夜闇を見上げ、一人の少女がワイングラスを傾けている。
紅い瞳、蝙蝠の翼。
そして人ならざる闇の気配。
彼女こそ永遠に紅き幼き月。
紅魔館の主レミリア・スカーレットであった。
傍には常に控える瀟洒な従者はいない。
それは彼女が望んだ事であった。これから行う事は一人でいる方が都合が良い。
その対象に咲夜自身も入っているのだから。
「さて……」
彼女はワイングラスを置き、瞳を閉じた。
運命を操る程度の能力。
それが彼女の能力である。
運命と言う目に見えぬものを操作する故に、能力自身も安定しない。
調子の悪い時はせいぜい未来を視る事ができる程度だが、良い時であれば僅かではあるが影響を及ぼす事ができる。
そして今日は、すこぶる調子が良いのであった。
このような日だからこそ、レミリアは進んで運命を改変するつもりであった。
それは彼女の親しい者の運命で、日頃の礼もこめてささやかな手助けを行おうと思うのだ。
「まずはそうね、咲夜から……」
十六夜咲夜。完璧で瀟洒な彼女の従者だ。
ほぼ完全無欠でさらに時を止める能力まで持っている。
だが、人間だ。妖怪ほど丈夫ではない。
無理をすればすぐにガタが来る。
その真面目な性格ゆえに彼女は決して妥協はせずに仕事をこなす。
今回もそうであった。
本人は隠しているつもりでも寝不足で在る事は明らかだ。
さりげなく言い聞かせても彼女自身、無意識に無理をしてしまうだろう。
故に運命を操って休ませようと思う。
レミリアは運命を操るために意識を集中させた。
☆☆☆
「まったくもう……」
咲夜は呆れたように呟いた。
彼女の目の前には美鈴が眠っていた。
「起きてなさいよ~」
妖精メイド達の事で相談があると美鈴に持ちかけて、部屋を訪ねてみればこれだ。
しかもお風呂あがりであったのか下着姿でベッドに仰向けに倒れている。
傍には着る予定であっただろう部屋着が散乱していた。
「……だらしないわね」
咲夜はベッドの縁へと腰掛けた。
どうも起きる気配は無い。本当に熟睡しているのだろう。
昔はこうではなかったとふと思い出す。
そもそも熟睡している美鈴を見るようになったのはここ数年のことだ。
咲夜が知る限り、それまでは常に敵襲を警戒して浅い眠りしかとっていなかったのだ。
幻想郷に来て、スペルカードルールを知って。
ここは本当に安全だと確認して。だからこそ気が緩んだのかもしれない。
主人に聞いた話によると、美鈴は約五百年もの間、スカーレット姉妹を守るために気を張り続けていたらしい。
「仕方ない、か」
相談はまた今度にしようと咲夜は思った。
まあ、やることはまだ山ほど残っているのだ。時間などあっという間に過ぎるだろうと。
ただ、最後に体調を崩さないようにと彼女は美鈴に毛布をかけようと近付いて……
「えへへぇぇ……」
「え? ちょ……」
寝ぼけた美鈴に捕獲された。
そのまま豊満な胸に頭を抱きしめられる。
「もが、むぅぅ……」
「はい…おかーさんですよぅ……むにゃむにゃ…」
咲夜は慌てた。
非常に暖かくて柔らかい……でなくて息ができないのだ。
このままでは窒息してしまう。
「んんん…んむぅ……」
「あんしんしてくださぁい…」
必死で美鈴の拘束を抜け出そうとするが美鈴の腕はびくともしない。
「ん~ん~ん~!」
「まもりますからぁ…」
「んぐぅ……」
耳まで真っ赤にして暴れていた咲夜であったがやがて糸が切れたかのように動きを止めた。
同時に美鈴の腕の力がゆるんで咲夜がベッドに投げ出される。その顔は茹蛸のように真っ赤で、目がぐるぐると回っていた。
☆☆☆
「くくくっ!」
使い魔の様子を通してその光景を見ていたレミリアは小さく笑みを漏らした。
運命の改変は成功した。あの場で起きているはずの美鈴を熟睡するように改変したのだ。
美鈴は熟睡するとだれかれ構わず抱きしめると言う、特異な寝癖がある事を長い付き合いの中で知っていた。
抱きしめられたら最後、あの心地よい胸の感触が呼ぶ睡魔に誰が逆らえようか。昔、随分と世話になった自分が言うのだから間違いない。
そして、予想通りに咲夜も逆らえずに眠りに落ちたのだ。
あの様子だと朝までは目を覚まさぬに違いないと満足げに笑みを浮かべる。
「おやすみ、しっかり休むのよ、咲夜」
完全で瀟洒ゆえ無理しがちな従者に言葉を送りレミリアは次の運命を操るべく親友を思い浮かべる。
「パチェ、手助けしてあげるわね」
パチュリー・ノーレッジ。
大図書館の主にしてレミリアとは九十年来の親友である。
そんなパチュリーの悩みはずばり小悪魔であった。
パチュリーと小悪魔はまだ本契約を結んでいないのだ。
仮契約中なのである。
仮契約は軽いキス一つで結べるが、本契約はここでは言えない事をしなくてはいけない。
もちろん仮契約のままでも問題は無いのかもしれない、が、さらに強い契約の施行で無効にされてしまう。
つまりは、誰かがパチュリーをさしおいて小悪魔と本契約を結ぶと取られてしまうと言う事なのだ。
それをパチュリーは恐れていて、小悪魔と本契約を結びたいと言う事を前に酒の上での席で愚痴っているのを聞いた。
本契約を迫って断られるのが怖いと言う彼女の為に一肌脱ぐ事にした。
要は小悪魔のほうも本契約を望んでいると、そう知らせればよいのだ。
☆☆☆
「こぁぁぁ!?」
短い悲鳴を上げて小悪魔は辺りを見回した。
何か寒気を感じたのだ。まあ、気のせいであったようだが。
「ふぅ…」
短く息を吐いて彼女は作業を再開する。
十枚ほどの紙の束の端に等間隔で穴を開け、紐を通していく。
製本作業である。十分ほどしてそれらが終わる。
本のタイトルは「紅美鈴の秘密」
小悪魔は出来を確かめるようにページを捲っていく。
内容は普段門番をしている姿であったり料理をしている姿であったり。
着替え中のきわどい姿であったり、入浴中の危険な姿であったりした。
最後にサービスで色っぽい表情が書き込まれている。
小悪魔の能力はずばり「瞬間記憶能力」「自動書記」だ。
他にも「淫夢」「範囲淫夢」「全世界ナイトメア(性的な意味で」を使えるがそちらは主人に使用を禁じられていた。
まあつまりは瞬間記憶能力で記憶した内容を、写真並みの精密さで自動書記を使い書き写す事ができるのだ。
そして、それらの能力をフルに使って彼女はこの本を作成した。
「はい、おしまいです」
満足げに呟くと彼女は依頼書を手に取り、本へと貼り付ける。
そこには「依頼主 瀟洒 対象 紅美鈴」と書かれていた。
小悪魔が隠れて請け負っている仕事である。香霖堂と言う店に置かせてもらっている魔法の依頼書。
それに自分の偽名と対象者の名前を書けばこのように、小悪魔が脳内メモリーの中から画像を選定し対象の姿を映した秘密の本を作るのである。
なかなか割りの良い仕事で、リピーター急増中なのだ。この仕事で主人であるパチュリーの紅茶代を払っているし魔界銀行の貯蓄も増えている。
今日は二件の依頼をこなし、小悪魔は伸びをして背の羽を大きく羽ばたかせた。
さきほど作り終わった美鈴の本を「依頼主 魔界神 対象 アリス・マーガトロイド」と書かれた紙の張ってある本に重ねた。
「あと一つで終わりにしましょうかね」
そう呟いて、次の依頼書を手に取った。
能力の使用は極端に脳に負担をかけるので悪魔である彼女とはいえ、一日三冊が限界なのだ。
「……依頼は……と……え?」
その内容を見て、小悪魔は顔を引きつらせたあと頭を抱えた。
依頼書にはこう書いてあったのだ「依頼者 むきゅ~ 対象 小悪魔 追加 よりセクシィに」と。
☆☆☆
「こう……かな?」
固い笑顔で小悪魔は胸を強調するように前かがみになる。
黒い下着姿である。ついで彼女の目の前には大鏡が置いてある。
つい先ほど運んできたものだ。途中パチュリーに見つかったがまた本を読み始めたので大丈夫だろう。
さすがに自分自身の姿など記憶してはいない。
故に記憶せねばならなかったのだ。
嫌なら断ってしまえばよいのだが、それは小悪魔のプライドが許さなかった。
どこのどいつだ、自分の姿など欲しがるのは……よりによってセクシィか!などとは愚痴るぐらいはするが。
仕事は完璧に、が彼女のモットーだ。悪魔らしくなく彼女は真面目なのであった。
いやむしろ、悪魔ゆえに真面目なのかも知れないが。まあ、真面目なのは確かだ。
それゆえにパチュリーに信頼され図書館の仕事を任されているのだが。
「あは☆」
そのまま本へと使うポーズを何種類か大鏡に映す。
そうこうしている内に気分が乗ってきたのか様々なきわどいポーズを決めていく。
小悪魔ゆえ、調子に乗りやすく未熟なのである。
「ん…ぱちゅり~さまぁ…」
指をくわえ、とびっきり妖艶な表情を見せる。
「私…欲しいですぅ……」
体をくねらせて、誘うように大鏡に腕を伸ばす。
そのまま数秒。やがて記憶したのかポーズを崩す。
「いやーさすがに恥ずかしかったですかねえ」
恥ずかしげに頭を掻く。
やや顔を赤らめながら小悪魔は呟いた。
「……いいえ、綺麗だったわよ?」
「あ、そうです……か……」
小悪魔の動きが止まる。
目の前にある鏡に、自分以外の誰かが写っていることに気が付いたのだ。
「パチュリーさま…ど…どうしてここ……」
彼女の主人にして動かない大図書館パチュリー・ノーレッジ。
「貴方の様子が気になってね、大鏡など運んで何をしているのかと」
小悪魔は混乱していた。
おかしい、と。鍵はかけたはずなのに……。
そこで小悪魔は気が付いた。パチュリーの視線だ。
下着姿の体に突き刺さる。
「ぱ、パチュリー様……これはちが……」
血の気が引くとはこの事だろう。
見る間に小悪魔の顔が蒼白になっていく。
「大丈夫よ……」
対するパチュリーは無表情。
いつもの通りの様子に少しだけ小悪魔が安堵するように吐息を着く。
「理解したわ。貴方も、本契約を結びたがっていたのね?」
「うぇぇえええ?」
が、その吐息が悲鳴に変わる。
パチュリーが前に出る。小悪魔が一歩下がる。
「五十年前に断られてから、ずっと待っていたの」
「は、はひ……」
五十年前、まだ紅魔館が外にあったときにパチュリーは小悪魔に一度契約を迫った事があった。
が、小悪魔はそれを断った。当時、外は危険でパチュリー自身も戦場に立つ事が多々あった。
「あなた、心の準備ができていないってあの時言ったわよね?」
「は、はひ……」
契約は魂の融合。小悪魔と契約すると言う事はお互いが混ざり合い、小悪魔の脆弱さゆえ一時的にもパチュリーは弱くなる。
戦場ではその僅かな戦力ダウンが命取りになる。小悪魔はそれを恐れて、断腸の思いで断ったのだ。
「気付けなくてごめんなさい、貴方はとっくに……」
「は、はひ……」
安全になった今、本契約を結ぶ事は何の問題も無い。
だが、まだこういきなりだと小悪魔としても心の準備が……
「契約を結ぶ心の準備ができていたのね?」
「は、はひぃ?」
パチュリーがじりじり近付いてくる。無表情で。
涙目で小悪魔が下がり、その背が鏡に当たる。鏡の向こうは壁だ。
そして……
「こ、小悪魔ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「いやあぁぁぁぁぁ!!」
二つの声が重なった。
☆☆☆
「ふふふ……あーっはっはっは!」
レミリアの笑い声が響いた。
使い魔の映像はすでに切ってある。覗き見など無粋なまねはしない。
本来はか鍵がかかっている故に、パチュリーがきても小悪魔は誤魔化してしまう、
今回は鍵をかけ忘れるように運命を操作した。
あとは、小悪魔を見つけたパチュリー次第だったのだがうまく言ったようだ。
「パチェ、小悪魔。幸せにね」
すがすがしい笑みをレミリアは浮かべた。
さて、最後は……
「フラン」
妹の名前を呟いた。
☆☆☆
「退屈だよ~」
フランドールは呟いた。
本来、吸血鬼は夜行性だ。だが皆は夜に眠ってしまう。
最近では姉ですら、博麗の巫女に合わせているのか夜に寝るようになった。
真夜中でフランドールは一人ぼっち。
たまーに美鈴や姉が遊びに来てくれるけど今日は来ないのだ。
相手の都合を無視して押しかけられるほど厚かましい性格であればどれほど良かったか。
だが、生憎と、気が狂っていると言う噂はあくまで噂で、いたって常識人なのである。
「退屈~」
ならばと眠ろうとしたが目が冴えてさっぱり眠れない。
これで朝方計ったように眠くなるのだから憎らしい。
一人ぼっちは寂しい。
一人ぼっちは暇なのだ。
一人ぼっちは……
「あ……」
そのとき、不意にフランドールの頭に閃きが過ぎった。
「そうだよ!」
閃いたアイデアに声をやや荒げて早速フランドールは考え実行した。
☆☆☆
四人の人影がテーブルを囲んでいる。
彼女らの手には数枚のカード。トランプだ。
「どーれだ!」
フランドールが目の前に手に持った数枚のカードを掲げた。
「こ、これかなぁ?」
それをおどおどした様子で右隣のフランドールが一枚手に取る。
びくびくしながら手持ちの札を見て、安堵と共に二枚をテーブルの上に捨てる。
「ひ、引いて」
おどおどした様子でフランドールが数枚のカードを掲げた。
それを歪んだ笑みで右隣のフランドールが眺め、一枚取る。
「あはははは、ジョーカーじゃないよ、よかったぁ」
手札を眺め狂気の笑みを深くする。
「うふふふ、捨てられない酷いよ、壊しちゃうよあはははは!」
散々笑った後、仕方ないといった様子でフランドールが手札を掲げる。
醒めた笑みで右隣のフランドールが一枚取る。
「ん、上がり」
そのまま残りのカードをテーブルに捨てた。
フランドールが一上がりだ。
「あ~、次であがるよ~」
「うう、どうせ私が最後なんだぁ…」
「あはははははは、生意気、むかつく!」
残ったフランドール達が悔しがる。
すぐさま三人でゲームを再開した。
楽しいなあと、フランドールは思った。
禁忌「フォーオブアカインド」
フランドールは自分を四人に分ける事ができる。
分けてみて分かった事だがそれぞれ性格が違うのだ。
だから、ゲームも成り立つ。四人で遊べる。
もう、一人ぼっちじゃない。
一人ぼっちじゃないし、楽しいよ、でも、でもね……
「どうして、涙が出てくるんだろう……」
一筋の雫が、フランドールの頬を伝った。
☆☆☆
レミリアは満足げにワイングラスを傾けた。
「これで寂しくないわね、フラン?」
あのまま、朝まで一人でいたはずのフラン。
何かしら閃くように運命を改変したのだ。
レミリアは空を見上げる。
そこには冷たい月が煌々と光を放っていた。
運命を操る程度の能力。
それが彼女の能力である。
運命と言う目に見えぬものを操作する故に、能力自身も安定しない。
調子の悪いときはせいぜい未来を視る事ができる程度だが、良いときであれば僅かではあるが影響を及ぼす事ができる。
そして今日は、すこぶる調子がよいのであった。
このような日だからこそ、レミリアは進んで運命を改変した。
結果は上々。いや、むしろ満点に近い。目的はなされた、だが……
「まだ、できそうね」
上機嫌で彼女は呟いた。
「知り合いを片っ端から改変して助けてあげようかしら」
心地よさそうに呟いて、彼女は再び運命を操作する。
-終-
>様は
要は
なんという救われないフラン。不幸であればあるほど磨きのかかる子です。
今こそ使い魔で見るべきなんだろうに……
それまでがよかったから余計に残念です。
ゆっくり寝かせるはずが窒息して気絶した咲夜
心に残る記念すべき本契約になるはずが、心にしこりの残る契約となったぱちゅこあ
とみんなろくな目にあってない訳で。
他と違ってフランのは切ないですけどねー
面白かったです
もっとおぜうも考えてほしい。
どうしようもないほどに好意のボタンを掛け違えてるぞレミィェ・・・
自分の運命をも改変して、地下に遊びに行くという運命を繋ぐんだ。さぁ、ハリー、ハリー