某日某所
紅魔館周辺上空
一羽のカラスがブラブラと飛んでいましたとさ。
「ぶんぶんぶーん、文がとぶーん」
おやおや、楽しそうですね。
「おいけのまわりにのヴぁらだばぁ!」
撃たれました。
─────────
同時刻、紅魔館
「おぜう様、今日の夕食は鳥料理ですわ」
「そう、しっかり血抜きしておいてね」
飲む血は人間に限る、それが吸血鬼のジャスティス。
「では、止めを刺してまいります」
そう言うやいなや、咲夜は飛び立っていった。
(上手くなったわね……咲夜)
湖畔の霧に消えていくメイド長の姿を眺めながら、館主レミリア・スカーレットは数ヶ月前のことを思い出していた。
─────────
「咲夜、いる?」
その日は曇っていた。
昼食の後片付けをしていた咲夜は、後ろを振り返ることなく答えた。
「はい、何でしょうか。 三時のおやつはまだですよ」
「違うの……」
トコトコと、レミリアは咲夜に近寄った。
「はい」
「暇なの…………」
きゅっと咲夜の袖を掴んで上目遣いで頼まれる咲夜。
あと34咲夜ポイントで襲う所だったが、何とか我慢した。
「左様ですか、それなら……」
何とか心を落ち着かせながら、十六夜咲夜は考えた。
(おぜう様が暇なのはいつものこと。
ならばいつも通り博麗託児所……じゃなくて博麗神社に行ってもらおうか。
いや、しかし今日は曇りである。それが何を意味するか。
晴れの日はおぜう様は日傘を差して外に出かける。
しかし曇りの日はどうだろうか、きっと面倒臭がって差さないだろう。
問題はその後に晴れたらどうするかということである。
行く途中で晴れても、行ってから晴れてもおぜう様は帰れなくなってしまう。
そこで私がついて行くという選択肢が生まれる。却下。
今日は忙しい、近場ならまだしも、遠出は不可能だ。
……そうだ、たしか倉庫にあれがあったはず。)
この間0.3秒。
「ハンティングを致しましょう」
レミリアは反復する。
「ハンティング……?」
「狩猟、とも言います。 銃を使って野生動物を狩る遊びですわ」
「手で狩っちゃ駄目なの?」
そう言い不敵に微笑む彼女は、可憐な容姿とは対照的にドス暗いオーラを発していた。
「駄目です」
「弾まk」
「駄目です」
「わかったわ……一度やってみましょう」
「はい、それではすぐに用意致します故」
紅魔館の近辺に、ちょっとした森林がある。
季節的にも動物達は活発的であり、獲物には事欠かなかった。
静寂に包まれた森の中、銃声だけが一つ、二つと空しく鳴り響いた。
「当らないわね……」
「最初はそんなものですわ、しかしセンスがあります。すぐに上達するかと」
「むぅ……ねぇ咲夜、お手本を見せてよ」
「お、お手本ですか」
「そ、お願い」
ぽっと手渡された猟銃は咲夜にとって、とても重く感じられた。
(落ち着くのよ咲夜……そう、私は瀟洒で完璧よ…………いかなる時も!)
タァン、と。
銃声がまた一つ、静かなる森に鳴り響く。
キャンという可愛らしい悲鳴が、確かに耳に届いた。
確かな手ごたえを感じた咲夜は一人、標的である兎を見つめていた。
兎は弱々しく震えながら眼を彼女に向け、必然、目が合う形となった。
「下手糞ウサ」
無論実際そう言われたわけではないが、言われた気がした。
というか絶対言った。咲夜はそう思った。
しかしここで気づく。
じゃあさっきの悲鳴は何だろうか。
心なしか後ろから聞こえてきた気がする。
「さ~く~や~」
「おおおぜーさまっ! さーせん!」
パニックって怖い。
「はぁ、ちょっと痛かったじゃない……」
「申し訳ありません!」
「で、なんで撃った弾が逆に飛んでくるのかしら?」
「ち、兆弾したのかと」
「まぁいいわ、誰にでもミスはあるものよ。次はちゃんとお願いね」
「は、はい」
咲夜は再び銃を構える。狙うは銃口の向こう、ニヤついている(咲夜フィルター)兎。
この時、レミリアは感じた。天性の直感が働いたのだ。
すごく嫌な予感がする、と。
というか、咲夜の腕がぷっるぷるしている時点で誰にでもわかる。
「はぁ!」
タァンと、本日数回目の火薬が弾ける音が森に響く。
咲夜は恐る恐る目を片方だけあけた。
しかし、兎はいなかった。
後ろを向いた。
そこにはおでこに鉛玉をつけているナムさんがいた。
天空×字拳も真っ青である。
「…………咲夜」
「は、はひぃ」
瀟洒のしの字もない咲夜さん完成の図。
「…………鞭か縄か、選ばせてあげるわ」
「あ、あれだけはご勘弁を!」
「ふふ、そろそろ晴れそうね。帰りましょうか」
「いややぁー! あれはいややぁー!」
紅魔館に瀟洒で完璧な断末魔が鳴り響いたそうな。
─────────
時は戻る。
あれから数ヶ月、調きょ……教育のかいあって、咲夜は必死に銃撃の特訓をした。
その甲斐あって、今では幻想郷屈指の猟銃使いである(他に扱う者がいないとも言う)。
咲夜は言った。
昔、自分の周りの人間は皆銃を使っていたと。
そして自分だけ絶望的に銃の扱いが下手であったと。
その結果、彼女は投げナイフという道を選んだ。
それはもちろん、尋常ならざる茨の道であった。
(そういえば、何でこんなことになっているんだったかしら)
あぁ本末転倒。
彼女の暇つぶしのはずのハンティングは、最終的に咲夜の夕食のメニューを増やしただけであった。
─────────
「さて、とりあえず飛んでたから撃ったけど、何が取れているかしら」
パッと見、黒かったのでクロサギだろうか?
万が一カラスだったらどうしようか……いや、カラスにしては大きかった。
「カラスだったわね」
「うぅ……」
視線の先にはわき腹に不意打ちを食らった射命丸文さん。
「まぁいいわ、とりあえず止めを刺しましょう」
「ま、待って!」
しばらくうつ伏せの状態でぷるぷるしていたが、やがて顔をあげる。
「…………」
そして相手の顔を確認。
「やいやいやい! この幻想郷のマッハルポライター射命丸文さんに鉛玉のプレゼントたぁ、やってくれたわらばぁ」
わき腹にナイフが飛んできた。寸のところで避けたが。
怪我を負っている所に追い討ちをかけるあたり、殺意を感じた。
「サクっとね」
「ちょ、やめ」
間髪入れず、次々に飛んでくるナイフ。
しかも全部急所。殺意丸出しである。
「やめろって……いってるんですよ! 風符【風神一扇】」
ごう、っと。
文の周辺に竜巻が巻き上がり、全てのナイフを弾き飛ばした。
「まったく、うざいですねぇ……何なんですかいきなり」
「食材と話す趣味はないわ」
すっと、四次元ポケットから取り出すかのごとく数多のナイフを構える咲夜。
「食材……? 最近の紅魔館はそんなに飢えてるんですか? こりゃスクープだなぁ」
紅魔館という単語は、彼女にとって一種のキーワードであった。
ふっ、と。咲夜の目が狩人のそれからメイド長のそれへと代わった。
「…………あら、あなたは確か新聞屋の……射命丸文だったかしら」
「え、遅っ! 気づくの遅っ!」
「こんな所で何をしているのかしら」
「そりゃこっちのセリフですよ!」
「困ったわ……鳥肉どうしようかしら」
「ま、まぁアレですよ。寛容さがウリの文さんですからねー さっきの事は不問にしてもいいですよ!」
「食材の変更……ないわね、おぜう様に約束したもの」
「た・だ・し! 謝罪の意を込めて何か情報をよこしてもらいましょうか でっへっへ」
「仕方ないわね、少し場所を変えて狩ることにしましょう」
「聞いちゃいねぇ!」
ガビーンと効果音が鳴りそうになっている文をよそに、咲夜は再び飛び立った。
しかしここはブン屋の意地、負けじとついて行く文。
「あっ、そうだ! さっき確か私を銃で撃ちましたよね! あんな外の世界の武器持ち出してどうしたんですか。
もしやナイフが使えなくなった? いやさっき使ってましたよね……じゃあ何だろう…………
あ、やっぱり歳には勝てなぷげにゃ」
今度は洒落になっていなかった、というかわき腹がちょっと切れた。
「歳の話題はやめておきなさい、まだ三途の船渡しの世話になりたくないでしょう?」
「ぶぅー」
口を3の字にする文をよそに、咲夜は獲物を探すことに専念した。
(大体、貴女のほうが年上なんじゃないの……?)
妖怪は歳のことを考えなくていい。しかしそれを咲夜は羨ましくは思わなかった。
もちろん、全くと言えば嘘になる。
しかし、彼女は人間に誇りを持っていたし、それはレミリアに仕えてからも変わらなかった。
確かに相対的に見れば人間は寿命が短い。しかしだからこそできないことがあるのも事実である。
そう考えていた。そして今自分がするべきことは、夕食を作ること、ひいては食材を手に入れることであった。
「ねー、おしえてくださいよー、何かわけありの匂いがプンプンしますよー」
「あーもう、うるさいわね」
しょうがない、そう思い咲夜は話をつけることにした。
「別に他意はないわ、単に夕食のレパートリーを増やした結果の一つよ」
「それにしては変ですねぇ、何で銃なんです? 何で今まで使わなかったんです?」
ふぅ、と咲夜はため息をつきたくなった、むしろついた。
変な所だけ鋭い、腐っても新聞屋ということだろう。
「貴女には関係ないことよ」
「関係ないことあるもんですか! 私はブン屋ですよ、私には、大衆には知る権利がある!」
「知る権利は、人のプライベートを知っていい権利という意味はないわ」
「関係ねぇっす! そこに情報がある限り」
「とにかく、もうついて来ないでね。 閻魔に会いたいなら別だけど」
言っても無駄だと確信し、きびすをかえしたその時であった。
「鳥の獲物がほしいなら、情報をあげてもいいですよ」
それは、今の彼女にとっては垂涎の情報であるのは間違いなかった。
「…………同属を売るの?」
「なぁに言ってるんですか、もちろんカラスじゃないですよ。
そもそも、他の鳥類はどうでもいいんです。むしろ敵。 大体ね、人間だって同じ哺乳類食べてるじゃないですか」
一応、スジは通っている。そこが少しムカついた。
「まぁいいわ、寄越しなさい」
「おっと、情報は交換ですよ」
「そっちが先よ」
「ふむぅ、仕方ないですねー、特別出血大サービスですよ?」
─────────
「……遺言を聞きましょうか」
「あややや! お気にめしませんでしたか!」
「論外ね……」
今、咲夜は空を全力で飛んでいた。
確かに鳥はいた。そして食べられる鳥だろうこともわかった。文によると味もいいらしい。
問題があれば全長10メートルだったということと、今追いかけられてるということくらいだろう。
「怪鳥……ね」
彼女であれば、無論倒せないことはない。
問題は先ほどのやり取りでナイフが後6本しかないということだった。
しかし、出し惜しみをしている場合ではなかった。
「ふっ!」
振り向き、虎の子のナイフを四本怪鳥の両目に投擲する。
その動きは高速移動中にも関わらず流麗であった。
しかし
「────っ!」
相対的な加速を物ともせず、怪鳥は嘴でナイフをなぎ払う。
そしてそのついでともいうかの如く、さらに速度をあげた。
「っ!」
「咲夜さん!」
樽ほどはあろうかという巨大な嘴が、彼女に肉薄した。
「…………捉えたわ」
少し、時間の流れを緩やかにする。
そうすると、全てがスローモーションになる。
彼女は、緩やかな世界で二つの刃を握っていた。
両手を前に、嘴を踏み台に、両眼に吸い込まれる刃は両手を離れ、彼女は怪鳥の頭を乗り越える。
「そして時は動き出す……」
「*$%#&っ!」
両目に柄が生えた怪鳥に、猟銃を構える。
「新聞屋! 手伝いなさい!」
「あやー、人使いが荒いですねぇ」
「大人しく、夕食になりなさいっ!」
最早聞きなれた火薬の破裂音が、耳に心地よい。
銃弾は正確に、怪鳥の心臓を目掛けて銃口を離れた。
文はそこに、ありったけの風を局部的に吹き付ける。
加速度は本来の銃のもつそれを遥かに凌駕し、心臓を…………貫いた。
─────────
「美味しい、美味しいわ咲夜」
「お口にあって何よりですわ」
あれほどの騒ぎの後、咲夜は悠然と執務をこなしていた。
今、レミリアが食べているのは大怪鳥のボルシチ、特製ブラッドソース仕立てである。
真っ赤に染まったソースには彩り豊かな野菜と臭みを抜いた大怪鳥の肉。
もちろん吸血鬼以外には食べられないが、そこはソースを分けてある。
脂ののった大怪鳥の肉は、しかしどこかさっぱりとしていて、くせがない。
それでいて飽きがこなく、噛むたびに新たな旨みが生まれてくる、至高の食材であった。
もっとも、レミリアは少食なのでその全てを食べることは適わないのだが、咲夜は満足であった。
その笑顔を見ることが、彼女を、充足していた。
「あ、そうそう咲夜」
「はい、何でしょう」
「さっきね、文が来てたのよ」
「…………あ」
時を止めて帰ったのですっかり忘れていた
「それでね、咲夜の銃についてのことを聞かれたから全部話したわ」
「え゙?」
「ふふ、瀟洒で完璧な咲夜にも、欠点があるほうが可愛いと私は思うわ。たとえそれがもう克服したものでもね」
紅魔館に声にならない悲鳴が、木霊したとさ。
紅魔館周辺上空
一羽のカラスがブラブラと飛んでいましたとさ。
「ぶんぶんぶーん、文がとぶーん」
おやおや、楽しそうですね。
「おいけのまわりにのヴぁらだばぁ!」
撃たれました。
─────────
同時刻、紅魔館
「おぜう様、今日の夕食は鳥料理ですわ」
「そう、しっかり血抜きしておいてね」
飲む血は人間に限る、それが吸血鬼のジャスティス。
「では、止めを刺してまいります」
そう言うやいなや、咲夜は飛び立っていった。
(上手くなったわね……咲夜)
湖畔の霧に消えていくメイド長の姿を眺めながら、館主レミリア・スカーレットは数ヶ月前のことを思い出していた。
─────────
「咲夜、いる?」
その日は曇っていた。
昼食の後片付けをしていた咲夜は、後ろを振り返ることなく答えた。
「はい、何でしょうか。 三時のおやつはまだですよ」
「違うの……」
トコトコと、レミリアは咲夜に近寄った。
「はい」
「暇なの…………」
きゅっと咲夜の袖を掴んで上目遣いで頼まれる咲夜。
あと34咲夜ポイントで襲う所だったが、何とか我慢した。
「左様ですか、それなら……」
何とか心を落ち着かせながら、十六夜咲夜は考えた。
(おぜう様が暇なのはいつものこと。
ならばいつも通り博麗託児所……じゃなくて博麗神社に行ってもらおうか。
いや、しかし今日は曇りである。それが何を意味するか。
晴れの日はおぜう様は日傘を差して外に出かける。
しかし曇りの日はどうだろうか、きっと面倒臭がって差さないだろう。
問題はその後に晴れたらどうするかということである。
行く途中で晴れても、行ってから晴れてもおぜう様は帰れなくなってしまう。
そこで私がついて行くという選択肢が生まれる。却下。
今日は忙しい、近場ならまだしも、遠出は不可能だ。
……そうだ、たしか倉庫にあれがあったはず。)
この間0.3秒。
「ハンティングを致しましょう」
レミリアは反復する。
「ハンティング……?」
「狩猟、とも言います。 銃を使って野生動物を狩る遊びですわ」
「手で狩っちゃ駄目なの?」
そう言い不敵に微笑む彼女は、可憐な容姿とは対照的にドス暗いオーラを発していた。
「駄目です」
「弾まk」
「駄目です」
「わかったわ……一度やってみましょう」
「はい、それではすぐに用意致します故」
紅魔館の近辺に、ちょっとした森林がある。
季節的にも動物達は活発的であり、獲物には事欠かなかった。
静寂に包まれた森の中、銃声だけが一つ、二つと空しく鳴り響いた。
「当らないわね……」
「最初はそんなものですわ、しかしセンスがあります。すぐに上達するかと」
「むぅ……ねぇ咲夜、お手本を見せてよ」
「お、お手本ですか」
「そ、お願い」
ぽっと手渡された猟銃は咲夜にとって、とても重く感じられた。
(落ち着くのよ咲夜……そう、私は瀟洒で完璧よ…………いかなる時も!)
タァン、と。
銃声がまた一つ、静かなる森に鳴り響く。
キャンという可愛らしい悲鳴が、確かに耳に届いた。
確かな手ごたえを感じた咲夜は一人、標的である兎を見つめていた。
兎は弱々しく震えながら眼を彼女に向け、必然、目が合う形となった。
「下手糞ウサ」
無論実際そう言われたわけではないが、言われた気がした。
というか絶対言った。咲夜はそう思った。
しかしここで気づく。
じゃあさっきの悲鳴は何だろうか。
心なしか後ろから聞こえてきた気がする。
「さ~く~や~」
「おおおぜーさまっ! さーせん!」
パニックって怖い。
「はぁ、ちょっと痛かったじゃない……」
「申し訳ありません!」
「で、なんで撃った弾が逆に飛んでくるのかしら?」
「ち、兆弾したのかと」
「まぁいいわ、誰にでもミスはあるものよ。次はちゃんとお願いね」
「は、はい」
咲夜は再び銃を構える。狙うは銃口の向こう、ニヤついている(咲夜フィルター)兎。
この時、レミリアは感じた。天性の直感が働いたのだ。
すごく嫌な予感がする、と。
というか、咲夜の腕がぷっるぷるしている時点で誰にでもわかる。
「はぁ!」
タァンと、本日数回目の火薬が弾ける音が森に響く。
咲夜は恐る恐る目を片方だけあけた。
しかし、兎はいなかった。
後ろを向いた。
そこにはおでこに鉛玉をつけているナムさんがいた。
天空×字拳も真っ青である。
「…………咲夜」
「は、はひぃ」
瀟洒のしの字もない咲夜さん完成の図。
「…………鞭か縄か、選ばせてあげるわ」
「あ、あれだけはご勘弁を!」
「ふふ、そろそろ晴れそうね。帰りましょうか」
「いややぁー! あれはいややぁー!」
紅魔館に瀟洒で完璧な断末魔が鳴り響いたそうな。
─────────
時は戻る。
あれから数ヶ月、調きょ……教育のかいあって、咲夜は必死に銃撃の特訓をした。
その甲斐あって、今では幻想郷屈指の猟銃使いである(他に扱う者がいないとも言う)。
咲夜は言った。
昔、自分の周りの人間は皆銃を使っていたと。
そして自分だけ絶望的に銃の扱いが下手であったと。
その結果、彼女は投げナイフという道を選んだ。
それはもちろん、尋常ならざる茨の道であった。
(そういえば、何でこんなことになっているんだったかしら)
あぁ本末転倒。
彼女の暇つぶしのはずのハンティングは、最終的に咲夜の夕食のメニューを増やしただけであった。
─────────
「さて、とりあえず飛んでたから撃ったけど、何が取れているかしら」
パッと見、黒かったのでクロサギだろうか?
万が一カラスだったらどうしようか……いや、カラスにしては大きかった。
「カラスだったわね」
「うぅ……」
視線の先にはわき腹に不意打ちを食らった射命丸文さん。
「まぁいいわ、とりあえず止めを刺しましょう」
「ま、待って!」
しばらくうつ伏せの状態でぷるぷるしていたが、やがて顔をあげる。
「…………」
そして相手の顔を確認。
「やいやいやい! この幻想郷のマッハルポライター射命丸文さんに鉛玉のプレゼントたぁ、やってくれたわらばぁ」
わき腹にナイフが飛んできた。寸のところで避けたが。
怪我を負っている所に追い討ちをかけるあたり、殺意を感じた。
「サクっとね」
「ちょ、やめ」
間髪入れず、次々に飛んでくるナイフ。
しかも全部急所。殺意丸出しである。
「やめろって……いってるんですよ! 風符【風神一扇】」
ごう、っと。
文の周辺に竜巻が巻き上がり、全てのナイフを弾き飛ばした。
「まったく、うざいですねぇ……何なんですかいきなり」
「食材と話す趣味はないわ」
すっと、四次元ポケットから取り出すかのごとく数多のナイフを構える咲夜。
「食材……? 最近の紅魔館はそんなに飢えてるんですか? こりゃスクープだなぁ」
紅魔館という単語は、彼女にとって一種のキーワードであった。
ふっ、と。咲夜の目が狩人のそれからメイド長のそれへと代わった。
「…………あら、あなたは確か新聞屋の……射命丸文だったかしら」
「え、遅っ! 気づくの遅っ!」
「こんな所で何をしているのかしら」
「そりゃこっちのセリフですよ!」
「困ったわ……鳥肉どうしようかしら」
「ま、まぁアレですよ。寛容さがウリの文さんですからねー さっきの事は不問にしてもいいですよ!」
「食材の変更……ないわね、おぜう様に約束したもの」
「た・だ・し! 謝罪の意を込めて何か情報をよこしてもらいましょうか でっへっへ」
「仕方ないわね、少し場所を変えて狩ることにしましょう」
「聞いちゃいねぇ!」
ガビーンと効果音が鳴りそうになっている文をよそに、咲夜は再び飛び立った。
しかしここはブン屋の意地、負けじとついて行く文。
「あっ、そうだ! さっき確か私を銃で撃ちましたよね! あんな外の世界の武器持ち出してどうしたんですか。
もしやナイフが使えなくなった? いやさっき使ってましたよね……じゃあ何だろう…………
あ、やっぱり歳には勝てなぷげにゃ」
今度は洒落になっていなかった、というかわき腹がちょっと切れた。
「歳の話題はやめておきなさい、まだ三途の船渡しの世話になりたくないでしょう?」
「ぶぅー」
口を3の字にする文をよそに、咲夜は獲物を探すことに専念した。
(大体、貴女のほうが年上なんじゃないの……?)
妖怪は歳のことを考えなくていい。しかしそれを咲夜は羨ましくは思わなかった。
もちろん、全くと言えば嘘になる。
しかし、彼女は人間に誇りを持っていたし、それはレミリアに仕えてからも変わらなかった。
確かに相対的に見れば人間は寿命が短い。しかしだからこそできないことがあるのも事実である。
そう考えていた。そして今自分がするべきことは、夕食を作ること、ひいては食材を手に入れることであった。
「ねー、おしえてくださいよー、何かわけありの匂いがプンプンしますよー」
「あーもう、うるさいわね」
しょうがない、そう思い咲夜は話をつけることにした。
「別に他意はないわ、単に夕食のレパートリーを増やした結果の一つよ」
「それにしては変ですねぇ、何で銃なんです? 何で今まで使わなかったんです?」
ふぅ、と咲夜はため息をつきたくなった、むしろついた。
変な所だけ鋭い、腐っても新聞屋ということだろう。
「貴女には関係ないことよ」
「関係ないことあるもんですか! 私はブン屋ですよ、私には、大衆には知る権利がある!」
「知る権利は、人のプライベートを知っていい権利という意味はないわ」
「関係ねぇっす! そこに情報がある限り」
「とにかく、もうついて来ないでね。 閻魔に会いたいなら別だけど」
言っても無駄だと確信し、きびすをかえしたその時であった。
「鳥の獲物がほしいなら、情報をあげてもいいですよ」
それは、今の彼女にとっては垂涎の情報であるのは間違いなかった。
「…………同属を売るの?」
「なぁに言ってるんですか、もちろんカラスじゃないですよ。
そもそも、他の鳥類はどうでもいいんです。むしろ敵。 大体ね、人間だって同じ哺乳類食べてるじゃないですか」
一応、スジは通っている。そこが少しムカついた。
「まぁいいわ、寄越しなさい」
「おっと、情報は交換ですよ」
「そっちが先よ」
「ふむぅ、仕方ないですねー、特別出血大サービスですよ?」
─────────
「……遺言を聞きましょうか」
「あややや! お気にめしませんでしたか!」
「論外ね……」
今、咲夜は空を全力で飛んでいた。
確かに鳥はいた。そして食べられる鳥だろうこともわかった。文によると味もいいらしい。
問題があれば全長10メートルだったということと、今追いかけられてるということくらいだろう。
「怪鳥……ね」
彼女であれば、無論倒せないことはない。
問題は先ほどのやり取りでナイフが後6本しかないということだった。
しかし、出し惜しみをしている場合ではなかった。
「ふっ!」
振り向き、虎の子のナイフを四本怪鳥の両目に投擲する。
その動きは高速移動中にも関わらず流麗であった。
しかし
「────っ!」
相対的な加速を物ともせず、怪鳥は嘴でナイフをなぎ払う。
そしてそのついでともいうかの如く、さらに速度をあげた。
「っ!」
「咲夜さん!」
樽ほどはあろうかという巨大な嘴が、彼女に肉薄した。
「…………捉えたわ」
少し、時間の流れを緩やかにする。
そうすると、全てがスローモーションになる。
彼女は、緩やかな世界で二つの刃を握っていた。
両手を前に、嘴を踏み台に、両眼に吸い込まれる刃は両手を離れ、彼女は怪鳥の頭を乗り越える。
「そして時は動き出す……」
「*$%#&っ!」
両目に柄が生えた怪鳥に、猟銃を構える。
「新聞屋! 手伝いなさい!」
「あやー、人使いが荒いですねぇ」
「大人しく、夕食になりなさいっ!」
最早聞きなれた火薬の破裂音が、耳に心地よい。
銃弾は正確に、怪鳥の心臓を目掛けて銃口を離れた。
文はそこに、ありったけの風を局部的に吹き付ける。
加速度は本来の銃のもつそれを遥かに凌駕し、心臓を…………貫いた。
─────────
「美味しい、美味しいわ咲夜」
「お口にあって何よりですわ」
あれほどの騒ぎの後、咲夜は悠然と執務をこなしていた。
今、レミリアが食べているのは大怪鳥のボルシチ、特製ブラッドソース仕立てである。
真っ赤に染まったソースには彩り豊かな野菜と臭みを抜いた大怪鳥の肉。
もちろん吸血鬼以外には食べられないが、そこはソースを分けてある。
脂ののった大怪鳥の肉は、しかしどこかさっぱりとしていて、くせがない。
それでいて飽きがこなく、噛むたびに新たな旨みが生まれてくる、至高の食材であった。
もっとも、レミリアは少食なのでその全てを食べることは適わないのだが、咲夜は満足であった。
その笑顔を見ることが、彼女を、充足していた。
「あ、そうそう咲夜」
「はい、何でしょう」
「さっきね、文が来てたのよ」
「…………あ」
時を止めて帰ったのですっかり忘れていた
「それでね、咲夜の銃についてのことを聞かれたから全部話したわ」
「え゙?」
「ふふ、瀟洒で完璧な咲夜にも、欠点があるほうが可愛いと私は思うわ。たとえそれがもう克服したものでもね」
紅魔館に声にならない悲鳴が、木霊したとさ。
ただ、状況や表現についてもう少し書き込んでおけばお話としての面白みが増すかもしれないという印象です。
ところで、追い風によって銃弾を加速することって可能なんですか。
詳しいことは知りませんが、着弾の位置がずれそうですね。
てか、弾が後ろに飛ぶとかどうやってんだよ、咲夜さんwww
あれ、何か光る銀の物体がこっちにとんでくr(ry
そーいや消えたんだっけ…
吹いたwww
しかしクック先生が幻想入りしたとなるとフルフルとかの飛竜も幻想入りしてそうな……