※星蓮船ネタバレが多数あります。
※早苗BでEXクリアした場面の続きを想定して書きました。他の機体のことは忘れて下さい。
「はいチーズ♪」
天狗の前で引きつった笑顔を浮かべる私。
「はい、できましたよ」
「ありがとうございます!」
隣で小娘が満面の笑みを浮かべていた。
「ねえねえ、見て下さいよ」
そう言いながら私に写真を手渡してきた。写真。随分便利な道具だと思うけど、正体不明が売りの私には天敵かしら。
写真の右手で引きつった笑みを浮かべてる黒髪の美少女が、私こと封獣ぬえ、左手の緑髪の小娘が東風谷早苗とかいう巫女。
こんな小娘の言いなりになるなんて私も焼きが回ったわね。
「エイリアンとの記念写真ですよ!」
なんて話しかけてくる。私がエイリアンだってさ。ただの妖怪なのに。
「そ、そうね、私も地球の思い出が出来てよかったわ。それじゃこの辺で」
勘違いしてる間に姿をくらまさなきゃ。せっかく大復活できたのにまた封印されるなんてこりごりよ。いや、今度は封印どころか大往生するかもね、人間も随分力を付けたものだわ。
「あっ! 待って下さいよ! 用事でもあるんですか?」
無職だし……働かなくても食べていけるし……友達もいないし……用事なんてないけど……
「……」
言い訳考えなきゃ。
「みんなにエイリアンを自慢――じゃなかった。みんなにあなたを紹介したいんですよ」
「え、ええとね、そのね、ちょっと人見知りなの、私。だから一人でのんびり地球を見たいかなって」
「そうなんですか……そういえばどちらの星から来られたんですか」
来たのは地底からなんだけどね。とりあえず適当な星を指してみた。
「あっちよ」
「ええと、あれは……シリウスですね」
何それ? 星の名前?
「そうね」
わからない時は相づちを打っておこう。
「セチの成果ですね! いや、こんなのはアクティブセチでしたね。 あんな遠い星の方が日本語わかるなんて。シリウスまで情報が届いてるんですね」
セチ? そういえば決闘前にもセチがどうこうとか言ってたけど。とりあえずセチって何よ。
「セチ?」
「いや~私も外の世界にいるときは家のパソコンでセチに協力してたんですよ」
だからセチって何よ? あとパソコンって? 短い付き合いでも、早苗が人の話を聞けない子だってのは十二分にわかったわ……
「私の力が役に立った思うと感慨深いです――」
「ねえ」
「まさか本当にエイリアンが――」
「ねえ」
「やっぱり宇宙は夢が――
「ねえ!」
「はい?」
大声を出したらようやく気づいてくれた。
「セチって何?」
「あ! すいません、そうですね、地球とシリウスじゃ言い方もきっとあれこれ違いますよね。特に略語とか」
「そうなのよ」
よく考えたら質問するのはまずかったかな? 質問返されたらどうしよう。でも目の前で謎ばらまかれると気になるのが私の性分だからしょうがないわよね。
「ええと、セチって言うのは"Search for Extra-Terrestrial Intelligence"の略で地球外知的生命体探査のことです、で、受け身じゃなくてこっちから行こうってのはアクティブセチっていいまして、例えば1977年に打ち上げられたボイジャー探査機に乗せられた黄金の円盤がいい例です、それで、1977年ってのにも実は意味がありまして、なんだかっていうと1977年は――」
ああ、そうだよね、人の話聞かない奴に質問するとこんな独りよがりの会話が始まるんだっけ。なんて言ったかな、こういうの。
「そもそもアクティブセチが初めて行われたのは1972年のパイオニア10号に乗せられた――」
ええと、オタだ、そう、オタ。地底でも最近そんな言葉が流行ってた。とりあえず誰もそこまで聞いて無いことに気づいてくれないかな。このエイリアンオタ。
「ああ、そんなのじゃ無くてね」
「勿論宇宙船以外にも電波での探査も試みられてましてね」
「いや、だから」
「例えばM13星雲あてに送られたアレシボ・メッセージなんかは――」
話を聞かない上に、単語の意味がさっぱり掴めないんだけど。もう早苗は正体不明のデパートにこの私が直々に認定してあげる……
「ちょっと待って!」
「はい?」
「ええとね、とても興味深いお話だったんだけど、まだそんなのはシリウスには届いてなかったわね」
やっと発言できた。
「そうなんですか!? では自力で地球を発見したんですか?」
「そうね」
「流石はエイリアンですね、私たちに出来ないことを簡単にやってのける。憧れます」
人間の方がよっぽど信じがたいことやってるけどね、宇宙に行くって。
「じゃあ興味深いお話ありがとう、私はこれで」
ほとぼりが冷めるまで地底で温泉にでも入ってのんびりしてよう。
「待って下さい」
「まだ何かあるの?」
「そういえば今日泊まるとこはあるんですか?」
「え? ああ、適当に捜すつもりだけど」
「駄目ですよ、今まで人間に会ったことありますか?」
「ないわね、そういえば」
人から姿を隠してたし。
「大概の人間はいい人なんですけどね、ここには血も涙も無い、妖怪退治が生き甲斐みたいな巫女が住んでるんですよ」
昔に私を封印した人間でもそんな悪魔じゃなかったわよ……
「夜道を歩いてたらすぐに退治されますよ、エイリアンって言っても妖怪なんですから。何もしてなくてもあの巫女は退治します」
もう封印されたくないよ……
「あんな軟弱なUFOやのろまな弾幕じゃ勝負になりませんよ! スネークショーとか悪い冗談ですよ、一波目から少し横に動くだけで、見なくてもかわせる二波目とか幻想郷なめてるんですか? あんなの件の巫女なら目を閉じててもかわしますよ! あの巫女は化け物なんです!」
馬鹿にしないでよ……人前で戦うなんて滅多にないのに頑張ったんだから……ああ、やっぱり私って地底で引きこもってるのがお似合いなのかな、弓の一つに負けるような妖怪だし……
「私といれば大丈夫です! 惑星間交流のためです! 任せて下さい」
頼政の弓なんて私が真似したらカスりもしなかったしな、もっと最初から全力で……でもどうせ私じゃ……今の人間は斜め上から弾が飛んできても驚かないし……恐れないし……当たらないし……あれ? 目から汗が……
「どうしたんですか! ああ、地球人の熱い思いに心を動かされたんですね! なんだか私も感動で涙が出てきました! 地球‐シリウス間の友情が今生まれたんですね!」
あんだけ罵倒して友情っておめでたいわよね……人の羽も壊しておいて。
「地球ではこんな言葉があります! 『タイマンはったらマブタチ』という言葉が。もう私たちは親友ですよ、ね! ――ええと」
早苗が言葉を詰まらせた。
「ええと、何さんですかね。そういえばお名前聞いてませんでした。なんていうんですか?」
「ほうz――」
そんな中、涙目で名前を言おうとした瞬間――神の声が降りてきた。
「どうしました? 急に言葉が泊まったりして」
「それが、その、どうも急に記憶喪失になったみたいで」
「え!? もしかして弾幕に当たったせいで……」
記憶喪失の美少女、素晴らしい正体不明ね、古くからの定番。そんな正体不明をばらまいて一矢報いたわ! 地底に帰ったらこの正体不明の美少女ネタで小説でも書いて、覆面作家デビューしようかしら。
「そう……かしら、でも大丈夫、気にしないで」
さて、一矢報いて気も晴れたし今度こそ消えなきゃ。
「駄目です! それに手ぶらですよね?」
「え? 言われればそうね?」
気軽に行動するのが私の流儀だからね。
「そんなんじゃ駄目ですよ! 危険です! それにお金も着替えも無しで快適な生活は送れません! 私が責任持って衣食住を提供した上で記憶を取り返します!」
そういえば記憶喪失の美少女が消えたらお話にならないっけ。人を引きつけるのが正体不明なんだよね。おまけに早苗は引きつけられる癖に恐れやしない。
「じゃあ我が家に行きましょう! ぬえさん」
「ぬえ!?」
なんで私の名前がわかるの!?
「どうしました?」
「いや、ぬえって」
「ええと、鵺の妖怪なんですよね」
「そう……でしたっけ。たしかそうだった気がするけど……」
「ですのでぬえさんとお呼びしていいですか?
「ま、まあ好きに呼んでよ」
こんな単純な名前を付けた親を恨みたくなった。
「じゃあぬえさんで。ではぬえさん、行きましょう!」
「神奈子様、諏訪子様、只今戻りました」
「おかえり~また弾幕ごっこしてきたの?」
「はい、諏訪子様、あれ? 神奈子様は?」
「地下センターの工事で問題起きたから行ってくるってさ、あれ、そっちの人は? そういえば昔――」
半ば引きずられるようにして早苗の家へとやってきた。神社らしい。まあ早苗はこんな格好なんだから当然だろうけど。蛙みたいな形の帽子を被った子供が出迎えた。でも"様"付け?
「ええと、先ほどまで決闘してたんですけど、こちらはぬえさんっていうエイリアンの方です」
「エイリアン? 本当に?」
「ええ、シリウスから来たエイリアンです」
「見た目普通の妖怪だけどね」
「宇宙人って言ってもきっとそんなものですよ、生命が発生できる環境も限られてますから」
「そうなのかな? まあいいや、私は洩矢諏訪子。よろしくね、ぬえさん」
「は、はい、こちらこそ」
一人に姿を見られただけでも疲れるのに、また見られた。
「諏訪子様はこう見えてもかつては一国を統べたほどの神でしてね」
こんな子供が女王の国? そっちのマニアなら喜びそうだけど。
「先ほどの決闘でも諏訪子さまの霊力を借りて戦ったわけでして、相当力があって偉い神様なんですよ。御利益も多分凄いです、記憶くらいすぐ戻りますって」
「記憶戻す御利益なんて有ったかな……」
ええと、私の可愛いUFO、というか正体不明の種たちをことごとく粉砕したのはこの諏訪子とやらのおかげってわけね……ちくしょう。
「後で神奈子様が帰ってきたら紹介しますよ、諏訪子様と神奈子様で洩矢の二柱です、二人に会えば御利益も二倍ですよ」
「早苗も一応神だからきっと御利益三倍だよ」
御利益じゃなくて、悪夢三倍ならわかるけど、とりあえず諏訪子とは相性最悪かな……耐久力が売りのUFOだったのにあの蛙弾の残りカスが……
「ぬえさんは食事はもうお済みでしたか?」
「ええ」
「ではお風呂はどうでしょう」
お食事ですか? それともお風呂にしますか、なんて新婚妻みたいな質問をしてきた。食事はあんまり意味がないけど、風呂は入りたいな。ボロボロだし。しかし、最近の人間は家に風呂があるなんて贅沢になったわね。
「ああ、さっき私が入ったから沸いてるよ」
と諏訪子が言ったので、その言葉に甘えることとする。
「お風呂借りてもいい?」
「ええ、でも、服もボロボロにしてしまったんですよね」
「そうだけど……お互い様だからねえ」
私はボロボロなのに、早苗は無傷ってのはしゃくだけど、決闘のことだからしょうがないか。
「羽が無ければ私の服が――あ! 大丈夫です、ちょっと待ってて下さい」
そう言うと早苗は小走りで何処かへ向かい、戻ってきた。
「ああん」
すると早苗が急に背中に手を当てた。思わず変な声が出た……
「え? 何?」
今度は腰回りにも。やだ、もしかして早苗ってあっちの趣味が……
「よし、大丈夫です」
何が大丈夫なのかな? 私の純潔は大丈夫かな? そう思ったけど、とりあえず風呂へと向かう。
「あいたたた」
風呂はしっかり沸いてたけど、おかげで傷に染みる、羽も折れてる。すぐ生えてくるかな……羽が欠けるとどうもバランスが悪くて駄目だ。それでも汗を流してすっきりした。服を着ようと思ったら私のものでは無い服が用意されていた。何これ?
後ろを見ると羽を出すらしき穴が見えた。着てみると、しっかりと私に合っている。風呂を出ると、廊下に早苗の姿が見えた。
「あ、お湯加減どうでした?」
「ちょうどよかったわよ」
「ええと、この服は着て良かったのかしら」
「ええ、さっき寸法取って穴を作ったんですけど、穴は大丈夫ですか? しっかり羽通せました?」
「大丈夫よ」
ああ、だからさっき私の背なんかに触れたのか、寸法をとってたのね。早苗が普通の趣味で良かったわ。思った以上の柔軟性を持つハイスペックな私の羽のおかげもあるけど、簡単に羽は通せたし。
「穴がまだ目立つかもしれませんけど……とりあえず我慢していただけますか? 明日ちゃんと用意しますから」
あの汗と弾でボロボロになった服よりはいいわね。でもこれ誰の服? もしかして――
「これ早苗の服なの?」
「ええ」
流石に気を使わせすぎたかな? これじゃもう人間には着られないし。
「悪いわね、わざわざ」
「大丈夫ですよ、子供の時の服ですから、ぬえさんは小柄ですから、こっちの方がサイズが合うかなって」
言われれば子供っぽい刺繍がデザインされている。気持ちはありがたいけど、平安の世を恐怖で包み込んだ私が、今や人間の子供服を着ると。年は取りたくないわね。もう一線は退くべきかしら。
「まあ立ち話もなんですから客間にどうぞ、ちょっと私もお湯を使ってきます」
そう早苗が言うと、私は早苗に示された客間へと向かう。諏訪子も控えていた。広くて綺麗な部屋だった。調度品も品がいい。いい生活してるなあ。
「お疲れ様」
「?」
「早苗の相手。大変だったでしょ? 人の話聞かない子だし。注意はしてるんだけどね」
「いえいえ」
「いや、疲れが顔に出てるよ」
確かに、本当に疲れたけれど
「ちょっと決闘したのでそのせいですよ」
と気を使っておく。これが長年生きてきた知恵だ。
「どうせ早苗から申し込んだんでしょ」
「そうですけど」
「まあ早苗も悪い子じゃないから。人の話聞かないし、思い込んだら止まらないけど」
「そう、ですかね。少なくとも素直でいい人だとは思います」
諏訪子はあれこれと、そんな性格らしい早苗のことを話した。流石に身内はよくわかっているわね。いい人ってのは別に間違ってないのかしら。そりゃ記憶喪失の妖怪に親身になってくれるんだし。私には見事なありがた迷惑だけどね。
「いいお湯でした」
そんなことを話していると、早苗が戻ってきた。
「諏訪子様とぬえさん、二人でどんな話をしてたんですか?」
「お子様はお断りの話よ」
と冗談めかして諏訪子が話す。
「私だっていつまでも子供じゃないんですよ、これでも風祝として日々――」
「こうむきになるのが子供なんだよね~」
と諏訪子がからかう。私もつられて笑った。
「もう、二人して!」
「少しは落ち着いてよ。お茶でも入れてきてくれない?」
と諏訪子が言うと、一瞬何か言いたげだったが素直に向かう。早苗は素直な良い子だよ。うん。それは確かだわ。
「はい、どうぞ、お待たせしました」
お茶を持ち早苗が戻ってきた。色と匂いだけで上等なお茶だとわかる。
「ありがとう、いいお茶みたいだけど、気を使わせて悪いわ」
だからそう言ったのだが、何故か早苗はきょとんとした顔だった。
「え? いつもと同じものなんですけど。普通のお茶じゃないですかね? 寄進されたのが沢山ありましたので」
いや、どう考えてもこんなものは毎日飲むものじゃないって。絶対に桐箱に入って売られてるよ、これ。
「実際いいものなんだろうけど。神社はボロ儲けだからね、元手がほとんどかからないのに賽銭や寄進物がどんどん入ってくるからさ」
諏訪子があっけらかんとそう言った。いいなあ、神社。いいなあ、神様。私もいっそエイリアンを信仰する宗教でも作ろうかな。
そのままぼんやりとお茶を飲んでいた。だいぶ遅い時間になったせいか眠くなってきた。他人とお茶を飲んで、おまけに他人の前で眠くなったことなんて今まであったかしら?
「ふわあああ」
思わずあくびが出る。ちょっと気を抜きすぎたわね。正体がいつばれるかもわからない身なのに。
「もう遅いですしね、ぬえさんも眠いですか?」
「そうねえ」
時計を見ると十一時を過ぎていた。本当ならこれからが妖怪の時間だけれど、明日は朝早く起きないと。そう思ったし、相当疲れていたので、素直に今日は寝ることにした。
「では部屋を作ってくるんで待ってて下さいね」
早苗が出て行った。
「良い子ですね」
と諏訪子に話す。それは素直に思った。鵺は正体を知られてはいけない存在。それでもエイリアンなどと嘘を付いてるのが心苦しく思えるほどに。
「そうねえ、でもエイリアンと合って相当はしゃいでるのもあるかもね、早苗ってそんなの大好きだもん」
「諏訪子さんはそうでもないんですか?」
「う~ん、どうだろう? 天降った人なんかは何人か知ってるしねえ」
そこで少し含みを持たせたように諏訪子は話した。天降った人? どんな意図で話したのかは少し気になったけど、それを考える間に早苗が戻ってきた。
「ぬえさん、準備できましたよ」
「ああ、ありがとう早苗、じゃあお先に失礼します」
「ええ、お休みなさい、ぬえさん」
早苗がそう言って、諏訪子も続けた。
「おやすみ、ぬえさん、そうそう、きっとあなたはいい人だよ、早苗以上にね」
と、こんなただの鵺を随分と買い被ってくれるわね。おやすみ。二人、そしてさよなら。
「ふわああああ」
軽く横になるつもりが、ふかふかの布団だったのでつい寝入ってしまった。時計を見ると朝の五時だった。まだ二人は寝ているかな?
耳を立ててみたけど、物音はしない。こっそりと神社を抜け出し、そのまま空へと飛び上がる。
「おっとっと」
羽が足りないせいか体勢を崩しそうになったけど、どうにか立て直した。眼下には洩矢神社が見えた。
「じゃあね、早苗、諏訪子」
空で一人呟いて神社を後にした。名残惜しい気分がわき上がってきたけど……
「初めてだったのかな?」
ずっと人目から隠れてきた私があんな風に人と接したことは。
「いいわねえ、エイリアンって、次生まれてきたらエイリアンになりたいわ」
何も告げずに別れるのは悪い気がしたけど、こうやって正体不明のまま別れるのが鵺だからしょうがない。
「ずっと一緒に居たって」
忌み嫌われる妖怪になるだけだから。正体不明をばらまいて、恐怖を糧にするだけのしがない妖怪、それが私。
そんなことを考えてる間に間欠泉に着いた。
「これで地上ともお別れね」
そう考えながら間欠泉に飛び込み地底に帰ろうとした瞬間……
"只今工事中で通行止めです。ご迷惑をおかけします"
「ええええええ!」
そんな張り紙と柵が見えた。近くを作業員らしき河童が歩いていたので問いかけてみる。
「え、えと、その、すいません、地底に急用が有るんですけど……」
いつの間にこんな工事を……連絡くらいしてよ。いや、私への連絡手段なんて無いけどさ。
「すいません……ちょっと事故で通行止めなんですよ……いや、核融合も地下センターも安全ですからね、そこはお間違えないよう」
「安全なら通して下さいよ!」
「ええと、その、素人には危険なんです。地下センターが完成したら誰に対しても安全ですから、はい。安心して下さい」
危険でも不安でもなんでもいいけど、私には今が一番危険で不安なのよ! そう叫びたかったけれど
「そこをなんとか」
と穏便に言ってみる
「いや、あの馬鹿鴉のせいで危険が危ない状態で……ああ、嘘です、冗談です、安全ですけど難しい工事で通行止めにしないといけないんですよ。大丈夫です。河童の技術力なら一月もかかりませんから! 少しだけお待ち下さい」
あと一月も地上にいろって!? そんな事を考えていると、責任者らしい青い髪の女が姿を現した。
「どう、作業は?」
「ええと……作業は順調ですけど……そもそもあの鳥頭をなんとかしてもらわないと」
「そうは言っても、空がいないと始まらないからねえ」
「それはそうですけど、なんで自分から無意味に放射能ばらまいてるんですか、あの馬鹿は」
「核融合自体は安全のはずなんだけどね……」
「空が危険なんですよ、核反応制御不能じゃないですよ、あの馬鹿……」
どうにも物騒な会話をしていた。
「とにかく、せめて地下でスペルカードを使わないようにしてもらわないと」
「そうするけど……でも注意しても三歩で忘れるからねえ。空は」
「我々も頑張って除去してますけどね、一月はかかりますよ、これじゃ」
「なんとかしないといけないんでしょうけど……」
「河童が居なければ回復まで何万年もかかる大惨事ですよ、これって」
そんなことより地上に一月居ることが私には大惨事だよ!
「漫画じゃないんですから、放射能汚染をすぐ除去なんて出来ませんよ、その分工期も伸びますし……」
「なんとか対策を考えるわ。餌をこまめにあげたり」
「ああ、それがベストかもしれませんね、腹が減って虫を捕まえるだけだってのに、メルトダウンを起こすとか普通にやりますから、あいつは」
「まあ空は悪い子じゃないのよ、素直だし、やる気もあるわ、ただ頭が鳥頭なだけなの」
物騒な会話を聞いていると割り込むのが恐ろしくなってきたけど、私も大ピンチなので口を挟む。
「あの、すいません」
「はい?」
青い髪の女が答えた。
「通れませんかね? なんとか」
「ええと、そのメルト――いや、たいした問題じゃないんですけどね、ちょっと今難しい工事をしてまして、お待ちいただかないと……」
「そうです、たいしたことではないんですよ、では私は作業に戻りますのでこれで」
「ええ、お疲れ様」
どうしたものかと考えていると、聞き慣れた声が後ろから聞こえてきた。
「おはようございます、神奈子様、どうですか、工事は?」
「ちょっと問題があってね、しばらく忙しくなりそうだわ」
ああ、彼女が昨日名前だけ聞いた神奈子か。諏訪子よりだいぶ威厳はありそうだけど。
「そうですか、あれ? ぬえさんじゃないですか?」
「ああ、おはよう、早苗」
「どうしてこんなとこに?」
「ちょっと朝の散歩にね」
と誤魔化す。
「あれ? 地底に用があるとか?」
「あ、ああ、地底まで散歩をしようかと思ってましたので」
「案外遠いですよ」
誤魔化し切れたかしら?
「妖怪と言えば朝は寝てるのが相場ですけど、やっぱりエイリアンは違いますね」
早苗は大丈夫みたい。だけど早々に再会してしまった、さっき抱いたしんみりとした気持ちを返して欲しい。そう考えていると神奈子が話した。
「あら、二人は知り合い?」
「ええ、昨日から家に泊まってるお客様なんです」
「そう、どうせ部屋は余ってるしね」
「そうですね、それにこの方はエイリアンなんですよ!」
早苗がそう言った瞬間、神奈子が目の色を変えて近づいてきた、ってか近すぎるよ、そしてそんな真剣に見ないで!
「エイリアンですか! ええと、それでご出身は?」
「え、えと、その、一応シリウスです」
「シリウスですか、イスカンダルの方にお知り合いはいませんかね?」
イスカンダル?
「どうしたんです? 神奈子様、エイリアンに興味なんてありましたっけ、確かにロマンで一杯ですけど」
「ええと、昔古い本で見たんだけど。なんでもイスカンダルにはコスモクリーナーDとか言う秘宝があるらしいのよ」
漫画の読み過ぎじゃないかしら?
「あ! 私もテレビでその話を見たことあります! 放射能を簡単に除去できるとか、そうだ! 地球から空飛ぶ船――そうそう、宇宙戦艦でイスカンダルへ取りに行くんですよね、あの話に伝えられることによると」
「そうなのよ、作り話と思ってたけど。この間の星蓮船……目の前にはエイリアン、これは天の啓示かもしれないわ!」
「私もただのアニメと思ってましたが、なるほど。幻想郷ならあってもおかしくないですね」
ええと、なんだろう、あなたたち神なのよね? むしろそれを送る側じゃないの?
「で、ぬえさん、コスモクリーナーDについて何か知りませんか?」
「それが、その、心苦しいのですが――」
「あ、神奈子様、実は今ぬえさんは記憶喪失でして……」
「え? 記憶喪失ですか……それは大変ですね……無理なことを持ちかけてすいません」
「いえ、気にしないで下さい。もし記憶が戻った暁にはお力になれれば」
「ええ、是非、何か困ったことがあれば早苗に言って下さい。早苗にはなんでもやらせますから。もちろん私にも手伝えることがあればなんなりと」
「痛み入ります」
あと一月記憶喪失の振りをするのが確定した訳ね……
「ねえ早苗」
「なんでしょう? 神奈子様」
「シリウスって地球とどのくらい離れてるんだっけ?」
「8.6光年です」
「そこから来たんですよね、ぬえさん」
「はあ……」
8.6光年ってどのくらい遠いんだろう?
「そうすると、やはり科学技術も相当でしょうね」
「多分……そうでしょうけど……記憶がないのであまり……」
「もう、神奈子様、記憶喪失だって言いましたよね?」
「そうね、ごめんなさい」
「本当ですよ、全く、あ! そうだ。そういえば神奈子様も天津神なわけですから、昔は天上、つまり宇宙に住んでたんですよね? 高天原に」
「ああ、あれはぶっちゃけ誇大広告よ、ちょっと高い場所にあっただけ」
「え?」
私もそれを信じてたのに。
「いや、天から降ってきた神ってなんか格好いいじゃない、営業効果抜群よ」
「確かに、エイリアンと同じロマンがありますね」
「本当は地上の某所にあったのよ、もう今では無くなっちゃたけど」
「どうしてですか?」
「外の世界の人間は誰も信じないでしょ? 地上に神の住む場所があるなんて」
「夢がないですね、だからエイリアンだって幻想郷に来たんです」
私が夢を食べる妖怪ならお腹いっぱいでしょうね。こうも正体不明の夢をばらまいてるなんて。
「それにしても本物の宇宙から来た人間に会えるなんて光栄です。月人は会ったことありますけど、シリウスは桁違いですからね、月なんて人間でも行けるんですから」
「いや、月に行くのも十分凄いと思いますよ」
「またまたご謙遜を、記憶が戻った際にはぜひ幻想郷の発展に貢献して下さい」
「はあ……出来るだけは」
そう言うと神奈子は握手を求めてきた。いや、神から握手を求められるなんて私も偉くなったものね。帝を脅かしただけで昔は退治されたってのに。
「そうだ、ぬえさん、服を調達しないと」
神奈子と握手をしていると、早苗がそう話しかけてきた。
「あれ? そうだ、ぬえさんは早苗の服を着てますね」
「ええ、早苗さんのご厚意で」
「羽の穴も上手く開いてますね、早苗は裁縫も上手いんですよ」
「そのようですね」
そんな褒め言葉を聞いた早苗は、むずがゆく感じたような表情を浮かべた。
「いや、それほどでもないですよ、じゃあ朝ご飯を食べたら行きましょう、ぬえさん」
「ええ、ご馳走になってもいい?」
「はい、エイリアンの方のお口に合うかは不安ですが、神奈子様はどうしましょう?」
「私は忙しいからこっちで食べるわ」
「そうですか、ではまたあとで」
「ええ、では。早苗、ぬえさん」
早苗の食事は美味しかった。別にお腹にはたまらないのが妖怪の悲しい性だけど。食事を終えたので私たちは出かけた。もうこうなったなら、腹をくくって記憶喪失のエイリアンの振りをするしかないのかしら。それはそれで正体不明の極地で面白いわね。と思うことにしながら。
「ねえ早苗、どこに飛んでるの?」
「紅魔館です」
「紅魔館?」
「ああ、知りませんよね。端的にいうと悪魔の館です」
随分と恐ろしそうな場所だけど……
「なんか怖いわね」
「大丈夫ですよ、もう一個の神社よりは遙かに」
「そんなに恐ろしいの?」
「はい、巫女が妖怪退治のプロですからね」
私も人間基準だと随分悪行三昧をしてきたし、近づかないのが賢明なのかしら。
「でもなんでそんなとこに服があるの?」
「行ってのお楽しみです、私に任せて下さいよ」
そう早苗が言うので大人しく後を追う。しばらく飛ぶと、その名の通りに真っ赤な館に着いた。
「随分威圧感がある家ね」
「案外気のいい人が住んでますよ、わがままで子供ですけど」
「気のいい悪魔ねえ」
そんな事を話しながら入り口へ向かう。随分と大きな家だ。どれだけの悪事を働けばこんな家が建つのかしらね。絶対私より悪人のはずよ。私なんて正体不明のばらまくだけのお茶目な妖怪にすぎないんだし。
「こんにちは」
「ぐう……ぐう」
「こんにちは!」
「ええい……紅魔館は私が守るぞ! むにゃ…むにゃ……この悪の手先ども!」
門番が寝言を言いながら寝ていた。一向に起きない、これでも悪魔の館の門番なのかしら?
「美鈴さん!」
「あああ! お嬢様! よくもお嬢様を!」
「起きないわね」
「そうですねえ」
「勝手に入っちゃう?」
「一応礼儀は守りましょうか?」
私も手伝って起こすが、やっぱり起きない。
「起きて下さい!」
「これで終わりだ! みんなの仇! 私の体をみんなに貸すわ! 食らえ! 彩光蓮華掌!」
そう美鈴が叫んだ瞬間、私に向けて見事なパンチが飛んできた。
「ウボァー!」
いいパンチね……寝てるのに。思わず断末魔の声が出たわ……
「ああ! 大丈夫ですか、ぬえさん!」
「え、ええ、うん、なんとか……」
眠っている相手より弱いのかな、私って。
「ぐう…ぐう…勝ったよ、みんな……」
「どれだけの死闘を演じてるんでしょうね、でも勝ったみたいだから起きるかな」
早苗があきれ顔で美鈴を見ていた。
「大きな星が付いたり消えたりしている……彗星かな?」
「まだ起きない! 起きて下さいよ! 美鈴さん!」
「熱っくるしいな……ここ……出られないのかな? 出して下さいよ! ねえ!」
夢の中で一体何に閉じ込められてるんだろう……夢に閉じ込められてどうするんだかね。
「手荒な手段は好きじゃないんですけど……」
というと早苗がスペルカードを掲げた。
「大奇跡「八坂の神風」!」
凄まじい弾幕が現れる。もう早苗を敵に回すのはやめておいたほうがいいわね。流石に美鈴も目が覚めたようだけど。
「は!? 奇襲? 早苗!?」
「おはようございます」
「おはよう――じゃなくて、そうか、早苗! 表の顔は無難な巫女! しかしその正体は紅魔館を狙う現人神!」
「何を言ってるんですか?」
「そうか! 幻想郷に移ってきたのにはわけがあると思ったが……こういう裏があったのね! でもこの紅美鈴有る限り紅魔館には足一歩踏み入れさせないわ!」
寝言とあまり変わらないことを叫ぶ美鈴。早苗以上に面倒な相手みたいだけど。
「まだ夢を見てるんですか? 夢と同じテンションですけど」
「夢の中まで把握しているとは!? 東風谷早苗、流石ね!」
「いや、あれだけ大声で寝言言ってれば誰でも……」
「……みんなには内緒ね? 乙女が寝言とかまずいわ……」
「ええ、口は堅いので安心して下さい。それと、別に侵略に来た訳じゃありません」
似たもの同士なのかもね。
「じゃあ何をしに来たの? お客は年中無休でお断りよ?」
「実はこの方は――」
「あれ、他にもいたの? 初めまして、紅美鈴です」
礼儀は正しい様子だった。
「ええと、この方はぬえさんと言いましてね、記憶喪失のエイリアンなんです」
「エイリアン!?」
「そうなんですよ、だから頼るものもなく、一人幻想郷に投げ出されたわけです」
「可哀想に……」
美鈴は目に涙を浮かべた。
「もちろん一文無しですし」
お金無くても生きていけるしね。
「紅魔館の助けがないともう……」
「いいわ! 通りなさい! この紅美鈴が許すわ! 幻想郷の仲間のためだもの」
「ありがとうございます」
単純な頭の相手で助かったわ。
「こんにちは!」
そう早苗が叫ぶと、いつの間にか目の前にメイドが立っていた。見落とし? 疲れてるのかな、慣れない環境だしね。
「何の用?」
メイドが無愛想に答える。
「レミリアさんに用事が」
「まだ寝てるわよ」
「起こして下さい! 大事な用事が有るんです!」
「責任はあなたがとってよね……」
そう言うとまたメイドが消えた。目が疲れてるみたい、やっぱり恐怖をばらまけないと駄目かな。
「何? 早苗と……そっちは誰?」
先ほどのメイドに付き添われて、絵に描いたように不機嫌な様子の子供が出てきた。
「おはようございます、こちらは――」
「おはようじゃないわよ、まだ昼前じゃない、この私をこんな時間にたたき起こすなんていい度胸ね!」
「実はお願いがありまして――」
「お願い? あんたらの血を全部くれたら考えるわ、考えるだけで断るけど。じゃあね。ああもう! 咲夜、こんなの通さないでよ!」
「すいません、お嬢様、大事な話とのことでしたので」
「私の睡眠より大事な話なんて存在しないわよ! 世界が核の炎に包まれて全世界ナイトメアでも私の睡眠は邪魔しないでよね! ああ! 美鈴は何やってるのかしら! こんなの通して! 今日のあいつの食事は抜きよ!」
メイドは咲夜というらしいけど、それより怖いよ、この人……よっぽどの悪事の結果この家作ったんだって思わせるこの威圧感が……
「話くらい聞いて下さいよ」
「嫌よ、忙しいの、寝るのが。それじゃおやすみ」
「そうですか……手土産もあったんですけど、忙しいのでしたらしょうがないですね、残念です」
「手土産って何よ?」
それを聞いた早苗は「月刊ムー」と書かれた一冊の本を取り出した。 表紙には「総力特集! エイリアンの全て!」などと書かれている。
「この号、図書館にも無かったんですよね」
「え? ああ、そ、そうね。別にいらないけど」
レミリアが急にそわそわしだした。
「いや、外の世界から持ってきてた荷物の中に有ったんですけどね、これをレミリアさんが捜してるって小耳に挟みまして」
「え? いや、そそそそそんなことないわよ、パチェに捜してって言い続けたりなんてしてないから」
「もしかして、レミリアさんもエイリアン好きなんじゃないかなって思って持ってきたんですけど」
「まさか! そんなわけないじゃない。エイリアンを呼ぶためのミステリーサークル作りなんてしたことないし、そんな本を集めたこともないし」
「そうですか」
「それに、パチェにミステリーサークルが村おこしのパフォーマンス。なんて言われて本気で切れたりとかしたこともないから」
さっきから露骨に明後日の方向を向いてしゃべってるよ、この人、早苗以上にあれだわ……
「でも忙しいんじゃしょうがないですね、実はこの方は――」
「ああ、そういえばその人誰?」
「ぬえさんっていうシリウスから来たエイリアンなんですけど、忙しいんじゃしょうがないです、おやすみなさい」
「エイリアン!!!!!!!!!!!!!」
「お嬢様、少し声を控えめに……」
「咲夜は黙ってて!」
耳鳴りが……どれだけの大声なのかしら。
「ハ、ハ、ハウ、ドゥ……ええと、ユー、ドゥ? マイネームイズ――」
「大丈夫ですよ、最近のエイリアンはバイリンガルなんです。日本語も通じますから、ってかそんな名前の割に英語苦手なんですか?」
「え? 何言ってるの、ペラペラよ。ね、咲夜?」
「お嬢様が英語を話されるのを拝見したことが無いんですが……」
「普段話さないしね、幻想郷じゃ」
「外の世界でも話していなかったような?」
「ああもう! そこは話合わせなさいよ!
どっちにしても英語なんて私はわからないから日本語じゃないと。
「そんなことより、ぬえさんに困りごとがあるので、頼みたいことがあるんですよ」
「そそそそそ、そうね、えとえとえと、ちょっとくらい話聞いてあげてもいいかしら、人の上に立つ物にはそんな度量も必要だからね」
「ありがとうございます」
「じゃあ玄関での立ち話もなんだから、座って話しましょう」
そうレミリアが言うと、咲夜は私たちをとある部屋へと案内した。
テーブルや椅子には豪華な装飾が施され、天井にはシャンデリアが吊されていた。こんな部屋にかかったはずのお金はどこから出てきたんだろう? それを考えながら少しぼんやりしていると、早苗が話し始めた。
「実はこの方は記憶喪失なんですよ」
「ああ……いいわね、そのミステリーな存在」
「それで色々困ったことがあるんです」
「でしょうね」
「例えば服が売ってなかったり、着替えもどこにあるかわかりませんからね、手ぶらで記憶喪失になって」
「羽生えてると確かに面倒よね、ぬえさん」
ようやく発言できそうかしら? ずっと早苗オンステージだったけど。
「そうですね」
「でもエイリアンだとやっぱりスプレーするだけで服になったりするのかしら?」
「あいにく記憶が……」
「いいわよ、その謎がまた想像力を刺激してたまらないの」
やっぱりここって、正体不明に誰も恐怖を感じないのね。
「ですので、レミリアさんに作ってもらいたくて」
と早苗が話す。なるほど、そのために来たのね。
「そりゃ私も特注じゃないと駄目だし、咲夜なら作り慣れてるから簡単に作ってくれるでしょうけど」
「ではお願いしても?」
「ふん、人間風情が悪魔に頼み事とはいい度胸ね」
「先ほどのムーでもまだ不足ですか?」
「当然じゃない? 悪魔は強欲だから悪魔なの」
「では……」
「これが飲めるって言うなら聞いてあげるわ」
そう話すとレミリアは言葉を溜める。重々しくて、カリスマが感じられるような気がしなくもなかった。思わず私たちは固唾を飲む。
「そうね……」
とレミリアは、笑みを浮かべながらもったいぶる。
「サインをくれる? あ、名前入りよもちろん」
「はあ」
その言葉に気圧された私はそんな気のない返事をすることしかできなかった。
「ええとレミリ――じゃなかった、フランドール・スカーレットって入れてね」
「あれ? あなたはレミリアって名前だったような」
「ああ、妹のために欲しいの。いや、別にね、私はエイリアンなんて全く興味無いし、サインなんて入らないけど、妹が大好きなのよ」
「フラン様からそんな話を聞いた記憶はないのですが……」
「咲夜は黙っててよ! 姉妹しか知らない秘密もあるの!」
「そうですか……」
このわかりやすい問答はいいとして、サインってどう書くんだろう?
「まあね、どうしても書きたいって言うなら私のも書いていいわ。受け取ってあげるから。ええと、綴りはRemilia Scarletね。間違えないでよ」
「はい……」
力なく返事をしながら二枚のサインを書いた。
キュッキュッ、とペンを滑らせサインを書く。それっぽく書けた、いい出来ね。うん。
「お疲れ。ふうん、これがエイリアンのサインね。まあ受け取って欲しいなら受け取ってあげるわ」
といいながら、おもちゃをもらった子供のような笑みを浮かべていた。罪悪感を感じるほどの笑顔だった……
「咲夜!」
サインを受け取るとレミリアは咲夜を呼んだ。
「はい。お嬢様」
「それじゃぬえさんの服をよろしくね」
「わかりました」
「それと、このサインを額に入れておいてくれる?」
「……はい」
そして咲夜は私の寸法をとり、好みのデザインを聞くとまた消えた。
「まただわ」
どうして咲夜は消えたように見えるんだろう?
「どうしたの、ぬえさん」
とレミリアが話しかけてきた。そう思う間に、また咲夜が目の前に立っていた。
「はい、ぬえ様、お洋服の方ができました」
なんでこんな一瞬で作れるんだろう? そう思っていると
「最初と同じデザインですね」
と早苗が話しかけてくる、確かにお気に入りのデザインなんだけど……もっと注目するところがあるわよね?
「いや、それより早すぎじゃない?」
疑問を覚えた私がそう話すと、レミリアが答えた。
「ああ、咲夜は時間を操れるのよ、へえ、エイリアンでもこれには驚くのね」
なるほど、だから現れたり消えたり。色んな妖怪や人間が能力を使うのを見てきたけど、流石にこれは凄いかしら。一番のものかも。
「じゃあお茶でも飲みましょう、無理にとは言わないけどね。客なら一応もてなしてあげないと」
とまたわかりやすい態度でレミリアは話した。
お茶を飲み、ついでに軽食もいただく。私の正体に気づいてくれない人間に会い続けたせい? 恐怖を感じる者はいなかったけど、お腹が随分膨れた気がした。
「ねえ、ぬえさん、これ見てくれる?」
安いガラス玉にしか見えない珠をレミリアが手渡してきた。
「あのね、とある兎から買ったんだけど、これは月の秘宝らしいのよね」
「そうですか」
「タキオンとかいう凄いパワーを閉じ込めた石らしいの、ありとあらゆる御利益があるらしいわ」
「いやあ、シリウスでも無いと思いますよ、それだけのものは」
ええと、どう考えても詐欺ですよね、それ。
「お嬢様……また無駄遣いをなされたんですか……」
「今回こそ本物よ! エイリアンに会えたんだし。別にそこまで会いたかったわけでもないけど!」
そんな様子で話し続けるレミリア、確かに気のいい人みたい、子供だけど。そんな感じでお茶を飲んでいると。
「じゃあそろそろ行きましょうか? ぬえさん」
と早苗が話した、何やら他に目的地があるらしいとの事なので、私たちは紅魔館からおいとますることとした。
「え? まだフランやパチェにも会ってもらってないのに? 起こしてきてよ?」
そうレミリアが言うと、咲夜が消えて、少ししてまた現れた。
「お嬢様、お二人とも全く起きる気配がありません。早くまで朝ふかししてましたので……」
「まったく、ご主人様を差し置いてぐうぐう寝るなんていい度胸ね!」
あの寝起きだったレミリアは自分を棚において怒り出す。起こされたら起きただけましなのかしら?
「また来ますよ」
と早苗が言うと、レミリアはまた笑顔を浮かべた。
「まだぬえさんはいるんでしょ?」
「はい、記憶も戻ってませんし、しばらくは洩矢神社の方でお世話になるつもりです」
と答える。実際あと一月は帰れないのよね……
「ま、また来たいなら来てもいいわよ。無理に来なくてもいいけど」
レミリアは明後日の方向を向きながらそう話していた。わかりやすいわね。まったく。
時計を見たら午後三時過ぎだった。随分長居してしまった。でもエイリアンってどこに言っても歓待されていいわね、本当に、また思うわ。生まれ変わったらエイリアンに生まれたいって。
「で、次はどこに向かうの? 早苗」
「永遠亭に向かおうかと、月から来た人が住んでいるんですよ」
……いや、それはまずいわよね、本物じゃない。
「じゃあその人達もエイリアンなの?」
「まあエイリアンといえばそうですけど、もう地球住まいが長いですし、月は近いですからね、あんまりロマンはないですね、ただの幻想郷住人って感じですか、もう」
「そう……」
「でも宇宙人同士、何か記憶を取り返すヒントがあればと思いまして」
なんて言い訳したものかしら?
「あ!」
「どうしました」
「急に記憶が少し戻ったわ!」
「本当ですか!?」
本当どころか、これからまた嘘付くんだけどね……
「ええとね、月の人間と会うと良くないことが起きるって聞かされた覚えがあるわ」
「確かに永遠亭にはガトリング砲みたいな物騒なものもありましたし……何か戦争の歴史でもあるのかもしれませんね」
「覚えてないけど、何か悲惨な歴史が有った気がするわ」
ごめんなさい、月の人。思いっきり何かを捏造中です……
「そうですか……でも過去を水に流すいい機会かもしれませんよ?」
「そうかも知れないけど、記憶無い状態で会って、何か波が立ってもね」
「いざ戦争となったら助太刀しますよ、永遠亭ならもしかしてもしかしたら巨大ロボットの一つや二つ……」
「巨大ロボット?」
「ええと、全長数十メートルはある巨大人型兵器ですよ」
「それには勝てないでしょ……」
「気合があればなんとかなります! 昔見たアニメの人物は素手でロボットを倒してました」
「現実じゃ無理でしょ……」
「不可能が可能になるのが幻想郷です!」
また早苗が自分の世界に入り込んだのね……
「ああ……月との戦争……そして私は髭の付いたロボットを発掘して……最後はパイロット同士の肉弾戦……ロマンだなあ……」
「ま、まあ落ち着いてよ、なるべく平和的に行きましょ?」
「それもそうですかねえ、備えあれば憂い無しではありますけど」
そんな馬鹿でかいものへの備えって何よ? でも、とりあえずこれでしのげたかな? ついでに嘘をもう一つ。
「あんまり私がエイリアンだって言わない方がいいって教わった覚えがあるわ」
余計な注目が集まっても困るし……早苗みたいに勝手に誤解してくれるのは鵺らしくていいけど、自分から騙すのは何か違う気がする。
「う~ん、確かにそういうケースは多いですね」
他のケースって何よ? でも、嘘でもこれじゃその内エイリアンが私の正体になってしまいそう。そのうち鵺だって言う方がみんなにとって嘘になったりね。それはそれで鵺からエイリアンに転生できて面白そうだけど。
「それじゃ人里でも案内しますよ、何かと使うことはあると思うんで、ぬえさんはただの知り合いの妖怪にしますから大丈夫です!」
妖怪が人里を歩くことがそもそも大丈夫じゃないんじゃない? どっちが危険なのかはわからないけど。
それでも早苗の薦めに従って人里に向かっていくと、道中で紅白の服を着た巫女が見えた。向こうもこちらの気配に気づいた気がする。もしかして――
「いけない! ぬえさん! 例の巫女です! 大丈夫、私が説得しますからちょっと隠れてて下さい」
そうして私は木陰に隠れ、早苗は巫女の方に向かっていった。
「こんにちは霊夢さん」
「あら、早苗じゃない、ねえ、今この辺で妖怪の影が見えた気がするんだけど」
「そうですか? 私には何も……」
「そう、しかし最近の早苗は凄いわよねえ、もう私も年かしら……あ!」
霊夢は何かに気づいた様な声を出す。ってか私に気づいたのよね、これ、明らかに狙われてるわ……
「ちょっと待って下さいよ! 霊夢さん! その人は悪い妖怪じゃ――」
悪いことは……結構したっけ。
「問答無用よ! いい? 早苗、逃げる妖怪は悪い妖怪だ、逃げない妖怪はよく訓練された悪い妖怪だ! これが妖怪退治のコツよ! そもそも妖怪は問答無用では退治されるものなんだから! 神霊「夢想封印」!」
また封印されるのは嫌よ! 正体不明「哀愁のブルーUFO襲来」!
「そんなスカスカの弾幕で……あれ? このUFO堅いわね、いや、ちょっと待ってよ、そんな前から後ろから攻めないでって……そんなのに刺されたら私……ああ……らめぇ!」
やった! 勝ったよ! 私! やれば出来る子じゃん! 私! 噂ほどにも無いわね。それとも私が強すぎるのかしら?
「あいたたた……」
「大丈夫ですか、霊夢さん、油断したんですか!?」
「そりゃ弾幕ごっこくらいじゃ……でも私も年かしら、油断したつもりはないんだけど。もう随分長いことやってるしねえ。星蓮船の時もいいとこ無かったしね、全部早苗が解決しちゃって」
「偶然ですよ」
「また謙遜して、あ~あ。昔は異変解決は私の専門だったのに、あの時の強敵(とも)たちも最近見ないしなあ、エリスとかユウゲンマガンとか元気かな。しばらく魔界でのんびりしてこようかしら……で、そういえばその妖怪って誰? 初めて見たわ」
私は別に今までの悪事と関係なく襲われたわけですか?
「こちらはぬえさん、エイ――じゃなくて記憶喪失の一妖怪です」
「はい、ぬえと言います」
「記憶喪失? 流石に悪いことしたかしら、お詫びにお茶でも出すわよ」
「人里に行こうと思ってたんですけど、そうですね、お邪魔しましょうか? ぬえさん」
「そうね」
相手が相手だけだけに不安もあったけど、早苗が居れば大丈夫よね。
「はい、どうぞ、お茶よ」
「ありがとうございます」
それで博麗神社にやってきたのはいいけど……これ本当にお茶なの?
「まだ六回目だからね、いつもより美味しいわよ」
信仰のない神社のなれの果てを見ました。
「そうですか……」
これ、礼儀としては飲むべきなのよね? 勇気を出して口を付けてみる。白湯に無駄な苦みだけを足したような味がした……気を紛らわすために回りを見てみる。掃除や手入れは意外にしっかりされてたけれど、参拝客の痕跡は欠片も見つからない。信仰を得るのも難しいみたい。神社もなんだかんだで大変ね。
隣では霊夢がのんびりとお茶を飲んでいる。よく飲めるわね、こんなの。だけど、早苗から聞いたように恐ろしい存在にも見えなかった。いきなり襲われた私が言うのもなんだけど。
「霊夢さん」
「何?」
「早苗から聞いてたんですが、妖怪退治が仕事なんですか?」
「そうねえ、で、早苗から私のこと聞いてたの?」
「そうですね」
「変なこと吹き込んでないでしょうね?」
と霊夢が言うと、早苗が急に慌てだした。
「ま、まさか。ねえ、ぬえさん」
「そうだっけ?」
とからかってみる。
「極悪非道だの、外道だの、鬼だの言ってたりね」
「どうでしたっけねえ」
「まさか! 幻想郷の平和のために奮闘する英雄ですよ霊夢さんは、ね、ぬえさん? 私はそう言ってましたよね?」
「覚えてないなあ……また記憶が飛んじゃったかも?」
そうやって、妖怪退治を生業にする者と軽口をたたき合うのは不思議な気がした。早苗は回りを自分のペースで引っ張る、それか引っかき回す存在だと思っていたけど、霊夢といると、先輩にからかわれる後輩って印象かしら?
でも、なんで霊夢は妖怪相手にこんなのんびりしてるんだろう? 話が途切れてしまったけど、改めて聞いてみる。
「霊夢さんは妖怪退治が仕事のはずなのに、どうして私の前でこんなのんびりしてるんですか?」
「いや、一応副業だしね、それ。本職は巫女だから、神社の中じゃ誰が相手でもただの巫女よ」
「じゃあ外に出たら?」
「人里以外で見かけたら退治するけど……でも、形だけだしね、ええと、あなたは幻想郷に来たばかりなの?」
「多分……そうですね」
嘘かもしれないし、地底も幻想郷なら本当の事を言ってるのかもしれない。どっちなんだろう?
「どこから来たのかはわからないけど、実際妖怪なんて弱いものなのよ」
人間風情に何度も負けた私が言えることじゃないんだろうけど、そうなのかしら? 人間の方が遙かに弱い気がするけど。この二人は例外として。
「そうなんでしょうかね? やっぱり妖怪の方が強い気がするんですけど?」
「まあ私や早苗なんかはそれなりに力あるけど。確かに普通の人間は、一人一人は弱いわね」
「ですよね?」
「でも数が違うわよ、幻想郷ですらね。人間に束になってかかられたら妖怪なんて手も足も出ないわ。妖怪はほとんどが集団行動なんてまともに出来ないし。それ以前にもう外の世界じゃ誰も妖怪なんて信じないから、存在するだけで一苦労よ。妖怪なんて幻想郷の外じゃもう絶滅危惧種ね」
地底でも風の噂には聞いていたけど……やっぱりそうなんだ。平安京なんて夜になれば魑魅魍魎が闊歩していたけれど。
「でも退治って具体的にどうするんですか?」
「別にねえ……弾幕ぶつけるだけよ」
「封印したりしないんですか? 先ほども夢想封印なんてスペルカードを」
「ああ、あれもポーズよ。名前くらいは勇ましくないとね。それ以前に封印なんてしたらすぐ妖怪がいなくなるわ、妖怪なんてそんなか弱い生き物よ」
――封印、されないんだ。今は。むしろ妖怪は保護される存在みたいな扱いなのね。今までビクビクしながら恐怖をばらまいてきたのはなんだったんだろう……
「え? そうなんですか!?」
私がしみじみと驚きを感じていたら、早苗が私以上に驚いていた。
「――っと、びっくりしたわね、どうしたのよ、そんな大声出して」
「いや、本格的な妖怪退治をするときはもっと厳しくやらないとと思ってたので……」
「どうするつもりだったの?」
「そうですね――ええと、生まれてきたことを後悔させてから地獄に落としたり」
「やるわけないでしょう!」
早苗が本格的にやらなくてよかったわ。本当に。
「そうだったんですか、いや、大儀のためにそこまで出来るか自問自答してまして」
「妖怪退治はもっと穏やかにね。まったく、この間の異変で本格的にやらなくてよかったわねえ……みんな魔界から地獄への片道切符掴まされるとこだったわよ」
私もね。
「ぬえだっけ、あなた、実は薄氷の上の生活だったみたいね」
「全くですよ……」
「大丈夫ですよぬえさんは。だってエ――」
「"え"って何よ」
「――ええと、縁がありますから」
「とにかく、妖怪退治はほどほどにね、持ちつ持たれつなんだから、それと縁は大切にね。もっとも私みたいに妖怪との腐れ縁だらけになると悲惨だけど……」
「これからですよ! 博麗神社と洩矢神社! 一緒に幻想郷をもり立てていきましょう!」
「時が経つにつれて妖怪が増えて、ますます人間が来なくなるのよね……妖怪の連中は賽銭なんて入れやしないし……」
霊夢に聞いたおかげで封印される杞憂も消えたので、それからしばらくは、のんびりした居候生活を送っていた。最初はだらけていただけだけど、しばらくして通行人を驚かせようともした。――けど、今の人間って本当に怖がってくれないのね。
正体不明の種を巻いてもみんな喜ぶばっかり。何に見えてるのかしら。UFO? それとも他の物? どっちにしてもこう恐怖を感じないと張り合いがないわ。
おかげで友達も増えたけど。例えば多々良小傘とか言う付喪神。二人揃って今の人間が驚いてくれないことに愚痴をこぼし合うような後ろ向きの仲だったけど。
それから時間が経って――いつの間にか地底への道もまた開いたけど
「今日も平和ねえ」
なんて妖怪らしからぬことを言いながら、のんびり暮らす私にはあんまり地底へ戻る気も無かった。親しい人物がいるわけでもないし。何より、幻想郷の生活は楽しかったから。
平和な時には、よくわからない物って好奇心をそそって楽しいのね。正体不明なんて流行らないわけだわ。
流石に完全な居候なのは気まずかったので、適当に神社の手伝いはしてたけど、これと言ってやることもない、新鮮で楽しかったけど、だらだらした暮らし。いつの間にか記憶喪失を直す振りも見せなくなってきた。
快適ではあったけど、やっぱりそんな生活をしてると嘘を付いて暮らし続けるのが辛くなってきた。早苗はまあ……勝手に勘違いしたから、むしろ鵺としては望むとこだったけど、神奈子、諏訪子、レミリアあたりはこっちが騙したわけなんだし。みんなにエイリアンだってことは秘密にしなきゃいけないって言っておいたから、それが漏れることはないだろうけど。いっそ最初から嘘なんて付かなきゃ良かったのかもね。封印される恐れもないし。
むしろ、このまま幻想郷で記憶喪失のエイリアンで暮らしていこうかな、とも思ってきた。鵺らしいこともずっとしてなかったし。適当な時に一人暮らしは始めなきゃいけないんだろうけど。
そんなある日、早苗と会ったのは春先だったけど、もう季節が夏となっていた時。私宛に手紙が届いていた。
「ぬえさん、手紙ですよ」
「手紙?」
私に手紙を送る人なんていたんだ。誰だろう? と思いながら手紙を受け取った。
「誰からなのかしら?」
「永琳さんですよ、前に話した永遠亭に住んでる薬屋さんです。あ! もしかして決闘状ですか? それとも永遠亭との全面戦争ですか!?」
あまりいい予感はしないけど、捨てるわけにもいかないので開いてみる。
"謹啓
突然お手紙を差し上げます失礼をお許しください。八意永琳と申します。迷いの竹林の中にある永遠亭におきまして、薬師を生業としております。
さて、突然のお便りをお送りした訳ですが、貴殿がシリウスより来訪した異星人であると仄聞致しました。仄聞を元に手紙を送る失礼は重々承知しておりますが、この度失礼を承知でお手紙を差し上げました。
それと言いますのも、かくいう私を始め、永遠亭の住人はほぼ皆が月を故郷とする異星人であります。是非、同じく幻想郷に住む異星人として貴殿と親交を結びたいと永遠亭一同思っております。
また、貴殿が記憶喪失という病に罹患しているとも仄聞致しました。私はささやかながらも医術を学んでいる身ですので、僭越ながらも貴殿の治療の一助になれないかとも考えております。
何分仄聞を元にした事ですので、事実と異なった場合は大変申し訳ございません。その上で、もし私どもに興味を持って頂けましたら、是非貴殿を永遠亭に招待致したいと思います。お手数ですが、ご検討の上ご返事お願い致します。
かしこ
第百二十三季 八月十五日
八意 永琳
ぬえ様"
こんな内容の手紙だった。どうしよう? なんで私が自称――エイリアンだってわかったのかしら? 誰が話したのか……口止めはしたけど……天狗? そういえば写真を撮った天狗には口止めしてなかったな。でも記憶喪失の話はあの後だし、じゃあレミリア?
ああ、でもいちいち人を疑うのはどうも嫌だ。私が疑われるのは鵺としてむしろ嬉しいけど、人を疑うのはあんまり好きじゃない。
「どうしました?」
手紙を前に考え込んでいると早苗が話しかけてきた。何か言おうと思ったけど、何も思いつかなかったので無言で早苗に手渡した。
「良かったじゃないですか、向こうから手打ちを申し込んできたんですね、いや……でも、もしかして罠かも……その際は洩矢神社対永遠亭の全面抗争もありえますね!」
早苗は相変わらず暴走してて――いつもなら微笑ましく思えていたけど。この様子じゃ相談は無理よね。そもそも早苗達に自分が偽物のエイリアンだって知られたくないわけだし。
「このまま消えるしかないのかな……」
と口の中で呟く。嘘つきで軽蔑されるよりはましだろうけど。でも、できれば幻想郷にいたい。
そうなると、相談できる相手は――あいつしかいないかな――白蓮しか。恐ろしく気まずい関係だけど、私の正体知ってる人間となると他にはいないか……。土下座してでも許してもらって相談にのってもらおう……
とりあえず、いきなり会うのはあまりに気まずいので手紙を送った。丁重な返事が返ってくる。どうにか応対の約束を取り付けることができた。
それから幾日が過ぎて、約束の日が来た。気乗りしないけど、永琳への返事を引き延ばし続けるわけにもいかないし、力を振り絞って身支度を調えた。
「じゃあ行ってくるわね、早苗」
「行ってらっしゃい、命蓮寺に行くんですよね?」
「ええ」
「妖怪のための寺とは言っても商売敵! どんな陰謀が待っているかわかりません! 気をつけて下さいね!」
「あ、ああ……そうね、そうするわ」
そんな感じで出かける挨拶をする。半ば家族のような気分だった。でも、今日は諏訪子も神奈子も居なかった。諏訪子はどこかへふらふらと、神奈子はまた地下センターで何かあったらしい。
地下センターの問題は少し気になったけど、時間も迫っているので出かける。程なくして命蓮寺に辿り着いた。随分と立派なお寺。私が飛倉集めを邪魔したせいで建築が遅れていたけど、今は立派な建物が建っていた。諏訪子が地ならししたのを始め、みんなが随分手伝ったらしいけど、私は知ってたのに何もしていない。少しは手伝っておけば良かった。白蓮達と会わなくても出来る手伝いも色々あったのに。
境内を覗いてみると、知らない顔も沢山見えたけど、ムラサや星みたいな見知った顔が見えた。ますます気まずいわね……
「考えていてもしょうがないか」
と呟いて、意を決して入った。知り合いに見られないように隙を見て大急ぎで。約束された部屋に入ると白蓮がいた。
「……」
あれこれ話すことは考えてたけど、言葉に詰まった。白蓮の方が先に口を開く。
「お久しぶりですね、ぬえ」
「……」
「あなたも地上に居るって噂は聞いてましたよ」
「……」
何を責めるわけでも無く、白蓮は気さくに話してくれた。
「すっかり地上や人間にも馴染めているそうですね。私も心から喜ばしく思っていますよ」
「ごめんなさい!」
頭の中では色んな言葉と、沢山の言い訳があったけど、結局頭から消えていた。
「ごめんなさい! 白蓮」
今言えたのはそれだけだったし、多分それが一番相応しい言葉に思えた。だからその言葉だけを何度も繰り返した。
「もう済んだことです。飛倉の破片も全て集まって、何も今は問題ありませんよ」
「でも、でも!」
と必死に私は話していた。どうして白蓮はこうも平然としていられるんだろう? あれだけの邪魔をされたのに!
「過去の行いに反省は必要です、ですがいつまでも悔いていては先に進めませんよ、それに、今のぬえなら私の思いを理解してくれますよね?」
「そう……ね」
早苗と居る中で人間を理解できたし。
「人間がわかったわ」
霊夢と話して妖怪の事もわかった。
「妖怪の事もわかったわ」
「それがわかってくれるなら何も言うことはありませんよ。飛倉のことがきっかけとなったのなら、ぬえが行ったことなど、むしろ感謝したいくらいです。それであなたが成長できたのですから」
もちろん他の出会った人全てで、幻想郷とそこに済む存在についても色んな事がわかった。
「この寺が必要な理由もわかるわ」
妖怪が幻想郷でしかもう生きていけない――いかに儚い、守るべき存在かわかるし――人間と妖怪のバランスが崩れれば――幻想郷は崩れて――だから妖怪のためにも、人間の、他の生き物のためにも命蓮寺が必要だって。
「ええ、今のあなたの顔を見てればわかるわ」
まったく! どうなってるのかしらね! この聖人君子は! これじゃついて行くしかないじゃない! 白蓮に!
別に妖怪も人間もそんな綺麗な生き物じゃない。妖怪は自分の都合で人間を襲って、人間だって自分の都合で退治して。いや、人間は人間すら封印したりするけど。
でも、それが生き物で、そんな連中同士でバランスを取っていかなきゃいけないわけで。私みたいな邪魔ばっかりしてた妖怪もいれば、白蓮みたいな聖人君子もいて。それでバランスを取り合って。
「それにぬえ、あなたは他の、今直面している心配事もあるんでしょう?」
そういえばそれが本題だっけ。でも今ならあんまり不安はない気がした。白蓮がいるから。
「そうなの……実は、記憶喪失のエイリアンの振りをしてて……」
「随分と思い切った嘘を付きましたね」
「それが正体を隠すいい方法になると思ったんだけどね」
「それで、今日はあなた以外にも二人ほどお客様をお迎えしているんですよ、そちらの方にも相談してみてはいかがでしょう?」
誰なんだろう? そう思っていると、二人の人物が部屋に入ってきた、一人は諏訪子!? で、もう一人は、誰だろう? 知らない女の人だった。
「え? 諏訪子さん? で、もう一人は……どなたですか?」
そう問いかけると、まず見知らぬ人物が答えた。
「八意永琳と申します、手紙は読んで下さいましたか?」
あの手紙の送り主で――本物のエイリアンがいた。
「え? あ、ああ、はい、まだ返事を送らずにいてすみません」
「いえ、正直な話、あの手紙を送ればあなたがここに来ると思ってお送りしたんです」
つまり、私が偽物のエイリアンだって最初からお見通しなわけね。でもどうして諏訪子と一緒にいるんだろう?
「ねえ、ぬえ」
と諏訪子が話す。
「はい」
「ぶっちゃけ、本当はただの妖怪でしょ?」
諏訪子にもお見通しってわけか。
「ええ、そうですよ、エイリアンでもないし、記憶も失ってない、ただのしがない妖怪です。でも、いつからわかってたんですか?」
「ええと、最初からかな」
なんとなく曰くありげな態度を取っていたし、別におかしくもないか。
「いや、大昔に、もう千年くらい昔? よく似た人を見たことあったんだよね、私も元々は外の世界の神だから、で、最初に見たときに、ああ、鵺だなって思ってさ」
「昔はやんちゃしてましたしね、姿見られるヘマもよくやってました。きっと私ですよ」
千年前のことで正体がわかるなんてね、長生きしたものだわ。
「どうせ早苗に勝手に勘違いされたんでしょ?」
「……そうですね、勝手に記念写真撮られて、いつの間にかエイリアンにされてました、正体不明って設定は私が足したんですけど」
そう諏訪子と話していると、白蓮が付け加えるように話してきた。
「あなたの事も諏訪子さんから聞いてましてね」
「う~ん、正直勝手にぬえの事を話すのは悪かった気もするし、それはあやまらなきゃいけないんだろうけど、でも、ぬえの時々浮かべる表情が気になって」
どんな表情だったんだろう?
「どんな表情だったんでしょう? そんな顔に出したりはしなかった気がするんですけどね」
「たまに凄く不安そうな顔してたよ、今の自分が壊れそうな不安? 何かのきっかけですぐに」
別に間違ってはいないんだろうけどね。実際そうだったから。記憶喪失のエイリアンなんて適当な設定の上に立った。
「で、諏訪子さんからそんな話を聞きましてね、この寺の建設で何かと力になってもらってまして、会う機会も多かったものですから」
「早苗や神奈子は商売敵って思ってるかもしれないけど、私は信仰の受け皿が増えるのは悪くないと思ってたからね」
「それで、あなたの名を直接聞いたわけじゃないんですけど、あなたの羽の話を聞いたんですよ、こんな羽の妖怪が悩んでるって。そんな羽を持っているのはぬえくらいでしょう?」
確かに個性的な羽だけど。
「そうね、確かに。私の羽は個性的だしね」
「それで、エイリアンなどと言ってると伺いましたので、永琳さんにも相談してみまして、日頃薬のことでお世話になってましたから」
ようやく三人が繋がったのかな。今度は永琳が話し出す。
「シリウスから来たエイリアンなんて聞きましたけど、あそこには宇宙人どころか、生命の欠片すらないんですよ、実際の所」
本物の宇宙人が言うならそうなんでしょうね。
「もしかすると、ぬえが自分のついてしまった嘘に悩んでるんではないかと思いました。それで、三人で相談してあんな手紙を送ったんですよ、今のぬえなら、きっと自分の正体を知る私に相談をしに来ると思ったので」
白蓮にはなんでもお見通しね。かなわないわ。本当に。
「でも」
そう。だけど。
「私はどうすればいいのかしらね」
記憶喪失ってのはあれだけど……このままエイリアンとして生きるか、素直に正体を明かすか。逃げるって選択肢はもうないわね。でもどちらにすればいいのかしら?
「どちらを選ぶべきか、それを私たちの誰かが示す事は出来るでしょう」
と白蓮は言う。
「でも、それでは意味がないと思うのです。この命蓮寺のことも、今のあなたなら意義がわかってくれると思います」
「そうね」
「ですけど、もしこれが他人に――例えば村紗に無理に手伝わされて、言うとおりにしていたら、ぬえは恐らく心からの理解は出来なかったと思います」
たしかに、この計画を私は聞いていたけど……全く賛成出来なかった。嫉妬なんかに捕らわれていたあの時の自分には出来なかった。今、自分で考えて、辿り着いたから納得できて、賛成も出来てる。自分の意志で選んだことだから。
「もし他人の意見にそのまま従ったら、上手くいっても、そうでなくてもきっと他人のせいにするでしょう。ですから、是非自分の責任と意志で選んで欲しいのです」
「難しいわね」
「もちろんそれで悩んだり、もし失敗だと思ったら、いつでも相談に乗りますし、出来る限り助けますよ、ですが、選択だけは神にも仏にも委ねず、ぬえ自身にして欲しいんです」
難しいけど、きっと意味があるんでしょう。白蓮が言うんなら。白蓮について行くって決めたから……これにも従わなくちゃ。
「ぬえさん」
そう考えていると永琳が話しかけてきた。
「人を騙すことが悪いと思いますか?」
妖怪がいうのもなんだけど、多分、悪い、こと、なんじゃないかな? 正体を勘違いされるようにはしてきたけど、自分から騙したことは早苗に会うまでは無かった――少なくともほとんどは無かったはず。
「多分……そうなんじゃないでしょうか?」
だからそう答える。
「では、あなたが今エイリアンの振りをしていることは悪いことだと思いますか?」
「そうでしょうね」
すると、永琳は話を変えてきた。
「ところで、少し話を変えてもいいでしょうか?
「はい」
「一流の詐欺師ってどんな存在だと思いますか?」
そんなのはとっくに正体が割れてる私とはほど遠い存在なんだろうけど。
「沢山の人を騙して……沢山のお金を集めて……捕まる前に姿をくらますような詐欺師でしょうかね」
こんな所かしら。
「それも一理ありますね、でも、それはせいぜい二流の詐欺ではないでしょうか?」
と永琳は答えた。どういう事なのだろう?
「騙した人に感謝されるような詐欺師が、一流の詐欺師だと私は思います」
「どういうことでしょう?」
わかるような、わからないような。
「確かに、お金を集めて、上手く逃げおおせれば、それは詐欺の成功かもしれません」
「そうですよね?」
「ですが、それは騙された者も財産を失いますし、騙した者も信用を失います、結局誰も得はしていませんよね、せいぜい信用とお金を交換した程度のことでしかないでしょう」
「詐欺ってそういうものじゃないんですか?」
詐欺なんて、要は信用の換金行為じゃないのかな?
「そうですね、ですけど、私はもっと上手い詐欺があると思ってるんですよ」
「それはどんな詐欺なんですか?」
「騙した者も、騙された者も得はしても損をしない詐欺です」
そんな上手い詐欺があるのかしら?
「例えば、あなたがエイリアンの振りをしたことで、誰か損をした人はいますか?」
「……」
今のとこ……いない、のかな? 早苗もレミリアも神奈子も興味と夢を持って、諏訪子は多分騙されてもいなくて……
「早苗に気を使わせてるかしら?」
そう答えると、諏訪子が話した。
「いや、早苗は楽しんでるよ、それ以上に。早苗の思い込みにここまで付き合うなんてぬえは本当にいい人だよ。まったくね。」
それだったら。
「あなたたちに――」
この三人に手間をかけさせているくらい?
「手間をかけさせてますね」
「私は、それに多分白蓮さんも諏訪子さんも、少なくとも損をしたとは思っていませんよ」
と永琳が言うと、白蓮も諏訪子もうなづいた。
「いい暇つぶしになりますしね、こんな事でもないと単調な仕事が続くだけなんですよ」
と永琳は重ねた。気を使ってじゃなくて、本心からといった表情で。
「じゃあ――」
「あなたは一流の詐欺師だと思いますよ、騙された人達は、喜びこそしても、恨んでいないんですから。得こそしても。誰も損はしていないんですから」
そんな都合のいいものなのかしら?
「ですから、いっそエイリアンを貫くのも面白いかもしれませんね、流石に記憶喪失はやめた方がいいのかもしれませんけど」
「そんな上手く行くものですかね?」
「そこはあなた次第ですけど――」
そう言うと、永琳は一つの奇妙な機械を取り出して私に手渡した。
「なんでしょう? これって?」
「放射能を除去する機械ですよ、あなたがエイリアンのふりを続けるなら役にたつかも知れませんね」
そういえば、神奈子がこんなのを欲しがってたっけ。確かにこんなのを私が持っていれば、みんな私が本物のエイリアンだって思うだろう。
「これを神奈子に渡せば、きっと感謝されるんでしょうね。でも……」
私の物じゃないから。
「一度渡したら、また期待させちゃいそう」
無駄な期待を持たせてしまう。
「そうでしょうね、ただ、言い訳はいくらでも出来ますよ、もう星には帰れないし、自分には技術の知識もないけれど、これだけは持ってきていた、みたいに」
「そう上手く騙せますかねえ……」
「そこはあなた次第ですけどね、そういえば私の主人について知ってますか?」
「名前だけは聞いたことありますけど……」
早苗から名前だけは聞いていた。蓬莱山輝夜、本物の宇宙人で月のお姫様だっけ。
「彼女も随分と嘘を付いてますよ、昔私たちが外の世界にいた頃――」
と永琳が昔話を始めた、聞き覚えのある話を。
「あれ? それ聞いたことある話です」
「ええ、竹取物語って名前で物語になったそうです」
「あの話の最後は確か――」
「お姫様は羽衣を着ると記憶を失って、そして月に連れ帰らされておしまい、ですね」
「でも実際は記憶もあるし、月じゃなくて幻想郷にいると」
千年以上も大勢の人間を騙し続けてるなんて、私どころじゃない詐欺師ね。
「でも、難しいでしょうね……」
「そうですね、嘘を付くと、嘘を隠すためにまた嘘を付かないといけませんから」
「出来るかな……」
「月は幻想郷より文明がだいぶ進んでますから、私がこのような機械を渡し続けることもできるんでしょうけど」
「でも、永遠にそれをするわけにもいきませんよね」
そんな協力をされても、いつかは終わりが来るのだから。
「はい、それに、月の物を幻想郷で使うのは基本的に止められてるんですよ、博麗の巫女や紫なんかに」
「文明のバランスなんかがおかしくなりますよね?」
「ええ、原理も理解できない物が出回ったら悪いことになるかもしれませんから」
「じゃあ大丈夫なんですか? 私にこんなの渡して?」
そう聞くと、永琳はいたずらっぽく笑いながら答えた。
「ばれたら紫あたりに大目玉くらいそうですけど、でも一回くらいなら面白くていいんじゃないですか? こっそりこんなことするのも面白いですしね、子供の時のいたずらを思い出して」
親に隠れていたずらをする子供のような表情で。
「いずれにしても判断はあなたに任せます、人を騙すのが、必ずしも悪では無いと言うことだけ心に留めていただければ幸いです」
永琳の言うことはわかったけど……やっぱり重荷な気がした。でも、正体を明かしたら、もう自分が鵺じゃなくなる気がする。それにみんな怒るだろうな。それなら頑張ってエイリアンの振りをした方がいいのかしら?
「もし正体を明かしたらどのくらい怒るんでしょうね?」
絶交されても文句は言えないけど。
「早苗はそんなに怒らないと思うよ、多分薄々感づいてはいるんじゃない?」
そんな素振りを見せたことあったかな?
「そうでしょうかね?」
「これでも早苗が生まれてからずっと一緒にいるから、早苗のことはよくわかるよ、思い込みは激しいけど、そんなに頭の悪い子じゃないしね」
親みたいな存在の諏訪子がいうならそうなんだろうけど……でも本当に怒らないのかな?
「本当に怒らないんでしょうかね?」
「私は早苗じゃないから断言はしないけど、でも、ぬえに興味持ったのはエイリアンだと思ったからかも知れないけど、これだけ一緒にいれば、そんなのと関係なく、もう友達でしょ?」
確かに、今はもうエイリアンって興味を抜きにしても友達だとは思うけど。
「そうですかね……」
「まあ、ぬえが謝っても早苗が許さないなら私が説教するって。友達の謝罪も聞けない子なんて教育してあげないと」
そう言われると心強いかな?
「でも神奈子さんも騙してるんですよね」
「ああ、あいつも信者に嘘ついてたからね、聞いたことある? あいつが高天原から降りて来たなんて話」
「ええ、でも本当は地上にあったんですよね?」
「そうだよ」
間欠泉で神奈子と会った時そんな話をしてたっけ。
「そういえば、なんでそんな嘘を付いたんですか?」
「昔々神奈子と戦争したんだ、まあ負けちゃったけど」
「ああ、初めて会った時に、昔は諏訪子さんも一国の王だったとか早苗がいってましたね」
「そうそう、これでも昔は偉かったんだから、本当に」
そう無邪気に話す姿にはそんなことはあまり感じられなかったけど。
「それでね、まあ、負けたから神奈子が頂点になったわけさ、でも征服者って一応大義名分が必要じゃん?」
「そうでしょうね」
その辺りは人間も神もあまり変わらないのね。のんびり自分勝手に生きてる妖怪は別だけど。
「私なんかはそのあたりが出身の土着神で、神奈子は外からきた神だったんだけど」
「はい」
「それで神奈子は、我々は民のために、地を済む神を統べに天から来た! なんて言い出して」
神様ってのも案外適当で人間くさいわね、本当。
「自分勝手な理屈だけど、征服者なんてそんなもんだし、愚かな民を啓蒙するためにどうたらみたいにさ」
「結構神奈子さんもわがままですね」
「もっとも、以外と利害が一致することもあって、私にも得が多かったから、そんな恨んじゃいないけどさ」
そんな妙な関係だったんだ、神奈子と諏訪子って。
「それからも色々あったんだけどね。長くなるから省くけど。まあ何かな、とにかく神奈子がなんか言ったらお前が言うな! って言ってやるから」
「そんな事言ったら喧嘩になりません?」
「それもそれでいいんじゃない? 第二次諏訪大戦ってのも。久々に決闘するのも楽しそうだし、今度は負けないからさ」
早苗と神奈子は諏訪子がなんとかしてくれるとしても、レミリアはどうしよう?
「でも、レミリアも騙してるんですよね」
「ああ~あいつは怖いね、本気で信じてそうだし、本気で怒りそう」
だよね……
「少し覚悟しておいた方がいいかもね」
「でしょうね」
機嫌悪いと本気で怖かったしね……
「無茶苦茶な要求してくるかも」
何されるのかな……
「どんなこと言ってくるんでしょうね……」
「う~ん、考えただけで怖いかも……」
諏訪子も恐れる事って……
「一発芸百連発くらいはやらせるよ、あの悪魔は」
「え? そんなことですか?」
子供の罰ゲーム?
「いや……確かにそれじゃ済まないかも……モノマネ百連発くらいはやらせるかな……」
「はあ……」
「大丈夫! その時は私も一緒にネタ考えてあげるから!」
なんか一気に疲れが来たな……そんな顔をしていたら白蓮が話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、ぬえ、そんな怖がらないでください」
いや、怖いわけないでしょ。
「私も妖怪のために死力を尽くすつもりですから、ネタの考案を手伝いますよ」
「い、いや……そこまで気を使ってもらわなくても……」
絶対つまらないのが出てくるよね、きっと。
「気にしないで下さい。ぬえ。妖怪のためなんですから。いざとなったら半分私が肩代わりしても!」
それはある意味見たいかな。白蓮のモノマネなんて。
「ただいま~」
「お帰りなさい、ぬえさん、あれ? 諏訪子様とも一緒ですか?」
「向こうで会ったの」
「また諏訪子様は命蓮寺に行ってたんですか? 商売敵なのに。あ! まさかクーデターを! 命蓮寺と協力して、神奈子様を追い出しての自分だけの神社建設なんて考えてるんじゃ!」
そんな普段通りのかみ合わない会話をして、戻ってきた神奈子と私たちでご飯を食べて。下らないことを話して。
そういえば最近はエイリアンなんて言葉を早苗から聞かなくなって来た気がする。エイリアンがどうこうじゃなくて、私はもう早苗にもただの私でしかないんでしょうね。
食事のあと外に一人で出てみた。頭上には星空が広がっていた。久々に見たときは新鮮だったけど、もうおなじみの星空。その一角でシリウスが輝いていた。
「遠いな……」
と思わず呟く、小さな珠にしか見えないけど、実際は途方もない大きさらしい。距離は8.6光年。正直想像がつかないほど遠い。確かに夢があるわね。エイリアン。
「流石にあそこから来たってのは荷が重いわね」
永琳の話は理解できたけど、私には重荷かな……放射能除去装置とやらは渡してあげたいけど、本当に神奈子と幻想郷が困ったら永琳がなんとかするだろうし、無理に渡す必要もないか。
「話そう」
早苗に、みんなに。
「鵺が正体を自分から話す時が来るなんてね」
それは鵺ってものの存在を否定してる気がするけど。
「それもいいかしら」
正体不明じゃ誰も怖がってくれないし。好奇心をそそるだけで。もう潮時よね。
「でも一番好奇心を持ってたのは私かもね」
結局幻想郷に残ったから正体を明かさなきゃいけなかったんだし。
「でも楽しかったから」
色んな物が新鮮だったし、早苗達といて楽しかったから。
「好奇心は鵺を殺す。か、様にならないわね」
英雄に弓で討ち取られた方が様にはなるけど。九つの魂を持つ猫ですら、好奇心を持ったら九つの魂が全部死ぬらしいから、危険に首を突っ込んでね。
だからしょうがないじゃない? 鵺だってこんなとこに居たら好奇心に取り付かれるわ。一つの魂しかない鵺でもね。
「正体不明以外の方法で新しい恐怖でも生み出していこうかしら」
どうするのかはわからないけど。どうなるのかはわからないけど。
「まずは」
みんなに教えよう。
「封獣ぬえっていう」
私の本名をね。
「そうしたら鵺ってどうなるのかな」
正体を明かす鵺はもう鵺じゃないのかしら? まずは本物のあの人達に明かして試してみようか。
「エイリアンさん! 私はぬえ! 封獣ぬえ! 正体不明が売りだった、ニーソックスが似合う美少女妖怪よ!」
そう叫んでみる。どこにいるのか、本当にいるのかもわからないエイリアン達にね。
読了感に浸っていると、ぬえの笑顔が浮かんできました。
こんな作品書きたい……。
早苗とぬえのキャラを上手くつかいつつ描けてたと思います。
欲をいえばどこかで1つ山場を作った方がメリハリがでてもっと良かったと思いますが
ぬえが幻想郷に慣れるというテーマの部分は今の方が良いかもしれませんね。
ちょっと冗長な部分もあったけど、メルトd…でそんなのも中々いいよね!
でも楽しかったです、ありがとうございました