「はぁ…………」
思わずため息がでる。
季節感が全く感じられない竹林の中、永遠亭の八意永琳は悩んでいた。
「うちのお姫様にも困ったものよねぇ」
ことの発端は昨夜の一件である。
─────────
その夜、お姫様こと蓬莱山輝夜はいつも通りゴロゴロしていた。文字通り。
一方、永琳はというと、里のほうで流行りの病がピークを迎えたらしく、次々と運ばれる患者に目を回していた。
別に適当なところで断ったところで彼女には何の問題はないのだが、彼女曰く「一度乗りかかった船よ」と一言洩らしただけであった。
弟子の鈴仙はもちろんのこと、普段は手伝わない因幡てゐまでが見かねて手伝って患者を回していた時、猫の手も借りたい永琳に輝夜は一言告げた。
「ご飯マダー?」
─────────
私は輝夜、"てるよ"じゃなくて"かぐや"。
皆はニートなんていうけど、断じて違うわ。だってあれは35歳未満だもの。
あの馬鹿も来なくて最近殺し合いができなくて退屈……とみせかけて実はやることがいっぱいあるのよ?
最近ハマってることは畳のい草の本数を数えることね、それも手を使わないで。
目だけで追うから、途中で見失ったらまた最初からよ。やめられないわ。
そうそう、昨日なんだか知らないけど永琳に怒られちゃった。
なんだか騒々しかったけど、それでピリピリしていたのかしらね。
い草数えは頭と目を使うからお腹が減るのよ。あんなに怒らなくてもねぇ?
きっとカルシウムが足りないんだわ、今日はお魚にしてもらおうかしら。
お魚といえば最近秋刀魚を食べてないわね。
かりっかりに焼いた表面をさっと剥ぎ取って、細心の注意はらって身をほぐすのが私流。
骨と身に綺麗に分けた後は、大根おろしに醤油とすだちをかけ、一緒にホクホクご飯と食べるの。
特にあの黒い部分が美味しいのよね。
そうそう、大根おろしと言えば…………
「姫、入りますよ」
あら永琳。
「なぁに? あ、そうそう、今日の晩御飯は秋刀魚がいいわ」
「はいはい秋刀魚ですね。それもいいですが、ちょっと用事をしてもらいますよ」
「えー、私に使いっ走りさせる気? 鈴仙に行かせなさいよ」
「鈴仙は今、里に行っています」
「じゃあてゐ」
「以下同文」
「むー、めんどくさいわねぇ」
「たまには働くのもいいと思いますよ」
「やーよ、働いたら負けよ」
「某ニートくんじゃあるまいし……とにかく、行ってもらいますよ。はい」
なにこれ? メモ用紙?
「それに書いてある通りにお願いしますね」
「え、やだ、お使いって一つじゃないの?」
「そうですね」
「いやよ」
「行かないと晩ご飯抜き」
「いくわ」
─────────
全く、これじゃ私が食いしん坊キャラみたいじゃない。
食いしん坊なんて某幽霊だけでいいっての。
あー、かったるいなぁ。
「入るわよー」
「ん、誰だ? ってなんだ、かぐ……てるよか」
「今のわざとでしょ? ねぇわざとでしょ?」
「イヤイヤ、コノキリサメマリサ、ソンナコトシナインダゼ?」
「めっちゃ棒読みじゃないの……」
「で? なんだんだ? 弾幕ごっこなら忙しいからまたこんどな」
「なによその私が暇を持て余してる子供みたいな対応は……まぁいいわ、今日は用事があるのよ」
はい、と私は魔理沙にメモを渡した。
「ふぅん……これならまぁあるけど、こんなもんどうするんだ?」
「さぁ?」
「なんだお使いか」
「むぅ、ま、まぁお使いなんだけど、その言いかたはなんか嫌ね」
「ま、特別にタダでやるよ、特に珍しいもんでもないしな」
「本当? 助かるわ」
「貸し一個な」
「……お金払うわよ」
「冗談だ冗談、ほれ」
魔理沙は私に白い塊を渡した。
本当永琳ったら、こんなものどうするのかしら。新しいプレイ?
「ありがとう、それじゃあ次に行くわ」
「おー」
こっちにも振り返らずに実験に没頭しているあたり、本当に忙しそうね。
……まぁ私には関係ないわ、さっさと次に行って帰りたいわね。まだ数えてない畳があるのよ。
えっと、次は……
─────────
「うーん……」
まぁ、ここに来てしまったんだけど。
「どうしよう」
今、私の目の前には寺小屋がある。
上白沢慧音の運営している寺小屋ね。
それもこれも、メモに鶏卵と書いてあったのが悪いわ。
「ん、何か用か?」
「ひっ」
「何をびっくりしてるんだか……」
あなたが後ろから現れるからでしょ慧音……
「あ、あの、ちょっと用事があってね、鶏卵をいくつか分けてほしいのよ」
「鶏卵……? 鶏卵ってあの鶏のか? 何で里で買わないんだ」
「いや、その……里は行きにくいっていうか……」
あーもう! 何ボソボソ言ってるのよ私は!
「はぁ……妹紅といいお前といい、変な所がナイーブだな」
ほっときなさい。
「まぁいい、教育の一環でな、鶏を飼育している。 それでよかったらいくつか分けてやろう」
「助かるわ」
「なに、困った時はお互い様だ、子供達もよく永琳に助けてもらっている」
「慧音~、茶が入ったぞー」
っげ、あの声は。
「誰かお客さん? って、輝夜か」
「やっぱり妹紅ね。最近来ないからやっと死んだのかと思ってたわ」
「死なないけどな」
「わかってるわよ」
「久々にいっちょやるか」
「ふふ、返り討ちよ」
「おいおい、小屋から離れてやってくれよ」
あ。
「……と思ったけど、今日は乗り気じゃないわ」
「おいおい何だ、逃げるのか? じゃあ私の不戦勝だな」
っく、なんてこと。
─────────
数時間前。
「いいですか、弾幕ごっこなんてしてきちゃ駄目ですよ。必ず夕方には帰ってきてくださいね」
「わかってるわよ」
「妹紅に会ってもですよ」
「はいはい」
「遅れてもご飯抜きですからね」
「あーもう、わーってるわよ! あんたは私のおかんか!」
「車に気をつけていってらっしゃい」
「何よ車って……」
─────────
「わ、私は……」
秋刀魚>>>>>超えられない壁>>>>>もっこす
「帰・る・わ!」
「ちぇ、つまらねぇの。 まあいいや、これで245239勝245238負で私の勝ち越しだな」
「あら、それは違うわね。 245238勝245238負よ、私が勝っていたもの」
「そんなはずはねぇだろー、確かに245239勝245238負だよ」
「私が間違っているとでも?」
「よく水増ししてるじゃん」
「してないわよ!」
「はいはい、そこまで」
「「へぶぁっ」」
後に被害者のMさんとKさんは語る。
「まず目の前が真っ白になりましたね」
「高速の頭突き、いや、光速かな」
数ヵ月後! 元気に竹やぶを駆け回るMさんとKさんの姿が!
「「もう喧嘩したりしないよ!」」
─────────
「最後はここね」
フラワーマスター、風見幽香。そのガーデン。
「っ……」
うぅ、何度来ても……なんていうんだろう、居心地が悪いわね。
確かに花は綺麗なんだけど、なんかプレッシャーを感じるというか。
「あら、誰かと思えば、永遠亭の」
「ひゃっ」
「何驚いてるのよ」
最近は後ろから現れるのが流行っているのかしら。心臓に悪いわ。
「えーっとね、永琳から頼まれていて」
「こんにちは」
「え?」
「挨拶よ、まず出会ったら挨拶をするものよ」
「う、うん、こんにちは」
「それで、何かしら」
「あ、永琳に頼まれて」
「それはもう聞いたわ」
嫌な奴ね。
「えっとね、苺を分けてほしいの」
「苺……? どうするの」
「そりゃあ、食べるんじゃない?」
「食べる、ねぇ、ふふふ」
そう言えば幽香はとても植物を大事にするって聞いたことがあるわね。
まずいかなぁ。
「いいわよ」
「え? いいの?」
「なぁに? いらないの?」
「いや、貰うわ、ありがとう」
「何か勘違いしてるようだけど、大事にするってことと食べないことは違うわよ」
……お見通しってわけね。
「さて、苺をあげるのはいいんだけど」
「お金なら払うわ」
「そんなものいらないわ」
「貴方も里にいくんでしょ?」
「そういうことじゃないのよ……私が手間隙かけて育てたものを、人間の作ったものと取引なんてしたくないわ」
「それじゃあどうしたらいいの」
「そうねぇ、ちょっと働いてもらおうかしら」
でたわね禁句、"働く" この世で最も忌むべき言葉。
でも……
秋刀魚>>>>>超えられない壁>>>>>労働
「し、しょうがないわね、働くわ」
「当然よ。それじゃあはいこれ、スコップとジョウロね」
「どうすればいいの?」
「私のを見てその通りにしなさい」
「はーい」
「まずはこっちの一帯からね」
─────────
「うぅ……」
これはもう駄目かもしれんね。
幽香言ったよね? ちょっと働くっていったよね?
これがちょっとだったら労働基準法はいらねぇっていうあれよ。
まぁ……結構楽しかったけど……
「ご苦労様、はいこれ」
出されたのは紅茶だった。
あんまり好きじゃないのよね。
まぁ飲むけど。
「……おいしい」
「ふふ、汗を流した後はこれが一番ね」
「香りがすごくいいわ」
口に含んだ瞬間、広がる豊潤な香り。
日本茶にはない、癖のある香りと味がある。
でもそれは嫌な癖じゃなくて、むしろ花に包まれているような、温かくて柔らかな感じ。
「ハーブティーよ、ゆうかりん特性ver」
「自分でゆうかりんなんて言ってるのね」
「ふふ、悪い?」
「意外……かな」
「私は地はこんなものよ、外では外の顔してるけど」
「あら、私には外の顔はしないの?」
「もうあなたとはガーデニング仲間だから……他人じゃないわ」
「……それにしても、おいしいわ」
「それはどうも」
本当は味なんて途中から感じなかった。
仲間なんて言われて、恥ずかしかった。
そんなこと言えないけど。
「それにしても、着物が泥だらけになっちゃったわね、洗濯していきましょうか」
「いいわ、鈴仙にやらせるし…………ってあぁ!」
「どうしたの?」
「もうすぐ夕方じゃない!」
「そうね」
「帰らないとっ」
「そう、じゃあはいこれ」
あ、渡されるまで苺のこと忘れてた。
「ありがとう、え、えっと」
「なぁに?」
「また来てもいい?」
あぁ、幽香がきょとんとしている。
言わなきゃよかった。
「もちろんよ」
でも、そう言ってにっこりと笑ってくれた時、なんだか胸がいっぱいになった。
─────────
「うまぁぁぁぁぁぁぁ」
知らなかった、これほど美味しいものがあるなんて。
知らなかった、これほど感動するものがあるなんて。
今日の晩御飯は秋刀魚の塩焼き。筍のお吸い物。菜っ葉のおひたし。
「ふふ、働いた後のご飯はおいしいでしょう?」
「これなら毎日でも働くわね」
「っ!! それはよかったですね(まさかここまでとは)」
「本当よ(嘘だけど)」
でも、ご飯が美味しいというのは本当だった。
いい感じに焼けた秋刀魚の身をほぐし、そっと大根おろしを乗せる。
すだちを数滴しぼっていざ口の中に。
口の中に秋刀魚の香ばしい香りと旨みたっぷりの脂がじわっと広がる。
そこに白飯を掻き込むと、秋刀魚の塩気を米粒が吸収して相乗効果で味が深まる。
くたくたに動いたあとの体には、空っぽになった胃にいくらでも入る。
時々おひたしをつまみ、味に変化をつける。
詰まった喉にお吸い物が旨みと水分を潤す。
私のお箸は止まらなかった。
「ご馳走様」
私の前には空のお皿と秋刀魚の骨と皮だけが残った。
「はい、お粗末様でした」
「ん、そういえば」
あのお使いって何だったのかしら、苺やら鶏卵やら。
「あぁ、それはですね」
ぱっと部屋が暗くなった。
「え? 何?」
「ふふ」
いつの間にかてゐと鈴仙がいなくなっていた。
「輝夜、誕生日おめでとう」
え?
「おめでとうございます!」
「おめでとう」
奥から、二人が何かぼんやりと光るものを持ってきた。
え? なにこれ? どっきり?
「もう、いくら長く生きてるからって、自分の誕生日を忘れる人がいますか?」
永琳に痛いところをつかれた。
うるさいわね、そもそも年月日なんて数えてないのよ。
「妹紅との喧嘩の勝敗は数えているのに」
ええいうるさいうるさい。心を読むな。
…………というか、そっか、この為のお使いだったんだ。
ロウを貰ったり鶏卵や苺を貰ったりは、このケーキの為だったんだ。
わざわざこんな手の込んだことして、馬鹿なんだから……
「さ、輝夜、火を消しなさいよ」
てゐに促され、我に返った。
私はふーっと息を吹きかけ、蝋燭の火を消した。
「それじゃあ明かりをつけますねー」
「待って!」
まだ、点けないで。
「もう少し、暗くしておいて」
「……? はい、いいですけど」
気が利かないわね、だから貴方はうどんげなのよ。
……泣いてる顔なんて、見せたくないのよ。馬鹿。
「ふふ」
約一名にはバレバレだったけど……
─────────
「はぁ…………」
思わずため息がでる。
季節感が全く感じられない竹林の中、永遠亭の八意永琳は悩んでいた。
「うちのお姫様にも困ったものよねぇ」
最近、朝早く外に出て夕方頃帰ってくるのだ。
それ自体はいいことだ、家でゴロゴロしていたり、殺し合いをするよりは健康的である。
ただ、着物を泥だらけにして帰ってくるのが困りものである。
「やれやれ、お姫様には着物の値段は教えられないわね」
当然、曲がりなりにも姫なので着ているものには気をつけているのだ。
これまで駄目になった着物だけで家がいくつか建つ。
なんでもガーデニングをしているとか、弟子入りとか何とか言っていたが、珍しいこともあるものだ。
なんにせよ、生き生きしている彼女の姿を見れば、咎める気など起きなかった。
そして今日も彼女が帰ってくる時間になった。
彼女はいつものセリフを永琳に告げる。
「ご飯マダー?」
思わずため息がでる。
季節感が全く感じられない竹林の中、永遠亭の八意永琳は悩んでいた。
「うちのお姫様にも困ったものよねぇ」
ことの発端は昨夜の一件である。
─────────
その夜、お姫様こと蓬莱山輝夜はいつも通りゴロゴロしていた。文字通り。
一方、永琳はというと、里のほうで流行りの病がピークを迎えたらしく、次々と運ばれる患者に目を回していた。
別に適当なところで断ったところで彼女には何の問題はないのだが、彼女曰く「一度乗りかかった船よ」と一言洩らしただけであった。
弟子の鈴仙はもちろんのこと、普段は手伝わない因幡てゐまでが見かねて手伝って患者を回していた時、猫の手も借りたい永琳に輝夜は一言告げた。
「ご飯マダー?」
─────────
私は輝夜、"てるよ"じゃなくて"かぐや"。
皆はニートなんていうけど、断じて違うわ。だってあれは35歳未満だもの。
あの馬鹿も来なくて最近殺し合いができなくて退屈……とみせかけて実はやることがいっぱいあるのよ?
最近ハマってることは畳のい草の本数を数えることね、それも手を使わないで。
目だけで追うから、途中で見失ったらまた最初からよ。やめられないわ。
そうそう、昨日なんだか知らないけど永琳に怒られちゃった。
なんだか騒々しかったけど、それでピリピリしていたのかしらね。
い草数えは頭と目を使うからお腹が減るのよ。あんなに怒らなくてもねぇ?
きっとカルシウムが足りないんだわ、今日はお魚にしてもらおうかしら。
お魚といえば最近秋刀魚を食べてないわね。
かりっかりに焼いた表面をさっと剥ぎ取って、細心の注意はらって身をほぐすのが私流。
骨と身に綺麗に分けた後は、大根おろしに醤油とすだちをかけ、一緒にホクホクご飯と食べるの。
特にあの黒い部分が美味しいのよね。
そうそう、大根おろしと言えば…………
「姫、入りますよ」
あら永琳。
「なぁに? あ、そうそう、今日の晩御飯は秋刀魚がいいわ」
「はいはい秋刀魚ですね。それもいいですが、ちょっと用事をしてもらいますよ」
「えー、私に使いっ走りさせる気? 鈴仙に行かせなさいよ」
「鈴仙は今、里に行っています」
「じゃあてゐ」
「以下同文」
「むー、めんどくさいわねぇ」
「たまには働くのもいいと思いますよ」
「やーよ、働いたら負けよ」
「某ニートくんじゃあるまいし……とにかく、行ってもらいますよ。はい」
なにこれ? メモ用紙?
「それに書いてある通りにお願いしますね」
「え、やだ、お使いって一つじゃないの?」
「そうですね」
「いやよ」
「行かないと晩ご飯抜き」
「いくわ」
─────────
全く、これじゃ私が食いしん坊キャラみたいじゃない。
食いしん坊なんて某幽霊だけでいいっての。
あー、かったるいなぁ。
「入るわよー」
「ん、誰だ? ってなんだ、かぐ……てるよか」
「今のわざとでしょ? ねぇわざとでしょ?」
「イヤイヤ、コノキリサメマリサ、ソンナコトシナインダゼ?」
「めっちゃ棒読みじゃないの……」
「で? なんだんだ? 弾幕ごっこなら忙しいからまたこんどな」
「なによその私が暇を持て余してる子供みたいな対応は……まぁいいわ、今日は用事があるのよ」
はい、と私は魔理沙にメモを渡した。
「ふぅん……これならまぁあるけど、こんなもんどうするんだ?」
「さぁ?」
「なんだお使いか」
「むぅ、ま、まぁお使いなんだけど、その言いかたはなんか嫌ね」
「ま、特別にタダでやるよ、特に珍しいもんでもないしな」
「本当? 助かるわ」
「貸し一個な」
「……お金払うわよ」
「冗談だ冗談、ほれ」
魔理沙は私に白い塊を渡した。
本当永琳ったら、こんなものどうするのかしら。新しいプレイ?
「ありがとう、それじゃあ次に行くわ」
「おー」
こっちにも振り返らずに実験に没頭しているあたり、本当に忙しそうね。
……まぁ私には関係ないわ、さっさと次に行って帰りたいわね。まだ数えてない畳があるのよ。
えっと、次は……
─────────
「うーん……」
まぁ、ここに来てしまったんだけど。
「どうしよう」
今、私の目の前には寺小屋がある。
上白沢慧音の運営している寺小屋ね。
それもこれも、メモに鶏卵と書いてあったのが悪いわ。
「ん、何か用か?」
「ひっ」
「何をびっくりしてるんだか……」
あなたが後ろから現れるからでしょ慧音……
「あ、あの、ちょっと用事があってね、鶏卵をいくつか分けてほしいのよ」
「鶏卵……? 鶏卵ってあの鶏のか? 何で里で買わないんだ」
「いや、その……里は行きにくいっていうか……」
あーもう! 何ボソボソ言ってるのよ私は!
「はぁ……妹紅といいお前といい、変な所がナイーブだな」
ほっときなさい。
「まぁいい、教育の一環でな、鶏を飼育している。 それでよかったらいくつか分けてやろう」
「助かるわ」
「なに、困った時はお互い様だ、子供達もよく永琳に助けてもらっている」
「慧音~、茶が入ったぞー」
っげ、あの声は。
「誰かお客さん? って、輝夜か」
「やっぱり妹紅ね。最近来ないからやっと死んだのかと思ってたわ」
「死なないけどな」
「わかってるわよ」
「久々にいっちょやるか」
「ふふ、返り討ちよ」
「おいおい、小屋から離れてやってくれよ」
あ。
「……と思ったけど、今日は乗り気じゃないわ」
「おいおい何だ、逃げるのか? じゃあ私の不戦勝だな」
っく、なんてこと。
─────────
数時間前。
「いいですか、弾幕ごっこなんてしてきちゃ駄目ですよ。必ず夕方には帰ってきてくださいね」
「わかってるわよ」
「妹紅に会ってもですよ」
「はいはい」
「遅れてもご飯抜きですからね」
「あーもう、わーってるわよ! あんたは私のおかんか!」
「車に気をつけていってらっしゃい」
「何よ車って……」
─────────
「わ、私は……」
秋刀魚>>>>>超えられない壁>>>>>もっこす
「帰・る・わ!」
「ちぇ、つまらねぇの。 まあいいや、これで245239勝245238負で私の勝ち越しだな」
「あら、それは違うわね。 245238勝245238負よ、私が勝っていたもの」
「そんなはずはねぇだろー、確かに245239勝245238負だよ」
「私が間違っているとでも?」
「よく水増ししてるじゃん」
「してないわよ!」
「はいはい、そこまで」
「「へぶぁっ」」
後に被害者のMさんとKさんは語る。
「まず目の前が真っ白になりましたね」
「高速の頭突き、いや、光速かな」
数ヵ月後! 元気に竹やぶを駆け回るMさんとKさんの姿が!
「「もう喧嘩したりしないよ!」」
─────────
「最後はここね」
フラワーマスター、風見幽香。そのガーデン。
「っ……」
うぅ、何度来ても……なんていうんだろう、居心地が悪いわね。
確かに花は綺麗なんだけど、なんかプレッシャーを感じるというか。
「あら、誰かと思えば、永遠亭の」
「ひゃっ」
「何驚いてるのよ」
最近は後ろから現れるのが流行っているのかしら。心臓に悪いわ。
「えーっとね、永琳から頼まれていて」
「こんにちは」
「え?」
「挨拶よ、まず出会ったら挨拶をするものよ」
「う、うん、こんにちは」
「それで、何かしら」
「あ、永琳に頼まれて」
「それはもう聞いたわ」
嫌な奴ね。
「えっとね、苺を分けてほしいの」
「苺……? どうするの」
「そりゃあ、食べるんじゃない?」
「食べる、ねぇ、ふふふ」
そう言えば幽香はとても植物を大事にするって聞いたことがあるわね。
まずいかなぁ。
「いいわよ」
「え? いいの?」
「なぁに? いらないの?」
「いや、貰うわ、ありがとう」
「何か勘違いしてるようだけど、大事にするってことと食べないことは違うわよ」
……お見通しってわけね。
「さて、苺をあげるのはいいんだけど」
「お金なら払うわ」
「そんなものいらないわ」
「貴方も里にいくんでしょ?」
「そういうことじゃないのよ……私が手間隙かけて育てたものを、人間の作ったものと取引なんてしたくないわ」
「それじゃあどうしたらいいの」
「そうねぇ、ちょっと働いてもらおうかしら」
でたわね禁句、"働く" この世で最も忌むべき言葉。
でも……
秋刀魚>>>>>超えられない壁>>>>>労働
「し、しょうがないわね、働くわ」
「当然よ。それじゃあはいこれ、スコップとジョウロね」
「どうすればいいの?」
「私のを見てその通りにしなさい」
「はーい」
「まずはこっちの一帯からね」
─────────
「うぅ……」
これはもう駄目かもしれんね。
幽香言ったよね? ちょっと働くっていったよね?
これがちょっとだったら労働基準法はいらねぇっていうあれよ。
まぁ……結構楽しかったけど……
「ご苦労様、はいこれ」
出されたのは紅茶だった。
あんまり好きじゃないのよね。
まぁ飲むけど。
「……おいしい」
「ふふ、汗を流した後はこれが一番ね」
「香りがすごくいいわ」
口に含んだ瞬間、広がる豊潤な香り。
日本茶にはない、癖のある香りと味がある。
でもそれは嫌な癖じゃなくて、むしろ花に包まれているような、温かくて柔らかな感じ。
「ハーブティーよ、ゆうかりん特性ver」
「自分でゆうかりんなんて言ってるのね」
「ふふ、悪い?」
「意外……かな」
「私は地はこんなものよ、外では外の顔してるけど」
「あら、私には外の顔はしないの?」
「もうあなたとはガーデニング仲間だから……他人じゃないわ」
「……それにしても、おいしいわ」
「それはどうも」
本当は味なんて途中から感じなかった。
仲間なんて言われて、恥ずかしかった。
そんなこと言えないけど。
「それにしても、着物が泥だらけになっちゃったわね、洗濯していきましょうか」
「いいわ、鈴仙にやらせるし…………ってあぁ!」
「どうしたの?」
「もうすぐ夕方じゃない!」
「そうね」
「帰らないとっ」
「そう、じゃあはいこれ」
あ、渡されるまで苺のこと忘れてた。
「ありがとう、え、えっと」
「なぁに?」
「また来てもいい?」
あぁ、幽香がきょとんとしている。
言わなきゃよかった。
「もちろんよ」
でも、そう言ってにっこりと笑ってくれた時、なんだか胸がいっぱいになった。
─────────
「うまぁぁぁぁぁぁぁ」
知らなかった、これほど美味しいものがあるなんて。
知らなかった、これほど感動するものがあるなんて。
今日の晩御飯は秋刀魚の塩焼き。筍のお吸い物。菜っ葉のおひたし。
「ふふ、働いた後のご飯はおいしいでしょう?」
「これなら毎日でも働くわね」
「っ!! それはよかったですね(まさかここまでとは)」
「本当よ(嘘だけど)」
でも、ご飯が美味しいというのは本当だった。
いい感じに焼けた秋刀魚の身をほぐし、そっと大根おろしを乗せる。
すだちを数滴しぼっていざ口の中に。
口の中に秋刀魚の香ばしい香りと旨みたっぷりの脂がじわっと広がる。
そこに白飯を掻き込むと、秋刀魚の塩気を米粒が吸収して相乗効果で味が深まる。
くたくたに動いたあとの体には、空っぽになった胃にいくらでも入る。
時々おひたしをつまみ、味に変化をつける。
詰まった喉にお吸い物が旨みと水分を潤す。
私のお箸は止まらなかった。
「ご馳走様」
私の前には空のお皿と秋刀魚の骨と皮だけが残った。
「はい、お粗末様でした」
「ん、そういえば」
あのお使いって何だったのかしら、苺やら鶏卵やら。
「あぁ、それはですね」
ぱっと部屋が暗くなった。
「え? 何?」
「ふふ」
いつの間にかてゐと鈴仙がいなくなっていた。
「輝夜、誕生日おめでとう」
え?
「おめでとうございます!」
「おめでとう」
奥から、二人が何かぼんやりと光るものを持ってきた。
え? なにこれ? どっきり?
「もう、いくら長く生きてるからって、自分の誕生日を忘れる人がいますか?」
永琳に痛いところをつかれた。
うるさいわね、そもそも年月日なんて数えてないのよ。
「妹紅との喧嘩の勝敗は数えているのに」
ええいうるさいうるさい。心を読むな。
…………というか、そっか、この為のお使いだったんだ。
ロウを貰ったり鶏卵や苺を貰ったりは、このケーキの為だったんだ。
わざわざこんな手の込んだことして、馬鹿なんだから……
「さ、輝夜、火を消しなさいよ」
てゐに促され、我に返った。
私はふーっと息を吹きかけ、蝋燭の火を消した。
「それじゃあ明かりをつけますねー」
「待って!」
まだ、点けないで。
「もう少し、暗くしておいて」
「……? はい、いいですけど」
気が利かないわね、だから貴方はうどんげなのよ。
……泣いてる顔なんて、見せたくないのよ。馬鹿。
「ふふ」
約一名にはバレバレだったけど……
─────────
「はぁ…………」
思わずため息がでる。
季節感が全く感じられない竹林の中、永遠亭の八意永琳は悩んでいた。
「うちのお姫様にも困ったものよねぇ」
最近、朝早く外に出て夕方頃帰ってくるのだ。
それ自体はいいことだ、家でゴロゴロしていたり、殺し合いをするよりは健康的である。
ただ、着物を泥だらけにして帰ってくるのが困りものである。
「やれやれ、お姫様には着物の値段は教えられないわね」
当然、曲がりなりにも姫なので着ているものには気をつけているのだ。
これまで駄目になった着物だけで家がいくつか建つ。
なんでもガーデニングをしているとか、弟子入りとか何とか言っていたが、珍しいこともあるものだ。
なんにせよ、生き生きしている彼女の姿を見れば、咎める気など起きなかった。
そして今日も彼女が帰ってくる時間になった。
彼女はいつものセリフを永琳に告げる。
「ご飯マダー?」
型にはまりすぎ感。
キャラの組み合わせは好きですが。
これで勝っつるー。
でも何でしょうかこの物足りない感は。