「お姉ちゃんごっこをしましょう」
少女が三人、神社の縁側でのんびりとお茶を啜っている……そんな何気ない日常の一コマを、奇矯な一言で瓦解させたのはアリスである。
「……は?」
湯呑を手にしたまま、ぽかーんとしているのは霊夢。
無理もない。
彼女はアリスの突飛な言動に、そこまで耐性が無いのである。
しかし一方、それなりに耐性を有している者が約一名。
「…………」
額に手を当て、やれやれまたかと言わんばかりに盛大に溜め息を吐く魔法使い―――霧雨魔理沙。
彼女は、どういうわけかアリスと行動を共にする機会が多く、それゆえ、アリスの突発的妄言症候群にも、ある程度の免疫があるのであった。
だからこそ、魔理沙は思った。
やはりここは、自分がツッコまないといけないんだろうな、と。
やれやれ。
この世の役割分担を定めた神が恨めしい。
そんな愚痴を内心で零しつつ、魔理沙はアリスに言葉を返した。
「……すまん。何だって?」
「あら。聞えなかったの? お姉ちゃんごっこをしましょう、って言ったの」
「……いや、言葉は聞き取れたが、言葉の意味が読み取れなかったんだ」
「意味は簡単よ。今から私たち三人、あたかも本当の姉妹のように、お互いに接するの。面白そうでしょ?」
「……だったら『姉妹ごっこ』じゃないのか。なんでお姉ちゃんだけがタイトルに入ってるんだよ。妹はどうした」
「それはもちろん、私がお姉ちゃんだからです」
意味が分からん上に答えになってない。
でもここはツッコまなくてもいい箇所だなと魔理沙は瞬時に判断した。
長年の経験の賜物である。
「……じゃあ何か、アリスが姉で、私と霊夢が妹なのか」
「そうよ。長女が私で、次女が霊夢。そして三女が魔理沙。簡単でしょ?」
「む」
アリスが得意気に述べた配役を聞いて、魔理沙の眉が少し吊り上がった。
「……ちょい待ち」
「ん?」
「アリスが長女ってのはまあいい。でも、何で霊夢が次女で、私が三女なんだ?」
霊夢は魔理沙にとって大の親友であるとともに、永遠のライバルでもある。
その霊夢の妹役というポジションにあてがわれたのは、魔理沙としては、簡単には飲み下せないことだった。
もっとも、それなら何故アリスはいいのかという疑問も生じるが、それはこの際気にしてはいけない。
何故なら魔理沙自身、その点については何の疑問も持っていないからだ。
そんな魔理沙の疑問に対し、アリスは平然と答える。
「だって魔理沙って、甘えん坊の上に寂しがり屋さんで、末っ子って感じだもの」
「な……!」
「それに、魔理沙の方が霊夢より身長低いし」
「……!」
魔理沙の顔面が蒼白する。
じゃあ何か、精神的にも肉体的にも、私は霊夢に劣っているというのか。
まあ後者は客観的な事実だから反論のしようもないが。
「うん。確かに魔理沙は末っ子って感じがするわね」
さらにそこへ、次女役が内定している霊夢も口を挟んできた。
どことなく優越感に浸っているように見えるのは、多分魔理沙の気のせいではないだろう。
「な、なんだよ。霊夢までそんなこと言うのか?」
思わぬ敵軍の加勢に対し、口を尖らせる魔理沙。
それに対し、霊夢は余裕の表情で反論する。
「だって、ちょっといじめたらすぐに泣くし」
「!」
「なんか全体的にちっちゃいし」
「!」
容赦のない波状攻撃。
霊夢の言葉を体現するかの如く、既に魔理沙の目は潤み始めている。
「う、うるさい。大体霊夢だって、私とそんなに身長かわんないじゃんか」
「何言ってるのよ。私の方が五センチは高いじゃない。この差は大きいわ。ねえ、アリスお姉ちゃん?」
聞き慣れない二人称をさも当然のように用いて、霊夢はアリスに振る。
すると、その呼び名が相当嬉しかったのか、アリスは満面の笑みで答えた。
「そうねぇ。確かにまだまだ魔理沙の方が小さいわねぇ」
そう言ってニコニコと笑いながら、魔理沙の頭を撫でるアリス。
「……うぅ」
心底口惜しそうに、下唇を噛む魔理沙。
なんということだろう。
自分がまだ承諾していないにもかかわらず、いつの間にか『お姉ちゃんごっこ』は始まっていたらしい。
それも、アリスが指定したとおりの配役で。
(どうしよう……このままでは本当に末っ子として扱われてしまう……ああ、でもやっぱりアリスに頭撫でられるの気持ちいい……)
魔理沙が葛藤と悦楽の狭間でぼんやりしていると、
「……ねぇ、アリスお姉ちゃん?」
霊夢が、いきなり猫なで声を出した。
「そんな、魔理沙にばっか構ってないで、霊夢にも構ってよう」
「!?」
身の毛がよだつような親友のキャラ作りに、思わず寒気を覚える魔理沙。
だが一方アリスは、姉扱いされることが余程嬉しいのか、そんな霊夢を当たり前のように受け入れた。
「あらあら。ごめんね、霊夢。さ、いらっしゃいな」
そう言って、アリスは魔理沙の頭から手を放すと、両手を大きく広げ、ウェルカムのポーズを取った。
「わ~い」
霊夢は魔理沙の後ろを通り、そのままアリスの胸に飛び込んだ。
「ちょ、おい!」
魔理沙の口から、反射的に声が出た。
思わず、手で口を押さえる魔理沙。
「……あら、どうしたの? 魔理沙ちゃん?」
アリスの両腕に包まれながら、ふふんと得意気に笑う霊夢。
その瞬間、魔理沙は悟った。
(こ、こいつ……わざと……!)
ぎゅっと拳を握り締め、奥歯を食いしばる魔理沙。
そんな魔理沙の様子を愉しむかのように、霊夢は再び甘ったるい声を出す。
「ね~え、アリスお姉ちゃん?」
「ん~? どうしたの? 霊夢?」
「あのね、霊夢ね……」
柄にもなく顔を俯かせ、もじもじと胸の前で左右の人差し指ををつっつき合わせる霊夢。
げに恐るべき演技力である。
里の男衆の前でこの技を披露すれば、博麗神社の未来はさぞ安泰であろう。
……閑話休題。
霊夢は赤みがかった顔を上げると、とろけるような声で囁いた。
「……膝枕、して欲しいナ」
「!?」
その瞬間、魔理沙の顔が、ぴきっと強張った。
「ええ、いいわよ」
「!?」
その瞬間、魔理沙の目が、くわっと見開かれた。
「わ~い」
いそいそと、アリスの膝の上に頭を乗せる霊夢。
そんな霊夢の頭を、アリスは優しく撫でる。
「もう、甘えんぼさんねぇ。霊夢ったら」
「うふふ。アリスお姉ちゃん、大好き」
まるで本当の姉妹のように、仲睦まじくじゃれあう二人。
「…………」
一方、一人取り残された魔理沙は、そんな二人――具体的には、妹役の方――を、まるで仇敵でも見るかのような視線で睨みつけていた。
「ねえ、アリスお姉ちゃん」
「なあに、霊夢?」
「えへへ~、なんでもない」
アリスの膝の上で、実に楽しそうに笑っている霊夢。
そしてそんな霊夢の頭を、しょうがないわねぇと言いながらも、嬉しそうに撫でているアリス。
そんな二人から目を逸らすように、魔理沙は下を向いた。
握り締めた拳が、ぷるぷると震える。
(………なんでだよ)
分かっている。
(………なんで、こんなきもちになる?)
これは、『ごっこ』だ。
(………たかが、遊びなのに)
一時の暇潰しに、仲よさげな姉妹を演じているだけ。
(………なのに)
魔理沙の目には、今、アリスに膝枕をしてもらっている霊夢が、普段の自分にだぶって見えて、仕方が無かった。
普段よく、アリスに膝枕をしてもらっている、自分に。
そう。
アリスの膝の上は、自分の―――否、自分だけの―――特等席。
「―――そこは」
そのとき、きゅっと結ばれていた魔理沙の唇から、小さな声が漏れた。
「………ん?」
小さいながらも、強い意志を宿したその声に、じゃれあっていた二人も、その動きを止める。
「……魔理沙?」
キョトンとした顔で、魔理沙を見るアリス。
「そこは……何?」
魔理沙のただならぬ雰囲気に少々気圧されながらも、続きを促す霊夢。
「…………」
魔理沙は顔を上げると、霊夢の目をまっすぐに見据えて、言った。
「……そこは、私の場所だ」
一瞬の静寂。
……やがて、アリスと霊夢は顔を見合わせると、同時に、くすっと微笑んだ。
そして霊夢は、よっこらせとアリスの膝の上から頭を起こし、言う。
「……やれやれ。しょーがないから譲ってあげるわ。可愛い末っ子ちゃんに、ね」
そう言ってにやりと笑う霊夢を見て、魔理沙は、自分がまんまと乗せられてしまったことに気付いた。
(……でも、しょうがないじゃないか)
魔理沙はむすっとした表情で、アリスの方へと歩み寄る。
「……もう。仕方のない子ね。ほら」
アリスは満面の笑みを浮かべて、お姉さん座りをしたまま、魔理沙に向かって両手を広げる。
「…………」
魔理沙は無言で、ぎゅっとアリスに抱きついた。
アリスもそれに合わせて、両手を魔理沙の背中に回す。
暫くの間そうしてから、やがて魔理沙は床に寝転がり、アリスの膝の上に頭を乗せた。
(……ここは、私の場所なんだから)
魔理沙は、ぎゅっと両手でアリスのスカートを掴んだ。
まるで、自分の占有権を主張するかのように。
「……ふふ。魔理沙、可愛い」
アリスは微笑んで、魔理沙の髪を優しく撫でる。
「…………」
魔理沙の顔は、アリスのお腹の方を向いている。
アリスの位置からは、頬をぷうっと膨らませた魔理沙の横顔がよく見えた。
「もう、なんでそんな仏頂面してるの」
そう言って、魔理沙の頬を上からぷにぷにとつっつくアリス。
「…………」
すると魔理沙は、いやいやをするように頭を振り、そのまま、アリスのおへそのあたりに顔を押し付けてしまった。
「あらあら」
アリスは溜め息を吐いて、再び、魔理沙の髪を撫で始めた。
「まったくもう。これだから末っ子ちゃんはー」
そう言いながら、今度は霊夢が、ぎゅっと丸まっている魔理沙の背中やら足やらをつっつく。
そうしてつっつかれるたび、魔理沙はぴくっ、ぴくっと反応するものの、一向に顔を上げたりする気配は無い。
アリスのスカートをぎゅうっと握りしめたまま、顔をアリスのお腹に埋め、ちまっと丸まっている。
もはや膝枕というよりは、コアラの赤ちゃんが、お母さんコアラに横向きにしがみついているような格好だ。
そんな魔理沙を、二人の『姉』が優しく愛でる。
「魔理沙、可愛い」
なでなで。
「…………」
「魔理沙、可愛い」
つんつん。
「…………」
魔理沙の顔はアリスのお腹に押し付けられているため、その表情を伺い知ることはできない。
しかし、金髪の隙間から覗いた真っ赤な耳たぶが、彼女の内心を雄弁に物語っていた。
了
顔が元に戻らないじゃないかwwww
口元が緩むww
ニヤニヤしてしまう…!w
それで、すぐの復帰で、さらに、後書きでも相変わらず休止をほのめかすようなことが書かれていたのを見て、率直に言って馬鹿にされたような印象を感じました。
他の方がどう感じたかは無論わかりませんが、こう感じた人間もいたことを心に止めていただければ。
軽々しく休止などと言わない方がいいと思います。
突発的な衝動を抑えられず投稿するような有様なのに。
休筆宣言ねぇ。
別に帰ってくるなというわけではありません。お帰りなさい。
でも、これ以降はあなたの言葉を信用するのが難しくなりましたね。
休筆ですか。
次はいつ、「これで本当に一旦最後」という気持ちで書く予定ですか?
休筆。
では、またいつか会えますように。
何故ならあなたの作品が好きだから。
そしてニヤニヤがとまらないww
貴方の書く魔理沙は特徴的ですねぇ。可愛くて好きです。
魔理沙がかわいい。俺はそれでいい。
彼女の少女特有の愛らしさを堪能できました。
それでは『まりまりさ』さん、また相見えるその日まで去らば。
それでも、創想話は作品を自由に投稿出来る場所のはず。
無遠慮な発言は慎むべきと思いますが、急にできたアイディアを無駄にしてしまうより、発言を撤回してでも文章を書くべきだと思いました。
何時になるかは分かりませんが、次の作品を楽しみにしています。
これからも暇を見つけてちょくちょく書いてくれたら泣いて喜ぶんだぜ
甘い時間をありがとう
電波受信したら,また分けてくれ。いつになっても構わないからな。
そりゃあ好きな特定の作者さんもいますし、まりまりささんもその一人ですが、あくまで読んでるのは一つ一つの作品ですからね。
何の予告も無く作者さんがいなくなっても、こっちで勝手に残念に思うだけで批難はしませんし、ポッと新作が投稿されればまた喜んで読ませて頂きます。
ところでアリスも昔は甘えん坊だったのか。
たまらんのです
こまけぇことはいいんだよ!
w 末っ子だったアリスはお姉さんに憧れがあるんだろうなぁ。
儚月抄のパーティのときも近くのアリス誘わずにわざわざ神社まで行って霊夢と一緒にいってますし
物書きに限らず何かを創作する者はいつネタが浮かんだり
創作意欲が沸騰したりするかわからないものですよね。