メリーにカンチョーしたと思ったら、知らない女性だった。
被害者の女性はゆっくりと振り向き、蓮子に微笑みかける。たしかにメリーに似ている。しかし、笑顔からただようオーラはまるで違った。どす黒く、邪悪だ。
ああそうだった。最近のメリーはもっとふっくらしてたんだった。なんで間違えたんだわたし。
いやいやそんなどうでもいい、どうしよう、どうしよう――!
なにも言えない蓮子の肩を女性が掴む。女性の腕は細いのに、万力のような力だ。蓮子の肩甲骨が悲鳴をあげる。
蓮子の体が鳥肌を立てて震え、顔はさあっと青くなった。
【小学生的テロリズム】
べちょ!
「もうお帰りですか」
「ええ。
よろこびなさい藍、ついでに夕飯調達してきたわ。若い人間の女の子よ」
畳に突き落とされた蓮子が、びくりと震えた。いったん止まったと思ったらまた震えだし、紫の耳に歯をかちかちと叩く音が入った。紫が耳障りだと思って蓮子をにらむと、すぐに止まった。
「理由を説明なさい」
蓮子の口は動かない。恐怖でつばが凍りつき、接着剤みたいになってしまったようだ。くっ付いた唇は離れようとしない。
「黙ってるならそれでもいいですわ。ただ、私が美味しい思いをするだけですから、ねえ!」
紫は蓮子のネクタイを掴み、蓮子に顔を近づける。その距離は、海兵隊の教官が新兵にするよりも近い。すごい唾が飛んでる。
「そろそろ人間を食べたいと思っていたの」
唇をなめながら紫は言った。
ようやく非常事態だと感づいたらしい唇がゆっくりと開く。そして、この距離とこの静かさでなかったら届かないような声がこぼれていった。
「ま、間違えたんです」
「間違えた?」
「むぁちがうぇたあ?」と蓮子には聞こえた。疑ってるときにするような舌の使いかただ。実際そう言ってるのかもしれない。
疑われたくなくて、蓮子は何度もうなづいた。必死だ。
紫は蓮子の目を覗きこんだまま。まるで、蓮子の眼の奥にある真実を探ろうとするかのように。
目をそらしたら殺される。
あの万力のような腕の行方が気になる。もしかして背中に向かって伸びていて、背骨を粉にするかもしれない。だけど気にしてはいけない。気にするな。気にしたらそのとおりになってしまう。あの万力が――。
「女性に向かって万力とは失礼ですわね、愛しの晩ご飯さん」
動くな。目をそらすな。失礼なことを考えるな。
どうしろと。
女性はもう一度唇をなめた。
「本当に美味しそうね、あなた。気に入りました、なにをかけられて食べられたい?」
ごめんなさい。
蓮子の心の中は「ごめんなさい」でいっぱいになった。
◆
「というわけでこの数式は、成り立つというわけなんです。これを使えば、物体が落下する力だけでなく、落下地点にかかる圧力、さらにはその落下点の凹みまで計算できます。この公式を知ってからわたしは落ちてきた工具セットをキャッチするのを止めました。骨折れます」
そんなことしてたのか、と紫に注意される。
「人間の考えた学問はしばらく触れていませんでしたわ。まさかこんな公式を導き出しているなんて」
蓮子たちの世界でいう、15分ほど前。とつぜんにも紫の尋問はおわった。理由は、蓮子の頭の中にあった。
蓮子の頭の中に、紫の知らない数式があったのだ。数学が得意な紫としてはすごく興味深いものだったらしい。
もっとも、物理の公式だったのだけど大差はないらしい。紫はまるでさっきまでのこと忘れたようにそちらに話をうつした。
得意分野での話をされた蓮子は、徐々に普段の調子を戻していった。そして、ついにはふだんの調子でぺらぺらと話しはじめた。文系のメリーには煙たがられるけれど、紫は違った。真剣な顔になって聞き入っている。
一通り説明が終わったあと、すこしの沈黙が訪れた。メリーに長々と物理や数学を語ったあとのようで、蓮子はすこしだけ焦る。
しまった、また相手のことを考えずにはなしてしまったか。空気を読めていなかったか。
蓮子の脇に、汗が一つ伝っていった。雨が一滴降ってから一気にぽつぽつと降るように、汗が流れていく。
なんとか話を続けようと蓮子が口を開いたとき、紫が話を続けた。内容を変えて。
「蓮子さん、許してあげるわ」
蓮子は思い出したかのようによろこんだ。問いつめたら、本当に思い出しただけだったらしい。
お前自分の立場わかってるのかと、紫はデコピンを喰らわせた。
「ところで蓮子さん。あなたのやろうとしてたこと、やってみないかしら?」
蓮子は首をかしげた。自分がやっていた犯罪も忘れているようだ。
「その友人の浣腸ですわ」
口調は淑女っぽいのに言うことは物騒だった。しかしその顔は、いたずらっ子のように笑っている。その顔に誘われて、蓮子はうなづいた。
「ただし上手にやるのよ。下手だったら指ね」
紫は唇をなめた。
さっきまでは本気だと思われてもおかしくなかった物騒な冗談を、笑いあうことができた。
◆
メリーが来るのを待つ間、蓮子は何度も紫に目配せした。「ここにいるわよ」と目で語る紫を見て、「絶対ですよ、ちゃんといてくださいね!」と何度も目で返した。お互いに親指を立てて、成功を祈る。
やがてメリーがやってくるまで、蓮子はその行動を止めなかった。ふたりでスリルに満ちた感情を共有したかったのだろう。
「なに、こんなところに呼び出して」
「今度の活動のことをね」
「ダイエット中なのに喫茶店って、イヤがらせ?」
急に呼び出されて不機嫌そうなメリーをなだめ、とりあえず蓮子は彼女を座らせた。
メリーと向かい合う形になる。蓮子は適当な地図を広げ、「ここに行こうと思うの」と言おうとして、ふと手を止めた。
そして「あ!」とわざとらしく叫び、メリーを反対のほうに向かせた。蓮子にとって正面の向きになる。
「なに、どうしたの?」
「メリー、あっち!」
本当はなにもない。ただの罠だ。
罠にはまったメリーは立ち上がった。そのとき、どこからともなく手が現れて椅子の向きを変えた。背もたれが蓮子のほうを向く。あらかじめ、ふたりで打ち合わせしていたことだ。
メリーは椅子などどうでもいいらしく気にすることなく、なにもないのに蓮子に指されたものを探そうとする。ところが首だけでは曲がる角度に限界があり、ついには体を反転させた。
儀式の準備は整った。
蓮子はガッツポーズの代わりに合唱。メリーの椅子のほうにこっそりと駆け寄った。その形から人差し指以外を曲げ、メリーのお尻に指を向けた。椅子のスキマから指を突き出す。
「なにもないじゃないの」
ぶつぶつと言いながら、メリーは椅子をお尻を下げてくる。指が届く範囲にまでお尻が来たとき、蓮子は思いっきり指を突き上げた。
そのときもう一度、どこからともなく手が現れた。メリーの椅子を掴んだ手は椅子を横に移動させる。メリーはあると信じた椅子がないことに焦るも、体の体勢を整えることができない。
焦ったのは蓮子も同じだった。なぜって、打ち合わせになかったことだから。
ゆっくりと時間が流れる。永遠に続くようにさえ思える世界の中に迷い込んだらしい。まるで自然の音のように、どこからかメリーの声が蓮子に届いた。
――ダイエット中なのに喫茶店って、イヤがらせ?
ああ、そんなこと言ってたなあ、そういえば。
ええっと、この場合のメリーのお尻の圧力は――。
これからの未来が決まる計算の途中なのに、とつぜんの終了の合図。どこからか聞こえたのか、はっきりとはわからない。
モラトリアムは終了したのだ。灰色の氷となっていた時間が動きはじめる。
悲鳴をあげながらメリーがうしろに倒れる。床に落ちるを狙ったメリーのお尻は、容赦なく蓮子の指にめりこんでいった。
蓮子の指が小さなきしみをあげ――。
――ぽきぃっ!
メリーがびっくりして、なにが起こったのか確かめようとする。
彼女は振り返ろうとして、腰をひねった。
――ぐりっ。べきべきべき。
被害者の女性はゆっくりと振り向き、蓮子に微笑みかける。たしかにメリーに似ている。しかし、笑顔からただようオーラはまるで違った。どす黒く、邪悪だ。
ああそうだった。最近のメリーはもっとふっくらしてたんだった。なんで間違えたんだわたし。
いやいやそんなどうでもいい、どうしよう、どうしよう――!
なにも言えない蓮子の肩を女性が掴む。女性の腕は細いのに、万力のような力だ。蓮子の肩甲骨が悲鳴をあげる。
蓮子の体が鳥肌を立てて震え、顔はさあっと青くなった。
【小学生的テロリズム】
べちょ!
「もうお帰りですか」
「ええ。
よろこびなさい藍、ついでに夕飯調達してきたわ。若い人間の女の子よ」
畳に突き落とされた蓮子が、びくりと震えた。いったん止まったと思ったらまた震えだし、紫の耳に歯をかちかちと叩く音が入った。紫が耳障りだと思って蓮子をにらむと、すぐに止まった。
「理由を説明なさい」
蓮子の口は動かない。恐怖でつばが凍りつき、接着剤みたいになってしまったようだ。くっ付いた唇は離れようとしない。
「黙ってるならそれでもいいですわ。ただ、私が美味しい思いをするだけですから、ねえ!」
紫は蓮子のネクタイを掴み、蓮子に顔を近づける。その距離は、海兵隊の教官が新兵にするよりも近い。すごい唾が飛んでる。
「そろそろ人間を食べたいと思っていたの」
唇をなめながら紫は言った。
ようやく非常事態だと感づいたらしい唇がゆっくりと開く。そして、この距離とこの静かさでなかったら届かないような声がこぼれていった。
「ま、間違えたんです」
「間違えた?」
「むぁちがうぇたあ?」と蓮子には聞こえた。疑ってるときにするような舌の使いかただ。実際そう言ってるのかもしれない。
疑われたくなくて、蓮子は何度もうなづいた。必死だ。
紫は蓮子の目を覗きこんだまま。まるで、蓮子の眼の奥にある真実を探ろうとするかのように。
目をそらしたら殺される。
あの万力のような腕の行方が気になる。もしかして背中に向かって伸びていて、背骨を粉にするかもしれない。だけど気にしてはいけない。気にするな。気にしたらそのとおりになってしまう。あの万力が――。
「女性に向かって万力とは失礼ですわね、愛しの晩ご飯さん」
動くな。目をそらすな。失礼なことを考えるな。
どうしろと。
女性はもう一度唇をなめた。
「本当に美味しそうね、あなた。気に入りました、なにをかけられて食べられたい?」
ごめんなさい。
蓮子の心の中は「ごめんなさい」でいっぱいになった。
◆
「というわけでこの数式は、成り立つというわけなんです。これを使えば、物体が落下する力だけでなく、落下地点にかかる圧力、さらにはその落下点の凹みまで計算できます。この公式を知ってからわたしは落ちてきた工具セットをキャッチするのを止めました。骨折れます」
そんなことしてたのか、と紫に注意される。
「人間の考えた学問はしばらく触れていませんでしたわ。まさかこんな公式を導き出しているなんて」
蓮子たちの世界でいう、15分ほど前。とつぜんにも紫の尋問はおわった。理由は、蓮子の頭の中にあった。
蓮子の頭の中に、紫の知らない数式があったのだ。数学が得意な紫としてはすごく興味深いものだったらしい。
もっとも、物理の公式だったのだけど大差はないらしい。紫はまるでさっきまでのこと忘れたようにそちらに話をうつした。
得意分野での話をされた蓮子は、徐々に普段の調子を戻していった。そして、ついにはふだんの調子でぺらぺらと話しはじめた。文系のメリーには煙たがられるけれど、紫は違った。真剣な顔になって聞き入っている。
一通り説明が終わったあと、すこしの沈黙が訪れた。メリーに長々と物理や数学を語ったあとのようで、蓮子はすこしだけ焦る。
しまった、また相手のことを考えずにはなしてしまったか。空気を読めていなかったか。
蓮子の脇に、汗が一つ伝っていった。雨が一滴降ってから一気にぽつぽつと降るように、汗が流れていく。
なんとか話を続けようと蓮子が口を開いたとき、紫が話を続けた。内容を変えて。
「蓮子さん、許してあげるわ」
蓮子は思い出したかのようによろこんだ。問いつめたら、本当に思い出しただけだったらしい。
お前自分の立場わかってるのかと、紫はデコピンを喰らわせた。
「ところで蓮子さん。あなたのやろうとしてたこと、やってみないかしら?」
蓮子は首をかしげた。自分がやっていた犯罪も忘れているようだ。
「その友人の浣腸ですわ」
口調は淑女っぽいのに言うことは物騒だった。しかしその顔は、いたずらっ子のように笑っている。その顔に誘われて、蓮子はうなづいた。
「ただし上手にやるのよ。下手だったら指ね」
紫は唇をなめた。
さっきまでは本気だと思われてもおかしくなかった物騒な冗談を、笑いあうことができた。
◆
メリーが来るのを待つ間、蓮子は何度も紫に目配せした。「ここにいるわよ」と目で語る紫を見て、「絶対ですよ、ちゃんといてくださいね!」と何度も目で返した。お互いに親指を立てて、成功を祈る。
やがてメリーがやってくるまで、蓮子はその行動を止めなかった。ふたりでスリルに満ちた感情を共有したかったのだろう。
「なに、こんなところに呼び出して」
「今度の活動のことをね」
「ダイエット中なのに喫茶店って、イヤがらせ?」
急に呼び出されて不機嫌そうなメリーをなだめ、とりあえず蓮子は彼女を座らせた。
メリーと向かい合う形になる。蓮子は適当な地図を広げ、「ここに行こうと思うの」と言おうとして、ふと手を止めた。
そして「あ!」とわざとらしく叫び、メリーを反対のほうに向かせた。蓮子にとって正面の向きになる。
「なに、どうしたの?」
「メリー、あっち!」
本当はなにもない。ただの罠だ。
罠にはまったメリーは立ち上がった。そのとき、どこからともなく手が現れて椅子の向きを変えた。背もたれが蓮子のほうを向く。あらかじめ、ふたりで打ち合わせしていたことだ。
メリーは椅子などどうでもいいらしく気にすることなく、なにもないのに蓮子に指されたものを探そうとする。ところが首だけでは曲がる角度に限界があり、ついには体を反転させた。
儀式の準備は整った。
蓮子はガッツポーズの代わりに合唱。メリーの椅子のほうにこっそりと駆け寄った。その形から人差し指以外を曲げ、メリーのお尻に指を向けた。椅子のスキマから指を突き出す。
「なにもないじゃないの」
ぶつぶつと言いながら、メリーは椅子をお尻を下げてくる。指が届く範囲にまでお尻が来たとき、蓮子は思いっきり指を突き上げた。
そのときもう一度、どこからともなく手が現れた。メリーの椅子を掴んだ手は椅子を横に移動させる。メリーはあると信じた椅子がないことに焦るも、体の体勢を整えることができない。
焦ったのは蓮子も同じだった。なぜって、打ち合わせになかったことだから。
ゆっくりと時間が流れる。永遠に続くようにさえ思える世界の中に迷い込んだらしい。まるで自然の音のように、どこからかメリーの声が蓮子に届いた。
――ダイエット中なのに喫茶店って、イヤがらせ?
ああ、そんなこと言ってたなあ、そういえば。
ええっと、この場合のメリーのお尻の圧力は――。
これからの未来が決まる計算の途中なのに、とつぜんの終了の合図。どこからか聞こえたのか、はっきりとはわからない。
モラトリアムは終了したのだ。灰色の氷となっていた時間が動きはじめる。
悲鳴をあげながらメリーがうしろに倒れる。床に落ちるを狙ったメリーのお尻は、容赦なく蓮子の指にめりこんでいった。
蓮子の指が小さなきしみをあげ――。
――ぽきぃっ!
メリーがびっくりして、なにが起こったのか確かめようとする。
彼女は振り返ろうとして、腰をひねった。
――ぐりっ。べきべきべき。
いやまぁ、危ないよね。
嫌よ嫌よ、も好きの内……でへへへ
冒頭のふとましくなったメリーだとかも伏線になってるし
流れるような展開はギャグSSのお手本にしたいくらい
にしてもあんた幾つだ蓮子w
これはもっと評価されるべき問答無用でされるべき
ぶはぁwww
相手の尻の穴の堅さが勝つか、
自分の指の堅さが勝つかの真剣勝負。
ちなみに自分は大勝利。
ってーかナチュラルに蓮子が変態で困るwwwwwwwww
歴史に残るくらいひどい書き出しだ……
勢いそのままに全文飲んでしまったよ……