じゅるり。
思わず鈴仙は涎を垂らした。
今、彼女の目は路地裏の一角に釘付けになっている。
其処に在るのは一輪のクローバー。
鮮やかな黄緑に咲くそれを、赤い眼でじいっと見つめながら、彼女は思った。
(……美味しそう……)
一般的に知られているかどうかは定かではないが、一般的にウサギはクローバーが好物である。
そしてまた鈴仙も、月の生まれであるということと人に近い容姿をしているということを除けば、一般的なウサギであった。
(嗚呼、あの儚くも美しい黄緑が私を魅了してやまない……)
鈴仙は虚ろな目で、ふらふらと路地裏に吸い寄せられていく。
しかしここは人間の里。
言わずもがな、往来を闊歩する人の数は多い。
分かっている。
頭では分かっているのだ。
こんな、こんな処に生えている野草をはむはむと食そうものなら、たちまち里の人々の生温い視線を集めてしまうであろう、ということは。
しかし。
しかしそれでも鈴仙は、己の欲望に抗うことができなかった。
ウサギとは得てして、本能に忠実な動物である。
(お師匠様、ごめんなさい……)
彼女の脳裏をよぎる、最後の良心。
いつも柔和な笑みを称えている、師の尊顔。
自分が今しようとしている行為は、間違いなくそれに泥を塗ることになるだろう。
(ちょっと聞きました? 永遠亭さんったら、ペットにまともに食事を与えてないらしいわよ)
(聞いた聞いた。それでお腹を空かせたウサギちゃんが、野草を食べてたっていうじゃない)
(ヒドイわねぇ。動物虐待じゃないの)
(ホントホント)
そんなマダム達の囁き声が、鈴仙の脳内でリアルに展開される。
――嗚呼、違うのです。私は三食、きっちり食べさせてもらっています。
お師匠様には、何一つ非はありません。
ただ、それでも、この眼前の欲求にだけは、どうしても抗うことができないのです――。
気が付けば、鈴仙は路地裏にしゃがみ込んでいた。
最早、目的のクローバーは目と鼻の先である。
(この手を、伸ばせば……)
流石に、このまま地面を這うようにしてかぶりつくのだけはやめておこう。
朦朧とする意識の中、彼女はその一線だけはなんとか踏み止まった。
ゆっくりとクローバーの根元に手を伸ばし、静かにそれを摘み取る。
ぷちっ。
(……嗚呼、今、今この瞬間、私は原罪を背負って生きてゆくことが決まりました。お師匠様、姫様、てゐ……こんな穢れきった私を赦して下さい……)
心の中で、家族同然の同居人達に懺悔しながら、鈴仙は摘み取ったばかりのクローバーを口元へと近付けていく。
鼻がヒクヒクと動いているのはウサギの特性に他ならない。
……そして、鈴仙の口にクローバーが吸い込まれようという、まさにその瞬間だった。
「あー! れいせんちゃん、こんなところでなにやってるの?」
「!?」
瞬間、鈴仙は全挙動を停止した。
「…………」
無言のまま、ギギギと、顔を声のした方へと向ける鈴仙。
そこには、一人の女の子が、無邪気な笑顔で立っていた。
鈴仙が里に来るたびによく懐いてくる、見知った子だった。
「え、えっと……」
鈴仙の思考は完全にパニックに陥っていた。
(どうしよう、どうしよう)
今の自分は、道端に生えていたクローバーをさあ食そうとしていた状態である。
このままでは、『永遠亭のウサギ、道端の野草をむしゃむしゃと食す』なんて記事が天狗の新聞に載りかねない。
(駄目だ、いくらなんでもそれだけは駄目だ)
鈴仙は必死に思考を巡らせる。
(私一人が恥をかくのならいい。でも、皆に迷惑を掛けるようなことだけは……ん?)
ふとそのとき、鈴仙は、今まさに自分が手にしているクローバーへと視線を落とした。
(……これだ!)
その瞬間、鈴仙に天啓が閃いた。
「あ、あの!」
「?」
突然大声を上げた鈴仙。
女の子はキョトンとしている。
「よ、四つ葉のクローバー、探してたの」
「よつばの」
「そう、四つ葉の」
「……でもそれ、みつばだよ?」
「ああ、うん。四つ葉だと思って採ったら、三つ葉だったの。れいせん、間違えちゃった。てへ」
鈴仙は舌を軽く出して、自分の頭をこつんとやる。
「…………」
無言で、鈴仙を見つめる女の子。
……これで駄目なら、最早切腹も厭わない。
鈴仙は固唾を飲んで、女の子の反応を待った。
「……ふーん。よつばのくろーばー、みつかるといいね!」
女の子はニッコリ笑顔でそう言うと、とてててと走り去っていった。
「た……助かった……」
鈴仙はへにゃりと脱力し、そのまま路傍に座り込んだ。
「…………さて、と」
そして改めて、手元にあるクローバーを見る。
「…………」
キョロキョロと辺りを再確認。
大丈夫。
今度は、誰も居ない。
「……では」
――頂きます。
鈴仙は心の中でそう呟くと、はむりとクローバーを口に含んだ。
……そして。
「う……美味いッ!!」
思わず声に出してしまうほどの感動と衝撃が、鈴仙を襲った。
「この葉のザラザラとした絶妙な食感! パサパサした茎! 土臭い香り! あぁん!」
……どうも、あまり美味しそうには感じられないが、そこはヒトとウサギの感覚の差に因るものだろう。
「ああ……」
まさに恍惚、といった表情で天を仰ぐ鈴仙。
「生きててよかった……」
頬は未だ紅潮しており、視線も定まっていない。
「はふぅ……」
クローバーの余韻に浸りながら、暫しぼんやりとその場に佇む鈴仙。
……それから小一時間ほど経って、漸く、鈴仙は重い腰を上げた。
「……さて、じゃあそろそろ戻りますか」
鈴仙は、元々、自分は買い物をしに里に来ていたことを思い出した。
もっとも、買い物は全て済んでおり、後は帰るだけなのだが、あんまり遅くなると皆を心配させてしまう。
「……できれば、もうちょっと食べたかったけど」
鈴仙は、名残惜しそうに路地裏を振り返る。
あいにく、生えていたクローバーは一輪だけだった。
もっとも、誰かに目撃されてしまう可能性を考えれば、逆によかったのかもしれないが。
「まあ、またの機会に期待するか」
少し残念そうに呟いて、鈴仙は里を後にした。
――その、およそ二時間後。
「…………」
永遠亭に帰り着いた鈴仙は、思わず目を丸くした。
「こ、これは……」
そう。
なんと今……鈴仙の目の前には、バスケット一杯に詰め込まれたクローバーの山が!
「へへ、凄いでしょ」
そのバスケットを手に持ち、得意気に胸を張っているのは、因幡てゐ――鈴仙の親友にして、地上のウサギのリーダー――である。
「て、てゐ……。あ、あなたこれ、一体、どうして……」
ふるふると震えながら、かろうじて声を絞り出す鈴仙。
頭から生えた二つの耳はピーンと立っており、鼻はもう我慢できないと言わんばかりにヒクヒクと動きっぱなしだ。
そんな鈴仙を前に、てゐはオホンと咳払いをしてから、嬉しそうに説明を始めた。
「ふふふ。今日、久々に里の寺子屋に遊びに行ったら、そこに来てた女の子から、『鈴仙が四つ葉のクローバーを探してる』って話を聞いてね」
「…………」
「それで、ほほう、これはいっちょ、『幸せウサギ』の名を冠する私の腕の見せ所だな、とね」
「…………」
「それから、四つ葉のクローバーを集められるだけ集めて、鈴仙より先に帰って来てた、ってわけ」
「…………」
「まあ、『四十葉のクローバー』に匹敵する程の幸運をもたらすことのできる私にとっては、これくらい容易いこと……って」
そこでふと、饒舌に喋っていたてゐの口が止まった。
いつの間にか、目の前に立っていたはずの鈴仙の姿が消えていたからだ。
「…………?」
てゐがふと横を見ると、バスケットに顔を突っ込み、クローバーをムシャムシャと貪り喰っている鈴仙の姿があった。
「ふ……普通に喰っとるー!!」
思わず、キャラを間違えたようなツッコミをしてしまうてゐ。
すると、リスのように頬を膨らませた鈴仙が、バスケットの中からもぞっと顔を出した。
「え……だってこれ、ムシャムシャ。私にくれるんじゃ、ムシャムシャ。なかったの? ムシャムシャ」
ウサギらしく忙しなく口を動かし、クローバーを咀嚼しながら喋る鈴仙。
「い、いや確かにそのつもりだったけども! でも何で食べる必要があんのさ!?」
「……? だって、ムシャムシャ。食べないで、ムシャムシャ。どうすんの? ムシャムシャ」
「え……?」
てゐはふと考える。
もしかして、鈴仙がクローバーを欲しがっていたのって……。
「た、食べるため……だったの?」
「うん。ムシャムシャ。そりゃそうよ。ムシャムシャ。」
「じゃあ、別に四つ葉じゃなくても……」
「うん。ムシャムシャ。四つ葉でも三つ葉でもどっちでもいいの。ムシャムシャ。味は同じだから。ムシャムシャ」
「な、なんじゃそら……」
一気に脱力するてゐ。
鈴仙の笑顔が見たいが為、一生懸命四つ葉のクローバーばかりを選別した自分は何だったのか。
「ま、でも……」
てゐは、間断無くクローバーを喰い続けている鈴仙の顔をちらりと見る。
「美味しい。ムシャムシャ。美味しい」
人目も憚らず、クローバーをひたすら貪る鈴仙は、心底幸せそうな笑顔だった。
「……結果オーライってことで、いいか」
なんだかんだで、自分の目的は果たせたらしいと、てゐはふっと笑みを零す。
どうやら、『人間を幸運にする程度の能力』は、ウサギに対しても有効だったらしい。
……そんなことを考えていると。
「はいっ」
てゐの目の前に、一輪のクローバーが差し出された。
「…………」
黙って、それを受け取るてゐ。
「てゐも食べなよ。ムシャムシャ。美味しいよ? ムシャムシャ」
口から何本もクローバーを生やしながら、嬉しそうに言う鈴仙。
「…………」
クローバーを見つめながら、じっと考え込むてゐ。
というのも、てゐは今まで一度も、クローバーを食べたことがなかったからだ。
古来からこの東の国に住んでいるてゐは、なんとなく、西洋生まれのこの植物を、口にする気が起きなかったのだ。
しかし、目の前にいる月のウサギは、それはそれは美味しそうに、クローバーをムシャムシャと頬張っている。
そんなに美味いのであれば、一度くらいは食してみても、いいかもしれぬ。
いや、だがしかし……。
……そんな葛藤を幾度か繰り返した後、とうとうてゐは、えいやっとばかりに、クローバーを口の中に放り込んだ。
――そして、次の瞬間。
「う……美味いッ!!」
てゐは思わず叫んだ。
今まで味わったことのない、絶妙な食感に圧倒される。
「ク、クローバーが、ムシャムシャ。こ、こんなに、ムシャムシャ。美味しいものだったとは! ムシャムシャ」
「でしょ? ムシャムシャ。これは、ムシャムシャ。ウサギなら、ムシャムシャ。死ぬまでに、ムシャムシャ。一度は、ムシャムシャ。味わって、ムシャムシャ。おかなきゃ。ムシャムシャ」
「うん。ムシャムシャ。今まで、ムシャムシャ。なんとなく、ムシャムシャ。食わず嫌いしてたのが、ムシャムシャ。馬鹿みたいだわ。ムシャムシャ」
「ムシャムシャ。ムシャムシャ。ムシャムシャ」
「ムシャムシャ。ムシャムシャ。ムシャムシャ」
二匹のウサギは今日も仲良しです。
了
思わず鈴仙は涎を垂らした。
今、彼女の目は路地裏の一角に釘付けになっている。
其処に在るのは一輪のクローバー。
鮮やかな黄緑に咲くそれを、赤い眼でじいっと見つめながら、彼女は思った。
(……美味しそう……)
一般的に知られているかどうかは定かではないが、一般的にウサギはクローバーが好物である。
そしてまた鈴仙も、月の生まれであるということと人に近い容姿をしているということを除けば、一般的なウサギであった。
(嗚呼、あの儚くも美しい黄緑が私を魅了してやまない……)
鈴仙は虚ろな目で、ふらふらと路地裏に吸い寄せられていく。
しかしここは人間の里。
言わずもがな、往来を闊歩する人の数は多い。
分かっている。
頭では分かっているのだ。
こんな、こんな処に生えている野草をはむはむと食そうものなら、たちまち里の人々の生温い視線を集めてしまうであろう、ということは。
しかし。
しかしそれでも鈴仙は、己の欲望に抗うことができなかった。
ウサギとは得てして、本能に忠実な動物である。
(お師匠様、ごめんなさい……)
彼女の脳裏をよぎる、最後の良心。
いつも柔和な笑みを称えている、師の尊顔。
自分が今しようとしている行為は、間違いなくそれに泥を塗ることになるだろう。
(ちょっと聞きました? 永遠亭さんったら、ペットにまともに食事を与えてないらしいわよ)
(聞いた聞いた。それでお腹を空かせたウサギちゃんが、野草を食べてたっていうじゃない)
(ヒドイわねぇ。動物虐待じゃないの)
(ホントホント)
そんなマダム達の囁き声が、鈴仙の脳内でリアルに展開される。
――嗚呼、違うのです。私は三食、きっちり食べさせてもらっています。
お師匠様には、何一つ非はありません。
ただ、それでも、この眼前の欲求にだけは、どうしても抗うことができないのです――。
気が付けば、鈴仙は路地裏にしゃがみ込んでいた。
最早、目的のクローバーは目と鼻の先である。
(この手を、伸ばせば……)
流石に、このまま地面を這うようにしてかぶりつくのだけはやめておこう。
朦朧とする意識の中、彼女はその一線だけはなんとか踏み止まった。
ゆっくりとクローバーの根元に手を伸ばし、静かにそれを摘み取る。
ぷちっ。
(……嗚呼、今、今この瞬間、私は原罪を背負って生きてゆくことが決まりました。お師匠様、姫様、てゐ……こんな穢れきった私を赦して下さい……)
心の中で、家族同然の同居人達に懺悔しながら、鈴仙は摘み取ったばかりのクローバーを口元へと近付けていく。
鼻がヒクヒクと動いているのはウサギの特性に他ならない。
……そして、鈴仙の口にクローバーが吸い込まれようという、まさにその瞬間だった。
「あー! れいせんちゃん、こんなところでなにやってるの?」
「!?」
瞬間、鈴仙は全挙動を停止した。
「…………」
無言のまま、ギギギと、顔を声のした方へと向ける鈴仙。
そこには、一人の女の子が、無邪気な笑顔で立っていた。
鈴仙が里に来るたびによく懐いてくる、見知った子だった。
「え、えっと……」
鈴仙の思考は完全にパニックに陥っていた。
(どうしよう、どうしよう)
今の自分は、道端に生えていたクローバーをさあ食そうとしていた状態である。
このままでは、『永遠亭のウサギ、道端の野草をむしゃむしゃと食す』なんて記事が天狗の新聞に載りかねない。
(駄目だ、いくらなんでもそれだけは駄目だ)
鈴仙は必死に思考を巡らせる。
(私一人が恥をかくのならいい。でも、皆に迷惑を掛けるようなことだけは……ん?)
ふとそのとき、鈴仙は、今まさに自分が手にしているクローバーへと視線を落とした。
(……これだ!)
その瞬間、鈴仙に天啓が閃いた。
「あ、あの!」
「?」
突然大声を上げた鈴仙。
女の子はキョトンとしている。
「よ、四つ葉のクローバー、探してたの」
「よつばの」
「そう、四つ葉の」
「……でもそれ、みつばだよ?」
「ああ、うん。四つ葉だと思って採ったら、三つ葉だったの。れいせん、間違えちゃった。てへ」
鈴仙は舌を軽く出して、自分の頭をこつんとやる。
「…………」
無言で、鈴仙を見つめる女の子。
……これで駄目なら、最早切腹も厭わない。
鈴仙は固唾を飲んで、女の子の反応を待った。
「……ふーん。よつばのくろーばー、みつかるといいね!」
女の子はニッコリ笑顔でそう言うと、とてててと走り去っていった。
「た……助かった……」
鈴仙はへにゃりと脱力し、そのまま路傍に座り込んだ。
「…………さて、と」
そして改めて、手元にあるクローバーを見る。
「…………」
キョロキョロと辺りを再確認。
大丈夫。
今度は、誰も居ない。
「……では」
――頂きます。
鈴仙は心の中でそう呟くと、はむりとクローバーを口に含んだ。
……そして。
「う……美味いッ!!」
思わず声に出してしまうほどの感動と衝撃が、鈴仙を襲った。
「この葉のザラザラとした絶妙な食感! パサパサした茎! 土臭い香り! あぁん!」
……どうも、あまり美味しそうには感じられないが、そこはヒトとウサギの感覚の差に因るものだろう。
「ああ……」
まさに恍惚、といった表情で天を仰ぐ鈴仙。
「生きててよかった……」
頬は未だ紅潮しており、視線も定まっていない。
「はふぅ……」
クローバーの余韻に浸りながら、暫しぼんやりとその場に佇む鈴仙。
……それから小一時間ほど経って、漸く、鈴仙は重い腰を上げた。
「……さて、じゃあそろそろ戻りますか」
鈴仙は、元々、自分は買い物をしに里に来ていたことを思い出した。
もっとも、買い物は全て済んでおり、後は帰るだけなのだが、あんまり遅くなると皆を心配させてしまう。
「……できれば、もうちょっと食べたかったけど」
鈴仙は、名残惜しそうに路地裏を振り返る。
あいにく、生えていたクローバーは一輪だけだった。
もっとも、誰かに目撃されてしまう可能性を考えれば、逆によかったのかもしれないが。
「まあ、またの機会に期待するか」
少し残念そうに呟いて、鈴仙は里を後にした。
――その、およそ二時間後。
「…………」
永遠亭に帰り着いた鈴仙は、思わず目を丸くした。
「こ、これは……」
そう。
なんと今……鈴仙の目の前には、バスケット一杯に詰め込まれたクローバーの山が!
「へへ、凄いでしょ」
そのバスケットを手に持ち、得意気に胸を張っているのは、因幡てゐ――鈴仙の親友にして、地上のウサギのリーダー――である。
「て、てゐ……。あ、あなたこれ、一体、どうして……」
ふるふると震えながら、かろうじて声を絞り出す鈴仙。
頭から生えた二つの耳はピーンと立っており、鼻はもう我慢できないと言わんばかりにヒクヒクと動きっぱなしだ。
そんな鈴仙を前に、てゐはオホンと咳払いをしてから、嬉しそうに説明を始めた。
「ふふふ。今日、久々に里の寺子屋に遊びに行ったら、そこに来てた女の子から、『鈴仙が四つ葉のクローバーを探してる』って話を聞いてね」
「…………」
「それで、ほほう、これはいっちょ、『幸せウサギ』の名を冠する私の腕の見せ所だな、とね」
「…………」
「それから、四つ葉のクローバーを集められるだけ集めて、鈴仙より先に帰って来てた、ってわけ」
「…………」
「まあ、『四十葉のクローバー』に匹敵する程の幸運をもたらすことのできる私にとっては、これくらい容易いこと……って」
そこでふと、饒舌に喋っていたてゐの口が止まった。
いつの間にか、目の前に立っていたはずの鈴仙の姿が消えていたからだ。
「…………?」
てゐがふと横を見ると、バスケットに顔を突っ込み、クローバーをムシャムシャと貪り喰っている鈴仙の姿があった。
「ふ……普通に喰っとるー!!」
思わず、キャラを間違えたようなツッコミをしてしまうてゐ。
すると、リスのように頬を膨らませた鈴仙が、バスケットの中からもぞっと顔を出した。
「え……だってこれ、ムシャムシャ。私にくれるんじゃ、ムシャムシャ。なかったの? ムシャムシャ」
ウサギらしく忙しなく口を動かし、クローバーを咀嚼しながら喋る鈴仙。
「い、いや確かにそのつもりだったけども! でも何で食べる必要があんのさ!?」
「……? だって、ムシャムシャ。食べないで、ムシャムシャ。どうすんの? ムシャムシャ」
「え……?」
てゐはふと考える。
もしかして、鈴仙がクローバーを欲しがっていたのって……。
「た、食べるため……だったの?」
「うん。ムシャムシャ。そりゃそうよ。ムシャムシャ。」
「じゃあ、別に四つ葉じゃなくても……」
「うん。ムシャムシャ。四つ葉でも三つ葉でもどっちでもいいの。ムシャムシャ。味は同じだから。ムシャムシャ」
「な、なんじゃそら……」
一気に脱力するてゐ。
鈴仙の笑顔が見たいが為、一生懸命四つ葉のクローバーばかりを選別した自分は何だったのか。
「ま、でも……」
てゐは、間断無くクローバーを喰い続けている鈴仙の顔をちらりと見る。
「美味しい。ムシャムシャ。美味しい」
人目も憚らず、クローバーをひたすら貪る鈴仙は、心底幸せそうな笑顔だった。
「……結果オーライってことで、いいか」
なんだかんだで、自分の目的は果たせたらしいと、てゐはふっと笑みを零す。
どうやら、『人間を幸運にする程度の能力』は、ウサギに対しても有効だったらしい。
……そんなことを考えていると。
「はいっ」
てゐの目の前に、一輪のクローバーが差し出された。
「…………」
黙って、それを受け取るてゐ。
「てゐも食べなよ。ムシャムシャ。美味しいよ? ムシャムシャ」
口から何本もクローバーを生やしながら、嬉しそうに言う鈴仙。
「…………」
クローバーを見つめながら、じっと考え込むてゐ。
というのも、てゐは今まで一度も、クローバーを食べたことがなかったからだ。
古来からこの東の国に住んでいるてゐは、なんとなく、西洋生まれのこの植物を、口にする気が起きなかったのだ。
しかし、目の前にいる月のウサギは、それはそれは美味しそうに、クローバーをムシャムシャと頬張っている。
そんなに美味いのであれば、一度くらいは食してみても、いいかもしれぬ。
いや、だがしかし……。
……そんな葛藤を幾度か繰り返した後、とうとうてゐは、えいやっとばかりに、クローバーを口の中に放り込んだ。
――そして、次の瞬間。
「う……美味いッ!!」
てゐは思わず叫んだ。
今まで味わったことのない、絶妙な食感に圧倒される。
「ク、クローバーが、ムシャムシャ。こ、こんなに、ムシャムシャ。美味しいものだったとは! ムシャムシャ」
「でしょ? ムシャムシャ。これは、ムシャムシャ。ウサギなら、ムシャムシャ。死ぬまでに、ムシャムシャ。一度は、ムシャムシャ。味わって、ムシャムシャ。おかなきゃ。ムシャムシャ」
「うん。ムシャムシャ。今まで、ムシャムシャ。なんとなく、ムシャムシャ。食わず嫌いしてたのが、ムシャムシャ。馬鹿みたいだわ。ムシャムシャ」
「ムシャムシャ。ムシャムシャ。ムシャムシャ」
「ムシャムシャ。ムシャムシャ。ムシャムシャ」
二匹のウサギは今日も仲良しです。
了
ウサギってクローバー食べるんだ、安上がりでいいなぁ。
ともあれ良かったです。てゐの優しさに和みました。
てゐが彼女のために集めたり、二人で仲良くクローバーを食べる光景が
ほのぼのとしてて面白かったです。
そうか、そういえばウサギだったw
永遠亭には鈴仙の笑顔が欠かせないと思う
永遠亭は今日も平和、平常運転なのでした
和むわぁ…(え
しかしこんなに本能に忠実ならきっと性y(テレメスメリズム
永「・・・二人とも、今後の食事はそれで決定ね」
て&鈴「はぅ!?」
とかなんとか
鈴仙やーうちに来いw
うちの休耕田にいっぱいクローバー咲いとるぞwww
昔、興味本位で食べてみたクローバーの味が数年の時を経て反芻されました。
内容に100点と後書きの感想に気持ちで+20点をお納め下さい。
てゐのツッコミには笑った
がジャガーの笛エクレアのシーンにしか見えなかったww
そしてムシャムシャ言い過ぎ吹いたwww
おもしろかったですー。
お持ち帰りした後精一杯お世話させて頂きたい衝動に駆られそうです。
なんと微笑ましいんだ!
それがこんなに繁殖してんのか…
兎さんたちの仲が良くてなにより
仲のいいふたりをみてると和みます
想像するとシュール。
それはともかく、仲良しって素晴らしい。
二人の可愛らしさをレッドゾーンまで引き出すその筆力に感服致しました。