「宝塔の反応は……ここか」
ナズーリンは毘沙門天の使いとして寅丸星の失くした宝塔を探すお遣いに出ていた。
彼女は急いでいた。すぐに主人の星が宝塔を必要とする場面が来るかもしれないからだった。
それは物事の決着を付けるある種の戦闘であり、かつての尼、聖白蓮を復活させるために必要である。
だから彼女は急いでいた。そして彼女はダウジングで宝塔の在り処を見つけ出した。
それは、
「……霧雨魔法店?」
魔法の森にぽつねんと佇んでいる人家だった。
□
「お邪魔するよ」
断りを入れて人家に入るナズーリン。
返事はない。
物が乱雑に積まれていて部屋を全て見通せるわけではないが、その霧雨魔法店はどうやら無人のようだった。
「……これは好都合だ。さっさと宝塔を見つけ出してちゃっちゃと戻ろう」
――そう呟いたときだ。
「それは出来ない相談だな」
声が、響いた。
部屋の奥の、光が届かず深い闇を作っている場所から、低い声が聞こえた。
ちなみにここでいう低い声の意味するところは位置的に低い場所から響いているということである。
「……済まない、店の主人。不穏な発言に聞こえたのなら謝ろう」
相手の姿は確認できない。ナズーリンは言葉を続けながら、身構える。
その時、闇の中に蠢くものを感じた。
それが這い出してくる。のそりのそり、ゆっくりと、静かな音を立てて。
「――まあ、ちゃんとお客になってくれるのなら、相手をしてやらんことはないが」
声の主が姿を現した。
ナズーリンは、目を見張った。何故なら、それの姿は、
「……ツチノコ?」
一見蛇のようで、蛇には短く腹が太い――見紛うことのない、まさにツチノコそのものだった。
それが、部屋に散乱している布を潜り抜け、本の隙間を縫ってこちらにやって来たのだ。
「やあ、ネズミのお嬢ちゃん。探し物は何だい?」
木の床の上、ツチノコがナズーリンを見上げていた。
□
「おいおい、何だよお嬢ちゃん。己(おれ)のことをじろじろ見て。そんなに珍しいのかい?」
割と珍しいぞ自分、と私は思った。少なくとも頻繁に見かけるものではない。
しかし、喉まで出掛かっている言葉を抑え込む。今は急ぎなのだから。
「ちょっと探し物があってね。中を見せて貰ってもいいかな」
「いい。……が、まずはそこの鏡を見ろ」
鏡? と思って辺りを探すと、肩の高さまで積んである本のその上に、手の平より少し大きいほどの大きさの鏡が載っていたがツチノコ使わないだろこのポジション。
その鏡を覗き込むと――私の顔が映った。
急いで飛んでいたからか、髪の毛が大分乱れていた。
「お嬢ちゃんみたいな品のある子が御髪を乱してちゃ、様にならないぜ」
「それは……ああ、有り難う」
私は髪を手櫛で簡単に直す。何だか判らないが、良く気が付くツチノコだ。
そして、私は家――店主がいるのだから、もとい店内を探す。
探しているのはご主人様が失くした宝塔だ。正確には、師匠のご主人様の宝塔を弟子のご主人様が紛失したのだが。
大量の本、撒き散らされた紙や衣服。布の掛かった鳥籠が解放されているのが、どこか印象的だった。
そのような過程があったが、それは程なく見つけられた。案外時間が掛からなかった。
「……ふむ、これだな。店主よ、これを譲って貰いたいのだが」
「いくら出すかね」
問われた。これは、言い値で売ってくれるのか、はたまた別の意図があるのか量りかねた。
だから、私は逆に問う。
「いくらで売ってくれるだろうか? 今、手持ちがあまりないのだけれど」
この様に返せば、相手はあまり高い値段も付けられまい。そう考えた。
だが、ツチノコは、
「――千両で手を打ってやるよ」
途方もない金額を吹っ掛けてきた。
□
「……まさか」
動揺がある。が、それを悟られないように振舞う。
ツチノコはそんな私の考えなど全く意に介してないように、言葉を放った。
「だってそれ、宝塔なんだろ」
「宝塔……確かにそうだが、これは、レプリカだよ」
それは嘘だ。しかし、素人に真作か贋作かなど判断できまい。そう考えて、私は虚言を吐いた。
しかし、ツチノコはいう。
「レプリカぁ? まあ、確かにそういえば、仏具の価値なんかちっとも判らん己は納得するかもよ。
でもさ――己にも人を見る目くらいはあるぜ。お嬢ちゃんは品のある良い子だ。屋台やってる夜雀の嬢ちゃんやら、たくさんの動物の妖怪を知ってるが、誰もあんたみたいな滲み出るオーラは持ってない。あんた、もしかしてどっかの神様の使いなんじゃないか?」
図星だ。思わず固唾を飲み、喉が鳴った。
「そのお嬢ちゃんが髪の毛ぼっさぼさにしながらやって来た。こいつはただ事じゃねえなあ、と思ったよ。そして、あんたの目的はその宝塔。ネズミと宝塔を繋げる神様は……毘沙門天かな。
まあとりあえず、これだけ状況証拠が揃ってれば誰だってあんたと宝塔の関係を疑いたくなるってもんよ。可愛いお嬢ちゃんがどれだけその宝塔を欲しがっているのか、想像が膨らんでムラムラするね」
私は、素直に驚いた。ツチノコだと思って見縊っていたが、なかなかどうして商人は目聡いものだ。
ならば私はそれに応える意気をもって相対せねばならない。
呼吸を整えるため私は、ふう、と息を吐く。
「成程……確かにそれは本物だ」
「そら見ろ」
「じゃあ店主。その本物の宝塔を、私に譲って貰いたいのだが、千両で良かったかな」
「良かったかな、じゃないよ」
ツチノコは私の言葉に疑いをかけているようだった。
「お嬢ちゃん。千両ってのは通貨は冗談みたいなもんだが、己はそれ相応の価値を要求したんだがね。それを、あんたは払えるっていうのかい? まさか、ネズミの子分たちでも身売りするつもりかい?」
「そんなことしないさ。払えないわけじゃない。――物々交換は出来るかな」
それは、私の側にある宝と相手の宝塔を交換しようというのだ。しかし、私がどうしてもその宝塔を欲しがっているのは相手に知れている。相手は仏具の価値が判らないといった。
ではどのようにして相手の納得する価値のあるものを用意するのか。
それには私は当てがあった。
「物々交換なんか日常茶飯事さ。でも、ちょっと価値のあるものを持ってきておくれよ」
「判っているとも」
そういって、私は店を出た。
宝塔と同価値、いやそれ以上ともなる宝を取りに、聖輦船へと戻った。
□
「待たせたね、主人」
「商談のためならこれくらいどうということはない」
店の主人、ツチノコは私の腰ほどの高さがある棚の、空いているスペースに鎮座していた。
その隣には一刻も早く手に入れてご主人様に届けなければならない宝塔が並んでいた。
ツチノコは、私を見た。睨んでいるともいえる、意気込みの入った眼つきだ。
「では――見せてもらおうか。己の首を上下に曲げてしまうほど、威力のでかいお宝をさ」
「ふん、そのお宝は――これさ」
そういって、私は鬱金の風呂敷包みを見せた。抱えるほどもない小さな包みである。
そして、私はその風呂敷から桐の箱を取り出した。それを見たツチノコが、
「上等だねえ」
と呟いたのを聞いて、このお宝の印象が悪くないことに笑みが浮かんだ。
それに付加するように、私は口上を述べる。
「これは、それこそかつては千両で取引されたという茶碗。時の帝が箱書きを記したほどの名器さ!」
「なん……だと……?」
ツチノコは驚愕の二文字を顔に描いている。
それほどまでに「私が素直に価値のあるものを持ってきたこと」に驚いているのだろう、と解釈する。
そうだ。これは率直に価値がある品だ。
馬鹿正直な話だが、私のご主人様はどうしても宝塔を必要としている。
聖白蓮を復活させるために、だ。
寅丸星は聖白蓮に心酔している嫌いがある。今は彼女には聖復活しか見えていない。それは復活後も変わらないだろう。
そのとき、彼女には私がどのように映るのだろうか?
ご主人様は、聖が封印されたあとも寺に残り、毘沙門天であり続けた。優秀な毘沙門天であろうとした。
それは、監視役という私がいたからではないのか、と思うことがある。
しかし今は、形振り構わず聖復活に精を出している。それを優秀な毘沙門天といえるか?
否である。
では、その後の監視というのは彼女にとって鬱陶しいものになるんじゃないのだろうか?
本来監査役である私に悪い評価を付けられないよう取り繕うんじゃないだろうか。
私はそれでもいいと思う。優秀な毘沙門天に見えるなら、彼女の役割は果たしているし、私も彼女を邪魔しないように身を引こう。
だが。
それでは私は寂しい……!
仕事だけの付き合いだったと割り切ってしまうのはいいが、それだとどうしても、私の気持ちは割り切れないのだ。
いつからこのように考えるようになったのか。長い間監視しているうちに情でも移ったのだろうか。
それは、貴方に取ってとても煩わしくて、必要としていないことであっても、
せめて少しでも私を気に掛けてくれたっていいじゃないか!
でも私は自覚している。それは八つ当たりであると。
私は不貞腐れない。彼女が優秀な毘沙門天であるために、私は優秀な監視役であろう。
思慮も分別もある。そして、私は貴方への想いを断ち切れるほどに貴方を想っているつもりだ。
その踏ん切りを付ける為に、私はこれを宝塔に換えて、貴方の元へ届けよう。
この宝塔が手に入らなければ聖白蓮は復活しない。そうすれば、貴方はまた私の方を見てくれるかもしれない。
だが、それでは貴方は悲しむ。私は貴方を困らせるようなことはしたくない。悲しむ顔は見たくない。
宝塔を届けたときに、心の片隅でも喜んでくれれば、私は嬉しい。
例え、もう私のことを見てくれなくなったとしても、だ。
――貴方がそれを望むから、私は貴方を自由にさせてあげよう!
私はこれで貴方に別れを告げることになる。
そう、これは、私が寅丸星に送る餞別というものだ……!
「――見ろ! これが、私が宝塔に値すると思う、千両の宝だ!」
言葉と同時、私は桐の箱からその茶碗を取り出した――。
□
私はそれを掲げて見せた。
ツチノコは、驚きのあまりに声が出ない。
何故ならその茶碗は――。
「……え、いや、これ、安物」
とのことである。
「まあ待て主人」
「待つも桐もすごいのは外装だけで、これはそれなりに古いけどただの清水焼きじゃないか。千両も値が付くわけがない」
「とりあえず話を聞くといい」
私は驚愕のためかおどおどしているツチノコを手の平で制した。
そして落ち着いたところで話を切り出す。
「先の話は嘘ではない。――これは"葉手奈の茶碗"というものだよ」
「"はてなのちゃわん"とはまさに"はてな"だな。一体何の話だい」
ツチノコは尋ね返してきた。
"葉手奈の茶碗"、音は"はてなのちゃわん"。なんとも間抜けな響きがある。
その名前の由来は、
「まあ、実演して見た方が早いだろう。水が汲める場所はあるかい?」
「その奥の廊下を右に曲がって突き当りまで行くと水瓶があるが」
「ふむ、じゃあそこまで行こう。その籠にでも載ってくれ。ああ、子ネズミたちや、そいつは食べてはいけないよ」
私は尻尾に掛けている籠にツチノコを載せて、その水瓶がある場所まで移動した。
そして、その水瓶から茶碗に水を掬った。並々となった水面が、茶碗の中で揺れていた。
「で、これに何の意味があると?」
「まあ見ていたまえよ……ほら」
話しているうちに、私が手にしている茶碗には、私が意図していた通りの現象が起こった。
それを見てツチノコは、ほう、と息を吐いた。
その"葉手奈の茶碗"は――底から少しずつ水漏れしていた。
「って、茶碗としても役に立たないんじゃないのかこれは」
「いやいや、だから高値が付いたんだが。……それは別にして、これは主人に取ってとても役に立つものだと思うよ」
ツチノコは不思議そうな顔(多分)でこちらを見た。
それに対して私は、ふふんと鼻を鳴らした。
さて、この水漏れする茶碗が、主人に取って役に立つ根拠とは?
「部屋に衣服が落ちていたが――ほとんど脱ぎ捨てられていたのだが、主人、人間の服を着る趣味をお持ちで?」
「……ぬ」
「どうやらこの家は、主人の他にも住人がいるようだね。ぶっちゃけていうと若い女子と見た。
それで、あの部屋の鳥籠は主人が普段収まっている住処だと。違うかい?」
「……そうだが、それがどうした?」
ツチノコの口調は重々しかった。
それを聞いて、推理が間違っていないことに私は意気揚々と話を続ける。
「鳥籠には布が掛かっていたが……もしかしてその女子は、主人に裸を見られるのを嫌ったのでは?
主人も非力ではないだろうから鍵を壊すくらいどうってことはないだろうが、布がずれているのは直しにくいだろう。そうやって、主人は女子の柔肌を拝見する機会を幾度となく見逃してきた」
「ま、まさか。この己が出歯亀気質だとでも……?」
ツチノコの口調に焦りや動揺が見えた。私はその首を掻けるところまで手を伸ばしている。
だから、私は最後の一押しをする。
「そういえば主人が最初出てきたとき布――いや、あれだ、黒いスカートから出てこなかったっけな」
「――ぬおおおおおおおおっ!!」
ツチノコは、何かを噴出しそうな勢いで唸った。そして、私を睨みつけた。
「しかし、弱みを握ったと思うなよ! 彼女の前では己は愛らしい動物なのだ! 貴様が何を喋ろうがそれは揺ぎ無い!」
このツチノコは、自分の居場所に自信を持っているのだな、と思った。
私もそれほど上手く彼女と付き合えたらな、とも思った。
「まあ、主人の場所を侵すことは出来ないのは承知しているし、侵そうなどとは思わないよ。
――ただね、見てみたいと思わないかい?」
「な、何をだ……?」
「その彼女のありのままの姿をさ」
「何を馬鹿なことを」
「例えば、この茶碗を判りやすいところに置いておく。それを女子が見つけ、熱いの緑茶を飲もうと思う。ただ緑茶を飲むだけさ、主人の籠に布は掛けられまい。
さて、この茶碗に緑茶を注ぎ、手に取った――瞬間、落ちる雫が衣服越しに彼女の膝を叩く。高温の打擲! 熱さにたまらず女子はスカートに手を掛け……」
「買った」
「千両だけど」
「偶然にも同価値の宝塔があるんだが、持っていくかい?」
「もちろんだとも」
これで交渉成立となった。
私は茶碗の水を捨て、店主と共に適当な場所に放置すると宝塔を手に取った。
そして、もうここには戻ってこないことを誓い、霧雨魔法店を後にした。
――もう思い残すことはない。想いも全て断ち切ってしまおう。そんな意味を込めて。
あの茶碗はもう手元に戻ることはないだろう。
そう考えると、どこか清々しい気分がした。この程度の損失も、この感情の前には取るに足らないことに思えた。
「――まああれはご主人様のものだしな」
少し前、私はご主人様が嬉々としてこの茶碗を手にしているのを見かけた。
「これで水が出てくれば、きっと驚くでしょう……」などと彼女は呟いていた。
腹が立つくらいにやにやした寅丸星の姿がそこにあった。
――きっと驚かす相手は聖白蓮だろう。そう考えると、また腹が立った。
だから私はこの茶碗を売ってしまうことに決めたのだ。宣伝文句もそこからヒントを得たものだ。
それで、計画を台無しにした私を恨めばいい。私を放っておいた罰である。
これは私のささやかな報復だった。
□
夜の霧雨魔法店こと霧雨邸。己は床の上で息を潜めている。
すると、家の前で物音がした。続いて声が聞こえた。
「あーあ、今日は疲れたな」
扉を開き、家に入ってきたのは彼女だった。
「結局UFOの正体はよく判らなかったな。ひとつ捕まえてきたもんだが――その前にお茶でも。こういうときは緑茶だなあ」
そういって、彼女は荷物の中を漁り、中から缶を取り出した。
「あとは、っと。――おっと、こんなところに湯呑み茶碗が」
そして、彼女は"葉手奈の茶碗"を手に取った。
やった――己は心の中で呟いた。
そうしているうちにも、彼女は手際よく準備を整え、八卦炉で湯を沸かし、お茶の葉を入れ――その茶碗の中に注いだ。
あとは口元に持ってくるだけである!
しかし、彼女はそれを近くの机の上に置いてしまった。
……まあいい。機会は待っていればいずれ訪れる。
「しっかし、このUFOはどうなっているんだか」
呟いた彼女は、適当な工具で持っていたものをいじり始めた。
それらのぶつかる音だけが部屋に響いていた。
それは延々と続いた。
私は凝然として待った。
そして、彼女がお茶を手に取るのが先か、夜が明けるのが先か、我慢比べとなったとき。
「お茶……」
彼女は茶碗に手を伸ばした。もう温くなっているだろうがまだいける!
己はガッツポーズを決めた。が、
「うわ、何だよこれ割れ物かよ」
お茶が漏れているのに気付いたようだった。
どう処理をしようか、しばらく悩んで――彼女は窓を開けてその湯呑みを放り投げた。
遠くで湯呑みの割れる音。
「……うん」
千両と己の期待は脆くも砕け散った。南無三。
□
順当に聖白蓮は復活した。その日のうちの出来事だった。
念願が叶う瞬間というのは、意外とあっさりしているものだな。それが私の感想だった。
けれども、我がご主人様、寅丸星は涙を零して喜んでいた。
それが私をいらつかせていた。
見っとも無かった、私が。
そして聖輦船で一息を吐いていた。聖の調子を見て祝賀会でも開こうか、という話になっているところを抜け出してきた。
与えられた自らの部屋に篭る。
こうやって済し崩し的に終わっていくのか。そう考えると感情の動きが緩く収まってきた。
そうして落ち着いていた頃に、誰かが扉が叩いた。
「あの、ナズーリン」
ご主人様の呼ぶ声だった。
「ちょっと話したいことがあるのですが」
「どうぞ」
私は入室を促した。部屋に入ってきたご主人様はどこかしょんぼりとした様子だった。
聖白蓮が復活したというのに。
それだけ私に会うのが気が進まないということか。
ご主人様は口を開く。
「あのですね、ナズーリン。……私の、茶碗を知りませんか? 安物の湯呑み茶碗なんですが」
「ああ、あれは……古物屋から宝塔を買う代価にしました。勝手なことをして申し訳ありません」
「え、あ、そうですか……」
本当は安物ではなかったのだがな。
本人もそれを把握しているのだろう。「まあ、いや、別に……」と曖昧な言葉を付け足した。
その曖昧さが、癪に触った。私は指摘する。
「あの"葉手奈の茶碗"、本当は高価なものなんでしょう?」
「し、知っていたのですか……」
「怒ってもいいんですよ」
私は、ご主人様の瞳を見つめる。その心を推し量るように。
「勝手に千両の値が付く茶碗を売った私を、怒ってもいいんですよ」
ご主人様は視線を逸らした。私の高圧的な態度に気後れしているようだった。
「あれは千両といっても、今ではあまり買い手がいるものじゃないでしょう」
「そうですか」
「私もそれほどの価値が見出せませんでしたし、持っていても仕方がないものでした」
「それは私のことをフォローしているのですか?」
「いえ、そういうわけじゃありません。ナズーリンは立派に役目を果たしてくれました」
煮え切らない態度だった。
やがてご主人様はぽつりと呟いた。
「……すみません」
「何がですか?」
「私はあれを、不埒なことに使おうとしていました。中身が漏れますから、その……」
不埒なこと……というと、私は霧雨魔法店のツチノコに教えた使い方を思い出した。
まああれはいたずらぐらいにしか使えないんだろうな。
しかし、そうだとすると相手は――やはり聖白蓮しかいない。
快気祝いにちょっとおふざけでも入れるつもりだったのだろう。
私はひとつ溜め息を吐いた。もう彼女の眼中には私はいないのだろうな、と。
諦めのようなものが私の心を支配していた。
「もういいですよ、別に」
「いや、ちゃんと最後までいわせて下さい!」
ご主人様――寅丸星は、意を決して、いう。
「私はナズーリンにちょっといたずらをしようと思っていました」
「……はい?」
「さ、最近ナズーリンが何だか事務的で、冷たくて……。
それで、ちょっと驚かして、元通りになるきっかけにならないかって思って、あの茶碗を準備して……」
「聖じゃなくて?」
「はい?」
会話が微妙に噛み合わなかったが、つまりこういうことらしい。
私が聖に仕掛けるものだと考えていたいたずらは、実は私に仕掛けられようとしていたもの。
素っ気無い私を振り向かせるためのものだった。
それの意味するところは、3つ。
寅丸星は、私のことを見ていたということ。
態度を変えた私に対して、前から準備していて、聖復活後全てが収拾着いた頃に驚かそうとしていたということ。
それに対する私の行動は、ただの独り善がりだったということだ。
「何だよ、それ」
「すみません。それは、ナズーリンの驚く顔が見たくて」
「全部私が悪いみたいじゃないか……」
「いえ、悪いのは私ですから」
私は言葉に詰まった。自分が恥ずかしかった。
全部、ひとりで嫉妬して、ひとりで勝手に冷めていた道化だったのだ。
それが、少しでも彼女に知られていたんじゃないかと思うと顔が熱くなった。
「その……あの茶碗、取り返してくる――!」
「えっ――?」
私はいたたまれなくなって、走り出す。
部屋を出て、廊下へ出て――そのまま遠くへ行ってしまいたかった。
それを追う声が聞こえた。
「もうあの茶碗はいいですから! ……ナズーリンが前みたいに戻ってくれれば……、
ナズーリンがまた、私と、寅丸星として付き合ってくれたら、私は……!」
言葉。
私は背中へ引かれる。
振り向き、彼女を見る。
彼女は私を捕まえようとして、その両手を、私の背中に回した。
「……私はもう、十分に宝物を得ていますから」
私は彼女の胸に顔を埋めていた。
肩で息をしていて、顔が火を吹きそうで強張っていて、特に目の辺りが熱かった。
それを隠すように、彼女がそうしているように私も彼女の背中に腕を回して、ぎゅっと頭を押し付けた。
「ナズー……」
私の頭を優しく撫ぜる感触があった。それだけで心が落ち着いた。
誰かが通りかかって、見られてはしまわないかと少し心配だったが。
我慢しなくても良くなった私は、なかなかご主人様から離れることが出来なかった。
後悔は微塵も無い(キリッ
と思ったらニヤニヤしてました、星ナズいいよ星ナズ
いい感じの星ナズに、GJ。
でもツチノコに意表を突かれてしまったのでこれで。
よく書いてくださった!!
とは思いましたが魔理沙が盗って来たんですねw
茶碗即買いのツチノコに吹きました。星ナズいいね!
これはいい星ナズ
ところでナズーリンが可愛すぎて死にそうなんですが