――緞帳上ル――
えー、只今ご紹介に与りました。稗田阿求です。
この度は命蓮寺こけら落とし講演に講師としてお招きいただき、誠に恐縮であります。
尾籠ではありますが、この場を借りて一つ告知をさせていただきたいと思います。
以前私が、妖怪について纏めた「幻想郷縁起」が講堂入口の仮設屋台にて販売されています。
売上の一部は寺院へと寄進させていただく予定です。興味のある方は、是非とも帰りがけにお求めください。
それはそうと、この前、幻想郷縁起についてご指摘をいただきました。
指摘をしたのは射命丸文という烏天狗。私が購読している「文々。新聞」の記者であります。
幻想郷縁起を纏める際に彼女の記事を参考にさせてもらったのですが、参考資料の一覧に文々。新聞の名前が無かったと苦情――横文字で言えばクレエムという具合になりましょうか――を持ちこんできたのです。
「どうして参考文献の欄に書かれていないのでしょう。知的財産権の侵害です」
そこで私は「知的財産権は侵害していません」と否定するのですが、先方もなかなか譲りません。
「どうしてそんなことが言えるのですか?」
問いかける彼女に、私は一言。
「だって、文々。新聞は知的財産ではなく痴的財産ですから」
とまあ、幻想郷縁起を通じて様々な妖怪と知り合い、話をする機会を得たわけでございます。
今日のお噺も、縁起についての物語です。縁起とは言っても、担ぐほうの縁起でありますが。
さて、それでは毎度ばかばかしい小噺を一席。
本日の演題は――
『怠惰な死神』
幻想郷で山といえば妖怪の山がありますが、その山の裏手に出て、中有の道という道を抜けると三途の河と呼ばれる河がございます。
言わずと知れた彼岸と此岸を分かつ境界の河。
人間死んだ後はと申しますと、この河を渡って閻魔様の裁きを受けることになってるんでございます。
その三途の河で小野塚小町という一人の死神が舟を渡していました。
小さい野っ原に、アリ塚の塚、そして小町娘の小町でございます。
この小町。一部じゃあ「サボタージュの泰斗」なんかで名が通るほどの怠惰な死神です。
その折も、幽霊を彼岸に渡し終えると、錨の代わりにと流れに竿差し、綱で舟と結んで昼寝に興じる始末。
しかも、それが毎日のように続くものだから困ったものでございます。
小町だけに、困っちまうと言った塩梅です。
ある日、それを見かねた上司の閻魔様――四季映姫・ヤマザナドゥが、彼岸の労働者の総本山の是非曲直庁へと呼び出しました。
仕事が終わった後に閻魔様に呼び出されたとなれば、説教か至急の勅命か、どちらにしろ小町の安息を脅かすものであることには変わりはございません。
かといって呼びだしの要請を反故にする無謀を試みることはできず、小町はとぼとぼと閻魔様の元へと向かうのでした。
「小町!今日という今日は言わせてもらいます。仕事中の居眠り――今までは肉体労働故に、ということで大目に見てきましたが、昨今のあなたを見る限り必要以上の惰眠を貪っているように見受けられます」
「畏れながら申し上げます」
「何でしょう?」
「四季様の目は節穴です」
「畏れてるならば、もっとオブラートに包んだ表現があるでしょう!?」
「いやいや、すみません。ですが、これは仕方のないことなのです。と言いますのは――」
閻魔様は半ば呆れ気味で、小町の申し開きに耳を傾けます。
「私が休憩を多く取るのは、仕事の効率を上げるためにほかなりません。ご存じのように、三途の河の幅は死者の生前の行いの良し悪しに比例しています」
「ええ、知っていますよ」
「同じくらいの河幅になる魂ならば、相席をさせても、さして問題は起こらないでしょう」
「言われてみれば、確かにそうですね……」
小町は尚も続けます。
「罪の重さが離れている者同士が乗り合わせれば、罪の軽い側は必要以上の時間がかかるために不満を抱く可能性がある。しかし、それが同程度ならば誤差は僅かなもので不満を抱くほどではないでしょう。そして何より、一度に多くの魂を運ぶことによって効率が著しく向上するのです」
「たまには的を射たことを言いますね……」
「ですから、同じくらいの罪の重さの魂が集まるまで休憩をして時間を潰していたのです」
「なるほど、さすが小町、素晴らしい考えです――」
「えへへ、それほどでも……」
「――などと、言うわけないでしょう!!この戯け者!!」
と、閻魔様は一喝。小町は頭を押さえて「きゃん!」とうずくまって、長身の姿からは想像できないほどに、小さく丸くなっております。
「結局は、全てが休憩するための口実でしょう。隙有らば怠けようとし、理屈をこねて自分を正当化しようとするその態度――この悔悟の棒をもって、悔い改めなさい!」
「ひいい!」
「あなたに忠告したいことは、次の三語に尽きます。”働け””もっと働け””飽くまで働け”です」
「なんというビスマルク!四季様は鉄血宰相だったんですか!?」
「休憩を最低限に、勤務時間内は努めて働く。それがあなたの為すべき最大の効率です。面倒臭がらず、魂を一つずつしっかり渡すのですよ。わかりましたね?」
「は、はい……」
その後は、閻魔様直々の、悔悟の棒を用いた百叩きの刑が執行されました。
刑の執行が終わり、かろうじて一命を取り留めた小町は半ば追い出される形で是非曲直庁を後にしたのです。
「ところがどっこい。ここで簡単に引き下がるあたいじゃあないよ。あたいにゃあ、秘策があるんだ」
小町は棲家のある地獄ではなく、中有の道へと向かいました。そしてお次は妖怪の山へ。
道中の様子を省きますのは噺家の怠慢でなく、小町の持つ”距離を操る程度の能力”によって時間が短縮されたからであります。
そんなこんなで小町は、妖怪の山を流れる川で、自前の舟を漕いでいるところでございます。
すると、どこからともなく声が聞こえてきました。
「どうして死神さんが山で舟なんか漕いでるのさ」
言われて、死神は自信たっぷりに答えたものでございます。
「なんのことはないさ。あたいは百人力の船頭だからね。船頭多くして船山に上るってこともあるだろう」
「口が達者だね。まあ、どうせ、私たちの力を借りたいって話でしょ」
「どうして、そう思うんだい?」
「そりゃあ――ガツガツ、まあ――ムシャムシャ」
小町が振り返ると、そこには横柄にキュウリを貪る河童の姿がありました。
「箱いっぱいにキュウリを積んで来てるってなるとねえ、他には考えられないよ。そうそう、私の名前は河城にとり。私でよければ話を聞くよ」
「いやあ、河童の方から来てくれるとはねえ。手間が省けたよ、渡りに船とはよく言ったもんだ」
「ふふ、用件は何だい?乗りかかった船だからね。ちょっとした無理も通そうってものだよ」
「実は、舟を改造してほしいんだ」
「舟って、今乗ってるこの舟のこと?」
「そう、この舟を飛切りの快速船にしてほしいんだよ」
これが小町の考えた秘策なのでした。
魂によって渡す河の幅は違えど、小町が舟を漕ぐ速さにはそれほどの差はありません。帆の無い手漕ぎの舟では、いくら速くしようとしたところで高が知れているのです。
そこでエンジニアの力を借りて、機械を搭載し、舟の速度を上げようと考えたわけでございます。
閻魔様の言いつけ通り、魂を一つずつ運んでそれでも時間が余るようならば、いくら閻魔様とはいえ休憩を認めざるを得ないでしょう。
魂を渡すことが仕事であるのに、肝心要の魂がいないのですからね。
かようなわけで、高度な技術で様々な道具を作り出す、山の河童を頼ったのでございます。
そして、頼まれた河童の方はと言いますと、腕を組んで「うーん」と唸っている。これを見て小町は心配して一声かけます。
「どうしたい?まさか、できないって言うのかい?」
「いや、私一人でもできるよ。小さい舟だしね」
「じゃあ、どうして困るようなことがあるんだい?」
「新型のエンジンが品切れ状態なんだよ。新しく作るとなると、改造に取りかかれるのはいつになるやら……」
「ふうん、新型のエンジンがねえ……」
河童に釣られて唸る小町、しかし、ふいに「あっ!」と一声。
「それなら、旧型のエンジンはどうだい?」
「ん……ああ!それならあるよ、一つ前の型がいっぱい残ってる」
「一つ前、ねえ……結構なもんじゃないか。それなら改造はどれくらいでできる?」
「エンジンを搭載して、舟底の強度を補強して――今晩は徹夜だねえ。明日の朝から仕事って言うんなら、そのちょっと前には納品できるよ」
「なんと!一晩で終わっちまうのかい?」
「そうだよ。お前さんは運がいい、他の河童だったら三日はかかるところだよ」
「そいつはありがたい。是非ともそれで頼むよ」
小町は存分に満足したのですが、一つだけ疑問がありました。
「そうそう、新型と旧型だと、どれくらいの違いがあるんだい?」
「旧型とはいえ、河童の作ったエンジンだからね、性能は抜群さ。新型と比べても遜色はないよ」
「だったらなんで、新しいのなんか作るんだい?」
「うん。性能自体は変わらないけどね、新型には静音機能がついてるんだ。違いはそれだけだよ」
「じゃあ、馬力というか、舟の速さには違いはないのかい?」
「その通り。故障にも強いし、安心していいよ」
にとりは今からにも作業にかかりたいと言うので、会話もそこそこに作業場に移ることになりました。
「ちょいと、待ってな。今、差し入れを持って来るから」
「差し入れ?」
「キュウリをもう一箱――いや、もう二箱持ってくる。普通の三倍で働いてくれるんだから、相応の礼はしないとねえ」
「いよっ、太っ腹!江戸っ子だねえ」
「へへ、キュウリに糸目をつけても仕方あるめえ」
「そうだ、キュウリにつけていいのは塩か酢くらいのもんだよ」
「それじゃあ、頼むよ、盟友」
「うん、待ってなよ。それこそ、大船に乗った気持ちでね」
「あっははははは!」
「あっははははは!」
陽気な死神と河童の契約はこうして成立と相成りましたのでございます。
そして明くる日の朝。
三途の河原――俗に言う”賽の河原”に、にとりとその馴染みの白狼天狗が舟を運んでやってきました。
舟を背負っているのは白狼天狗でありまして、にとりはと言いますと、酒瓶を抱えています。
白狼天狗が舟を下ろし、水面に浮かべると、にとりが舟の説明を始めます。
「変わったところは、舟底の全面の補強とエンジンの搭載くらいだね。そうそう、エンジンはハイブリッドだよ」
「”はい、鰤どう?”なんだかよくわからないけど縁起がよさそうだねえ。出世魚だし」
「ちょっと違う気がするけど……ま、そうだね。燃費がよくて縁起がいいってわけさ」
「ときに盟友よ、その酒瓶は何だい?」
「ああ、これね。これは進水式に使うのさ」
「進水式だって?」
「まあ、見てなよ。それ!」
にとりが酒瓶を船体に投げつけると、酒瓶は割れ――ることなく跳ね返って河の中に沈んでしまいました。
「しまった、あの瓶は防弾ガラスでできてたんだった!」
「何なんだいそのチョイスは!?」
「宴会で弾幕勝負が始まっても無事なようにという配慮のはずが……く、進み過ぎた技術が仇になった、テクノストレスだ……」
「何してくれんだい、江戸っ子は縁起を担ぐ性質なんだよ!進水式で酒瓶が割れないなんて縁起でもねえ」
「そんなことよりさ、舟に乗ってみて運転して見せてよ」
「む、それもそうだね。早く新しくなった舟を操縦してみたいねえ」
そして河童が操縦の仕方を簡単に説明。複雑な操作は要らないので、死神も首尾よく技術を飲み込んだようでございます。
試しに運転してみると、その速さたるや、手漕ぎとは比べものにならないほど。
小町も大満足で、先ほどの進水式のことなども、もう頭から抜けてしまっているようです。
「いやあ、速い速い。こいつはいい仕事してるねえ」
「やあやあ、喜んでもらったようで何より。それじゃ、私はこれで失礼。一週間くらいしたらメンテに行くから」
「あいよ!」
小町は新しくなった舟でどんどん魂を運んでいきます。
舟の速度は相当なもので、時間をざくざくと短縮できるようになりました。
言いつけ通り魂を一つずつ運んでも、たっぷりお釣りが返るほどであります。
閻魔様もしっかりと魂を運んでくるようになった小町に、ご満悦のようでございます。
そして瞬く間に一週間が経ちました。
にとりは工具を服に詰め込んで賽の河原へとやってきました。
小町は向こう側に舟に渡しているらしく、にとりはそこで待つことにしました。
すると八重霧の中からエンジン音が聞こえてきます。
霧に浮かぶシルエットが大きくなり、次第に輪郭がはっきりしてきました。
そこで河童は驚きの声を上げます。
「ひゅい!」
舟を操縦する小町の顔は青ざめていて、げっそりとやつれていたのです。
一目では、別人と見紛うほどに、顔つきが変わっているのでございます。
「……ああ、にとりか。そういやあ、メンテに来るって言ってたね……」
「ど、どど、どうしちゃったのさ!?」
「……何がだい?」
声も枯れ枯れで、か細く、聞き取るのがやっとであります。
「やつれちゃって、何だか幽霊船長みたいになってるよ!あっ、もしかして進水式が失敗して舟が呪われちゃったとか?」
「呪い?そんなものはないよ……」
「ズルをして閻魔様にこってり絞られたとか?」
「そんなことはない。むしろ仕事を褒めてくれてるよ……」
「じゃあ、どうしてそんな風に――」
「ただの寝不足だよ……」
「へ?」
にとりは首を捻って言います。
「どうしてさ?仕事がはかどれば、休憩なんて、いくらでもとれるじゃん」
「にとり。お前さんが改造してくれた舟は速くて燃費もいいし、浅瀬に突っ込んでもびくともしないくらい丈夫なんだけどさ、一つだけ欠点があったんだ……」
「何だい?言ってみなよ」
そこで小町は溜息をついて、一言。
「エンジン音がうるさくて、昼寝なんかできやしない」
アイドリングストップすら怠る、怠惰な死神のお話でありました。
実はこの話には、続きがございまして、もう少々お付き合い願えればと思います。
その後、事態を重く見た閻魔様――四季映姫・ヤマザナドゥが、小町にエンジン付きの舟の使用を止め、今まで通り手漕ぎの舟を使うよう命じたのでした。
そして、仕事中の休憩についても、断腸の思いで認めることになったのです。
怪我の功名とはよく言ったものですね。
小町は閻魔様にしきりに頭を下げたものでございました。
「あなたのために認めるのではないですよ。あなたがやつれている姿を見ていると私の精神衛生が害され、私の仕事の妨げになるのです。飽くまで、そこを忘れないように」
「へいへい、ありがたいことです」
「それはそうと、舟にエンジンを搭載するというアイディア自体は優れていましたよ。改造は自費で賄ったようですし、使いたいと言うなら、またあの舟を使ってもいいですよ」
小町はそれを聞いて、ぶんぶんと首を横に振りました。
「とんでもない。今回身に染みました。江戸っ子の舟にはエンジンを載せちゃあいけないんですよ」
「どうしてですか?」
「四季様、エンジンって英語で書けますか?」
「馬鹿にしないでください」
閻魔様は閻魔帳を取り出すと、一つずつアルファベットを書いていきました。
"E" "N" "G" "I" "N" "E"
「"ENGINE"――これでエンジンと読むのでしょう」
「ええ。ですが、江戸っ子はこれをエンジンとは読まないのですよ」
「では、何と読むのです?」
小町は"ENGINE"の文字を指差し、笑って、こう言ったのでございます。
「江戸っ子はこれを、”縁起無え”って読むんです」
今日のところはこれでお開き。
皆さん、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
是非、今後とも御贔屓に……
――緞帳下ル――
えー、只今ご紹介に与りました。稗田阿求です。
この度は命蓮寺こけら落とし講演に講師としてお招きいただき、誠に恐縮であります。
尾籠ではありますが、この場を借りて一つ告知をさせていただきたいと思います。
以前私が、妖怪について纏めた「幻想郷縁起」が講堂入口の仮設屋台にて販売されています。
売上の一部は寺院へと寄進させていただく予定です。興味のある方は、是非とも帰りがけにお求めください。
それはそうと、この前、幻想郷縁起についてご指摘をいただきました。
指摘をしたのは射命丸文という烏天狗。私が購読している「文々。新聞」の記者であります。
幻想郷縁起を纏める際に彼女の記事を参考にさせてもらったのですが、参考資料の一覧に文々。新聞の名前が無かったと苦情――横文字で言えばクレエムという具合になりましょうか――を持ちこんできたのです。
「どうして参考文献の欄に書かれていないのでしょう。知的財産権の侵害です」
そこで私は「知的財産権は侵害していません」と否定するのですが、先方もなかなか譲りません。
「どうしてそんなことが言えるのですか?」
問いかける彼女に、私は一言。
「だって、文々。新聞は知的財産ではなく痴的財産ですから」
とまあ、幻想郷縁起を通じて様々な妖怪と知り合い、話をする機会を得たわけでございます。
今日のお噺も、縁起についての物語です。縁起とは言っても、担ぐほうの縁起でありますが。
さて、それでは毎度ばかばかしい小噺を一席。
本日の演題は――
『怠惰な死神』
幻想郷で山といえば妖怪の山がありますが、その山の裏手に出て、中有の道という道を抜けると三途の河と呼ばれる河がございます。
言わずと知れた彼岸と此岸を分かつ境界の河。
人間死んだ後はと申しますと、この河を渡って閻魔様の裁きを受けることになってるんでございます。
その三途の河で小野塚小町という一人の死神が舟を渡していました。
小さい野っ原に、アリ塚の塚、そして小町娘の小町でございます。
この小町。一部じゃあ「サボタージュの泰斗」なんかで名が通るほどの怠惰な死神です。
その折も、幽霊を彼岸に渡し終えると、錨の代わりにと流れに竿差し、綱で舟と結んで昼寝に興じる始末。
しかも、それが毎日のように続くものだから困ったものでございます。
小町だけに、困っちまうと言った塩梅です。
ある日、それを見かねた上司の閻魔様――四季映姫・ヤマザナドゥが、彼岸の労働者の総本山の是非曲直庁へと呼び出しました。
仕事が終わった後に閻魔様に呼び出されたとなれば、説教か至急の勅命か、どちらにしろ小町の安息を脅かすものであることには変わりはございません。
かといって呼びだしの要請を反故にする無謀を試みることはできず、小町はとぼとぼと閻魔様の元へと向かうのでした。
「小町!今日という今日は言わせてもらいます。仕事中の居眠り――今までは肉体労働故に、ということで大目に見てきましたが、昨今のあなたを見る限り必要以上の惰眠を貪っているように見受けられます」
「畏れながら申し上げます」
「何でしょう?」
「四季様の目は節穴です」
「畏れてるならば、もっとオブラートに包んだ表現があるでしょう!?」
「いやいや、すみません。ですが、これは仕方のないことなのです。と言いますのは――」
閻魔様は半ば呆れ気味で、小町の申し開きに耳を傾けます。
「私が休憩を多く取るのは、仕事の効率を上げるためにほかなりません。ご存じのように、三途の河の幅は死者の生前の行いの良し悪しに比例しています」
「ええ、知っていますよ」
「同じくらいの河幅になる魂ならば、相席をさせても、さして問題は起こらないでしょう」
「言われてみれば、確かにそうですね……」
小町は尚も続けます。
「罪の重さが離れている者同士が乗り合わせれば、罪の軽い側は必要以上の時間がかかるために不満を抱く可能性がある。しかし、それが同程度ならば誤差は僅かなもので不満を抱くほどではないでしょう。そして何より、一度に多くの魂を運ぶことによって効率が著しく向上するのです」
「たまには的を射たことを言いますね……」
「ですから、同じくらいの罪の重さの魂が集まるまで休憩をして時間を潰していたのです」
「なるほど、さすが小町、素晴らしい考えです――」
「えへへ、それほどでも……」
「――などと、言うわけないでしょう!!この戯け者!!」
と、閻魔様は一喝。小町は頭を押さえて「きゃん!」とうずくまって、長身の姿からは想像できないほどに、小さく丸くなっております。
「結局は、全てが休憩するための口実でしょう。隙有らば怠けようとし、理屈をこねて自分を正当化しようとするその態度――この悔悟の棒をもって、悔い改めなさい!」
「ひいい!」
「あなたに忠告したいことは、次の三語に尽きます。”働け””もっと働け””飽くまで働け”です」
「なんというビスマルク!四季様は鉄血宰相だったんですか!?」
「休憩を最低限に、勤務時間内は努めて働く。それがあなたの為すべき最大の効率です。面倒臭がらず、魂を一つずつしっかり渡すのですよ。わかりましたね?」
「は、はい……」
その後は、閻魔様直々の、悔悟の棒を用いた百叩きの刑が執行されました。
刑の執行が終わり、かろうじて一命を取り留めた小町は半ば追い出される形で是非曲直庁を後にしたのです。
「ところがどっこい。ここで簡単に引き下がるあたいじゃあないよ。あたいにゃあ、秘策があるんだ」
小町は棲家のある地獄ではなく、中有の道へと向かいました。そしてお次は妖怪の山へ。
道中の様子を省きますのは噺家の怠慢でなく、小町の持つ”距離を操る程度の能力”によって時間が短縮されたからであります。
そんなこんなで小町は、妖怪の山を流れる川で、自前の舟を漕いでいるところでございます。
すると、どこからともなく声が聞こえてきました。
「どうして死神さんが山で舟なんか漕いでるのさ」
言われて、死神は自信たっぷりに答えたものでございます。
「なんのことはないさ。あたいは百人力の船頭だからね。船頭多くして船山に上るってこともあるだろう」
「口が達者だね。まあ、どうせ、私たちの力を借りたいって話でしょ」
「どうして、そう思うんだい?」
「そりゃあ――ガツガツ、まあ――ムシャムシャ」
小町が振り返ると、そこには横柄にキュウリを貪る河童の姿がありました。
「箱いっぱいにキュウリを積んで来てるってなるとねえ、他には考えられないよ。そうそう、私の名前は河城にとり。私でよければ話を聞くよ」
「いやあ、河童の方から来てくれるとはねえ。手間が省けたよ、渡りに船とはよく言ったもんだ」
「ふふ、用件は何だい?乗りかかった船だからね。ちょっとした無理も通そうってものだよ」
「実は、舟を改造してほしいんだ」
「舟って、今乗ってるこの舟のこと?」
「そう、この舟を飛切りの快速船にしてほしいんだよ」
これが小町の考えた秘策なのでした。
魂によって渡す河の幅は違えど、小町が舟を漕ぐ速さにはそれほどの差はありません。帆の無い手漕ぎの舟では、いくら速くしようとしたところで高が知れているのです。
そこでエンジニアの力を借りて、機械を搭載し、舟の速度を上げようと考えたわけでございます。
閻魔様の言いつけ通り、魂を一つずつ運んでそれでも時間が余るようならば、いくら閻魔様とはいえ休憩を認めざるを得ないでしょう。
魂を渡すことが仕事であるのに、肝心要の魂がいないのですからね。
かようなわけで、高度な技術で様々な道具を作り出す、山の河童を頼ったのでございます。
そして、頼まれた河童の方はと言いますと、腕を組んで「うーん」と唸っている。これを見て小町は心配して一声かけます。
「どうしたい?まさか、できないって言うのかい?」
「いや、私一人でもできるよ。小さい舟だしね」
「じゃあ、どうして困るようなことがあるんだい?」
「新型のエンジンが品切れ状態なんだよ。新しく作るとなると、改造に取りかかれるのはいつになるやら……」
「ふうん、新型のエンジンがねえ……」
河童に釣られて唸る小町、しかし、ふいに「あっ!」と一声。
「それなら、旧型のエンジンはどうだい?」
「ん……ああ!それならあるよ、一つ前の型がいっぱい残ってる」
「一つ前、ねえ……結構なもんじゃないか。それなら改造はどれくらいでできる?」
「エンジンを搭載して、舟底の強度を補強して――今晩は徹夜だねえ。明日の朝から仕事って言うんなら、そのちょっと前には納品できるよ」
「なんと!一晩で終わっちまうのかい?」
「そうだよ。お前さんは運がいい、他の河童だったら三日はかかるところだよ」
「そいつはありがたい。是非ともそれで頼むよ」
小町は存分に満足したのですが、一つだけ疑問がありました。
「そうそう、新型と旧型だと、どれくらいの違いがあるんだい?」
「旧型とはいえ、河童の作ったエンジンだからね、性能は抜群さ。新型と比べても遜色はないよ」
「だったらなんで、新しいのなんか作るんだい?」
「うん。性能自体は変わらないけどね、新型には静音機能がついてるんだ。違いはそれだけだよ」
「じゃあ、馬力というか、舟の速さには違いはないのかい?」
「その通り。故障にも強いし、安心していいよ」
にとりは今からにも作業にかかりたいと言うので、会話もそこそこに作業場に移ることになりました。
「ちょいと、待ってな。今、差し入れを持って来るから」
「差し入れ?」
「キュウリをもう一箱――いや、もう二箱持ってくる。普通の三倍で働いてくれるんだから、相応の礼はしないとねえ」
「いよっ、太っ腹!江戸っ子だねえ」
「へへ、キュウリに糸目をつけても仕方あるめえ」
「そうだ、キュウリにつけていいのは塩か酢くらいのもんだよ」
「それじゃあ、頼むよ、盟友」
「うん、待ってなよ。それこそ、大船に乗った気持ちでね」
「あっははははは!」
「あっははははは!」
陽気な死神と河童の契約はこうして成立と相成りましたのでございます。
そして明くる日の朝。
三途の河原――俗に言う”賽の河原”に、にとりとその馴染みの白狼天狗が舟を運んでやってきました。
舟を背負っているのは白狼天狗でありまして、にとりはと言いますと、酒瓶を抱えています。
白狼天狗が舟を下ろし、水面に浮かべると、にとりが舟の説明を始めます。
「変わったところは、舟底の全面の補強とエンジンの搭載くらいだね。そうそう、エンジンはハイブリッドだよ」
「”はい、鰤どう?”なんだかよくわからないけど縁起がよさそうだねえ。出世魚だし」
「ちょっと違う気がするけど……ま、そうだね。燃費がよくて縁起がいいってわけさ」
「ときに盟友よ、その酒瓶は何だい?」
「ああ、これね。これは進水式に使うのさ」
「進水式だって?」
「まあ、見てなよ。それ!」
にとりが酒瓶を船体に投げつけると、酒瓶は割れ――ることなく跳ね返って河の中に沈んでしまいました。
「しまった、あの瓶は防弾ガラスでできてたんだった!」
「何なんだいそのチョイスは!?」
「宴会で弾幕勝負が始まっても無事なようにという配慮のはずが……く、進み過ぎた技術が仇になった、テクノストレスだ……」
「何してくれんだい、江戸っ子は縁起を担ぐ性質なんだよ!進水式で酒瓶が割れないなんて縁起でもねえ」
「そんなことよりさ、舟に乗ってみて運転して見せてよ」
「む、それもそうだね。早く新しくなった舟を操縦してみたいねえ」
そして河童が操縦の仕方を簡単に説明。複雑な操作は要らないので、死神も首尾よく技術を飲み込んだようでございます。
試しに運転してみると、その速さたるや、手漕ぎとは比べものにならないほど。
小町も大満足で、先ほどの進水式のことなども、もう頭から抜けてしまっているようです。
「いやあ、速い速い。こいつはいい仕事してるねえ」
「やあやあ、喜んでもらったようで何より。それじゃ、私はこれで失礼。一週間くらいしたらメンテに行くから」
「あいよ!」
小町は新しくなった舟でどんどん魂を運んでいきます。
舟の速度は相当なもので、時間をざくざくと短縮できるようになりました。
言いつけ通り魂を一つずつ運んでも、たっぷりお釣りが返るほどであります。
閻魔様もしっかりと魂を運んでくるようになった小町に、ご満悦のようでございます。
そして瞬く間に一週間が経ちました。
にとりは工具を服に詰め込んで賽の河原へとやってきました。
小町は向こう側に舟に渡しているらしく、にとりはそこで待つことにしました。
すると八重霧の中からエンジン音が聞こえてきます。
霧に浮かぶシルエットが大きくなり、次第に輪郭がはっきりしてきました。
そこで河童は驚きの声を上げます。
「ひゅい!」
舟を操縦する小町の顔は青ざめていて、げっそりとやつれていたのです。
一目では、別人と見紛うほどに、顔つきが変わっているのでございます。
「……ああ、にとりか。そういやあ、メンテに来るって言ってたね……」
「ど、どど、どうしちゃったのさ!?」
「……何がだい?」
声も枯れ枯れで、か細く、聞き取るのがやっとであります。
「やつれちゃって、何だか幽霊船長みたいになってるよ!あっ、もしかして進水式が失敗して舟が呪われちゃったとか?」
「呪い?そんなものはないよ……」
「ズルをして閻魔様にこってり絞られたとか?」
「そんなことはない。むしろ仕事を褒めてくれてるよ……」
「じゃあ、どうしてそんな風に――」
「ただの寝不足だよ……」
「へ?」
にとりは首を捻って言います。
「どうしてさ?仕事がはかどれば、休憩なんて、いくらでもとれるじゃん」
「にとり。お前さんが改造してくれた舟は速くて燃費もいいし、浅瀬に突っ込んでもびくともしないくらい丈夫なんだけどさ、一つだけ欠点があったんだ……」
「何だい?言ってみなよ」
そこで小町は溜息をついて、一言。
「エンジン音がうるさくて、昼寝なんかできやしない」
アイドリングストップすら怠る、怠惰な死神のお話でありました。
実はこの話には、続きがございまして、もう少々お付き合い願えればと思います。
その後、事態を重く見た閻魔様――四季映姫・ヤマザナドゥが、小町にエンジン付きの舟の使用を止め、今まで通り手漕ぎの舟を使うよう命じたのでした。
そして、仕事中の休憩についても、断腸の思いで認めることになったのです。
怪我の功名とはよく言ったものですね。
小町は閻魔様にしきりに頭を下げたものでございました。
「あなたのために認めるのではないですよ。あなたがやつれている姿を見ていると私の精神衛生が害され、私の仕事の妨げになるのです。飽くまで、そこを忘れないように」
「へいへい、ありがたいことです」
「それはそうと、舟にエンジンを搭載するというアイディア自体は優れていましたよ。改造は自費で賄ったようですし、使いたいと言うなら、またあの舟を使ってもいいですよ」
小町はそれを聞いて、ぶんぶんと首を横に振りました。
「とんでもない。今回身に染みました。江戸っ子の舟にはエンジンを載せちゃあいけないんですよ」
「どうしてですか?」
「四季様、エンジンって英語で書けますか?」
「馬鹿にしないでください」
閻魔様は閻魔帳を取り出すと、一つずつアルファベットを書いていきました。
"E" "N" "G" "I" "N" "E"
「"ENGINE"――これでエンジンと読むのでしょう」
「ええ。ですが、江戸っ子はこれをエンジンとは読まないのですよ」
「では、何と読むのです?」
小町は"ENGINE"の文字を指差し、笑って、こう言ったのでございます。
「江戸っ子はこれを、”縁起無え”って読むんです」
今日のところはこれでお開き。
皆さん、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
是非、今後とも御贔屓に……
――緞帳下ル――
軽快なテンポも相まって、とても面白かったです。
落語はあまり詳しくないけどそれっぽくて上手ぇw
某動画サイトでも東方で落語劇場ってのがあったな。
流れに棹さす、が間違った使い方をされてて、そこが減点対象。
こういうお話では、そういうのは大事にしないと。
小町と映姫さまの会話も人間くさくて思わずにんまりしてしまいました。
この舟、上手く使いこなせば、船頭死神にとって革命的なんじゃないでしょうか?
こまっちゃんも無精せずにエンジンを切れば昼寝できるのにー^^