Coolier - 新生・東方創想話

星のお星様(前編)

2009/09/18 00:20:29
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夢を見ていた――――あの日の、私が一番幸せだった夜の夢を…




『いい夜ね。星があんなにたくさん輝いてる』

『はい、長く山で暮らしていましたが、ここまで美しい夜空は初めて見ました』

私が暮らしている山の頂上で、二人して並んで星空を仰ぐ。私がその美しさに見惚れているのを
見て聖が微笑む。

『ふふっ、私もよ。こんなに綺麗な星を見るのは』

何故かその言葉で顔が熱くなってしまった。
しばらく二人して黙って空を眺め続けていたが、白蓮が意を決したかのように口を開く、
うっかり忘れかけていたけど、今日は白蓮がお願いしたいことがあるからと呼び出されたのだった。

『ねぇ星ちゃん』

『………』

『私が望んでいる世界の話、覚えている?』

『覚えてるも何も忘れるわけがありませんよ。人間と妖怪の平等な世界をつくること、です。
そんな大切な話を忘れるようなうっかりさんがこの山にいるわけないでしょう』

自信満々に答えるが、何故か白蓮は苦笑いをしていた。

『そうです。私はその為に力を尽くしていこうと考えています、ですが…』

『?』

『私が毘沙門天様を信仰しているのは知っていますよね。あの方は偉大な方です。』

もちろん知っている。白蓮は毘沙門天を尊敬していた。よく寺に召還していたのを思い出す。
だが、最近忙しいからとあまり会うこともなくなっていたが、正直私は少し怒っていた。
白蓮の熱心な信仰になんできちんと答えてあげないんだと、私が毘沙門天だったらずっと一緒にいるのに。

『毘沙門天様はお忙しくて寺に来られない、これは仕方のないことです。ですが、最近妖怪達が
めっきり寺に来なくなったの。毘沙門天様に怯えて近づかなくなってしまった…』

それも知っていた。白蓮が毘沙門天で自分ら妖怪を退治してしまうのではないかと噂になっていたからだ。
そんなことがあるわけないのに。

『だから私考えたの。どうしたら皆また仲良くしてくれるのか、毘沙門天様が怖い存在ではないと理解して
もらえるのかを』

白蓮が真面目な顔になる。どこか悲しみも含まれている。

『星ちゃん…いいえ、寅丸 星。貴方にお願いがあります。毘沙門天様の弟子になっていただきたい。
この山で最も人格があり、最も信頼された妖怪である貴方が毘沙門天の代理となるなら、きっと他の
妖怪達も認めてくれるでしょう。そして、私の信仰を集めて欲しいのです。そうすれば、私の望む世界に
また一つ近づけると思うの。これは貴方だけにしか頼めないことです』

『えっ?私がですか!』

驚いた、大事な話とはこのことだったのかと焦る。毘沙門天の弟子。それは自分が神になるという意味、
自分の生き方が変わってしまうということだった。怖かった、想像すらしていなかった。だけど…

『でも、よく考えてほしいの。断ってくれても構わない。私のわがままで貴方の生き方を変えてしまうなんて、
私にもっと力があれば、貴方に迷惑をかける必要なんてないのに……ごめんなさい』

…だけど私は、

『わかりました。その願い引き受けます』

だけど私は嬉しかった。白蓮が初めて私を頼ってくれた、認めてくれた。私だけにしか出来ないことだと
言ってくれた。力になれると分かった。だから嬉しかった。心が弾む。

『星ちゃん!?そんないきなりでなくても、まだ時間は…』

『白蓮の頼みです。私でよければ力になりましょう!』

『本当にいいの?無理しているんじゃ』

『違いますよ!その、……わ、わたしのす、好きな人の為なら…え~と』

『?、ごめんなさい。よく聞こえないわ』

『あ、ああ![私たち]の大切な人の望む世界の為に力を尽くせるなら本望です』

『ありがとう。…ありがとう星ちゃん』

そう言って白蓮は背伸びをして(私のほうが背が高い)、いつものように頭を撫でてくれた。恥ずかしいが
この瞬間がとても安心させてくれる。
私たちはもう一度、夜空を見上げた。

『この綺麗な星空のように、私たちを照らし、導いてね。星ちゃん』

『はい、白蓮や皆が望む限り私はいつまでも輝き続けましょう』

『星ちゃん、貴方は私の―――――』








☆                 ☆                 ☆




「―――星様、寅丸星様」

ふと声がして私の頭が現実に引き戻される。眠ってたのか?何か夢を見ていたような気がするが、
思い出せない…代わりに頭がズキリと痛む。それが不快だったので思い出すまでもないと思考を止める。

「どうかされましたか?」

声をかけてきたのは60代くらいの老人だった。寺の近くの里に住む、私を信仰してくれる者の一人だった。

「いえ、何でもありません。それより何用です?」

「はっ、今夜の計画を実行する準備が整いましたのでその報告に参りました」

老人は確かな恨みを込めて憎憎しげに言葉を発する。

「ついに、ついに奴を追放することができます。我々を騙し、妖怪なんぞに力を貸していた悪魔。
我々を滅ぼそうとしていたあの女――――――――――聖白蓮を…」

そう、今夜白蓮は魔界の中でも異境の法界へ封印される。
ズキリッ、今度は心が痛んだ。だが私は痛みを顔には出さず、冷静に努めていた。

「確かに、あの者は私の師である毘沙門天も謀っていました。許せませんが何か理由があったのでは?」

「さすがは毘沙門天様の弟子で在られるお方だ、お優しい。ですが奴に情けは無用、法力と偽って悪魔の術を
使っていたのですぞ」

「そうでしたね。仕方ありませんね。最後に顔くらい見ておきますか」

言葉を発する毎にズキッ、ズキリッと心が、身体が悲鳴をあげる。だがそれを我慢して私は立ち上がった。



不思議な光景だった。暗い夜の下で大勢の人が集まり恨みを込めた目で向こうを見ている。それに対立するかのように
多くの妖怪達が殺気を込めてこちらを見ている。まるで今から戦でも始まるかのような状況のちょうど真ん中、中心に
一人の女性の姿があった。その女性こそ、聖白蓮だった。白蓮は法力できつく身動きできないように縛られていたが、
しかし表情には出さず、冷静だった。

やがて人間側の一番前に立っていた男の僧侶が口を開く。どうやら人間側のリーダーのようだ。

「聖白蓮、お主は妖怪退治を偽り、裏では妖怪を匿っていた。しかも魔法を使用するという非人間的な行いをした。
これは人間に対する裏切りである。誠に許しがたい!この罪は魔界への封印で清算してもらおう。ふふっ、
お主の愛する魔法の世界で永遠に生きるがよい」

そうだー! 悪魔め。 妖怪ともども里から出て行け! などと後ろからたくさんの人間が叫ぶ。

「なにが裏切りだ!散々助けて貰っていたのに」

「聖を利用していたのは貴様ら人間の方だろうが!」

妖怪側も負けじと声を荒げる。
一触即発、まさにその状況だった。

「お止めなさい!双方争ってはいけません」

今まで静かにしていた白蓮が喋りだす。

「私は今まで人間と妖怪の平等な世界をつくる為に全力を尽くしてきました。ですが、その願いが届かず無念です…
それだけじゃなく今こうして人間と妖怪が対立しているのも私の願うことではありません。
私はどんな罰でも受けましょう。抵抗はしません。しかし、妖怪達に罪は無い!邪魔だというなら一週間でいいんです、
住む場所を変える為の猶予を与えてあげてください。どうかこの子達に手は出さないで!」

その力強い言葉に人間と妖怪が静かになる。

「本当に抵抗はしないのだな」

「手を出さないと約束して頂けるのなら」

「ふむ、いいだろう。我々とて里に被害は出したくない。その案承諾しよう。ただし、妖怪にも手は出させるなよ」

リーダー格の僧侶が白蓮の提案に乗った。確かに争えばどちらも被害は避けられない。さすがは白蓮だ、
そんな場違いな思考が浮かぶ。

「それではこれより封印の儀を執り行う。皆のもの配置につけ!…覚悟はいいな?」

「はい、皆が無事なら私は構いません」

そうして、封印の術が始まる。人間は嬉しそうに、妖怪は悔しそうに儀式を見ている。
私は今どんな顔をしているのだろう?そう思ったとき、白蓮がこちらを見た。
ドクンッと心臓が跳ね上がる。

「寅丸様、今までお世話になりました。毘沙門天様にもご迷惑をお掛けしたこと心より謝罪いたします」

謝罪が述べられる。


違う、そんな言葉が聞きたいんじゃない!どうして助けを求めないんだ。一言「たすけて」と言えばすぐにこんなこと
止めさせてやるのに!私は毘沙門天の力を持っているんだ、私だけが白蓮を助けだせる。私は神なんだ!いつも
信仰していたじゃないか。それなのになぜ…


そんな思考が頭の中で渦巻いている。だが決して顔には出さない、平静を保ちつつ、目を向ける。そして、目が合った。
だが、そこにいた白蓮の目は冷徹で、私を映していなかった。
冷たい視線を送りながら声を出さず、小さく口だけを動かし何かを語っている。

しかし、私は何も考えられなかった、限界だった。目を逸らし、近くにいた者に声をかける。冷静に勤めて。

「申し訳ありません。まだ毘沙門天の仕事が残っておりますので、私はこれにて寺に帰らせていただきます。
後のことはよろしくお願いします」

「はっ、さすがは毘沙門天様の弟子、真面目であられる。こんな夜分遅くにご迷惑をお掛けいたしました」

里人はそう言って褒めてくれたが、今は一刻も早くここから去りたかったので曖昧に返事をして山へ歩き出した。
どんどん遠くへ離れていく、声も音も何も聞こえなくなるまで歩き続けた。



私が毘沙門天の弟子になってから白蓮は変わってしまった。人前では決して名前で呼ぶことが無くなり、私が
神の代理ということで一歩引いたように接するようになった。確かに人間には自分が妖怪である事は
内緒だったのだから仕方がなかったのだけど、それが嫌だった私は一度、名前で呼んで欲しいと頼んだが
あっさりと断られてしまった。最後に名前を呼ばれたのがいつだったか思い出すことができない…



まだ思考が渦巻いている。とても疲れたけどやっと寺まで戻ってこれた。ふと空を見上げる。そこには夜でもわかるくらいの
分厚い雲が覆っていた。


星はひとつも見ることができなかった。








★                 ★                 ★




夢を見ていた――――私の周りには大勢の妖怪が楽しそうにしている。羨ましくなり、混ぜて欲しくて知り合いの
船幽霊に声をかけた。だが、聞こえなかったのか振り向いてくれない。いや、彼女だけじゃなく他の者達も
私を見てくれなかった。無視をされたことに腹が立ったのでちょっと強引に肩を叩く。その瞬間、船幽霊の
身体が消えた。驚いた私は近くにいた入道使いに助けを求める。しかし、今度は入道使いが消えてしまう。
それだけではなく、周りにいた妖怪達が次々に消えていく。そしてついに私だけになってしまった。
いや、一人だけいた。そこにいたのは………白蓮だった。あの冷たい目でこっちを見ている。恐怖を感じた私は
逃げた。走って走って、走り続けた。白蓮から少しでも離れられるように。





目が覚める。恐ろしい夢だった。着ていた服が寝汗でびっしょり濡れている。まだ頭が混乱していたがそのとき、

「やっと起きたのかい、遅かったね」

声をかけてきた者がいた。聞きなれた声、ナズーリンだ。毘沙門天の弟子になったときに毘沙門天から手下兼監視役
として付けられた長い付き合いの少女。

「えっ、寝坊してしまいましたか?っと、まだ早朝じゃないですか。驚かさないでくださいよ、ナズーリン」

変なことを言うからビックリしたが、まだ業務を行うには時間がある。とりあえず準備をしようと起き上がるが、

「いや遅かったよ。全部終わってしまったのだから」

「ナ、ナズーリン。一体何が…」

「まだ気づかないのかい、ご主人様」

昨日の出来事が頭に浮かぶ。そして、先程見た夢のことも。
そして感じる。いや、感じなかったというべきか。山にいるはずの妖怪の気が無くなっていたのだ。
慌てて外に出る。だがやはり誰一人として存在を感じさせる者はいなかった。

「これはどういうことです!」

「昨日、白蓮が封印された後、すぐに人間達があの場にいた妖怪を地底に封印したのさ」

「何故!妖怪には手を出さないと聖と約束したはずです」

「あはは、目出度いなご主人様。そんな約束守られるわけがないだろう。唯でさえ危険な妖怪達が、慕っていた者を
封印されて黙ってるはずがない。一週間なんて里を襲うに十分すぎる時間だ、だったらさっさと閉じ込めたほうがいい
と判断したんだよ」

その話を聞いて私は力が抜けた。その場に座り込む。
だけど、ナズーリンは話を続ける。

「遠くからばれないように見てたんだけど、あれは凄かった。歯向かう妖怪達を押さえ込んでの封印術。
人間にあんな芸当ができるなんてね、考えを改めさせられたよ」

感心するような声には何故か怒りが含まれているような気がした。

「でも、ご主人様も立派だったよ。あの状況でよく冷静でいられた。飛び出して人間にばれちゃうんじゃないかって
ヒヤヒヤしたものさ。見くびっていたね、謝るよ」

わからない、わからないがナズーリンは怒っていた。私があの時、儀式を止めなかったことに対してなのか?

「さすがは毘沙門天の弟子、今度の報告には立派だったと伝えるよ。監視なんていらないほどに、君は神の代理
として十分役目を果たせるってね」

「ナズーリン、何を怒っているのです?いいですか、昨日はああするしかなかった。正体を明かす事は自殺行為に
等しい。ここで私が妖怪だとばれるのは今まで聖が積み上げてきた最後の思いを壊してしまうことになるからです」

「怒っているだって!そんな訳ない、私はご主人様が選んだ生き方を否定しないよ。妖怪と人間、貴方は人間を
選んだんだ。神の代理として正しい選択をした。それは毘沙門天の部下として私は敬意を表する。怒っているとしたら
私自身にさ。さっきも言ったがご主人様を見くびっていた、私は貴方ならあの時必ず飛び出していくと信じていた。
正体を明かしてでも白蓮を助けに行くと!それだけの事ができる関係だったと私は思っていたんだ、ずっと、
ずっと後ろから見てきたから」

ナズーリンの言葉が胸に突き刺さる。痛い、心臓が苦しい。なんで?私は間違っていない、正しいことをしたんだ。
なら誰が悪い?誰が私を苦しめる?ナズーリン?妖怪?人間?それとも…………冷たい目をしたあのヒト?
一瞬、幸せだった夜の思い出がよぎったが、今の私にはそれは色を失った遠い出来事にしか感じなかった。
思考が一つにまとまっていく。
今はやるべきことをしなくては、白蓮が望んだことを。


ワタシガイマヤルベキコトヲシナクテハ。ビャクレンガノゾンダコトヲ。


「違いますよ、ナズーリン。私は毘沙門天の弟子で、聖は私を信仰していた。それだけのことです。聖は私にこの寺を
守ることをいつも望んでいた。毘沙門天の力でこの山を、里を守るように言ったのです」

今度は私の言葉でナズーリンの顔色が変わる。驚愕の顔に、私が何を言ったのか理解できなかったかのように。

「それではこれから業務を始めましょう。急いで準備をしなくては里の者が来てしまいます」

私は黙っているナズーリンの横を通り、寺へ戻った。そして、いつもの様に夜まで仕事を行った。もう傍には誰もいない。
でも大丈夫、私は毘沙門天の弟子なのだから…そう言い聞かせ続ける、今も痛むココロに………




<前編・完>
まだ夜空に星は輝かない






続きます。
もるすあ
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コメント



0.1580簡易評価
10.無評価名前が無い程度の能力削除
切ないね。
この別離、そして再会にはいつか私も挑みたいですなあ。
13.無評価名前が無い程度の能力削除
一応部下という形をとってるんだからナズーリンのその態度はどうなんだろう?
16.無評価名前が無い程度の能力削除
後編も期待しています。
20.100名前が無い程度の能力削除
↑評価するのはいいけど点数はつけるべきだぞ?
23.100名前が無い程度の能力削除
後編も見てきました、面白かったです。
27.100名前が無い程度の能力削除
この独特で柔らかい文体が最高です。
30.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべき