おや、ちぃ先生、よくいらして下さいましたねー。いや最近は地震だ間欠泉だって物騒だったでしょう? お二人がどうしているのか、不肖ながら、心配していた訳ですよ。いやいや、助教授たる先生を心配するなんざ、失敬でしたな。で、何かご入用で? ほほう、大根とな。判りやした。それから人参にジャガイモ? いいですともいいですとも、持っていってくださいな。お代はしっかり頂きやすが、なに、相手は他ならない先生だ。安くしますよ。果物のほうはどうですか。要らない? いかんですな。まだ子供なんだから、甘いものも取らないと。ああ、じゃあこれ持ってってください。いやね、道具屋の野郎が置いていったんですよ。ちぃ先生にやれとは言わなかったが、まあ、そういうつもりで置いてったんでしょうさ。ん、もう帰りなさる? あまり遅いと教授が怒るって? そりゃ引き止めて悪かった。じゃあまた、いつでもいらして下させぇ。
手提げ袋に野菜と、野菜の間にいっぱいの飴玉をつめて、北白河ちゆりは家路についた。
時刻は午後三時をまわった辺り、少し早めの夕飯の買い出しだ。
里人達がちゆりのことを「ちぃ先生」と呼び、孫を見るような暖かい眼で見るようになったのは、幻想郷に居を構えてわりとすぐだった。
もともと「ちゆり」なる人物は人里に居る訳だから、そのせいもあって「ちゆり」を受け入れることにはあまり抵抗がなかったようだ。
ただ、呼び名をどうするかで、かなり白熱した論議が里人達の間で交わされたりした。
なんてったって、姿かたち、名前まで同じ「北白河ちゆり」がすでに居るのだ。
里のそうそうたるメンバーが顔を突き合わせ、
「『ちゆり2号』ってな、どうかい?」
「おいなんだそりゃ。何かの商品か」
「ちゆりは『ちゆり』って言われてんだ。『ちー坊』とかの渾名にするか」
「『チーかま』みたいな渾名だな。商品が限定されてきてるぞ」
「お前らはうるさいね。だったら他に意見を言いやがれ」
「あれだ、二人の違いを考えればいいんじゃないか」
「『ちゆり』になくて『ちゆり』にあるものっていう訳か」
「お前の言動じゃ、『ちゆり』と『ちゆり』の判断がつきやしねぇ。つまりあれだ。『ちゆり』にあって『ちゆり』にない――」
「一緒じゃねぇかよ」
「うるせぇ、言い間違えたんだよ」
「うん? そういえば助教授とかっていう、教師家業だという話しだろ」
「お、じゃあ先生でよくないか」
「慧音先生もいらっしゃるのに、それは拙かぁないかねぇ」
「なに、先生、だけだからいけないんだ。枕詞でも付けりゃいい」
ちゆりの「ち」と小さいの意で、「ちぃ先生」。
ちなみにその議論の間、里のちゆりを元にちゆりを語るとは何事か、と教授が暴れていたりする。
羽交い絞めにするのには骨が折れた。
もともと妙に年配受けをする性格だったせいか、それから里を訪れるたびに、こんな風に飴玉やら団子やらを貰うことは多かった。
予定外の土産を持って帰るたびに教授は呆れるので、今日もきっと呆れることだろう。
「ご主人様ー、今帰ったぜ」
人里から外れた平野の片隅に鎮座する奇妙な物体――帰省先である可能性空間移動船の扉をあけて、ちゆりは待っているはずの教授に呼びかけた。
返答は特になかったが、まあそこら辺に居るだろうと、ちゆりは手提げ袋を机におろす。
案の定、すぐに教授がひょいと顔を出し、
「うげ」
手提げ袋を覗いての一言だ。
「あんたまた貰ってきたの? いくらなんでも貰いすぎでしょ、行く度ほぼ毎回じゃない」
「人徳だぜ」
「ちゆりに人徳なんてある訳ないでしょ」
それはさすがにひどくないか。
「えーでもだって貰えるし」
「絶対おかしいわ」
「そんなの、里のおっちゃんおばちゃんたちに聞いて欲しいぜ」
「だって私は一度も貰ってないのに」
あ、なるほど。いつもそれで絡んできてたのか。
教授は腕を組んで思案顔をする。
「これは一度里に直談判に行かないといけないわね」
「えぇ~、勘弁して欲しいぜ」
「何言ってんのよ、これは由々しき事態でしょ」
「でもおっちゃんたちきっと困るだろうし」
「そんな甘いこと言ってるから―――――――――――――ん? んー………」
おもむろに教授は飴玉のひとつをつまみ上げて、封を破いて口に含んだ。もごもごとしばらく舌で転がした後、うん、とひとつ偉そうに頷く。
「ま、許しましょう」
どうやらイチゴ味のやつがあったらしい。現金なことだ。
「あ、ちゆり。お茶淹れてきて。喉が渇いたわ」
そしてこの切り返しの早さだ。
私今さっき帰ってきたばかりなんだけど、とか、たまには自分で淹れろよ、とか、色々言いたい事はあったのだが。
ちゆりは「へーい」という気のない返事だけをして、居間をあとにした。
ほうじ茶を淹れてみた。
湯飲みを渡すやいなや、教授はまだ冷め切らないほうじ茶をごくごくと一気に飲み干す。
よほど喉が渇いていたのだろうか。自分で淹れればいいのに、と思うが、その選択肢はなかったのだろう。教授のことだし。
二杯目を注いで渡す。
「あ、そうだご主人様」
「ん?」
「なんかさ、核の技術が導入されたんだって。妖怪の山で」
「核ぅ?」
「山の神様が外の世界から持ってきたんだってさ」
「持ってきたって、この幻想郷に?」
「うん。でさ、河童達が試行錯誤してるらしいんだけど、あまり上手くもいっていないみたいなんだ。なぁ、それに協力しないか?」
「協力って、私たちが? 河童に?」
「そうそう! 絶対もうかるぜ」
この話を聞いたときには、随分と興奮したものだ。
核ならば自分たち、特に教授には一家言がある。河童に技術提供を申し入れれば、引く手数多だろう。今現在は自分たちの、幻想郷ではオーバーテクノロジーの技術を駆使して作った商品を里に売りさばいたりして生計を立てているのだが、河童との関係構築に成功した暁には、実入りもぐっと良くなるだろうし、副次的な恩恵にも与れるかもしれない。
これに乗らない手はないだろう。
「核、ねぇ」
ずずっと教授がほうじ茶をすする。
ちゆりのほうには顔も向けず、それきり、前を向いて思案しているようだった。
この反応は予想外だったので、ちゆりは眼を瞬かせる。教授がこんな風に黙り込むのは珍しいし、真面目そうな横顔はさらに珍しいことなので、ちゆりはちらりと覗き見ただけで、声は掛けずにおいた。
いっときの間、ふたりのお茶をすする音だけが当たりに響く。
「ねぇ、ちゆり」
「ん?」
「ここは、素敵な素敵な私の理想の世界なのよ」
「ん。そだな」
魔法を初めて眼にした時の、あの子供のようにはしゃいだ笑顔をふと思い出す。
「その世界が、現実の、あのつまらない世界に近づいていくなんて、私は嫌なのよ」
だから、協力はしたくない。
教授はそう言葉を綴った。
「…………そっか」
「なによ、随分あっさり引き下がるわね」
「ご主人様がいやだって言うなら、それでいいや」
「……ふーん。まあ、どうしてもやりたいっていうんなら言いなさい。考慮するから」
「そこまでは……ないかなぁ」
ちょっと残念だけど。
「でもさぁ、ご主人様。私たちが手を貸さなくても、いずれ核技術は定着するんじゃないかなぁ」
「そうね。とうぶん先のことだろうけど。山の神? だっけ。どうしてそんな無粋なことをするのかしら」
「無粋って?」
「こんなに素敵な幻想郷を壊そうとしているじゃない」
「幻想郷に住んでたら、欲しくなるとは思うけどさ」
「どういう意味よ、それ。私たちだって住んでるでしょ」
だけど欲しくなってないじゃない、と教授が指摘する。
確かにその通りなのだが、ちゆりにも自分なりの意見が存在した。
「私たちは、たぶん『住んでる』うちに入らないぜ」
教授が眉根を寄せる。
ちゆりは説明するために、頭の中で言葉を組み立てる。
「んっとさ、私たちは幻想郷に『居る』だけなんだと思う。『住んでる』っていうのはさ、里の人達と同じ生活をすることだと思うんだ。里の生活って、すごく大変そうだぜ。だって電化製品はほとんどなくて全部自分でしなくちゃいけないし、きつい事ばっかりだ」
ちゆりはよく里に訪れていたから、里人の暮らしぶりを見る機会も多かった。
里のものたちは疑問も感じず、仕事や家事に精を出していたが、それが「日常」ではない自分にとっては彼らの暮らしぶりはただただ驚嘆の事実だった。
「そんな中にいたら、楽をしたくなるじゃんか。楽する方法を知ってるんだ。絶対にそれが欲しくなるに決まってる」
洗濯板でなく、洗濯機があればいいのに。
はたきやチリトリではなく、掃除機があればいいのに。
かまどではなく、コンロがあればいいのに。
徒歩ではなく、自動車があればいいのに。
厠は水洗であればいいのに。
例を挙げたらきりがない。
「住む前は理想でも、住んじゃったら理想じゃない。ただの現実だ」
幻想郷を未だに理想郷と思えるのは、こうやって、里に住んではいないからだとちゆりは思う。移動船に居を構え、汗水たらして畑を耕すこともなく、何かに不便することもなく、向こうの世界の技術に依存して暮らしている。
本当の意味で根を下ろしたとき、自分たちは里の不自由に耐えられるだろうか。
きっと件の神々のように、暮らしやすい技術で里を侵食していくに違いない。
教授は虚を突かれた顔をして、しばらくちゆりを眺めていたが、
「………そうかもね」
随分と素直にそう認めた。
「さって、いい頃合だし、夕飯作りましょうか」
「クッキングマシンが勝手に作ってくれるけどなー」
まったく、技術様々だ。
野菜の入った手提げ袋を手に、さっそくキッチンへと足を向ける。
「あ、そうだ。ちゆり」
「うん?」
ぼかっ!!!
「??? 何で私殴られたんだ??」
「私に説法とくなんて、生意気だもの」
「で、でも、『そうかもね』って言ったじゃん!」
「それはそれ、これはこれよ!」
きっと、そうなんでしょうな。自分も昔の生活は無理だと思います。
ふーんむ、しかし、事が終わってちゃっかり根付いてる彼女らは何と言うか幸せそうですなwww
まぁ旧作ですからねぇ…
持ち込んだ張本人が何言ってやがるwww
地球破壊爆弾とか持ってるしw
そしてタイトルはトトロですね、分かります
もっと旧作キャラの作品が増えるといいですよね。
この理不尽さw実に教授教授してるねw