ここは魔法の森にある、アリスの家。
いつものように、魔理沙とアリスの二人が、テーブルに向かい合って座っている。
「…………」
「…………」
この二人が顔を会わせると、大抵の場合は、絶え間の無い会話のキャッチボールが展開されるのだが、今日は珍しいことに、お互いに沈黙していた。
「…………」
「…………」
それはひとえに、先ほどから――正確には、魔理沙が来る前から――、アリスが、何かを裁縫する作業に没頭しているためだった。
作業に集中しているときのアリスは、基本的に会話をしない。
話し掛けられても、碌に返事を返さないのだ。
そのため、魔理沙はすこぶる退屈であった。
(つまんない……)
折角アリスの家に来たのに、肝心のアリスは全然自分に構ってくれない。
それは魔理沙にとって、拷問にも近い苦行であった。
(……駄目だ。もう限界)
そんな感じで放置されること数十分、いよいよそれに耐えられなくなった魔理沙は、遂にアリスに話し掛けることにした。
「……なあ、アリス」
「ん?」
「さっきから、何作ってるんだ?」
「ああ、これ?」
「うん」
案の定、アリスは手元から顔を上げることなく、ぶっきらぼうに回答する。
「ねこのぬいぐるみ」
「ねこ」
「そう。霊夢に頼まれてね」
「む」
霊夢に。
そのとき、魔理沙の眉が僅かにつり上がったが、ちくちくと布を縫い合わせているアリスはそれに気づかなかった。
「なんで、霊夢」
「ん? ああ、あの子、今ねこグッズがマイブームなんですって。それで、ねこのぬいぐるみを作ってくれ、って頼まれて」
「…………」
なんでねこなんだ。
巫女のくせに。
意味不明なイチャモンを脳内で展開させる魔理沙。
(……というかアリスは、霊夢にあげるぬいぐるみ作りを、私よりも優先させていたのか)
そう思うと、魔理沙は、自分が急激に不機嫌になっていくのを感じた。
元々、アリスがぬいぐるみを作っているときに突然魔理沙が押しかけたのであるが、そんな前提状況は、今の魔理沙にとってさしたる意味を持たなかった。
重要なのは、今自分がここにいるにもかかわらず、アリスはろくすっぽ自分に構おうともせず、霊夢にあげるぬいぐるみ作りに勤しんでいる、という事実。
「…………」
魔理沙は目に見えて不機嫌な表情になっていった。
具体的に言うと、眉根にぎゅっと皺を寄せ、頬をぷうっと膨らませている。
そしてその視線は、まるで仇敵でも見つめるかのごとく、アリスの手元のぬいぐるみ未満へと向けられている。
「…………」
するとアリスも、そんな魔理沙の変化に気が付いたらしく。
「ねえ、魔理沙」
そう言ってにやりと笑うと、
「やきもち?」
いきなり魔理沙の急所をえぐった。
「なっ、ななな何を」
まさかこんなタイミングで図星を突かれるとは思わなかったのだろう、魔理沙の顔は一瞬にして真っ赤になった。
そしてすぐに思い出した。
そうだ、アリスはこういう妖怪だった。
あまりにも露骨に感情を表情に反映させてしまったことを、魔理沙は悔いた。
「あ、やっぱりそうなんだ」
楽しそうに笑うアリス。
「ぐっ……」
反論できない魔理沙。
当然である。
完全に図星だったのだから。
「そっかそっか。魔理沙もやきもちを焼くようなお年頃になったのねー」
感慨深そうに、うんうんと頷きながら言うアリス。
……まずい。
このままでは、なんか分からんがまずい。
そう感じた魔理沙は、とりあえず口を開いた。
「…………わ、私は、別に」
「ん?」
「……だから、そんな、やきもちとかじゃ……」
「…………」
苦しい。
魔理沙は自分でもそう感じていた。
でも、ここは自分のプライドを守るためにも、なんとか否定しておきたかった。
……すると。
「ふーん。そう。やきもちじゃないのね」
驚くほどあっさりと、アリスは魔理沙の弁解を受け入れた。
「え、あ、ああ」
「そっかそっか。ふーん」
「…………」
……おかしい。
こいつは、こんなに物分りのいい妖怪じゃない。
警戒する魔理沙。
するとアリスは、いやに明るい声でこう言った。
「じゃあこれからは一日一体、霊夢にぬいぐるみを作ってあげよう」
「えぇ!?」
思わず、素っ頓狂な声を出してしまう魔理沙。
「あら、どうしたの魔理沙」
「な、なんで急に、そんな」
予想だにしなかったアリスの反撃に、魔理沙は激しく狼狽する。
するとアリスは、今度は悩ましげな表情を浮かべて、言った。
「……そうね。急にそんなことしたら、霊夢も迷惑かしら」
「そ、そうだぜ。迷惑だぜ」
「じゃあ、三日に一体にしましょう」
「それでも多いよ! 何でそんなことすんの」
もはや本音が隠しきれていない。
それだけ、今の魔理沙はいっぱいいっぱいであった。
「……だめ?」
わざと、キョトンとした風を装って尋ねるアリス。
まさに妖怪である。
「だめっていうか、その……」
「その?」
「うー……」
魔理沙は俯き、下唇を噛んだ。
心なしか、視界が滲んでくる。
(うう、なんでこんなきもちになるんだ。たかだかぬいぐるみくらいで)
……そう思っても、やり場のない感情を押し殺すことは容易ではない。
魔理沙は両手で、スカートをぎゅっと握り締めた。
……そんな魔理沙を見据えながら、アリスははあ、と溜め息を吐く。
(もう、ホントに困った子)
そう思いながらも、その目は慈愛に満ちていて。
アリスは穏やかな口調で、魔理沙に声を掛けた。
「ねえ、魔理沙」
「…………なに」
「魔理沙はいぬとねこなら、どっちが好き?」
「……?」
「あ、くまとかでもいいけど」
「……?」
僅かに潤んだ瞳で、アリスを見る魔理沙。
どうも質問の意図がよく分からないが、とりあえず答えておく。
「……じゃあ、くま」
「そう、魔理沙はくまね」
「……?」
「楽しみにしておいて」
「……あ」
そこでようやく、魔理沙にはアリスの意図が分かった。
にっこりと微笑むアリス。
自然と、魔理沙の口元も綻ぶ。
「……アリス」
「ん?」
「……ありがと」
「ふふ。どういたしまして」
――まったく、手の掛かるお姫様だこと。
そんな軽口は、心の中だけに留めておく。
このお姫様は、すぐに機嫌を損ねてしまうから。
……それから程なくして、ねこのぬいぐるみが出来上がった。
「よし、完成」
「おお、早いな。流石はアリス。それにすごくかわいい」
「ふふ、ありがとう」
もう魔理沙も、先ほどのような不機嫌面ではない。
手放しで、アリスの作品を褒め称える。
……しかし。
「さて、じゃあ今から早速霊夢のところへ――」
「……え?」
アリスのその一言で、再び魔理沙の表情に影が差した。
「いや、だから、これを届けに」
「……今から?」
「ええ」
今日は元々そのつもりだったし、とアリスは付け加えるが。
「…………」
魔理沙は一層、表情を暗くするばかり。
「ど、どうしたのよ。魔理沙」
今度ばかりは理由が分からず、アリスは慌てて問い掛ける。
すると魔理沙は、じとっとした目でアリスを睨みながら、口を開いた。
「……私の」
「え?」
「……私の、くまは」
「くま……ああ、ぬいぐるみ」
アリスの言葉に、魔理沙は無言で頷く。
「だからそれは、霊夢のところに届けた後で……」
アリスがそう言うと、魔理沙はぶんぶんと、首を左右に振った。
そして再び、じとっとした目でアリスを睨む。
「……今、作れ、と?」
アリスが苦笑いを浮かべながら問うと、魔理沙は大きく頷いた。
「……霊夢より先にくれなきゃ、やだ」
頬を膨らませ、拗ねたような口調で言う魔理沙。
「…………」
そんな魔理沙の仏頂面を前にしたアリスは、
「……イエス。マイプリンセス」
と、肩をすくめながら答える他なかった。
「!」
その言葉を聞いた魔理沙は、ぱぁっと、表情を明るくした。
まったくもって、分かりやすい。
そして、アリスが椅子に座り直すや、早速檄を飛ばしてくる。
「いいかアリス。くれぐれも手を抜いたりしちゃだめだぜ」
「はいはい。分かってるわよ」
「『はい』は一回」
「はい」
……まったくもう、このお姫様は。
心の中ではそう呟きながらも、幸せそうな表情で、針に糸を通し始めるアリス。
そして、そんなアリスの裁縫作業を、終始、ニコニコ笑顔の魔理沙が見守っていたことは、言うまでもない。
一方、その頃。
博麗神社にて。
「……アリス、遅いなあ」
縁側でお茶を啜りながら、一人呟く霊夢であった。
了
だがそれが良い!って気持ちになる作品でした。
魔理沙妹系はいいなあ。
ん、砂糖とミルク?今胸焼け起こしそうなんだ、勘弁してくれ。
実にいい。
やきもちを焼く魔理沙とそれを弄るアリス、ぬいぐるみを作り始める時の二人の会話や表情、
霊夢の呟きなども面白かったですよ。
ぐはぁっ!!
ここで私の視界が紅く染まりました。
これはいいアリマリw
やきもち魔理沙はかぁいいなぁwww
氏はこの二人の日常を描くのが本当に秀逸ですね。
こんな(甘くてとろとろした素敵な)アリマリに屈するモノか!
アリ霊カァムヒアァァァ!
…だけど、アリ霊やアリ咲も良いと思うよ!
甘くてほのぼのしてて
口からナイアガラ瀑布のごとく砂糖があふれてるぜ
点数入れ忘れたんだぜ
やはりアリマリだな。
なので英語表記が良かったなーと思ったけど100点あげちゃう!
アリマリ最高!
魔理沙――恐ろしい子!!
末っ子魔理沙がツボすぎて困る。
ニヤニヤが止まんねえw