は、部屋に入ってきたときの快活な返事からは考えられないほどに塞ぎこんでいる。
美鈴はレミリアに、その生き方に心酔している節がある。仕方の無いことではあろう。
「では、早速だけど始めるわね。美鈴もそれでいいかしら」
「・・・・・・はい」
なんとか返事はできるようなので、さっさと始める事にする。
必要だから行うだけなのだ。
下手に長引かせても、喜ぶ者は誰も居ない。
「・・・じゃあ、咲夜。最近のレミィの様子はどう?」
「最近・・・ですか。私に、まるで口癖のように『完全で瀟洒であれ』と仰られます」
最近は、一つのミスすら許されなくなってきた。
咲夜もそれを目指しているので、必死に完璧にこなそうと努力をする。
しかし、咲夜も人の子。どう頑張っても気付けなかったり、やり遂げられない物事というものは存在するのだ。
そういうところをレミリアが見ると、怒りを吐き出し言うのだ。
「この紅魔館の主たる私にふさわしいメイドになりなさい!さあ、最初からやり直しだ!」
・・・話を聞き、相当に狂い始めていることを知るパチュリー。
聞く限りでは、すでに暴君の域に達している。
このままでは、咲夜に限界がくるのも時間の問題だろう。
・・・いや、今一番危ないのは・・・
「・・・じゃあ次、美鈴はどうかしら?」
俯いたままの美鈴を見るパチュリー。
落ち込んでいるのか絶望しているのかは伺えない。
「・・・ほら、私もこんな話はそう長くしたくないの。あなたもでしょう?」
パチュリーがしゃべるように促す。
たっぷり十秒ほどしてから、かすかにコクリと美鈴は頷いた。
「・・・・・・・・・・・・私の方では・・・」
そして、かすかに聞こえる程度の音量で話し始めたのだ。
暗い気分を引きずりながらも、門番を続ける美鈴。
滅多に来ない侵入者や挑戦者を待ち構えてはいるものの、心構えは全くというほど出来ていない。
普段はシエスタに励んでいる時間も、主の言葉にならい真面目に仕事をする。
だが、その主の言葉自体に違和感を感じている美鈴は、一見真面目でも心の内は空っぽだった。
ただ前を見続け、見続け、変化のないそこをひたすらに見続ける。
集中などしてはいない。ただ、放心しているだけだ。
常に頭の中には、レミリアの言動が渦巻いている。
その日も、ただ中空を見つめているだけであった。
美鈴に変化などなかった。
だが、外部から変化が齎されることになる。
「・・・・・・・・・」
ボーっとしている美鈴は、湖の上空に黒い影が現れたことに気付いていない。
妖精たちと交戦中のソレ。普段の美鈴なら、すでにその正体に感づき、迎撃の準備を始めているところだ。
だが、普通じゃない美鈴はソレに気付けない。
そして影は、挨拶代わりにとスペルカードを発動する。
宣言は遠すぎて聞こえない。
だが、見える距離だ。だから問題はないだろうと影は考えた。
そして、美鈴が気付くことなく、そのスペルは発動する。
恋符「マスタースパーク」
美鈴が気がついたときには、世界が白く染まっていた。
耳をつんざき、鼓膜が破れんばかりの轟音。
目を開けていられないくらいの眩い閃光。
そして、確実に行われていく破壊。
あっけに取られたまま、美鈴は背後を振り返る。
護るべき門は、粉々に破壊されていた。
「・・・・・・あ?」
現実を理解するのに、ものの五秒。
「お邪魔するぜー」の声を脳が噛みしめるまで、さらに五秒。
全てを把握するのに、もう五秒かかった。
美鈴は傷一つ負ってはいない。
門番である彼女は門脇にある詰め所の前に陣取っていた。
門の真正面にいたわけではない。
そしてマスタースパークは、見事に真正面から門を粉砕していた。
美鈴にかすることもなく、ただ破壊していた。
その現実は、
「・・・あ・・・・・・ぁぁぁああああ・・・・あああぁぁぁぁあああああっあああああああ!!!!!」
門番が門を護れなかったという事実のみを映し出していた。
門番には傷一つ無い。
なのに、門は粉微塵。
端から見れば、門を護る気が無かったと思われても仕方が無い。
そしてそれは、ここ最近のレミリアの考えに相反するものであった。
門番ならば、身を呈しても門を護らねばならない。
なのに、だ。
今、自分は護れなかった。
いや、護らなかった。
自身の考えに没頭し、接近に気付くことなく門を破壊され、あまつさえ進入を止めることすらできなかった。
このとき美鈴を襲った絶望感は、ここ数百年経験したことがないほどに大きく、そして深い。
両膝を地につき、力なく座り込む。
そのまま、動けなくなってしまった。
いつからかはわからない。
だが、いつの間にか目の前にレミリアが立っていた。
それに気がついた瞬間、ただでさえ黒く濁り、潰れかけた心にヒビが入った。
レミリアは、それを見て、しかし言う。
「・・・進入を許してしまうのは仕方がない。勝てる相手と勝てない相手が居るのは道理。そして、その日の体調やそのときの運なども勝負には深く影響する。だから、仕方がない」
まるで自身に言い聞かせるかのように、レミリアは続ける。
もう美鈴にはなにも見えなかった。
視界は白一色に染まり、脳が映像を認識しない。
ただただ、主の言葉が脳内で響き渡るのみ。
「・・・だが、貴様のその綺麗な身なりはなんだ?傷一つない体はなんだ?お前は戦ってなどいないんじゃないのか?油断と慢心が生んだ虚を突かれ、何も出来なかったんじゃないのか?」
すべてお見通しということらしい。
相手は、運命すら見通す吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。
知った上でここに来たことは明白だった。
「・・・貴様がそのようなザマでは、代わりの門番も考えた方がいいかも知れんな」
「・・・・・・・・・ッ!!?」
その一言が、ホワイトアウトしていた美鈴の意識を覚醒させる。
だが、すでに主はそこにいなかった。
飛び去ってしまった後だった。
「・・・あああぁぁぁあああぁ・・・・うわあ゛あ゛あ゛あっぁぁぁぁ・・・・・・」
先ほどの慟哭とは別種の、長い長い叫び。
様々な感情と現実と、変わりゆく主。
そして、主の口から発せられた、門番としての死刑宣告。
全てが同時に美鈴に襲い掛かり、気がつけば泣いていた。
ただ、泣くことしかできなかった。
「・・・それ・・・で・・・っく・・・わた、し・・・」
「―――もういいわ、黙りなさい」
泣き始めた美鈴を、パチュリーの一言が制する。
咲夜が美鈴の後ろに移動し、背中をさすり始める。
(・・・・・・魔理沙が来たのって、昨日じゃないの)
つまり、今の話は昨日起こった出来事と言うことになる。
ならば、この状態も無理はない。
心の整理も出来ていないままこんな話をさせた事に、逆に罪悪感を覚えた。
恐らく、部屋に入ってきたときも無理して明るく振舞っていたのだろう。
「・・・・・・話はわかったわ」
泣き止まない美鈴をあえて無視して話を進める。
むしろ、彼女の為にも早く終わらせようと思った。
「咲夜、そのままでいいから聞いて頂戴。明日、レミィに直談判をするわ」
「・・・と、言いますと?」
「イメージだのなんだのというこの一連の騒ぎを、やめさせるのよ」
原因はわからないままだが、レミリアがおかしくなっていているのは明白だ。
何を思ってこのような思考の転換が起こったのかは知る由もない。
だが、確実にわかっていることが一つだけあった。
ドサッ
パチュリーは紙の束を無造作に机に置いた。
衝撃で何枚かは床に落ちるが、気にも留めない。
そこには、妖精メイドの名前が書いてあった。
その上下には活字がびっしりと並び、読まんとする者の気力を削ぎ落とす。
その紙の一番上には、他より大きい文字が書いてあった。
ただ二文字。
辞表
そう、確実にわかっていることは一つだ。
このままでは紅魔館は崩壊する。
妖精メイドの消失という事態でもって。
「・・・それは、なんですか」
「妖精メイドの辞表届けよ。レミリアの突然の横暴に、ついていけないらしいわ」
「な・・・ッ!?」
そう、明白なことだった。
レミリアが、自分達にだけこのようなことを言うはずがない。
つまり、妖精メイド達にも同様の態度を取り、行動を決めているということだ。
妖精なのだ。
そう、たかが妖精なのだ。
完璧になどできるわけがない。
彼女達に、咲夜のようになれと言うのは、なんとも酷なことである。
そのような理不尽を押し付けると、どうなるのか。
居心地が悪くなった場所に、妖精は長く留まらない。
館内の全メイドが居なくなるのも、時間の問題と言えた。
「手遅れになる前に、一度話をするべきよ」
「・・・・・・そう、ですね・・・」
咲夜は、いまだに現状を受け入れられない。
紅魔館が・・・崩壊する?
突然の主の奇行が原因で?
思考はぐるぐると回り続けるだけ。
起点は「なぜ」という疑問の心。
ソコを中心に、様々な現状と現実が脳内を闊歩する。
踏み荒らされて散らかった脳では、碌な考えもできやしない。
ぐるぐると。
ぐるぐると。
「私たち三人で、考え直すように言う。改めさせる」
「・・・・・・」
「・・・そしてもしも、改めようと言う気が全く無いようならば」
「・・・?」
何をするつもりなのだろうか。
「何をなさるおつもりですか?」
「・・・・・・」
気がつけば、疑問は音声となって伝播されていた。
パチュリーはすぐに答えることはなく、少々の間をおいてから続ける。
「もしそうなったら、メイド長であるあなたの口から言って欲しい言葉があるの。最も部下として信頼されているあなたが言うのが適任よ」
「・・・一体、どんな言葉なのでしょうか」
不安が心中に生まれ始める中、魔女は言った。
「――――――――――――」
「・・・!!」
聞いて、正気を疑ってしまった。
「もう、これ以上改めようとせずに暴挙に走るというのならば・・・」
「切るしかないわね」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なぜだ
なぜだ
なぜだ
夢は変わらず悪夢であり続ける
消える
消える
消える
全てが消えてゆく
気がつけば、夢の私は力に頼る。
私の、特異な能力。
運命操作。
だが、夢では・・・
信じられないことに、どれだけ弄くっても結末が変わらない。
むしろ、もとあった正しい運命に歪が生まれる。
それが、私に襲い掛かる。
『お嬢様は、腑抜けなのですね。失望しましたわ』
やめてくれ、言うな
『あなたのような不甲斐ない吸血鬼が、友人?』
嫌だ嫌だ嫌だ
そんな言葉を、その口から聞きたくない
『もう、こんな館の門など、護る価値がありませんね』
信頼を、絆を・・・失いたくない。
失うと、虚無。
もう、そんなものがあったのかもわからなくなってしまう。
怖い
もし、能力を使って歪が生まれたら
もし、能力で改竄できないほどの運命だったら
そんなことあるわけないと考えながらも、心の片隅では怯えている。
そんな、絶望しか残らない運命なんて見たくない。
見るものか。
見ずとも、変えてくれる。
全てを、元に
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今朝も震えが止まるのに時間がかかった。
朝起きて始めに思ったのは、昨日の出来事。
ちょっと言い過ぎたかもしれない・・・
彼女以外に門番は居ないというのに。
もしかしたら疲れているのかもしれない。
休ませようか。
そんなことを考えながら、太陽のない空を見る。
そこには雲も、星も、月もなかった。
今宵は新月。
薄気味悪いな、とレミリアは思った。
コンッ コンッ
年季の入った木から響く、短いノック音。
「入れ」
大方咲夜だろう。
そう思い、軽い気持ちで招き入れた。
「失礼致します」
レミリアの予想は、当たっていた。
だが、外れてもいた。
入ってきたのは咲夜一人ではなかったのだ。
後ろから、パチュリーと美鈴が続いてくる。
「・・・騒がしいわね、ゾロゾロと。一体何事?」
三人は、レミリアの正面に並ぶ。
レミリアと、彼女らの間には大きめの丸テーブル。
そこに、咲夜が無造作に書類を置いた。
ドサリという音と共に。
「・・・・・・?」
見慣れない書類の山。
百枚近くはあるだろうか。
「咲夜、これは何?」
「・・・・・・・・・」
咲夜が、答えない。
訝しげに思い、目線を書類から咲夜へと戻すと、彼女は俯いていた。
俯いたまま、何も言わない。
「ちょっと、どういうことなの咲夜」
「・・・・・・レミィ、少しぐらい読んでみなさいな」
声を上げたのは、咲夜ではなくパチュリー。
後ろを見ると、美鈴も俯いてしまっている。
結局、目と目を合わせて会話する気があるのはパチュリーだけということか。
「・・・ふんっ」
言われたとおり、書類に視線を戻した。
これが一体なんだというのだ。
妖精メイドと思われる顔写真。
徒然と書かれた小さな文字郡。
それらの上には、二つの漢字。
辞表
「―――――!!?」
じ・・・ひょう・・・?
脳が、確かに凍った。
何もかもが一時停止し、一瞬の暗転。
暗闇。
孤独。
「――――ミィ、レミィ?聞いているの?」
「・・・・・・あ、・・・ああ、聞いているわ」
友の言葉で、漸く我に返った。
気がつけば、咲夜はこちらを向いている。
美鈴に変化はなかったが。
いったいどれくらいの時間脳が止まっていたのか、レミリアにはわからなかった。
というか、そんなことに気に留めることはなかった。
問題なのは、この紙。
「見てわかったと思うけど、これは全て妖精メイドたちの辞表よ。もう、レミィについていくことは出来ないと言っているわ」
「なッ・・・!?」
なぜ?
なぜだ!?
私は、間違ってなどいなかった!
いなかったはずだ!!
遅すぎたのか?
なにもかもが、遅すぎたのか?!
混乱は、表情にこそ出さないものの、レミリアの中を駆け巡る。
止まるのは思考だけではない。
もう、足も動かない。
まるで底なし沼にでもはまっているかのように、持ち上がらない。
「お嬢様。最近行っていらっしゃる『イメージ』を一番とする改革・・・やめてくださいませんか」
「・・・な・・・にを・・・」
「妖精たちに『イメージ』や『外聞』を説いても意味がありません。彼女らは、そのようなものは必要としていないのです」
「・・・・・・ち・・・」
レミリアの頭の中は、混乱の極み。
狂いだした思考回路。
それはショートし、
引火し、
爆発した。
「――――違うッ!!やつらがではない・・・私が!館が必要としているのだ!!」
普段の紳士的な態度からは想像もできないような、獣の叫び声。
喉の奥の奥から響き渡る、絶望の悲鳴。
「これしきのことも守れないのか!?これしきのことも遵守できないと!!」
なにを叫んでいるのか、もうレミリア自身にもわからなかった。
まさに今、自分が決定的に運命を変えている最中だと、気付くこともなく。
「軟弱もいいところだ!!悪魔の館たる紅魔館が舐められていいと思っているのか!?」
眼前にある、悲しみに彩られた従者の顔も見えることはなく。
「これしきで逃げ出すような輩なぞ、この誇り高き紅魔館にはいらん!!」
もっとも恐れていることを、自身が手招きしていることにも気付かない。
激昂は己が全てを押し流し、流れと勢いは思ってもいない強がりを吐き出させる。
「そやつらを、つまみだせえええぇぇッ!!!!」
咆哮
吸血鬼に似つかわしくない、呑まれた咆哮。
自身を維持できず、保てず、何もかも見失った・・・最低の咆哮。
「・・・・・・軟弱者は、館にはいらないと」
「そうだぁ!そのような輩がいては、誇り高き紅魔館の名に傷がつく!!」
悲しい顔を、やはり見ることはできなかった。
「・・・どうしても、ですか」
「どうしてもだ!!」
それが、分かれ道。
「・・・・・・・・・なら、必要ないですね」
「そうね、レミィがそういうのなら仕方がないわ」
「・・・・・・」
そう口にすると、彼女等は紙をほったらかしたままに、入り口の扉を開けた。
「・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・咲夜、これは持っていかないの」
振り返る従者。
再び顔を合わせる。
レミリアには見えていなかったが、先ほどまでの咲夜は悲しみ一色に彩られていた。
だが、今はどうだ。
完全なる無表情。
まるで、機械のような顔。
「必要ありません。その紙も、――――あなたも」
・・・・・・なに?
なんと言った?
この、世界で最高の従者は、今なにをほざいた?
「私たち『軟弱者』たちは、全員お暇させていただきます」
「・・・ま・・・・・・」
なんだ・・・それは?
それは・・・!?
そんなこと、許されると思っているのか!?
「まて・・・・・・待て、咲夜!!」
待たない。
従者と友は止まらない。
全員、止まることなく部屋の外へと出て行く。
止まらない。
足は未だに動くことはない。
まるで沼に嵌った石のようだ。
止められない。
「勝手な行動は許さないわよ!!」
「吼えていただいて結構。もう、貴女は私の・・・・・・」
絶対に聞きたくなかった台詞。
夢では幾度となく吐きつけられた台詞。
これを止めるために、改革を推し進めたのに・・・
なのに・・・・・・ッ!
「――――――もう、貴女は私の主人ではありません。さようなら」
ギイィィィィィ・・・ィィ・・・ィィィ
扉が軋みを上げ、止まることなく
バタン
閉ざされた。
もう、閉ざされた。
「・・・ま・・・まて・・・」
ようやく動くようになった両足を必死に動かす。
力なく、声を震わせてレミリアは後を追う。
閉ざされた扉のノブを廻すと、簡単に開いた。
「・・・待って・・・!」
開け放ち、廊下に出る。
しかし、もう
もう誰も、居なかった。
館にはただ、しもべ無き主が残されたのだった。
どこにも、いなかった。
門番は門に居ない。
図書館に魔女は居ない。
メイドが現れることもない。
誰も誰もいない。
恐れた未来。
狂った世界。
「う・・・あぁ・・・うわああぁぁ!!!」
思い切り、壁を殴りつける。
吸血鬼の圧倒的な膂力は、石壁を粉々に打ち砕いた。
それだけではなく、勢いが乗った一撃は天井をも崩す。
そのときに走る、鈍い痛み。
腕から脊髄を走り、脳に伝達されたその情報。
それこそが、これがまぎれも無い現実であることの証明だった。
「なぜだ・・・なぜだああぁぁ・・・!!」
狂ったように泣き喚き、廊下の絨毯を湿らせる。
止まることの無い感情の濁流。
決壊したダムは、己を破壊しつくさんと、轟々と感情を吐き出し続ける。
夢の通りになってしまった。
止められなかった。
行ってしまった。
もう、なにがなんだかわからなかった。
ただその両の手を地につき、叫び続けることしかできなかった。
その姿は、まさに夢の中のレミリアと同じ。
忌み嫌った自分の分身と同じ。
誇りの欠片も見えない、子供の吸血鬼が泣いているだけであった。
叫び続け、壊れ続け
ひとしきり泣き終わった吸血鬼は、廊下の壁を背に座り込んでいた。
ただただ壊れた天井を見つめ、放心するのみ。
目にすでに光無く、数時間前の彼女とは別人のようであった。
「あれぇ、なにしているのお姉様」
そこに現れたもう一匹の吸血鬼。
煌く羽が蝋燭の光を反射し、彼女の周囲を七色に照らす。
レミリア・スカーレットの実妹、フランドール・スカーレット。
狂気に心を蝕まれた、破壊の権化。
パチュリーがいなくなった事により、拘束が弱まったのかもしれない。
しれないが、もはやそんなことどうでも良かった。
「・・・お姉様、なんかいい顔ね♪目とか、私にそっくり~」
姉妹だから同じなのは当たり前。
いや、そういう意味で言ったのではない。
「もうすぐ、お姉様も私のようになるの?そうなの?」
わざとらしすぎるほど、首を傾げる。
右に傾げ、左に傾げ、右に、左に、右、左・・・
何度も何度も往復させながら、楽しそうに、壊れかけた姉を見下ろした。
「よかったぁ・・・お姉様が私みたいになってくれるなら、これからは二人でずっと一緒なのね」
狂えば、閉じ込められる。
それは彼女、フランドールの中にある数少ない“常識”だった。
壊れているのは私だけ。だから、いつでもいつまでも、ひとりぼっち。
495年間、それは変わることはなかった。
だからこそ、フランドールの中では・・・
姉が狂うことへの悲しみなど欠片も無い。
むしろ、自身と同じ存在にならんとしている姉を見て嬉しくて堪らないといった感じであった。
これからは、二人なんだ。
目の前で闇に飲み込まれていく姉が、堪らなく愛しくなる。
495年の恨み、妬みといった負の感情を、全て水に流してもいいかと思い始める。
だって、もう姉は私と同じ存在。
まさしく、二人といない姉妹となるのだ。
こんなに素敵なことはないと、フランドールは悦びに満ちていた。
だが、
「神霊・夢想封印」
「―――――え?」
唐突に襲い掛かるスペルの轟音と破壊。
フランドールはとっさに後ろに飛び、難を逃れた。
かすって、宝石のような羽が一枚取れてしまったが、逆にそれだけですんだのが奇跡的だった。
完全に死角から、完全に油断している隙をついての攻撃。
普通の者なら、気付くことなく攻撃・撃墜されているだろう。
「・・・ッ!邪魔しないでッ!!」
レミリアが打ち壊した石壁。
そこから見える夜の空。
新月の闇の中、何者かがソコから館に入り込んだのを気配で悟った。
その誰かの侵入を警戒し、フランドールは臨戦態勢に入る。
蝋燭が衝撃で消えてしまい、闇で顔は見えないが、正体はわかっていた。
あのスペルカードを持つものは、幻想郷に一人しかいない。
邪魔させてなるものか。
せっかく、お姉様がこっちにきてくれそうなんだ。
それを邪魔するなら!
邪魔するなら!!
「―――――邪魔するなら、殺す!!」
フランドールの金の瞳がギョロリと蠢き、目標を捕らえる。
暗闇は、吸血鬼にはなんの障害にもならない。
顔を判別するまでには至らなくとも、その姿・輪郭は捉えることができる。
―――――そこだッ!
両手を天に振り上げる。
すると、紅い閃光と共に、フランドールの手の中には一振りの剣が握られていた。
一見するとただの黒い棒にも、悪魔の尻尾にも見えるソレ。
「・・・ハァッ!!」
フランドールの一喝を受けて、それは爆発したかのように着火された。
燃え盛る炎。
全てをなぎ払う巨人の剣。
禁忌・レーヴァテイン
振り上げた手の中には炎の剣。
何の躊躇もいらない。
考えも必要ない。
ただ、捕らえた影に向けて振り下ろした。
余計な破壊音などはなかった。
「ジュッ」っという、何かが焼ける音が瞬間的に響いたのみ。
消滅とは、音をも消し去るのだ。
壁が消え、床が消え、影も消えた。
気配も何もかも、完全に消え去った。
「・・・やったぐがぁあ!??」
だが、フランドールは一歩及ばなかった。
勝利の言葉を呟ききる直前、背後からものすごい衝撃が襲いかかり、脳を揺さぶる。
成すすべなく体は倒れ臥し、アゴを強く打ち付けた。
そのまま背を押さえつけられ、立ち上がることができなくなる。
立ち上がるとか、そういうことに気を払う余裕はすでに無かった。
揺れる。
アゴを打った衝撃が脳を揺らす。
そこから思考も、映像も揺れ動き始める。
フランドールの全てはガタガタにされてしまった。
状況を飲み込めないまま、頭の後ろから声が響く。
「亜空穴っていう反則技を使わせてもらったわ。一刻を争うみたいだったし」
フランドールの背を足で押さえつけたまま、博麗の巫女・博麗霊夢は、語りかける。
右手には一枚の札。
霊力を込めた御札は淡く輝き、線香花火のようにバチバチと霊力を溢れさせている。
「悪いわね、ちょっと眠っていてもらうわ」
「ぐ・・・がぁ・・・」
身動きの取れないまま、何も伺い知ることのできぬまま、
フランドールの首裏に御札が張られる。
そして、
「・・・・・・渇!」
霊夢の一声で霊力がほとばしり、スパークした。
「―――ッッッ!!!!!!」
苦悶の声も、恨み言も吐けぬままに、フランドールの意識は根っこから奪われてしまったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
もう、なにもわからない。
だれもいない。
もう、だれも。
それだけがこころにささる。
いたい。
くるしい。
なにがいけなかった。
なにがまちがっていた。
うまくやれていた。
ぜったいにうまくやれていた。
わからない。
みんながもう、いない。
それしかわからない。
はだかのおうさま。
そんなおうさま・・・なんて。
なんてこっけいで―――――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お、気がついたみたいだぜ」
「あら、良かったじゃない。上海、水を汲んできて」
「ほらほら、なに呆けているのよ」
三者三様の声が聞こえた。
・・・ここは・・・どこだ?
見慣れない、茶色い天井で視界がいっぱいだった。
ゆっくりと体を起こす。
そこには、三人の人妖。
そして・・・
はっきりしない、霞がかった思考で言葉を搾り出した。
「・・・・・・鍋?」
「お、吸血鬼も鍋は食べるのか?だが、この肉は私のものだからやれないぜ」
「そんなこと誰も聞いていないでしょうに」
「・・・まあ、見ての通りよ。今から三人で鍋パーティー」
湯気を立ち上らせる鍋が見えた。
そして、それを囲む三人。
霧雨 魔理沙 アリス・マーガトロイド そして、博麗 霊夢。
芳しい野菜の香りが鼻をつつく。
辺りを見渡すと、どこかで見た風景。
・・・ああ、そうだ。宴会ではいつも来ているではないか。
「・・・・・・・・・神社?」
「そ、私の神社よ。」
「おーい、霊夢!いい感じに煮立ってきたぜ!」
「じゃあ、次は豆腐を入れて頂戴」
私の顔と、背後の鍋を交互に見る霊夢。
見ていてなんともせわしない。
先ほどまで枕元にいた魔理沙とアリスは、すでに鍋に夢中になっている。
霊夢は的確に指示を飛ばしつつ、私に語りかけ始めた。
「調子はどう?」
「・・・・・・良くはないわ」
「あらそう?思ったより元気そうに見えるけれど?」
「・・・なんで、こんなところにいるのかしら?」
その質問に、一つため息をつき霊夢は答える。
「あんたの館から強烈な妖気が溢れていたからね。様子を見に行ったら倒れているんだもの。吃驚したわ」
「・・・・・・・・・」
「・・・なにがあったか知らないけど、とりあえずフランドールは地下に封印しておいたわよ。特製の結界を張っておいたから、まず出られないわ」
「・・・フラン?」
「あら、何も覚えていないの?まあ、あの状態じゃ無理はないけれど」
・・・・・・あの状態
とは、なんだったか・・・・・・
・・・・・・
・・・ッ!
「・・・そう・・・だったわ」
「なに?覚えていることもあるの?」
鍋を完全に二人に任せて、霊夢は枕元で正座した。
わいわいと二人の声が部屋に満ちている中、口が勝手に動きだす。
「・・・は・・・ははっ・・・ははははははっはっはっははははははは!!」
思い出した。
不甲斐なき己と館を。
見捨てられた自分を。
笑いが止まらない。
おかしくて仕方がない。
だって、笑えるではないか?
見捨てられた主。
ただ一人残された餓鬼。
なんと笑える話だ!なんと滑稽な話だ!
霊夢は一目で見抜いていた。
狂気に満ちかけた心。
壊れかけた自我。
レミリアは、『レミリア』を保つこともできなくなってきていた。
これは、危険だ。
妹のように完全に壊れるかもしれない。
最悪の場合、死を選ぶかもしれない。
そういった、追い詰められた狂気がレミリアからあふれ出ていた。
「・・・とりあえず、話してみなさい。なにがあったのよ・・・」
「はははは!!はははっははは・・・はっはははは・・・・・・は・・・」
虚勢は剥がれ落ち、本心が顔を出す。
「ほら、吐き出しちゃいなさいよ。そのほうがいい時もあるのよ」
「は・・・・はは・・・」
なんだ、これは。
そんな顔されるなんて・・・普段は嫌なのに。
心が弱っていたからだろう。
でなければ、館の者以外に、こんな気持ちになったりはしない。
「はは・・・・・・・・・く・・・」
そうだ、弱っているからだ。
ショックで脳が上手く働いていないからだ。
「くうぅ・・・ううぅぅぅ・・・」
だから、こぼすのはしょうがないんだ。
相手が悪魔の仇敵だとしても、仕方がないんだ。
「わ・・・わたしは・・・・・・見捨てられた・・・」
「・・・・・・」
「ははは・・・笑ってしまう・・・止められなかったんだ・・・」
そうだ、止められなかった。
気がついたら何もかもが変わってしまっていて。
ワケがわからないまま、今こうして惨めに臥せっている。
「夢を・・・・・・見るの・・・・・・みんな・・・いなくなっちゃう夢・・・」
自分のしていることを正しいと信じて、必死に、死に物狂いでやった。
「怖かった・・・毎日毎日、寝るたびにみんないなくなる・・・・・・」
時には抑えきれずに、力や罵倒をすることもあった・・・・・・それがいけなかったのだろうか。
「夢の私は・・・笑って、泣いて、怒って・・・・・・主らしくなかった・・・・・・」
咲夜に突き放されたことが、ショックだった。
パチェが止めなかったことがショックだった。
快活な美鈴がうつむき続けていたことがショックだった。
「だから、主らしく・・・・・・振舞おうとしたの・・・みんなが畏怖するような・・・」
家族だった。
血の盟約を交わした、血縁無き肉親。
レミリアは、妹以外の家族を全て失ったのだ。
しかも、「見捨てられる」という最低最悪の離別。
「そう・・・畏怖するような私に・・・館に・・・ならなければいけなかった・・・・・・」
全てを支えるべき大黒柱であらんとして、大きく、太く、固くなった。
「イメージが・・・・・・大切だと、誰もわかってくれなかった・・・!恐怖の吸血鬼という肩書きがなくなれば、私などただの餓鬼だというのに!!」
レミリアは気付かない。
大きすぎて、細かな綻びに気付けない。
「館の風評もそうだ!私が舐められることと、館が舐められることは同義!!だから、館のイメージも修正しなければと思った!!」
レミリアは知らない。
固ければ固いほど、脆く壊れやすいということを。
「・・・わかるか・・・里を歩いていると、人間のガキが指を指して言うんだ・・・『巫女様にボコボコにされたやつだ!よわっちいガキだ!』って・・・・・・」
そのときのことは、よく覚えていた。
咲夜の買い物に、気まぐれでついていったときのことだ。
たしか、私が起こした異変の、すぐ後のことだった。
「そのとき私は気にも留めなかったが、咲夜が今にも折檻を始めそうな雰囲気だった・・・」
無機質な従者の仮面を突き破り、あふれ出す殺気。
殺気にも気付けないガキになにをムキになるんだと、諌めた。
私の一声で冷静さを取り戻した咲夜は、すぐに従者に戻った。
「そうさ・・・舐められるような主でも、館でもいけないんだ・・・じゃなければ、皆が悲しみ、憤るんだ・・・」
それを思い出したのも、例の夢を見始めてからだった。
たまらなくなった。
それが夢の原因の一つだと確信した。
「だから・・・改革したんだ・・・・・・咲夜をもっと瀟洒に・・・パチェにはもっと落ち着くようにと実験をやめさせ・・・美鈴には心構えを説いた・・・・・・」
そう、間違ってなんか・・・
「間違ってなんか・・・いなかったはずなのに・・・・・・ッ」
誰も・・・
「誰もいなくなってしまった・・・もう、いないんだ・・・ッ!」
霊夢は黙って、最後まで聞いていた。
奥の二人は、わざとなのか素なのかはわからないが、以前ワイワイと鍋談議をしている。
と、アリスの人形――――たしか、上海人形と言ったか――――が、水を持ってきた。
ありがたく受け取り、いがらっぽい喉を潤す。
一例をしてマスターの元へと帰っていく人形を見て、少なくともアリスはわざと振舞っているのだと思った。
空になった湯のみを畳に置くと、ようやく霊夢が口をひらいた。
「・・・・・・あんたがなにを思って、なにを欲しがったのかは良くわかったわ」
なにか、妙な表情だった。
見下すというほどに酷くはないが、少なくとも良くは思われていない。
そんな、若干苦しそうな表情。
「まあ・・・言いたいことはたくさんあるけどね。とりあえず、あんた馬鹿じゃないの?」
「・・・・・・・・・は?」
何度目かわからないが、再び脳が停止した。
なぜ・・・今、馬鹿と言われたのだ?
「少なくても、今のあんたよりはチルノの方が上等な生活をしているわ」
「・・・な・・・なによそれは・・・!」
妖精ごときと比べられて、ようやく私にも怒りが生まれる。
わけのわからないまま、ここまで言われては黙ってはいられない。
「そもそもさ、威厳とか、体裁とか、そんなに必要なものなの?」
「――――ッッ!!!」
私の改革の、全てを否定された気がした。
いや、事実否定されたのだ。
堪忍袋というものが存在するのなら、まさにそれが切れた瞬間だった。
ブチっと、音を立ててなにかが切れた。
それが袋の尾だろうが、血管だろうが、もうどうでもよかった。
「あたりまえだぁ!!貴様に今まで何を打ち明けていたと思っている!!?」
また、吼えた。
力の限り、目の前の巫女に吼えた。
「幻想郷の力の一角である吸血鬼レミリア・スカーレットと、畏怖される悪魔の館紅魔館!!ずっとこの形だった!!」
そう。
夢を見るまではあまり気にしていなかったが、この形であったことは間違いない。
「だが、私は知らないうちに痴態を晒していた!!私自身が長たる器を失って、誰がついてくるというのだ!?」
「・・・長って何よ。なにがあったら長なのよ」
「長とは!それ相応の教養と威厳を持たねば務まらない!!」
霊夢の言に反応し、より強く大声で返してしまう。
心の中のどこか冷静な部分が、叫び続ける私を滑稽だと見つめていた。
「さっきも言ったが、世間にコケにされている主では!館ではダメだ!」
もう、止まらなかった。
滑稽だとわかっていても、止められなかった。
「そうではないのか!?そうではないとほざくかあああぁぁぁ!!!」
また、だ。
また爆発してしまった。
息を切らせながら、熱が醒めていくのがわかる。
アレだけの咆哮を浴びせても、毅然と睨み返してくる霊夢が、眩しい。
「・・・ほんと、馬鹿じゃないの?」
「・・・・・・!」
「哀れで滑稽で、見ていられないわ」
「ま・・・まだ言うか!!」
正座の霊夢のほうが頭の位置が高く、それゆえに私は見上げる体勢になっている。
その目線からだろうか。
霊夢の本心からだろうか。
冷ややかな目線は、私の心をゆっくりと・・・確実に冷ましていった。
「視野が狭いって言っているの。第一、その従者たちは改革が必要だとは思ってなかったんじゃないの?」
「なっ・・・!」
なぜ、ばれた。
言い当てられたことで、完全に心が冷え切った。
「夢なんかに影響されて・・・不必要に怯えて・・・ほんと、餓鬼ね。必要ないことを力任せでやるなんて、そりゃ呆れられるわ」
「な・・・なら、なぜ今まではついてきた!!今までと、改革からと・・・何が違うというんだ!?」
また、あの表情で霊夢はため息をつく。
ここで、霊夢の内にある感情がようやく読み取れた。
憐憫だ。
哀れんでいるんだ。それも、心から。
気付いて、再び怒りで心が燃え上がりそうになるが、霊夢の一声で再び冷めてしまった。
「なにも違わないわよ。あいつらは、『あんただから』ついてきた。それだけのことでしょう」
「・・・・・・・・・え?」
冷や水をかけられるとは、こういうことを言うのだろうか。
なんとも不可思議な気持ちだった。
燃えるとか、冷めるとかの二極化された心境ではない。
言葉にするならば・・・
そう、拍子抜け。
「なに驚いているのよ?あいつらは『紅魔館の主』に仕えてたわけじゃないでしょう。『レミリア・スカーレット』っていう吸血鬼に使えていた・・・違う?」
「え・・・・・・え・・・?」
聞き返されても困る。
それを知りたいのは、私のほうなのだ。
「あんたに仕えている奴らに、館の主として振舞ってどうするのよ。素のあんたを見せるべきでしょう?」
「だ・・・だって、夢では・・・・・・」
「何十回見ようが、何百回見ようが夢は夢。馬鹿らしいと思わない?そんなものに振り回されているのよ?」
「じゃ、じゃあ里では!咲夜の反応は!?」
「そりゃ、『レミリア』を馬鹿にされたとあっちゃ黙っていられないでしょう。よわっちいガキだなんて、明らかにあんたの容姿を馬鹿にしているじゃないの」
一蹴されてしまった、私の数日間。私の考え。
それは・・・そう考えると、確かに馬鹿みたいだった。
実態のないものに怯えるなんて、アホらしい。
むしろ、私は怯えさせる側ではないか。
「威厳だか見栄だかカリスマだかしらないけど、そんなもの腹の足しにもなりゃしないわよ」
「・・・・・・は・・・・・・はは・・・」
「変なところにこだわってないで、素のあんたを見せてやりなさい。きっと、喜ぶから」
諭しながら、霊夢は背後の二人を見る。
相変わらず、鍋談議をがんばっている二人。話のネタなんて、そう無いだろうに。
吸血鬼の咆哮を間近で受けて、なお話を続ける二人を見る。
沈黙は、弱い心を壊す最大の敵だと知っているから。
自身の間違いに“気付いてしまう”と知っているから。
そして、もう一つのサプライズを成功させるために。
私の意志を汲んで、無理して白菜の話を続ける二人を見る。
(そう。私に対する魔理沙やアリスのように、素でぶつかれる相手がたくさんいるじゃないの)
口には出さない。
出すわけがない。恥ずかしい。
「ははは・・・・・・はは・・・」
レミリアは、力なく笑い続けることしかできなかった。
霊夢の言うことが本当だとしたら、私はとんだピエロではないか。
なんてことはない回答に、自身を哀れみ、呆れることしかできなかった。
「・・・私のいうこと、間違っているかしら?」
「はは・・・・・・的確すぎて笑いが止まらないわよ・・・」
そう、もう戻れないところまで来てしまったのだ。
呆れられて、出て行かれた。
そんな状態になるまで、本当に大切なものに気付けなかった。
「んじゃあ、さっさと仲直りしなきゃね」
「・・・は・・・はぁ!?」
正直、驚いて口が塞がらなかった。
頭が沸いているんじゃないかこの巫女は。
「み・・・見捨てられたって言ったじゃないの!もう、元には戻れないわよ!」
そう、思えば酷いことばかり要求したものだ。
大切なこともわからなくなった吸血鬼に愛想をつかしたのだ。
今更、どうやって元に戻れというのか。
「はぁ・・・本当、頭固いわね」
「な・・・なにがよ!」
「私が、好き好んであんたにこんな説教をすると思うの?」
「・・・・・・?」
言われて見れば確かに。
霊夢は、他人のことなどどうでもいいという性格だ。
簡単に言えば面倒くさがりとも言える。
その霊夢が、動いた・・・?
と、そこまで考えて違和感を感じた。
背後では魔理沙とアリスが話し続けている。
だが、二人のものとは違う、音が聞こえた。
吸血鬼の卓越した聴覚が聞き分けた、なぞの・・・水音?
その音は、左・・・襖の向こうから聞こえてきた。
思わず襖を見る。
すると、霊夢の口から「あら、ばれちゃったみたいね」という台詞が漏れた。
「ば・・・なによ、ばれたって?」
「魔理沙にアリス、もういいわよー」
無視して後ろを向き、鶴の一声を発する霊夢。
「ふ~、疲れたぜ・・・白滝の話題なんてそんなにあるわけないじゃないか。話題を選べよアリス~」
「仕方ないじゃないの・・・他に思いつかなかったんだから」
やれやれといった感じで、そんなことを話す魔女二人。
それを確認してから、霊夢は襖を見た。
「ほら、泣き虫ども。入ってきていいわよ」
泣き虫ども?
その疑問の答えは、
ガラリ
襖の向こうからやってきた。
「おじょうざまああああああぁぁぁぁ!!!」
「ひ・・・ひゃあ!?な、ななな・・・な!?」
顔全体をぐしゃぐしゃにした美鈴が飛び込んできて、私に抱きついてきたのだ。
「うあああああ!!おぞうじゃまあああああ!!」
「ちょ、え?ま・・・は、離れなさい!離れろ!!」
「ヒック・・・うぶぅ・・・すん・・・」
霊夢他二名に剥がされていく美鈴。
満面の笑みを浮かべながら大泣きする様は、抱きつかれたほうが驚いたじゃすまない衝撃を受けた。
気がつくと、同じくボロボロと泣いている咲夜と、いつも通りの無表情を崩さないパチュリーが並んで立っていた。
「あ・・・あなたたち・・・・・・」
「ま、見ての通りよ。どこかの魔女が、次の宴会費を全部持つっていうから、仕方なく受けてやったわ」
霊夢の説明も、すでにレミリアの耳には入っていなかった。
嗚咽が聞こえないように演技していた、二人の魔女も見えなかった。
ただ、泣いている従者が。
いつも通りの友人が。
そこにいるという事実で、頭がいっぱいだった。
「お・・・おじょうざま・・・ぐずっ・・・」
泣かないのよ、咲夜。完全で瀟洒はどこにいったのよ。
「おじょうざまああぁぁぁああああぁぁぁ・・・」
こら、美鈴。そんな子供みたいに泣いてちゃいけないわよ。
「・・・・・・」
パチェ・・・あなたは変わらないわね。
いままでも、ずっと変わらなかった。
変わらないものが見えなくなって、『私』に相応しくない言動をとってしまった。
前後不覚に陥って、結果的に傷つけてしまったかもしれない。
そんな、私なのよ?
なのに・・・
「わ・・・わたしに゛・・・ついで・・・ぎでくれるのッ・・・!?」
気がつけば、嗚咽が止まらなかった。
しょっぱい何かが、口の中に吸い込まれて・・・
そのしょっぱさに、また目から涙が溢れた。
「あたりまえ・・・じゃないでずか!」
「おじょうさま゛あああぁぁぁ!!」
素の自分自身で、私のために泣いてくれる従者がいる。
その事実だけが、私の心を揺さぶり、涙を溢れさせた。
こんな従者にふさわしいのは、こんな主なのだろう。
そう思い、私は・・・
久しぶりに、自分以外の全てを捨て去った。
「あ・・・あ゛あ゛ああぁぁ!!さぐや・・・めいりん・・・ああ・・う゛わ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁ!!!」
そこには、ただ泣きじゃくる子供がいて。
それを慈しむように囲む、従者がいた。
「これでいいんでしょ?」
「ご苦労様。感謝するわ」
「礼なんかいいわよ、気持ち悪い」
三人が嗚咽でハーモニーを奏でている中、少し離れた場所で巫女と魔女は話していた。
「ともかく、元に戻してくれて、ありがとう」
「だから礼はいらな・・・うわ!頭下げないでよ!気持ち悪いってば!!」
今回、パチュリーの計画でわざと三人は館を離れた。
そして、前もって連絡を取っていた霊夢に、ことの顛末を任せたのだ。
館の三人じゃあ、どうしても感傷的になり、話がこんがらがる恐れがあった。
だから、平等に接することができる霊夢が適任だと、パチュリーは判断したのだ。
フランドールの脱走などのアクシデントはあったが、予定通りにことは進んだ。
レミリアは自分を取り戻し、従者は襖の向こうからレミリアの本心を聞いた。
危なっかしかったが、どちらにとってもいい機会だったとパチュリーは思った。
「・・・それにしても、思ったより積極的に動いてくれたじゃないの」
「そう見えたの?」
頭をあげ、霊夢の行動を思い返しながらパチュリーは言った。
霊夢はきょとんとしている。
「そうね。私にはそう見えたわ」
「・・・まあ、顔をみたらずいぶん危ない状態だったから、少しあせったけど・・・それくらいよ」
こちらから目線を外し、霊夢は言う。
心なしか、頬が赤い気がする。
・・・でも、まぁ
「・・・まあ、そうなんでしょうね」
パチュリーは、そういうことにしておいた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「さあ、ついに紅魔館に潜入致しました!」
新聞記者、射命丸 文は、嬉々としてロビーを見渡した。
薄暗い館内は、ネタの宝庫に見える。
ここにこそ、今度こそネタが待っているに違いない!
「ここにはどんな魔物が潜んでいるのでしょうか」
と言った瞬間、背後から何者かの気配を感じた。
天狗らしい、素早い動きで背後を見ると・・・
「ぎゃおー!」
満面の笑みを浮かべたレミリアが、両手を挙げて怪物のように振舞っていた。
「で、でましたー!怪物です!特派員の運命はいかに!」
ノリで続ける文。
「たーべちゃうぞー!」
幸い、向こうもノってくれているようだ。
謎のテンションはヒートアップしていく。
「おそろしい肉食の怪物のようです。これが伝説のモケーレムベンベの姿なのでしょうか!」
「も、もけ?ごめん、それの演技ができないや」
どうやら選択を誤ったようだ。
なんとなく、不覚を取ったと感じてしまう。
「でも、今日は乗ってきたほうですね」
「退屈でねぇ、天気が優れなくて・・・」
「え?天気、ですか?」
考えてもみなかった事態だ。
そういえば、最近嵐続きだったが。
「突然雨が降ってきたりするから出歩きたくないの。私は雨、苦手でねぇ」
「・・・突然天気が変わる・・・ですか?」
「そうよ、ちょっと前から何かおかしくなった」
「むむむむむ?」
よくわからないが、なにか臭う。
自分の知らないところで、なにかが起こっているのではと、射命丸は思った。
「さあ、退屈だからモケーレごっこでもするよ!」
そう思い一瞬引きかえそうかと思ったが、どうやら怪物は行かせてくれなさそうだ。
「さあ、逃げなきゃ食べちゃうぞー!」
「ああ、何と言う事でしょう!特派員は戦いを余儀なくされてしまったのです!」
お互いにふざけあっていて、しかも満更ではない。
やはり幻想郷は愉快なところだと、文は感じた。
欲を言えば、もうすこしネタが転がっているといいのだが。
まあ、そんなことより・・・と、気持ちを入れ替えると、文は羽の団扇を取り出した。
「以下次号!」
「あー・・・・・・派手にやったなぁ」
むくりと起き上がり、レミリアはロビーを見渡した。
柱は砕け、絨毯は剥け、シャンデリアはボロボロ。
自分の服も破けているところが多く、代えの服が必要だと思った。
そう思いながらも、レミリアは再び倒れた。
大の字になり、グラグラとゆれるシャンデリアを見つめる。
久しぶりに、楽しく遊んだ。
ここ最近は不可思議な天候のせいで、騒ぎを起こすことも、見に行くことも、解決しに行くこともできやしない。
だからこそ、暇つぶしが来てくれたことを歓迎して、全力で付き合ってやった。
確かに楽しかった。
だが、この有様はちょっとはしゃぎ過ぎたと言わざるをえない。
また咲夜に小言を言われてしまうな・・・。
そう思いながら、ブラブラと宙を浮遊するシャンデリアを、飽きもせずに見つめる。
ふと、視界が暗くなった。
なにかが頭の上に現れたようだが、突然光量が変わったせいかはっきりと見えない。
目の前にある何かは、口を開く。
「大丈夫ですか、お嬢様」
ああなんだ。噂をすれば何とやら、か。
「大丈夫よ、咲夜。ちょっと服が破けただけ」
「ロビーは酷い有様のようですが」
「私が大丈夫ならいいでしょう」
「左様で」
倒れた主人と、見下ろす従者とのなんてことのない会話。
咲夜の頭がどいたので、レミリアはようやく立ち上がった。
埃を払いながら咲夜を見ると、彼女もボロボロだった。
「なんだ、咲夜も酷いじゃないか」
「私は大丈夫だから、いいのです」
「ああ、そうか」
どうやら、烏天狗の侵入を止められなかったようだ。
まぁ、私にとっては良い暇つぶしだったし、咎めるつもりはないが。
廊下を咲夜と二人で歩く。
すでに服は着替えた後。
これから私は夕食だ。咲夜も後ろからついてきていた。
食堂までは、もうそこまでかかるまい。
「・・・それにしても」
咲夜が唐突に口を開いた。
後ろを向かず、ただ進みながら私は聞く。
「先ほどは楽しそうでしたね」
「・・・なんだ、見ていたのか。いつから?」
「ぎゃおー辺りからですわ」
なんだ、全部じゃないか。
「見ていたのなら、助けにでも入ってくれればよかったのに」
「ご冗談を。せっかく楽しんでらっしゃる最中なのに、遊びを台無しにしては興が削がれるでしょう」
かすかに笑っている咲夜。
全く、なにもかもわかっている。
本当に、瀟洒だ。
「・・・・・・咲夜」
「なんでしょう」
ふと、瀟洒という単語から、いつかのことを思い出した。
思い出したが、不安はない。
ないからこそ、堂々と聞いてみようかと思った。
「こんな私でも、ついてきてくれるか?」
歩きながら、顔も見ず、唐突に尋ねた。
だが、完全な彼女はそれだけで理解したのだろう。
「もちろんですわ。私は、『レミリア・スカーレット』お嬢様に一生ついていきます」
「・・・・・・ふふっ」
ほらみろ。
不安などどこにもないではないか。
素の私についてきてくれる最高の従者がここにいる。
最高の友人がいる。最高の門番がいる。
家族がいる。
いつかは、フランとの仲もなんとかしたいものだ。
できるか?
できるさ。
家族が手伝ってくれる。
なにも不安はない。
食堂の扉にたどり着く。
さあ、夕食の時間だ。
みんな待っている。
咲夜が私の前に出て、扉をゆっくりとあけた。
そこには、
「レミリア様、遅いですよー」
「・・・レミィ、スープが冷めてしまうわ。早くなさい」
「あら・・・ごめんなさいね、みんな」
私の望んだ全てが、待っていた。
FIN
おまけ
「藍さまー。紫さまがまだ起きてこないです・・・」
「あー、良い夢をみていらっしゃるんだろうな」
「良い夢・・・ですか?」
「ああ。なんでも、『善夢と悪夢の境界』と、『意識の境界』を弄ったらしくてな」
「・・・・・・さっぱりわからないです・・・」
「あー・・・まあ、噛み砕いていうとだな。自分の悪い夢を全て他人に押し付けて、良い夢を貰ってくるらしいんだ」
「へぇー!・・・あ、でもそれじゃあ誰かが悪い夢を見ているってことに・・・」
「なるなぁ」
「・・・いいんですか?」
「ま、しょせん夢だしな。ともかく早く起こすんだ。せっかく満開の桜が散ってしまう」
「わかりました。・・・紫様―!おーきーてー!!」
「・・・・・・はぁ、どこの誰が悪夢を食らっているのやら・・・」
>メイドである彼ら
メイドガイが一杯居るんですねわかりますww
ただそれだけ
自分だとフラン登場のちょっとまえからバッドエンドしか想像つかなかったですw
いいね。こんな話好き。
いや、結果としては良かったのか? う~ん??
序盤で予想が付いたとおりのままの話が最後まで続いていったというのに、
ここまでドキドキして読めるとは思いも寄りませんでした。
そして妹様の気の触れ具合がなんともたまらん。。。
レミリアの苦悩、葛藤、ギリギリの処で
しかも毎日悪夢を見たらそりゃ気が気じゃなくなるだろうに
それでも家族なんですよね…
タイトルが全てを物語っている、その一言に尽きますね
最後に…おい、スキマ…………
読んでいただきありがとうございます!
>>1様
報告ありがとうございます!
色々と危ない表現になるところでした。
>>6様
私も同じ考えに達してしまったw
>>7様
その一言で感無量です。
>>真心様
バッドエンドしか思いつかない私にとっては、上出来かもしれません。
一応、書き始める前からラストは考えてあったので、脱線はしませんでした。
・・・考えてなかったらバッドエンドになっていたかも・・・←
>>13様
この館だけでなく、全ての主従の絆は固く深いものだと考えてしまいます。
幻想郷クオリティかもしれないですが、信じて止みません。
>>15様
妖怪というものは、自分さえ良ければそれでいいと考える生き物だと思っています。
なので、私的にはこの行動は“妖怪らしい”ものだと思います。
まぁ迷惑なのに変わりはないですが。
>>20様
好きと言ってもらえる話が書けてよかった!
紫様の迷惑具合はちょっとアレですねw
>>カギ様
フィーッシュ!!←
最後のは感動ブレイカーです。
結果としては良かったんです!そう思わないと!
>>24様
やっぱり、どんな場所でもトップの辛さというものはあると思います。
紫様の迷惑具合は(ry
>>26様
予想できてしまう話だったことは反省点になります。
一度決めた路線でしか書けない、不器用な部分を何とかしなければ・・・
>>Zeke様
バッドも好きですが、やはりハッピーが王道ですよね。
紅魔館の絆を壊すことは、私にはできませんでした。
>>29様
妖怪らしい、ふてぶてしくも適当な行動です!
・・・・・・どう考えても迷惑妖怪ですねw
>>30様
レミリアは苦しんで苦しんで、変えようとしても失敗し、坩堝にはまりました。
すべては、家族を失いたくなかったからです。
それは、館の全員が同じだったのでしょう。
だからこそ、元の関係に・・・いや、より良い関係を築けたと思います。
スキマ様は本当に迷惑極まりないお方←
久々に起承転結、気持ちの良いSSを見させてもらったじぇ