前書き
前作、三日間オヤツ抜きの刑(http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1248878788&log=82)を読んでいるともう少しだけ楽しめるかも知れません。
それでは、本編をどうぞ。
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「ううう……」
「ひもじい……ひもじいわ……」
二人の神様はとても苦しんでいた。
とある理由によって怒った早苗が一週間オヤツ抜き&外出禁止の刑を二人に執行した為である。
「元はと言えば早苗が大事に取ってたロールケーキを神奈子が食べちゃったから……」
「あんたも半分食べたでしょうが!うぅ……」
まるで進歩していない二人だった。
「こ……こうなったら……」
「何?実はオヤツ作れたの神奈子?凄く見直すわよ」
「……うふ、うふ、うふふふふふ」
「……ま、まさか……本当に……?」
「こうなったら作ってやろうじゃないか!神が神たる所以を人間どもにまざまざと見せ付けてやるわ!」
「か、かっこいいわよ神奈子!頑張って!私のオヤツの為に!」
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「ええと……まずは何をすればいいのかしら、諏訪子」
「えっ」
「えっ」
「……オヤツ、作れるんじゃないの?」
「作れないわよ?」
「さっきの威勢は?」
「いや、ほら、私って神様だし」
理由になっていなかった。
「私も神様だけど」
「そうね。それで?」
「それでって……どうするの?」
「どうしようか」
まず間違いなく言えるのは、二人は神様である以前にアホの子だと言う事だった。
「そうだ、早苗のオヤツ作りを思い出せば……うん、簡単そうなホットケーキなんかどうかしら」
「……い、いや、なんかいやーな予感がするのだけど」
「ええと……まず白い粉に白い液体を入れて……そこに卵を……」
まず神奈子が取り出したのはグラム単位で売り買いされて値段がとても高くて人間が吸ったら何処か夢の国へと飛び立てる代物だった。ダメ、ゼッタイ。
「……え?早苗こんな粉使ってたっけ?というか何処から出したのこれ?」
「次に……あ、あった、これよこれ」
次に神奈子は何処からか取り出したカル○スの原液をどぼどぼとその中に投入した。
「……あれ、それだっけ?本当にそれであってたっけ?」
「あ、味付けしないと。隠し味になんかよく分からないけどこれ入れとこう。美味しそうな匂いがするし」
「ねえ、それカレーの時に使う奴じゃない?本当に大丈夫?」
「あとは……そうそう、砂糖も入れないと」
そう言って神奈子は塩を一掴み投入した。お約束だった。
「あとは卵を入れて混ぜて……卵……ゆで卵しかないわね。まあいいか」
「いやいやいやいやよくないって、冷静に考えよう、ね?って入れたよこの子!?」
「混ぜて混ぜて混ぜて……良し」
「何か全然違う気がするよ?」
「大丈夫、焼けば何でも食べられます」
※食べられません。
「さあ、焼こう」
何だか上機嫌と言うかハイと言うかアホの子一直線と言うか何処か夢の国に片足を踏み入れていると言うかそんな感じの神奈子がノリノリでホットケーキと言う名の名状しがたい何かを焼き始めた。
料理は人を変えるのである。人じゃないけど。
「よし、何かこんな見た目だった気がするわ」
「……いや、明らかになんか違うんだけど。所々に見えるゆで卵の欠片が特に違和感を覚えさせるんだけど」
出来上がったホットケーキ(?)を前に諏訪子は硬直する。
ホットケーキ(?)は明らかに警告臭を発している。俺に触れたらあの世逝きだぜ的な。
「それじゃあ、いただきます」
「い、いただきます……」
神奈子と諏訪子が同時にそれを口に運んだ。
「…………」
「…………」
むかしの人は言いました。
神は死んだ。
そう、神様も死ぬのです。
「……はっ!?」
「……い、今……三途の河が見えた気が……って何か手足がしびれて動けない!?」
臨死体験をした神様二人が意識を取り戻す。
「これは……うん、まさに天にも昇る味ね。諏訪子、私の分も食べていいわよ」
「作ったのは神奈子なんだから遠慮しなくていいわよ。全部残さずに食べなさいな」
神様パワーですぐに動けるようになった二人が、相手の口にホットケーキ(?)を詰め込もうと醜い争いを始めた。
「お二人とも、何をしているのでしょうか」
「さ、早苗!?」
「い、いや何でもないよ?」
「そうですか……何だか食べ物で遊んでいるように見えたので、まさか神様ともあろう方々がそんな事をなさる筈がありませんよね」
何だか怖かった。早苗パワーは時として神をも凌駕するのだ。
「そ、そんな訳ないじゃない。これはほら、アレよ」
「そうそう、アレよアレ」
「アレ?」
「ほら、諏訪子、あーん」
「ほら、神奈子、あーん」
気持ち悪いくらい態度を変えて、仲が良い風に装いながら二人は同時にホットケーキ(?)を突き出した。
「ああ、そうでしたか。やっぱり仲良しが一番ですよね」
「そ、そうなのよ。だからほら、食べてちょうだい」
「わ、私は神奈子の後でいいわよ」
「お二人とも仲が良いのですね、素晴らしい事です」
感動する早苗。内心で相手を呪い殺そうとする神様二人。突き出されるホットケーキ(?)。
そのホットケーキ(?)が。
遂に、同時に双方の口の中に納まった。
「…………」
「…………」
「あ、買い物に行かないと……それではまた後で」
「…………」
「…………」
むかしの人は言いました。
神は死んだ。
そう、神様も死ぬのです。
「……………………はっ!?」
「……………………い、今……ちょっと冥界でお茶を飲んできたような気が……」
臨死どころか完死体験をした二人が息を吹き返す。流石に神様は格が違った。
「と、とりあえず今日のところはこれくらいにしておくか」
「二度と作らなくていいわよ。貴女に期待した私が馬鹿だったの」
「……それは、どう言う意味かしら?」
「どう言う意味も何も……そのままの意味だけど?」
バチバチバチと火花を散らす神様。ちなみに原因はオヤツである。
「……上等よ!見てなさい……美味しいオヤツを作ってぎゃふんと言わせてやるわ!」
「……いやちょっと……だから本当に作らなくていいって、お願いだから」
何だかオヤツ作りに燃える神奈子。本気で困ると言うか恐怖を覚える諏訪子。
かくして、神奈子のオヤツ作りへの挑戦が始まった。
******
早苗が居ないのを確認すると、二人は台所へ向かった。
「さあ、今日こそは美味しいオヤツを作るわよ」
「……本当に大丈夫かなぁ」
何気に付き合いの良い諏訪子だった。外出が禁じられているので他にやる事がないからだが。
「思えばホットケーキと言うのは初心者にはハードルが高すぎたのよ」
「……え?そうなの?」
「そうなの。と言う訳で今日はカステラを作るわ」
「難易度上がってる気がするよ!?」
「さて……まずは」
「まずは……?」
「スポンジ部分を作るわ」
そう言って神奈子はおもむろに台所にあった洗い物用のスポンジを毟り取った。
「……え?いやいやいやいや。百歩譲っても作ってないよね。それ既製品だよね」
「……上下の黒い部分は……そう、これよッ!」
そう言って神奈子は海苔を貼り付けた。食べ物であるだけマシだったかも知れない。
「待って!?マシじゃないから!」
「最後は味付けよ!砂糖をこれでもかと言うほどまぶして完成!」
今日の神奈子は砂糖と重曹を間違えた。人間ならば食べてはいけない量だった。
「さあ、召し上がりましょう。まさか逃げたりはしないでしょうね、諏訪子」
「……え?」
「貴女は私を挑発した、私はその挑発に乗った……そう、これは勝負なのよッ!」
「……え?」
何だかよく分からないけど、いつの間にか食べなければならない立場になっていたようだ。
諏訪子は、負けでもいいからこの場から逃げたいと言う気持ちになりかけたが、神奈子に負けるのだけはイヤだと思い直し、カステラ(?)へと向き直る。
「いただきます」
「い、いただきます……」
神奈子と諏訪子が同時にそれを口に運んだ。
「…………」
「…………」
むかしの人は言いました。
神は死んだ。
そう、神様も死ぬのです。
「……はっ!?」
「……い、今地霊殿でケーキ(?)を振舞われそうになったような……」
地獄に落ちた二人が息を吹き返す。何せ神様だからちょっとくらい地獄に落ちても平気なのだ。
「これは……うん、飛ぶ鳥を核融合させる勢いの味ね。諏訪子、私の分も食べていいわよ」
「作ったのは神奈子なんだから遠慮しなくていいわよ。全部残さずに食べなさいな」
神様パワーですぐに動けるようになった二人が、相手の口にカステラ(?)を詰め込もうと醜い争いを始めた。
「お二人とも、何をしているのでしょうか」
「さ、早苗!?」
「い、いや何でもないよ?」
「そうですか……何だか食べ物で遊んでいるように見えたので、まさか神様ともあろう方々がそんな事をなさる筈がありませんよね」
何だか怖かった。早苗パワーは時として神をも凌駕するのだ。
「そ、そんな訳ないじゃない。これはほら、アレよ」
「そうそう、アレよアレ」
「アレ?」
「ほら、諏訪子、あーん」
「ほら、神奈子、あーん」
気持ち悪いくらい態度を変えて、仲が良い風に装いながら二人は同時にカステラ(?)を突き出した。
「ああ、そうでしたか。やっぱり仲良しが一番ですよね」
「そ、そうなのよ。だからほら、食べてちょうだい」
「わ、私は神奈子の後でいいわよ」
「今日もお二人とも仲が良いのですね、素晴らしい事です」
感動する早苗。内心で相手を呪い殺そうとする神様二人。突き出されるカステラ(?)。
そのカステラ(?)が。
遂に、同時に双方の口の中に納まった。
「…………」
「…………」
以下、省略。
******
早苗が居ないのを確認すると、今日も二人は台所へと赴いた。
「さあ、今日こそは美味しいオヤツを作るわよ」
「……本当に大丈夫かなぁ」
何気に付き合いの良い諏訪子だった。外出が禁じられているので他にやる事がないからだが。
「思えばホットケーキもカステラも初心者にはハードルが高すぎたのよ」
「作る前に指摘したよね昨日」
「と言う訳で今日はショートケーキを作ろうと思う」
「やっぱり難易度上がってる気がするよ!?ちょっと冷静になって考えようよ!?」
諏訪子の助言を完全にスルーして神奈子がケーキ作りの準備に入る。
「まずは苺。苺さえあれば大丈夫よ」
そう言って神奈子は何処からか苺を取り出した。こればかりは間違えようがなかった。なかったと言うのに諏訪子は少し安心した。
神奈子なら『苺』と『毒』を間違いかねないとか思っていたのだ。
「あとは……」
「……あとは?」
「……ショートケーキって苺の他に何があったっけ?」
「苺しか目に入ってない!?」
苺は凄く大事なので仕方が無かった。ショートケーキは苺の為にあるのだ。シ ョ ー ト ケ ー キ は 苺 の 為 に あ る の だ 。異論は認めない。
「凄くどうでも良い好みで私の人生(?)が左右されてる気がする!?」
「大丈夫、覚えてるわ。苺を取り除いた残りを作ればいいんでしょ」
そう言って、今日も神奈子はスポンジを毟り取った。
「いやそれ前に失敗したパターンだから!ちょっとは学習しやがれってブチ切れていい!?」
「あとは……早苗は何かを白く泡立てたりしてたような……ああ、これよこれ」
そう言って神奈子は泡状のハンドソープをスポンジに塗りたくる。
「待て!それは手を洗うための物でしょうが!」
「そういう風にも使えるのよきっと。素晴らしい食材ね」
※そういう風にしか使えません。決して真似しないで下さい。
「あとはこの上に苺を乗せて出来上がり」
見た目だけは今までで一番それっぽかった。それっぽいだけにもしかしたらショートケーキがトラウマになりそうで諏訪子は嫌な気持ちに陥った。
「それじゃあ、いただきます」
「い、いただきます……」
以下、省略。
******
早苗が居ないのを確認すると、今日も二人は台所へと赴いた。
「さあ、今日こそは美味しいオヤツを作るわよ」
「……もうどうにでもして下さい」
何気に付き合いの良い諏訪子だった。外出が禁じられているので他にやる事がないからだが。
「思えば何の情報もなしにオヤツを作ろうと言うのがそもそもの間違いだったのよ。今日はこのオヤツ作りの本を使います」
「え……偉い!よくそこに気がついてくれました!出来ればもっと早く気づいて欲しかったけど!」
「と言う訳で苺もある事だし今日もショートケーキを作りたいと思う」
「……いや、ちょっと初心者にはハードル高かったりしない?ホットケーキとかの方がよくない?」
「苺があるのでショートケーキを作ります」
「絶対苺食べたいだけだよねこの子。相変わらず人の話を聞かないし」
そして……
今度こそ、神奈子の正真正銘のオヤツ作りが始まった。
「大丈夫、今日は砂糖と塩を間違えたりしないわ」
「それ以外とも間違えてたよね」
「スポンジケーキが大事よ。丁寧に作らないと台無しだから口をはさまないように」
「うわぁいこの子二回も洗い物用のアレから毟り取った過去を完全に忘れていらっしゃる」
「卵はもちろん生卵、ゆで卵なんか入れても意味がないわ」
「入れたよね。初日に思いっきり入れてたよね」
「……泡立たない……?いや、頑張るのよ私……全ては美味しいケーキを諏訪子に食べさせる為に……!」
「え……?今のはどう言う……」
「秘技!神様ハイパーミラクルハンドパワーハリケーンミキサー2000万と見せかけて実は1097万パワーズ!どりゃー!」
諏訪子は黙って待つ事にした。真剣にオヤツ作りに取り組んでいる神奈子を邪魔するのは……フェアじゃないからだ。
決してさっき聞こえた言葉が嬉しかったからではない。うん。そんな事を自分に言い聞かせる。
「生クリームを塗りたくって……苺を乗せて……これで……出来……た……」
出来上がったケーキは、少し不恰好だった。スポンジは焦げかけな上にちょっと形がいびつだし、生クリームの塗りも均一ではない。
「す、少し変かも知れないけど……食べてくれる……?」
それでも、神奈子が本当に努力した結晶を、誰が笑えようか。
諏訪子は、胸に何かこみ上げる物を感じながら、ケーキを口に運んだ。
「ど、どうかしら……?」
「……美味しい」
と、ただ一言。
一言だけでは言い表せない感情を、その一言に込めて、諏訪子は神奈子へと言の葉を渡す。
「ほ、本当に?」
「……ほら、あーん」
「え!?いや、な、何を……!?」
「いいから、ほら、食べてみなさいな」
「……あ、あーん」
神奈子の口にケーキが運ばれた。
「……うん、美味しい」
「でしょう?本当に美味しいよ。……ありがとう、神奈子」
「な……!?や……そ、それほどでもないわ」
神奈子は何故か真っ赤になって慌てた。普段褒められる事が少ない所為だろうか、と諏訪子は思った。
「あら、お二人とも、今日もオヤツ作りですか」
「あ、早苗。今日は神奈子がケーキを作ったの。凄いでしょ」
「い、いやほら、それほどでもないと言うか神様なら当然と言うか。さ、早苗も食べなさい」
「美味しいでしょ?まあ、早苗ほどじゃないんだけどね」
「…………え?」
「そんな事ないですよ。本当に美味しいじゃないですか」
「またまた。長年ケーキを作り続けた早苗に、今日一日しか作ってない神奈子が及ぶ訳ないじゃない」
「…………等よ」
「い、いえ、本当に美味しいですって。神奈子様、落ち着いて……」
「……上等よ!今に早苗より美味しいケーキを作って見せるわ!」
「え?どうしたの神奈子?」
「あー……これは諏訪子様が悪いです」
「え?何が?」
「今から台所は私が使うから近寄らないように!早苗はご飯を作る時だけ来なさい!」
「は、はぁ」
「ええと……何?どうしたの一体?」
「ふんっ!」
怒り顔の神奈子が台所に引きこもる。早苗は非難の視線を諏訪子に向けたが、諏訪子は何が起こったのか全く分かっていなかった。
こうして、神奈子のケーキ研究の日々が始まった。
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それから三日が経った。
刑期の終わりの日だ。今日さえ乗り切れば明日からは早苗のオヤツが食べられるし、外に出て遊ぶ事も出来る。諏訪子はその時を今か今かと待ちわびていた。
「で……出来た……」
「あ、神奈子。久しぶりね」
よろよろと台所から神奈子が這い出した。あれからずっと台所に篭もりきりだったのだ。
「出来たのよ……そう、究極のケーキがッ!」
「きゅ……究極……?」
「至高にして究極のケーキよ。私は早苗を超えたわ!」
やけにハイテンションだった。危ない人だからあまり深入りしないでおこう、と諏訪子は思ったが、
「さあ、食べなさい」
「こ……これは!」
皿には丸い蓋が被せられていた。
諏訪子はその丸い蓋に引き寄せられた。アレはロマンなのだ。漫画やテレビでしか見た事がないあの丸い蓋なのだ。開けない訳にはいかないだろう。
「出来上がったんですか、神奈子様」
「丁度良い所に来たわね早苗。今から諏訪子が食べる所よ」
期待に胸を膨らませつつ、諏訪子が丸い蓋を取った。
そこには……
『おぉぉ……おぉぉ……』
不定形でゼリー状の、七色に揺らめく色を持つ、触手を無数に生やした何か見覚えがあるアレがあった。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
諏訪子は落ち着いて蓋を閉めた。
「ぎゃふん」
「……え?」
「ほら、ぎゃふんって言ったから私の負け。負けました。それじゃ」
「ま、待ちなさい!ちゃんと食べてから評価しなさいよ!」
「そうですよ諏訪子様。努力した神奈子様が可哀想です」
そう言って早苗が再び蓋を開ける。
『おぉぉ……おぉぉ……?』
そこでは、不定形で触手をうねらせる名状し難い何かが、眼球をぽこぽこと生み出していた。
「だってこっち見てるよ!?凄い見てるよ!?色もなんか食べちゃいけない色から食べちゃいけない色まで目まぐるしく変わるし!」
「ああ、餌が違うからよ」
「やっぱり餌食べるんだ!?」
そんな物をケーキと呼んでいいのか。というか独学の筈なのにどうしてこれに辿り着いたのだろう。もしかしたらこれがケーキの究極の姿なのかも知れないけど流石に食べる気には……
「諏訪子様……まさか、食べないなんて事はないですよね」
食べる気には……
早苗が諏訪子を笑顔で見つめる。
「……た、食べさせていただきます」
ぶちゅり。
ぎゃあああああああああああああああああ。
とても不気味な音がして、ついでに明らかに悲鳴っぽい声が上がって、ケーキ(と言う名の名状し難い何か)が切り分けられた。
諏訪子はそれを口の前まで持ってくる。いいのか、その一線を越えてしまっていいのか、と自分に問いかけるが……
「…………」
「…………」
神奈子の期待の視線と、早苗の急かすような視線が突き刺さる。汗が吹き出る。鼓動が早くなる。
決意を込めて、諏訪子は手を動かし、それを口に含んだ。
「…………う」
「……う?」
「うーまーいーぞー!」
口やら目から光を放ちつつ、ついでに宙に浮かびつつ、諏訪子は絶叫した。
信じられない味だった。口に含んだ瞬間に多幸感に包まれた。最早人間の作るお菓子のレベルを遥かに超えていた。
「何コレ!?本当においし……」
二口目を口にしようとした所で、ふと戻る理性。
『おぉぉ……おぉぉ……!』
蠢く触手。流れる涙。
「……」
ぶちゅり。
ぎゃあああああああああああああああ。
だが最早あの味の前には些細な事だった。些細な事だと言い聞かせて二口目。矢張りとんでもなく美味しかった。
「まさかケーキがこんなに美味しい物だったなんて……!ああ……浄化される……!体の中から浄化される……!」
諏訪子の体が透明になり始めた。浄化されつつあるのだった。
「って、待ちなさい。心底邪悪なのかアンタは」
「……はっ!?余りの美味しさに昇天する所だったわ……うん、これは凄いわよ神奈子」
「そ、そう……?」
顔を赤くして照れる神奈子。褒められる事が少ないからに違いない、と諏訪子は思った。
「そ、それじゃあ私の勝ちねっ」
「……え?何が?」
「いやほら、美味しいオヤツを作ってぎゃふんと言わせたら私の勝ちなんでしょ?」
「……ぎゃふんとは言ってないよ?」
「さっき食べる前に言ったじゃない」
「いやいや、あれは食べてからの感想じゃないからね。余りに美味しくなさそうだから言っただけだからね」
「……ほう」
「……何?やる気?別にいいけど?」
二人が睨み合う。二人の中には譲れぬ一線があるのだった。本当に仲が良いのか悪いのか分からない。
「あの……神奈子様、諏訪子様」
「何よ早苗、邪魔しないで」
「そうそう、やっぱり一度分からせてやらないと……」
「……助けていただけると、有難いのですが。攻撃が全く効かないので」
「……へ?」
「……ん?」
二人が早苗の方に視線を向けると、
『おぉぉ……おぉぉ……!!』
ケーキ(?)が触手をうねらせて早苗に襲い掛かっていた。と言うかもう捕食寸前だった。
「さ、早苗が餌に!?仮にも現人神の攻撃が効かないって何事!?」
「ああ、かなり気合入れて育てたからね。私の全力の半分くらいの強さよ」
「なんかもう調理じゃなくて育成だよ!?その言葉からケーキの事を話してるなんて誰も想像出来ないよね!?ってツッコミ入れてる場合じゃなかった!」
諏訪子と神奈子が二人がかりでケーキを攻撃する。まずは触手を焼ききって早苗を救出し、本体を攻撃するが……
「ちょっと……なんか本当に強いんだけど」
「特に装甲には気合を入れたわ」
「だからそれケーキの話だよね!?」
ドドドドドド。
神様達の攻撃の余波によって家屋が崩壊し始める。触手をうねらせるケーキ(?)はそれでも沈まない。
「幾らなんでも頑丈にしすぎでしょ!?やっぱりこの子アホだよ!絶対アホの子だよ!」
「美味しいケーキを作る為には仕方なかったのよ」
「なんかもう知るかアホー!ついでに死ねー!!」
「ちょ……!やったわね!」
『おぉぉ……おぉぉ……!!』
始まる神様同士の抗争。蠢く神様の半分程度の能力を持つケーキ(?)。
それから戦いは三日三晩続き……
******
『おぉぉー!!』
ぐしゃ。
ケーキ(?)が断末魔をあげて崩壊した。
「はぁ……はぁ……」
「こ、今回はこれくらいにしといてやるわ……」
辺りは既に更地になっていた。神様の戦いにしては大人しい影響だったのだが……
「お二人とも、ちょっとお話があります」
びくり、と二人が体を震わせる。振り返ると、笑顔の早苗がそこに立っていた。
「な、何かしら早苗?」
「あ、もう出かけてもいいんだよね?そ、それじゃあ私は外に……」
「……神社再建までオヤツ抜き&外出禁止の刑。オヤツ作りも禁止します」
「そ、そんな……!それは幾らなんでも酷すぎるわ早苗。諏訪子が可哀想よ」
「え?神奈子に対する刑でしょ?」
「お二人ともです。さあ、きりきり働いてください」
とても怖い笑顔の早苗にそう告げられて、二人の神様は、揃って仲良く絶望の表情を浮かべるのだった。
******
というか、あのケーキが料理の範疇にあったのが驚き。
さて、酢飯カレー食ってオヤジギャグ言ってきます。
おやつを作る神奈子の材料の選択や諏訪子の反応も面白かったです。
ただ、(四年も前の作品に言うべきことではないかもしれませんが)カステラって真面目に作ろうとすると難易度が高いお菓子なんですよ。ショートケーキをイージーとすると、カステラの難易度はルナティックです。お菓子屋の息子として、それだけが気になりました。