Coolier - 新生・東方創想話

レンコ・シープ

2009/09/02 18:21:15
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 太陽はすっかりと舞台裏に引き下がり、静かに次の日の出番を待っている深夜。夜の一時、二時なんていうのは一般的な人間は眠りについて体を癒す時間であって、こんな時間帯を元気よく跋扈するのはあやかしな方々ぐらいのものだろう。
 最も、講義を受けては遊ぶことしか考えていない大学生とかいう生き物は、そんな時間帯も起きているのが常だったりもする。
 けれど、私、マエリベリー・ハーンは違う。健康的な時間に寝て、起きる。これは譲れないし、譲らない。夜更かし上等、寝坊も当たり前のくせに、お肌の潤っている私の友人はどこかおかしいに違いない。
 実際、目とかはかなり普通じゃないわけだけれど。
 いつも通りにベッドに潜り込んで眠りに落ちながら、小うるさくバイブレーションして唸る携帯を何度か止めたような気はしないでもない。目覚ましを気がついたら止めていた、というのと程度は変わらないけれど、私の場合は自分で定めた正しい時間にアラームが鳴ったならば確実に起きる。真夜中に鳴ったところで、そんなものは起きなくても何も問題はない。
 今を生きる人間は、他の動物に比べて酷く寝ているときの警戒心が薄いように思える。犬とか猫とか、寝ているときに気づかれないで近づくのは至難の業だ。私は成功したためしがない。
 私も例に漏れず、警戒心薄く熟睡する人間だけれども、さりとて、タオルケットにもぞもぞと潜り込んでくるようなやつがいれば目は覚める。
 窓の外からは、夜になっても鳴き止まない蝉の声が聞こえていた。夏も終わり、もうそろそろ聞こえなくなる声に違いない。せめて昼時にやればいいのにと思ったけれど、求婚ということを考えると、夜中に鳴いた方が相応しいといえば相応しいのかもしれない。
 もぞもぞ。
 ……合い鍵なんて与えるんじゃなかった。
「ぬほー」と意味のわからない吐息を吹きかけてくる蓮子の首へと、寝ている振りのままにそっと腕を回す。網に完全にかかったところで、全力チョークスリーパー。
「め、メリー。私、このまま眠らされたら二度と起きれそうにないわ」
「夏休みだから遅刻の心配はしなくていいわよ」
 夏を駆け抜けた蝉の鳴き声、遠くでぽつんと輝く星、口をぱくぱくとさせながらギブギブと訴えかけてくる蓮子。限界ぎりぎりまで締めて、ぱっと離した。
「蓮子」
「はい」
「反省」
 犬にお座りを命じるみたいな調子で言葉を繰り出す。
「しゅん」
 正座をしながら小さくなる蓮子。不覚なことに、少し可愛げを感じてしまった。
「反省しながら回れ右して、ドアを出て、鍵を閉めて、不法侵入の罪で速やかに警察へ出頭すること。私は寝る」
「……だって、メリー柔らかいんだもの」
 何を狙っているのか、上目遣いでうるうると瞳を揺らす蓮子。加減なしで右拳を振り下ろした。
「そんなことばっかり言ってると、殴るわよ」
「……殴ってから言うのが最近のメリーの流行なの?」
 トレードマークの帽子越しに頭を撫でながら不平を言う。無駄にからかわなければたんこぶが増えることもないというのに。
 目覚まし時計として使っている携帯を手にとって現在の時刻を確認する。深夜、二時三十分四十七秒。蓮子に合わせてもらった時刻だから、まず間違いはないだろう。普段なら熟睡している時間とはいえ、こんなに騒いでは眠気もどこかに飛んで逃げてしまう。
 ため息を一つ。ここまで目が覚めたらどうしようもない。
「おはよう、メリー」
「おはよう、蓮子。今は夜よ」
「今日から夜行性、そんな私たちは秘封倶楽部」
「却下」
「えー」
 えーもなにもない。深夜の活動がしたいなら吸血鬼の友人でもつくるといい。
「それで、こんな時間に何の用?」
「夜這いに」
「ならば、最初から最後までちゃんと這ってこい」
「服が汚れていては粗相でしょうが!」
「逆ギレされても困るんだけどね」
 すっかりと蓮子のテンポで話が進んでしまう。普段から冗談を行動に移しているような蓮子だから、どうにも冗談も冗談に聞こえにくい。合い鍵を取り上げた方がいいのかもしれない。
「いや、まあ、品はこれでして」
 言いながら蓮子が取り出したのは、羊を模したらしい人形だった。献上するように手渡されたそれは、もこもこしていて柔らかかった。揉んだり押したりしてみるとふわふわとした弾力で返ってくる。
 お腹のあたりを親指で押すと、スイッチに触れたような妙な固い感触がした。
「めー」
 もう、一回。
「めー」
 鳴きました、この人形。
「つぼった?」
 にやにやとした顔で蓮子がのぞき込んでくる。してやったり、というような顔が気にくわないが、実際してやられてしまっている。
「……悔しいけれど、可愛いわ」
「これもまた、柔らかくて気持ちのいい一品なんだけどさ」
「殴るのも疲れるから、そろそろ終わりにしていいかしら」
 骨を鳴らすこともできないのに、手を体の前で合わせて鳴らす振りをする。こういうのは気迫が大事なのだ。一発ですとんと人の意識を奪うのは、漫画とかで表現される以上に難しいのだけれど、蓮子相手ならば気合いでどうにかなりそうな気がする。気合いと書いて手数と読む。質よりも数だ。
「勘弁してください」
 ジャンピング土下座。座っていたのにどうやって飛んだのか。
「それで、これがどうしたの」
 本筋を進めようとする度に、どんどんと話がそれていく。「めー」と三度鳴かせながら話を戻した。
「実はそれ、私が小学生の時に大事にしてたものなのよ」
「可愛い頃もあったのね」
「めー」
「そして、当然のごとくなくしました」
「まあ、蓮子だしね」
「めー」
「そしてそして、何故か今日になって本棚のところにぽつんといるのを発見しました」
「見つかってよかったじゃない」
 それじゃあ私は寝る、と言い残してベッドに向かおうとすると、蓮子にしがみつかれた。クーラーがきいてるとはいえ、今はまだ夏だ。暑苦しいことこの上ない。
「いやいやいや、メリーさん。おかしいでしょ。私がこれをなくしたのは小学生の時、しかも実家。これが見つかったのは私の汚い今の部屋」
「持ってきてたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょう」蓮子は首を振る。「私が言いたいのは、これが何らかの境界を越えたんじゃないかということよ」
「この人形が?」
 自然と二人分の視線が人形の元へ集中する。人形は押されなければ鳴きもせず、何の反応も示さない。
「だって、要するに神隠しじゃない。私、その人形の声を聞くまでまるで思い出せなかったし」
「声?」
 蓮子の方へ向けてお腹を一押し。めー。
「そう。その声」
「確かに、神隠しに遭遇した人が周りの人の記憶から忘却されていた、なんてことはよく聞くけれど」
「でしょう?」
「でもね、蓮子」またため息一つ。「仮に神隠しに遭っていたのだとしても、この人形はすでに帰ってきてしまっているし、あなたもこの人形のことを完全に思い出してる。この状況で、これ以上何をするの」
 この人形が今まさに神隠しに遭っている、というのなら秘封倶楽部的活動を起こすこともできるかもしれない。けれど、今はもう完全に事の後だ。もう終わって完結してしまっていることなんてどうしようもない。
 ――そもそもとして。
「これは、神隠しでも何でもなくて、単なるあなたのなくしものの話よ」
 なくしものは、忘れもの。
 なくしていたものがすっかりと忘れた頃に出てきた――なんて、ありふれすぎた出来事だ。それら全てを神隠しにこじつけてしまうのは、些かに乱暴すぎる。
「……そこを、面白おかしく追求するのが秘封倶楽部でしょう!」
「いや、違うし」
 後ろ頭をぽりぽりとかきながら蓮子に近づき、右手をとってベッドの方へと導く。押し倒した先が床では体が痛いだろう。
 蓮子の体を静かにベッドの上へと押し倒す――俯せに。そして自分はその細い背中にまたがった。
「メリー?」
 引きつったような笑顔を首をねじって向けてくる。
「なくしもの一つで、私の安眠を奪った罪は重いわ」
 逆エビ固め、という技らしい。プロレスなんてものは全く知らないけれど、蓮子に出会ってから妙に私は格闘技を身につけてしまっている気がする。
 蓮子がぷるぷると震えて完全に沈黙するまで続けて、放り投げるように解放する。運動なんて大学までの徒歩のみという、まるで筋肉のない私の体も息をあげていた。
 窓の外にはまだ星が見えていて、円に見える白い月ががっちりと空にはめ込まれていた。満月の日にはいろいろと世界の調子は狂うという。今日は、そういうことなのだろうか。
「蓮子らしくないわ。今日はどうしたのよ」
 神隠し、というネタを持ってくることは、秘封倶楽部の活動を鑑みればおかしなことじゃない。見つけた結界に飛び込むなんていうのは、まさしく自分から隠されに行っているようなものだ。神様だか妖怪だかしらないけれど、案外に迷惑しているかもしれない。
 けれど、秘封倶楽部の活動、それにしては私を連れ出そうとする蓮子に、いつもの詭弁が足りない。勢いが足りない。講義が終わると同時に突撃してきたと思えば、右手左手を取って身動きできないようにして私を引っ張り、打ち合わせと称して大学近くのカフェで私に奢らせる。そして、その勢いのままにレッツゴー。
 これだけだとただのお馬鹿だけれど、実際は私を連れて行くまでに何度も考えを練っての行動だ。私を沈黙させるだけの理屈(大抵はただの詭弁で終わる)も十分に用意されている。
「……姿と、声と。どっちが先に忘れちゃうんだろうなあ、と思ってね」
 ぼそりと、静かになった部屋に蓮子の声が零れた。私に乗られた俯せのまま、手を伸ばして人形を手に取る。
「この人形を見てもね、私は何も思い出さなかったのよ。お腹を偶然押して、たまたまその声で思い出したの。あんなに子供の頃は好きだった記憶もあるのにね。そしたらどーもね、妙な衝撃があって。私としたことがいらないことをぐだぐだ考えちゃってさ」
 気がついたら、メリーのところに甘えにきてました。
 めー。
 最後の言葉に羊の鳴き声を被せたのは、蓮子の最後の抵抗なのだろう。普段、人を食ったようにひねくれている人間に、急に素直になられても対応に困ってしまう。
 生憎と、私は蓮子ほどに弁は立たない。素直にきた相手への対応を考えても、目には目を理論で素直には素直に返すくらいしか思いつかない。気がついたらまたため息が零れる。ため息がいくらあっても足りない日だ。
「声だろうが姿だろうが、私には関係ないわ。蓮子のこと、忘れるつもりなんてないもの」
 めー。
 羊のお腹をぐいっと押す。蓮子も鳴かしたのだ。私が鳴かしたって文句はないだろう。
 なくしものは――忘れもの。けれど、なくすつもりも忘れるつもりも端からないのだから関係ない。なくして後悔するつもりもなければ、忘れて呆けるつもりもない。
 素直に甘えてきたのはいいことよ、と言おうとしたところで、もぞもぞと蓮子が動いて仰向けになった。
「あのね、メリー」
「何かしら」
「そのー、ね」
「何よ」
「私、メリーのことだけに限定したつもりじゃなかったんだけど」
 見上げてくる蓮子と真っ直ぐに視線が交わる。言われてみれば、まあ、そうだった。蓮子は私のことに限定して言っていたわけじゃない。私の返答は、蓮子一人に向けてのものになっていたけれど。
 素直とか、慣れないことはするもんじゃない。
 顔のあたりにかけて急に温度が上昇しそうになるのを感じて、必死に押しとどめる。そんな反応見せては思うつぼに他ならない。
 顔を背けてしまおうとすると、するっと下から腕が伸びてきて背中に回された。下に引きづり込むように、蓮子の腕に抱きすくめられる。柔らかな感触がした。
 ちょうど私の胸元あたりに蓮子の頭が埋まり、さらりとした黒髪から、シャンプーのような、ささやかな香水のような、蓮子の香りがする。
「ありがとう、メリー」
 距離が近いせいだろう。直接、体に語りかけられるような、妙な心地がした。
「どーいたしまして」
 夜空を見上げれば世界での己の座標と時を知り、口を開けば強気に言葉を弄する彼女にも、こんな日があるのだなあと、そんなことを思った。
「……柔らかい」
「うっさい」
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甘える蓮子可愛いよ
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蓮子はかわいいのう
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ビバ百合w
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メリーやらかいよメリー
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もっとむぎゅうすればいいと思うよ!
44.100幻想の電子蒼龍削除
蓮メリちゅっちゅ
45.90ナナシン削除
マエバリーのトントロ(ボソッ