「そんなの恋に決まってるでしょう?」
妹紅が当然のような顔で私に話した。恋? 私には縁の無い言葉だ。私にどうしろと言うのだろう?
事の発端はその少し前の事。
「では君、続けて読んでください」
「え!? ……その、すいません、何ページでしたか」
「48ページの三行目からです、授業中に気を抜いてはいけませんよ」
最近この少女は授業に対し集中力が欠けていた。先ほどもよそ見をしていた。少し注意した方がいいのだろうか――
「では今日の授業はこれまでです」
「はーい」
少女がぼんやりしていた以外はつつがなく授業は進んだ。終わりを述べると皆で元気よく返事を返してくれる。だが、少女だけは心ここにあらずと言った様子で、返事を返すことも無い。それだけが気がかりであった。
「それでは最後に宿題を集めます」
子供達は私の前に宿題を持ってくるが、あの少女だけが席に座ったままだった。
「君、どうしたのですか? 宿題を忘れたのですか?」
「はい……すいません……」
「昨日も忘れましたね? 駄目ですよ、親御さんが授業料を払ってくださっている以上、あなたも期待に応えるため身を入れて勉強しないと」
「すいません……」
「済んでしまったことはしかたありません、明日からはこのような事がないようにしてくださいね?」
つい先日までは宿題を忘れることも無く真面目に勉強をしていた生徒に何があったのだろうか?
その翌日、やはり少女は前日同様だった。少女は放課後も、ぼんやりとした様子で一人席に座り続けていた。見かねて声をかけてみる。
「君」
「……あ! はい、先生」
「最近調子が悪いようですが、何か心配事でもありますか? 困ったことがあれば先生に相談してください、いつでも力になりますから」
「……いえ、大丈夫です、何でもありませんから……」
「……そうですか、ですが、何かあればいつでも先生に相談してくださいね」
「……はい」
大丈夫と口ではいえども、とてもそうは見えない。だが、無理に聞き出すことも出来ない。不安を頭の片隅に残したままだったが、その日の夜は歴史編纂の一環で妹紅から聞き取りをする約束があったので、不安を感じながらも一旦は忘れることにして竹林へと赴いた。
夏に長袖を着ていたので、辿り着いた頃には思わず汗をかいてしまっていた。それでも妹紅からいくつかの事を聞き、書き留めることが出来た。必要な情報も集まったので、その後は軽く酒を飲みながら、妹紅とたわいもない話をしていた。その中で、件の少女の事を話題に出した。
優秀だった少女が、最近はいつもぼんやりしている。原因は何なのだろうかと。それを聞いた妹紅はあっさりと答えた。
「そんなの恋に決まってるでしょう?」
と。
「そんなものかなあ……」
妹紅は当然な顔でそう話すが、恋と言われても、正直私にはよくわからない。
「あの年頃の女の子の悩みなんて大概それよ。遠くを見てたってのも、多分好きな男の子でも見てたんでしょ」
言われてみればそのような気もしないではない。とはいえ、恋となると私に手が出せる問題では無いか。私にどうしろと? 恋なんて考えたこともない。そのはずだ。
「私にはどうしようもない問題なのかな」
そう私が答えると、妹紅は笑いながらこう話した。
「いやいや、友人にはからかわれそうで相談しにくい、親には言いたくもない。そんな悩みを助けてあげるのが年の近いお姉さんってやつじゃない」
「私が色恋沙汰の相談に乗れると思うか?」
「あら、慧音だってそんな体験の一つや二つあるでしょう?」
普通の人間ならそのようなことの一つ二つ有っても当然だろうが
「まさか」
と短く答えることしか私には出来ない。
「本当に?」
「ああ」
そう問いながらも妹紅はいぶかしげな顔だった。
「若い者はもっと情熱的にならないと駄目よ、私の若い頃はそれはもう――」
顔を見ればいかにも少女の妹紅が、年寄りじみたことを言い出した。
「まあ輝夜の馬鹿みたいに男を振り回すのもあれだけど、少しは堅苦しくないことを考えてもいいんじゃない?」
「そうは言ってもな」
「でも寺子屋の子供以下のうぶさね」
なるほど、確かにそうだろう。もっとも私に人間としての子供時代がどれだけあったのだろうか?
「そうね」
からかうような顔になりながら妹紅が話す。
「慧音改造計画をしましょう」
「はあ?」
突然のことに思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「もっと積極的に色んな事に触れて、硬軟併せ持った人間にならないと駄目よ」
正論かもしれないが、私にはあまりにも難しい要求だ。
「自分が堅苦しい人間なのはわかっているが、それで他人に迷惑をかけるわけじゃないからいいだろう?」
「そりゃそうだけど。でもさっき言ってた女の子の悩みを解決出来るような人間になりたくない?」
「そんなにすぐ変われるものじゃないだろう? それに相談なら、いっそ妹紅が相談にのってあげてくれないか?」
「知らない人間は苦手だからね……」
竹林の奥に住む人間が人見知りでないわけがないだろうが。
「私もそのくらい苦手だよ」
「そうね――」
少し考えてから妹紅は続けた。
「わかったわ。少しは私も外に出て人間と接してみるわよ、その女の子にも会ってみるわ。だから慧音も少し自分を変えてみましょう?」
それでおあいこなのだろうか?
「で、私に何をしろと?」
それから数日後の夜、私は人里を歩いていた。しかし外を歩くのが恥ずかしくてしかたない。なんなのだろう? この格好は?
「これがステップ1よ」
と隣の妹紅が話す。
「こんな珍妙な格好をすることがか?」
私は妹紅がどこからか持ってきた服をまとっていた。靴は紫のスニーカー。黒のデニムに、その上に緑のスカート。上はタイトな白のTシャツ。
外の世界から流れてきた人間がこのような格好をしているのは見たことがあるが……幻想郷では風変わりな格好だ。
「これでも随分と意見を聞いてあげたじゃない?」
確かに他に妹紅が持ってきた物に比べれば随分ましだろうか? ヘソが出るTシャツやら、膝までも無いスカートに比べれば。どれもこれも露出が多くて流石に着られたものでは無かった。満月の夜はもちろん、そうでなくてもなるべく肌は出したくない……
「しかしな」
思わずそんな言葉が口をつく。随分と異様で、おまけに子供っぽく見えて落ち着かない。
「確かにもう少し若い子向けかもしれないけどね、まあ、そんな格好したこと無いんだから、最初にはちょうどいいんじゃない? 若いくらいが」
「そうは言っても」
そう、本当に落ち着かない、多分お洒落をするとか、そう言ったことが私には無理なのだろう。憧れもとっくになくしてしまった。そんなことを考えながら歩いていると、遠くに見知った姿が見えた。思わず妹紅を引っ張り路地裏に隠れる。
「どうしたのよ」
そう妹紅が問いかける。
「向こうに昔の教え子が見えたんだ」
「別にいいじゃない。何か悪いことしたわけじゃないし」
「教師の体面もあるだろう?」
「だって歩いてるだけじゃない?」
「この格好でだぞ?」
妹紅はこの格好におかしさを感じないのだろうか? 本人はいつもの格好なのに。私はこの格好だが。
「う~ん」
妹紅はふと考えるような様子を見せた
「まだステップ2、3、4が有るけど難しそうね」
「それで何をやらせるつもりだったんだ?」
「例えば知らない男の人を誘ったり」
思わず頭突きをかましたくなった。
「いや、冗談よ」
私の目を見て妹紅も流石にそういった。
「でも慧音はもっと簡単なことから始めないと駄目ね、これじゃ赤ん坊レベルよ」
「別にいいじゃないか」
「だから、それが駄目なのよ、もっと柔らかくいきましょうよ、そんなカチカチだから男も寄ってこないの」
「別に来て欲しくもないさ」
正直に口にする。そんな人間がいるわけもないが。満月の私を見れば誰でもそう思うだろう。
「そう決めつけずに行きましょうよ。まずは練習でもしてみる?」
「慧音、愛してるよ」
「私もさ」
三文芝居でも言わないほど陳腐な言葉を吐きながら、私たちは竹林を歩いていた。
「慧音のためなら死ねる」
「私もさ」
手垢に塗れるのを拒否するほどの安い言葉を吐きながら、妹紅と手を繋ぎながら歩いていた。
「慧音、月が綺麗だね」
「そうだな」
「慧音ほどじゃないけどね」
「そうかな」
そんな笑い話にしか出てこない台詞を吐きながら、逢い引きの練習とやらをしていたのだが、思わず妹紅が素になって話す。
「もう! 相づちばっかりじゃない」
「そうは言ってもな」
「もっと気の利いた台詞はないの?」
「ないよ」
生まれてこの方考えたことの無い言葉を言えというのも無茶な注文だ。
「無いってねえ」
「だいたい妹紅の台詞も酷くないか?」
「だって気の利いたこといっても理解してくれないじゃない?」
小説に出てくるような、曖昧で抽象的な表現が苦手なのは確かだが……
「もう一度行くわよ」
妹紅が何故かやる気を見せるので付き合う。
「ねえ慧音」
「何?」
少しは頭を働かせてみよう……
「どうして慧音は私を好きになったの」
待て、いつから好きになったのだ?
「……」
「……」
仕方ない……適当にでも考えてみよう。
「そうだな、妹紅はとても優しいだろう?」
「そうかな?」
「こんなつまらない私と一緒にいてくれるだけで十分に優しいよ」
それからあれこれと妹紅のことを話した。
「とっても前向きで、だからこれだけ生きてるのに変わろうとしていて、それに色んな生きた経験があって、だから何にでもとても詳しくて、だからとっても話が面白くて――」
そんな言葉を延々と続けた。自分でも思った以上に出てきた。そうしたら妹紅が本当に輝いて見えた。だから何か悲しかった。その傍らにいる私がくすんで見えた。
「――そんな妹紅が好きだ」
これは本音、こんな下らないおままごとの中で出てきた言葉だけど。だから妹紅もままごとをやめて話した。
「それだけ言えるんじゃない。私みたいな適当な人間に対して」
適当? それは私だ。自分に押しつけれた白沢っていうもののせいにして。
「そのほんの少しでも自分に向けてみれば? 私から見れば慧音の方がよっぽど素晴らしい人間だよ、人間のためにあそこまで力を尽くして、私なんてただの世捨て人なのに」
違う。それが自分の使命だと思って、そうすれば何も恨まなくてよくて、何か満ち足りてて。そして考えることも、自分を変えることもしないでいられただけ。
「……」
それを言おうとしたけど、思うことが多すぎたのだろうか。言葉が出なかった。
「まったく、私が男ならこんな女は放っておかないけどね」
言いたいことは随分とあったけれど、今の私には上手く言えそうになかった。だから満月の夜に話そうと思った。
満月の夜、私は家で妹紅を待っていた。妹紅が持ってきた露出だらけの服が、家にまだあったのでそれを着てみた。背中が大きく割れた黒いドレス。肌の大方があらわになる。
「こんばんは。ってなんでそんな格好してんのよ、誘ってるの?」
前から私を見て、妹紅はいつも通りに話す。頭に角が生えた私は知っているから当然だ。だから私は後ろを向いた。外には満月が浮かんでいる。月明かりが私の肌を照らす。
その光の下で私は後ろ髪をたくし上げた。うなじの三つ目の目が妹紅を見ていた。
服で覆われていない背中では、四つ目の目、五つ目の目、六つ目の目、七つ目の目、八つ目の目、九つ目の目が妹紅を見ていた。三本目の角、四本目の角、五本目の角、六つ目の角の下で六つの目が輝いていた。異形の姿が、白沢の姿が満月に照らされていた。
「これが私なんだ」
私はそう呟いた。六本の角と九つの目を持つ化け物。それが満月の私。
誰がそんな化け物を好きになる? 頭には三つの目に二本の角。肌を晒せば、それに加えて六つの目と四本の角、そんなものを誰が見たい?
そして私はそのまま昔語りを始めた。
普通の人間だった私。何も知らない少女だった私。ある時、夢で牛を見た。九つの目と六本の角を持った牛を。両親に聞いた。白沢という生き物だと教えられた。
両親はとても喜んだ。白沢と会った家は末代まで繁栄するらしい。白沢とあった人間は病魔から逃れられるらしい。などと言って。だから私も嬉しかった。
その次の満月の夜。私は妖怪になっていた。幻想郷で妖怪は珍しくはない。大概の妖怪は伝承ほど不気味ではない。人間と大差がない。
曰く龍のよう、曰く獅子のようとも伝えられ、私は牛の姿で見た白沢。でも私はそうはならなかった。人間に近い存在と。また、女性と識別できる姿をしていた。
だが、九つの目と六本の角は雄弁に私が人間で無いことを示していた。その醜い姿が人間では無いことを示していた。どうして私がこんな姿にならなくてはいけないのかと思った。
「あのさ、妹紅」
「何?」
「恋、したことあったよ」
白沢の夢を見る少し前、一人の少年に恋をしていた。白沢など関係なく、ただの臆病な私は何も言い出せなかった。
白沢の夢を見た後、やはり何も言い出せなかった。
白沢になった後、自分が異形であることを言い訳にして何も言い出さなかった。
それだけ。それで私の最初で、多分最後の恋が終わった。
白沢の霊験はあらたかだったのだろうか? 決して裕福ではなかった私の家は、少なくない富を築いた。私も森羅万象に通じるとは言わずとも、多くの知識を手に入れ、歴史を喰う能力、そして歴史を作る能力を手に入れた。
白沢は徳の高い者が治める世に現れるという。今幻想郷を治めるのは誰だろう? 結局は紫になるのだろうか? いい加減に見えても徳があるのだろうか?
ともかく、今の幻想郷は平和だ。かつては妖怪が迫害された時代があり。人間が脅かされた時代があり――そして、私のような異形の力を持つ人間が迫害された時代があった。
今の幻想郷は過去から学んだのだろうか、全てが理想的に調和しているように思える。歴史に関する能力を得たことの欲目もあるのかもしれないが。
その幻想郷を守ることが、白沢になった、力を与えられた私の使命だと思った。家の富を使って私は寺子屋を作った。子供たちを教育して、特に歴史を教えることでこの幻想郷を守ろうと思った。
そうすればある程度無私でいられた。使命に従う満足感もあった。白沢となった運命に従い自分を捨てる、という殉教者のような満足感が。
だから人間を愛しても、人間に恋することは無かった。人間とは庇護の対象でしかなかったから。
するといつの間にか私は空っぽになっていた。無私で無我でいることが快適になっていた。
「別にそれを否定はしないけど」
一通りの私の独白、あるいは言い訳を聞いた妹紅はそう言った。
「魂の入れ物にそんなに縛られなくてもいいんじゃない?」
「入れ物?」
「私から見れば体なんてただの入れ物、ただの器よ。みんなそのうちに捨てて新しい器に入るんだから」
蓬莱人から見れば体など所詮その程度なのだろうか?
「白沢の使命だって考えてることは立派な物だし、それはそれでいいけど、白沢から離れた慧音の心はどこにあるのよ?」
ずっと無私でいようとしていた私。私人としての上白沢慧音はどこにいったのだろう? もう自分でもわからない気がする。
「別にね、慧音が恋をするとかお洒落をするなんてのはどうでもいいのよ」
「その割に随分乗り気だったじゃないか」
「それはそれで面白いからね」
「私には何も面白くなかったよ」
……いや、いつもと違う格好でいた私には少し高揚感があったかもな。
「口はそうだったけど本音はどうだかねえ」
そう言われるとまた気恥ずかしくなってしまう。
「正直少しはあったかな……」
「その気持ちよ。少しは慧音が白沢と、それに付いてくるあれやこれやから離れて、自分を変えてもいいんじゃないって、それだけは思うわ」
「今から不良教師でも目指すか?」
そうか、妹紅の前ならこんなつまらない冗談が言えるんだ。
「古くさい発想ねえ……」
「私が冗談を言っただけでも変わったと思わないか?」
随分低レベルな変化かもしれないが。
「そうね、じゃあ次はどうしましょう? せっかく角があるんだからその角を可愛く削ってみない?」
「可愛らしい角ってなんだ?」
「角で人形を作ってみるとか」
「どう考えても気持ち悪いよ」
そんな下らない話ができた。
「まあ角も希少価値でステータスで需要があるかもしれないからね、なんか活かしてみたら? わりとかっこいいじゃない、角とか隠された目ってって。なんかロマンがあるわ」
そうすれば白沢の自分も肯定できるのだろうか?
「じゃあ行き遅れたら妹紅が引き取ってくれよ」
「その時は身も心も捧げて貰うけどね」
「別に構わないさ。それはそれで背徳的で悪くないかもな、今の私と見事に逆に生きられそうだ」
「それは置いておいても、意外とありよ、妖怪っぽいの。妖怪と結婚した人間だっているじゃない、需要はあるって」
「そんな需要があるのかね、疑わしいものだよ」
「最悪私がいるわ。それに隠したいならわざわざ見せなくてもいいじゃない。隠すのがまたいいのよ」
そうして、その夜は妹紅と、とめどない話を続けていた。もう九つの目も六本の角も気にならなくなっていた。こんな関係を他の人間とも私は築けるのだろうか?
それからしばらく経った満月の夜。鏡に向かい合う――自分を色んな角度から見てみた。
「こんなものかな」
そう独り言を呟いた。こんなことですら慣れなくて、どうにも気恥ずかしい。
「やあ」
そのまま鏡を見ていると、予告も無しに妹紅が訪れた。
「今日は忙しいんだが……」
「慧音がどうなったか見たくてね」
そう言った妹紅は私の変化に気づいた様だ。
「可愛いじゃない」
妹紅は私の左角についた赤いリボンを見ていた。
「貰ったんだ」
件の少女は、最近はすっかり前と変わった。妹紅に会わせるつもりだったが――その必要もなく、いつのまにか寺子屋のとある少年と仲良くしていた。自分の力で掴んだ少年と。
私は子供にすら先を越されたわけだ。このリボンはそんな二人に貰った物。教師への日頃の感謝の印ということらしい。子供らしくて、安物だけど、とても可愛く思えた。何より、リボンを見ていると自分と人間が繋がっている気がした。だから今日、リボンを角に付けてみた。少しだけでも心が確実に弾む。
「似合ってるじゃない」
そうして、私は満月の夜の度に赤いリボンを付けるようになった。
だからと言って何か特別に変わったわけではない。別に誰かと恋に落ちた訳じゃない。相変わらず堅苦しい性格で
「寺子屋の授業は難解で退屈でつまらんぜよ」
などと生徒からも言われている。白沢になった時は元々忙しいから他人と会うことはまずない、今はかたくなに拒みはしなくなったが。妹紅が持ってきたような服も着ない。袖の短い服も着るようにはなったが。とにかく、私に起きたのはそのくらいの些細な変化だけだ。
きっと妹紅の方がよっぽど変わったのだろう。私が変わるならば「少しは人間と接してみる」などと妹紅は言っていたが、それから少しして迷いの竹林の道案内を始めた。
竹林の奥でひっそり隠れ住んでいた人間が人と接するようになったのだ、今日のように、希に人里に来ることもある。ただ角にリボンを巻き付けただけの私とは比べものにならない変化。
だけどこれでも私にとっては十分な変化。このリボンがあればきっと白沢の運命に縛られ続けなくても住む。今だってそう、生まれて初めてのリボンを巻くってお洒落、それを誰かに見せたかったし、妹紅に見てもらえた。可愛いといってもらえた。
そう考えれば白沢の自分を、それに上白沢慧音を肯定できる気がする。頭の角はどうやっても隠せない、でも、角にリボンを巻くなんてお洒落が他の誰に出来る? これは私だけの特権。
そうやってゆっくり変わっていこう。堅苦しいのは変わらなくても。妹紅には及ばないものだけど、それでも人生は変わるには十分なほど長くて、変わらずにいるには長すぎるのだから。
なでしょう