◇
夕暮れ時。
人里の子供たちが笑っていた。
あぁ、そっと手を引くものがいる。
あれがきっと、母親だろう。
――またね。
そう言い合って、手を振る子供たち。
「無邪気なものだな」
私は妹紅に言う。
妹紅もそれに頷いて、ほんのりと笑った。
その顔は夕日に染められて、真っ赤だ。
「そうだね」
素っ気ない言葉。
でも、きっと冷たい言葉じゃない。
彼女も素直な言葉をあまり発しないが、
とても優しい人だ。
「じゃあ、私たちもご飯を食べよう」
「それは慧音がご馳走してくれるってこと?」
私は無言で首を横に振る。
しかめっ面が見たいわけではないが、
分別とは大切なものだ。
――案の定、しかめっ面が正面にあるが。
「たまには外食でもしようかと思ってな」
「へぇ、それはそれは。どこへ行くの?」
「屋台でも?」
「いいよ」
「じゃあ、早速行こうか」
そうして、私たちはゆっくりと森に入っていった。
少しずつ沈む太陽に、背中を押されながら。
◇
少しだけ里から離れたところに、目的の屋台があった。
遠くからでも感じられる、甘辛いたれの香りに私たちは引き寄せられる。
足取りは自然と、軽快になるというものだ。
「やってる?」
妹紅が最初に暖簾をくぐって言う。
うなぎ屋の店主は笑顔で、どうぞ、と席を指した。
席といってもこの屋台は小さいので、椅子が小さくあるだけだ。
「あれ?」
「おや?」
妹紅が素っ頓狂な声を上げる。
私が屋台の中を覗き込むと、端の席に銀髪の男性が座っていた。
「なんだ、霖之助じゃないか」
「あぁ、慧音か」
そういうと、霖之助は燗に入った日本酒を注ぐ。
まったく相も変わらず、と言えば良いのか、
何も変わっていないように見えた。
「あれ、知り合い?」
妹紅が霖之助の隣の椅子に腰をかけながら口を開いた。
「あぁ、まあ、ちょっとした知り合いという奴だ」
私も妹紅の隣の椅子に座って、そう言う。
何気なく、霖之助の方を見ながら言うが、
彼の反応はほとんどない。
「ところで、君の名前は聞いていないね」
ようやく口を開いた霖之助は、苦笑交じりにそう言う。
突然、相席となったから仕方ないだろう。
「そういえばそうだ。藤原妹紅。妹紅でいいよ」
妹紅はメニューを見ながら、簡単に自己紹介をする。
うん、と霖之助は一度だけ頷き、よろしく、と言った。
しかし、待て。
「おい、待て霖之助。お前も名乗るのが道理だろう」
私は思わず、霖之助に文句をつける。
さあ、ここでもしかめっ面だ。
それでも、分別は大切なのだ。
「あぁ、僕は森近霖之助という。古道具屋だよ」
「それはどうも丁寧に」
そう言って苦笑しあう妹紅と霖之助。
その姿は旧知の友のようにも見える。
しかし、こうなると何故か疎外感を感じるものだ。
「――なぁ、ところで何を頼もうか?」
結局、私はそう言って二人の間を割くのだ。
◇
「じゃあ、八目を三人前と、日本酒の温いのを一つ」
私がそう言うと、屋台の店主がにっこり頷く。
しかし、何故私が皆の分も一緒に注文しなければならないのか。
それぞれに立派な口があるのだ。出来るなら、自分で頼むべきだ。
「なぁ――」
二人の方を振り向きながら言葉を発する。
だが、二人は先ほどと同じように、小さく談笑をしていた。
「なぁ――」
もう一度呟いてみる。
しかし、聞こえないのだろうか。
二人はまだ楽しそうに話している。
思わず、私は妹紅の背中をつつく。
「あぁ、ごめん慧音。なに?」
妹紅が笑いながら私の方を見た。
その顔は心底楽しい、と言わんばかりだ。
「いや、何の話をしているかと思ってな」
私はそう言う。
そう、叱るのは後でも構わないのだ。
それよりも、何の話をしているのかが気になった。
「うーん、別に大したことじゃないよ」
妹紅がそう言う。
「本当か?」
私がそう言う。
「本当だよ、慧音」
最後に霖之助がそう言う。
――ん、霖之助?
私は妹紅に聞いたはずなのに、
何故か霖之助に答えられる始末だ。
――とても気になる。
霖之助も、妹紅も久しく見ない満面の笑みだ。
しかも、その笑顔が悪巧みをしている子供のようなのだ。
だから、私はもう一度、今度は二人に向けて問いかける。
「本当に何もないのか?」
「ないってば」
「ないよ」
私はとても、気になるのだ。
◇
妹紅は、私にとって姉のような、妹のような存在だ。
霖之助は兄のようであり、弟のようにも思える。
その二人が、仲良くしているのだ。
それは、とても良いことなんだろう。
だが――霖之助が女と話していると考えると不快だ。
何故か、私はそんなことを考えていた。
そして、妹紅が男と話していると考えても同じになる。
まったく、何がどうしたというものか。
――はい、八目です。
そう言って、屋台の店主はうなぎの乗った皿を前に出す。
なぜか、三人分が全て私の前に出された。
私一人が食べるわけではないのだが、仕方なく受け取る。
屋台の店主は何の疑問も持ってないようだ。
「すまないな」
私はそう言うと、屋台の店主はまた、にっこり笑う。
こうして、受け取った八目の皿を二人に渡す羽目になったのだ。
私はそっと妹紅の前に二つの皿を置く。
「ありがとう」
そう言って、妹紅は皿の一つを手元に残し、
霖之助に残りの皿を手渡す。
「ありがとう」
そう言って、霖之助がそれを受け取った。
しかし、まぁ、こんな連帯感が今はこ憎たらしい。
「じゃあ、いただきます」
こうして、この小さな食事会は夜更けまで続いていったのだ。
◇
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」
そう言って霖之助は勘定を済ませて、家路につく。
結局、妹紅は霖之助とウマが合ったのか、終始楽しげに話し続けていた。
私は――後半、自棄酒気味だったが。
「じゃあ、私たちも帰ろうか、慧音」
そう言って妹紅が私の肩を揺すった。
ふらふらする頭を軽く振って、私は立ち上がり、勘定をする。
私が何も言わなくても、妹紅は半分支払っていたようだ。
だから、そのまま屋台を出る。
夜はすっかりと落ちていて、真っ暗だ。
「なぁ、慧音」
細い道を歩いているとき、そう妹紅に呼ばれた。
「なんだ?」
「慧音は霖之助のこと好きなの?」
「――え?」
私が霖之助を好き?
いや、それは無いだろう。多分ない。そう、多分。
確かに人として好きか嫌いか、と言われると好きなのだが。
というより、突然何を言うのだ。
「いや、なんだか拗ねているようだったからさ」
「――別に拗ねてもないし、好きでもない」
「そっか、なら良かった。私も気兼ねしないでいいな」
「――え?」
妹紅はニヤニヤと笑いかけてくるが、
私は情けないことにそれしか言えなかった。
気兼ねをしないということは、
妹紅は霖之助が好きになったということだろうか。
「ど、どういうことだ?」
私が焦りながら、妹紅に問いかける。
「いや、そのまんまの意味だけど?」
何てことない、って顔だ。
やっぱり、そうだったのか。
でも、正直に言えば聞きたくない言葉だ。
ここで――止めてくれたら。
だけど、現実は無情だったのだ。
「いつかは一緒に暮らせたら良いけどな」
◇
――ついに言った。
「だ、駄目だ!」
私は思わず声を大きくして言ってしまう。
それを聞いて妹紅は少しだけ驚いた顔をして、
また意地の悪い笑顔になった。
「へぇ、別に好きじゃないなら構わないんじゃ?」
「駄目だ!絶対に駄目だ!」
「――何で?」
「そ、それは」
「良いんじゃないの?」
「駄目だ!」
「ってことは、好きなの?」
「そ、それは人として好きだが」
「男としては?でも、男としての魅力は無いか」
「そんなことない!」
あ。
私は思わず、目を閉じた。
きっと顔も真っ赤になっているんだろう。
こんなのじゃ冷やかされるのが当たり前だ。
だが、次の瞬間、私の頭には小さな手が乗っていた。
その手は優しく私の頭を叩く。
「ごめんごめん、でも、隠さなくてもいいんだよ。
あと、私にそんな気はないから安心するように」
私が恐々と目を開ける。
そこには優しげに笑う妹紅がいた。
「――何でこんなことを言ったんだ?」
やっとのことで私が問いかけると、
妹紅はもう一度、頭をぽん、と叩く。
「何年も一緒にいるんだ。
慧音の態度で大体は分かってたから、
ちょっと素直になってもらおうかなって」
「そ、それだけか?」
「それだけ」
つまり、私は見事に妹紅にひっかけられた訳だ。
現状、隠してた気持ちが暴かれて恥ずかしい。
だが、待て。
「ちょ、ちょっと待て妹紅。私の気持ちに気づいてたって言ったな?」
「うん」
「なら、霖之助にそのことを話していたのか!?」
「そんなんじゃないよ」
何を当たり前のことを、という顔をする妹紅に対して、
私はきっと惨めなほど焦っているんだろう。
「じゃ、じゃあ、何の話をしてたんだ?」
私は思わず、妹紅の肩を掴んで強く揺すった。
本当に大した事じゃないんだけどな、と妹紅は苦笑している。
「本当はね――」
ついに根負けしたか。
隠し事なんてするからだ。まったく。
私はそんなことを考えながら一歩下がった。
「慧音がね、お母さんみたいだなって話してたんだよ」
◇
「は?」
「そのまんまの意味だって。
慧音は霖之助にも私にもよく叱るでしょ?
だから、母親みたいだなって言い合って笑ってたんだ」
「で、でも、私の名前なんて聞こえなかったぞ!?」
「隣に本人がいてるのに、名前は出さないでしょ。
せっかくの内緒話なんだから」
そう言ってカラカラ笑う妹紅の様子に、
私は肩を落とす。なんてことはない、遊ばれたのだ。
「もういい、先に帰る」
そう言ってトボトボと歩く私。
その肩を掴む妹紅。
「慧音、さっきも言ったけど、素直になっていいよ?」
「私はいつも素直だ」
「まさか。頑張ってお母さん役をしてるじゃないか」
「無理してない」
「でも、霖之助にそのことを話したら、
嬉しそうにいろんな話を聞かせてくれたよ」
「なっ!」
何を言ったのだ、霖之助め。
だが、私のことを嬉しそうに話してるとは――
「おや、少し嬉しそうだけど、慧音?」
「そ、そんなことない!」
「まぁ、それでもいいけどね」
そう言って妹紅は私を無理やり振り向かせる。
かといって、それは乱暴な動きじゃない。
とても優しく、抱き寄せるような仕草だった。
「慧音。私は慧音に感謝してる。
けど、慧音も幸せにならなくちゃ。
だから、いつかはちゃんと捕まえなよ」
妹紅がそう言う。
その目はあまりに優しかった。
だから、私も思わず口ごもる。
「だが――」
「私のことは心配要らないよ。
これでも、結構長生きしてるし」
そう言ってもう一度、カラカラと笑う。
私は思わずつられて笑ってしまった。
「そう、笑わないと彼も振り向かないよ。
いつか、二人連れ添ってきてくれるのを待ってるから――頑張って」
本当に妹紅は優しい。
私はもう一度、それを思う。
「保証は出来ないが――頑張ってみる」
その言葉を発した私は、どんな表情だったのだろう。
妹紅はというと、やはり笑顔のままだ。
しかし、その顔は。
「しかし、妹紅の方が母親みたいだな」
「そう?まぁ、私から見たら慧音は母のような娘のようなって感じだからかな」
「それは私も同じだよ」
「じゃあ、今日は私がお母さん役ってことだね」
そう言って再び私達は夜道を歩き始める。
ふらふらと揺れる頭と心を持った私と、
母のように私の手を引く妹紅。
いずれ、この手をつなげなくなる時が来ても、
この手を引く相手が変わるときが来ても、
私はこの手を忘れることは無いだろう。
――それぐらい暖かい手だったから。
「お、人里が見えてきたよ」
妹紅がそう言う。
私はそれに小さく頷く。
「じゃあ、慧音。おやすみ」
「あぁ――妹紅?」
「なに?」
「――その、ありがとう」
妹紅は少しだけ驚いた顔をして、そしてにっこり笑った。
それに負けないように、私も笑って。
――じゃあ、おやすみ。
――おやすみ。
私達はもう一度そう言って、それぞれの家に向かう。
背中にある欠けた月に押されるように、
私達はゆっくりと前に歩いていくのだ。
夕暮れ時。
人里の子供たちが笑っていた。
あぁ、そっと手を引くものがいる。
あれがきっと、母親だろう。
――またね。
そう言い合って、手を振る子供たち。
「無邪気なものだな」
私は妹紅に言う。
妹紅もそれに頷いて、ほんのりと笑った。
その顔は夕日に染められて、真っ赤だ。
「そうだね」
素っ気ない言葉。
でも、きっと冷たい言葉じゃない。
彼女も素直な言葉をあまり発しないが、
とても優しい人だ。
「じゃあ、私たちもご飯を食べよう」
「それは慧音がご馳走してくれるってこと?」
私は無言で首を横に振る。
しかめっ面が見たいわけではないが、
分別とは大切なものだ。
――案の定、しかめっ面が正面にあるが。
「たまには外食でもしようかと思ってな」
「へぇ、それはそれは。どこへ行くの?」
「屋台でも?」
「いいよ」
「じゃあ、早速行こうか」
そうして、私たちはゆっくりと森に入っていった。
少しずつ沈む太陽に、背中を押されながら。
◇
少しだけ里から離れたところに、目的の屋台があった。
遠くからでも感じられる、甘辛いたれの香りに私たちは引き寄せられる。
足取りは自然と、軽快になるというものだ。
「やってる?」
妹紅が最初に暖簾をくぐって言う。
うなぎ屋の店主は笑顔で、どうぞ、と席を指した。
席といってもこの屋台は小さいので、椅子が小さくあるだけだ。
「あれ?」
「おや?」
妹紅が素っ頓狂な声を上げる。
私が屋台の中を覗き込むと、端の席に銀髪の男性が座っていた。
「なんだ、霖之助じゃないか」
「あぁ、慧音か」
そういうと、霖之助は燗に入った日本酒を注ぐ。
まったく相も変わらず、と言えば良いのか、
何も変わっていないように見えた。
「あれ、知り合い?」
妹紅が霖之助の隣の椅子に腰をかけながら口を開いた。
「あぁ、まあ、ちょっとした知り合いという奴だ」
私も妹紅の隣の椅子に座って、そう言う。
何気なく、霖之助の方を見ながら言うが、
彼の反応はほとんどない。
「ところで、君の名前は聞いていないね」
ようやく口を開いた霖之助は、苦笑交じりにそう言う。
突然、相席となったから仕方ないだろう。
「そういえばそうだ。藤原妹紅。妹紅でいいよ」
妹紅はメニューを見ながら、簡単に自己紹介をする。
うん、と霖之助は一度だけ頷き、よろしく、と言った。
しかし、待て。
「おい、待て霖之助。お前も名乗るのが道理だろう」
私は思わず、霖之助に文句をつける。
さあ、ここでもしかめっ面だ。
それでも、分別は大切なのだ。
「あぁ、僕は森近霖之助という。古道具屋だよ」
「それはどうも丁寧に」
そう言って苦笑しあう妹紅と霖之助。
その姿は旧知の友のようにも見える。
しかし、こうなると何故か疎外感を感じるものだ。
「――なぁ、ところで何を頼もうか?」
結局、私はそう言って二人の間を割くのだ。
◇
「じゃあ、八目を三人前と、日本酒の温いのを一つ」
私がそう言うと、屋台の店主がにっこり頷く。
しかし、何故私が皆の分も一緒に注文しなければならないのか。
それぞれに立派な口があるのだ。出来るなら、自分で頼むべきだ。
「なぁ――」
二人の方を振り向きながら言葉を発する。
だが、二人は先ほどと同じように、小さく談笑をしていた。
「なぁ――」
もう一度呟いてみる。
しかし、聞こえないのだろうか。
二人はまだ楽しそうに話している。
思わず、私は妹紅の背中をつつく。
「あぁ、ごめん慧音。なに?」
妹紅が笑いながら私の方を見た。
その顔は心底楽しい、と言わんばかりだ。
「いや、何の話をしているかと思ってな」
私はそう言う。
そう、叱るのは後でも構わないのだ。
それよりも、何の話をしているのかが気になった。
「うーん、別に大したことじゃないよ」
妹紅がそう言う。
「本当か?」
私がそう言う。
「本当だよ、慧音」
最後に霖之助がそう言う。
――ん、霖之助?
私は妹紅に聞いたはずなのに、
何故か霖之助に答えられる始末だ。
――とても気になる。
霖之助も、妹紅も久しく見ない満面の笑みだ。
しかも、その笑顔が悪巧みをしている子供のようなのだ。
だから、私はもう一度、今度は二人に向けて問いかける。
「本当に何もないのか?」
「ないってば」
「ないよ」
私はとても、気になるのだ。
◇
妹紅は、私にとって姉のような、妹のような存在だ。
霖之助は兄のようであり、弟のようにも思える。
その二人が、仲良くしているのだ。
それは、とても良いことなんだろう。
だが――霖之助が女と話していると考えると不快だ。
何故か、私はそんなことを考えていた。
そして、妹紅が男と話していると考えても同じになる。
まったく、何がどうしたというものか。
――はい、八目です。
そう言って、屋台の店主はうなぎの乗った皿を前に出す。
なぜか、三人分が全て私の前に出された。
私一人が食べるわけではないのだが、仕方なく受け取る。
屋台の店主は何の疑問も持ってないようだ。
「すまないな」
私はそう言うと、屋台の店主はまた、にっこり笑う。
こうして、受け取った八目の皿を二人に渡す羽目になったのだ。
私はそっと妹紅の前に二つの皿を置く。
「ありがとう」
そう言って、妹紅は皿の一つを手元に残し、
霖之助に残りの皿を手渡す。
「ありがとう」
そう言って、霖之助がそれを受け取った。
しかし、まぁ、こんな連帯感が今はこ憎たらしい。
「じゃあ、いただきます」
こうして、この小さな食事会は夜更けまで続いていったのだ。
◇
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」
そう言って霖之助は勘定を済ませて、家路につく。
結局、妹紅は霖之助とウマが合ったのか、終始楽しげに話し続けていた。
私は――後半、自棄酒気味だったが。
「じゃあ、私たちも帰ろうか、慧音」
そう言って妹紅が私の肩を揺すった。
ふらふらする頭を軽く振って、私は立ち上がり、勘定をする。
私が何も言わなくても、妹紅は半分支払っていたようだ。
だから、そのまま屋台を出る。
夜はすっかりと落ちていて、真っ暗だ。
「なぁ、慧音」
細い道を歩いているとき、そう妹紅に呼ばれた。
「なんだ?」
「慧音は霖之助のこと好きなの?」
「――え?」
私が霖之助を好き?
いや、それは無いだろう。多分ない。そう、多分。
確かに人として好きか嫌いか、と言われると好きなのだが。
というより、突然何を言うのだ。
「いや、なんだか拗ねているようだったからさ」
「――別に拗ねてもないし、好きでもない」
「そっか、なら良かった。私も気兼ねしないでいいな」
「――え?」
妹紅はニヤニヤと笑いかけてくるが、
私は情けないことにそれしか言えなかった。
気兼ねをしないということは、
妹紅は霖之助が好きになったということだろうか。
「ど、どういうことだ?」
私が焦りながら、妹紅に問いかける。
「いや、そのまんまの意味だけど?」
何てことない、って顔だ。
やっぱり、そうだったのか。
でも、正直に言えば聞きたくない言葉だ。
ここで――止めてくれたら。
だけど、現実は無情だったのだ。
「いつかは一緒に暮らせたら良いけどな」
◇
――ついに言った。
「だ、駄目だ!」
私は思わず声を大きくして言ってしまう。
それを聞いて妹紅は少しだけ驚いた顔をして、
また意地の悪い笑顔になった。
「へぇ、別に好きじゃないなら構わないんじゃ?」
「駄目だ!絶対に駄目だ!」
「――何で?」
「そ、それは」
「良いんじゃないの?」
「駄目だ!」
「ってことは、好きなの?」
「そ、それは人として好きだが」
「男としては?でも、男としての魅力は無いか」
「そんなことない!」
あ。
私は思わず、目を閉じた。
きっと顔も真っ赤になっているんだろう。
こんなのじゃ冷やかされるのが当たり前だ。
だが、次の瞬間、私の頭には小さな手が乗っていた。
その手は優しく私の頭を叩く。
「ごめんごめん、でも、隠さなくてもいいんだよ。
あと、私にそんな気はないから安心するように」
私が恐々と目を開ける。
そこには優しげに笑う妹紅がいた。
「――何でこんなことを言ったんだ?」
やっとのことで私が問いかけると、
妹紅はもう一度、頭をぽん、と叩く。
「何年も一緒にいるんだ。
慧音の態度で大体は分かってたから、
ちょっと素直になってもらおうかなって」
「そ、それだけか?」
「それだけ」
つまり、私は見事に妹紅にひっかけられた訳だ。
現状、隠してた気持ちが暴かれて恥ずかしい。
だが、待て。
「ちょ、ちょっと待て妹紅。私の気持ちに気づいてたって言ったな?」
「うん」
「なら、霖之助にそのことを話していたのか!?」
「そんなんじゃないよ」
何を当たり前のことを、という顔をする妹紅に対して、
私はきっと惨めなほど焦っているんだろう。
「じゃ、じゃあ、何の話をしてたんだ?」
私は思わず、妹紅の肩を掴んで強く揺すった。
本当に大した事じゃないんだけどな、と妹紅は苦笑している。
「本当はね――」
ついに根負けしたか。
隠し事なんてするからだ。まったく。
私はそんなことを考えながら一歩下がった。
「慧音がね、お母さんみたいだなって話してたんだよ」
◇
「は?」
「そのまんまの意味だって。
慧音は霖之助にも私にもよく叱るでしょ?
だから、母親みたいだなって言い合って笑ってたんだ」
「で、でも、私の名前なんて聞こえなかったぞ!?」
「隣に本人がいてるのに、名前は出さないでしょ。
せっかくの内緒話なんだから」
そう言ってカラカラ笑う妹紅の様子に、
私は肩を落とす。なんてことはない、遊ばれたのだ。
「もういい、先に帰る」
そう言ってトボトボと歩く私。
その肩を掴む妹紅。
「慧音、さっきも言ったけど、素直になっていいよ?」
「私はいつも素直だ」
「まさか。頑張ってお母さん役をしてるじゃないか」
「無理してない」
「でも、霖之助にそのことを話したら、
嬉しそうにいろんな話を聞かせてくれたよ」
「なっ!」
何を言ったのだ、霖之助め。
だが、私のことを嬉しそうに話してるとは――
「おや、少し嬉しそうだけど、慧音?」
「そ、そんなことない!」
「まぁ、それでもいいけどね」
そう言って妹紅は私を無理やり振り向かせる。
かといって、それは乱暴な動きじゃない。
とても優しく、抱き寄せるような仕草だった。
「慧音。私は慧音に感謝してる。
けど、慧音も幸せにならなくちゃ。
だから、いつかはちゃんと捕まえなよ」
妹紅がそう言う。
その目はあまりに優しかった。
だから、私も思わず口ごもる。
「だが――」
「私のことは心配要らないよ。
これでも、結構長生きしてるし」
そう言ってもう一度、カラカラと笑う。
私は思わずつられて笑ってしまった。
「そう、笑わないと彼も振り向かないよ。
いつか、二人連れ添ってきてくれるのを待ってるから――頑張って」
本当に妹紅は優しい。
私はもう一度、それを思う。
「保証は出来ないが――頑張ってみる」
その言葉を発した私は、どんな表情だったのだろう。
妹紅はというと、やはり笑顔のままだ。
しかし、その顔は。
「しかし、妹紅の方が母親みたいだな」
「そう?まぁ、私から見たら慧音は母のような娘のようなって感じだからかな」
「それは私も同じだよ」
「じゃあ、今日は私がお母さん役ってことだね」
そう言って再び私達は夜道を歩き始める。
ふらふらと揺れる頭と心を持った私と、
母のように私の手を引く妹紅。
いずれ、この手をつなげなくなる時が来ても、
この手を引く相手が変わるときが来ても、
私はこの手を忘れることは無いだろう。
――それぐらい暖かい手だったから。
「お、人里が見えてきたよ」
妹紅がそう言う。
私はそれに小さく頷く。
「じゃあ、慧音。おやすみ」
「あぁ――妹紅?」
「なに?」
「――その、ありがとう」
妹紅は少しだけ驚いた顔をして、そしてにっこり笑った。
それに負けないように、私も笑って。
――じゃあ、おやすみ。
――おやすみ。
私達はもう一度そう言って、それぞれの家に向かう。
背中にある欠けた月に押されるように、
私達はゆっくりと前に歩いていくのだ。
それは兎も角美味しい作品ご馳走様でした。
昨今では節操無しに香霖堂を少女とくっ付ける風潮がある中で、
両者や周りの役者を尊重し描く事の出来る貴方は素晴らしい逸材だと思います。
GJ!
状況がかわっても、ふつーにいつまでも3人でいそう
妹紅が姐御肌、慧音幼馴染、魔理沙妹、霊夢高飛車、紫ヘタレお姉さん……
やべwww勝手に妄想がwww