「アリスー」
ごんごんと、ドアを叩く音がする。
私は手鍋に掛けていた火を止めると、ぱたぱたと廊下を駆けた。
そして玄関に着き、ドアを開けると、はちきれんばかりの笑顔が飛び込んできた。
「よっ! 暇だから遊びに来てやったぜ!」
満面の笑みを称えた魔法少女がそこにいた。
「ごめん今手が離せないの。じゃ」
ノータイムでばたんとドアを閉める私。
そのままドアに背中を預け、壁に掛かった時計を見る。
チクタクと時を刻む秒針を凝視すること三十秒。
そろそろいいかと、ドアをそっと押し開け、外の様子を伺ってみる。
すると。
「……えぐっ……ひっく……」
案の定、小さな魔法使いがドアの前でうずくまり、声を震わせ泣いていた。
ああ……。
ぞくぞくとした感覚が背中を走る。
悪い事とは知りつつも、ついついやってしまうのは、妖怪としての性なのだろうか。
私は自分の悪癖を自省しつつ、その後ろ姿にそっと声を掛けた。
「……魔理沙」
その言葉に、小柄な背中がぴくっと跳ねた。
そしてゆっくりと、私の方を振り返る。
魔理沙。
その大きな瞳は、うるうると潤んでいる。
「……アリス」
その小さな口が、私の名を呼ぶ。
「ごめんね、魔理沙」
「……え?」
「さっきの、ウソ」
ちろっと、舌を出して謝罪をする。
「…………」
すると、潤んだ瞳はそのままに、魔理沙は、全身をわなわなと震わせ始めた。
そして。
「アリス!」
大音声を私に浴びせた。
「どうしてお前は、いつも、いつも、こんなことばっかりするんだ!」
わあわあと叫びながら、ぽかぽかと私を殴る魔理沙。
いや、正確には殴るフリか。
「ごめんごめん。つい、ね」
「何がつい、だ! この馬鹿!」
私は魔理沙をなだめようとしたが、てんで効果なし。
確かに、何度も何度も同じ事をする私も私だが、しかしそれで毎回泣いてしまう魔理沙も魔理沙だと思う。
まあ、魔理沙が泣くからこそ私もやるんだけどね。
……そんな感じで、いつものやりとりというか、おきまりの儀式のようなものを終えた私達は、一緒に家の中へ入った。
もっとも、魔理沙はまだ、小さなほっぺをぷうっと膨らませたまま。
でもそんな表情をしながらも、トコトコと私についてくる魔理沙はやっぱり愛らしい。
思わずいいこいいこしたくなったりもするが、今それをするとマスパ必至なので止めておく。
こんな序盤で残機を減らすわけにはいかない。
「あのね魔理沙。今アップルパイを作ってて……」
「…………」
私が言い終わる前に、無言のまま私の横を素通りし、リビングに入っていく魔理沙。
そして、どっかとソファに腰を下ろすと、傍にあった帽子掛けに、お気に入りのとんがり帽子を、些か乱暴気味に掛けた。
さらに、つんっと私から視線を逸らすと、そのまま壁とにらめっこを始める始末。
……やれやれ。
どうやらまだまだご機嫌斜めらしい。
まったく、困ったお姫様ね。
まあ、悪いのは私なんだけども。
とりあえずこういうときは、何もせず、そっとしておくに限る。
それが、長年の経験から導き出された、最善の対処策。
というわけで、私はあえて魔理沙には干渉せず、そのままキッチンに戻り、再び手鍋を火に掛けた。
今は、リンゴに砂糖やシナモンを加えて煮詰めている段階だ。
後はこのまま、リンゴがしんなりするまで煮詰めれば……。
……と、そのとき。
またしても、私の中の妖の血が疼いた。
(……もう一度、見たく……ないのかね?)
悪魔の声が、私の心を蝕み始めた。
(――駄目、駄目よアリス。いくらなんでもそれだけは……)
しかしすぐに、ひとかけらの良心が私を押し留めようとする。
(……本当に、見たく……ないのかね?)
だがまたすぐに、悪魔の誘惑が、私の頭の中で木霊する。
(――駄目。やめて。言わないで)
必死に抗う、最後の良心。
――しかし、無情にも悪魔は囁いた。
(……魔理沙の……泣き顔を)
――この間、約1秒。
お母様……ごめんなさい。
アリスは、アリスは……。
――悪魔に魂を売りました。
私は、まるで何かに操られたかのように、近くにあったスプーンを手に取ると、そっとリンゴの一片を掬った。
そしてそれをふうふうと冷ましてから、ゆっくりと口の中へ。
うん、甘くておいし。
――そして、次の瞬間。
「うがああッ!!?」
私は、羞恥心を押し殺して出しうる限りの奇声を上げた。
そして、景気よくドッターンとその場にぶっ倒れる。
右肩痛ッ。
でもアリス泣かない。
……その状態のまま待つこと数秒。
「――ア、アリスっ!? どうしたんだ!?」
大慌ての魔理沙がキッチンに飛び込んできた。
……思い通り!
なんてほくそ笑むのは心の中だけに留めておいて、私は仰向けに倒れたまま、魔理沙の方へと手を伸ばす。
「ま、魔理沙……がふっ」
「アリス! お、おいしっかりしろ!」
「リ……リンゴの、味見、したら……」
「あ、味見……?」
「う……ぐぅっ」
「!! アリス! アリス!!」
私の肩を抱き、私の名を呼び続ける魔理沙。
うっ……。
さ、流石にちょっと良心の呵責が……。
でも……駄目。
だって、今にも……。
「……ま、間違えて……この前、魔法の実験で作った毒リンゴ……入れちゃった、みた、い……」
「ど、毒リンゴ!? な、なんでそんなもん作ったんだ! おいアリス! アリス!!」
魔理沙が……泣きそうなんですもの。
「はぁ……はぁ……ま、まりさ……」
「アリス……アリスアリスアリス! 嫌だ嫌だ、死ぬなアリス!!」
「い、今まで、楽しか――」
「アリス……アリスうぅぅぅぅ!!!」
魔理沙の両目から零れる、大粒の涙、涙、涙。
魔理沙が私のために流してくれた……涙。
あぁ……。
お母様……。
アリスは……アリスは……。
満、足、です……。
「が……ま……」
満ち足りた気持ちを胸に、そっと目を伏して、ガクッと首を横に寝かす私。
「あ……あぁ……アリ」
「なーんちゃって」
そしてすぐに笑顔でピースする私。
「…………」
呆けたように止まってる魔理沙。
「あはは、ごめんごめん。今のはアリスちゃんジョー……」
「――――」
えっ。
「…………」
「ま、まりさ……?」
……流石の私も、この状況を把握するのに数秒を要した。
まさかこのタイミングで、魔理沙が私に抱きついてくるなんて思わなかったからだ。
「…………」
「魔理沙、あの」
「……アリス」
「は、はい」
「……もう二度と、こんなことするな」
「…………」
魔理沙の声は震えていた。
ぎゅっと抱きしめられ、少し痛い。
「……ごめん」
考えるより早く、謝罪の言葉が口を衝いて出た。
「ごめんね、魔理沙」
そして私も、魔理沙をそっと抱きしめ返す。
「…………」
無言のまま、魔理沙はすん、と鼻をすすった。
「魔理沙」
私は魔理沙の肩を軽く押して、少しだけ自分と魔理沙との間に空間を作る。
「…………」
目を真っ赤に腫らした魔理沙。
その目尻には、まだ涙が浮いている。
ぐすっ、と鼻をすするたび、それが零れそうになる。
「魔理沙」
「…………」
「魔理沙」
「…………」
「魔理沙」
「……なん」
その瞬間、
「 」
私は魔理沙の言葉を奪った。
「……これで、許してくれるかしら?」
再び、自分と魔理沙との間に空間を作り、魔理沙に問う。
……すると魔理沙は、目どころか、顔全体を真っ赤に染め上げて、
「……なんで、お前は、こう、やることなすこと、とうとつなんだよ……」
と、ひどく弱々しい声で呟くと、そのまま下を向いてしまった。
「……魔理沙。可愛い」
そう言いながら、私が頭をそっと撫でると、魔理沙は、いやいやをするように頭を左右に振りながら、真っ赤な顔を一層深く、俯かせてしまった。
了
魔法の森の何処かで自分を呼んでいるような気がする…。
もう、この二人の関係は最高ですな!!!
Lwwwwwww
このアリスすごくいいなぁ。ごちそうさまでした。
なんか少し、Mの血が騒いできましたよ。
ていうか魔理沙、ちょっと代われ
倒錯した愛(笑)が良かったです。
次はLunaticでお願いします。
読んでて萌死にしたらどうするんだ!!
いや寧ろ死んだよ!!
くそっ、ここ電車の中なのに! 押さえられないっ!
もっとやってくだしあ
乙女な魔理沙は可愛いなぁ…ついついいぢめたくなるなぁ…
……あっちで全裸待機かな
乙女魔理沙かわいすぎ。アリスはもっといじめるべき
魔理沙かわいい.....
ここで腹筋死んだ
毎回同じような手で泣かされちゃう魔理沙がもうね。
プチから読んでますがあなたの描く魔理沙は可愛すぎて困る。