Coolier - 新生・東方創想話

白い秋桜

2009/08/28 00:16:01
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里と竹林を結ぶ林道は既に赤く染まり静かな夜の訪れを待っているようだ。
昼間はかんかんと照りつけていた日も既に優しく柔らかい。
時折、木々の間を抜けていく風が私の頬を撫でていく。
晩夏の夕暮れはどこか寂しげだ。

背負子は里に往路に比べ随分と軽くなっていた。
幸いにして今年の夏の収穫物は全て良い値段で引き取ってもらえた。
これも慧音が仲介してくれて八百屋との交渉が首尾よく成立したおかげだ。

蓬莱人は餓死することが無い。
それでも空腹は苦しいので畑を耕し、野菜を育てる方法をいつの間にか身につけていた。
幻想郷に来てからも誰の物でもない荒地を耕して野菜を作り始めた。
しっかりと管理すれば土地自体は豊かであるので毎年食べきれない程の収穫が出来ている。

最初のうちはただ、慧音にお裾分けという形で渡していた。
段々と収穫量も増えていき慧音に渡しても遥か余る様になり、
慧音が「妹紅自身が食べる分を除いても野菜が余っているなら里に売りに来てはどうだ?」と言われて、それに従った結果、今では里で顔を覚えられる様にまでなった。

私が長く終わりの無い人生で覚えたのは妖術だけではない。
京野菜から赤茄子まで色々な野菜と果物を育てた経験のお陰で我ながら美味しいと思える野菜を作ることが出来ている。
畑作業は経験と知識が大事だから私と野菜作りで勝負できる人間は里にはそうそう居ない。
変なことに執着するのは私の悪い癖だけど、こと野菜作りに関してはどうやら正しい方向に働いたようだ。

どこかで鴉が鳴いた。
空を見上げると赤い空を背景に黒い翼を舞わせていた。
きっと鴉も家に帰るのだ。
家では誰かが帰りを待っているのかな?

「ふふふ」
不意に思い浮かんだ可笑しな問いかけに私は笑ってしまった。
永く生きていても不意に寂しくなることが有る。
もしかしたらそれは赤い夕焼けのせいかもしれない。

まだ私の家までは距離がある。
飛んでいけば速いのだろうけどもう少しこの夕暮れを楽しみたい。
だから歩く。
急いて駆け抜けるほど時間には困っていない。
なら蝉の鳴き声に耳を傾けながら歩いても悪くない。

ポケットからちょっと大きい飴をとりだす。
可愛らしい和紙に包まれたそれは今日、花屋の娘からもらった物だ。
包みを解くと白く透き通る飴玉を口に放り込む。
「今年も野菜をくれてありがとう」
そういって飴を差し出した彼女の笑顔と同じくらいそれは甘い。
藤原の隠し娘も今では『野菜のお姉ちゃん』か。
また肺腑の置くから笑みがこみ上げてくる。

幻想郷に来てから笑うことが多くなったと思う。
きっと慧音、阿求、里の人たち……あと悔しいけど輝夜のお陰だ。
そういえば一昨日の夜にひどい負け方をした。
思い出したらそのとき撃たれた肩が少し痛み出した。
でも気分の問題だ、傷は完全に治っている。
あの勝ち誇った憎たらしい笑顔が瞼に焼き付いてしまった。
どうやら輝夜を撃ち落して奴に同じ表情を向けるまで消えそうに無いようだ。

ため息が出てしまった。
生きてきた時間を考えればもっと達観してもいい筈だ、そう仙人のように。
でも私は人間であることを捨てきれない。
喜び、怒り、憎しみ、悲しみ、私の感情は未だ全部私のものだ。
勿体無いから捨てられない。


うわの空で歩いている内に畑とその横にある掘っ立て小屋が見えてきた。
さて今日の夕食は何にしようか。
里で買ってきた鮎の燻製もお酒に合いそうで良いけど、雉を仕留めて焼いて食べるのも捨てがたい。

「……ん!?」
畑に人影があることに気づく。
夏野菜しか今年は育てていないから野菜泥棒ではないはずだ。
なら、考えられるのは永遠亭の奴らしかない。
またあの悪戯兎が何かしようとしてるのか、それともあの薬屋がおかしな薬を試そうとしてるのか。
どちらも考えられることだった。
悪戯兎に一杯食わされたのは一度や二度じゃないし、あの薬屋が畑に何か蒔いたら次の日に西行妖が立っていても不思議では無い。
この前の天狗の新聞であった湖の巨大魚の大量発生は絶対に永遠亭の奴らの仕業だ。
私は走り出した。
前者はともかく後者なら最悪だ。

夕焼けに染まっていて分からなかったが近づくにつれてその人物が赤いチェックの服をまとっていることに気づく。
緑色の髪を振りこちらに振り向いたのは
……風見幽香!!
戦ったことは無い、だけど阿求に読ませてもらった資料に載っていたから知ってはいる。
四季のフラワーマスター風見幽香。
友好度、危険度、共に最悪の妖怪。
夕日で影がちな端正な顔はこちらを値踏みするように見える。
血が燃える様な紅い瞳に射抜かれ無意識に喉が鳴った。
その裏で危険な事を考えているのだろうか。

予想だにしない強敵の出現に心の臓が高鳴る。
こちらだって蓬莱の人の形、相手が最悪の流血鬼ならばそれこそ良い勝負になるはずだ。
見たところ幽香の得物は手に持っている傘か?
ならば最初に相手は一気に突っ込んでくるのだろうか?
こちらは開始一番にスペルカードをぶち込んでやる。
私はいくとおりもの仮定の下に相手の動きを予測し対応を考える。

そんな私を余所に幽香は微笑む。
その表情があまりにも可憐で少し怯んでしまう。
「この畑は貴女の物?」
思いがけない幽香の問いに私はさらに怯んでしまった。

「あ、ああ、そう。私の畑だ。そんなことよりここで何をやっている!?」
相手はあの皆殺しの悪魔だ。
そうだ、きっと輝夜が差し向けた刺客に違いない。
なら私の対応は一つしかない。
二度と私と対峙する気がおきないようにしてや……
「何か勘違いしてない? 私は花を見ているだけ」
呆れた様にため息をつくと地面を指差す幽香。
「えっ?」
幽香が指差した先には赤い秋桜。
予想外の言葉に私は声が出なくなる。
「ええ、花を見に。ここの土はよく手が行き届いているわ。今年は茄子は作らなかったの?」
すっかり毒気を抜かれてしまった。
暢気な幽香の問いに、私は一度咳払いして調子を整える。
「うん。そうだね。茄子は続けて作ると障害を起こしやすいから今年は作らなかった」
茄子の栽培は難しい。
一度作ったら同じ場所ではよっぽど手入れをしっかりしないと次の年には作れない。
「それは残念。茄子の花も可愛らしくて風情があるのに。まあ、しょうがないわね」
本当に残念そうに眉を曲げ身勝手な事を言う幽香に吹きだしてしまった。
体の緊張が緩んでいくのが分かった。
どうも心が物騒な方向に向かっていたようだ。

「何かおかしい事をいった?」
心外といった様子で睨みつける。
「いや……ごめんごめん」
笑いをとどめ切れないまま私は謝った。
危険度最悪の妖怪が茄子を作らなかったことを残念に思っている様子がひどくおかしかった。
悟られないように目線を逸らしても私達の間を流れる空気で彼女がまだ腑に落ちていないことがわかる。

少し時間を置いてようやく収まった体に念を押すように深呼吸をする。
笑ったことで少し温まった体に夕暮れの空気はとても快い。
相変わらず幽香は訝しげにこちらを見ている。

過ぎていく夏を惜しむかのように蝉が鳴く。
竹林の外れに稀有な取り合わせ。
静かに通り抜けていく風の音が聞こえる。
さらさらと美しく流れる幽香の髪。

「それにしても、本当に良い土。花達も元気だわ」
少し乱れた髪を整えながら沈黙は破られた。
優しさに満ちた瞳で赤い秋桜を見つめる。
目の前の女性は求聞史紀で、あの評価をされていた妖怪と本当に同じ妖怪なのだろうか?
いやはや先入観というものには気をつけないといけない。
「そうだね。最初は大変だった。竹が巡っていてね」
この畑は確かに元々良い土であったが竹が縦横無尽に生えていてかなり耕すのには苦労をした。
ただの雑草であれば焼いてしまえばいいが、地中をはしる竹は穿り返してやるしかなかった。
「ええ、土は貴女が与えた愛情に応じようとがんばっている。だからこの畑の作物は美味しいでしょう?」
秋桜から目線を外し上品に私の顔を覗き込む。
「ああ、お陰さまでね」
一度瞬きをして幽香は畑に目線をやる。
「この畑は色々なものが上手く巡っている。それは巡らせている者が『巡らない』者だから?」
返す言葉が思い浮かばない。
「全ての生は巡り巡って行く。自然は流れて往くの」
その流れに逆らい一つの所に留まっている私は時折、流れていく者に憧れのような想いを覚える時がある。
「だから生き往く物は美しいの」
そう幽香は静かに宣言する。
私は落ちていく夕日を見つめため息をつく。

返す言葉が思い浮かばない。
それは私自身も正しいと思っているからだ。
ならば生き往かぬ私はなんて言えばいいのだろう。

私達はまた沈黙し、晩夏の空気に身を任せる。
羽に傷がついた黒い揚羽蝶が赤い空を背景に飛んでいった。
今年はもう黒揚羽を見るのも最後だろう。
留まり続ける私を置いて蝶は先に流れていってしまうのだ。

「それにしても綺麗な秋桜ね」
畑の一角に咲き乱れる赤い花は未だ咲いたばかりで自分の居るべき季節を謳歌しているようであった。
「ああ、早咲きから遅咲きまで生えているから秋の終わりまで咲いているよ」
咲いているのは秋桜全体の四割程で他は未だ自分の出番を待ち続けている。
秋の始まりには赤い秋桜、中ごろには白い秋桜、終わりには黄色い秋桜が咲く。
何年か前に花屋からもらった種が上手く咲く時期がばらばらになってくれいて一季節楽しめる。
「特に白い秋桜の蕾が元気ね、きっと貴女と波長があうのよ」
まだ咲かない白い秋桜を指差す。
流石、花の妖怪。
人目に分からない花の様子を簡単に感じるようだ。
私は素直に感心した。

「秋桜は星を浮かべ流転を見守る宇宙の象徴。貴女にぴったりじゃない」
秋桜が指し示す事柄に私は再び感心して、「へえ」と小さく呟いた。
「それに秋桜は純潔、特に白い秋桜は美しさを意味するの」
そこで幽香は一度言葉を切り、私の顔を覗き込む。
「その白い秋桜と気が合う貴女もきっと美しい」
優しい笑顔を浮かべる幽香に返す言葉がやっと見つかった。
「ありがとう」
私はただ、その一言だけを返す。
小さく笑うと幽香は空を仰ぐ。
「さて、一番星も浮かんできたしそろそろお暇するとしましょう」
そういうと幽香は不思議な形をした傘を開く。
「次に来た時にはお茶を出すよ」
私は背筋を伸ばすと幽香に笑みを向けた。
「あら、楽しみにしてるわ。それではごきげんよう」
幽香はそのまま静かに宵闇の空へと風に乗るように飛んで行く。
どこか家に帰るのだろうか? それともまた別の花と語らいに行くのだろうか?
すでに宵闇に紛れてしまった彼女にその問いを向けることは出来ない。

ポケットに手を入れると先ほどの飴玉の包み紙がカサリとなった。
ゆっくりと見上げた空では星達の宴が始まっていた。
そろそろ秋桜の季節ですね。
今年も近所の秋桜が綺麗に咲くといいなあ。

ちなみに吾木香(ワレモコウ)という花があったりします。
綺麗に赤く咲く花で夏の終わりに綺麗に咲きます。
花言葉が「愛慕」だったりとこちらも妹紅に合うかもしれません。
Phantom
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コメント



0.1310簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
季節感あふれる良い話だなあ…
14.60削除
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>里に往路
里の往路
>肺腑の置くから
肺腑の奥から
しかし、肺腑は「心の奥底」の意。心の奥底の奥から、では重複するので肺腑だけにするとよいと思われます。

夏の激しい暑さが過ぎた頃の、落ち着いたお話でした。
組み合わせが珍しいこともあって新鮮みがあり、先へ先へと読ませる力があります。
16.90名前が無い程度の能力削除
妹紅の元は、そのワレモコウと何処かで聞いたことがあるような・・・


綺麗な話ですね。
24.50名前が無い程度の能力削除
前半がすごくよくて、良い空気だなぁ~と思いました
>「ふふふ」
もうちょっと違和感のない台詞はなかったのか?w という位浮いてて笑いました。
何故か臨床感がまったくなく、人物が驚いても怯んでも緊張してもそうは見えませんでした。