ここは未確認飛行物体異変の後に建立された寺院、命蓮寺。
まさに今日落成式を終えたばかりの、ナウくてイマくて阿修羅なテンプルである。
そして修行の場であると同時に生活の場でもあるここで、いまにも恐るべき破壊工作が完了されようとしていた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたあ」
白蓮が瞑目し、掌を合わせた。彼女に倣って、妖怪たちも合掌しながら合唱する。
彼女達の目の前には、スッカラカンになった器と茶碗の山がある。
時刻は酉の刻。いわゆるディナータイムである。
再会と新築の祝いも兼ねて、白蓮は腕によりをかけて精進料理を用意したのだが、千年近くも彼女のぬくもりから遠ざかっていた仲間たちにとってはある意味残酷な仕打ちであった。
ある者は感動に咽び泣きながら、またある者は喜びのあまり失神しながら、あっという間に料理を跡形もなく破壊しつくしてしまった。
目にも止まらぬ一瞬の惨劇であった。
「ううっ、またこんな日が来るなんて……」
「あらあら……一輪ったら、なにも泣かなくったって」
「いけませんか! あなたと生き別れ、そして再会して涙しないものがおりますでしょうか! 夢にまで見たこの味、お懐かしゅうございます! お館様!」
「(お館様?)」
一輪に至っては、喜びのあまり涙腺と二人称まで崩壊している。
精進料理と言う名の大量破壊兵器の威力は妖怪達の精神にまで及んでいるようだ。
はてには隣に浮かんでいる雲山のはしっぺで鼻をかみ出した一輪を見て、白蓮は頬に手を当てて少しうつむき、愁いを帯びた表情を浮かべた。
「……そうね、ごめんなさい。永い間みんなに寂しい思いをさせてしまって」
「それは確かに。あの時、聖が一言命令してくれていれば、そもそもあんな目には──」
お茶を啜っていた水蜜が、一息ついてそう言った。その落ち着いた口調には、やれといったらすぐやるスゴ味とマメさがあった。
「おっと、こいつは穏やかじゃない話だね」
「そうですよ、水蜜。殺生の果ての平穏など、聖は喜ばない」
ナズーリンがおどけて、星がたしなめるように言った。
「まあ、そーいう選択肢もあったということです」
『……』
水蜜は静かに湯呑みを傾けた。一輪の側を漂っている雲山も、頷くように揺れている。
白蓮を慕うものの中でも、特に義理固く責任感の強いふたりである。過去の裏切りを未だに腹に据えかねているようだ。
『……、……』
「? 一輪、雲山はなんて言ったの?」
「白蓮様の手料理マジ最高、毎朝ワシのために味噌汁を作って火にかけて気化させて吸い込ませてくれだそうで……モラリッシュ!」
小型のげんこつが一輪の後頭部に殺到した。
もちろん時代錯誤なほどの頑固さがウリの雲山はそんなこと言わない。
何を隠そう、これは暗くなりかけた雰囲気を雲山いやさ雲散させるための、一輪の見えないファインプレーなのだ。
実際になんと言ったのかは一輪しか知らないので、このことが公になることは決してない。
「痛いなあ! 何するのよ雲山!」
『……』
「”ワシが素面でよかったな、もしこの拳骨に白蓮様の味噌汁が含まれていたら今頃お主は味噌まみれ”ですって!? 姐さんの料理を武器扱いとはどういう了見よ!」
「相変わらずめんどくさい喧嘩するのね」
「みっちゃんは黙ってて! この頑固親父ったら、たまにお灸を据えないとすぐのさばるんだから!」
『……』
「”お灸なら望むところだワイ。最近肩こりが激しくてのお、ワッハッハッハッハ”!? 肩なんかないくせに減らず口叩いちゃって!」
最初は冗談のつもりだった一輪も、雲山のつっこみが予想外に激しかったせいか、徐々に熱くなってきている。
ちなみに雲山の攻撃が強烈なのは先ほど一輪が繰り出した鼻かみアタックのせいなのだが、一輪本人は全く気づいていない。
そうして見る見るうちにヒートアップするふたりの横で、白蓮は幼いきょうだいを見守る母のように柔和な微笑みを浮かべていた。
「うふふ、ふたりともやっぱり仲がいいのね。安心したわ」
「それは結構ですが、しかし聖。この調子で雲山が膨らんだりした日には、せっかく造った寺が……」
「誕生日が命日なんて、お寺にしては縁起悪すぎじゃありませんかね」
「うーん……それもそうねえ」
星と水蜜の進言によって本堂倒壊の危険性に気がついた白蓮が、ぱんぱんと掌を打ち合わせた。
「はいはい、ふたりとも落ち着いて」
「ね、姐さん……だって雲山が……」
『……』
「”止めないでくだされ白蓮様”」
「ちゃんと訳すあたり、一輪は律儀ですね……」
星が誰に聞かせるともなく呟いた。白蓮は構わず話を続ける。
「時には戦うことが必要な時もありますが、悪意の応酬は何も生みません。それに、せっかくみんなで造ったお寺が壊れちゃうわ」
「うっ」
『……』
一輪と雲山は同時に、昔に聞いた水蜜の過去を思い出していた。
人の恐怖を受けて霊となり、人に恐怖を与えるためだけにもがいた日々。
憎しみと苦しみを糧として、さらなる憎悪の中に没していく戦い。
「もうわかりましたね。さあ、お互いに赦しあって」
強制するでもなく、それどころか促すでもない、ひたすらに優しい口調だった。
そして強制されなくとも促されなくとも、自然と納得して自ずからそうしたくなってしまう。
「諭す」というのは、こういう事を言うのだろう。千年前と変わらぬ穏やかな声音に、一輪は感慨深い想いを抱いた。
「……適当なこと言っちゃってごめんなさい、雲山」
『……』
「”若い者はハネッかえるくらいで丁度よい”……はいはい、私は雲山に比べたらまだまだ若輩者よ」
固く握手を交わすふたり。もともと本気で憎みあっているわけでもないので、あっさりとカタがついた。
「はい、じゃあ喧嘩はここまで。次にする時は、今日言ったことを忘れてはいけませんよ」
「ハーイ」
『……』
「”了解でゴンス!”……ゴンス!?」
再び温和な笑顔を浮かべて、白蓮が話を〆る。二度とするなとは言わないところが、彼女のいい所でもある。
「──ありがとうね」
「(えっ?)」
それは一輪にだけ聞こえるような、とても小さな声だった。一輪がどういう意味か聞き返そうとした時には、すでに聖は立ち上がりかけていた。
「さてと、そろそろお片づけしようかしら」
「では私達も手伝いましょう」
「いいわ。今日は私が全部やるから」
「ですが……」
「お片づけまで含めて料理ですもの。それに他にやってもらいたい仕事もあるし、もう少し落ち着いたら当番を決めて、みんなで持ち回りにしましょう」
追従しようとした星を、白蓮が人差し指を立てて制した。
修行を始める前は、極々一般的な成人女性として生活していた白蓮である。
一通りの家事は心得ていたし、退治するふりをして匿った妖怪達を世話するようになってからはさらに上達した。
下手に手を出しても足を引っ張る結果にしかならない。そう気づいた星は、大人しく引き下がることにした。
「……わかりました。しかし、手が要るときはすぐに呼んでくださいね」
「ええ、その時はお願いするわね」
「では自分の持ち場に戻りましょう。私は来訪者の対応に備えておきます。ナズーリンは寺の見取り図を作ってください」
「了解した、ご主人」
「一輪と雲山は見回りをお願いします。水蜜は動力部の点検に向かってください」
「はーい」
「分かりましたー」
星が手際よく指令を出していく。その凛々しい姿は大事な宝塔をピンポイントで無くしたドジっ子と同一人物には見えない。
ゆったりしていた食卓の空気が、にわかに慌しくなってきた。
「ふふ、みんな頼もしいわね。ようし、私も頑張らないと」
白蓮も横においてあった布切れを手にとって立ち上がった。
白く柔らかそうなそれを広げ、垂れた二本の紐を腰に回して後ろで結ぶ。
「よいしょっ……と」
「ところで聖、その布切れは一体何なんです?」
「ああ、これ? ”えぷろん”っていって、今は料理する時にこれを使うって魔法使いの子が……」
そう言いながら、白蓮が「えぷろん」の装着を完了した次の瞬間。
並の怨霊や悪魔なら軽く数十匹は消し飛びそうな原理不明の爆発後光が発せられた。
「ぬえりゃあああああああああああああああああああ!」
まさに一瞬の出来事であった。天井は裂け、畳は割れ、あらゆる黒い部分が白転したかに見え、さらには先日のことを謝ろうとしてやってきたけどでもやっぱり気後れして縁側の方から乙女チックな所作でちらちらと中の様子を伺っていたぬえがうっかり光源を直視してしまい、きりもみ回転しながら吹っ飛んだ。
それほどまでに強く、明るく、まばゆく、それでいて暖かく優しいのでつい何度も見ちゃってその度に大惨事な光であった。
動物的本能で危険を察したナズーリンだけはいつの間にか壁にあいていた所謂ネズミ穴から脱出したので事無きを得たが、残りの面子はそうはいかなかった。
「うわあああああ! 光熱で雲山が蒸発するううううううううううううううう!」
「こっ……この光はまさか、あの船と同じ……!? う、美しい……ハッ!」
「ま、眩しい! 眩しすぎる! そうか! 今分かった! 正義とは! 真理とは! アブソリュートなジャスティスとは確かにここにあったのだと!」
世界に満ち溢れんばかりの光の奔流に押し流されて、嬉しい悲鳴を上げながら所狭しとのた打ち回る陽気なお寺のかしまし娘。
しかしそれも無理はない。
身を粉にして自分達を守ってくれた聖白蓮その人から、かような拡散メガ粒子砲が放たれるとは毘沙門天でも思うまい。
「え? えっ? ど、どうしたのみんな、突然寝転がったりして?」
「ねっ、姐さんこっち向かないでください! 正体不明のレインボー法力フラッシュが逆流する……! グワアアアアア!」
「きゃっ! い、一体何が起きたの一輪!? ねえ、しっかりして!」
「スジャアアアアアアアアアアア! もっとやっ……やめてェェェェェェェェェェ!」
足元に倒れこんだ一輪を抱き起こす白蓮。その際エプロンの左右からファンタスティカにはみ出した超人的に母性的な部分が一輪を挟撃し、そこから直接伝わる謎の光エネルギーが苛烈に追い打ちをかける。一輪は握られたネコジャラシのように身を捩ったが、聖尼公のエア万力によってむっちりがっちり固定されてしまい、びくとも動けなかった。
そうこうしている間にも、白蓮の光はどんどん強くなる。雲山などはもはや綿埃のように縮んでしまっていた。
見る人が見れば今すぐ太陽と交換してほしくなる素敵に無敵な照明なのだが。しかしあいにく一輪達は妖怪なのだ。
白蓮のもとで修行しているとはいえ、どうしたって本質的には妖魔の類である彼女達にとって、光は相容れないもの。
以前白蓮が危険視された一因がこの必要以上にきらめく母性の光だったことは誰も気づいていない。薬も過ぎれば毒となる。主に妻も子もある男衆が少年期に逆戻り的な意味で。
ちなみに白蓮に新築祝いとして「えぷろん」を送ったのは我らが英雄霧雨魔理沙であり、彼女曰く「お前のようなタイプがエプロンをつけないことは世界の真理への重大な裏切り」らしいのだがそれはこの際関係ない。
「祟り魔カエルましたー。ママー生け贄まだー」
「さすが諏訪子様冗談もお上手で。こんばんはー、守矢神社のものですがー」
「遅くなったけど、新築のお祝いに来たわよー」
悪いことは続く。
玄関口で禍々しい駄洒落を飛ばしたのは洩矢諏訪子である。
その背後には当然のように八坂神奈子と東風谷早苗がついてきている。
特に問題なのは神奈子である。
幻想郷屈指のお母さんキャラである神奈子とえぷろん装備の白蓮が接触したら、その余波で世界中の母親という母親がプラズマ化して対消滅して地球は爆発するかもしれないのだ。
たとえ爆発しなくても、「母」という存在が消えてなくなれば遅かれ早かれ人類の歴史は終わりである。そうすれば神も妖怪も生きてはいけない。
「らめえ! そんなにいっぱい入って来ちゃらめえええええええええええええええええええ!!」
「いいところに来てくれました! 突然みんなが倒れてしまって……どうか手を貸してください!」
「おやおや、どっちなんだい? まあ、只事じゃないようだから上がらせてもらうよ」
トドメにこのこの肝っ玉母ちゃん的な台詞である。
まさしく今、惨劇の幕を巻き上げる装置に核融合エンジンが搭載された。
廊下の壁を這う影は悪魔のシルエット。そして廊下を軋ませる足音は死神の呼び声。
永遠のような数十秒の後、襖障子が勇ましく開かれた。
「おじゃましま──」
「ああ、ありがとうございま──」
ついにふたりは出会ってしまった。
わずかの沈黙。正体不明の力場の発生。すべての母性とママのにおいがふたりの間に収束していく。
そして創造と破壊は表裏一体だと、いつまでもママと一緒にはいられないのよと言わんばかりに、光は解放に向けて膨張を始めた。
ああ、世界に光が満ちる──────。
惨劇のあとの静寂の中で、不気味な眼光が辺りをうかがって蠢いた。
プリンか? 妖怪か? いや、諏訪子の帽子である。
「──もういいかな。よっこらしょっと!」
畳をひっくりかえして、諏訪子が颯爽と飛び出した。
彼女はとっさにバックダッシュからのオールウェイズ冬眠をキメ、137億年ぶりのビッグバンをやり過ごしたのである。
どんな攻撃も当たらなければどうということはない。
「やれやれ。船で飛んだり寺に変形したり、ここの連中は派手なのが……好き……」
ぱたぱたと埃を払いながら、諏訪子は白蓮たちの方を振り向く。そこに広がっていた無残としかいいようのない光景に、諏訪子は二の句が告げなくなった。
寺が崩壊していたわけでも、誰かが死んでいたわけでもない。
しかし真の悲劇とは死ぬこともできずじわじわと続くもの。
過剰とも思える愛の光が行き着く先、そこには──
「ちょ、ちょっとみんな……ほ、本当にどうしてしまったの……ああん!」
「はむはむ……ねえしゃーん」
「ちゅっちゅ……ひじりー」
「ペロペロ……ひじりぃー」
「んんっ! そ、そんなに吸ったって出ませんよ……や、やめてくだ……はふう!」
──妖怪の本分に立ち返った一輪達によって捕食されている白蓮の姿があった。もちろん母と子的な意味で。
行き過ぎた愛はよけいに更生を妨げるということがよくわかる、まことに教訓的な光景であった。
早苗と神奈子もまったく同じ状況にあったが、そっちは今でもわりと頻繁に見る日常のワンシーンなので無視した。
「あー……そういや昔早苗が見てたアニメに人類を子ども帰りさせて世界征服を狙う悪党が出てたわねえ……」
これを見る限り、あの作戦は正しかったようだ。諏訪子は感心したような呆れたような、不思議な気持ちになった。
そこに爆発をやり過ごしたナズーリンが戻ってきた。
「おや、お客様かな。こんな時に来るとは間が悪かったね」
「いやはやまったく、悪かったというか悪いことしたというか」
「しかし……これは一体、なんというか……何故こうなったんだ?」
諏訪子は少し考え込んでから、
「ま、過保護はいけないってことだね」
とだけ言って、きょとんとするナズーリンを残してカエル飛びで家路についた。
聖の母性的おねえさんキャラは幻想郷最強
異論は認めない
序盤のちょっといい家族の雰囲気でいってもよかったのでは。
さらに落ちてない感。
しかし聖はかつてないほどの『お隣に越してきた若奥様』風味なキャラだと思ってます。異論は認めない。オロオロする聖かわいいよ。俺にも吸わせてください。
装着することににより母性とエロスが倍増する不思議な装備。それがえぷろん。魔理沙よくわかってる。送ったのはやはり某アパート管理人さんえぷろんでしょうか。
もうこの点しかない。
ここに藍しゃまとえーりんが加わっていれば危うく新しい宇宙を産んでしまうところだった
なんといういつもの下っぱさん(褒め言葉)