もう駄目、ひもじい。
倒れる身体を支えようともせず、崩れ落ちるように神社の石段に腰を落とす。
小傘は限界だった、主に食糧事情的な意味あいで。
最初は無難に、人里で誰かを驚かせ、そのココロを食べようとしたのだ。
だが、彼らのなんと残虐なことか。
全身全霊を尽くした小傘に「うむ、元気でなによりだ、寺子屋にでも寄っていくか?」などと返されては立つ瀬がないではないか。
それならばと子どもを相手にしてみたが、何故か一緒にうらめしやーとはしゃぎだされてしまった。
邪険にするのも躊躇われそのまま遊んで――もとい、仕方なく付き合っていた小傘だが、周りの微笑ましい視線に気付き逃走。
そのまま川沿いに進んだところを、興味を持たれた河童に傘を分解されそうになったり、なぜか鬱々とした双子とすれ違ううちに辿りついたのが、この神社だった。
ここで空振りなら、今日も小傘は満たされない。
今にも泣きだしそうに辺りを見渡す。
と、天の助けだろうか。
視界の隅に何者かの人影が見え慌てて柱の陰に隠れる。
なぜ神社にでっかい柱が建っているかはこの際考えない。
そっと顔を出すと、恐らくここの関係者なのだろう、青と白の巫女服がこちらに近づいてきていた。
大丈夫、私は出来る子と気合を入れて唐傘を握り締め。
「うらめしやー!」
「はい、表は蕎麦屋ですよ、小傘さん」
ちくそう、天使じゃなくて悪魔の罠だった。
キリッとした顔のまま180度反転、天狗もかくやという前傾姿勢で走り出そうとしたところで首ねっこをはっしと掴まれた、にゃあ。
「人の顔を見ていきなり逃げだすなんてひどい子ですね、傷つくじゃないですか」
「初対面で問答無用で退治しようとした人間に言われたくないんだけど! ていうかなんで早苗がここにいるの!?」
「いえ、私ここの風祝ですから、言ってませんでしたっけ?」
さらりとかわす緑髪を、ぶら下げられたまま胡乱げに見上げる。
「聞いてないよ! 大体かぜはふりってなにさ!」
巫女みたいなものですよ、正確には違いますけど、と苦笑して手を離す東風谷早苗に、なるほどと頷く。
それならば、チェーンソーを持ったどこぞの都市伝説のように、見敵必殺で襲い掛かってきたのもおかしくはない。
いい子にしてないと紅白の巫女が来るぞ、というフレーズは、妖怪のあいだでは躾台詞不動の1位を誇る。
「じゃあなんで今日は退治しないの? こないだは突然襲い掛かってきたのにさ」
「本当ならそうするべきなんでしょうが」
やぶ蛇だったかと呻く小傘だが――。
「なんだか落ち込んでるようでしたし、ほうっておけませんでした」
続く言葉に赤面する。
思いっきり見られていた。
だが、屈辱より先に湧き上がる感情があった。
なんだか温かくてぽかぽかしたもの。
別に落ち込んでるところに優しい言葉をかけられて、うるっときたわけではない。
ひょっとして、いい人間かと思ってしまったわけでもない。
ないったらないのだ。
でも。
「神奈子様と諏訪子様は天狗の山に出かけてますし、良かったら休んでいきます?」
何かを期待してしまったのか、ちょっとだけなら話してもいいかと思ってしまった。
◆ ◆ ◆
「誰も驚いてくれない、ですか」
「世知辛いよねぇ、私だって頑張ってるのに」
早苗の誘いに応じて縁側に上がった小傘は、並んで腰かけている風祝に、熱弁という名の愚痴を零していた。
出されたお茶は有難く頂いている、本当は驚きの心が欲しいけど贅沢は言っていられない。
「うーん、でも幻想郷の皆さんは大抵のことじゃ驚きませんからね。よかったらいつもどんな事をしてるのか教えてくれませんか。小傘さんなら里の人にそんなに迷惑がかかるとは思えませんし、何か助言できるかもしれませんよ」
いいよ! と鼻息荒く立ち上がると、とことこと縁側を曲がり早苗の視界から消える。
よく考えればこれはチャンスなのだ、ここで驚かすことが出来れば当初の目的は達成できる。
否が応にも気合が入った。
ぺちぺちと頬を叩くと、両手を挙げて勢いよく角を曲がり。
「うらめしやー!」
「どうしたんですか、早くしてください」
その間コンマ数秒。
奇しくも無意識少女の荒ぶる鷹のポーズのままぴしりと固まる小傘、それを冷然と見つめる早苗。
ひどいよ風祝、少しは驚いてよ風祝。
ぴくりとも表情を動かさないとは心臓に毛でも生えているんじゃないだろうか、こやつ。
「だ、だからっ! うらめしやー!!」
声が小さかったのかもしれないと、精一杯の気迫を込めてうがーと声を張り上げる。
これが私の全力全開。
「……まさかとは思いますけど、以前にも見たそれがいつものやり方ですか?」
「そうだけど」
「論外ですね」
「はうっ」
「大声を出すだけなんて、子どもじゃないんですから」
「はううっ」
「そもそも、うらめしや~なんてステレオタイプな掛け声冗談にしか聞こえません、本気でやる気あるんですか」
「私だって頑張って」
「結果が全てですよね」
「あううううっ」
そこまで言わなくてもいいじゃんと涙ぐむ。
俯かせた顔を上げると、なぜか頬に朱がさした早苗が恍惚とした表情で、ゾクゾクしますねとか呟いている。
なんだろう、でも聞かないほうが幸せな気がする。
唐傘お化けは自ら危険には近づかないのだ。
「でもさ、今更やり方変えるにしてもどうしたものか」
「あのですね、小傘さんの場合、発想以前に別の問題があるんじゃないでしょうか」
ふむ、と素直に耳を傾ける小傘。
「小傘さん、あなたには妖怪として足りないものがあります、なんだと思いますか?」
「ふぇ? え、えーとえーと」
いきなりの質問に焦ってしまう、なんとなく、優雅に湯飲みを口元に運ぶ早苗をじっと見ながら考えこみ。
……まさかそういうことなのだろうか、自慢でもしたいのだろうか、この風祝は。
「む、胸?」
ごふうっとすさまじい音がした。
わあ、なんて素敵なレインボー♪
「……っ! どうしたらそんな発想になるんですか! ああ、でもその恥じらいながら答える表情いいですね、小傘さん!」
後半は防衛本能でシャットダウンした、うん、なにも聞かなかった。
縁側だったのが幸いして室内が濡れることはなかったので、何事もなかったかのように言葉を続ける早苗。
「いいですか、あなたに足りないものは妖怪としての格です。それがあれば自然と畏れや驚きにも繋がっていくでしょう。ですがそれはすぐにどうにかなるものではありません。まずはこの幻想郷でもトップクラスのカリスマを倣ってみてはいかがでしょうか」
「むむ、なるほど、悔しいけどその通りかもしれないねぇ」
格が違うと言われるのは正直面白くないが、形から入るという考えは悪くない。
始めは仮面に過ぎなくても、着け続ければ本質になるとかなんとか、どこかの誰かも言ってた気がするし。
おとなしく次の言葉を待つ。
「カリスマと言えば紅魔館の主です。ここは彼女の力を借りることにしましょう。永遠に紅い幼き月。吸血鬼にして神槍の担い手。古き血脈の紅魔。彼の者がかつて、博麗の巫女である霊夢さんをも震え上がらせた口上があります、それは――」
なんだか凄そうだ。
期待に瞳を輝かせる小傘に、早苗が両手を上げて厳かに口を開く。
「ぎゃお~! たーべちゃうぞ~!」
「…………」
なにそれこわい。
思考停止する小傘。
え、今の冗談? 笑うとこ?
ひょっとしなくても、この巫女だか風祝だかは騙すつもりじゃないだろうか。
青い右目に疑惑5割、左の赤目に不信5割のまなこで早苗を見上げる。
オッドアイならではの芸当である、多分。
「これなら私たち人間が驚くこと請け合いです、ささ、まずはこれから試してみましょう」
「あのさ早苗、言いにくいんだけどそれって本当の話? ほんとに博麗の巫女が驚いたの?」
「当たり前じゃないですか、文さんが発行してる新聞で知って試してもらったようですけど『あれヤバい、私は無重力、縛られちゃダメ、いやでもあれはヤバい』って廃人のように呟いてましたよ、あんな霊夢さん初めて見ました」
なんだろう、よく分からないけど何かが間違っている気がする。
「いやあのね」
「こ・が・さ・さ・ん? いつまでも満たされないのは嫌ですよね」
「……ぎゃお~」
「声が小さいです」
小傘泣かない、だって女の子だもん。
縁側の板に落ちるのは心の汗で、断じて涙なんかじゃない。
いっそ殺せと思いながらも、このカリスマ括弧くえすちょんまーく括弧閉じるがあれば、空腹からおさらば出来ると自らに言い聞かせる。
「ぎ、ぎゃお~! たーべちゃう、ぞ~……」
わあ涙目で真っ赤な小傘さん可愛いなぁ、とか不穏な独り言が聞こえたのは気のせいだ。
気のせいだったら気のせいだ。
「うんうん、いい調子ですけど今度はちゃんと両手も挙げてくださいね? グーがいいかなパーがいいかな、グーの無邪気さもいいけどパーの元気な感じも捨てがた……」
「待って待って、おかしくない!? 吸血鬼だよね! 強いんだよね!? これじゃ子どものお遊戯会じゃない!?」
必死に隣に座る早苗に詰め寄る。
本人が聞いたら間違いなく不夜城レッドだが、早苗は意にも介さず、ぴしゃりと続ける。
「いいですか、あなたのやり方は昔は通じたのかもしれない、でも時代は変わったんです」
いや、そんなシリアスに言われても。
あとごめん、昔からこの有様なんだ。
落ち込むからそれ以上は言わないで。
再び涙目になる小傘を見つめて、うっとりとする腋風祝。
たまりませんとか呟いていたが、我に返ったのかこほんと咳払いして話を戻す。
「なるほど、常識で考えればそういう疑問が出てくる可能性もないこともないかもしれません。ですがその考え自体が間違っているんですよ、いい機会ですからあなたにも幻想郷の掟を教えてあげましょう、この先を生きる上で、とても大切な心構えです」
なんだそれは、長く妖怪をやっている小傘もそんな掟があるとは知らなかった。
ぴんと張り詰めた空気の中、凛とした早苗の宣言が響き渡る。
「常識とは――投げ捨てるもの!」
その時、小傘に電流走る……!
そうだったのか、目から鱗が落ちた。
でも身を守るウロコが落ちちゃったらまずいんじゃないかなぁ。
ていうか、今落ちたのって絶対落としちゃいけないウロコだよね。
いや、なんかもうどうでもいいや。
抵抗をやめた愚者は堕ちるだけ。
それに気付いたのは、思い出したくもない苦行が始まってからだった。
「声が小さいですよ、もっと可愛らしくはっきりと!」
「そんな降参みたいな手じゃダメです、元気よく伸ばして!」
「笑顔が硬いです、クリーミーに、かつエレガントに!」
「なんですかその潤んだ目は、誘ってるんですか、ああもう! ああもう!!」
苦行の原因の全てが某風祝だったことは言うまでもないが。
~ 1時間経過 ~
「まあ、こんなものですかね」
頬を染めて満足気に頷く早苗。
片や小傘は精神的にわりとキていた。
「ふふ、うふふ、うふふふふふ、ぎゃお~…ぎゃお~…」
縁側に横倒れになるその姿は、生気というか影が薄くなっていた。
重箱の隅にまで指摘が入る、公開処刑と見まごう特訓だったが、おかげで妖怪の格としてカリスマのなんたるかは身に付けた。
身についたよね? お願い、そう信じさせて。
これはお遊戯会じゃない、カリスマカリスマカリスマカリスマと脳内再生したせいでゲシュタルト崩壊しそうになったけども。
早口言葉にするとカリスマってカスリ魔になるよね、あははグレイズばんざーいと現時逃避しそうになった思考を戻す。
正直これで驚いてくれるかは半信半疑だが、妖怪の小傘にここまで親身になってくれた事は、純粋に有難いことだし無駄にしたくはない。
「あとは人里で練習の成果を発揮してください、大丈夫小傘さんなら出来ますよ。でも迷惑をかけすぎるのはいけませんよ、やりすぎると霊夢さんも動きますし」
「分かってる、早速行ってくるよ」
こくんと頷く。
下駄を履いた足で、ちょんと縁側から降りると早苗に向き直る。
目の前にはにこにこと笑う風祝。
思えばおかしなものだ。
初めて会った時は問答無用の弾幕勝負。
それが今は、気が置けない友人のように気楽に話して、どうやって人間を驚かすか一緒に考えてくれさえした。
「どうしたんですか、小傘さん」
小傘は確かに人の驚く心を食らう妖怪だ。
だが、それだけが目的で人間に近づくわけではない。
唐傘お化けとして、人間に捨てられた恨みはもちろんある。
それでもなお人間の傍にいたいという気持ちも、やはりしっかりと残っているのだ。
「お~い、返事しないとおしおきしちゃいますよ?」
期待しているわけではない。
それはとても怖いことだから。
捨てられた野良犬が人に懐きにくいように、一度捨てられたモノは誰かの傍に近づくことに臆病になってしまう。
もうあんな思いはしたくないから。
失うくらいなら始めから近づかなければいいから。
「ふふふ、なにしましょうかねえ、頬をつねってみましょうか、いえそれよりも」
「早苗は、さ」
「……どうしちゃったんです、小傘さん」
先程とは空気が違うのに気付いたのか、早苗が緩みまくった表情を改める。
「早苗は……」
でもこの風祝なら、早苗ならもしかして「私という唐傘の居場所」に――。
そんな益体もないことを考えそうになったが、はっと我に返り自嘲する。
いけないいけない、会って間もない人間に何を求めているのか。
それに、こんなしんみりした空気は陽気で愉快な唐傘お化けには相応しくない。
「ううん、なんでもないよ、またね!」
「そうですか? おかしな小傘さんですね」
さでずむだし、ごーいんぐまいうぇいな風祝だが、わざわざ愚痴に付き合ってくれたのは確かだ。
だから、せめて本心からの言葉を送ろうと思った。
「今日はありがとう早苗、一緒にいてくれて嬉しかったよ」
ふわりと花開くような微笑みを浮かべると、きびすを返した。
後ろで早苗が息を呑んだのが分かるが、気にせずに歩を進める。
石段で足を止めた小傘は、ふとあることに気づく。
先ほどまで悩まされていた空腹がいつのまにか満たされていたのだ。
はておかしいな、まだ新技は試してないから、誰かが驚いたわけでもないだろうに。
不思議に思うが答えが出るわけもなく、特に問題もないのでまあいいかと思いなおす。
今日は早苗と2人で考えたんだからきっと上手くいく。
ダンスを舞うように石段を進む足取りは、来た時とは違いどこか軽やかなものだった。
静寂が戻った境内で、小傘を満たしてあげた誰かさんはぱたぱたと顔を扇ぎながら、恥ずかしげに呟きを落とす。
「あれは反則でしょう、まったくもう……」
これからもいろいろな電波を受信してください。
次もよろしくお願いします。
そしてこのさでずむこそがこがさな。
素敵だ。
早苗さんは小傘ちゃんのことを大切に思っているんですね、S的な意味で
途中、「加奈子」だったり「小笠」だの誤字がありましたので報告をば
オチもお見事。
神罰地上代行守矢の風祝も、小傘ちゃんみたいな庇護欲をそそる相手には甘くなっちゃうよね、仕方ないね!
嗜虐心と庇護欲を同時に煽ってくる天然小悪魔小傘ちゃん…恐ろしい子ッ!
Sな早苗さんと空回り小傘良いですね。
うん、可愛かった!
…いや巫女だし紅白か
早苗さん病気すぐるwww
古賀さんもといこがさん凄い。ヤバい。もちろんそっち方面の意味で。
あと早苗すゎんはそろそろこがさんを娶って良い頃と思うんだ。
● ● <常識は投げ捨てるもの
" ▽ "
それはそうと小傘可愛いよ
ついにこがさなの時代が・・・!
何か凄いよ、くねくねしちまったよ……
そそわで初のコガサナかな?
>いいえ、妖怪退治です
よりにもよってあれかww(誉め言葉
にやにやさせるなwww
ツボだったんですね。きっと、萌え的に…
次も期待してます。
や○きさんの絵でコマ割りされた24ページのストーリー漫画が脳裏にガッツリ想像されたのだが。
……描いてほしい。
いぢめてオーラがたまりませんw
ネタバレといっても体験版は123面誰でも見れるわけで、もう少し作品あってもよさそうなものですが
あと早苗さん自重w
S苗さんとM小傘さん相性抜群ですねw
内容は面白かったです。
でもそんなことどうでもいい!面白かった!
「どうしたんですか、早くしてください」
このやりとり微笑ましい。目に浮かぶ様とは、まさにこの事!
早苗さんのストライクゾーンが心なしか広い気はするけどね。