Coolier - 新生・東方創想話

抱きしめていて-fragment/3-

2009/09/02 08:20:14
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このお話は
作品集79「私の名を呼びなさい-fragment-」
作品集80「冷たいキス-fragment/2-」
の続編となっております。


























 川の流れと云うのは独特なものがある。特に、橋の上から眺めるとそれは顕著だ。

 引き込まれると云うのか――ただ流れているだけなのに妙に意識が持っていかれる。

 眺めるつもりなどないのに眺めてしまう。心が、そちらに向けられてしまう。

 橋の欄干に肘を乗せて、そんなことを思った。

「身投げでもする気かしら」

 珍しく私が黙り込んでいたからか、彼女の方から声をかけてきた。

 丁度いい。水面に映る己の顔を見るのにも飽きていた。

 貴女の顔が見たいところだったのよパルスィ。

「当たらずも遠からず」

 顔を上げ微笑みを向ける。返ってくるのは藪睨みの視線、私を見ているようで見ていない。

「他所でやってね。私は死体なんて見たくないから」

 相も変わらず辛辣ね。辛辣じゃなかった時なんてなかったけど。

「あら、地底に他の川なんてあるのかしら」

「なんで地底でやろうとするのよ。地上でやればいいでしょう」

 薄く笑みだけを返す。

 わかってもらえないでしょうね。

 どうせ死ぬなら愛しい人の近くで死にたいなんて想いは。

 ……別に本気で身を投げようなんて思ってない。死のうとだなんてしていない。

 でも考えてしまう。いつまでも想いが届かないのなら、いっそ、と。

 目の前で死んでみせれば――僅かにでも貴女の心に残るのではないか、なんて。

 意味がない。そんなの、私が望むことを欠片も果たせない愚策。

 私が死ねば、私が居なくなれば、パルスィはまた独りになろうとしてしまう。

 それだけは……認められない。

 それだけは、許さない。この風見幽香の名にかけて。

「さっさと帰ってよ。何時までも居られちゃ迷惑だわ」

 声に含まれるのは棘。触れるもの全て傷つける荊。

 されどその棘に毒は無い。

 警告し遠ざける為だけの棘。

「そうなの? じゃあ何時までも居てあげるわ」

 だから真意を知る私には通じない。

 毒が無いと知る私は荊が刺さろうと気になどしない。

 貴女の棘で血が流れるなら、本望よ。

「……本当に嫌がらせが好きなのね。強いくせに」

 憎しみの込められた眼。私の前じゃ決して外してくれない仮面。

「強いから虐めれるのよお姫様」

 力ずくで引き剥がせば……貴女の素顔が見れるのかしら。

「もっと強い奴のところに行きなさいよ。私はあんたなんかと関わりたくない。

虐められるのも関わられるのも御免だわ」

「あら、拒否権を得るには強くならなきゃダメよ? 権利は力で勝ち取るものだから」

「……それが出来ないって知ってるくせに。嫌な奴」

 そして彼女は蔑んだ眼で罵倒する。私はそれを笑って受け入れる。

 もう何度目かわからないやりとり。日常と化したと言っても過言ではない。

 もう慣れてもよさそうなものなのに――彼女の顔が歪んでいく。

 私を嫌っているのに。

 私を追い出したいのでしょうに。

 なんで罵倒する度に苦しそうにしているの?

 私を守ろうとしたのは他の有象無象と同じに見た故の行為。

 習慣になるまで刷り込まれた誰かを守ると云う自己犠牲。

 だから私を傷つけようと……それは慣れた拒絶の繰り返しに過ぎないのに。

「パルスィ」

 私が名を呼ぶと、貴女はいつも体を強張らせる。

 怯えて竦んで、声さえ出せなくなってしまう。

 あの契約の日からそれは変わらない。

「無理はしないで」

 それでいい。

 私への罵倒で貴女が傷つくくらいなら脅して止めてあげる。

 貴女の声が聞こえなくなってもいいわ。それくらい我慢する。

「――無理なんて」

「顔に出てたわよ。鉄面皮の貴女らしくもない」

 無駄な抵抗にもう一度名を呼ぼうかと思ったが、彼女はそれで止まったようだ。

 次いで浮かべるのは苦々しい表情。……私に無理を悟られたのが嫌だったのかしら。

 ふぅ、と息を吐いて彼女は橋の欄干に寄りかかる。

「……帰ってよ」

「嫌よ」

 いつもの繰り返し。

 私は笑顔で貴女は渋面。苦しそうな顔よりよっぽどいい。

 溜息を吐かれる。

 憂鬱そうではあるけれど……辛そうでは、ない。

「いい眺めだわ」

 少し離れたところに居る貴女を見つめる。

 まだ元気のある顔で佇んでいる姿は見てて気持ちがいい。

「いやらしい言い方ね」

 その悪態も、罵倒ほど無理していないのが伝わってくる。

「花は愛でるものでしょう?」

「あなたのは愛だか欲だかわからないわ」

 また、妙なことを。

「両方。美しいと見惚れているし、欲情している」

 私がどちらか一方なんて選ぶわけがない。

 私は貴女の全てが欲しいのだから。

「男と同じね。結局は欲ばかり」

「まるで男を知っているような口ぶりね?」

「そんなの当然」

「貴女からは男の臭いはしないのだけれど」

 かっと彼女の顔に朱が差す。

 ふふ、慣れないこと言うからよパルスィ。そんなところも可愛いのだけれど。

 ――さて、そろそろ頃合いか。

「パルスィ」

 名を呼び彼女の動きを奪う。

 腕を掴み体を引き寄せる。

「さて、それでは」

「……また、するの?」

「当然。対価ですもの」

 少女と交わしたたった一つの約束。

 橋の先に見える鬼の町に手を出さぬ代わりにくちづけを。

 くだらない脅迫。

 愚かしい取引。

 それでも私と貴女を繋ぐ唯一の契約。

 パルスィを孤独にしない為の唯一の楔。

「――……」

 もう何度目か――まだ五指には満たない回数。

 それでも、一度や二度ではない。

 何度も……くちづけを交わしたのに、少女は震えている。

 私に怯えて、私を恐れて。

「――パルスィ」

 抵抗とも呼べない足掻きを奪う。

 震えることも許さない。

「愛しているわ……パルスィ」

 きっと、黙って傍に居るだけで彼女は孤独を感じない。

 こんなの、不必要な行為でしかない。

 無駄に傷つけているだけに決まっている。

 それでも私は……

「大好きよ、パルスィ」

 ――貴女に触れたい。

 我ながら、浅ましい。

 これ以上紡ぐ言葉も見つからず、無言で顔を寄せる。

 唇を重ねようとしたその時。

 ――――濃密な殺気が突き刺さる。

 キスを止め振り返る。

 橋の先。鬼の町を背負う形でその姿が見えた。






 見上げるほどに背の高い――鬼。

 金の髪を靡かせた一本角の鬼。

 星熊、勇儀。

 ……パルスィはまだ気付いていない。

 怯えているのは私への恐怖に拠るもの。あいつの殺気への恐怖じゃない。

 濃すぎる殺気に感覚が追いついていないのか……あいつの殺気は私にだけ刺さっているのか。

 そう器用な真似が出来るタイプには見えないが、仮にも四天王とまで称された鬼。

 何が出来ても不思議ではない。そも、私はあいつのことなど殆ど知らない。

 千年の昔に会ったことはあるが、擦れ違ったに等しい。

 一度も戦ったことはなく、言葉を交わしたことすらない。

 橋に鬼の足がかかる。

「おや――客とは珍しい」

 飄々とした笑顔でそいつは言い、瞬間破裂音が耳を劈く。

 衝撃で空気が吹き飛んだ空間に風が流れ込む。

「ぇ――星熊……っ!?」

 呆気にとられていたパルスィだが、思いの外正気に戻るのは早かった。

 心配は要らないわ、と伝えたかったのだが……目の前のこいつが許さない。

「――なにするのよ」

「へぇ」

 ぎしりと掴む手に力を込める。

 握り潰してしまいたかったが――無理だ。押し込まれる拳を圧し留めるので精一杯。

 押すことも引くことも出来ない。……一歩も、動けない。

「私の拳を止めるとは、大した馬鹿力だ」

 ……っ、どの口で……

 一撃で骨に亀裂が走った。

 すぐにでも治る程度の怪我だが……どう考えても殺す勢いの拳だ。

 しかも顔面を狙った一撃。明らかに頭を砕くのが狙い。

 刹那の間もなく30mはあった距離を詰め、殴りつけてきた。

 私より頑丈さが劣る妖怪だったならば防いだとしても即死だったろう。

 完全に不意打ちだった。前口上も挨拶も無く殺しに来た。

 四天王が、どういうつもりだ。

 こいつがケンカ好きだったのは憶えている。

 それにしたって不意打ちで殺そうというのは何か違う。

 意図が読めない。そもそもこいつは何をしにこの橋に……

 すっと拳が引かれる。

 この期に及んでも、鬼は飄々とした笑みを崩さない。

「見ない顔だね。地上から観光かい?」

 敵意どころか、殺意を撒き散らしておきながら白々しい。

「ええ、花見に」

 笑みを返す。十二分に殺気を込めた笑みを。

 当然帰ってくるのも殺気立った微笑み。

 ――意図などもう関係ない。

 そちらがその気なら、私とて我慢する必要は微塵も無い。

「……強そうだ。喧嘩してかないかね」

 幼稚な誘いに乗る。

「お誘いありがとう。丁度体を動かしたい気分だったのよ」

 大変だったのよ、鬼。

 この殺意を押し殺すのは。

「そいつぁ楽しめそうだね」

 パルスィが一々例えに出す貴女が鬱陶しかった。

 恐らくはパルスィの一番近くに居る貴女が妬ましかった。

 なのにパルスィに孤独しか与えなかった貴女が憎かった。

「本当に丁度よかった――貴女を消したかったの」

 もう、我慢なんて出来ない。

「――……ほう?」

 理性の頸木を解かれた力は暴れ出す。

 紫電の形となって顕れたそれは私のまわりの空気を焼き始める。

「ちょ、ちょっと」

 ああ、ごめんなさいねパルスィ。

 貴女を傷つけたいわけじゃないの。今すぐ離れるわ。

「嬉しいね。向かい合うだけでビリビリくる強大な妖力。底が知れん。

そんな大妖怪が私に喧嘩売ってくれるなんてねぇ」

 本当に、白々しい。やる気に満ち溢れていたのはどっちだ。

「ルールは?」

「無用」

 即答に鬼が柳眉を歪める。

「……あんた、本当に地上の妖怪かい? ルール無用なんて」

「あら、撫でただけで満足できるのかしら?」

 強いからこそ限度を求める。手加減をせねば楽しむことも出来なくなるから。

 しかしそれは、殺し合いには必要ない。

 楽しみなど求めていないのだから。

 ただ八つ裂きにしたいという、獣と変わらぬ欲求に突き動かされてるだけだから。

「いいね。――そういうバカは好きだよ」

「そう。私は貴女が大嫌いよ」

 応じた声に鬼の笑みが深まり――体が飛んでいた。

 何をされたか理解するよりも先に手は反撃に動く。

 しかし、単純に殴りつけただけの一撃は鬼の突進を止めるに留まる。

「……幻想郷最速は天狗じゃなかったのかしら?」

「真っ直ぐ突っ走るだけじゃ最速たぁ言えないだろ」

 見回すまでもなく、橋が見えなくなっている。

 ……突進だけでここまで連れてこられた。幸い深刻な怪我はしていないが……

「けほ……」

 腹筋が引き攣る。これもまた、私でなければ死んでいるような攻撃。

 殺気が欠片もなかったので反応できなかった。

 それまでが殺気を垂れ流しにしていたせいで判断が鈍った。

「悪いね。あいつの仕事場を壊すわけにゃいかなかったもんでね」

「ああ、それには同意するわ。あの子の悲しむ顔なんて見たくない」

 鬼は露骨に眉を顰める。薄っぺらい笑みが消えさる。

「よくもまあしゃあしゃあと。あの子の怯えた姿、忘れたとは言わせないよ」

「そういう貴女も随分付き纏ってるようね。迷惑してるって言ってたわよ」

 間違いない。こいつも……パルスィに執着してる。

 パルスィの居る橋に現れたのはパルスィに会うため。

 私を殺そうとしたのも頷ける。

「それで? わざわざパルスィの元から引き離してお喋りもないでしょう?」

 挑発する。

 パルスィがここまで追ってくるとは思わないけれど、早めに済ました方がいい。

 あの子を巻き込むのは本意ではないし……これからの私を見られたくはない。

「……そうだね。口で言うよりは」

ばちゅんっ

「――お返し、かい?」

「まぁそんなところ」

 笑みを深める。

 不意打ちで放った妖力弾は鬼の手の平を焼いた。……防がれた。

「いいね。本気の殺し合いか。何百年ぶりだろうな」

 焼かれた手の平を握り締める。なんら痛痒を感じている様子はない。

 まぁいい。お返し以上の意味は籠めない攻撃だった。

 殺し合いは――これからだ。

「……おまえ、もしや幽香か? 風見幽香」

 名を呼ばれたことに驚く。

「あら、知っていたの。星熊勇儀」

「知らん方がおかしいだろうよ。風見の大妖と云えば有名だった。

ま、これで自己紹介の手間は省けた。始めるかい?」

「言った筈よ? ルールは無用、と」

 言うが早いか、傘を突き出す。

 鬼はそれを当然のようにかわし凶暴な笑みを浮かべ、蹴りを放つ。

 髪が数本切られた。

 応じる訳ではないが、自然私の顔にも凶相が張りつく。

「はっはっ! 面白いなっ! これなら千年前に戦っておくんだったっ!」

 言ってなさい。私は貴方と違って楽しむ気は毛頭無い。

 私が浮かべる笑みは、貴方とは違うのよ。星熊勇儀。

 傘を槍のように何度も突き出す。一瞬百撃。だがそれも鬼に捌かれ傷を刻めない。

 それでいい。これで仕留めようなどと思っていない。

 私は貴女を甚振り尽くしてから殺そうとしているのだから。

「――――っ!」

 強引に一歩を踏み出す。拳の間合い。傘を突き出すには近過ぎる。

 ずん、と星熊も踏み込んでくる。最早拳の間合いですらない。

 頭突きか膝か、密着状態で極めようとしているようだが。

「甘い」

 奴から見れば私の体に隠れていた左腕を叩き込む。当然殴っては威力など見込めないが、

 ――破裂音。

 鬼の頭が跳ね上がる。血が飛び散る。

 零距離での妖力弾。如何に鬼でも耐えられまい。

「あっははははははっ!! どうよ目玉を潰された気分は? 言葉に出来ない苦痛でしょう?

鬼の頑丈さは熟知しているのよ。この程度じゃ頭蓋は砕けなくても目玉は」

 じゅり、と嫌な音が響く。

 っち。肩の肉が抉れた。無造作に突き出された手に、抉られた。

 指一本分の肉が削ぎ落とされる。

 大した怪我ではないが……よもや、痛がる素振りすら見せずに反撃に出るとは。

「つ――やってくれるじゃないか、幽香」

「……っち」

 星熊は、左目を閉じていた。だが瞼すら抉れてない。中の眼球も、潰れてはいない。

「これでも四天王――〝力〟の二つ名は伊達じゃなくてね」

 べろりと切れた瞼から垂れる血を舌で掬う。

 あれで、片目も奪えないか。

「はん。伊達政宗になるところだ。……おっと、洒落じゃないよ」

 余裕綽々。頑丈にも程がある。

「いやいや、本気でやばいと思ったのは久しぶりだ」

 よく言う。

「大した力だ――こんな大妖怪があの子に何の用だい」

 まだ、パルスィのことを口にする余裕があるくせに。

 こうして話している間にも傷が塞がっていくくせに。

「四天王が、随分拘るわね」

「当然。あの子は私の仲間だ。仲間に危害を加える奴は殺す」

「っは。仲間ってだけじゃなさそうね?」

 妖力を漲らせる。仕切り直しだ。

「これだけ本気になるなんて、懸想でもしてるのかしら?」

 軽い挑発を重ねて間合いを測る――が、鬼は、シニカルな笑みを浮かべたまま動かない。

 ふぅ、と息を吐いて……口を開く。

「――……なんだ。見透かされたかい」

 あっさりと、認めた。

「顔も声も性格も、私の好みでね。強い奴は大好きなのさ」

 しかし――その言葉には納得できない。

「強い……? あの子の何を見てそんな戯言を」

「心かね」

 誇るように、笑う。

「誰よりも弱く傷だらけのくせして孤独を選んだ。己の無力を知り誰も傷つけない道を選んだ」

 私しか知らないと思っていたパルスィの想いを、語る。

「そこに強さを見た……ってところかな」

 知っていた。

 こいつは、パルスィの悲壮な決意を、あの子の悲劇を、知っていた。

 嘘だ。知っている筈がない。

 知っているのならばなんでパルスィは独りだった。

 あんな孤独に震えていた。

「なによ、知ってて放っておいてるの? 知ってるくせに独りにさせてるの?」

「当然だ。あれはあいつの誇り故の行動。それを汚すってのはね」

 糾弾をさらりとかわす。

「何を悠長に……! 孤独は心を壊す。遠からずあの子は狂ってしまう」

 パルスィが、泣いてしまう。

「知っているのなら誇りだなんだとうだうだ言ってないで傍に居てあげればいいじゃないっ!」

 強いなんて言ってられない。守らなきゃ、あの子は傷ついてしまう。

 既に傷だらけなのに、まだ傷つくのを見ていろと言うのか、こいつは……!

「狂う、ね。……そんな結末には至らせない」

 しかし鬼は揺らがない。

「もしそうなるのなら。その前に、私がそんな決意を壊してやるよ」

 誇りを重んじながらも、危険だと判断すればそれを奪う?

 なによそれ。

 なにを、勝手な。

 傲慢にも程がある。

 身勝手にも程がある。

 そんなの、パルスィを追い詰めるだけじゃない。

 パルスィを守れてなんかいないじゃない。

 最後までパルスィを甘やかして、ダメになるとわかったらとどめを刺す?

 卑怯だ。そんなの、認められるものか。

 そんなので、パルスィを好きだと言うの?

 私を退け、パルスィを独り占めしようと云うの?

 私のパルスィを奪おうと言うの?

 ――巫山戯るな。

「おまえになんか、パルスィを渡さない」

「まだ私のものじゃないけどね」

「嫌われる覚悟がないだけのおまえなんかがパルスィを守れるものか……!」

「…………」

 怪訝に、鬼の顔が歪められる。

「守る? 何を言って」

「私は、嫌われようが憎まれようがあの子の心を守る。決して狂わせたりしない。

決してあの子を孤独になんかさせない。私がパルスィを守るのよ」

 歪んだままの鬼の瞳に、別の色が宿る。

 哀れむ、視線。

「……おまえに、あの子の決意が変えられるのかい?」

 思考が空白に遮られる。

「……え?」

「私が今まであの子を変えようとしなかったと本気で思っているのかい」

 何を、言って。

「百年だ。百年以上私はあの子を町に招こうとした。仲間として守ろうとしてきた。

でも無理だった。あの子の決意はそんな簡単に変わらない。あの子は独りを選んだ。

戦うことを選んだ。この私でもそれは変えられない。壊すしかないと知るしかなかった。

風見幽香。おまえは壊さずに、あの子の心を守れると思っているのか」

 こいつは――私と、同じことを……?

 百年も前から、パルスィを仲間だと、迎えようと……していた……?

「ふ、ふざ、けるな……私は、パルスィが、壊れない、ために――」

「おまえが本気でパルスィを好きだってのはわかった。でもね」

 私の想いが

「守ろうとするだけじゃなにも変わりはしない」

 否定される

「……黙れ」

「パルスィがパルスィのままでいたら狂うのが必然だと云うのなら、守っても意味がない。

あの子の破滅がほんの少し先延ばしになるだけだ。変えなきゃ、壊さなきゃ終われない」

「黙れ……っ!」

「残酷だろうが身勝手だろうが、あいつを救おうなんて考えたら他に手段はないんだよ」

「黙れっ!!」

 壊すしかないだって? 違う、私は壊したくないから、守ろうと決めた。

 でも、パルスィは、既に独りじゃない、なんて。

 だったら、私は、何をして……!

「……認められないかい」

「当然でしょ!? 結局、あの子が壊れるのを待つしかないなんて!

それでどれだけあの子が救われるのよ!? 守ることにだって、意味が」

「無理なんだよ幽香」

 諭す、声。

「如何に大妖怪と称されるほどの力があろうと、私らは万能じゃない。

易々と誰かを救うなんて出来やしない。あいつの強さに賭けるしか、ないんだよ」

 こいつは、本気で言っている。

 百年で知ったことを包み隠さず私に告げている。

 パルスィの弱さと誇り――強さを、天秤にかけるしかないと、語っている。

「……それでも認められないってんなら」

 殺気が垂れ流される。

「私がおまえの想いを壊してやるよ」

 星熊勇儀は――ここに至って力を抑えるのをやめた。

 私の、風見幽香の心を折ろうと決めた。

「は、はは、あはははははははははははははははははははははっ!!!」

 いいわよ、迎え撃ってやる。

「ああそう。じゃあ全力で潰してあげるわ……っ!」

 おまえを否定し尽くして、パルスィを守ってやる。

「――――骨も残らないと思えっ!!!」














 一切の枷を外された妖力は大気を、地面を、天井を、見境なく焼いていく。

 荒れ狂うルール違反の超高密度弾幕。

 互いに本気となった殺し合いは不思議と遊びである弾幕ごっこの形に近くなった。

 一撃では死なぬと互いに知るが故に手数を増やし――気付けば弾幕戦。

 一つ一つが即死級の威力を秘めた大弾を極大レーザーで消し去る。

 空いた弾の隙間に同時に飛び込み肉弾戦。しかし僅かに肉を削るに終わる。

 拳の間合いで弾幕を放つ。それも牽制にしかならず再び開いた間合いで弾幕戦が始まった。

 間断なく攻撃、攻撃、攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃攻撃。どれも致命傷どころかまともな傷を与えもしない。

「巫山戯ろ……!」

 私が負ける筈がない。

 この私が、この風見幽香が!

 パルスィを守れないだと!? 守ることに意味がないだと!?

 ああ好きなようにほざけよ星熊勇儀。勝つのは私だ。おまえにパルスィは渡さない。

 さらに弾幕を濃くするが、それを突き破って鬼が間合いを詰める。

 並の妖怪なら百度は死ぬ弾幕をその身に受けながら、突貫してくる。

「ぐ、ふ――っ!」

 私の胸が鬼の爪に貫かれる。心臓を抉られた致命傷。

「……っ!」

 だがそれは分身。一瞬の隙が生まれる。

 見逃さない。背後に回った私は傘を突き出し妖力を全開放する。

 王手よ星熊勇儀。この零距離で極大レーザーを受ければ貴女なんて

 

――私は、私のせいで誰かが傷つくなんて嫌――



 ぇ――あ――?

 なによ。撃ちなさいよ。

 なんで止まっているのよ。

 ほら、鬼が私に気付いて、振り返って――――

「がっ、は――」

 一瞬意識が飛んだ。殴られた瞬間の記憶がない。打撃音すら記憶にない。

 気づいたら岩壁にめり込んで動けなくなっていた。

 胴が、砕かれた。

 ばしゃりと水飛沫が上がる。

 あ――――? 私は、川に……落ちてる?

 指一本動かせない。僅かに肌に感じる水の感触。

 ……パルスィの橋に繋がる川? 思考がまとまらない。

 激痛と虚脱に何も考えられなくなっている。

 私は、何をして…………

 血が通っていないのか、目もろくに見えない。

 水の中に沈んでいるのか浮いて流されているのかもわからない。

 体が持ち上げられる。襟首を掴まれて持ち上げられている。

 ――誰に?

「終わりだ。風見幽香」

 誰の、声? ――星熊、勇儀。

 そう、だ。私は、まだ、戦って。

 見えない。間近に居るだろう鬼の姿が薄ぼんやりとした影にしか見えない。

 指一本――動かせない。

 …………負けたのか、私は。

 あと数分あれば腕一本分くらいは動かせそうだが、それを待ってくれる筈がない。

 薄ぼんやりとした影が動く。見間違いでなければ拳を振りかぶっている。

 こんなところで……死ぬのか。

 それも、いいかもしれない。もう――疲れた。

 何もかもが間違いだった。私の勝手な思い込みだった。

 無益に積み重ねただけの罪を償うのも……悪くない。

「星熊っ!!」

 がくんと体が横倒しになる。

 激痛に意識が飛びかける。しかしそれだけ。死んではいない。

 鬼に殴られたわけではなかった。

 ――荒い息。幽かに感じる体温。

「やめ、なさい……! ケンカは終わりよ……!」

 パルスィの、声。

 なんで、パルスィが。

「……そうかい」

 鬼の声が遠ざかる。

「喧嘩は御預けだ」

「ま、待ちな、さい……っ」

 声を振り絞る。決着はついてない。こんな中途半端に終わるなど。

「……幽香」

 達観した声。

「好きにしな。諦めるも続けるもおまえの自由だ。尻拭いくらいはしてやるよ」

 ――最後にしか手を出さぬと決めた、想い。

 パルスィ自身でどうにもならない時にだけ手を貸すと決めた想い。

 ……私には、なんの期待もしていないと、言外に告げる。

「ふ、ざけ……っ!」

 まだ、体は動かない。

 僅かに戻った視力で鬼を睨む。しかし、もう私を見ていない。

「――はぁ……はぁ……」

 徐々に回復する体に、息を切らすパルスィの振動が伝わる。

 抱えられている。まるで、いや、私は今、鬼から……庇われている。

「おう橋姫。今度はあんたかい?」

「冗談、言わないで。用が済んだならさっさと帰って」

「つれないね。んじゃ、また酒でも呑もう」

「呑まないわ。私は誰とも慣れ合う気は無い」

「相変わらず……だね」

「そうよ。相変わらず私はあなたが大嫌い」

 完全に無視されている。

 この私が、この風見幽香が、どうでもいい有象無象のように捨て置かれている。

「……また来るよ」

 鬼は去っていく。――見向きも、しない。

「……っは。惨め、ね」

 なにかしらねこの様は。くだらない嫉妬で鬼に喧嘩を売って逆に叩きのめされて。

 想い人に庇われて当の鬼には諭された。

 パルスィは独りじゃなかった。彼女を思い想う者が居た。

 なにもかも空回り。やる事為す事全部が無意味。

 彼女を守ろうとして、ただ彼女を傷つけていただけ。

 不様にも、程がある。

 ――いっそ、殺して欲しかった。

 逃げて、しまいたかった。

 今の私は……走ることも出来ない。

「……大丈夫?」

 やめて。

 優しい声をかけないで。

 また勘違いしてしまう。

 また見苦しい思い違いで動いてしまう。

「怪我、酷いわ。手当てしないと」

「……放っておけば? 貴女は私が嫌いなんでしょう?」

「嫌いよ。大嫌い。顔も見たくないし声も聞きたくない」

「じゃあ放っておいて。私もこんな姿は見られたくない」

 博愛なんて欲しくない。

 誰でも同じ情なんてかけられたくない。

 ぐい、と体が持ち上げられる。

「手当て、する」

 私より幾分か背の低い彼女では引き摺る形になる。

 担ぐこともできないから肩を貸すように引っ張り上げている。

「……変ね。貴女、触れるのが怖いんじゃなかったの?」

「触れなきゃ、運べないわ」

 恐らく彼女は御しきれぬ能力を必死に抑え込んでいるのだろう。

 いつ暴発するとも知れぬ能力に怯えながら私を支えているのだろう。

 そんなの、要らない。

 もう私は貴女の負担になりたくない。

 これ以上不様を重ねるなど己を許せない。

「あら? 私を家に招くの? 比喩ではなく食べちゃうわよ」

 殺すと告げる。

 もう十二分に嫌われているのだからこれくらい言ったって構わないだろう。

 なのに無視する。彼女は私の言葉に耳を貸さず歩き続ける。

 ――重心をずらす。

 それだけで非力な彼女は倒れ込む。

「……っぐ」

 僅かな衝撃でも傷が痛む。立ち上がることも出来ない。

 でも、私は痛みを振り切って彼女の首に手をかける。

「――放っておけと言っているの」

 ズタズタの身体でも、貴女を殺すくらいは出来るのよ。

 しかし、パルスィは、怯えてすらいなかった。

 まっすぐな眼で、私を、見ている。

 ……指先に力を込められない。

 ほんのちょっと、ほんのちょっと力を込めるだけで彼女の喉を破れるのに。

「何――」

「手当てをする。私を殺すのはその後でもいいでしょう」

 耳を疑う。

 パルスィは、本気で言っている。嘘じゃない。

 自分と私を天秤にかけて、迷わず私を取っていた。

 否、始めから――己を天秤に乗せてすらいない。

 ……知っていた。

 星熊勇儀に諭されるまでもなく、彼女は変えられないと。

 だから守ろうとした。守ると誓った。

 それも無意味と知って――諦めた、のに。

 なんで、悲しいのよ。

 どうして……彼女の捨て身を見て、悔しいのよ。

「…………好きにして」

 手を外す。

 支えを失った体は倒れ込む。

 しかし私の体は受け止められる。

「どうして星熊に当てなかったの」

 問いに、落ちかけていた瞼を開く。

「……当てられなかっただけ。純粋に負けただけよ」

「嘘よ」

 適当に吐いた言葉は撥ね退けられる。

「あなたの力なら星熊に勝てるとは言わないけど、簡単に負けたりしない」

「…………」

 もう嘘を吐くのも億劫だった。

「貴女との取引を、思い出しただけ」

 誰も傷つけたくないと云う願いを、思い出しただけ。

「だって約束を破ったらもうキスしてくれないでしょう?」

「――そんなことで?」

 声には驚きが混じっていた。

「理解、出来ない。あなたみたいに強い妖怪が、なんで私なんかとの約束を」

 震えている。

「力づくでどうにかすればいいじゃない。そうすれば、怪我をしなくても済んだじゃない」

 彼女の声は、震えていた。

「……恋愛は力づくじゃどうにもならないのよお姫様」

 彼女の肩に顎を乗せたまま語る。

「どうにかできるなら貴女はとっくに私の奴隷だわ」

 重荷と思われてもいい。

「私は貴女が欲しいから約束を破らない。貴女のキスが欲しいから死んでも構わない」

 本音を吐きだす。

 自分でもついさっきまで理解していなかった本音をぶちまける。

 死んでも構わないなんて、覚悟の比喩だったのにね。

「――狂ってるわ」

「ええそうよ。私は貴女への恋慕に狂っているの」

「狂ってる。あなたが何を考えているのか理解できない。したくない」

「私は変わらず貴女を愛し続けるわ。例え那由他の果てまで理解されずとも」

「それでも」

 言葉を遮られる。

 強い口調で彼女は言い切る。

「それでも――傷つくあなたなんて見たくなかった」

「――あぁ。貴女は、私も傷つけたくなかったのね」

 守られていた。

 この私が。

 あの鬼から、彼女自身から。

 初めて会った時から、ずっと。

「誰にでも優しくて、誰もが自分より大事」

 腕を上げ、彼女の頬を撫ぜる。

 ダメ、だ。

「まるで人形ね。自分自身はどうでもよくて、他の誰かのためなら命すら投げ出す」

 私はもう、逃げられない。

 諦められない。この想いに――嘘を吐けない。

「……なら、人形のように愛してあげる」

 悲しかった。

「私はあなたが嫌いよ」

 悔しかった。

「なにも還ってこなくても愛を注いであげる」

 諦めたと思ったのに。

「私はあなたを愛さない」

 私では届かないと察せたのに。

「――いつまでもどこまでも、愛してあげる」

 貴女が己を顧みぬことが、悲しくて悔しくて……赦せなかった。

 ぱたりと腕が落ちる。

「ちょっと……」

 もう手を上げていることさえも億劫。呼吸にすら努力を要する。

「死にはしないわ」

 ……覚悟を決める。

「大妖怪ってのも不便でね、この程度じゃ死にたくても死ねないのよ」

 寄り添うことを決める。

「ああ、今日は、キスしなくてもいい」

 貴女が己を愛さない分まで、貴女を愛する。

 この想いが届かないと承知して愛を注ぐ。

 先に待っているのが絶望だろうと、私は貴女の傍に在り続ける。

 最後の最後まで……貴女の心を守ってみせる。

「だから抱き締めて。このまま、抱き締めていて」



 ずっと



 ずっとずっと守ってみせるから



「貴女の腕の中で、休ませて」



 この熱さを、離さないで
二十九度目まして猫井です

エゴは所詮エゴ

でも本当に誰かを思うエゴはどこかキレイだと思います



今回のお話は前作「冷たいキス-fragment/2-」にていただいた

>19さんのコメント「壊す愛と守る愛」を元に膨らまさせていただきました

この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました
猫井はかま
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コメント



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11.100名前が無い程度の能力削除
あああっ!お礼なんてとんでもないです!!むしろありがとうございます!前のコメントした者です。

パル「なんで当てなかったの?」
幽「当ててんのよ」
なにを、とはいいませんが、この台詞が浮かびました。
26.100名前が無い程度の能力削除
切ないですねぇ
56.100おバカさん削除
はーいパルスィかわいいかわいいかわいいかわいいかわ(????