「最近あまり上手くいかないわねぇ」
私と神奈子様は守谷神社へ続く山道を歩いている。
ちょうど里での活動を終えて家に帰るところだった。
「すみません。私の力不足です」
「そ、そんな意味で言ったんじゃないんだよ早苗。これも大分普及が進んだからむしろ当たり前なんだし」
「しかし……」
日本の神霊は信仰心によって成り立っている。そのため信仰が失われれば神は存在することができない。だから信仰を常に集め続けなければいけないのだ。
善くも悪くも人間は慣れる。今の信者がこれからも信仰心を持ち続ける保証なんて全くないのだから。
「そんな悲しい顔の早苗は見たくないよ」
そういう神奈子様のほうがずっと悲しそうな顔で、私がもっとしっかりして頑張らないといけない、と思うには十分な理由だった。 だから意識的に明るい声で応えた。
「そうですよね。また明日頑張ればいいのですよね」
「そうそう。切り替えが大事よ。早く帰って早苗のご飯が食べたいわねえ」
「ふふ。それでは今日の夕飯は張り切って作りますね」
「諏訪子様、ただいま戻りました」
「あう!? おかえり!?」
私と神奈子様は幻想郷での信仰を獲得するために、毎日のように色々な場所で布教活動を行っている。
しかし諏訪子様はいつもお留守番。最初は神様が二人も現れたら驚かせるかもしれないと思い、家に残ってもらっていた。
しかし今では――。
「諏訪子様? 何を慌てて――ってそれ、朝食のときの食器じゃないですか!?」
幻想郷に来て既に二年。私達の存在も受け入れられたようだった。そこで諏訪子様も一緒に布教活動をするように誘ったのだ。
しかし返事は芳しいものではなかった。
外の世界で信仰を無くしたことで、また幻想郷(こちら)で失うことが怖いのだと、そうに違いないと最初の内は思っていた。
「あーうー。悪い悪い。今片付けるよ」
「けっこうです。夕飯を作るついでですので私が片付けます」
棘のある言い方だと自分でもわかっている。でも私だって不機嫌になることくらいある。
こちらに来た当初は障害が多かったものの信者自体は順調に増えていた。
しかし最近は努力の甲斐もなくほとんど信者は増えていない。
それどころか私達が現れるとあからさまに避ける者まで出てきた。
少しずつだが確実に信仰心が落ちてきている。
だから今は新しい風が必要なときなのだ。
それなのに諏訪子様は毎日仕事もせずに遊んでばかり。最近では私のノートパソコンがお気に入りらしい。
私が不機嫌になるのも仕方がないことだろう。
「諏訪子。何時間あったと思ってるの? 早苗にちゃんと謝りなさい」
「だから悪いって言ったじゃん」
「構いません神奈子様。ご先祖様である諏訪子様に謝ってもらうなど恐れ多いので」
「ちょ、ちょっとあんたたち落ち着きなさいよ」
私と諏訪子様の板挟みになって神奈子様はおろおろしていた。普段の威厳のある姿からは想像もできない。一般の信者が見たらどう思うだろうか。
ごめんなさい神奈子様。私だってこんなこと言うつもりではなかったです。
でも私も神奈子様も頑張っているのに、諏訪子様だけ何もしないなんて納得できません。
「仕事もしないで、いつまでもゆっくりしてください。布教活動は私と神奈子様で致しますので」
言いたくない。本当はこんなこと言いたくないのだ。
でも感情が抑えきれなかった。私の口は私の意思に背いて言葉を吐いていた。
私の一言で諏訪子様は明らかに気分を害したようだ。
「ふーん。私が何もしてないって? 早苗、もう一度言ってみな」
「本当のことじゃないですか。朝から晩までずっとパソコン。今日なんて朝食の食器も片付けていなかったんですよ!」
「はいはい。早苗は本当にいい子だね。これからも面倒事は私の代わりによろしく頼むよ」
「諏訪子!!」
「面倒……。そんなふうに思っていたのですか……。誰の! 誰のために私が頑張ってると思ってるんですか!?」
「私や神奈子のためだって言いたいの? だからいつまで経っても早苗はいい子ちゃんなんだよ。本当に自分が信仰を集めてるなんて思ってるの?」
「言い過ぎよ!」
「神奈子は早苗に甘過ぎ。これもいい機会ね。私この家出ていくわ」
「ちょっと諏訪子!」
神奈子様の制止も空しく諏訪子様は家を飛びだしていった。
「放っておきましょう。明日にはお腹が空いて帰ってきますよ」
「諏訪子の事もわかってあげて……。意地っ張りだけど、あれでもちゃんと頑張って――」
「さて、ご飯の準備をしますので神奈子様は座って待っていてください」
「早苗……」
その日は幻想郷に来てから初めて、会話がない夕食だった。
窓辺からは明るい日が差し込んでくる。
「うぅん。もう朝ですか」
体がだるい。昨日はよく眠れなかったのかな。どうしてでしたっけ?
「え!? もうこんな時間!?」
ベッドの脇にある目覚まし時計の針は、普段の起床時刻を遥かに過ぎた場所を指し示していた。守谷一家の朝は早い。その中でも早苗は一番に起きて朝食の準備をしなければならないのだ。
朝食の時刻はとうに過ぎている。神様二人はお腹を空かせて食卓に着いているはずだった。
「神奈子様! 諏訪子様! すみませ――」
誰もいない食卓。諏訪子様だけじゃない。神奈子様も……。
「う、うそですよね?」
そうだまだ寝ているのかもしれない。
「諏訪子様!」
そんな……どうして。
「神奈子様!」
神奈子様までいないなんて……。
当たり前のような存在が消えてなくなる。昨日まで三人一緒に笑いあっていた場所なのに。
まるで世界に自分一人だけが取り残されたかのような喪失感だった。
「あはっ。あははは……。捨てられちゃったんだ私」
外の世界では特異な能力のせいであまり友達ができなかった。
それでも神奈子様がいてくれた。いつもどんなときでも私を見守ってくれる神様。
だから神奈子様が幻想郷に行く決心したとき、私は全く躊躇わなかった。
未練がなかったと言えば嘘になる。その証拠にここには外の世界の道具を数多く持ち込んでいる。
心配した神奈子様がたまに帰ろうかと誘ってくれることもあった。
でも私はそれだけはしなかった。そうしたいと思うのは自分の弱さだと思ったから。二人に対する信仰心があやふやなものになってしまうと思ったから。
でもそうやって頑張ってきた結果がこれだ。私は一番大切なものを、ほんの一時の感情で失ってしまった。
「今日はもう寝ましょう……」
ただでさえ相当な寝坊をしたのだ。眠気なんてするわけがない。
しかし何もする気がおきない。何も考える気もおきない。
「あれ……。どこだったかな……」
私はほとんど無意識に風邪薬を探していた。外の世界の強めの薬。あいにく睡眠薬などというものは持ち合わせていなかった。それでも十分代用にはなるだろう。
「あった……」
神様二人はもちろんだが私もほとんど風邪をひかない。そのため探すのに随分手間取ってしまった。
フタを空け手のひらの上にじゃらじゃらと錠剤を出していく。
「ちょっと多過ぎかなぁ。でもこれくらいじゃないと眠れそうにないですよね」
錠剤を握りしめたままコップに水を注ぐ。
そのまま水を一気に煽り薬を飲み干した。
すぐに頭がくらくらしてくる。飲み慣れていない薬を大量に飲んだのだから当然の結果だろう。
「う!?」
強烈な不快感。
私は急いで洗面所に向かい吐いた。
「はぁ……はぁ……」
胃液で喉が焼けつくように熱い。今日初めて感じた、まともな感覚かもしれない。
「本当に……。私は何をやってるんでしょうね……」
「あ……」
そこで初めて机の上に一通の手紙があることに気付いた。
それを見た瞬間に私は飛びついていた。
早苗へ
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昨日は諏訪子がごめんなさい。
でもわかってあげて。諏訪子も日々の仕事で疲れてたの。
本当は三人一緒にいたいって誰よりも思っているはずよ。
もし早苗がまだ諏訪子の事を信じてくれるなら……。
一日でいい、諏訪子の仕事を代わってあげて。
早苗のノートパソコンをつければわかるはずたから。
明日には戻ります。
そのときになってもまだ諏訪子の事が信じられないなら……。
いえそれは今言うべきことじゃないわね。
早苗、諏訪子の事信じてあげて。
─────────────────────────────
「神奈子様……私が二人のこと信じられないわけないじゃないですか……」
そこからの私の行動は素早かった。駆け足で居間に向かいノートパソコンの電源を入れる。
諏訪子様はこれでいったいどんな仕事をしていたのか。
諏訪子様は私が帰宅したときにパソコンの前で頬を緩めている事が多い。それを見て毎日遊んでいると思ったのだ。
本当は何をやっていたのか――。
「あれ、勝手にメールが」
特に操作はしていないのにメールブラウザが起動した。毎日使うから自動起動にしているのかもしれない。
ということは諏訪子様の仕事はメールをチェックすることなのだろうか。
次々に新着メールを受信している。その数――。
「え、え? どうしてこんなに?」
新着メールは既に千通を超えていたが一向に止まる気配がない。
[神様お願い]、[神様助けて]こういったタイトルのメールばかりだ。差出人は妖怪の山の天狗から里の人間まで幅広い。
いくつか見知った名前もある。
幻想郷ではパソコンやネット回線はごく限られた場所でしか使えない。ということはこのメールはパソコンを経由したものではなく純粋な想いが届いているのだろう。
不思議なことだがそれしか考えられない。河童の力を借りたのか、それとも神の力なのか。いずれにしても――。
「諏訪子様……。この量でも毎日返信してる」
私の目は止まることを知らない受信箱から送信履歴に移っていた。
一人一人丁寧に、真剣に耳を傾けて返事を返している。
自分が信仰を集めているなんて思い上がりだった。自分が今までやってきたことは何だ。ただの押し付けではないか。
だから信仰心が落ちていたのだ。
諏訪子様の言っていたことが今ならよくわかる。
諏訪子様はこうして信者に限らず頼ってくれるすべての声に応えていたのだ。
「諏訪子様申し訳ありません……」
私は馬鹿だ。諏訪子様になんてことを言ってしまったのだ。私はどこか思いあがっていた。自分がいるから神奈子様も諏訪子様も存在できていると。
そして焦っていた上手くいかない毎日に。
どれだけ謝っても許されることはないだろう。
だから私は今日一通目のメールを開いた。
From:永遠に紅い幼き月
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私が神様にお願いって柄じゃないのはわかってる。
だからこれはただの愚痴よ。
どうせ私の国の神様には届かないでしょうしね。
日本の神様は寛容だから受け入れてくれると信じているわ。
妹のことなんだけど、最近はいろんな人と仲良くしてるみたいなの。
数百年も閉じ込めていたのは私の間違いだったのかもしれない。
でも妹は私に対してはよそよそしいの。
たった一人の家族なのにどうやって接したらいいのかわからないのよ。
こんな悩み身内には相談できないしね……。
とはいえ神に相談なんて私も何やってるんだかね。
ふぅ。やっぱり今のは無し。
全部忘れてちょうだい。
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「妹さんのこと本当に大切に思ってらっしゃるのですね。難しく考える必要はありません。ただ一緒にいてあげてください。それが家族なのですから」
From:サイキョーなアタイ
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アタイはサイキョーなんだ。
だけど今日はそれは違うって言われたの。
だんまくしょうぶにもまけちゃった。
アタイほんとうはサイキョーじゃないのかな。
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「あなたがサイキョーなのは神様にも伝わっていますよ。イメージするのは常に最強の自分です。それが信じ続けられるならあなたは本当に最強ですよ」
From:完全で瀟洒なメイド
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神様、この世には二種類の人間がいます。
胸があるの人間とない人間です。
これはどう考えても不公平です。
是正してください。
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「誰にもコンプレックスの一つや二つあります。それから逃げないで。あなたを本当に魅力的に見せるのはきっともっと別のことですよ」
From:半人前
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自分はいつまで経っても未熟です。
主を守る剣であるはずなのに、
自分はまったく役に立っているように思えません。
どうすれば未熟な自分を抜け出すことができるでしょうか。
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「そうですね。でも未熟なのはあなただけじゃない。あらゆるものは未熟なのです。だからあなたはあなたの信じる道を進んでください。それでも迷ったときは進んで来た道を振り返って見てください。あなたが積み重ねてきた確かな軌跡がそこにはあるはずですから」
そうして私は次々に返信をしていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「うー……。神奈子が――」
「――よ。あんたがちゃんと――」
近くで誰かの話し声が聞こえる。何とか全ての願いに返事はしたのだが、そのまま寝てしまったようだ。昼食どころか夕食すら食べている余裕はなかった。
結局昨日は何も食べずに一日を過ごしたことになる。
「う、うーん……」
「あ……」
「諏訪子……様?」
「う~……。早苗ただいま」
「お、おかえりなさい!」
「どうだった早苗。神様のお仕事は」
神奈子様がこちらを見て優しげに微笑んでいる。
私が今日一日、諏訪子様の仕事を代わったことを少しも疑っていないようだ。
「諏訪子様」
私は正座して諏訪子様に向き直り深々と頭を下げた。
どんなに言葉を尽くしても足りない。
「申し訳ございませんでした」
「ちょっとやめてよっ。私は別に謝ってもらうことなんて……」
「確かに諏訪子は謝ってもらうほうじゃないね。ほら」
「あ~う~。早苗……悪かったよ。感情に流されるのは私の悪い癖だね」
そう言って諏訪子様もばつが悪そうにだが頭を下げる。
「本当だよ。私と初めてあったときだって力量差を考えないで向かって来てさ。まあそれがいいところでもあるのだけど――」
神奈子は語りだす。その視線は遠い遥か彼方を見つめていた。
「諏訪子様……」
「早苗……」
自然と目があう。そしてお互いが何を考えているか瞬時に把握した。
この話――止めないと長くなると。
「神奈子様! その腕に抱えてるものは何ですか!」
「そうそう! 外の世界でちょっとお買いものしてきたんだよ!」
「あのときは私も若かったわねえ。当時の私は神様の中でもマドンナ的存在で――――ってこの袋?」
危ないところだった。既に千年以上話が遡っている。
「ああ。早苗にお土産があるのよ。諏訪子ったらこれ買うために並んでたのよ」
「う~。別にいいじゃん」
「周りの人から話かけられてる諏訪子は見てて面白かったわよぉ。迷子の子だと思われて……」
「見てたなら助けなさいよ! あと早苗もニヤニヤしない!」
「ふふっ。何を買われたのですか?」
「これだよ」
「外にいるとき食べてみたいって言ってたよね?」
「これは……覚えてらしたのですか」
それは外の世界で流行しているドーナツだった。といっても私が外の世界にいたときの話なのでブームは去っているかもしれない。
確かにこちらに来る前に一度食べてみたいとは思っていた。しかしあのときはドタバタしていたので結局機会がなかったのだ。
それを諏訪子様はちゃんと覚えていてくれた……。
「お腹空いてるでしょ。一緒に食べよ」
「そうそう。買ってきたものがもう一つあるんだよ」
そう言って神奈子が袋の中から取り出したのは2台のノートパソコンだった。
「三人で返事を書いて、それが終わったら三人で布教に行きましょう」
「うん。それならいつも一緒にいられるしね」
いつも一緒。昨日は永遠の孤独を感じただけに、その一言で私の感情は溢れでてしまった。
「かなこさま。すわこさまぁ……」
「ちょ、何泣いてるのよ早苗!」
「すみません……。でも私嬉しくて」
「そうだ。早苗、もう一度メールを見てみて」
「え……メールですか」
Re:永遠に紅い幼き月
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まさか五百も歳が違うあなたに諭されるなんてね。
いいアドバイスだったわ。あなたも頑張りなさい新米の神様。
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Re:サイキョーなアタイ
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よくわかんないけど、やっぱりアタイはサイキョーなのね。
かみさまがいうんだからまちがいないわ。
かんしゃしてあげる。
サイキョーのアタイがかんしゃするんだから、
ありがたくおもいなさい。
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受信箱は感謝のメールで溢れていた。全ての人から届いたわけではない。それでも自分が今日一日行ったことがどれたけのことだったのか。その想いが伝わってくる。
これが……信仰なの?
「確かに感謝されることは少なくなったよ。感謝の心が届くのは一割にも満たないし。でも私達を信じて頼ってくれる人がいる限り、それには答えていかなくちゃね」
「そうだよ。私達は神様だからね。もちろん私たちの中には早苗も入ってるわ」
「だから、これからも三人一緒に頑張っていこうね」
「はい……私頑張ります!」
:REPLACED:
ちょっとテスト
:REPLACED:
おしまい
実際にやろうとしたら、自前で用意するか、他のサイトのカウンターを借りる形になるのは少々厄介な感じがしますね。もちろん創想話においても場所をお借りしているわけですが、そこに別物を混ぜるといろいろと危ないかなという印象です。
ssの感想としては、ちょいと臭いがニヤニヤしてしまいました。
早苗の性格は最近ブレが激しいみたいですが、ニ柱に対してはやはり大切な家族だというのが、俺の信仰です。
閲覧数カウンターに目がいってしまったので、純粋に点数をつけがたいと思い、フリーレスですいません。
でも悪意ある偽作家とかが変なページ仕込めるんじゃないかと心配したり。
逆にJavaScriptを効果的に使ってゲームブック的SSが作れるなぁとか思ったり。
ちなみにCoahだと無理のようです。
あと、テストということですが同一IP連続アクセス規制位入れててもいいかも。
素直に、幻想郷でメールを使用したその発想に脱帽です。
少なくとも、今まで私は思い尽きませんでした。
素晴らしいです。