ぬえの正体が見たかった。
ので友人特権で寺に誘い出し、両の腕に錨を取り付けて捕獲してみたキャプテン・ムラサこと村紗水蜜。
今は彼女を部屋の中央に置き、命蓮寺の皆で取り囲んで晩酌を楽しんでいた。と言っても、そのうちの何人かは酒の見立てとしてノンアルコールのものを飲んでいる。そうやって互いの自由を強制しないところがここの良いところだ、と水蜜は思った。
それにしても、
「さすが姿を変えても聖輦船。この程度の錨では床がたわみもしませんね」
「じゃなくてさ、傍から見てかなり蛮族的じゃないのかこの画は!」
ぬえはその赤と青の羽を背中と床の間でばたつかせるが、両腕が超重量級の重りで固定されているためほとんど動くことは出来なかった。それを見て水蜜は、はは、と笑って見せる。
「やだなあ、地底ではよくこうやって遊んだじゃない。――妖怪ハンマー投げとか」
「ひとを勝手に錨に縛り付けて遠投したやつな! 地底の壁に大穴空けたやつ! あれのせいで一時期私が超重量級妖怪弾頭とか呼ばれたんだぞ!」
「でもほら、紳士的なスポーツもやったよ。――妖怪ゴルフとか」
「それも勝手に錨に縛り付けて別の錨で弾き飛ばしてたやつな! ウォーターハザードした私が見つからなかったからってそのままにしておくなよ! あれのせいで水棲妖怪にされてしまうところだったわ!」
正体不明も苦労してるなあ、と思う。その一方で、視界の端、一輪があらぬ方向を見ている。今考えれば地底では彼女とも遊ぶことはあったが、こっち側だった雲山とよく仲違いしなかったなあ、とも。
それから、酒を煽る。
目のところが熱くなって、頭蓋の中を熱気が渦巻いている感覚を得る。
それは、酔う、と言う。
まるで船の上に居る感覚だ、と思う。だからこそ私はお酒を呑むのが止められなかった。
また、視界の内では、ナズーリンが寅丸星にお酌をしている。身体の小さい彼女は酒を呑むと酔いが回りやすい。だからそうして宴会の場を乗り切っているし、何より主人を酔わすのを楽しんでいるようだった。ちなみにその主人は既に目が据わっているんだが妙に怖い。
対して聖は普段とほとんど変わらない様子だった。それはこの宴会から身を引いているという意味ではなく、柔和な笑みでこの場を見守っている風で、
「ねえ、ぬえはアルコールの入ってるのと入ってないのと、どっちがいいですか?」
その状況で飲ませたら確実に溺れて水難事故です。そう思いながら眺めている一方で、私もまだまだ及ばないなあ、とも思う、能力的に。
そうやって宴会も盛り上がってきた頃に、私は立ち上がる。皆を見渡し、言う。
「……じゃあ、ぬえの正体を確かめてみましょうか」
□
「何を確かめるって言うんだ」
私の眼前、床の上で大の字になっているぬえは疑問する。
「……既に私は姿を現しているのに」
確かに彼女の言う通りだ。ぬえとしての正体はこの場にいる誰もが認識できている。六枚の歪な翼を持った、黒髪の少女の姿。それ以上に外見的な秘密なんてものはありはしないだろう。
まあとりあえず、
「宴会だし――コンスタントに脱がしてみる」
ぬえが反射的に起き上がろうとと脚を立て身に力を入れるが、両腕が上がらず再び地面に倒れた。
それから、仕方なく口を開き、
「ふざけるなよ!」
もがき、しかし立ち上がることも叶わない。私はそれを見て、景気付けに一献飲み干す。のち、
「ぬえぬえのーちょっとえっちなとこ見てみたいー」
煽った。言っている間に雲山がいそいそと退室するのが見えた。やはり気まずく思うところがあったのだろう。それを含めてナズーリンが「船長は案外鬼畜だな」と感想を述べているが無視する。
「それじゃあまず……下着から脱がそうか」
「いきなり本懐だぁ!」
おお、とどよめく皆の衆。酒に酔って善悪の区別が付かなくなっているだけかもしれないが、それでも周りが盛り上がってきているのは、私の気分が良かった。
だから、私はすぐに取り掛かる。ぬえの両脚に身体を割り込ませ、短いスカートの中にすっと手を入れる
そして、触れる。柔らかい肉と、それを緩やかに締め付ける下着の線を手探りで見つけた。
ふと気になって、ぬえの顔を見た。彼女はぎゅっと目蓋を閉じ、堪えているようだった。そして、私にしか聞こえないような小声で懇願する。
「やめてよぉ……ムラサ……」
彼女は怯えきった表情だった。今にも泣き出しそうな顔だ。そこに横たわっているのは正体不明の妖怪鵺ではなく、ただのか弱い少女のぬえだった。
私は躊躇った。そして、思う。そもそもぬえは地底に馴染んでいた妖怪だ。聖に疑問を抱き、その復活に一石を投じたこともあった。しかし、彼女が今ここにいるというのは、聖を、そして聖を信じた私を信頼してくれたということだ。私はその信頼に応えてあげられているだろうか、疑問に思った。更なる疑問は、今の彼女は、地上に上ってきたことを後悔してはいないだろうか、ということだ。彼女の表情はそれを切に訴えているのではないのだろうか。
そんな顔を見せられたら、私は、
「……やめられるわけないじゃないっ!」
そう言って、ぬえのショーツを両脚から一気に引き抜いた。
いやあ、どうにもそそられて困る。弱ってるぬえを見ると自制が利かない。
そして私は、その取り上げた獲物を両腕で掲げ、確認する。これがぬえ確認の第一歩である。
ぬえのショーツは――赤と黒のストライプだった。縁に赤のフリルが付いているものだ。
「な、なんと面妖な!」
思わず叫んでみたがどういう意味だろう。とりあえず皆の反応は、はあ、とか、へえ、とか感嘆系だ。そこの酔った虎が「ナズーリンも同じ横縞なら、白と水色じゃなくてあんな大人っぽいの履けばいいのになぁ」と暴露を始めて本人にチョークスリーパーを決められているのが目立った余波だった。
ぬえは耳まで真っ赤にして両脚を閉じている。凝然としているのは、無理に暴れるとスカートが捲れ上がるからだろう。
「うぅ……」
ああ、可愛いなあ、と思う。それはもちろん下着のことではなく、ぬえ本人のことだ。思わず、スカートの裾を持って上下にはためかせてみる。
「や……ぁ……」
彼女は小さく呻きながら、どうにか見られないようにと身体を捩った。しかし、それは逆にスカートの裾を押し上げていくことになる。うーん、扇情的。
でも、それとなく注意したほうがいいか。
「そんなもじもじしなくたって――どうせ全部脱いじゃうんだから」
「馬鹿ぁ、ムラサの馬鹿ぁ!」
確かにちょっと言葉の選択を誤ったかもしれないが馬鹿と言われるほどではないだろうに。まったく不名誉だ。
しかしこのままにしておくのも悪いので、すぐに私は次の段階へと移行することにする。
簡単なことだ。下着を脱がした後は上着を脱がすしかあるまい。
ぬえの身体を覆い被さるように跨り、一対一に対面する。顔の距離が近い。
私の頭の影が、ぬえの顔に掛かった。
「ぬえぬえ」
彼女の名を呼ぶ。
それに対し鬱陶しそうに顔を背けたのは、酒を呑んでいたからだろうか。確かに、吐く息は熱い。でも、それで素気無い振る舞いをされたのかと思うと、少し哀しくなった。
「ねえ、ぬえぬえ」
もう一度、今度は確かめるように彼女の名を呼び掛ける。けれど、ぬえの答えは。
「ムラサなんか嫌い」
そう吐き捨てた。ちらりと私を見た目には、敵意が篭っていた。
…… やっぱり、こんなことをされたら相手のことを嫌いになるんだろうなあ。私だったら嫌いになる。殴りつけて、錨で沈めて、さよなら。そうすると私の心は満たされる。かつて多くの船舶を沈めてきたように、そのしがらみから解放された今でも、船幽霊という性質が私を突き動かす。だから私は今、こんなこともしているのだろう。相手を害するような行動を。
それでも、ぬえは私と付き合ってくれる。今も、そしてずっと前から。
だから、
「私はぬえのこと、好きだよ」
言う。
私をかつての束縛から解き放ってくれたのは聖だけど、聖がいない間私が沈まずにいられたのは、ぬえのおかげだよ、と。
それは感謝の念だろう。
それから、提案する。彼女が喜んでくれそうなことを。
「ねえ、ぬえ。後で一緒にお風呂に入ろ?」
それは、地底にいた頃はよくやっていたことだ。彼女の背にある六枚の翼は本人の手が届きにくく、かつ敏感な部分なので他の者には触れられたくない場所だと言う。それを私に任せていてくれた。それもやはり信頼されている一方で、
……しばらくは、洗ってあげられなかったからね。
申し訳なく思う。だからこそ、落ち着いた今、その期待に応えてあげたかった。
そんな私の意味を理解してくれたのか、ぬえはこちらに目を合わせてくれる。そして、口を開く。
「今それを持ち出すなんて、酷いよ。ムラサは」
ぬえの非難に、私は応える。
「うん、私は酷いよ。それでも、許してくれるかな?」
改まって、言う。
でもそれは以前から決まっていたこと。地底にいた頃から、私に気を許してくれたぬえはどう答えるか私には判った。
それを、ぬえは口にする。
「うん、私はムラサのこと……水蜜のこと、許すよ」
ぬえは私のことを許してくれている。
嬉しい。
誰かを沈めるのとは違う、心を満たされる感覚がある。船幽霊としてではなく、ひとりの村紗水蜜としての充足。そして、ここに居てもいいんだ、こうしていてもいいんだ、という安息。
それが熱となって、目の端から零れた。
「……うん。ありがとう、ぬえ」
それは、確かめだった。けれど必要は無かったかな、と思った。
おもむろにぬえの首筋に手を伸ばす。触れると、指先から温度が伝わる。自らが持っていない生としての温度。
私のことを許してくれる相手の温度。
それに感謝を覚えつつ。
「じゃあ、そろそろ……脱がしてもいいかなー!?」
「沈んでしまえ! どこかの水底に沈んで二度目の死を迎えろ!」
それは嫌だなあ、と苦笑。
そして、構わず手を伸ばす。左手はぬえの服の襟。右手はスカートのホック。それに手を掛け、一息。
「ご開帳――!」
ぬえの服を、一息で引き剥がした。
□
ちなみに全裸ではない。
サイハイソックスだけは残す心配りは忘れていないですよ?
部屋の中央、命蓮寺の皆に囲まれるぬえの姿は、女性としてまだ成長段階にある少女の痩躯だった。膨らみはあんまりないし、肋骨が僅かに浮き出ている。下は、まっさらで、ソックスだけで。
……なんて背徳的!
思わず鼻筋を押さえる。以前にもお風呂で裸体を見る機会はあったが、じっくりと見られないし、裸で当然という環境ではどうにも感情が昂ぶらない。しかし今はどうだ。私達皆が衣服を着ている中、ひとり全てを晒し出すまったく鵺的ではないストリップショー。まさに感情の摩天楼。あ、本人が鵺だから鵺的なのか?
ぬえは、恥ずかしがる顔を隠すことも出来ず、羞恥心に抵抗するように身を捩るだけだ。
そして、か細い声。
「あぁ……うぅ……」
その声のなんて甘美な響き。どこぞの天皇も思わず病気になるね。マジで崩御モノ。スネークショーとかやめてこっちをスペカにすればいいのに。そして私にだけ見せてくれたらいいのに。
周りの皆にも大きな反応がある。しかしそれは私と同じ興奮ではなく、
……驚き?
皆は口々に言う。
「目が粗いわ……」
「うわあ……何て言うか、粗悪品みたいだ」
「え、何の粗悪品なんですか、ナズーリン」
「鵺って、こんな風で困らないのですか。色々と」
何をそこまで驚いているのだろう。私には理解出来なかった。むしろ、ひとの裸見て粗悪品とか言うなよネズミ、やら、色々と困るって何に困るんですか聖、やら思った。
そんな疑問の渦中にあった私に、ぬえは助け舟を出してくれた。
「皆は私の身体を見たことがないから、未定義なんだよ。ひとの身体だってことは想像が付く。けれど細部までは判らない。
だから……反応から察するに、モザイクが掛かって見えているんじゃないかな」
「でも、私には超扇情的なぬえが横たわっていて据え膳食わぬは状態なんだけど」
「ムラサは、一緒にお風呂に入ったことあるでしょ? 未定義のままだと私の翼がどんなだか判らないからね」
その説明で納得がいった。つまり私は、
……どこまでも信頼されてたってことかな。
有り難い、と思う。他人と差が付くほど、私のことを好いていてくれている。だから、
……ちゃんとその気持ちに応えてあげなくちゃ。
「ねえ、ぬえ」
「何さ、ムラサ」
私は横たわる彼女に真っ直ぐ向かう。
「私にはちゃんと細部まで見えてるってことでしょう? だからさ……ぬえの細かいところまで、ちゃんと洗ってあげるからね」
告げた。
わあ、という声が周りから上がる。ぬえはもうこれ以上ないくらい真っ赤になって、顔を背けた。
それを見て私は笑ってしまう。
そして、足りないな、と思う。ぬえの期待にもっと応えてあげないと。そうすると私も満たされて、ぬえの期待もきっと膨らんで、そうして循環していけたらいいな、と。そう思うと顔がさらににやけてしまう。
それは、幸せだな、と思った。
□
そのあと、ぬえをそのままにしてお酒掛けて遊んでいたらガチで嫌な顔をされて聖にもやんわり叱られていたのだが。
ある時、遠くで鈴の音が聞こえた。咄嗟にナズーリンが言う。
「――警報だ。宝塔を誰かが持ち出そうとしている!」
警報が鳴るなら宝塔を失くしたりしないよなあ、このネズミ賢いなあ……じゃなくて。
「早く止めないと!」
「判っている! ご主人、出番だ……って、寝てる場合じゃない!」
あんたが酔い潰したんだがな。
しかしナズーリンだけでは心許ない。ここは、私達が出なければならない。
「一輪! ……は、まず雲山探してきて。聖、行きますよ!」
呼んで、聖を見る。しかし動きはない。彼女は床のぬえを恍惚と眺めながら、呟いている。
「ゴッドモザイク……」
何ですかその呼称。なんだか私もモザイク掛かってるぬえが見たいなあ!
しかし今はそのような状況ではない。私はぐっと堪える。
「それでは、私が第一陣として盗人を捕らえてきます!」
言って、私は錨を引ったくり部屋を飛び出した。
宝塔がある部屋まで、私は飛ぶ。そして跳ぶ。出来るだけ早く、床を蹴飛ばして加速する。
そうすれば、その部屋まで何秒も掛からない。
すぐに部屋の面する廊下まで出た。そして、見る。廊下にいる黒い影を。
それは、いつか会ったあの白黒の人間だ。
彼女は私の姿に気付くと、窓の近くまで駆け寄った。そして、窓を蹴るが、
「元航空船の窓ガラスが、そんな柔なわけないでしょう!」
だから私は、好機と見て一気に加速を掛けた。それは突撃する動きであり、相手への衝突をも厭わない捨て身の加速である。彼我の距離はあと五秒で埋まってしまうだろう。
しかし相手も簡単ではなかった。彼女は窓に向かって腕を構えた。突き出すその手には八角の小さな台。
私にも見覚えがあった。それは正面に相対する者の回避すら許さない、巨大な魔法の砲台だ。
次の瞬間、視界は光で覆われた。
「――っ」
空いている腕で目を覆う。聴覚は轟音に覆われる。
そして、光が消えたあとには、白黒の影はなく、代わりにそこには壁に空いた穴から月光が差していた。盗人はそこから外へ飛び出したのだろう。
私も跳び、その穴から外へ抜けた。
そこには木々と、夜空と月が見えた。そして、その夜空に浮かぶ白黒の魔法使いの影が見えた。彼女の飛行速度は速く、今から追いかけても追いつくことはないだろうことを悟った。
だから私は構えた。右半身を後ろに引き、右腕を振る動きだ。それは身体を捻る動きでもある。そしてその右腕には、私が持ってきた錨がある。
――投擲ならば届く!
私は身体を両脚で地面を強く踏み、身体の捻りを元に戻した。
左への旋回。
私を軸とする超重量級の錨の回転運動。
遠心力は私の腕を引き千切ろうとする。それはそこらの妖怪では耐えられぬ力だろうが、
――私ならそれが可能だ!
私は回り、超重量と速度が生むエネルギーを。
「いっけぇ……!」
空に向かって放った。
□
同時、
「ぁあぁぁあああぁぁ……!」
不吉な叫び声が聞こえた。
□
その先に正体不明の妖怪がくっついていたのに気付いたのは放った後。
それと、ふたつ分の錨の重量を持ったハンマーは、空を飛んだ。
そして、もう遠くになっていた白黒の影にうまいこと直撃。
反動で少し跳ねて、落ち、目下の森の中に消えていった。
というか全裸、もとい半裸だよなぬえ。
「まあ、ゴッドモザイクで何とかなるかな」
そうは言ってみたものの、あの格好で野外に放り出され、心細くて泣いているぬえが見たいのと、いささか申し訳なく心配なので、私はすぐにハンマーの落下地点へと飛んだ。
ただちょっと2828させようとしすぎて背徳感たっぷりなのが個人的に苦手なのでこれで。
それはおいといて、とてもムラムラしました
年頃の女の子に囲まれた親父の居心地の悪さときたらw
いいぞ!もっとやれ!
普通に可哀想、って感想。
魔理沙、生きとるかー!?
錨の直撃なんて食らったら魔理沙死ぬぞwwwww
でも面白かった