◇
真っ赤なじゅうたんと、爛々と輝くシャンデリア。
淡く広がる音楽に、足音のリズム。
タンッ、タンと床を鳴らして、踊りましょう。
サディスティックな仮面をつけた、私はだあれ?
◇
「今夜、舞踏会をするわ」
お嬢様がそう言ったのが始まりだった。
「今夜ですか?」
「そう、今夜、よ」
この発言があった時が午後2時。
珍しく夜更かし――もとい朝更かしをしていると思えば。
「しかし、お嬢様。そんな急に言っても、
皆さんが集まるとは限らないですよ?」
「心配には及ばないわ。そちらの方はもう準備が出来ているから」
「――なら、そういうことなんですね」
今までにもこのようなことが何度かあったが、
確かにお嬢様が一度も準備を怠ったことはない。
ならば、今回もそういうことなんだろう。
そう思って私はそれをそのまま口に出した。
「あら、まったく疑わないのね?咲夜?」
「私はあなたの従者、ですから」
では、失礼します、と言い、私は廊下を歩き出す。
さて、そうと決まればすることは決まっている。
私はお嬢様の部屋から離れると、メイドたちをホールに集めた。
がやがやと喧騒が立ち込めるなか、私は少しだけ高台に立つ。
「いい?今夜、お嬢様が舞踏会を催すそうよ。
開催時間は23時。だから、それまでに準備をするわ。
紅魔館主催だから、くれぐれもお客様たちへ粗相がないように!」
そう一喝すると、私は時を止めつつ、館中を駆け回る。
掃除に炊事に、あとは舞台づくりまである。
普通に作業を進めれば、間に合ってもぎりぎり、というところだ。
だが、それが何だというのだろう。
――私には、まるで関係が無いこと。
◇
こうして、全ての準備が終わったのが21時だった。
全てはあっという間、だ。
時間なんて概念はもう私には通じない。
――なら、私はもう人間ではないのかしら。
私は無表情にそんなことを思いながら、
いつものように紅茶を淹れる。
周りの世界は何一つとして動かないままで、
ほんの僅かなティータイムを楽しむのだ。
カタ、カタという無機質な陶器が立てる音。
自分の足音がいやに大きく響く。
いつしか、人間として生きることを心しておきながら、
私には人間というものが何なのか、分からなくなってきていた。
とはいえ、私はそのことに悲観などしていない。
キュッ、と蛇口を閉め、使った食器を片付けると、
もう一度時間を動かし始める。
どうあっても、私は今楽しんでいるから、だ。
「ご苦労様、咲夜」
その声に振り向く。
見ると、ドレスに着替えられたお嬢様がそこにいた。
「お嬢様。もうお目覚めですか?」
「ええ、もうじき早い客ならば来るでしょうし、主として迎えてくるわ」
「――迎えなら私がしてもいいんですが」
「あら、あなたにも別の役割があるのよ」
「役割――?」
「はい、咲夜。あなたもこれに着替えなさい」
黒を貴重とした、簡素なドレス。
それはシンプルでありながら、どこか高級感を漂わせている。
「それと、これも着けるように」
「――お嬢様、これは?」
「あら、言ってなかったかしら?
――今夜は仮面舞踏会<マスカレード>よ」
◇
「それでは、顔も知らない皆様方。
今宵は誰が誰かなど、無粋なことは考えなさらず、
盛大に踊り明かそう。さあ、マスカレードを!」
高らかに仮面をつけた主催者の少女が宣言する。
そして、広がるファンファーレ。
がやがやと立ち込める歓声の中には仮面をつけた人たち。
もっとも――人と言っても妖怪が大半だろうが。
やがて、トランペットとパーカッションのリズムに合わせ、
足音がダン、ダン、っと踏み鳴らされる。
楽しげな音楽と、踊りだす集団。
私は自分がどうすれば良いのか分からなくて立ち尽くしていた。
「あら、そこのお嬢さん、舞踏会で踊らないなんてどうかしてるわ」
主催者の少女が私に笑いかける。
それに私もうっすらと笑い返す。
私はなんと答えれば良いのか分からなくて、
ただ手に持ったシャンパンを一口飲んだ。
それを少女が見て、無邪気に笑っている。
「何をすれば良いのか分からないなら、一度、見て回ってらっしゃい」
そう言って私の手からシャンパンを奪う。
私はまた、少しだけ戸惑いながらも、笑った。
きっと、これが仮面舞踏会のあり方なのだろう。
なら、郷に入ってはなんとやら、ということだ。
「それなら、お嬢さん、私もこのパーティを楽しませて頂きますわ」
私はそう言って、湧き上がる足音の中に混ざった。
◇
タンッ、タンッ、と踊る仮面たち。
それぞれに手を取り合い、あるものはフォークダンスのように、
また、あるものは踊りながら歌っていた。
その表情はとても晴れやかで、見ていて心地良い。
私自身も笑顔でいることを自覚しながら、
足音と仮面の間を縫って会場を歩く。
そうして、私はある一組の男女を見つけた。
一人は金髪の、七色の綺麗な羽根を持っている少女で、
もう一人は銀髪の、顔半分を覆うマスクをつけた男性だった。
彼らもまた、笑顔を絶やさず踊っている。
――おっと。
少女が高く飛び上がると、男性がそう言いながら、苦笑交じりに優しく下ろす。
身体全体で喜びを表現するような少女と、対称的に、静かな喜びを表現する男性。
彼らはきっと、この舞踏の楽しみを知っているのだろう。
やがて、踊り疲れたのか、少女が彼の手を離し、
仮面の隙間から漏れる笑顔を見せながら手を振る。
残された男性も左半分の苦笑で手を振り返す。
「なかなかよろしいダンスでしたね」
私がそう言うと、銀髪の男性が振り返る。
「そうかな?僕はこんな場が苦手だと言ったんだが、
何の因果か気付けばこの様だよ」
ふふ、と私は笑う。
彼の仮面に隠された、妹を見るような優しい目を見れば、
その言葉に潜む嘘に気付かないものはいないだろう。
「おや、何かおかしいことをいったかい?
どうにもこんな舞台は初めてだから、
礼儀も作法もまだ分からなくて正直困っているんだ」
彼の着けた、半分の仮面から漏れる苦笑。
私は、もう一度だけ小さく笑う。
そして、ゆっくりと口を開いて言うのだ。
「なら、目の前にこんな美女がいるのだから、
『私と踊っていただけますか、お嬢さん』と言うのが作法じゃないかしら」
すると、銀髪の男性は小さくため息をつく。
「まったく、何を言うかと思えばそんなことか」
「あら、そんなことかとは失礼ね?」
「僕にしてみればそんなこと、さ。」
「なら、踊らないの?」
「まさか。『こんな美女』を前にしてそれは失礼だろう?」
そう言って、彼は手をゆっくりと伸ばし、
私の前で膝をつく。
「私と踊っていただけますか、お嬢さん」
◇
そうして、私は彼の手を取り、踊りだす。
ゆっくりとしたリズムで、互いの足を踏まないように、
静かに、丁寧に足をそっと運ぶ。
彼は相も変わらず苦笑のような、意地悪い笑みを浮かべているが、
私にとってそんなことは関係ない。
楽しいから、笑う。
それはとても自然なことのように思えていた。
「しかし、仮面舞踏会というのは不思議なものね」
タンッ、と軽やかに床を鳴らし、
「相手の顔も見えないと言うのに、私はこんなに楽しいもの」
ぐっと、手を引き合いながら。
「おそらく、これはそうするために生まれた遊びだからね。
身分も何もかも取り払うために仮面をつけるんだ。
見ての通り、ここでも人妖が混じっているし、
これが正しいマスカレードというものだろう」
「なら、明日の朝になれば全てが元通り、ね」
「ほう、君はシンデレラというやつかい?」
「そんなところかしら。人間は『24時』に生きて、
妖怪はまた『25時』以降に生きるんでしょうし」
私たちは踊りながら、そんな会話をする。
「そうだね。きっと僕らには『24時』と『25時』の違いがある。
君はそれが怖いのかい?」
「まさか。私は『24時』に生きることが正しいと思っているわ。
でも、『25時』にも生きることが出来る。
だから、たまに誘惑に負けそうにもなるだけよ」
「ふむ、まぁ、君の中に答えがあるなら、僕に言えることは無い」
そう言って彼は私の腕を優しく引く。
私はその力に逆らうことなく、彼の方に引き寄せられた。
「そうね。でも――誘惑に負けて、私が『25時』に生きていたら、
そのときは叱りつけてくれるかしら?」
倒れそうになるほど、私の身体は後ろに傾く。
だけど、倒れはしない。彼が私を支えるから。
「残念ながら、それは出来ないな」
彼は私の身体をゆっくりと私の身体を起こす。
「――え?」
「だってそうだろう?僕は仮面をつけた君しか知らない。
仮面をつけていない君が誰かは知らないんだから。
――それがマスカレードだろう?
だから、叱りつけるとすれば、マスカレードの時だけだね」
「でも、そうすれば私はおばあちゃんになっているかもしれないわ」
「そうだね。なら、僕はおばあちゃんになった君に言うんだ。
『綺麗なお嬢さん、私と踊っていただけますか』ってね」
そう言って彼は笑う。
私は呆れながらも――やはり、笑った。
「君がどう生きようと、それは自由だ。
だから、この『24時』を楽しむと良い」
私も小さなため息をつく。
「――なら、約束してくださるかしら?顔も知らない貴方?」
「なんだい、顔も知らないお嬢さん?」
「私はきっと、おばあちゃんになって、マスカレードに出るわ。
だから――その時はまた、こうして踊りましょう」
私がそう言うと、彼は返事もせずにもう一度、手をそっと引く。
タンッ、タンッ、と軽やかな足音を鳴らして私たちは踊る。
仮面の下の笑顔も隠さずに、ただ、楽しげに。
◇
真っ赤なじゅうたんと、爛々と輝くシャンデリア。
淡く広がる音楽に、足音のリズム。
タンッ、タンと床を鳴らして、踊りましょう。
サディスティックな仮面をつけても、
私は私。
匿名性ってのが出したかったんですが、
分かりにくいですよね。
タグ、つけておきます。
ご指摘ありがとうございました!
「銀髪の女性」や「銀髪の男性」等にすれば趣が残るかも。
決して長い作品では無いにもかかわらず、
私の耳には未だにマスカレードの余韻が木霊しています。
…顔が半分までしか見えてないのなら、誰だか判別できる気がするのは私だけ?
こういう雰囲気が出せる作品を書きたいものだ。
>>カギ様
おそらく…というよりは確実に、この二人はお互いが誰か分かってるんです。
でも、それを知らない振りして、踊ってもらいたかったんです。
次はこんな表現が上手く出来るように書きたいと思うんで、
また良かったらよろしくお願いしますー!
ありがとうございました!
手と手を取り合う二人の間で交わされる大人の会話に、思わずニヤリです。
また書いてください。
で、魔理沙は何処いったんだ
とても素敵でした。