花がたくさん咲いた。
と言えば聞こえはいいのだろう。しかし実際に目の当たりにするとそれは不気味さこそ醸し出しているかもしれないが素敵さはあまり感じられなかった。
季節、時期、色、量、その全てが勝手な意思を持ったかのように散らばっている様は、あまりに不自然だった。
門番でありながら紅魔館の庭を管理する立場でもある美鈴は、その光景に呆気にとられていた。
季節を無視して様々な花が咲き乱れ、庭を埋め尽くす。
その光景は正に地上の虹。地上を龍が這ったのではないかと失礼な想像さえできた。
「いや、…そういう問題じゃないよね」
しかし一転、頭を抱える。
こういった意味の分からない現象は大抵紅魔館の魔女、パチュリーによるものだ。その黒幕がお嬢様。で、強引に「直せ」とか何とか言って楽しむのが常である。
「花好きだなぁ」
ぼーっと呟く。確か前の悪戯も花を使っていた気がする。色を変えて…ミステリーサークルとかいったか、そんな物を作っていた。あの時も結局直し方なんて分かる筈もなく、冬が来て花が枯れるまでそのままだった。
「まぁ良いか。折角綺麗なんだし、かぐや姫も真っ青な難題を押し付けられるまで楽しませてもらいますか」
そう言って花の一つに触れながら、大きく欠伸をした。
何だかとても眠い。まあこんなに花が咲いているのだ。今日は寝てもいいという事だろう。
強引且つ身勝手な解釈に基づいて、美鈴は門に背を預けて腰を下ろす。
「あ」
我ながら何という間の抜けた声だろうか。
いやしかし、それだけ間抜けな現象に今更ながらに気付いたのだ。
「何これ…お嬢様の悪戯と違うよね」
溢れ出る程の幽霊の気。それは明らかに異常だった。幽霊は花そのものであるかのように花に宿り、その力が花を咲かせている。
気の流れに長けた美鈴は力の流れからそこまでをすぐに理解し、しかしそこで思考は止まった。
「まあ、異変なら異変で巫女が動くか」
巫女だけじゃなくあのスパーク魔女も動くかもしれない。
あの二人が動くなら別に自分がどうこうする必要はない。
………あ。それってあの二人がここに来るって事?
うげ、それは勘弁願いたい。あんなのとは出来れば戦いたくない。理由なんて考える必要もないだろう。
「それとも…紅魔館だけじゃないのかも」
そうであれば別にここに来る事はない。あるいはそう思いたいだけかもしれないが。
しかしそうなるとまた別の問題が浮上する。
最近だとあの夜の異変でお嬢様自らが咲夜さんと一緒に動いたりもしていた。お嬢様と咲夜さんが外出すると妖精達が本当に好き勝手にし始めるから出来れば勘弁してもらいたい。
まあそんな事を言ったって聞き入れてはもらえないから別にいいんだけど。
「ん?」
「いたわね門番!今日という今日はあたいがあんたを倒してやるわ!!」
「えーっと…チルノだっけ?」
「そう!さいきょー!!」
話が通じない。そう、知ってたよ。あんたが馬鹿って事くらい。
「あー、私、忙しいんだけど」
全然忙しくない。もうちょっとしたら忙しくなるかもしれないから今は休むのに忙しいだけ。
「あっそ!あんたには関係ないね!」
「それを言うならあたいには、でしょ……」
というか私に関係がなかったら何で私がそんな事…ああ、馬鹿を相手にしていると駄目だ。
疲れる。
「よーしさいきょーのあたいがあんたをボコボコにしてあげるわ!!喜びなさい!」
「いや私マゾじゃないし」
何なんだ。今日のこいつはいやに絡んでくる。酒に酔ったお嬢様程じゃないけど。
妖精だから花が咲いたという環境に影響されているのかも。
だとしたら嫌だ。これは嫌だ。
原因が何となく分かっていて、動きたくなくて、でもその現象が自分に不利益な時ほど行動に悩む事はない。
さぼるか、動くか。
巫女は毎回こんな気分なんだろうか。だとしたら同情する。
「くらえー!パーフェクト……」
「パーフェクトでこぴん!」
その一撃必殺の指先を受けたチルノは見事に吹っ飛んで、動かなくなった。
一撃必倒のでこぴん。あいてはしぬ。
・・・・・・
冗談はさておき、目の前に気絶して倒れたチルノをどうしようか。
「やれやれ、どうしたものか」
思った事をそのまま口にしてみたら何か変わるだろうかとも思ったが何も変わらない。まあ当たり前ではある。空しさで一杯。
「何かきっかけがあればなぁ…寝るか動くかも決められるんだけど」
「なら動きなさい」
…………?
「あ、お嬢様」
「何よその意外そうな顔」
「いえいえ、昼間ですし。意外っちゃ意外ですよ」
レミリアはくっくと笑いながら、美鈴を指さす。
「だから、きっかけ。動け。この花をどうにかしろ」
「うへぇ」
「何か文句でも?」
「咲夜さんじゃ駄目なんですかー?」
もっともな質問にレミリアは剣幕で返す。
「咲夜は花粉症なのよ!」
まじですか。
「何か文句でも?」
繰り返される質問に、
「山の様にありますが健気に全て押し殺して出かけて来ます」
私は答えざるを得なかった。
かくして、自分が駆り出される理由も分からないまま(いや分かるけど)美鈴は花を辿り歩く羽目になったのだった。
「さてさて、どうしようかね」
目的地に検討が着かないわけではない。幽霊が引き起こすような現象なら冥界か類する所に行けば良い。
「良いんだけど…気乗りしないなぁ」
そりゃあ、生きている自分が死後の世界に行くのには抵抗がある。咲夜は何の抵抗も無く入ったらしいが冥界だと気付いていたのだろうか。
気付いていたのなら尊敬だ。大した行動力に。気付いていなかったならそんな冥界への入り方は御免だ。気付いたら死んでた、みたいではないか。
「緑と紅は対の色~そんな貴女は何と対~?」
「おや」
突然聞こえてきた歌に下を向いていた顔を上げる。
「確か屋台の…」
「ミスティアだよ」
ばさっと羽を広げて、美鈴に近付く。
「最近八目鰻が取れなくってねぇー、この際だから目の前のお肉を代わりに使っちゃおうかな!」
「ふぅ。出来れば私は食べられる妖怪とは対の位置に居たいですねぇ」
「やれるもんならやってみろ!」
ざぁ、と世界を闇が覆う。
「む…暗い」
急激に視界が狭められる。これが彼女の能力だろうか。弾幕が非常に近い位置から現れるように感じてしまう。
「成程」
「真夜中のコーラスマスター!これで焼き肉一分前!」
正に数歩先が見えない上に速度のある弾幕。これは…
「武術やってなかったらやばかったかな」
武術に触れてれば自然と動体視力は良くなるものだ。武術の達人の域にいる美鈴には弾は最早遅い。
「遅い、ですよ」
避けるに難くはなかった。
「むぅ…負けたー」
「やっと終わった…さて、冥界に向かおうか…あ…ああ…」
そこまで思ってからやっと気付いた。弾幕に集中しすぎたせいだろう。
口から漏れる声。
「竹林に入っちゃった…」
暗闇の中で戦っている内に入り込んでしまったらしい。やっちゃったなぁ、と苦笑い。
「歩いてれば出られる…よね」
若干不安だ。が、そうするほかあるまい。悩むよりも行動。
「ま、どーにかなるさ♪」
あまり悩んでいなかった。
「咲夜?何をしているの?」
「何…と仰いますと?準備ですが」
紅魔館の一室で、咲夜はナイフをまとめて身だしなみを整えていた。
「だから、何の準備よ」
「先程仰った花の異変ですわ」
あっけらかんと。
「え?花粉症は?あれ?」
「いやですわお嬢様。普段通りの冗談じゃないですか」
美鈴が駆り出されたことを聞いていない咲夜は尚続ける。
「そういえばお嬢様。美鈴がサボってますよね?門に居ませんでしたが……どうなさいました?」
顔を逸らし、目を合わせないレミリア。
有り体に言えば冷や汗だらだら。
「咲夜……」
「はあ」
「大馬鹿者ぉぉぉ!」
「何がですかぁぁ!」
紅魔館は、いつも通りだった。
「参ったなぁ……全然出れないぞ……ん?」
言葉を止めて、感じた気配を探る。敵意は感じない。……だが、嫌な感じだ。
「誰だろう……」
「お賽銭入れませんかー?」
目の前に現れたのは、兎だった。
「えーっと?」
「神社から出張賽銭箱だよ?」
「入れませんよ?」
・・・・・・・・・
「え?」
「今の間は何ですか」
「いや、え?何で入れないの?」
心底意外そうに言う。まるで善人ではないか。
「貴女の周りには偽りを形成する気がおっそろしい程充満してます」
因幡てゐの周りはどす黒いオーラがありありと漂っているのが美鈴の目には映っていた。
てゐはぽかんとしたまま美鈴を見上げ、…
一瞬、口元が歪んだ。
「知られたからには…」
「美鈴☆でこぴん!」
吹っ飛ぶこと15メートル。てゐは背中から地面に落ち……なかった。
「てゐ?」
「あ……」
てゐを受け止めた者が居たからだ。
「鈴仙……あいつが竹林燃やそうと……がく」
「何ですって?」
流石詐欺師。バレても誰かを騙し通すか。心なしか気絶しているその顔は満足気。
「お前っ!」
「いや私は別に何も」
「問答無用!インビジブル……」
「でこぴんふるぱわー!」
一足飛びで鈴仙の目の前に迫り、勢いが付きすぎない様に一度止まり、でこぴんを当てる。
言うのは単純で行うのは大変、というのはよくあるが、言うのも面倒である。
丁度、体に生気を送るポンプの役割の部分に刺激を与えるので相手は死ぬ。
ではなく、気絶する。
「……どうしよう」
兎二匹、小脇に抱えて美鈴は立ち往生。どうすればいいのかさっぱり分からなくなった。
紅魔館。図書館にいつもの顔ぶれが集まっていた。
「パチェ!美鈴何処よ!」
「待ちなさいよ…今探ってるんだから」
「待てるかっ!誰かがあのおっぱいを枕にでもしてたらぶっ殺す!あれは私のだ!」
「送り出したのはレミィでしょうが……あ」
「見つかりましたか?パチュリー様。それからお嬢様、おっぱい枕は私の物ですわ。お間違えなきよう」
パチュリーの前に置かれた水晶が虹色に光りだす。それは紛れもない美鈴の気配。
「美鈴は……竹林から永遠亭に向かってるわね」
「そいつらが犯人なの?」
「違うと思うけど……近くに兎の気配もあるから送ってるんじゃない?」
パチュリーは呑気にそう言って、紅茶を啜る。
「ところでパチュリー様」
「何よ咲夜」
咲夜は水晶を指差して呟く。何故ならそれは、あまりにもイメージを壊していたから。
「水晶って………別に玉じゃなくても良いんですね」
見た目石ころ。夢がない。
「いえ、本当に申し訳ないわ……」
「ああいえ、私も充分な説明が出来てなかったので……」
竹林には不老不死の姫君と医者が居た事を思い出した美鈴は生きながらにして生きていない、特殊な気を探って永遠亭に辿り着いた。
生き物の気を探っても竹林中に居るからそれでは分からない。二人の特殊さに感謝している。
事情を知った永琳にさんざんに謝られ、竹林の抜け方を教えてもらい、そしてやっと抜けた所である。永琳が「にしてもてゐには困ったものね」とか言いながら何やら危険そうな『イチコロリ』とか書いてあった薬を準備していたのは見なかった事にする。
「さて…冥界冥界。気乗りはしないけど」
「でっかい結界ねぇ…どうやって行けば良いの?」
傍らに倒れたリリカに尋ねる。結界前に着くなり弾幕を張られたのででこぴんで倒されて貰ったのだが。
「この先?」
「そ。この奥に行きたいの」
「じゃあ死ね……ごめんごめん!」
美鈴のでこぴんの構えに慌てて訂正するリリカ。
「じゃ、教えて?」
「飛び越えるの」
「…………」
「本当だってばー」
夢のない結界だ。
「さてお嬢様。どうしましょうか」
咲夜が紅茶を注ぎながら聞いた。そう、居場所は分かったのだ。追い付くのは容易い。
「そうねぇ……追いかけるのは面倒だわ」
「はあ、まるでご自分が赴くかの様に仰らないで下さい」
「ちぇー」
紅茶を口に運び、カップを置いて、レミリアはにやりと笑った。
「この際だし、任せちゃおうか」
「賛成」
満場一致。ただ一人、小悪魔が自分同様の苦労人体質に苦笑いを浮かべていた。
「はっ!やあっ!」
「っ!おっと!」
体勢を崩した美鈴はとっさに落ちている石を使い迫る刃を防ぐ。
ぎぎぎ、と嫌な音が響く。
「紅魔館の者が何の用だ!?」
「聞く前に切りつけるのは……」
妖夢がその体重を乗せて放った真っ直ぐな太刀筋は美鈴の持つ石に止められている。
当然妖夢は本気ではないが、しかし止められるような攻撃をしたつもりも無い。
「私、は!花の異変を調べに来たんです!」
剣ごと妖夢を押し返し、美鈴は少しだけ飛んで宙に浮いた。案の定、地面すれすれの所を妖夢の斬撃が襲う。
「読み外してたら死んでたな……」
顔色が若干青くなる。おっかない。
「花だと!?西行妖に変化は無い!騙そうとするとは許せん!西行妖に何をするつもりだ!」
「ありゃ?」
どういう事だ?冥界には何も起こっていない?会話になってない?
西行妖については正直よく知らないのだが変化が無いなら関係無いか。まあいじられたらいけないんだろう、怒ってるし。
「よし、関係無いなら帰るか……帰らせてくれそうにないけど」
「何のつもりだかも分からないまま侵入者を帰せるか」
真っ直ぐに剣を突き付ける。
その目は正に、武術家の眼。
「また機会あれば手合わせしたいですね……こんな形でじゃなく」
「何も言わないつもりなら次は」
そこまでは聞こえたが、次に来るであろう「無い」という声が聞こえない。
直後、妖夢の気を背後に感じ、そして妖夢が元々居た方向から「無い」と聞こえた。これが意味するのは、即ち、
「音速以上っ…」
「桜花閃々」
弾ける桜。
自分の軌跡が花びらを生み出し弾ける、その敵の虚を突くスペルを、
「…危なかった…」
美鈴はかすりつつもかわし、右脚を勢いよく回して妖夢の体勢を崩す。
だが妖夢も武人。その程度バランスが崩れた程度、崩れた内に入らない。目線を直ぐに美鈴に戻し、反撃しようと刀を強く握り直す。
その視界を花びらが覆った。
「っ!?」
美鈴の蹴り上げた花びらである。
詰んだ。そう美鈴は確信して、しかし油断はせずに重たい蹴りを放つ。
終わり、そう確信していたのだが、その脚は空を蹴った。
「お?」
剣士は眼を閉じて修行する事がある。宵闇の中でも戦えるためにだ。視覚の働かない中では一番の頼りは聴覚になる。
つまり、妖夢は聴覚だけでもある程度戦えるのだ。
やばい。反射的に後ろに飛ぶ。だが瞬発力は妖夢が遙かに上。
刹那の内に追い付き、剣の霊力を具現化する。つまり、剣の巨大化。
今度は妖夢が確信する番だった。勝った、と。
がちん、と。
その時、妖夢の耳元で大きな音が鳴った。
轟音ではない。寧ろ乾いた音。
それは、美鈴が気でもって硬化した脚と石とをぶつけた音だった。
「あっ……!?」
その、優れた聴覚に強く響く音。音は広がるような物ではなく、乾いた、鋭い音。
ぐら、と妖夢の足元が揺らぐ。鼓膜への刺激が強く鋭い頭痛を生む。
「焦りましたよ。やあっ!」
流石にでこぴんでダウンはしてくれないだろうし、失礼だ。
美鈴の正拳突きを真正面から受け、妖夢はダウンした。
わぁっ、と歓声が上がる。
「さっすがうちの門番ね!だてに巨乳じゃないわ!」
「綺麗な水晶玉だとこんなにはっきり見えるんですね」
紅魔館の図書館。
未だにそこにいた彼女らは、水晶玉に映る一連の流れを映画のように鑑賞していた。失礼である。
「まぁあの庭師もなかなか頑張った方じゃない?」
「というか音速以上ってよく分かりましたね、美鈴」
音速以上を見分ける為には視覚と聴覚がそれぞれしっかり反応する必要があるのだが、それをレミリアは
「うちの門番だからね」
で片付けた。
美鈴は歩いていた。花畑を。厳密には、鈴蘭畑を。
「冥界から出てきて今度は毒の畑か……厄日だ」
「あらあら?お客さん?」
「通りすがりですよ」
そう通過しようとして、
「って誰?」
今自分に声をかけた存在に疑問を持った。疲れたんだろうか。隙だらけだった。
「私」
「人形?」
「そう!メディスン・メランコリーよ」
「で、どうしたんです?」
出来れば戦いたくないものである。もう疲れた。
「最近ね、人形の地位が低いと思うのよ!許せない!」
「はい?」
突然怒鳴り始める。厄介なことになりそうだ。帰りたい。
「でね!私はそんな可哀想な人形達のリーダーとして地位の逆転を狙うべく!人形の組織を作ったりしようと思うの!」
「……」
話し相手が欲しいなら余所でやってくれ。そう思った時、美鈴の頭に妙案が浮かんだ。
急に跳ねるようにメディスンに近づき、負けず劣らずの声で語り始める。
「ですよねメディスンさん!私もそう思いますよ!」
「でしょでしょ!?人間は人形を作りはするけど飽きたらぽい。最低よ!」
メディスンは不信感すら持たずやはり憤慨そうに言う。
「そうですよね!人形の地位向上、頑張って下さい!」
「うん頑張る!あなた良い妖怪ね!」
「貴女も良い人形のリーダーになって下さいね!それじゃ、私は急いでるので!」
「うん!貴女も頑張ってねー!」
勢いで逃げちゃえ作戦。
「あ、そうそう。メディスンさん、一つだけ」
しかし離れかけた所で美鈴は一つ思い出して、メディスンの所に戻る。
「なぁに?」
「その内噂を聞くかもしれないですが、湖の紅い館には近づいちゃ駄目ですよ!怖い悪魔が住んでるって話ですから」
「へぇー!分かった!」
これで良し。保身完了。
入った時とは随分違う、晴れやかな表情で美鈴は鈴蘭畑を後にした。
「さて、冥界じゃないとすれば…後幽霊が関係しそうなのは…無名の丘?無縁塚?にしてもここはまた一段と花が多いなぁ……あ、向日葵」
どっちも行きたくない。全く、縁起の良くない所ばかりだ。向日葵の明るさを場違いに感じてしまう。
「こらこら、何処行くの?」
「え?いえちょっと無縁塚辺りに…」
端から聞けば自殺志願者だ。普通なら、早まるな、といった言葉をかけられても何ら不思議ではない。
しかし、その声はあろうことか、
「もったいないわ。死ぬなら殺させてくれる?死体は良い肥料になるの」
「……え?」
見事に予想の斜め上を行く言葉と、明確且つ強大な殺気。そして、眩い程の輝き。
「ね?」
振り向いた美鈴の視界の端に微かに映った女性は、凄惨な程美しい笑みを浮かべていた。
爆発、そして爆音。即座に跳ね、かする、とは言い難いが直撃は免れた美鈴は、全身を回転させて衝撃を和らげていた。
眩い輝きが一閃となって襲う。マスタースパークみたいだ、と感じたがその威力は。
「魔理沙の比じゃ……」
「あら、生きてた」
魔理沙のそれとは文字通りの桁違い。
「…何ですか、いきなり」
「あらあら、生きてる上に反抗的ね。可愛くて潰したくなっちゃう。良かったわ、貴女が自殺志願者じゃなくて」
「自殺志願者じゃなくても殺るんですか」
自殺志願者だったら今の一閃を避けられた筈はない。
「で、何の用です?私は死にたくないですし用事もあるんですよ」
「そう。羨ましいわ。私は用事がなーんにもないの。つまり暇なのよ」
それはつまり、
「ちょっと殺し合いに付き合ってくれる?」
弾幕ですらない、彼女なりの暇潰し。潰されるのは暇か、私か。
参ったな。
美鈴は女性を睨みながら冷や汗を垂らす。こんな化け物みたいな妖怪はレミリア位しか見たことがない。
単純に自分とレミリア並みの差だろう。つまり、圧倒的。
自分とて妖怪。人間相手に弾幕では負けても肉弾戦でまで負ける気は無い。妖怪相手だってそこまで差をつけられて、はいそうですかと逃げるようなやわなものではないプライドもある。
しかし目の前の相手は見れば分かる。やばい。
あの一閃一つに込められた霊力が自分の許容量限界みたいなものだ。
「逃がしは…」
「しないわ」
「ですよねぇ」
一歩。女性が一歩歩く度に全身が悲鳴をあげる。逃げたい、怖い、と。
「まぁね、五分五分で闘うなんて私のプライドが許さないわ。喜んで良いわよ、貴女にハンデをあげる」
「ハンデ?」
聞き返す美鈴に女性は口元を歪め笑う。
「そう、ハンデ。貴女は一撃でも私にクリーンヒット出来れば良いの。手でも脚でも、弾幕でも」
「……」
何も言えない。彼女は当然、それでも勝つ自信があるのだろうし、事実上実力はそれ程までに差があると思って間違いないだろう。
「貴女、名前は?」
「……紅美鈴」
「ああ……里で噂を聞いたわ。手合わせをしてくれる門番妖怪って」
「……貴女は?」
「ふふ…風見幽香」
聞いて損した。噂通りの化け物ではないか。四季のフラワーマスター、風見幽香。紛れもなく最強クラスの妖怪だ。
一撃、か。
考える。否、受けるしかない。
逃げられるはずはなく、相手がハンデを付けると言ってくれた今以上にどうにか出来るチャンスなど無い。
「……分かりました」
「そうこないとね」
幽香の足元が弾けた。目の前に神経を集中させて、
―――――後ろからの衝撃を感じた。
「がっ…!?」
「あら不思議。いつの間にか後ろに回られていましたー」
その声が…体勢を戻した自分の後ろから聞こえる。
「どーん」
口で言うおちゃらけた言葉とは裏腹、空気が悲鳴をあげているかのような轟音と共に迫り来る拳。
「あら?」
それを、ギリギリまでひきつけてからしゃがんでかわす。
一撃。
全霊力を注いで肉体を強化、受けづらく、また当たりやすい円運動を中心にした連撃を放つ。
長期戦で勝てようはずもない。なら、刹那の戦いに持ち込んで、霊力の差を限りなく縮める。
一撃当てれば。
自分自身ここまで霊力を引き上げたことは殆どない。自分でも信じられない速さの連撃を自分の体が繰り出していく。
その連撃を、
風見幽香は、全て受け流していた。
当たらない。一撃も。ある時はかわし、ある時は手で払い、またある時は脚を上げて弾く。
悉く、正に優雅に、舞うように、風見幽香には拳も脚も届かない。
実力の差、とでも言って嘲笑うように。
「今度は私から?」
まずい。頭も体も戦闘離脱を叫んでいたが、瞬間で動ける程、遅い動きはしていなかった。
「お嬢様!」
咲夜の悲鳴にも近い声。叫ばずとも分かる。私も見ているのだから。
今水晶は風見幽香の閃光一色を映し、その余りの霊力に映しているだけの水晶にひびが入る。
「レミィ……流石に、うちの門番よじゃ済まなくなるんじゃない?」
「………」
言われていることは分かる。だが、今助けに入って良いのか?
「助けに入る事は正しいの?だって今助けに入ったら……」
「お嬢様……」
「レミィ……」
「覗いてた事がバレちゃうじゃない!」
吹き飛ばされた美鈴は、地面を球の様に跳ねて転がった。
全身から溢れる血は留まることを知らず、眼は朦朧としている。
体はぼろぼろだった。
しかし、心はそれ以上に辛かった。
今の一撃は、正に全てを壊す一撃。必死の連撃を、何よりも美鈴の今までの努力の結晶を。
心が折れる、というのだろうか。
此処までの圧倒的な差を見せ付けて、自分にどうしろというのか。
プライドは、あるのだ。
ずっと、それこそレミリアの年齢以上に長い間武術に携わってきた今の自分にとって紅魔館同様無くてはならない物。
それを、ずたずたに引き裂かれた。
悔しさに打ち震え、虚無感に襲われ、ただ伏す美鈴を、幽香は見下ろす。
殺しもせず、帰りもせず、ただ見下ろす。
「ふぅん…壊れると思ってたんだけど」
美鈴は顔も上げない。完全な戦意喪失。
それは紛れもなく幽香の勝利を意味するものであり、それ故に。
幽香にはそれが気に食わなかった。
雑魚妖怪だと思った。大した霊力も持たず、そこまで強い力もない。
スペルカードルールは当然知っているが、特別守ってやるつもりはない。別に異変を起こすわけでも人間を相手にしているわけでもないのだから。
だから、もうこの妖怪は10回は死んだはず。
なのに、生きている。
幽香はその事実には素直に驚いていたし、その点を確かに凄いと思った。
その相手が自分を卑下して屈しているのが、気に食わなかったのだ。
仮にも自分に凄いと思わせた相手なのだから。
「こんなものなのかしら?」
――――らしくないな。そう内心溜め息を吐きながら、幽香は言った。
「紅魔館の門番は手合わせを受けてくれるって聞いてたのに」
「手合わせなら…もう良いでしょう?これ以上私を惨めにさせないで下さい…」
幽香はその悲痛な声を無視して続ける。
「あ、それとも紅魔館に出向かないといけないのかしら!じゃあついでに館ごと――――」
刹那、幽香の視界は土と草で一杯になっていた。
否、更に次は空、花、土、とぐるぐる世界が回る。やっと理解した。自分が吹き飛ばされたのだと。
土煙を立てながら地面を転がり、やっと体が地面に止まる。
「痛ぅ…」
幽香とて、ここまで悲惨な格好を晒すつもりはなかった。想定を遥かに上回った速さに、大人しくなる。
「はぁ……はぁ……」
ひょいと起き上がって美鈴を見る。
美鈴は、戦う姿勢のままだ。否、くじけ、折れかけた心を今一度必死の思いで燃やしている。幽香はそれを見て満足気に微笑むと、汚れを払いながら立ち上がる。
美鈴は更に構えを臨戦態勢にもっていく。
緊迫した空気。
それはあっさりと崩された。
「行きなさいよ」
「……はい?」
幽香の言葉に、疑問符をだしながら、まだ構えは解かない。
「一撃」
そう言って、幽香は自分の顔を指差した。たった今クリーンヒットを浴びた、左の頬。
「あ……」
やっと、構えが解かれた。
「腑抜けてんじゃないわよ、若い妖怪ね。私なんて閻魔に怒られるくらい永く生きてんのよ?」
ぽん、と美鈴の肩を叩き(やけに重たい)、くすくすと笑う。おもしろくてたまらない、とでも言うように。
「まだまだ、伸びる点があるでしょう?またやりましょうね」
「それは勘弁してください。……でも、」
美鈴も負けじと幽香の肩を叩こうとして、ひらりとかわされる。
「あ」
「うふふ」
どたん、と随分不格好に倒れて、そのままごろんと寝返りをうって仰向けになる。
「ありがとうございます」
「ほら、邪魔よ邪魔。さっさと行きなさい」
美鈴はごろごろと転がりながら花畑を後にした。かなり、というか最早不格好の粋を超えていた。
最後まで幽香は楽しそうに見送っていた。
「―――あ。もしかして花の異変で原因探しに来たのかしら。だったら意味ないよって言えば良かったかしらね……まぁ腐抜けた罰って事にしておこうかしら」
「ほらね!ほらね!」
水晶玉を前に、得意気に飛び回る幼い影。レミリアは正に手柄でもたてたかのような表情で言う。
「だーかーら、言ったでしょ?私の館の門番だもの!平気に決まって……あ、ちょ、パチェ?咲夜?あーもう!ごめんってばー!」
二人が自分の想像よりも随分と呆れていたのを見て、レミリアは慌てて謝った。
「やれやれ…酷い目にあった」
さっきまでの悲惨な表情も真剣な表情もどこへやら、いつもの飄々とした感じの口調で、本日何度目になるかも分からない溜め息を吐く。
「もうそろそろ無縁塚に着いてもいい頃だと思うんだけど着いたから言葉のやり場がない……」
誰かの発言に笑ってみたら相手は真剣だった時みたい。この場合、相手は場所だから気まずさはないが。
「ほらほら、自殺にゃまだ早い。帰んな帰んなーって、あんたは?」
「今日は自殺志願扱いされる日なんですかね。しませんよ、折角生き延びたのに」
大鎌を持った赤い髪の女性が、嬉しそうに笑う。
「あっはっは、いやいや失礼。あんたはしそうにないね、自殺。生きてやる、ってオーラが凄い」
「お恥ずかしい事で」
まさかさっきまで死ぬような目に遭っていたとは言うまい。「うんにゃ、良いことだよ。最近は人間も妖怪も、生きる意志が足りないったらもう」
顔の前で手をひらひらさせ、直後に大鎌をぐるんと回して地面に突き刺した。
「あたいはここ、三途の川で船頭やってる、小野塚小町だ。あんたは?」
船頭。ということは彼女がこの溢れ出た幽霊を運ぶ役目の…
「紅美鈴。紅魔館で門番をしてます。あの、霊を運ぶのが仕事なんですよね?」
「ん?そうだよ?」
気付いて居ないのだろうか?この花が馬鹿になったような現状に。
「この花……」
「花?何を言って……花?は…な…」
段々小町の顔が青ざめていく。冷や汗がジェットコースター。ジェットコースターって知らないけど。
「あー、良くない。良くないねぇ。普段から仕事に明け暮れて眠いあたいを休ませもしないなんて」
小町は唐突に話しだした。
あれ?何かこんな台詞をどこかで聞いた気がする。
でも彼女とは初対面の筈…
「こんなに良い天気なんだ、昼寝を誘っていたんじゃなかったのかい?」
あ、私だ。
「小町さん……」
「な…何だい?自分のペースで良いじゃないか!」
「今度一緒にお昼寝しませんか?」
「賛成だよ」
そっくりだった。
「小町!」
「きゃん!」
二人が新たに芽生えた友情にがっちりと握手を交わした時だった。その怒声が聞こえたのは。
「また仕事サボって!」
「四季様!?どうしてここに…」
「ほうほう、どうしてだかわからないと?」
「すみませんでした」
あっさりと土下座をする小町。それはさながらナイフを勘弁してもらおうとする美鈴そのものだった。
「さぁ働いてきなさい!」
「ひーん」
「ねぇ。美鈴が見えない」
「私の魔力の及ばない所に入ったのね。直前の位置的に無縁塚かしらね」
相変わらず図書館から動かない面子である。いや、咲夜は先程幽香との戦闘が終わると「心臓に悪い。短い寿命が尚更縮む」と言って図書館から出ていっていたが。
「寿命が縮むってどんな感覚なのかしら」
「さぁ」
きっと永遠に理解出来ない感覚を考えてみたがやっぱり見当もつきそうになかった。
「お姉様ー、咲夜から話は聞いたよー」
「あらフラン。見物する?」
「するするー」
「さて、紅美鈴」
「はい?」
幽霊さえ正常な数になればこの花も戻るだろう。まさか船頭がサボっただけでこうなるとは思えなかったが、細かい原因に興味はない。だから、帰ろうとしたのだ。
「まだ帰るのは早いですよ」
「はい?」
なのに目の前のちびっこは待てと言う。私は帰って休みたい。
「今失礼な事を考えませんでしたか?」
「考えましたね、そういえば」
いつの間にか目の前のちびっこ…じゃなかった、閻魔の手には悔悟棒が握られている。
「噂に名高い閻魔の説教、ですか?」
長くて有名。
「やはり、私が閻魔だと分かりますか」
「ちびっこでも貫禄が違いますから」
あ、つい本音が。
「誰がちびっこですか誰が。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。十王の一人で、此処、幻想郷から来る魂を裁くことを主な役割としています」
「成程、確かに長い」
「貴女は私をからかっているのですか?…まあ良いでしょう、元々貴女の所には近々行かねばならぬと思っていましたからね」
「人違いですよ、人違い」
「そんな訳ないでしょうが。良いですか?貴女は妖怪として非常に不安定且つ不自然な立場に居ます。他の妖怪に仕え、人間を喰らわず、自分の事を優先出来ない。自己中心的で粗暴な者が多い妖怪の中で、貴女は明らかに異端です」
「長い長い…ああもう。言い返したくても最初の方の内容忘れちゃいますよ。まあ自分で言ってるとおりです。お嬢様だのを見てれば自己中心的なのは分かりますけどね、仰るとおり『多い」だけ。まあ私みたいな例外も居るって事で」
やれやれ、と大袈裟に呆れてみせる美鈴。
「そういう訳にはいきません。貴女はこのままでは確実に地獄に落ちます。己を理解できないで誰かを護る門番という役職が務まると思っているのですか?貴女は自分が妖怪である事を理解し、例外であるにしても貴女は少し自分を見なくてはならない。今日だってそうだったでしょう?貴女は紅魔館が危険にさらされれば強く怒りを示すのに自分が危険でも飄々としてまるで他人事。それは最早妖怪を超えて生命としての異端。貴女がそれを理解しているのですか?そう、貴女は少し知らなすぎる。先程も言った通り、このままでは地獄行きは決定です」
「別に私が私をどう扱おうと私の勝手でしょう?それに長すぎますってば」
「ならば簡潔に言いましょう。貴女は少し、知らなすぎる」
「それはもう聞きました」
「貴女は知る所から始めなくてはならない」
「自分の事くらい……」
「分かっていると思っているのですか?」
「分からなくたってやっていけます」
ぶちっ、と。
音が聞こえた気がした。怒り的な意味で。
「貴女は……自分を顧みてその行いを反省し!その愚かさゆえの罪を清算しなさい!!」
「げ」
しまった。
ついいつもの調子で会話をしてしまったが自分は満身創痍だった。
忘れてた。
こういう所が今怒られてる理由になるんだろうか。
そんな呑気に構えてる場合じゃない事も、分かってる。
「ラスト・ジャッジメント!!」
「やっばいっ!!」
バックステップを3段踏んで、脚を止めざるをえなくなる。
すぐ後ろが、三途の川。
「ちょ……」
閻魔は気付いていないのか怒りで周りが見えてすらいないのか、攻撃を止める気配もない。
「極彩…って」
霊力が、練れない。風見幽香との戦いで尽き果てていた。
「万事休すかっ」
疲労も相重なって、体は動かない。もしかしたら霊力があっても駄目だったかもしれないくらいに。
その閻魔の弾幕は、ばしゃあ、と大きな音を立てて川に落ちた。
派手な水飛沫が上がるが、どういう仕組みなのか生者である美鈴は濡れやしない。
「浴びた方が気持ち良かったかなぁ……ってそうじゃない!何が……」
今の攻撃は間違いなく自分に向かっていた筈だ。それがどうして?
閻魔が睨みつけるその視線の先には、
小町がいた。
「小町。どういうつもりですか?」
いたって静かに、しかし威圧のある声で小町に語りかける。
「四季様……四季様はすこし職務に忠実すぎます!!」
「人の真似事ですか?」
「違います」
空気は正に緊迫。美鈴にはそもそも小町が自分を庇った理由も分からない。
何をしたのかも分からないが、おそらく何らかの小町の能力だろう。
「四季様だって分かってるでしょう?職務に忠実になりすぎて、今の四季様は何にも分かってない!違いますか!?あたいは誰でも持ってるような欠点を揚げ足とるように指摘して攻撃するような閻魔様の味方なんてしませんよ!」
「それで彼女の味方をすると?」
「こいつは私の友達です。一緒に昼寝する約束したんですよ」
四季映姫は、ぐ、と顎をひく。
小町とて必死。説得に失敗したら、何というか「次はお前だ」的な。
正直怖い。でも、自分の尊敬している人が酷い事をするのを見るよりは……
「まぁマシってやつかな」
口元に冷や汗を垂らしつつ、小さく笑みを浮かべる。
四季映姫は言われた事を反芻して、眉間にしわを寄せる。言われた事は、正しいから。
目をそらしてしまう。まっすぐ見る事が出来なくて。
すかさず入る言葉。
「よく見てくださいよ。どうして目を合わせてくれないんです?」
小町はそれこそ滝のように汗をだらだら垂らしながら、それでも必死の思いで訴える。
「小町!私の職務の邪魔を……」
「傷付いてふらっふらな奴を説教と称してボコるのが閻魔の仕事ですかっ!!」
怒声。そして、
四季映姫の表情が変わる。
言い過ぎた。小町も美鈴も表情がまるで冗談のように固まって。
そして、閻魔の悔悟棒から恐ろしい速度の一撃が放たれた。
「お姉様?何も見えなくてつまんないんだけど」
「長いわねぇ…さっさと出て来ると思ったのに」
かれこれもう幽香と戦っていた時間以上に無縁塚に居る。この世とあの世の境目は、この世の力である魔力をこの世から届かせることが出来ず、水晶玉はテレビの砂嵐のような、じっと見ていると何かが起きそうな、不気味なノイズに満ちた世界を映している。
「何かあったんじゃ……ないかしら」
「ま…さか。うちの門番よ?」
はははと笑うが説得力がない。
「無縁塚に生者が入れば、当然幽霊という『死』に誘われる」
「ちょ……パチェ」
「お姉様?大体何で門番があんな所まで出張ってるの?」
「う。それは……」
「レミィが馬鹿だから」
「成程なぁ」
「ちょっ……こら!」
咲夜は一人図書館の外で、心配でならない自分がどこかおかしいのかと思案に暮れていた。
放たれた一撃は、先のもの以上に大きな飛沫をあげて川に落ちた。美鈴は真っ青な顔を小町に向ける。小町は首を横に振る。真っ青な顔のまま。
「じゃあ……」
わざと?
四季映姫は、呆れてものも言えない。そんな顔を『作って』、一声。
「小町!来なさい!」
「は……はい」
「紅美鈴。本来ならば貴女に話をしなければならないのですが、小町に仕事とは、責任とは何かをみっちりと教えなくてはならなくなりました。故に貴女への話の続きは次に出会い、また貴女が今回の件を反省していなかった場合にやむを得ず続けなければならない場合に話す事となります。分かりましたね?それでは」
「長いですってば」
くすりと笑い、二人を見送る。
小町は最後にぐっと親指を立てて、見えなくなるまで手を振っていた。
あ。
この花について話すのを忘れてた。
まあ良いか。流石に閻魔様が気付いただろうし。
「私も甘くなったものです」
「こんくらい力抜かないと。張りつめてばかりじゃ疲れますよ」
川のほとりを歩く二人。四季映姫はどこかきまずそうな、しかし嬉しそうな顔で、歩を進めていた。
「紅美鈴は……あのままでしょうか」
「さあ?」
知らんねー、と肩をすくめる。
「あいつは大して変わらんと思いますし、……でもどうにかなりますよ」
「そういうものですか?」
自分の職務放棄が不安なのか、若干声が暗い。
「あっはっは!平気ですよ!あいつが周りを中心に考えちゃうなら周りがそれを補ってやればいい。みんなどこかしら欠点なんてありますからね。さっきあたいが言ったようにあれがあいつの欠点だと思えば良いでしょう!欠点は周りが補ってやるものですからね」
「小町は……前向きですね。私は…そうはなかなか考えられません。つい……後ろ向きに…杓子定規に考えてしまう」
「それが四季様の欠点でしょう?そこは私が補える唯一の事ですから、そのままで良いですよ」
ちらっと映姫を見て、
「ね?」
と笑った。
つられて映姫も笑うとしばらく川のほとりが笑いに包まれた筈なのだが、映姫はただ黙って頷いて、
「そうですね」
もう一度頷いた。
「よぉし、今日は何か食べに行きましょ!」
「ふふ、そうですね」
「お!四季様が賛成してくれた!」
「仕事が終わってからですよ」
「えー」
「小町の奢りですね」
「えー!?」
美鈴!
そんな声が聞こえて、疲労にまみれた顔を上げる。
「美鈴!よく帰った!」
「……はい」
レミリアの顔は覗いてたのばれてないよな、大丈夫だよな、という色がありありと浮かんでいたが、疲労の色が全身にありありと浮かんでいる美鈴は気付かない。
レミリアは、このまま美鈴を少し労って眠らせて一件落着。というプランを描き、頭の中で必死にその映像を組み立てている。
崩したのは、
「お嬢様、早めに中にお戻りください……美鈴!」
「咲夜さん……」
咲夜。
「ああ良かった!風見幽香と戦ってた時は本当にどうなるかと……」
真っ青だった顔にやっと生気が戻っている。今更ながらに咲夜も人間で、親しい者の死を目の当たりにした事が無い事を思い出す。
「お疲れ様、美鈴」
「パチュリー様……」
まさかあのパチュリーまで出迎えてくれるとは。隣には小悪魔が……何故か良い笑顔で自分を見ていた。
「みんな心配していたわ。ほら、入りなさい」
いつも通りレミリアの偉そうな言葉に安堵を覚え、美鈴は門をくぐった。
そして足が止まる。
あれ?
「咲夜さん……何で風見幽香の事を?」
「え?見ていたから……」
「あっ」
咲夜が極自然に暴露。レミリアが声を上げるも時既に遅し。
咲夜もしまったというように口を抑え、パチュリーはこそこそと美鈴から離れようと動く。
「見てたんですか?」
しかしその目はぐりんとパチュリーに向けられ、足を止めざるをえなくなる。
「いや……その……」
「お嬢様?どういう事でしょうねぇこれは」
「いや……さ、咲夜が花粉症だなんて嘘吐いたから私は美鈴の安全を確かめようと……」
「お嬢様!?いつも交わしてるような冗談じゃないですか!それを責任逃れに私を使わないで下さい!」
「見てたんですね?パチュリー様……」
「え……ええ、貴女の安全を確かめようと……」
「安全の為に風見幽香の前に私を放置したと」
「う……」
その場の皆が皆、美鈴から離れたいのに射竦められたように動けない。
「閻魔様……仰っていたのはこういう事ですか。確かに私はもう少し自分を中心にしても良い気がしてきましたよ!!」
叫び声と共に美鈴の体が神速で動き、小悪魔をとばっちりにしつつ全員に一撃を叩き込んでいく。
「美鈴☆でこぴん……相手は特定の記憶を失います。今日一日の事は忘れて下さいね」
脳を刺激して気の流れを断ち、記憶を潰す。
倒れた面々を見渡しよし、と呟くと、美鈴は自室に戻ってようやくの安息にほっと一息吐いたのだった。
翌日
「咲夜ー!」
「はい」
「見てよこの花!」
「あらま」
こうして咲夜は花の異変を解決に出掛けた。「見たことのない異変」を解決に、宛もなく。
と言えば聞こえはいいのだろう。しかし実際に目の当たりにするとそれは不気味さこそ醸し出しているかもしれないが素敵さはあまり感じられなかった。
季節、時期、色、量、その全てが勝手な意思を持ったかのように散らばっている様は、あまりに不自然だった。
門番でありながら紅魔館の庭を管理する立場でもある美鈴は、その光景に呆気にとられていた。
季節を無視して様々な花が咲き乱れ、庭を埋め尽くす。
その光景は正に地上の虹。地上を龍が這ったのではないかと失礼な想像さえできた。
「いや、…そういう問題じゃないよね」
しかし一転、頭を抱える。
こういった意味の分からない現象は大抵紅魔館の魔女、パチュリーによるものだ。その黒幕がお嬢様。で、強引に「直せ」とか何とか言って楽しむのが常である。
「花好きだなぁ」
ぼーっと呟く。確か前の悪戯も花を使っていた気がする。色を変えて…ミステリーサークルとかいったか、そんな物を作っていた。あの時も結局直し方なんて分かる筈もなく、冬が来て花が枯れるまでそのままだった。
「まぁ良いか。折角綺麗なんだし、かぐや姫も真っ青な難題を押し付けられるまで楽しませてもらいますか」
そう言って花の一つに触れながら、大きく欠伸をした。
何だかとても眠い。まあこんなに花が咲いているのだ。今日は寝てもいいという事だろう。
強引且つ身勝手な解釈に基づいて、美鈴は門に背を預けて腰を下ろす。
「あ」
我ながら何という間の抜けた声だろうか。
いやしかし、それだけ間抜けな現象に今更ながらに気付いたのだ。
「何これ…お嬢様の悪戯と違うよね」
溢れ出る程の幽霊の気。それは明らかに異常だった。幽霊は花そのものであるかのように花に宿り、その力が花を咲かせている。
気の流れに長けた美鈴は力の流れからそこまでをすぐに理解し、しかしそこで思考は止まった。
「まあ、異変なら異変で巫女が動くか」
巫女だけじゃなくあのスパーク魔女も動くかもしれない。
あの二人が動くなら別に自分がどうこうする必要はない。
………あ。それってあの二人がここに来るって事?
うげ、それは勘弁願いたい。あんなのとは出来れば戦いたくない。理由なんて考える必要もないだろう。
「それとも…紅魔館だけじゃないのかも」
そうであれば別にここに来る事はない。あるいはそう思いたいだけかもしれないが。
しかしそうなるとまた別の問題が浮上する。
最近だとあの夜の異変でお嬢様自らが咲夜さんと一緒に動いたりもしていた。お嬢様と咲夜さんが外出すると妖精達が本当に好き勝手にし始めるから出来れば勘弁してもらいたい。
まあそんな事を言ったって聞き入れてはもらえないから別にいいんだけど。
「ん?」
「いたわね門番!今日という今日はあたいがあんたを倒してやるわ!!」
「えーっと…チルノだっけ?」
「そう!さいきょー!!」
話が通じない。そう、知ってたよ。あんたが馬鹿って事くらい。
「あー、私、忙しいんだけど」
全然忙しくない。もうちょっとしたら忙しくなるかもしれないから今は休むのに忙しいだけ。
「あっそ!あんたには関係ないね!」
「それを言うならあたいには、でしょ……」
というか私に関係がなかったら何で私がそんな事…ああ、馬鹿を相手にしていると駄目だ。
疲れる。
「よーしさいきょーのあたいがあんたをボコボコにしてあげるわ!!喜びなさい!」
「いや私マゾじゃないし」
何なんだ。今日のこいつはいやに絡んでくる。酒に酔ったお嬢様程じゃないけど。
妖精だから花が咲いたという環境に影響されているのかも。
だとしたら嫌だ。これは嫌だ。
原因が何となく分かっていて、動きたくなくて、でもその現象が自分に不利益な時ほど行動に悩む事はない。
さぼるか、動くか。
巫女は毎回こんな気分なんだろうか。だとしたら同情する。
「くらえー!パーフェクト……」
「パーフェクトでこぴん!」
その一撃必殺の指先を受けたチルノは見事に吹っ飛んで、動かなくなった。
一撃必倒のでこぴん。あいてはしぬ。
・・・・・・
冗談はさておき、目の前に気絶して倒れたチルノをどうしようか。
「やれやれ、どうしたものか」
思った事をそのまま口にしてみたら何か変わるだろうかとも思ったが何も変わらない。まあ当たり前ではある。空しさで一杯。
「何かきっかけがあればなぁ…寝るか動くかも決められるんだけど」
「なら動きなさい」
…………?
「あ、お嬢様」
「何よその意外そうな顔」
「いえいえ、昼間ですし。意外っちゃ意外ですよ」
レミリアはくっくと笑いながら、美鈴を指さす。
「だから、きっかけ。動け。この花をどうにかしろ」
「うへぇ」
「何か文句でも?」
「咲夜さんじゃ駄目なんですかー?」
もっともな質問にレミリアは剣幕で返す。
「咲夜は花粉症なのよ!」
まじですか。
「何か文句でも?」
繰り返される質問に、
「山の様にありますが健気に全て押し殺して出かけて来ます」
私は答えざるを得なかった。
かくして、自分が駆り出される理由も分からないまま(いや分かるけど)美鈴は花を辿り歩く羽目になったのだった。
「さてさて、どうしようかね」
目的地に検討が着かないわけではない。幽霊が引き起こすような現象なら冥界か類する所に行けば良い。
「良いんだけど…気乗りしないなぁ」
そりゃあ、生きている自分が死後の世界に行くのには抵抗がある。咲夜は何の抵抗も無く入ったらしいが冥界だと気付いていたのだろうか。
気付いていたのなら尊敬だ。大した行動力に。気付いていなかったならそんな冥界への入り方は御免だ。気付いたら死んでた、みたいではないか。
「緑と紅は対の色~そんな貴女は何と対~?」
「おや」
突然聞こえてきた歌に下を向いていた顔を上げる。
「確か屋台の…」
「ミスティアだよ」
ばさっと羽を広げて、美鈴に近付く。
「最近八目鰻が取れなくってねぇー、この際だから目の前のお肉を代わりに使っちゃおうかな!」
「ふぅ。出来れば私は食べられる妖怪とは対の位置に居たいですねぇ」
「やれるもんならやってみろ!」
ざぁ、と世界を闇が覆う。
「む…暗い」
急激に視界が狭められる。これが彼女の能力だろうか。弾幕が非常に近い位置から現れるように感じてしまう。
「成程」
「真夜中のコーラスマスター!これで焼き肉一分前!」
正に数歩先が見えない上に速度のある弾幕。これは…
「武術やってなかったらやばかったかな」
武術に触れてれば自然と動体視力は良くなるものだ。武術の達人の域にいる美鈴には弾は最早遅い。
「遅い、ですよ」
避けるに難くはなかった。
「むぅ…負けたー」
「やっと終わった…さて、冥界に向かおうか…あ…ああ…」
そこまで思ってからやっと気付いた。弾幕に集中しすぎたせいだろう。
口から漏れる声。
「竹林に入っちゃった…」
暗闇の中で戦っている内に入り込んでしまったらしい。やっちゃったなぁ、と苦笑い。
「歩いてれば出られる…よね」
若干不安だ。が、そうするほかあるまい。悩むよりも行動。
「ま、どーにかなるさ♪」
あまり悩んでいなかった。
「咲夜?何をしているの?」
「何…と仰いますと?準備ですが」
紅魔館の一室で、咲夜はナイフをまとめて身だしなみを整えていた。
「だから、何の準備よ」
「先程仰った花の異変ですわ」
あっけらかんと。
「え?花粉症は?あれ?」
「いやですわお嬢様。普段通りの冗談じゃないですか」
美鈴が駆り出されたことを聞いていない咲夜は尚続ける。
「そういえばお嬢様。美鈴がサボってますよね?門に居ませんでしたが……どうなさいました?」
顔を逸らし、目を合わせないレミリア。
有り体に言えば冷や汗だらだら。
「咲夜……」
「はあ」
「大馬鹿者ぉぉぉ!」
「何がですかぁぁ!」
紅魔館は、いつも通りだった。
「参ったなぁ……全然出れないぞ……ん?」
言葉を止めて、感じた気配を探る。敵意は感じない。……だが、嫌な感じだ。
「誰だろう……」
「お賽銭入れませんかー?」
目の前に現れたのは、兎だった。
「えーっと?」
「神社から出張賽銭箱だよ?」
「入れませんよ?」
・・・・・・・・・
「え?」
「今の間は何ですか」
「いや、え?何で入れないの?」
心底意外そうに言う。まるで善人ではないか。
「貴女の周りには偽りを形成する気がおっそろしい程充満してます」
因幡てゐの周りはどす黒いオーラがありありと漂っているのが美鈴の目には映っていた。
てゐはぽかんとしたまま美鈴を見上げ、…
一瞬、口元が歪んだ。
「知られたからには…」
「美鈴☆でこぴん!」
吹っ飛ぶこと15メートル。てゐは背中から地面に落ち……なかった。
「てゐ?」
「あ……」
てゐを受け止めた者が居たからだ。
「鈴仙……あいつが竹林燃やそうと……がく」
「何ですって?」
流石詐欺師。バレても誰かを騙し通すか。心なしか気絶しているその顔は満足気。
「お前っ!」
「いや私は別に何も」
「問答無用!インビジブル……」
「でこぴんふるぱわー!」
一足飛びで鈴仙の目の前に迫り、勢いが付きすぎない様に一度止まり、でこぴんを当てる。
言うのは単純で行うのは大変、というのはよくあるが、言うのも面倒である。
丁度、体に生気を送るポンプの役割の部分に刺激を与えるので相手は死ぬ。
ではなく、気絶する。
「……どうしよう」
兎二匹、小脇に抱えて美鈴は立ち往生。どうすればいいのかさっぱり分からなくなった。
紅魔館。図書館にいつもの顔ぶれが集まっていた。
「パチェ!美鈴何処よ!」
「待ちなさいよ…今探ってるんだから」
「待てるかっ!誰かがあのおっぱいを枕にでもしてたらぶっ殺す!あれは私のだ!」
「送り出したのはレミィでしょうが……あ」
「見つかりましたか?パチュリー様。それからお嬢様、おっぱい枕は私の物ですわ。お間違えなきよう」
パチュリーの前に置かれた水晶が虹色に光りだす。それは紛れもない美鈴の気配。
「美鈴は……竹林から永遠亭に向かってるわね」
「そいつらが犯人なの?」
「違うと思うけど……近くに兎の気配もあるから送ってるんじゃない?」
パチュリーは呑気にそう言って、紅茶を啜る。
「ところでパチュリー様」
「何よ咲夜」
咲夜は水晶を指差して呟く。何故ならそれは、あまりにもイメージを壊していたから。
「水晶って………別に玉じゃなくても良いんですね」
見た目石ころ。夢がない。
「いえ、本当に申し訳ないわ……」
「ああいえ、私も充分な説明が出来てなかったので……」
竹林には不老不死の姫君と医者が居た事を思い出した美鈴は生きながらにして生きていない、特殊な気を探って永遠亭に辿り着いた。
生き物の気を探っても竹林中に居るからそれでは分からない。二人の特殊さに感謝している。
事情を知った永琳にさんざんに謝られ、竹林の抜け方を教えてもらい、そしてやっと抜けた所である。永琳が「にしてもてゐには困ったものね」とか言いながら何やら危険そうな『イチコロリ』とか書いてあった薬を準備していたのは見なかった事にする。
「さて…冥界冥界。気乗りはしないけど」
「でっかい結界ねぇ…どうやって行けば良いの?」
傍らに倒れたリリカに尋ねる。結界前に着くなり弾幕を張られたのででこぴんで倒されて貰ったのだが。
「この先?」
「そ。この奥に行きたいの」
「じゃあ死ね……ごめんごめん!」
美鈴のでこぴんの構えに慌てて訂正するリリカ。
「じゃ、教えて?」
「飛び越えるの」
「…………」
「本当だってばー」
夢のない結界だ。
「さてお嬢様。どうしましょうか」
咲夜が紅茶を注ぎながら聞いた。そう、居場所は分かったのだ。追い付くのは容易い。
「そうねぇ……追いかけるのは面倒だわ」
「はあ、まるでご自分が赴くかの様に仰らないで下さい」
「ちぇー」
紅茶を口に運び、カップを置いて、レミリアはにやりと笑った。
「この際だし、任せちゃおうか」
「賛成」
満場一致。ただ一人、小悪魔が自分同様の苦労人体質に苦笑いを浮かべていた。
「はっ!やあっ!」
「っ!おっと!」
体勢を崩した美鈴はとっさに落ちている石を使い迫る刃を防ぐ。
ぎぎぎ、と嫌な音が響く。
「紅魔館の者が何の用だ!?」
「聞く前に切りつけるのは……」
妖夢がその体重を乗せて放った真っ直ぐな太刀筋は美鈴の持つ石に止められている。
当然妖夢は本気ではないが、しかし止められるような攻撃をしたつもりも無い。
「私、は!花の異変を調べに来たんです!」
剣ごと妖夢を押し返し、美鈴は少しだけ飛んで宙に浮いた。案の定、地面すれすれの所を妖夢の斬撃が襲う。
「読み外してたら死んでたな……」
顔色が若干青くなる。おっかない。
「花だと!?西行妖に変化は無い!騙そうとするとは許せん!西行妖に何をするつもりだ!」
「ありゃ?」
どういう事だ?冥界には何も起こっていない?会話になってない?
西行妖については正直よく知らないのだが変化が無いなら関係無いか。まあいじられたらいけないんだろう、怒ってるし。
「よし、関係無いなら帰るか……帰らせてくれそうにないけど」
「何のつもりだかも分からないまま侵入者を帰せるか」
真っ直ぐに剣を突き付ける。
その目は正に、武術家の眼。
「また機会あれば手合わせしたいですね……こんな形でじゃなく」
「何も言わないつもりなら次は」
そこまでは聞こえたが、次に来るであろう「無い」という声が聞こえない。
直後、妖夢の気を背後に感じ、そして妖夢が元々居た方向から「無い」と聞こえた。これが意味するのは、即ち、
「音速以上っ…」
「桜花閃々」
弾ける桜。
自分の軌跡が花びらを生み出し弾ける、その敵の虚を突くスペルを、
「…危なかった…」
美鈴はかすりつつもかわし、右脚を勢いよく回して妖夢の体勢を崩す。
だが妖夢も武人。その程度バランスが崩れた程度、崩れた内に入らない。目線を直ぐに美鈴に戻し、反撃しようと刀を強く握り直す。
その視界を花びらが覆った。
「っ!?」
美鈴の蹴り上げた花びらである。
詰んだ。そう美鈴は確信して、しかし油断はせずに重たい蹴りを放つ。
終わり、そう確信していたのだが、その脚は空を蹴った。
「お?」
剣士は眼を閉じて修行する事がある。宵闇の中でも戦えるためにだ。視覚の働かない中では一番の頼りは聴覚になる。
つまり、妖夢は聴覚だけでもある程度戦えるのだ。
やばい。反射的に後ろに飛ぶ。だが瞬発力は妖夢が遙かに上。
刹那の内に追い付き、剣の霊力を具現化する。つまり、剣の巨大化。
今度は妖夢が確信する番だった。勝った、と。
がちん、と。
その時、妖夢の耳元で大きな音が鳴った。
轟音ではない。寧ろ乾いた音。
それは、美鈴が気でもって硬化した脚と石とをぶつけた音だった。
「あっ……!?」
その、優れた聴覚に強く響く音。音は広がるような物ではなく、乾いた、鋭い音。
ぐら、と妖夢の足元が揺らぐ。鼓膜への刺激が強く鋭い頭痛を生む。
「焦りましたよ。やあっ!」
流石にでこぴんでダウンはしてくれないだろうし、失礼だ。
美鈴の正拳突きを真正面から受け、妖夢はダウンした。
わぁっ、と歓声が上がる。
「さっすがうちの門番ね!だてに巨乳じゃないわ!」
「綺麗な水晶玉だとこんなにはっきり見えるんですね」
紅魔館の図書館。
未だにそこにいた彼女らは、水晶玉に映る一連の流れを映画のように鑑賞していた。失礼である。
「まぁあの庭師もなかなか頑張った方じゃない?」
「というか音速以上ってよく分かりましたね、美鈴」
音速以上を見分ける為には視覚と聴覚がそれぞれしっかり反応する必要があるのだが、それをレミリアは
「うちの門番だからね」
で片付けた。
美鈴は歩いていた。花畑を。厳密には、鈴蘭畑を。
「冥界から出てきて今度は毒の畑か……厄日だ」
「あらあら?お客さん?」
「通りすがりですよ」
そう通過しようとして、
「って誰?」
今自分に声をかけた存在に疑問を持った。疲れたんだろうか。隙だらけだった。
「私」
「人形?」
「そう!メディスン・メランコリーよ」
「で、どうしたんです?」
出来れば戦いたくないものである。もう疲れた。
「最近ね、人形の地位が低いと思うのよ!許せない!」
「はい?」
突然怒鳴り始める。厄介なことになりそうだ。帰りたい。
「でね!私はそんな可哀想な人形達のリーダーとして地位の逆転を狙うべく!人形の組織を作ったりしようと思うの!」
「……」
話し相手が欲しいなら余所でやってくれ。そう思った時、美鈴の頭に妙案が浮かんだ。
急に跳ねるようにメディスンに近づき、負けず劣らずの声で語り始める。
「ですよねメディスンさん!私もそう思いますよ!」
「でしょでしょ!?人間は人形を作りはするけど飽きたらぽい。最低よ!」
メディスンは不信感すら持たずやはり憤慨そうに言う。
「そうですよね!人形の地位向上、頑張って下さい!」
「うん頑張る!あなた良い妖怪ね!」
「貴女も良い人形のリーダーになって下さいね!それじゃ、私は急いでるので!」
「うん!貴女も頑張ってねー!」
勢いで逃げちゃえ作戦。
「あ、そうそう。メディスンさん、一つだけ」
しかし離れかけた所で美鈴は一つ思い出して、メディスンの所に戻る。
「なぁに?」
「その内噂を聞くかもしれないですが、湖の紅い館には近づいちゃ駄目ですよ!怖い悪魔が住んでるって話ですから」
「へぇー!分かった!」
これで良し。保身完了。
入った時とは随分違う、晴れやかな表情で美鈴は鈴蘭畑を後にした。
「さて、冥界じゃないとすれば…後幽霊が関係しそうなのは…無名の丘?無縁塚?にしてもここはまた一段と花が多いなぁ……あ、向日葵」
どっちも行きたくない。全く、縁起の良くない所ばかりだ。向日葵の明るさを場違いに感じてしまう。
「こらこら、何処行くの?」
「え?いえちょっと無縁塚辺りに…」
端から聞けば自殺志願者だ。普通なら、早まるな、といった言葉をかけられても何ら不思議ではない。
しかし、その声はあろうことか、
「もったいないわ。死ぬなら殺させてくれる?死体は良い肥料になるの」
「……え?」
見事に予想の斜め上を行く言葉と、明確且つ強大な殺気。そして、眩い程の輝き。
「ね?」
振り向いた美鈴の視界の端に微かに映った女性は、凄惨な程美しい笑みを浮かべていた。
爆発、そして爆音。即座に跳ね、かする、とは言い難いが直撃は免れた美鈴は、全身を回転させて衝撃を和らげていた。
眩い輝きが一閃となって襲う。マスタースパークみたいだ、と感じたがその威力は。
「魔理沙の比じゃ……」
「あら、生きてた」
魔理沙のそれとは文字通りの桁違い。
「…何ですか、いきなり」
「あらあら、生きてる上に反抗的ね。可愛くて潰したくなっちゃう。良かったわ、貴女が自殺志願者じゃなくて」
「自殺志願者じゃなくても殺るんですか」
自殺志願者だったら今の一閃を避けられた筈はない。
「で、何の用です?私は死にたくないですし用事もあるんですよ」
「そう。羨ましいわ。私は用事がなーんにもないの。つまり暇なのよ」
それはつまり、
「ちょっと殺し合いに付き合ってくれる?」
弾幕ですらない、彼女なりの暇潰し。潰されるのは暇か、私か。
参ったな。
美鈴は女性を睨みながら冷や汗を垂らす。こんな化け物みたいな妖怪はレミリア位しか見たことがない。
単純に自分とレミリア並みの差だろう。つまり、圧倒的。
自分とて妖怪。人間相手に弾幕では負けても肉弾戦でまで負ける気は無い。妖怪相手だってそこまで差をつけられて、はいそうですかと逃げるようなやわなものではないプライドもある。
しかし目の前の相手は見れば分かる。やばい。
あの一閃一つに込められた霊力が自分の許容量限界みたいなものだ。
「逃がしは…」
「しないわ」
「ですよねぇ」
一歩。女性が一歩歩く度に全身が悲鳴をあげる。逃げたい、怖い、と。
「まぁね、五分五分で闘うなんて私のプライドが許さないわ。喜んで良いわよ、貴女にハンデをあげる」
「ハンデ?」
聞き返す美鈴に女性は口元を歪め笑う。
「そう、ハンデ。貴女は一撃でも私にクリーンヒット出来れば良いの。手でも脚でも、弾幕でも」
「……」
何も言えない。彼女は当然、それでも勝つ自信があるのだろうし、事実上実力はそれ程までに差があると思って間違いないだろう。
「貴女、名前は?」
「……紅美鈴」
「ああ……里で噂を聞いたわ。手合わせをしてくれる門番妖怪って」
「……貴女は?」
「ふふ…風見幽香」
聞いて損した。噂通りの化け物ではないか。四季のフラワーマスター、風見幽香。紛れもなく最強クラスの妖怪だ。
一撃、か。
考える。否、受けるしかない。
逃げられるはずはなく、相手がハンデを付けると言ってくれた今以上にどうにか出来るチャンスなど無い。
「……分かりました」
「そうこないとね」
幽香の足元が弾けた。目の前に神経を集中させて、
―――――後ろからの衝撃を感じた。
「がっ…!?」
「あら不思議。いつの間にか後ろに回られていましたー」
その声が…体勢を戻した自分の後ろから聞こえる。
「どーん」
口で言うおちゃらけた言葉とは裏腹、空気が悲鳴をあげているかのような轟音と共に迫り来る拳。
「あら?」
それを、ギリギリまでひきつけてからしゃがんでかわす。
一撃。
全霊力を注いで肉体を強化、受けづらく、また当たりやすい円運動を中心にした連撃を放つ。
長期戦で勝てようはずもない。なら、刹那の戦いに持ち込んで、霊力の差を限りなく縮める。
一撃当てれば。
自分自身ここまで霊力を引き上げたことは殆どない。自分でも信じられない速さの連撃を自分の体が繰り出していく。
その連撃を、
風見幽香は、全て受け流していた。
当たらない。一撃も。ある時はかわし、ある時は手で払い、またある時は脚を上げて弾く。
悉く、正に優雅に、舞うように、風見幽香には拳も脚も届かない。
実力の差、とでも言って嘲笑うように。
「今度は私から?」
まずい。頭も体も戦闘離脱を叫んでいたが、瞬間で動ける程、遅い動きはしていなかった。
「お嬢様!」
咲夜の悲鳴にも近い声。叫ばずとも分かる。私も見ているのだから。
今水晶は風見幽香の閃光一色を映し、その余りの霊力に映しているだけの水晶にひびが入る。
「レミィ……流石に、うちの門番よじゃ済まなくなるんじゃない?」
「………」
言われていることは分かる。だが、今助けに入って良いのか?
「助けに入る事は正しいの?だって今助けに入ったら……」
「お嬢様……」
「レミィ……」
「覗いてた事がバレちゃうじゃない!」
吹き飛ばされた美鈴は、地面を球の様に跳ねて転がった。
全身から溢れる血は留まることを知らず、眼は朦朧としている。
体はぼろぼろだった。
しかし、心はそれ以上に辛かった。
今の一撃は、正に全てを壊す一撃。必死の連撃を、何よりも美鈴の今までの努力の結晶を。
心が折れる、というのだろうか。
此処までの圧倒的な差を見せ付けて、自分にどうしろというのか。
プライドは、あるのだ。
ずっと、それこそレミリアの年齢以上に長い間武術に携わってきた今の自分にとって紅魔館同様無くてはならない物。
それを、ずたずたに引き裂かれた。
悔しさに打ち震え、虚無感に襲われ、ただ伏す美鈴を、幽香は見下ろす。
殺しもせず、帰りもせず、ただ見下ろす。
「ふぅん…壊れると思ってたんだけど」
美鈴は顔も上げない。完全な戦意喪失。
それは紛れもなく幽香の勝利を意味するものであり、それ故に。
幽香にはそれが気に食わなかった。
雑魚妖怪だと思った。大した霊力も持たず、そこまで強い力もない。
スペルカードルールは当然知っているが、特別守ってやるつもりはない。別に異変を起こすわけでも人間を相手にしているわけでもないのだから。
だから、もうこの妖怪は10回は死んだはず。
なのに、生きている。
幽香はその事実には素直に驚いていたし、その点を確かに凄いと思った。
その相手が自分を卑下して屈しているのが、気に食わなかったのだ。
仮にも自分に凄いと思わせた相手なのだから。
「こんなものなのかしら?」
――――らしくないな。そう内心溜め息を吐きながら、幽香は言った。
「紅魔館の門番は手合わせを受けてくれるって聞いてたのに」
「手合わせなら…もう良いでしょう?これ以上私を惨めにさせないで下さい…」
幽香はその悲痛な声を無視して続ける。
「あ、それとも紅魔館に出向かないといけないのかしら!じゃあついでに館ごと――――」
刹那、幽香の視界は土と草で一杯になっていた。
否、更に次は空、花、土、とぐるぐる世界が回る。やっと理解した。自分が吹き飛ばされたのだと。
土煙を立てながら地面を転がり、やっと体が地面に止まる。
「痛ぅ…」
幽香とて、ここまで悲惨な格好を晒すつもりはなかった。想定を遥かに上回った速さに、大人しくなる。
「はぁ……はぁ……」
ひょいと起き上がって美鈴を見る。
美鈴は、戦う姿勢のままだ。否、くじけ、折れかけた心を今一度必死の思いで燃やしている。幽香はそれを見て満足気に微笑むと、汚れを払いながら立ち上がる。
美鈴は更に構えを臨戦態勢にもっていく。
緊迫した空気。
それはあっさりと崩された。
「行きなさいよ」
「……はい?」
幽香の言葉に、疑問符をだしながら、まだ構えは解かない。
「一撃」
そう言って、幽香は自分の顔を指差した。たった今クリーンヒットを浴びた、左の頬。
「あ……」
やっと、構えが解かれた。
「腑抜けてんじゃないわよ、若い妖怪ね。私なんて閻魔に怒られるくらい永く生きてんのよ?」
ぽん、と美鈴の肩を叩き(やけに重たい)、くすくすと笑う。おもしろくてたまらない、とでも言うように。
「まだまだ、伸びる点があるでしょう?またやりましょうね」
「それは勘弁してください。……でも、」
美鈴も負けじと幽香の肩を叩こうとして、ひらりとかわされる。
「あ」
「うふふ」
どたん、と随分不格好に倒れて、そのままごろんと寝返りをうって仰向けになる。
「ありがとうございます」
「ほら、邪魔よ邪魔。さっさと行きなさい」
美鈴はごろごろと転がりながら花畑を後にした。かなり、というか最早不格好の粋を超えていた。
最後まで幽香は楽しそうに見送っていた。
「―――あ。もしかして花の異変で原因探しに来たのかしら。だったら意味ないよって言えば良かったかしらね……まぁ腐抜けた罰って事にしておこうかしら」
「ほらね!ほらね!」
水晶玉を前に、得意気に飛び回る幼い影。レミリアは正に手柄でもたてたかのような表情で言う。
「だーかーら、言ったでしょ?私の館の門番だもの!平気に決まって……あ、ちょ、パチェ?咲夜?あーもう!ごめんってばー!」
二人が自分の想像よりも随分と呆れていたのを見て、レミリアは慌てて謝った。
「やれやれ…酷い目にあった」
さっきまでの悲惨な表情も真剣な表情もどこへやら、いつもの飄々とした感じの口調で、本日何度目になるかも分からない溜め息を吐く。
「もうそろそろ無縁塚に着いてもいい頃だと思うんだけど着いたから言葉のやり場がない……」
誰かの発言に笑ってみたら相手は真剣だった時みたい。この場合、相手は場所だから気まずさはないが。
「ほらほら、自殺にゃまだ早い。帰んな帰んなーって、あんたは?」
「今日は自殺志願扱いされる日なんですかね。しませんよ、折角生き延びたのに」
大鎌を持った赤い髪の女性が、嬉しそうに笑う。
「あっはっは、いやいや失礼。あんたはしそうにないね、自殺。生きてやる、ってオーラが凄い」
「お恥ずかしい事で」
まさかさっきまで死ぬような目に遭っていたとは言うまい。「うんにゃ、良いことだよ。最近は人間も妖怪も、生きる意志が足りないったらもう」
顔の前で手をひらひらさせ、直後に大鎌をぐるんと回して地面に突き刺した。
「あたいはここ、三途の川で船頭やってる、小野塚小町だ。あんたは?」
船頭。ということは彼女がこの溢れ出た幽霊を運ぶ役目の…
「紅美鈴。紅魔館で門番をしてます。あの、霊を運ぶのが仕事なんですよね?」
「ん?そうだよ?」
気付いて居ないのだろうか?この花が馬鹿になったような現状に。
「この花……」
「花?何を言って……花?は…な…」
段々小町の顔が青ざめていく。冷や汗がジェットコースター。ジェットコースターって知らないけど。
「あー、良くない。良くないねぇ。普段から仕事に明け暮れて眠いあたいを休ませもしないなんて」
小町は唐突に話しだした。
あれ?何かこんな台詞をどこかで聞いた気がする。
でも彼女とは初対面の筈…
「こんなに良い天気なんだ、昼寝を誘っていたんじゃなかったのかい?」
あ、私だ。
「小町さん……」
「な…何だい?自分のペースで良いじゃないか!」
「今度一緒にお昼寝しませんか?」
「賛成だよ」
そっくりだった。
「小町!」
「きゃん!」
二人が新たに芽生えた友情にがっちりと握手を交わした時だった。その怒声が聞こえたのは。
「また仕事サボって!」
「四季様!?どうしてここに…」
「ほうほう、どうしてだかわからないと?」
「すみませんでした」
あっさりと土下座をする小町。それはさながらナイフを勘弁してもらおうとする美鈴そのものだった。
「さぁ働いてきなさい!」
「ひーん」
「ねぇ。美鈴が見えない」
「私の魔力の及ばない所に入ったのね。直前の位置的に無縁塚かしらね」
相変わらず図書館から動かない面子である。いや、咲夜は先程幽香との戦闘が終わると「心臓に悪い。短い寿命が尚更縮む」と言って図書館から出ていっていたが。
「寿命が縮むってどんな感覚なのかしら」
「さぁ」
きっと永遠に理解出来ない感覚を考えてみたがやっぱり見当もつきそうになかった。
「お姉様ー、咲夜から話は聞いたよー」
「あらフラン。見物する?」
「するするー」
「さて、紅美鈴」
「はい?」
幽霊さえ正常な数になればこの花も戻るだろう。まさか船頭がサボっただけでこうなるとは思えなかったが、細かい原因に興味はない。だから、帰ろうとしたのだ。
「まだ帰るのは早いですよ」
「はい?」
なのに目の前のちびっこは待てと言う。私は帰って休みたい。
「今失礼な事を考えませんでしたか?」
「考えましたね、そういえば」
いつの間にか目の前のちびっこ…じゃなかった、閻魔の手には悔悟棒が握られている。
「噂に名高い閻魔の説教、ですか?」
長くて有名。
「やはり、私が閻魔だと分かりますか」
「ちびっこでも貫禄が違いますから」
あ、つい本音が。
「誰がちびっこですか誰が。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。十王の一人で、此処、幻想郷から来る魂を裁くことを主な役割としています」
「成程、確かに長い」
「貴女は私をからかっているのですか?…まあ良いでしょう、元々貴女の所には近々行かねばならぬと思っていましたからね」
「人違いですよ、人違い」
「そんな訳ないでしょうが。良いですか?貴女は妖怪として非常に不安定且つ不自然な立場に居ます。他の妖怪に仕え、人間を喰らわず、自分の事を優先出来ない。自己中心的で粗暴な者が多い妖怪の中で、貴女は明らかに異端です」
「長い長い…ああもう。言い返したくても最初の方の内容忘れちゃいますよ。まあ自分で言ってるとおりです。お嬢様だのを見てれば自己中心的なのは分かりますけどね、仰るとおり『多い」だけ。まあ私みたいな例外も居るって事で」
やれやれ、と大袈裟に呆れてみせる美鈴。
「そういう訳にはいきません。貴女はこのままでは確実に地獄に落ちます。己を理解できないで誰かを護る門番という役職が務まると思っているのですか?貴女は自分が妖怪である事を理解し、例外であるにしても貴女は少し自分を見なくてはならない。今日だってそうだったでしょう?貴女は紅魔館が危険にさらされれば強く怒りを示すのに自分が危険でも飄々としてまるで他人事。それは最早妖怪を超えて生命としての異端。貴女がそれを理解しているのですか?そう、貴女は少し知らなすぎる。先程も言った通り、このままでは地獄行きは決定です」
「別に私が私をどう扱おうと私の勝手でしょう?それに長すぎますってば」
「ならば簡潔に言いましょう。貴女は少し、知らなすぎる」
「それはもう聞きました」
「貴女は知る所から始めなくてはならない」
「自分の事くらい……」
「分かっていると思っているのですか?」
「分からなくたってやっていけます」
ぶちっ、と。
音が聞こえた気がした。怒り的な意味で。
「貴女は……自分を顧みてその行いを反省し!その愚かさゆえの罪を清算しなさい!!」
「げ」
しまった。
ついいつもの調子で会話をしてしまったが自分は満身創痍だった。
忘れてた。
こういう所が今怒られてる理由になるんだろうか。
そんな呑気に構えてる場合じゃない事も、分かってる。
「ラスト・ジャッジメント!!」
「やっばいっ!!」
バックステップを3段踏んで、脚を止めざるをえなくなる。
すぐ後ろが、三途の川。
「ちょ……」
閻魔は気付いていないのか怒りで周りが見えてすらいないのか、攻撃を止める気配もない。
「極彩…って」
霊力が、練れない。風見幽香との戦いで尽き果てていた。
「万事休すかっ」
疲労も相重なって、体は動かない。もしかしたら霊力があっても駄目だったかもしれないくらいに。
その閻魔の弾幕は、ばしゃあ、と大きな音を立てて川に落ちた。
派手な水飛沫が上がるが、どういう仕組みなのか生者である美鈴は濡れやしない。
「浴びた方が気持ち良かったかなぁ……ってそうじゃない!何が……」
今の攻撃は間違いなく自分に向かっていた筈だ。それがどうして?
閻魔が睨みつけるその視線の先には、
小町がいた。
「小町。どういうつもりですか?」
いたって静かに、しかし威圧のある声で小町に語りかける。
「四季様……四季様はすこし職務に忠実すぎます!!」
「人の真似事ですか?」
「違います」
空気は正に緊迫。美鈴にはそもそも小町が自分を庇った理由も分からない。
何をしたのかも分からないが、おそらく何らかの小町の能力だろう。
「四季様だって分かってるでしょう?職務に忠実になりすぎて、今の四季様は何にも分かってない!違いますか!?あたいは誰でも持ってるような欠点を揚げ足とるように指摘して攻撃するような閻魔様の味方なんてしませんよ!」
「それで彼女の味方をすると?」
「こいつは私の友達です。一緒に昼寝する約束したんですよ」
四季映姫は、ぐ、と顎をひく。
小町とて必死。説得に失敗したら、何というか「次はお前だ」的な。
正直怖い。でも、自分の尊敬している人が酷い事をするのを見るよりは……
「まぁマシってやつかな」
口元に冷や汗を垂らしつつ、小さく笑みを浮かべる。
四季映姫は言われた事を反芻して、眉間にしわを寄せる。言われた事は、正しいから。
目をそらしてしまう。まっすぐ見る事が出来なくて。
すかさず入る言葉。
「よく見てくださいよ。どうして目を合わせてくれないんです?」
小町はそれこそ滝のように汗をだらだら垂らしながら、それでも必死の思いで訴える。
「小町!私の職務の邪魔を……」
「傷付いてふらっふらな奴を説教と称してボコるのが閻魔の仕事ですかっ!!」
怒声。そして、
四季映姫の表情が変わる。
言い過ぎた。小町も美鈴も表情がまるで冗談のように固まって。
そして、閻魔の悔悟棒から恐ろしい速度の一撃が放たれた。
「お姉様?何も見えなくてつまんないんだけど」
「長いわねぇ…さっさと出て来ると思ったのに」
かれこれもう幽香と戦っていた時間以上に無縁塚に居る。この世とあの世の境目は、この世の力である魔力をこの世から届かせることが出来ず、水晶玉はテレビの砂嵐のような、じっと見ていると何かが起きそうな、不気味なノイズに満ちた世界を映している。
「何かあったんじゃ……ないかしら」
「ま…さか。うちの門番よ?」
はははと笑うが説得力がない。
「無縁塚に生者が入れば、当然幽霊という『死』に誘われる」
「ちょ……パチェ」
「お姉様?大体何で門番があんな所まで出張ってるの?」
「う。それは……」
「レミィが馬鹿だから」
「成程なぁ」
「ちょっ……こら!」
咲夜は一人図書館の外で、心配でならない自分がどこかおかしいのかと思案に暮れていた。
放たれた一撃は、先のもの以上に大きな飛沫をあげて川に落ちた。美鈴は真っ青な顔を小町に向ける。小町は首を横に振る。真っ青な顔のまま。
「じゃあ……」
わざと?
四季映姫は、呆れてものも言えない。そんな顔を『作って』、一声。
「小町!来なさい!」
「は……はい」
「紅美鈴。本来ならば貴女に話をしなければならないのですが、小町に仕事とは、責任とは何かをみっちりと教えなくてはならなくなりました。故に貴女への話の続きは次に出会い、また貴女が今回の件を反省していなかった場合にやむを得ず続けなければならない場合に話す事となります。分かりましたね?それでは」
「長いですってば」
くすりと笑い、二人を見送る。
小町は最後にぐっと親指を立てて、見えなくなるまで手を振っていた。
あ。
この花について話すのを忘れてた。
まあ良いか。流石に閻魔様が気付いただろうし。
「私も甘くなったものです」
「こんくらい力抜かないと。張りつめてばかりじゃ疲れますよ」
川のほとりを歩く二人。四季映姫はどこかきまずそうな、しかし嬉しそうな顔で、歩を進めていた。
「紅美鈴は……あのままでしょうか」
「さあ?」
知らんねー、と肩をすくめる。
「あいつは大して変わらんと思いますし、……でもどうにかなりますよ」
「そういうものですか?」
自分の職務放棄が不安なのか、若干声が暗い。
「あっはっは!平気ですよ!あいつが周りを中心に考えちゃうなら周りがそれを補ってやればいい。みんなどこかしら欠点なんてありますからね。さっきあたいが言ったようにあれがあいつの欠点だと思えば良いでしょう!欠点は周りが補ってやるものですからね」
「小町は……前向きですね。私は…そうはなかなか考えられません。つい……後ろ向きに…杓子定規に考えてしまう」
「それが四季様の欠点でしょう?そこは私が補える唯一の事ですから、そのままで良いですよ」
ちらっと映姫を見て、
「ね?」
と笑った。
つられて映姫も笑うとしばらく川のほとりが笑いに包まれた筈なのだが、映姫はただ黙って頷いて、
「そうですね」
もう一度頷いた。
「よぉし、今日は何か食べに行きましょ!」
「ふふ、そうですね」
「お!四季様が賛成してくれた!」
「仕事が終わってからですよ」
「えー」
「小町の奢りですね」
「えー!?」
美鈴!
そんな声が聞こえて、疲労にまみれた顔を上げる。
「美鈴!よく帰った!」
「……はい」
レミリアの顔は覗いてたのばれてないよな、大丈夫だよな、という色がありありと浮かんでいたが、疲労の色が全身にありありと浮かんでいる美鈴は気付かない。
レミリアは、このまま美鈴を少し労って眠らせて一件落着。というプランを描き、頭の中で必死にその映像を組み立てている。
崩したのは、
「お嬢様、早めに中にお戻りください……美鈴!」
「咲夜さん……」
咲夜。
「ああ良かった!風見幽香と戦ってた時は本当にどうなるかと……」
真っ青だった顔にやっと生気が戻っている。今更ながらに咲夜も人間で、親しい者の死を目の当たりにした事が無い事を思い出す。
「お疲れ様、美鈴」
「パチュリー様……」
まさかあのパチュリーまで出迎えてくれるとは。隣には小悪魔が……何故か良い笑顔で自分を見ていた。
「みんな心配していたわ。ほら、入りなさい」
いつも通りレミリアの偉そうな言葉に安堵を覚え、美鈴は門をくぐった。
そして足が止まる。
あれ?
「咲夜さん……何で風見幽香の事を?」
「え?見ていたから……」
「あっ」
咲夜が極自然に暴露。レミリアが声を上げるも時既に遅し。
咲夜もしまったというように口を抑え、パチュリーはこそこそと美鈴から離れようと動く。
「見てたんですか?」
しかしその目はぐりんとパチュリーに向けられ、足を止めざるをえなくなる。
「いや……その……」
「お嬢様?どういう事でしょうねぇこれは」
「いや……さ、咲夜が花粉症だなんて嘘吐いたから私は美鈴の安全を確かめようと……」
「お嬢様!?いつも交わしてるような冗談じゃないですか!それを責任逃れに私を使わないで下さい!」
「見てたんですね?パチュリー様……」
「え……ええ、貴女の安全を確かめようと……」
「安全の為に風見幽香の前に私を放置したと」
「う……」
その場の皆が皆、美鈴から離れたいのに射竦められたように動けない。
「閻魔様……仰っていたのはこういう事ですか。確かに私はもう少し自分を中心にしても良い気がしてきましたよ!!」
叫び声と共に美鈴の体が神速で動き、小悪魔をとばっちりにしつつ全員に一撃を叩き込んでいく。
「美鈴☆でこぴん……相手は特定の記憶を失います。今日一日の事は忘れて下さいね」
脳を刺激して気の流れを断ち、記憶を潰す。
倒れた面々を見渡しよし、と呟くと、美鈴は自室に戻ってようやくの安息にほっと一息吐いたのだった。
翌日
「咲夜ー!」
「はい」
「見てよこの花!」
「あらま」
こうして咲夜は花の異変を解決に出掛けた。「見たことのない異変」を解決に、宛もなく。
花映塚だと強くイメージして読んでようやく場面がわかる感じでした。
そのせいで途中の情景描写が疎かになり、場面の転換が良く分からなくなり、
読者を置いてけぼりにしている気がします。(-20)
ぱっと出てはすぐに消えていくキャラが多いです。
折角出したのだから小さな話でもいいので起承転結をつけたほうがいいです。
出会う→いきなり戦う→何となく勝つ の繰り返しだけではテンポが悪くなってしまいます(-10)
偉そうなこといって申し訳ございませんでした。
私ではその足りないモノを表現出来ないようです。
すみません、役にたてなくて。
でもコメ返しって需要あんのかなぁ(多分ない でもやる
4 >
ご指摘ありがとうございます。ちょっと最近慣れてきたからって調子乗るとすぐこうなる。
もう一度自分で意識して作っていきますね。
6 >
あちゃ。数日間かけて書いてたのが情けない現実をつくってたとは。
ともあれとても分かりやすく丁寧なご指摘、ありがとうございます。偉そうなこと、だなんて。
そうしてご指摘頂けると私も直す事が出来るので、「次こそ」と頑張れるのです。
また何かありましたらば是非ご指摘ください。
12 >
上の方の意見とも照らし合わせて色々考えられます。
「こう思ってる人がいる」というだけでも私には大きな収穫です。ありがとうございます。
つ、次は充足感を味わって頂けるように!
って新しいの出してから返事をしてるのは……うん、きっと馬鹿なだけ。気にしちゃ負けよ。