※この話は後編です。前作「星のお星様(前編)」からお読みください。
夢を見ていた――――私の周りには大勢の人間が楽しそうにしている。皆で私を熱心に信仰している。
近くにいた者に声をかけた。そうしたら他の者達も揃ってその言葉を聞き逃さないように耳を傾ける。
私を見てくれる。誰も無視なんてしない。一人の肩を叩くと、私も自分もと皆が寄ってくる。誰も消えたりしない。
人々が暖かい目でこっちを見ている。嬉しくなった私はもっと皆の想いを感じたくて、ゆっくりと近づく。
やっぱり私は間違っていなかったんだ、と感慨深くなった。人間達は幸せそうな顔をしながら私の名を呼ぶ。
『有難うございます。毘沙門天様』
………アレ?
違いますよ。確かに毘沙門天の代理、弟子ですが私の名は…
『毘沙門天様のおかげで救われました』
だから毘沙門天ではありません。私の名前は……
『さすがは毘沙門天様の弟子』
皆、私を見てくれてるはずなのに、その瞳に映っているのは私じゃない…私だけど私ではない他の誰かが映っている。
私によく似た貴方は一体誰?なんで私の姿をして、作ったような笑顔をしているのですか?
そう問うても答えは返ってこない。ただ私を見続けるだけだった。
怖くなった、目を閉じ耳を塞ぐ。止めて、それは私じゃない!みんな誰を見てるの!私はここにいる、誰か私の名前を呼んで!
―――――「星ちゃん」
ふと、背後から懐かしい声が聞こえた。
その声だけで恐怖に潰されかけていた気持ちが蘇る。声の主の顔が見たくて私は彼女の名前を叫びながら振り返る。
☆ ☆ ☆
「白蓮!!」
ガバッと起き上がる。周りは暗闇、まだ夜だった。そして、そこには誰もいない。
「夢…ですか」
ため息が出る。当たり前だ。そんなことあるはずがない、あれから数百年も経っているのに。
寺には私一人だけが住んでいる。昔は白蓮の代わりといって新しい僧侶が何人か暮らしていたが、山の暮らしが
不便だったのか、全員数年で山から出て行ってしまった。情けない、白蓮は文句一つ言わず過ごしていたというのに。
参拝客もまったく来ることも無くなっていた。二、三百年前までは年老いた人が何人か来ていた気がするがあまり覚えていない。
信仰もほとんど失われていた。
それでも私は毘沙門天の代理として真面目に業務をこなしてきた。信仰を増やすために、以前より仕事の量も増やしてみた。
だが、その努力も空しく過ぎていくだけ、人間達は神に祈らなくなっていた。
妖怪の姿もあの日以来見ていない。山には生き物の気配が感じられなかった。
いけない、変な夢を見たせいか思考が沈んでしまっている。早く寝よう、夜は怖い。心が挫けてしまいそうになるから嫌だ。
私はこの寺を守らないといけないんだ。もうそれだけしか残っていないんだ。山も、里も守れなかったから……
寺は荒れていた。昔あった立派な門も崩れ、開けっぴろげになっていた。庭も雑草が生え、本殿もボロボロだった。
まあこうして生活できるだけマシではあるが。
疲れた身体を無理にでも休めさせようと布団に潜り込もうとしたその時、部屋の中に風が吹いた。戸締りはしたはずなのに?
と思い、出入り口を見たら少しだけ戸が開いていた。その隙間から風が入り込んだらしい、面倒だったが冷えていたので
仕方なしに閉めに立つ。戸に手を触れた瞬間、
カサッ
外で小さな音が鳴った。私は風で草が擦れたんだろうと思い、余り気にしないで寝床に戻ろうとした。
しかし、見つけてしまった。寝床の傍にある私がいつも寝る前に一日の仕事をまとめるために使っている小さな机の上に
一冊の本が置いてあるのを。
本は厚みがあるが汚れていて、所々破れたり、変色している部分もある。だが私は驚いていた。なぜならその本に見覚えが
あったからだ。本の隅には小さく『聖 白蓮』と書かれていた。
これは、白蓮が毎日付けていた日記帳じゃないか!覚えている、いつも一日の締めとしてその日の出来事を記していたことを。
でも、なんでこれがここに置いてあるんだ。白蓮に関わる物品は妖怪達と共に封印されたはずなのに、一体誰が……
そう思った時、さっきの音を思い出す。そうだ、探し物が得意で私と白蓮の関係を知っている者は今は一人しかいない。
ナズーリンだ。でも彼女はなぜこれを探してきたんだろう?私にこれを読めと言っているのか?
多分そうだろうと結論付ける。なにより、日記帳のことが気になっていた。白蓮の想いが書かれた、もう触れることも出来ない
と思っていたものがある。私が毘沙門天の弟子になってから白蓮は何を考えていたのかが気になっていた。申し訳ないと
思いつつも指はページをめくっていた。
私が知りたかったことが書かれたページはすぐに見つかった。
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二月一日 晴れ
今日から星ちゃんが毘沙門天様の弟子になりました。
私の勝手なお願いに巻き込むかたちになったことはやっぱり心が痛い。
でも星ちゃんは大丈夫って言ってくれた。あの綺麗な星空の下で約束したことを
叶えるんだって張り切ってた。それがとても嬉しい。
これからは私も星ちゃんのお手伝いをしながら一緒に夢を叶えていけたらいいと思う。
がんばろうね、星ちゃん!
二月三日 晴れ
なんと星ちゃんに部下ができました。
かわいい鼠の女の子です。名前はナズーリンちゃん(ナズちゃんと呼ぼう)
毘沙門天様がまだ信用して下さらなくて悪いことしないか監視の意味も
あるみたいだけど、早く信じて貰えるように努力しないといけないわ。
星ちゃんをよろしくね、ナズちゃん。
六月十五日 雨
今日は星ちゃんが毘沙門天様に怒られたそうです。
うっかりしすぎているとか。確かによく失くし物するわね。
この前、里に挨拶しにいくときなんて寺から出て数分で大切な宝塔失くしてた。
何とか見つけたけど、失くし癖を直せるように注意しておかないといけないわ。
――年が巡り。
二月一日 晴れ
星ちゃんが毘沙門天様の弟子になって遂に一年です。
最近は里の人達にも認められてきている様子。
偉い、凄い、南無三!今日はお祝いしましょう。頭なでなでしてあげよう。
――そんな幸せそうな出来事が綴ってある。私は読むのを止められなかった。さらに時は進んでいく。
・
・
・
九月二七日 晴れ
最近、星ちゃんが忙しそう。食事も摂ってないことが多いから心配…
ちゃんと休めているのかしら?今度、栄養のあるもの作ってあげよう。
三月三日 曇り
今日、久しぶりに星ちゃんに会った。急いでいたみたいで呼び止めたら
誰がどこで聞いてるか分からないから名前で呼ばないようにと注意された。
星ちゃんも私のことを名前で呼んでくれなくなった。でも仕方ないよね。
人間と妖怪の平等な世界を作るためには今ががんばり時だもの。邪魔しないように
しなくちゃ。でも悲しいな、なんの手助けもできないなんて…
七月十九日 雨
星ちゃんから笑顔が消えた。皆の前では笑っているけど、あれは作り物みたい。
本当の笑顔はもっと輝いていた。夜空に浮かぶ星のように。
私は間違っていたのかもしれない。私が望んでいる世界を押し付けてしまった。
夢のために星ちゃんを犠牲にしてしまっている。
あと最近、私が悪いことを企んでいると里で噂になっているらしい、いっちゃんから
聞いた。そんなことないのに。確かに魔法は人間にはよく思われていないけど、
決して使い方を間違えなければ素晴らしい力なのに。明日はそのことを里の人達に
伝えてこよう。
七月二十日 雨
駄目だった。全て話したが誰も聞いてくれなかった。悪魔と呼ばれた。
妖怪との平等な世界なんてできるわけがないと言われた。
人間はなんて自分勝手なんでしょう。妖怪だって同じく生きているのに
それを認めようとしない。悪だと決め付けている。誠に愚かだ。
今、私には見張りが付いている。寺から追放されることになった。
雨が降っている、星が見えない。星ちゃんは仕事で他所へ出ているけど
濡れてないかしら?元気にしているかしら?
会いたいな。
――そして最後の日記にたどり着いた。白蓮が封印される日の前夜。
七月二四日 曇り
私は明日追放されます。行き先は魔界、私にはぴったりだと言われた。
結局、最後まで話は聞き入れて貰えませんでした。
私の力が、努力が足りなかった。悲しく思う。でも、せめて山の妖怪達は
助けないといけない。山から出て行くための猶予を頂けるよう懇願しよう。
もし聞いてくれなかったら、嫌だけど抗おう。皆が逃げれるだけの時間稼ぎ
はできるはず、覚悟をしておかないと。
星ちゃんとは、捕まってから一度も会っていない。妖怪だとばれると大変なので
気をつけて欲しい。とても心配です。
この日記は人間に見つからないように私の魔法で封印してどこか遠くに飛ばそうと思う。
ナズちゃんにはこのことは伝えています。もしいつか、一人だけ寺に残る星ちゃんが寂しそうに
していたらこの日記を探して、読ませてあげて欲しいと。これを読んで少しでも元気になってくれるなら
私は嬉しいです。
寂しいけど魔界で皆の幸せを願っています。
――日記はここで終わっている。と思ったが一番最後のページに何か書かれているのを見つけた。そこには、
ごめんなさい。
ごめんなさい。みっちゃん。
ごめんなさい。いっちゃん。
ごめんなさい。雲山。
ごめんなさい。妖怪達。
私は貴方たちを守ってあげられなかった。
幸せな世界を創ることができなかった。
ごめんなさい。
そして、
ごめんなさい。星ちゃん。
ごめんなさい。無理をさせて。
ごめんなさい。望みを押し付けて。
ごめんなさい。一緒にいられなくて。
ごめんなさい。約束を守れなくて。
許してくれなくてもいい。
でも、まだ願うことができるのなら、
これからは貴方の好きなように生きてください。
どうか貴方の幸せのために生きてください。
私の大切なヒト。
私の愛しいお星様。
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最後のページには、墨が滲んでいる箇所がいくつか見られた。この跡は………涙。
白蓮は最後、この日記を書いていた時、確かに泣いていた。
私はしばらく動くことができなかった。頭には昔の幸せだった記憶が蘇ってくる。
初めて会った日のこと、彼女は笑顔で山にやって来た。
戦った日のこと、彼女は強かった。負けた私に優しく手を差し伸べてくれた。
想いを聞いた日のこと、彼女は素晴らしいヒトだと思った。
綺麗な星空を見た日のこと、実は彼女の笑顔に見惚れていた。彼女は、どの星々よりも美しかった。
思い出した、全部。白蓮は変わってなんていなかった。変わってしまったのは、私の方だった。
名前を呼ぶのを止めたのも、距離を置いていたのも私だった。神の代理として自分は特別だと、白蓮は自分がいないと
駄目だと思い込んでいた。約束のことなんてすっかり忘れていた。いつしか私は白蓮とすれ違ってしまっていた…
それでも、白蓮はいつでも私のことを心配してくれていた。そうだ、封印される夜にも声には出さなかったが、口だけを動かして
言っていたじゃないか。
ゴメンネ、ショウチャン。ヤクソク、マモレナクテ。
目が合ったときに、私を映していない冷徹な目だと感じたがそれは当然だ。神を気取っていた私が白蓮の目に映るはずがない。
白蓮が見ていたのは、私自身、私の心だった。
愚か者だ、本物の馬鹿だ。周りに持て囃されて、本当に大事なものを失くしてしまっていた。
ナズーリンが怒っていた理由が分かる。ここまで自分のことを想ってくれている人がいるのに、私はそれを忘れて勝手に幻滅し、
向かい合いもせず逃げてしまった。挙句には苦しみの全てを白蓮のせいにしようとした。怒って当然だ。
毘沙門天の部下である彼女ですら気づいたことに、私は気づけなかった。考えようともしなかった。ずっと一緒にいたのに。
あの日からずっと痛み続けたココロが暴れだす。後悔、怒り、悲しみ、さまざまな感情が一気に溢れ出す。
我慢なんてできなかった。私は感情に任せて泣いた。日記帳を抱きしめ、声を出し、一晩中泣き続けた。
数百年分の想いを込めて………
翌日、泣き腫らした目で私は縁側に座っていた。疲れていたが今はそんなこと気にしない。決めたのだ、私がどう生きるのか。
それを伝える相手を待っている。こんな私をずっと後ろから見ていてくれたあの子を。
カサッ
草の擦れる音がする。そこには私の待ち人、ナズーリンの姿があった。
「酷い顔だね。鏡で見てみたほうがいいよ」
そんなことを言ってクックッと笑っている。
「いつも部屋を覗いていた貴方に言われたくないです。毎日毎日飽きもせずにそこから私を見ていたでしょう」
「なっ!?なにを言っているんだい!私がそんなことをする訳がないだろう。草の陰に隠れて覗きだなんて…」
「あっ、本当に覗いていたんですね。毘沙門天の部下とあろう者が、えと、その…えっちです」
「にゃーーー!!!」
顔が赤くなってる。可愛いなと思い、今度はこっちが笑い返す。でも貴方ネズミでしょう…
「…私を嵌めたね、ご主人様」
「すいません。たまには私が上の立場だと判らせるのも乙だと思ったもので」
「酷い上司だ。部下いじめが趣味とは、問題ありと報告しておこう」
そう言いお互い笑い合う。誰かと笑うのも随分久しぶりなことだった。
「ナズーリン。ありがとうございます。貴方には感謝してもし足りない。貴方がいなかったら、私はもう駄目になっていた
ことでしょう」
彼女は私が一人になってからもよく会いに来てくれた。本人は仕事と監視だといい続けていたが。
「気にしてないよ、私は唯の監視役だ。君達のことには何も関係ない。ご主人様がいかにもアレだったから仕方なく
手を貸したまでさ」
ナズーリンが背中を向けた。顔が見えなくなる。
「いい顔になったね。覚悟を決めたんだろう?さっさと行くといい、ここでお別れだ。今までの義理で毘沙門天には
急病で弟子を止めることになったと報告しといてあげるよ」
後ろから見ると彼女は本当に小さい。鼠の妖怪だけあって小柄だった。でもその小さな身体で私のことをずっと支えてきて
くれたんだと思うと、そのありがたみを今更認める。
「まあ貴方の部下生活も悪くはなかった。正直に言うと少し楽しかったよ。失くし物癖は直して欲しいけど…
あの優しい、私にすら手を差し伸べてくれた、貴方の大切な人を泣かせることはもうしないでおくれよ」
やっぱりナズーリンも日記帳を読んだのか、確かにナズーリンのことも結構書かれていた。最後のページも見たのだろう。
その小さな背中が微かに震えている。
だから私は立ち上がり、彼女を背中から抱きしめる。
ナズーリンは泣いていた。
「何を言ってるのですか。私は毘沙門天の弟子を止めるつもりはありませんよ。それでは白蓮との約束が守れません」
「え?でも…助けに行くんじゃ」
「ええ、そうです。助け出して、今度こそ白蓮の願う、人間と妖怪の平等な世界をつくることを実現させるのです。そのためには
今弟子を止めてしまっては本末転倒です。それに」
「それに?」
「今回、行き先は魔界。私一人では力が足りないんです。だから誰かに手伝って貰わないといけません。探しものもありますし。
だから、ナズーリン。貴方の力を貸してくれませんか?貴方が必要なんです」
私の言葉でナズーリンが泣き止む。目元を拭い、笑みを浮かべる。
「仕方ないな。私がいないと駄目だね、ご主人様は。いいよ、毘沙門天の弟子の部下としてこの[探し物を探し当てる程度の能力]
存分に披露してあげよう 」
これで大丈夫、今度は仲間がいる。間違えそうになっても正してくれるヒトがいる。
待っていて下さい、白蓮。私が、私たちが迎えにいきます。
そこまで想っているなんて…あのヒトが羨ましいな。
ナズーリンがぼそりと呟いた。
「?、ごめんなさい。よく聞こえなませんでした」
「あ、ああ!なんでもないよ。それより私は何を探せばいいんだい?」
「まず、探して欲しいのは地底への入り口です。封印された妖怪達に会わなくてはいけません。必要なものもそこにあります。
多分、簡単にはいかないと思いますが、一度見捨てましたからね。ムラサあたりにはおもいっきり殴られるかも、でも彼女の力、
舟が必要になります。あと、白蓮の弟様の力、空を飛ぶ倉です。」
時間が掛かりそうだと思案していたら、ナズーリンが何かを思い出したように言う。
「ご主人様、いい話があるよ。最近、噂で聞いたんだが…………」
「空飛ぶ船の話しっているかい?」
☆ ☆ ☆
夢を見ていた――――あの日の、私が一番幸せだった夜の夢を…
私たちは、夜空を見上げていた。
『この綺麗な星空のように、私たちを照らし、導いてね。星ちゃん』
『はい、白蓮や皆が望む限り私はいつまでも輝き続けましょう』
『星ちゃん、貴方は私のお星様。いつでも貴方を見ているわ』
『それなら白蓮は私にとっての一番星です。なにがあろうと最初に見つけてあげますよ』
『本当!それならどこにいても安心ね。必ず私を見つけて迎えにきてね。約束よ』
『ええ、約束です。必ず守りますよ。…私の大切なお星様』
<後編・完>
もういちど、白蓮さんが復活できるようにがんばろうと・・・w
皆さん大切なものを抱えて本編に登場してますから、より一層引き立っていると思います。
~聞こえませんでした」かな?
うっかりでヘタレなだけじゃない星が見れて面白かったです。