Coolier - 新生・東方創想話

紫苑と山吹

2009/09/20 13:36:09
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「――拙は、誰しも救われるに価すると思うて居ります」

 白蓮の呟くような声が金堂に染み入るように響いた。
 周囲を取り巻く、人。
 一重ではない。
 僧が。
 侍が。
 百姓が。
 商人が。
 果ては非人に至るまで。
 その輪は金堂をみっしりと埋め尽くし、白蓮を取り囲んでいた。
 金堂の外には、さらに人。

 人。
 人。
 人。

 それら全てが、己の滅びを願う意志の塊であると言うことに、白蓮は深い吐息を洩らした。
 かわりにひとつ息を吸う。
 悪意と敵意で、肉体を内側から融かされて行く感触さえ覚える。

「拙は、夜をば敬もうて居ります」

 それでも、言葉を吐かぬわけにはいかない。
 ゆるく瞳を伏せ、金堂の床を凝と見詰める。
 覗けば己の面が映るほどに磨かれた、曇りの無い木目の床。
 「彼ら」は、昨日も飽くことなくこの床を清めてくれていた。

「然れば、そなたは夜の住人なるか。そなたが匿うた、化生ばらの類なるか」

 正面に立った禿頭の僧が、重々しい口ぶりで告げる。
 白蓮の声とは正反対、金堂の壁を天井を跳ね回って残響する、威に満ちた声音。
 白蓮は揺れない。
 静かな姿勢を毫も崩さず、ゆるく伏せた瞳をそのままに唇だけが動いた。

「然に非ず。拙は昼をも敬もうて居ります」

「然れば、そなたは昼の住人なるか。そなたが謀うた、我ら人道の類なるか」

「然に非ず」

 語気が強まった。
 威は無い。
 金堂に染み入るような深々とした声音は変わらない。
 ただ、周囲を取り巻く人の群れを押し下げるような、凛とした圧力が仄暗い場を制した。
 群衆のざわめきが、その声に圧されて水を打ったように静まり返る。
 声は続いた。

「夜は昼なり。昼は夜なり」

「夜に在りて昼を敬い」

「昼に在りて夜を拝する」

「これ朝夕の日に似たり」

 風が吹いた。
 金堂は閉め切られている。

 風が吹いた。
 白蓮の髪が揺れる。
 夜闇の黒でなく。
 陽光の白でなく。
 朝ぼらけの紫苑に染む、夕焼けの山吹。

 風が吹いた。
 
 茫洋とした燈火が揺れ、白蓮の影を波立たせる。
 その影を抱く、白蓮の背に毘沙門天。
 その左手に宝棒。
 その右手に宝塔。
 揺らめく明りが厳しい面を照らし、陰陽を際立たせる。
 怒っているのか。
 悲しんでいるのか。
 何も感じていないのか。

「言うたな」

 威に満ちた声。

「人に非ず、化生に非ず」

「六道輪廻の理を捨て」

「人を救い、化生を救い」

「夜と昼との狭間に住まうか」

 白蓮が、

 面を上げた。

「人にては化生を救うこと能わず」

「化生にては人を救うこと能わざれば」

 息を吸う。

 敵意と悪意に染まった大気。

 目前の僧を屹と見据え、ゆっくりと、決然と、吐く。


「南無三宝」


 しばし、沈黙が場を埋めた。


「聖白蓮」

 僧の呼ぶ声。
 返す声は無い。

「もはや問答無用」

「人妖の狭間にて戯れなば」

「その魂魄、冥府魔道の虜なるべし」

 判決の言葉。
 他意を差し挟む余地のない、厳然とした断言。
 白蓮の唇から、次ぐ言葉はなかった。

「明日」

「儀を執り行う」

「ゆめ、逃ぐることなかれ」

 僧が背を向けた。
 端然として揺らがぬ歩みに、取り巻く人の輪が静かに割れる。
 その姿が音もなく金堂を去って消え、それを追うようにして。
 開かれた扉から、人々の姿が吸い込まれて消えていった。

 外はまだ午の刻。
 明るい日差しが金堂を染めた。

 それは白蓮には届かない。
 白蓮はなお、薄暗がりに座していた。
 彼らが去ってからもなお。
 座していた。


「――南無三宝」


 風が吹いた。
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コメント



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うーん。コメントしづらいなぁ。
面白いとは思います。けどこれは風景として面白いのであって、物語としては断片でしか無いんですよね。
この前後もきっちり書かれてれば、もっとはっきり評価できたと思います。