夏の陽差しに誘われて、紅魔館のメイド長である十六夜咲夜は、
太陽の畑へと足を伸ばした。
向日葵が咲き誇るその丘に、見覚えのある姿が咲夜の目に映った。
風見幽香。幻想郷のなかでも古い部類に入るであろう妖怪である。
「あら、久しぶりね。まだ生きていたの。今もしがないメイド稼業なのね」
咲夜が幽香に気づくと早速にこやかに話しかけてきた。
「お久しぶりですわ。今もお嬢様に仕えております」
「あなたも随分年をとったのね。まぁ、人間だから仕方のないことだけど。
それで、あなたの月見草はどうなったのかしら」
咲夜もそろそろ老境に差し掛かっている。
その咲夜がまだ少女と呼べる年頃であった時に、
幽香は咲夜を月見草に例えたことがあった。
「あら、私は咲夜。今も昔も夜にひっそりと咲いておりますわ」
月見草とは、夕方に開花し朝方に枯れる花である。
夜の王レミリアに仕える咲夜にはぴったりな花といえる。
「そういう意味で言ったのではないのだけどね」
月見草の花言葉「密やかな恋」。
幽香はその意味を込めて咲夜を月見草と評したのである。
少女の恋を応援する気持ちを込めて。
お嬢様のお世話と弾幕ごっこに明け暮れたあの頃に
ほんの少し抱いた恋心。
しかし、お嬢様に仕えることと相容れないと考えた咲夜は、
その想いを人知れず封印したのであった。
「私は紅魔館に仕えるメイド。今も昔もそれだけのことですわ」
「そう、寂しいわねぇ」
幽香は心底惜しむような表情をしている。
しかし、咲夜は全く意に介さない。
「月見草といったのは貴方でしょう」
「そうなんだけれどね。それでもやっぱり寂しいわ。あなたも人間なのだから」
「いえ、私は悪魔の狗ですよ」
咲夜はただ一心にレミリアに仕えてきたと自負している。
それは周囲の誰もが認めるところである。
それだけに己のこととなると犠牲にしてきたことも少なくない。
もっとも、咲夜自身は犠牲などと思ってはいないが。
しかし、人間よりも永く生き、さまざまな人間を見てきた幽香からみて、
あまりにも不器用な咲夜の生き方である。
ただ、人間の幸せにもいろいろな形があることも、幽香はよく知っている。
そして、咲夜が幸せな人生を送ってきたことは間違いない、
幽香もそう思っている。
幽香は納得したのか、それとも野暮と思ったのか、
これ以上は触れないことにした。
「それで、何の用なのかしら」
「ただの散歩ですわ。
でも、よろしければ向日葵の種を分けてもらえるとありがたいですわね」
「なんだ弾幕ごっこをやりに来たんじゃないのね。
いいわよ、ちょっと待っててね」
そういい残すと幽香は畑の奥へと入って行き、
向日葵の種を目一杯に入れた袋を咲夜に渡した。
咲夜はそれを受け取ると紅魔館へと戻っていった。
主の為にだけ生きてきた道のりのなかで、
ほんの少しだけ混じっているノイズ。
その懐かしいノイズを久しぶりに思い出し、
咲夜はほんの少しだけ切なくなった。
是非、あなたのレミ咲を見てみたいです。
投稿したはいいけど、評価みるのが怖かったり楽しみだったり、
やっぱり怖かったり・・・・・・