「腕ずもうをしましょう。」
私はみんなの前でそう切り出した。
「……腕ずもう、ですか?」
「なんでまた急に?」
星と村紗が聞き返してきた。他のみんなも、あまりの唐突さに唖然としている。
まぁ無理も無いか。私だって突然腕ずもうなんて言われたら反応に困る。
しかし、私がこの提案をしたのには大きな理由があるのだ。
なんとしてでも、みんなで腕ずもうする流れに持っていかなくてはいけない。
「この前やってきた白黒魔法使いが言うにはね、
この幻想郷において腕ずもうってのは弾幕ごっこの次に親しまれてるスポーツなんだってさ!
弾幕ごっこをするほどでもないちょっとした決め事には、腕ずもうをするとかなんとか。」
もちろんこれは、嘘っぱちである。白黒魔法使いが言っていたという所から嘘である。
「一輪、私はそんなウワサまったく聞いたこと無いんだが……」
予想通りネズミがツッコミを入れてきた。しかしこれも想定の範囲内。
「まぁ新参者の私たちをからかうためにデマカセを言ったのかもしれないわ。
でもまあ、せっかくだしやってみるのもいいんじゃない?
スポーツというよりはお遊びみたいな感じでさ。せっかくみんな揃ったんだし。」
『せっかくみんな揃ったんだし。』
これが私が用意した殺し文句だ。こう言えば、私達のリーダーでありお母さんでもある姐さんなら、絶対に……
「そうねぇ、面白そうね。じゃあ、みんなでやりましょうか。」
ほうらね。
これでもう完全に腕ずもうをする流れが出来た。
姐さんの発言を受けて、みんなもやる気になったようだ。
腕まくりをして「やるぞー!」と叫んでいるぬえ、
「雲山使うのはナシだからね!」と釘をさす村紗。
「なんだかんだで私は虎ですからね、負けませんよ。」とニヤついている星。
そして苦虫を噛み潰したような顔をしているアイツ。
……うふふのふ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結論から言うと、姐さんの圧勝だった。
「南無三!」の掛け声と共に繰り出される圧倒的なパワーの前に、抵抗できた者など一人も居なかった。
スペルカード「超人『聖白蓮』」は発動してないはずだから、どうやら素でこの力らしい。
姐さんを怒らせちゃいけないなと肝に命じた。
次に勝っていたのは村紗だった。ある意味これも予想通り。
見た目は華奢だけど、いつも碇を素手で振り回しているし、何より昔やんちゃしてたこともある。
勝負の時の彼女の目は、一瞬昔の彼女を思い出させるほどにギラついていた。
星もその二人以外には全勝だった。虎の面目は保てたってところかな。
ただスタートの合図の前にフライングするのはやめてほしかった。
本人曰く「うっかり」だそうだけど、こんなとこまで属性を発揮しなくてもいいのに。
次は多分私。雲山使ってなきゃこんなもんかな。
でも下から数えた方が早いってのはちょっと悔しいかも。
姐さんは無理だとしても、村紗や星には頑張れば勝てたかもなあ。
ぬえは意外と力が弱かった。私にも負けたし。
私を除けば一番やる気だっただけに、かなり悔しがっていた。
で、姐さんの南無三はおろか、全ての人に3秒持たずに敗れたヤツがいる。
0勝5敗。ぶっちぎりの最下位。
そう、あの小憎たらしいネズミ、ナズーリンだ。
ふふ……ふふふふふ………
計画通り!!
そう、私が腕ずもうを提案した理由の全てはここにある!
あいつは常に余裕綽々で、ネズミ呼ばわりされてもどこ吹く風で、いつも仕事も完璧で。
私はそんなアイツが気に入らなかった。どうにかして、一泡ふかせてやりたかった。
そこで考えたのがこの腕ずもう作戦だ!あいつの力が弱いことはわかってる。
みんなの前で最下位にしてしまうことで、ネズミの余裕を崩してやろうという寸法だ。
「やったー!やったー!ネズミに勝ったー!」
ようやく勝てて大喜びするぬえに対して、ナズーリンは俯いてプルプルと震えている。
ふふふ、どうやらダメージは思った以上に大きいようね。
これは想像以上に気持ちいいわ。ネズミが負けてメシが美味い!
「ナ、ナズーリン。」
「なんだい?ご主人?笑っていいんだよ。非力なネズミだって。」
「そ、そんなこと……とりあえず落ち着いて……」
「やだなあご主人。私は落ち着いているよ。クク……ククク……ぐすっ……」
慌ててフォローに走りだす星。
でも知ってる?そういうのってフォローされた方がよりみじめになるものなのよ。
ほら、ネズミの声に涙が混じってきた。目が潤んでるわ。うふふ。
「そんな本気にならなくてもさー、どうせ遊びじゃーん。」
星とは別の方向で慰めようとする村紗。
でもね、それは敗者からすれば勝者の余裕にしか写らないのよね。
そして本気で悔しがってる自分が更にみじめに思えてくるという追加効果付き。
「………」
ネズミが更に震え出したところで、思わぬ訪問者があらわれた。
「うらめしやー!遊びに来たよー!!」
確か彼女は……そう、小傘とか言う妖怪。
姐さんが復活してここに寺を構えて以降、気に入ったのかしょっちゅう遊びに来る。
「……ってあれ?どうしたのみんな?」
彼女なりに変な空気を察したのだろう。
と、そこで俯いていたナズーリンが顔をあげて、小傘にダッシュで近寄ってきた。
「な、なに!?」
「小傘!!腕ずもうをしてくれないか!!!」
「ひ、ひいいいいいい!!!」
血走った目で腕ずもうを要求するナズーリン。小傘はまた自分が驚かされてしまっている。
まぁ実際にやられたら……私だってビビるだろうけどね。
「う、腕ずもうって、なんで急に……」
「いいから!!はやく!!さあ!!」
「ひいいいいん!」
腕をセットして早く早くと急かすナズーリン。
一方の小傘は状況が理解できず、周りの人達に助けを求めた視線を送る。
しかし……
(お願いします!腕ずもうしてあげてください!)
(そんで負けて!空気読んで!)
(あらあら、困ったわねぇ。)
村紗と星がアイコンタクトで意思を伝えようとして、姐さんはまだのほほんとしている。
でも、小傘にそれが伝わるかと言うと伝わらないわけで……
「よーい……はじめっ!おわりっ!小傘の勝ち!ネズミの負け-!」
空気の読めなかった小傘がまた瞬殺してしまい、これまた空気の読めないぬえが高らかに宣言してしまう。
流石の私もメシウマだったのが少し気の毒になってきた。
私たちならいざ知らず、小傘にまで負けてしまうとなると……
プライドの高そうなナズーリンの心情は、察してあまりあるものがある。
「う……」
そして、ついに……
「うわああああああああん!!」
泣き叫びながら寺を飛び出して行ってしまった。
「……ナズーリン!」
慌てて飛び出す星。他のみんなも、一斉にナズーリンを追いかける。
残ったのは私と、姐さんだけ。重苦しい空気が支配する。
「まさかこんなことになるなんて……」
「ごめんなさい姐さん。私が腕ずもうなんて提案しなければ……」
「一輪は悪くないわ。こうするつもりで提案したわけじゃないでしょう?」
ちくりと心が痛む。ほんとはこうするつもりで提案したのだ。
余裕綽々のあいつを、いつも憎たらしいあいつを、ぎゃふんと言わせたくて。
でもそれを、姐さんに告白する勇気は無くて。
「……私も探してきます!」
逃げるように、私も寺を飛び出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
飛び出したはいいものの、まったく見当がつかなかった。
力は弱いけどやたらスピードはあるナズーリン。恐らく他のみんなも見失ってしまっただろう。
「はぁ~まったく、まさか泣くとは思わなかったわ。」
確かに珍しいものが見れたという点では作戦は大成功だけど、
こんな騒ぎになるのは想定外だった。
ちょっと悔しがるのを見て楽しむつもりだったのに。
「見つからないとなると、聞き込みしかないわよねぇ……
お、ちょうどいいところに。」
下を見ると、ちょうど湖のほとりに妖精が居た。
緑色の髪をした大人しそうなのと、青い髪をした……どこかバカっぽいヤツ。
早速降りて話を聞いてみよう。
「ちょっといいかしら?」
「何よアンタ。また腕ずもう?」
「え?腕ずもうって……?」
「さっきネズミの妖怪さんが来て、急に腕ずもうしろと迫ってきたんです。
なんだかよくわからなかったけど、すごく必死だったのでやってあげたんですけど……」
「最強のあたいと大ちゃん相手に、無様にやられたわ!」
私は思わず頭をかかえてしまった。何やってるんだあのネズミ。
妖精相手に腕ずもうを挑むとは。しかもそれで負けるとは。
まさか、このままいろんなところで腕ずもうの勝負をしかけるつもりなのだろうか。
たまったもんじゃない。ウチの恥さらしもいいところだ。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、ごめんね、ウチのネズミが迷惑かけたわね。」
「いえ、そんなことないです!」
「あんたアイツの知り合いなの?じゃあ伝えといて!
いつでもかかってきなさい!!」
……なんていい子達なんだ。思わずほろりと来てしまった。
あいつにもこれぐらいの素直さがあれば、可愛いのになぁ。
二人の小さな妖精にお礼を言いつつ、その場を後にした。
今回は子供だったからいいものの、冷静さを失ってるアイツではヤバいヤツにも勝負をしかけかねない。
例えば紅魔館だったり、永遠亭だったり、地霊殿だったり……
最悪なのは向日葵畑だ。あそこの妖怪は腕ずもうなんかじゃ済ませてくれないに違いない。
「ん?あれは……」
目をこらすと、竹林の中から一つの影が飛び出したのが見えた。
あれは……ナズーリンだ!
「ちょ、ナズーリン!!」
私が叫んだ。ナズーリンは一瞬こちらを振り向き、私の存在を確認した。
そして……再び逃げ出した。
「……あんにゃろ、逃がすか!」
私もそれを追いかける。
しかし全力を出しても、あいつのスピードにはあと1歩及ばない。少しずつ離されているのがわかる。
仕方ない、あまり使いたくない手だが、あいつを止めなくては!
「雲山、頼むわよ!」
雲山を呼び出し、そしてスペルカードを宣言する。
「鉄拳「問答無用の妖怪拳」!!」
雲山の拳がナズーリンに向かって伸びる、
そして彼女を捉えた。よし、届く!そのまま捕まえ……
「ぐえっ!」
あ……殴っちゃった……
そのまま彼女は森に落ちていく。私は慌ててその後を追った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「う~ん……ここは?」
「お、目覚めたみたいね。ここは寺よ。」
落ちていったナズーリンを抱きかかえながら、私は寺へと戻った。
ナズーリンを布団に寝かせて、私がそばに付き添った。
他の面々も看病したがったけど、私がそれを断った。
気絶させたのは私だし、何よりなんとなく、彼女と二人で話がしたい気分だったからだ。
「君が看病してくれたのかい?」
「まぁね。実際気絶させたのは私だし。」
「それにしても意外だな。君は私のことが嫌いだと思っていたが。」
「あら、知ってたの?」
「ああ。それで、腕ずもうしようと言い出したのも私を陥れるためだとすぐ分かったよ。」
「ふん、やっぱり賢いネズミさんはなんでもお見通しってワケね。
でも、そこまで分かっててどうして参加したの?」
「それは……」
ナズーリンは少し顔を赤らめながら言った。
「『みんな揃ったから』なんて言われれば、私だけ断るわけにいかないじゃないか。」
「その先にある結末がわかってたとしても?
アンタだったら、『くだらない』と言って参加しなくても不自然に思われないはずよ。」
「私だって……仲間でありたいと思ってるさ。」
「それこそ意外だわ。距離を置きたがるタイプだと思ってたから。
でもなにより意外なのは……あんなに取り乱すなんてね。」
「その話はしないでくれ……」
ナズーリンは頭を抱えてうずくまった。
「元々力が弱いのはコンプレックスの一つなんだ。
そこを突かれると、どうしてもムキになってしまう。」
「また意外なことが増えたわね。アンタは常に余裕綽々で、それを崩すのが目的だったんだけど、
どうやら大成功だったようね。」
「そうだねおめでとう、さぞかし嬉しかっただろうね。」
「それがそうでもないのよね。」
「ん?」
「やっぱりアンタは余裕綽々で、小憎たらしいぐらいがお似合いだわ。」
「余裕はともかく、小憎たらしいは余計だよ。」
「だって実際に憎たらしいんだもの。余裕を否定しないところが特に。」
そしてお互いに吹き出し、笑い出した。
言葉の刺々しさの割には、空気は重くなく、むしろ楽しい談笑のような空気が流れていた。
そして会話が途切れた。このタイミングだと思った私は、ナズーリンに頭を下げた。
「……今日はごめんなさい。意地悪が過ぎたわ。」
ナズーリンは意外そうな顔で目をパチクリさせている。
「またまた意外だね。君が素直に謝るなんて。」
「たまにはいいでしょ。意外なことばっかりの今日なんだから。」
「ふふ、それもそうだね。」
「ほら、もう大丈夫なんでしょ?早くみんなに会って来なさい。
星もオロオロばかりしてるし、小傘は自分のせいだと泣いているわよ。」
「それは申しわけないことをしたな。謝らなければ。君は?」
「私は姐さんに今日のことを素直に話すわ。それで怒られてくる。」
「そうかい、看病ありがとう。」
「いえいえ、これで腕ずもうの件はチャラね。」
「そうはいかない。いつかやり返してやるから覚悟しておいてくれよ。」
「楽しみにしてるわ。」
私は扉のドアを開けた。
と、そこで一つ聞きたいことがあったことを思い出した。
「あ、そうそう。あんたは姐さん達と仲間でありたいとか言ってたけど、
それに私も含んでくれているのかしら?」
ナズーリンはそれを聞くと、う~んと考えるフリをしながら答えた。
「そうだね、ここの寺の人達はみんな素直すぎる。
聖はもちろんのことご主人も素直すぎてうっかり屋だし、
船長も言動はまっすぐだ。ぬえや小傘は『無邪気』と称するのが適しているだろう。」
「で、つまり?」
私が結論を急かすと、ナズーリンはニヤリと笑った。
「君と私は、『ひねくれ仲間』ということにしようじゃないか。」
それを聞いて、私も釣られて笑った。
……本当にこのネズミは、小憎たらしく、とても愉快なネズミだ。
了
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
オマケ
「むきゅ~」
「か……勝った!ついに勝った!!」
「おめでとう!!おめでとうナズーリン!!」
「30連敗の後、ようやくの勝利……長かったですね。(ほろり」
「やったねナズちゃーん!!」
「ふ、ふん、ネズミにしてはやるじゃない。」
「そうだ!胴上げしようよ!!」
「「「「「ナズーリン万歳!ナズーリン万歳!!」」」」」
「アンタたち……全員燃やすわよ……」
今度こそ了
私はみんなの前でそう切り出した。
「……腕ずもう、ですか?」
「なんでまた急に?」
星と村紗が聞き返してきた。他のみんなも、あまりの唐突さに唖然としている。
まぁ無理も無いか。私だって突然腕ずもうなんて言われたら反応に困る。
しかし、私がこの提案をしたのには大きな理由があるのだ。
なんとしてでも、みんなで腕ずもうする流れに持っていかなくてはいけない。
「この前やってきた白黒魔法使いが言うにはね、
この幻想郷において腕ずもうってのは弾幕ごっこの次に親しまれてるスポーツなんだってさ!
弾幕ごっこをするほどでもないちょっとした決め事には、腕ずもうをするとかなんとか。」
もちろんこれは、嘘っぱちである。白黒魔法使いが言っていたという所から嘘である。
「一輪、私はそんなウワサまったく聞いたこと無いんだが……」
予想通りネズミがツッコミを入れてきた。しかしこれも想定の範囲内。
「まぁ新参者の私たちをからかうためにデマカセを言ったのかもしれないわ。
でもまあ、せっかくだしやってみるのもいいんじゃない?
スポーツというよりはお遊びみたいな感じでさ。せっかくみんな揃ったんだし。」
『せっかくみんな揃ったんだし。』
これが私が用意した殺し文句だ。こう言えば、私達のリーダーでありお母さんでもある姐さんなら、絶対に……
「そうねぇ、面白そうね。じゃあ、みんなでやりましょうか。」
ほうらね。
これでもう完全に腕ずもうをする流れが出来た。
姐さんの発言を受けて、みんなもやる気になったようだ。
腕まくりをして「やるぞー!」と叫んでいるぬえ、
「雲山使うのはナシだからね!」と釘をさす村紗。
「なんだかんだで私は虎ですからね、負けませんよ。」とニヤついている星。
そして苦虫を噛み潰したような顔をしているアイツ。
……うふふのふ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
結論から言うと、姐さんの圧勝だった。
「南無三!」の掛け声と共に繰り出される圧倒的なパワーの前に、抵抗できた者など一人も居なかった。
スペルカード「超人『聖白蓮』」は発動してないはずだから、どうやら素でこの力らしい。
姐さんを怒らせちゃいけないなと肝に命じた。
次に勝っていたのは村紗だった。ある意味これも予想通り。
見た目は華奢だけど、いつも碇を素手で振り回しているし、何より昔やんちゃしてたこともある。
勝負の時の彼女の目は、一瞬昔の彼女を思い出させるほどにギラついていた。
星もその二人以外には全勝だった。虎の面目は保てたってところかな。
ただスタートの合図の前にフライングするのはやめてほしかった。
本人曰く「うっかり」だそうだけど、こんなとこまで属性を発揮しなくてもいいのに。
次は多分私。雲山使ってなきゃこんなもんかな。
でも下から数えた方が早いってのはちょっと悔しいかも。
姐さんは無理だとしても、村紗や星には頑張れば勝てたかもなあ。
ぬえは意外と力が弱かった。私にも負けたし。
私を除けば一番やる気だっただけに、かなり悔しがっていた。
で、姐さんの南無三はおろか、全ての人に3秒持たずに敗れたヤツがいる。
0勝5敗。ぶっちぎりの最下位。
そう、あの小憎たらしいネズミ、ナズーリンだ。
ふふ……ふふふふふ………
計画通り!!
そう、私が腕ずもうを提案した理由の全てはここにある!
あいつは常に余裕綽々で、ネズミ呼ばわりされてもどこ吹く風で、いつも仕事も完璧で。
私はそんなアイツが気に入らなかった。どうにかして、一泡ふかせてやりたかった。
そこで考えたのがこの腕ずもう作戦だ!あいつの力が弱いことはわかってる。
みんなの前で最下位にしてしまうことで、ネズミの余裕を崩してやろうという寸法だ。
「やったー!やったー!ネズミに勝ったー!」
ようやく勝てて大喜びするぬえに対して、ナズーリンは俯いてプルプルと震えている。
ふふふ、どうやらダメージは思った以上に大きいようね。
これは想像以上に気持ちいいわ。ネズミが負けてメシが美味い!
「ナ、ナズーリン。」
「なんだい?ご主人?笑っていいんだよ。非力なネズミだって。」
「そ、そんなこと……とりあえず落ち着いて……」
「やだなあご主人。私は落ち着いているよ。クク……ククク……ぐすっ……」
慌ててフォローに走りだす星。
でも知ってる?そういうのってフォローされた方がよりみじめになるものなのよ。
ほら、ネズミの声に涙が混じってきた。目が潤んでるわ。うふふ。
「そんな本気にならなくてもさー、どうせ遊びじゃーん。」
星とは別の方向で慰めようとする村紗。
でもね、それは敗者からすれば勝者の余裕にしか写らないのよね。
そして本気で悔しがってる自分が更にみじめに思えてくるという追加効果付き。
「………」
ネズミが更に震え出したところで、思わぬ訪問者があらわれた。
「うらめしやー!遊びに来たよー!!」
確か彼女は……そう、小傘とか言う妖怪。
姐さんが復活してここに寺を構えて以降、気に入ったのかしょっちゅう遊びに来る。
「……ってあれ?どうしたのみんな?」
彼女なりに変な空気を察したのだろう。
と、そこで俯いていたナズーリンが顔をあげて、小傘にダッシュで近寄ってきた。
「な、なに!?」
「小傘!!腕ずもうをしてくれないか!!!」
「ひ、ひいいいいいい!!!」
血走った目で腕ずもうを要求するナズーリン。小傘はまた自分が驚かされてしまっている。
まぁ実際にやられたら……私だってビビるだろうけどね。
「う、腕ずもうって、なんで急に……」
「いいから!!はやく!!さあ!!」
「ひいいいいん!」
腕をセットして早く早くと急かすナズーリン。
一方の小傘は状況が理解できず、周りの人達に助けを求めた視線を送る。
しかし……
(お願いします!腕ずもうしてあげてください!)
(そんで負けて!空気読んで!)
(あらあら、困ったわねぇ。)
村紗と星がアイコンタクトで意思を伝えようとして、姐さんはまだのほほんとしている。
でも、小傘にそれが伝わるかと言うと伝わらないわけで……
「よーい……はじめっ!おわりっ!小傘の勝ち!ネズミの負け-!」
空気の読めなかった小傘がまた瞬殺してしまい、これまた空気の読めないぬえが高らかに宣言してしまう。
流石の私もメシウマだったのが少し気の毒になってきた。
私たちならいざ知らず、小傘にまで負けてしまうとなると……
プライドの高そうなナズーリンの心情は、察してあまりあるものがある。
「う……」
そして、ついに……
「うわああああああああん!!」
泣き叫びながら寺を飛び出して行ってしまった。
「……ナズーリン!」
慌てて飛び出す星。他のみんなも、一斉にナズーリンを追いかける。
残ったのは私と、姐さんだけ。重苦しい空気が支配する。
「まさかこんなことになるなんて……」
「ごめんなさい姐さん。私が腕ずもうなんて提案しなければ……」
「一輪は悪くないわ。こうするつもりで提案したわけじゃないでしょう?」
ちくりと心が痛む。ほんとはこうするつもりで提案したのだ。
余裕綽々のあいつを、いつも憎たらしいあいつを、ぎゃふんと言わせたくて。
でもそれを、姐さんに告白する勇気は無くて。
「……私も探してきます!」
逃げるように、私も寺を飛び出した。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
飛び出したはいいものの、まったく見当がつかなかった。
力は弱いけどやたらスピードはあるナズーリン。恐らく他のみんなも見失ってしまっただろう。
「はぁ~まったく、まさか泣くとは思わなかったわ。」
確かに珍しいものが見れたという点では作戦は大成功だけど、
こんな騒ぎになるのは想定外だった。
ちょっと悔しがるのを見て楽しむつもりだったのに。
「見つからないとなると、聞き込みしかないわよねぇ……
お、ちょうどいいところに。」
下を見ると、ちょうど湖のほとりに妖精が居た。
緑色の髪をした大人しそうなのと、青い髪をした……どこかバカっぽいヤツ。
早速降りて話を聞いてみよう。
「ちょっといいかしら?」
「何よアンタ。また腕ずもう?」
「え?腕ずもうって……?」
「さっきネズミの妖怪さんが来て、急に腕ずもうしろと迫ってきたんです。
なんだかよくわからなかったけど、すごく必死だったのでやってあげたんですけど……」
「最強のあたいと大ちゃん相手に、無様にやられたわ!」
私は思わず頭をかかえてしまった。何やってるんだあのネズミ。
妖精相手に腕ずもうを挑むとは。しかもそれで負けるとは。
まさか、このままいろんなところで腕ずもうの勝負をしかけるつもりなのだろうか。
たまったもんじゃない。ウチの恥さらしもいいところだ。
「あの……大丈夫ですか?」
「あ、ごめんね、ウチのネズミが迷惑かけたわね。」
「いえ、そんなことないです!」
「あんたアイツの知り合いなの?じゃあ伝えといて!
いつでもかかってきなさい!!」
……なんていい子達なんだ。思わずほろりと来てしまった。
あいつにもこれぐらいの素直さがあれば、可愛いのになぁ。
二人の小さな妖精にお礼を言いつつ、その場を後にした。
今回は子供だったからいいものの、冷静さを失ってるアイツではヤバいヤツにも勝負をしかけかねない。
例えば紅魔館だったり、永遠亭だったり、地霊殿だったり……
最悪なのは向日葵畑だ。あそこの妖怪は腕ずもうなんかじゃ済ませてくれないに違いない。
「ん?あれは……」
目をこらすと、竹林の中から一つの影が飛び出したのが見えた。
あれは……ナズーリンだ!
「ちょ、ナズーリン!!」
私が叫んだ。ナズーリンは一瞬こちらを振り向き、私の存在を確認した。
そして……再び逃げ出した。
「……あんにゃろ、逃がすか!」
私もそれを追いかける。
しかし全力を出しても、あいつのスピードにはあと1歩及ばない。少しずつ離されているのがわかる。
仕方ない、あまり使いたくない手だが、あいつを止めなくては!
「雲山、頼むわよ!」
雲山を呼び出し、そしてスペルカードを宣言する。
「鉄拳「問答無用の妖怪拳」!!」
雲山の拳がナズーリンに向かって伸びる、
そして彼女を捉えた。よし、届く!そのまま捕まえ……
「ぐえっ!」
あ……殴っちゃった……
そのまま彼女は森に落ちていく。私は慌ててその後を追った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「う~ん……ここは?」
「お、目覚めたみたいね。ここは寺よ。」
落ちていったナズーリンを抱きかかえながら、私は寺へと戻った。
ナズーリンを布団に寝かせて、私がそばに付き添った。
他の面々も看病したがったけど、私がそれを断った。
気絶させたのは私だし、何よりなんとなく、彼女と二人で話がしたい気分だったからだ。
「君が看病してくれたのかい?」
「まぁね。実際気絶させたのは私だし。」
「それにしても意外だな。君は私のことが嫌いだと思っていたが。」
「あら、知ってたの?」
「ああ。それで、腕ずもうしようと言い出したのも私を陥れるためだとすぐ分かったよ。」
「ふん、やっぱり賢いネズミさんはなんでもお見通しってワケね。
でも、そこまで分かっててどうして参加したの?」
「それは……」
ナズーリンは少し顔を赤らめながら言った。
「『みんな揃ったから』なんて言われれば、私だけ断るわけにいかないじゃないか。」
「その先にある結末がわかってたとしても?
アンタだったら、『くだらない』と言って参加しなくても不自然に思われないはずよ。」
「私だって……仲間でありたいと思ってるさ。」
「それこそ意外だわ。距離を置きたがるタイプだと思ってたから。
でもなにより意外なのは……あんなに取り乱すなんてね。」
「その話はしないでくれ……」
ナズーリンは頭を抱えてうずくまった。
「元々力が弱いのはコンプレックスの一つなんだ。
そこを突かれると、どうしてもムキになってしまう。」
「また意外なことが増えたわね。アンタは常に余裕綽々で、それを崩すのが目的だったんだけど、
どうやら大成功だったようね。」
「そうだねおめでとう、さぞかし嬉しかっただろうね。」
「それがそうでもないのよね。」
「ん?」
「やっぱりアンタは余裕綽々で、小憎たらしいぐらいがお似合いだわ。」
「余裕はともかく、小憎たらしいは余計だよ。」
「だって実際に憎たらしいんだもの。余裕を否定しないところが特に。」
そしてお互いに吹き出し、笑い出した。
言葉の刺々しさの割には、空気は重くなく、むしろ楽しい談笑のような空気が流れていた。
そして会話が途切れた。このタイミングだと思った私は、ナズーリンに頭を下げた。
「……今日はごめんなさい。意地悪が過ぎたわ。」
ナズーリンは意外そうな顔で目をパチクリさせている。
「またまた意外だね。君が素直に謝るなんて。」
「たまにはいいでしょ。意外なことばっかりの今日なんだから。」
「ふふ、それもそうだね。」
「ほら、もう大丈夫なんでしょ?早くみんなに会って来なさい。
星もオロオロばかりしてるし、小傘は自分のせいだと泣いているわよ。」
「それは申しわけないことをしたな。謝らなければ。君は?」
「私は姐さんに今日のことを素直に話すわ。それで怒られてくる。」
「そうかい、看病ありがとう。」
「いえいえ、これで腕ずもうの件はチャラね。」
「そうはいかない。いつかやり返してやるから覚悟しておいてくれよ。」
「楽しみにしてるわ。」
私は扉のドアを開けた。
と、そこで一つ聞きたいことがあったことを思い出した。
「あ、そうそう。あんたは姐さん達と仲間でありたいとか言ってたけど、
それに私も含んでくれているのかしら?」
ナズーリンはそれを聞くと、う~んと考えるフリをしながら答えた。
「そうだね、ここの寺の人達はみんな素直すぎる。
聖はもちろんのことご主人も素直すぎてうっかり屋だし、
船長も言動はまっすぐだ。ぬえや小傘は『無邪気』と称するのが適しているだろう。」
「で、つまり?」
私が結論を急かすと、ナズーリンはニヤリと笑った。
「君と私は、『ひねくれ仲間』ということにしようじゃないか。」
それを聞いて、私も釣られて笑った。
……本当にこのネズミは、小憎たらしく、とても愉快なネズミだ。
了
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オマケ
「むきゅ~」
「か……勝った!ついに勝った!!」
「おめでとう!!おめでとうナズーリン!!」
「30連敗の後、ようやくの勝利……長かったですね。(ほろり」
「やったねナズちゃーん!!」
「ふ、ふん、ネズミにしてはやるじゃない。」
「そうだ!胴上げしようよ!!」
「「「「「ナズーリン万歳!ナズーリン万歳!!」」」」」
「アンタたち……全員燃やすわよ……」
今度こそ了
一輪との会話や、おまけも面白かったです。
次の目標はあっきゅんだ!
何となく「悪友」って言葉が似合いそうですよね。
あと、オマケで吹いたww
パッチェさんより弱い子は・・・あれ、思い付かないぞ\(^o^)/
がんばって目尻に涙を溜めながら腕相撲している同志の姿が浮かんだw
命蓮寺一家はほのぼのが合うなぁ…
…あれ?腕…力…?
ですね、わかります