「・・・・・・さて、どうしたものかねぇ」
神奈子は少し悩んでいた。
霊夢たちとのひと悶着を経て、守矢神社の神々は山の妖怪たちから多くの信仰を集めることに成功していた。
それら信仰の恩恵として、神奈子は山の妖怪たちに多くの神徳を与えた。
しかし、その結果として幻想郷の中で保たれていたパワーバランスが崩壊する恐れが出てきてしまったのである。
「さっきから何難しい顔してるのさ。そんなに眉間に皺をよせたって、何にも解決しないと思うよ?」
神奈子は隣から聞こえてくる気の抜けた声の主の方を恨めしげに見た。
「はぁ・・・・・・、そう言うなら諏訪子も考えてくれ。私たちへの信仰を平和的に、持続的に幻想郷の者どもから集める方法を」
パワーバランスを保つためには、山の妖怪たちに与えた神徳を麓の妖怪や人間にも与えれば良い。
そのためには、麓の妖怪や人間から信仰を集めなければならない。
「そんなの、みんなでお祭りでもすればいいじゃん。この前神社に来た博霊の巫女とか黒白の参拝客としたみたいに、弾幕祭りでもすればいいじゃないいの?」
気軽にそう言った友人に、神奈子は少し溜息をついた。
日頃この神社を支えているのは諏訪子であるが、神社を勝手に幻想郷に移してしまったのは神奈子であるため、これからどうやって信仰を広げていくのかなどの戦略は神奈子が立てるのが筋である。
そのため、少し無責任な様な発言をしている諏訪子に、神奈子はあまり強く言わなかった。
「それぐらい気軽に信仰が集まればいいんだがな。まぁいい。諏訪子、その辺のことは私が考えるから、今日は好きに過ごしてくれ」
神奈子はそう言って、諏訪子に席を外させようとした。
「むぅ。神奈子、今私のとこ『使えない』って思ったでしょ!まったく、いつもこの神社を支えてるのは誰だと思ってるの!?」
しかし、諏訪子は神奈子の物言いが気に入らなかったらしく、そう言って神奈子にかみついた。
「そんなことは思っていない。ただ少しお気楽な考えだと思っただけだ」
いい考えが浮かばず少しイライラしていたため、神奈子も諏訪子の言葉にとげを付けて返した。
「な、なんだとぉ~・・・・・・」
神奈子の挑発に顔を赤くして怒る諏訪子。
「おぉ、やるか?太古の昔に私に敗れたというのに、もう一度やろうというのかね?」
一触即発な雰囲気が神社の中を包んだ。
「お、お二人とも、やめてくださ~い!!」
そんな雰囲気を壊したのは、守矢の巫女、早苗だった。
「お、お二人とも・・・・・・」
言葉につまった早苗は、今にも泣き出しそうで、そんな早苗を見た二人の神様は先ほどまでのピリピリとした表情から、少し困ったような顔に変っていた。
「わ、私は悪くないもん!神奈子がバカにするからいけないんだもん・・・・・・」
諏訪子はそう言うと、ピョンっとどこかに行ってしまった。
「早苗、すまなかった。お前を泣かせたかったわけじゃないんだ。諏訪子が喧嘩を売ってきたから、つい・・・・・・」
神奈子がそう言いかけると、早苗は先ほどよりも泣き出しそうな顔で、神奈子を見つめた。
「す、諏訪子様とちゃんと仲直りしてきてください!」
そう叫んだ早苗の瞳には今にあふれそうな涙が湛えられていた。
「わ、わかったから、泣かないでおくれ。」
神奈子は、泣かしてはなるまいと、必死に早苗をなだめた。
昔、神社ごと幻想郷に来る前、神奈子と諏訪子が喧嘩したときに、同じように早苗が泣いてしまったことがあった。
その時は、早苗が泣きながら奇跡の力を使い、神奈子、諏訪子ともに手がつけられず、結局早苗が泣きやむまで待たねばならなかった。
その時、外の世界では日本の中部に局地的集中豪雨が観測され、特に被害が大きかった地域では、雨とともに強風も吹き荒れ、山林や人家に大きな被害を出したという。
そうした経験から、神奈子たちは早苗が泣きそうになると、必死になだめるようになったのだが、今回、諏訪子の方は神奈子の言動が、相当気に入らなかったらしい。
「ほ、本当ですか??」
「あ、あぁ。諏訪子とはすぐにでも仲直りする。だから泣かないでくれ」
そう言って、どうにか早苗をなだめた神奈子は、ひとつ大きなため息をついた。
「ふぅ~・・・・・・」
さて、どうしたものかと考えていると、早苗が神奈子の後ろにスッと移動した。
「うん??どうしたんだ?早苗?」
そう聞きながら神奈子が振り返ると、早苗がさわやかな笑顔でそこに立っていた。
「神奈子様?さっき、諏訪子様と仲直りしてくださるって言いましたよね??」
そう可愛らしく小首を傾げながら言う早苗に、少し戸惑いながら神奈子は答えた。
「あ、あぁ。ちゃんと諏訪子とは仲直りするぞ?」
神奈子の答えを聞いた早苗は、そっと神奈子の手を取った。
「お、おい!?早苗??どうしだんだ?そ、そんなに引っ張るなっ」
早苗は神奈子の手を引いて、そのまま神社の外に出た。
「ど、どうしたというんだ早苗。外に何かあるのか?」
神奈子がそう聞くと、早苗は先ほどと同じ笑顔で振り返って言った。
「神奈子様は神様ですから、ご自分の言ったことは絶対に守ります。それは巫女である私がよく知っています」
早苗がそうニコニコしながらしゃべるのを、神奈子は少し冷や汗をかきながら聞いた。
「なので、神奈子様が諏訪子様と仲直りをしてくださると言ったことを、神奈子様は絶対に守ってくださいます」
「お、おい。早苗?」
若干の嫌な予感を感じながら、神奈子は早苗に話しかけたが、もう遅かった。
「と、言うことで、神奈子様。行ってらっしゃいませ!」
可愛らしくピシッと敬礼をして、輝くような笑顔でそう言う早苗に、神奈子は頭を抱えた。
(早苗、それは、諏訪子と仲直りして来るまで帰ってくるなということなのかい?)
そう思いながら、頭を抱えていた神奈子だったが、まだ敬礼と輝く笑顔をやめない早苗を見て、大きくため息をついてから、早苗に言った。
「はぁ~・・・・・・。わかった、行ってくる」
その言葉を聞いた早苗は、これまたとびきりの笑顔で、
「はい!」
と応えた。
その答えを聞いてから、神奈子は神社を出た。
「まったく、どこで教育を間違えたんだ。昔はあんな子ではなかったのに・・・・・・」
そう言いながら、神奈子は妖怪の山を下った。
「あれ?誰かと思ったら山の神様じゃないですか。どうなさったんですか??」
ちょうど九天の滝に差し掛かった時だった。白狼天狗の椛が神奈子に話しかけてきた。
「うん?お前は確か、新聞記者のところの・・・・・・」
「はい!犬走椛です」
椛がハキハキと答えるのを聞いて、神奈子は早苗がまだ幼かったころに、こうして従順に自分の後ろをついてきたことを思い出し、大きなため息をついた。
「はぁ~」
そんな様子の神奈子を見て、椛が首を傾げていると空の上から文が降りて来た。
「これはこれは、山の神様と椛じゃないですか」
降りて来た文がそう言葉をかけても、神奈子はまだ昔の早苗を思い出していた。
「あの頃は“神奈子さま、神奈子さま”と言って、何をするにも私の後をついて来るような子だったのに。あの頃の可愛い早苗が懐かしい、いや、今も十分可愛いが・・・・・・」
「・・・・・・。椛。この状況を私に説明してくれない?」
「い、いえ。私もついさっきお見かけしたところなので、何が何だか・・・・・・」
そう言って二人の天狗が困っていると、やっと神奈子が回想から戻ってきた。
「・・・・・・可愛いが、若干私への思いやりというか、尊敬というか、・・・・・・うん?お前たちはいつからそこに??」
「さ、さっきからお話していたじゃないですか!」
「・・・・・・あぁ。そう言われれば、そうかもしれんな」
椛の言葉に神奈子がそう言って答えると、文が神奈子に言葉をかけた。
「と・こ・ろ・で。いつもは山頂の神社にいるあなたが、なんでこんな所にいるんですか?」
「うん?・・・・・・あぁ、大したことではない。私の連れを探しに来ているんだ」
「連れといいますと、巫女の・・・確か名前を早苗さんと言いましたか。その方ですか?」
文が「早苗」と言う名を口にすると、神奈子はまた思い出の中にトリップした。
「あぁ、早苗・・・・・・」
そんな様子の神奈子を見ながら、文と椛は少し困ったような表情をしていた。
「あ、文様?今は巫女の方の名前は禁句の様です」
「そ、そのようね」
二人はしばらく、神奈子が戻ってくるのを待った。
「・・・・・・うん?お前たち、いつからそこに??」
「その流れは先ほどやりましたので、省略させてもらいますよ」
「?お前の上司は、何を言っているんだ??」
文の発言の意味が分かっていないのか、神奈子は椛にそう聞いた。
「い、いえ。あまり気になさらないでください・・・・・・」
「そうか」
椛が少し疲れたようにそう言うと、神奈子はそう言った。
「さてさて、お連れをお探しのようですが、どんな方なんですか?」
文は先ほどの同じ轍を踏まないように、そう聞いた。
「あぁ。それがな、目が付いている大きな帽子をかぶった、背がこれくらいの娘を探しているんだ。お前たち、見ていないか?」
神奈子がそう聞くと、文が椛に聞いた。
「それらしい人影は?」
「人影は見ていませんけど、さっきここに来た時に、あまり嗅いだ事のない匂いがしていました」
椛がそう言うと、文は小さく笑った。
「さすがは犬ね」
「お、狼です!!」
そう椛が抗議の声をあげたが、文はその声を無視して、神奈子に訪ねた。
「お探しのお連れさまは、あまりこの辺りにはあまり来ないんですか?」
「あぁ、いつもはうちの中にいるんだが、今日は少し色々とあって、な・・・・・・」
神奈子はそう言いながら、少し頭を掻いた。
「そうですか。・・・・・・わかりました!私が捜索をお手伝いしましょう!!」
神奈子の様子を見て、スクープがあるに違いないと思ったのか、文はそう申し出た。
「おぉ、それはありがたい」
神奈子が謝辞を述べると、文の横にいた椛が目をキラキラさせながら文を見ていた。
「私、文様を見直しました!!いつもは新聞の記事のことばかり考えてるけど、困っている人のために働こうとするなんて、やっぱり文様は立派な烏天狗だったんですね!?」
「えぇ。私は困っている人のために働く、いい烏天狗ですよ」
(困っている人についていけば、新聞のネタを集められるからね)
そんな心の声が聞こえるわけでもなく、椛は文を尊敬の眼差しで見つめていた。
「さて、それじゃあ、探しに行くとしましょうか。・・・・・・椛!」
「はい!頑張ってくださいね。文様!!」
そう言ってニコニコしている椛を見て、文は少しため息をついた。
「はぁ~。何を言っているの?あなたが頑張るんでしょ」
「えぇ!?文様が頑張って探すんじゃないんですか??」
文の発言に驚いた椛は、思わずそう声を上げた。
「ここに残されてる手掛かりが匂いしかないのだから、あなたが頑張らなかったら、探しだせないでしょ?」
「そ、そんなぁ!そんなことしてたら山のパトロールができなくなっちゃうじゃないですか!」
「椛。上司命令です」
「うぅ。文様ひどいですぅ。大天狗様に怒られるの、私なんですからね??」
そう少し涙目になる椛の頭を、文はそっと撫でた。
「椛。あなただけが頼りなんです。私には、あなたしか頼れる部下がいないんです。どうかこの哀れな上司のお手伝いをしてくれませんか?」
そうやさしげにしゃべる文に、椛は少し頬を染めていた。
「こ、今回だけですからね?次はだめですよ??」
「うん。ありがとう椛。私はあなたが大好きですよ」
椛が背を向けてからそう声をかけた文の顔は、悪企みが成功した悪代官のような顔つきだった。
「も、もう。そんな調子のいいことを・・・・・・」
背中越しに文の声を聞いていた椛の尻尾は、ブンブンと振られていた。
「クンクン。・・・・・・こっちです」
未だに尻尾の振られる勢いが収まらない椛の後を追って、文と神奈子も歩き出した。
「どうやら、河沿いに移動したみたいですね」
「あぁ、あいつは水が好きだからな」
文はその何気ない会話をネタ帳に記しながら歩いていた。
「もう!神奈子なんて知らない!!」
諏訪子はそう言いながら河沿いを下っていた。
「まったく、人がせっかくいい意見を言ってあげたって言うのに、なんなのよあの態度は!」
依然怒りは収まらないようで、諏訪子はズンズンと歩いていた。
「ちょっと昔に私に勝ったことがあるからって、いい気になっちゃって!」
だいぶ下りて来ていたので、生い茂る木々も守矢神社の周りにあるものとはすっかり様相を変えていた。
「そ、そりゃあ。神奈子にしてみたら、お気楽な考えだったかもしれないけどさ・・・・・・」
つい先ほどのことを思い出して、諏訪子は歩く速さを少し遅くした。
「たしかに、お気楽な考えかもしれないけど・・・・・・」
自分が言った言葉が、ふと頭の中に蘇ってきた。
(いつもこの神社を支えてるのは誰だと思ってるの!?)
諏訪子は神奈子の何気ない一言で怒り、神奈子も諏訪子のたわいのない文句で怒った。
「・・・・・・」
冷静になって考えてみれば、神奈子の言うことは最もであるし、自分があんなことを言わなければ、きっと神奈子ともけんかにならなかっただろう。
「はぁ~。何であんなこと言っちゃったんだろ・・・・・・」
自分があんなことを言わなければ、と言う後悔を感じながら歩いていると、突然目の前が開けた。
「うわぁ。こんな所にも湖があったんだぁ・・・・・・」
神奈子とのけんかによって、思いがけず神社を飛び出してきたが、考えてみると諏訪子が幻想郷の中を歩き回るのは初めてだった。
「ケロ・・・・・・」
ふと視線を下ろすと、水際の石の上に一匹のカエルがいた。
「こんにちは」
諏訪子はその石の前にしゃがみこんで、そうカエルに挨拶をした。
「ケロケロ」
「あなた、富野さんって言うの?私は諏訪子。洩矢諏訪子だよ」
「ケロ、ケロケロ」
「え?話を聞いてくれるの??」
「ケロケロケ・・・・・・」
「あ~う~。可愛い女の子だなんて、照れるよぉ」
「ケロケ~ロ」
「あ。ダメだよ、奥さんはちゃんと自分の歌声で見つけなきゃ。紹介してもらおうなんて考えてるようじゃ、結婚できないよ?」
「ケロケロ、ケロ・・・・・・」
「うふふ。うん。頑張ってね」
「ケロケロケロ」
「え?、何を悩んでるのかって?」
「ケロケロケロ?」
「うん。それがねぇ。些細なことで友達とけんかしちゃったんだぁ・・・・・・」
「ケ~ロ。ケロケロ?」
「うん。自分が悪いことってことはわかってるんだけど・・・・・・。飛び出してきちゃったから、なかなか帰れねくてねぇ・・・・・・」
「ケロケロケ~ロ」
「ホントに?許してくれるかなぁ??」
「ケロ。ケ~ロケロ」
「うん。ありがと」
「ケロケロケロケロ♪~」
「・・・・・・」
「ケ~ロケロケ~ロ♪」
「・・・・・・ふぅ。素敵な歌をありがとう。富野さん。おかげで少し元気が出たよ」
「ケロケロケロ」
「うん。それだけ素敵な歌が歌えるなら、きっといい女の子と結婚できるよ」
「ケロケロ」
「うん。そうだよね。きっと仲直りできるよね」
諏訪子とカエルの富野さんの間で、そんな心温まる会話をしていると、ふと冷たい風が吹いた。
「コールドディヴィニティー!!」
そう聞こえて来たか思うと、諏訪子の目の前にいた富野さんが一瞬にして氷漬けになっていた。
「と、富野さん!!」
諏訪子がそう叫んでも、富野さんからは返事がなかった。
「富野さん!富野さん!!!」
それでも諏訪子は富野さんが入った氷を抱きしめて、必死にそう叫んでいた。
「あんなに遠い所からカエルを凍らせるなんて、やっぱりあたいったら天才ね!」
富野さんから返事がなかった代わりに、湖の方からそんな声が聞こえてきた。
諏訪子がその声の方を見ると、そこには背は自分と同じぐらいの青い髪の妖精、チルノが湖上にふわふわと浮かんでいた。
「あ、あなたが、富野さんを、凍らせた・・・・・・の??」
先ほどまで抱きしめていた富野さん入りの氷を、そっと地面に置きながら、諏訪子はそう尋ねた。
「そうよ!この幻想郷のなかで、こんなに遠くからカエルと凍らせることができるのなんて、あたいぐらいなもんなのよ!」
そもそもカエルを凍らせて遊んでいるのがチルノぐらいしかいないのだが、今目の前にいる妖精意外に、誰がカエルを凍らせる遊びをしているのかなんて諏訪子は知らないし、そもそも今の諏訪子にはそんなことどうでもよかった。
「私は、お前を、・・・・・・許さないっ!!!!」
その言葉吐き捨てるのと同時に、諏訪子は鉄の輪を放った。
――ビシュンッ!!
「わわっ!!あ、危ないじゃない!当たったらどうしてくれるのよ!?」
飛んでくる鉄の輪をかろうじてよけたチルノは、そう諏訪子に文句を言った。
「・・・・・・鉄の輪の錆にしてやるっ!!!」
諏訪子はそう言うと、富野さんの仇をとるために、チルノに弾幕を浴びせた・・・・・・。
「に、匂いはここまでです。と言うか、湖を横切って向こうの方に続いています」
匂いをたどってきた椛がそう言うと、後ろにいた二人が少し前に出てきた。
「あややっ!冬でもないのに、湖が凍っていますね!?」
そう言って凍りついた湖の写真を撮り始めた文の横で、神奈子は足元にカエルが入った氷の塊が置かれているのに気がついた。
「この湖では、カエルがよく凍るのかい?」
「え?あぁ、この湖には氷の妖精が住んでいまして、その娘がよくカエルを凍らせているんですよ。そうして、凍らせたカエルを水で生き返らせて遊んでいるみたいです」
神奈子がそう聞くと、写真を撮るのに夢中だった文がそう説明した。
「そうか。・・・・・・犬走くん、匂いはこの湖の向こう側に続いているのだね?」
「は、はい」
二人の後ろにいた椛がそう答えると、神奈子は顎に手をおいて少し考えるようにした。
「ふむ。・・・・・・二人ともありがとう。ここからは私一人でも大丈夫だろう」
神奈子はそう言うと、足元にあったカエルの氷漬けを拾い上げ、凍りついている湖面に足を踏み出した。
神奈子が歩いた後の凍りついた湖面は、まるで山脈のように次々に盛り上がっていった。
「・・・・・・椛。私は取材がありますから、あなたは先に戻っていてください」
「え、文様?ちょ、どこ行くんですかぁ~!!?」
神奈子の歩いた後に出来る氷の山脈を見た文は、そう言うと椛を残して空に飛んで行った。
先ほどから、チルノは何度スペルカードの放ったのだろうか。そのことごとくが避けられ、よけられた弾幕が湖面を凍りつかせていた。そのため、チルノが逃げて来たところが、まるで道のように湖を横切って凍りついていた。
「パーフェクトフリーズッ!!」
もうじき対岸につくという時に、チルノは自分を追ってくる諏訪子に向かって、必死にスペルカードを放った。
「たぁぁあぁぁぁっ!!」
自らに向かってくる弾幕をぎりぎりで避けながら、諏訪子はチルノの懐に飛び込んだ。
「な、なんで!?」
「はぁっ!!」
チルノが驚くのもつかの間、諏訪子は気迫とともに鉄の輪を放った。
「ぬわぁぁぁっ!」
至近距離から放たれた鉄の輪をもろにくらってしまったチルノは、自分が凍らせた湖面に叩きつけられた。
――ドッガァァンッ!!
「うっ、くぅ・・・・・・」
鉄の輪を身に受けた痛みと、叩きつけられた痛みに、チルノは嗚咽をもらした。
「・・・・・・」
そんなチルノを見下ろしながら、諏訪子は手を上に掲げた。
「祟符・・・・・・」
掲げられた掌の上に、小さな円状の弾幕が輝き始めた。
「なっ!ちょ、ちょっとま・・・・・・」
「ミシャグジさまっ!!!!!!」
掲げられた弾幕に驚いたチルノがそう言いかけた時に、諏訪子が弾幕を放った。
「エクスパンデット・オンバシラッ!!!!」
――ガッシャァァンッ!!!!
その瞬間に、チルノと諏訪子の間に数本の御柱が突き刺さり、まるで壁のように諏訪子の弾幕を遮った。
「っ!!?」
御柱に弾幕を阻まれた諏訪子が後ろを振り向くと、凍りついた湖面に神奈子が立っていた。
「それくらいにしておきなさい。諏訪子」
そうやさしげに言う神奈子に、諏訪子はかみついた。
「なんで私の邪魔するのよ!あいつは、あいつは富野さんを殺したの!いいカエルさんだったのに・・・・・・。これから、これから頑張るって言ってたのに・・・・・・」
そう言う諏訪子の目には、大粒の涙があふれていた。
「富野さん、私を慰めてくれたのに、仲直りできるって、言ってくれたのに。あいつが、あいつが・・・・・・」
諏訪子はそう言いながら、握りしめた拳をフルフルと振るわせていた。
「はぁ~。・・・・・・泣くな、神様がそう簡単に泣くものじゃない」
ため息をついてから、神奈子は諏訪子の前にしゃがみこんだ。
「う、うるさい!そもそも、神奈子が私をバカにしたのがいけないんじゃない!」
瞳に溜まった涙を裾で拭きながら、諏訪子がそう言った。
「あぁ、そうだな。たしかに私が悪かった、諏訪子は何にも悪くない」
幼子をあやすように、神奈子はつづけた。
「だがな、だからと言ってむやみに命を奪うのは、ただの祟り神がすることだ。お前は祟り神ではなく、祟り神を従える神だろう?」
「で、でもっ!あいつは富野さんを、・・・・・・っ!」
そう言いながら諏訪子が顔をあげると、しゃがんでいる神奈子が富野さんの入った氷を抱えていることに気付いた。
「それにな、この富野さんはまだ生きている」
「え?」
信じられないと言ったような顔の諏訪子にそっと富野さん入りの氷を渡すと、神奈子がすっと立ち上がり、御柱の向こう側に歩いて行った。
「ちょ、ちょっと、放しなさいよ!」
そんな声が聞こえたかと思うと、神奈子がチルノをぶら下げながら戻ってきた。
――ドサッ
「あたいっ!」
諏訪子の前でチルノを放すと、急に放されてお尻を打ったチルノが声を上げた。
「なぁ、氷の妖精。このカエルをもとに戻せれば、お前の命を奪わなくて済むのだが、その方法を教えてくれる気はないかい?」
神奈子は、穏やかに、だが威圧感をこめてそう聞いた。
「ひぃ!みみみ、水につけておけば、も、もとに戻るわ・・・・・・」
神奈子から放たれる言いようのない威圧感におびえながら、チルノはそう答えた。
「・・・・・・だ、そうだ」
そう言いながら神奈子が諏訪子の方を振り返った。そして、諏訪子に向かってニコっと笑うと、湖に突き刺さっている御柱をつかんだ。
「よっと」
そう言って軽々しく御柱を持ち上げると、神奈子はその御柱を横に倒し、まるで丸太のボートのように次々の湖面に並べていった。
「さて諏訪子。富野さんを解凍しに行くぞ」
横に倒した御柱の上に乗った神奈子がそう言った。
「・・・・・・うん」
富野さんを大切そうに抱えたまま、諏訪子はそう返事をして、御柱の上に飛び乗った。
「あぁ、そうだ。氷の妖精、これからはあまり私の友人を怒らせないでくれよ?いつも私の言うことを聞いてくれるとは限らんのでな」
神奈子がそうチルノに言うと、チルノは凍った湖面に尻もちをついたまま、何度も頷いた。
「そうか。よろしく頼むぞ?」
そう言い終えると、神奈子と諏訪子をのせた御柱が静かに動き始めた。
「・・・・・・お尻、痛い・・・・・・」
離れていく神奈子たちを見送りながら、チルノはそう呟いた。
「さて、このあたりなら、水温もそこまで低くないだろう」
御柱をボートのようにして湖の上をしばらく進み、湖面が凍ってしまっていた場所からかなり離れた所に来てから、神奈子がそう言った。
「さ、諏訪子。富野さんを水の中に」
神奈子に促されて、諏訪子はそっと富野さん入りの氷を湖の中に入れた。
チャプンッ・・・・・・
湖に入れた氷はプカプカと水面に浮かびながら、だんだんとその大きさを縮めていった。
「「・・・・・・」」
その様子を心配そうに見つめる諏訪子を、神奈子も静かに見守っていた。
「・・・・・・あ。」
諏訪子がそう小さく声を上げたので、神奈子も水面を覗いてみると、先ほどまで氷が融け、水面に小さなカエルが浮かんでいた。
「富野さん、起きて・・・・・・。お願い、起きて・・・・・・」
諏訪子がゆっくりと声をかけると、水面に浮かぶ富野さんの体が、ピクピクと動き始めた。
「っ!!富野さん!?」
諏訪子がそう叫ぶと、富野さんはハッと意識を戻し、目の前で泣きそうな顔をしている諏訪子を見た。
「富野さんっ!」
自分の方を見た富野さんに、諏訪子は嬉しそうにそう呼んだ。
チャプン・・・・・・
富野さんは諏訪子の声を聞くと、諏訪子たちのいる御柱をペタペタと登り、諏訪子の所で止まった。
「ケロケロケロ?」
「うん!富野さんはちゃんと生きてるよ!!」
「ケロケ~ロ」
「氷の妖精がいきなり富野さんを凍らせたの。でも安心して、あいつはちゃんと懲らしめてきたよ」
「ケロ、ケ~ロケロ」
「いいんだよ。富野さんは私の悩みを聞いてくれたんだし、それに、私があいつのこと許せなかっただけだから」
「ケロケロ。ケロケ~ロケロ」
「そんな、カエルの守り神だなんて・・・・・・。でも、これからは、あいつにひどい目に遭わされたら私に言ってね。あんなやつ、何度でもコテンパンにしてやるから!」
「ケロケ、ケロ?」
「うん。そうだよ。この人が私の友達、八坂神奈子」
諏訪子がそう紹介すると、神奈子は富野さんに向かって少し会釈をした。
「ケロケロ?」
「え?・・・・・・ま、まだしてない」
「ケ~ロ。ケロ~ケロ」
「うん。わかった。ちゃんと謝るよ」
「ケロケロケ・・・・・・」
「もう行っちゃうの?」
「ケロ。ケロケ・・・・・・」
「・・・・・・そっか。ありがとうね」
「ケロケロ。ケロッ!」
そこまで言うと富野さんは、威勢良く湖に飛び込んだ。
――バシャンッ
小さな水しぶきをあげてから、富野さんはスイスイと湖を泳いで行った。
「バイバーイッ!元気でね~!!」
そう言いながら諏訪子は富野さんの方に手を振って見送った。
「・・・・・・。よし!」
富野さんが見えなくなってから、諏訪子はそう言って神奈子の方に振り返った。
「神奈子・・・・・・。あの、さっきはごめん。本当は私が悪いのに、神奈子に八つ当たりしちゃってた。だから、その、ごめんなさい!」
諏訪子はそう言って、神奈子に頭を下げた。
神奈子はそんな諏訪子を見つめ、少し微笑んでから諏訪子に声をかけた。
「諏訪子。頭をあげてくれ。先ほども言ったが、お前だけが悪いわけではない。私もあの時は少しイラついていて、お前を怒らせるようなことを言ってしまった」
そう話す神奈子を、諏訪子は静かに見つめていた。
「・・・・・・だから、私からも言わせてくれ。諏訪子、すまなかった」
そう言ってから、神奈子も先ほどの諏訪子のように頭を下げた。
「神奈子・・・・・・」
諏訪子がそう漏らすと、神奈子は頭を上げ、そして諏訪子に手を差し出した。
「諏訪子。私と仲直りをしてくれるかい?」
そう少し恥ずかしそうに笑う神奈子につられた、諏訪子も少し笑った。
「うんっ!!」
そう言って、差し出された神奈子の手をしっかりと握った諏訪子は、とてもいい笑顔で笑っていた。
「・・・・・・さて、それじゃあ神社に帰ろうか」
「うん。きっと、早苗も待ってるだろうしね!」
諏訪子が「早苗」と言うのを聞いて、神奈子の中の何かのスイッチが入った。
「・・・・・・なぁ、諏訪子。最近、早苗から私たちへの尊敬とうか、思いやりというか、愛情と言うかが、少なくなって来ているような気がしないか?」
「え?早苗からの思いやり??う~ん、あんまり少なくなったって感覚はないけど・・・・・・」
「何!?・・・・・・と言うことは、早苗からの思いやりが少なくなったのは、私だけというか!!」
そういうと、神奈子は頭を抱えた。
「あぁ、早苗ぇ。私の何がいけなかったのだ・・・・・・。最近、幻想郷のやつらに変なあだ名を付けられたことか?それとも、最近調子に乗って酒ばかり飲んでいたから。いや、食べすぎて脇腹のお肉が若干ふくよかになってしまったことか?あぁ、何がいけなかったんだぁ・・・・・・」
目の前で壊れている友人を眺めながら、諏訪子は少し苦笑した。
「まったく。神奈子は早苗のこととなると、すぐに冷静じゃなくなるんだから・・・・・・」
「諏訪子ぉ、私はどうしたら・・・・・・」
諏訪子が笑っていると、神奈子がすがりついてきた。
「はぁ~、さっきまでの落ち着きはどこに行ったんだか・・・・・・。ほ~ら、立って!神社に帰るよ!」
「でも、早苗がぁ・・・・・・」
「そうやって、いつまでも帰らなかったら、本当に早苗に嫌われちゃうよ?」
諏訪子がそう言うと、神奈子はハッとして立ち上がり、諏訪子の手を握った。
「それは、いけない!諏訪子。すぐに帰るぞ!!」
そう言うと、御柱のボートを神通力で動かし、妖怪の山がある方の岸に着けた。
「さぁ!急ごう!!」
そう言ってグイグイと手を引っ張る神奈子の背中を眺めながら、諏訪子はニコニコと微笑んでいた。
後日:文々。新聞の一面。
『奇跡!湖で氷の道!!~神々の逢瀬~』
○月×日、当新聞の記者犬走椛が、妖怪の山の中腹にある九天の滝付近を歩いていると、守矢神社の神、八坂神奈子様に遭遇。
八坂様は何やら人を探しているようだったので、記者である犬走は、事件の匂いを嗅ぎ取り、八坂様の人探しを手伝いながら、スクープを狙おうと思いたった。
得意の嗅覚を使って、その人物のものと思われる匂いをたどっていくと、紅魔館に面する湖についた。
八坂様は湖に住む氷の妖精、チルノに凍らされたと思われるカエル入りの氷を脇に抱えると、「ここからは一人で行く。」と言って、湖の湖面に足を踏み出した。すると、八坂様の足が触れた湖面は見事に凍りつき、八坂様が歩いた後には、見事に氷の道ができていた。
犬走は、ここまで来てスクープを逃してはなるまいと、八坂様を追跡。すると、湖の対岸あたりで、八坂様が見知らぬ幼女にカエル入りの氷を渡しているのを発見。
(その場面の写真を記載)
その後は八坂様が出した御柱の船に乗って二人で湖の奥の方へと消えてしまい、犬走はそこで追跡を諦めた。
この幼女が、博霊神社の巫女や魔法の森のキノコ収集家が話していた「守矢神社にいるもう一人の神様」である可能性は非常に高いが、その確認はまだ取れていない。
当新聞では、引き続きこのスクープの続報をお伝えしていく予定である。
「ちょ、ちょっと文様!これどう言うことですか!?これじゃあまるで、私に下心があって、神様のお手伝いしたみたいじゃないですか!それに、この写真、どう見たって空からとってるのに、何で私が後を追ったことになってるんですか!それに、それに・・・・・・」
そう言って、椛が文の所に泣きながら抗議行ったのは、この新聞が幻想郷中に配られた後であった。
「まぁ、まぁ。私は早く椛に一人前の記者になってもらいたいという親心で・・・・・・」
「わ、私は記者になんてなりたくありません!こんなこと書かれたら、みんな私のこと避けるようになっちゃいますよ!」
「大丈夫ですよ椛。あなたには私がついています」
そう言って椛の頭をやさしく撫でた。
「私は大好きな椛に立派になってもらいたかったんです。私の気持ち、わかってもらえますか?」
「は、はい。文様。・・・・・・って、そんなことでは騙されませ~んっ!!!!」
「ッチ。ダメでしたか・・・・・・。では椛、私は取材に行かなければいけないので・・・・・・」
文はそう言って、空に飛び立った。
「こらー!文様ぁー!待ちなさーい!!」
そう叫ぶ椛の声は妖怪の山に木霊し、秋が来るのをひたすらに待っていた秋の神様にまで聞こえていたらしい。
余談だが、この文の新聞のおかげで、麓の妖怪や人間たちから少しづつ信仰を得ることができるようになり、神奈子が頭を悩ませていた問題が、すこし解決した。
>ミシャクジさま
ミシャグジさま
>投降
投稿
お話自体は楽しめたのですが、書き方について気になる点がいくつかありました。
たとえば、余韻に用いている『・・・』を三点リーダーにして統一すれば読みやすくなると思います。ほかに、台詞の末尾に句点があるときとないときがあるので、こちらも統一すると読みやすくなるでしょう。また、段落の冒頭に空白を入れるとより読みやすい文章になると思います。
これらは文章作法の基本なので一度調べてみることをおすすめします。
次回も期待しています。
あれは神奈子様も渡ったりしてたんですね