「我は大妖精。大、すなわち偉大だ。むろん貴様らのごとき矮小なる存在には想像も及ばぬ、遥かな高みに位置する偉大さだ。さあ遠慮することはない。跪き、好きなだけ仰ぎ見るが良い。全ての存在が『大』の名の下にひれ伏すときが来たのだッ!」
いきなり人んちのティータイムに乱入してきて、右に左に偏った方々もびっくりな、ブッ飛んだ演説をする。こんなヤツを何というべきなのだろう。
レミリアは傍らの咲夜に目で問うてみた。
答えは、
(病気ではないかと)
(だよねー)
「っていうか貴様は何だ。偉そうだ偉そうだと聞いてはいたが私よりもぜんぜんちっこいではないか。これは全ての『大』なるものへの冒涜だ!」
大げさに振りかぶってレミリアを指差す大妖精とやら。ティンカーベルと見紛う。
「貴様は頭に『小』をつけるべきだ! 今日から貴様は小吸血鬼だ!」
「何言ってるのかぜんぜんわかんない」
「ならば阿呆にもわかるように教えてやろう。耳の穴をかっぽじって良く聞くが良い。あれは昨日か一昨日のことだった――」
頼んでもいないのに一方的に、とうとうと語り始める。コミュニケーション能力が皆無な子の特徴だ。
……言うには、彼女はある日、天啓を受けてしまったらしい。お友達からの何気ない一言を天啓と呼ぶのかどうかレミリアは疑問だったが。
――大ちゃんは『大』妖精なのに、ぜんぜん偉そうじゃないのは何でなのよ?
だそうな。
ゆえに、偉ぶることにしたのだとか。ついては、ご近所さんであるレミリアが目の上のたんこぶになるから、叩き潰しに来たのだとか。
(ははぁ)
思い立ったら即行動。傍若無人な物言いがデフォ。これはアレだろう、とレミリアは思い至る。夢見がちな少年少女ほど罹患率が高いっていう、あの病気だ。
(かわいそうに)
雨に打たれた子犬を見るような目を、レミリアは大妖精に向けた。
でも、誰にだってそういう時期はあるのだ。
咲夜にだって。自作のポエムを額縁に入れて部屋に飾っていた時期があったことを、レミリアは知っている――
(忘れてあげたはずだったのに……)
心優しき吸血鬼は目の端に浮かんだ涙をそっとぬぐった。
「こっちの方が偉いんだから大きな顔をするんじゃねえ、と。気に食わないんだよ、と。要するにケンカを売りに来ているわけですね」
レミリアの悲哀などつゆ知らず、咲夜が解説をさしはさんだ。
「片腹痛いわね。とっとと追い出してちょうだい。私は忙しいの」
忙しいとはつまり、フランドールとポッキー両端食い寸止めプレイを小一時間楽しんだり、パチュリーと淫語しりとりで女の子としてギリギリのレベルをグレイズしてみたり、美鈴の膝枕でひたすら午睡、といったくッだらない用事が詰まっているということである。
「ほう、我が威光の前に尻尾を巻いて逃げだすのかね。紅い館の主、この程度か」
わざわざレミリアのプライドを刺激する調子で言い放つ大妖精。この命知らずな物言い。妖精であるがゆえか。
レミリアの羽根がひとりでに空気を切り裂き、鋭い音を鳴らす。
「控えろ、下郎」
激怒した。
――というのは見せかけのことで、実はこのセリフ、レミリアが一度言ってみたかったセリフのトップテンに入っているのだ。だから内実は、大喜びの大はしゃぎである。
「ふん、貴様こそ控えよ! 我こそは大にして小をかねる大妖精なるぞ!」
「そんなに死にたいか」
ノリノリで続けるレミリア。手の中のティーカップを砕き、
「三秒待ってやる。念仏でも唱えるが良い」
また一つ望みを果たした。この調子でいくと『言葉は無粋、押し通れ!』とか『あの世で私に詫び続けろぉ――ッ!』といった高難度なセリフまで達成できるのではなかろうか。
(夢が、叶う……!)
ところが、
「ま、待て」
ごきごきと指を鳴らすレミリアの迫力の前に怯んでしまう大妖精。
「ぼぼぼ、暴力はありとあらゆる悲劇の根源だ。ひっぱたく前に話し合う、なぜその程度のことが出来ぬのだ。頭の弱い者はこれだから困る。すべての愚かなる争いは一発の凶手から始まるというのに――」
オラオラと。ペシペシと。聞き終えぬ間からレミリアは羽根ビンタをかます。もうちょっと粘ってくれたら……と悔しくって仕方なかった。
「お嬢様。あまりそのように手厳しくなされますと」
「なによ」
「マジ泣きされてしまいます」
「な、泣いてないし」
とか、小学生ライクな弁明。仰々しい物言いとは裏腹なミルキーフェイスに力が抜ける。
「ぐす……レミリアよ、貴様、偉大さとはすなわち何だと心得る」
「省みないことかしら」
なんだろう、咲夜が微妙な表情になった。
「断じて違う。古の偉人とは遍く、素養があった」
「素養?」
「芸術の素養だ! 文学、絵画、音楽。民衆の心を揺るがす、ありとあらゆる分野に精通して初めて、人は偉ぶることが出来るのである。人心を知らずして人の上に立つことなどままならぬのだからな。だのに貴様は何だ! 種族の力の下にあぐらをかいて偉ぶっておるだけではないか! 左様な怠慢、我が『大』の名において断じて許容できぬ!」
初対面でダメ出しとは。カルト宗教の勧誘員さながらだ。このあと壷とか売りつけられるのではないだろうか。レミリアは少し身構えた。
「どうしろっていうのよ」
「貴様の素養を見せてみろ。それが私の足元にも及ばぬほど陳腐なものであれば即刻、今の立場を改めてもらうぞ。『妖精見習い』から出直しだ。ちなみに努力次第で『小妖精』→『妖精伍長』→『妖精部隊長』→『妖精将軍』→『妖精王』→『大妖精』とランクアップできるから頑張れ」
どんだけ偉いんだ大妖精。
「ふぅん。つまり、この私と芸術で勝負しようというのね。面白いじゃない」
いつの間にやらレミリアは乗り気になっている。この猛々しいザコを完膚なきまでに泣かしてやるのも、なかなか面白いんじゃないかと思う。
「ククク、勝負だと? 貴様など我が覇道の道すがらに踏み潰す羽虫に過ぎぬ。……それにしても羽虫とは我ながら言いえて妙よのぉ」
人が大人しくしていれば付け上がる。ククク、だなんて。どこまでも人をくった含み笑いを見せつけられると、さすがのレミリア様もカチンときた。
「誰が羽虫だ! 厚揚げでお尻ひっぱたくぞ!」
「やれるものならやってみろ。豆腐と煮汁にまみれる貴様の顔が目に浮かぶようだわ」
「上等だぁ、この緑髪チビがッ!」
「かかってこいやぁ吸血ロリータッ!」
瞬間――レミリアの頭上で唸るレッドドラゴン。大妖精の頭上で牙をむくホワイトタイガー。サン○オあたりが手がけたようなそのファンシーなデザインは、この戦いの行く末を暗示しているようであった……。
かくして互いのプライドを賭けて争う両者。
勝負は三ラウンド。まずは音楽の素養を競う。音楽に関しては些か自身があるレミリアだ。
「幻想郷のスタンリー・キューブリックと呼ばれるこの私に音楽勝負を挑むとは……無謀ね。愚かといってもいいわ」
「お嬢様、キューブリックは映画監督です」
「咲夜、アレを持ってきてちょうだい」
突っ込みはスルーが基本の我らが紅魔館。
「御意」
アレと言われただけで何を求めているのか分かってしまう咲夜は従者の鏡だ。これぞ主従の以心伝心、とレミリアは誇らしげに、速攻で用意されたアレを受け取る。
「これじゃないわ、モグモグ」
チクワを所望したつもりは全く、ぜんぜん、これっぽっちもなかった。
「おかしいでしょう? すごくおかしいでしょう? 音楽とチクワに何の関係があるっての? 火星とバナナぐらい関係ないわ。でも鮮度が良かったから許してあげる」
「ありがとうございます。お嬢様の慈悲のお心は気仙沼より尚深いのですね」
「それって割と浅くね? 沼て」
結局、何のことか分からないようなので耳打ちしてやる。ははぁ、なるほど。アレですか、と咲夜は頷いた。
手に馴染んだアイテムを右手に、左手は添えるだけ。――セットポジションにつく。
「心して聴くが良い! そしてひと夏の癒しを得るが良いわ!」
「お嬢様、『うん』で一回休みですよ」
「わかってる! いくわよ、『亡き王女の為のカスタネット』!」
――うん(タッ)うん(タッ)うん(タッタッ)
聴衆の脳髄に直接ビートを叩き込むかのようなこの音圧。なんとパーフェクトなリズム感。レミリアの前ではM.Cハマーやらエミネムなど全米ナンバーワンHIPHOPアーティスト(笑)だ。
――うん(タタ)うん(タタ)うん うん(タタタン)
音楽は総合芸術である。視覚的なアプローチも忘れてはいけない。糖分をブーストした練乳ミルクを想起させる笑顔を撒き散らしながら、右に左に身体を揺らす。不慣れな者が直視すれば視神経を焼き切られかねないだろう。何を隠そう、ラーマクリシュナを悟りに至らせたのは不二家で苺ショートをほおばるレミリアのスマイルである。
が、
「ずいぶんと勿体つけるから、どれ程のものかと思えば……」
何やら不穏な大妖精。
「ク……クク、ハハッ! ハァーハッハァ!」
今どきレアな三段高笑い。侮蔑の色合いを含んでいることは明らかだ。
(高笑い……ッ!)
レミリアはそわそわしてしまう。私だって、私だって高笑いしてみたいんや……!
「カスタネットだと? ハッ、まるで児戯ではないか。初っ端からこれでは高が知れようものぞ」
「なんだと……!? カスタネットのことなら何と言われようと構わんが、私を悪く言うことだけは許さん!」
「逆です、お嬢様。いや、合ってるのかしら」
「これを見てもまだそんな大口が叩けるのかね」
と、懐から何やら取り出す大妖精。
「チクワですって!?」
「リコーダーである!」
「――」
背中に氷柱でも入れられたように、レミリアは総毛立つ。悪寒が全身に伝播するまでコンマ数秒。
「しかもアルトリコーダーである!」
「なんだと……! そんなっ、高学年御用達のプロユースアイテムを持ち出してどうしようというのだ! ありえない、妖精ごときが……!」
「どうしよう、だと? 異なことを言う。吹いて見せるに決まっておろう」
「は、ハッタリのつもりか? 指が届くはずないだろうが! 私がそれでどれだけの恥ずかしい思いをしたことか……!」
「格の違いを思い知るが良いわッ!」
背筋をシャンと伸ばしてリードに口をつけ、大妖精のターン。
――ソッミー♪ ソッミー♪ レードーレードー♪
「これは……『かっこう』? な、なんだその程度なの。それぐらいなら私だって練習すればきっと吹けるわ……」
と、レミリアは虚勢を張るものの、ガタガタと身体が震えてしまい、強く、強く腕を抱いても、動揺を隠しきれない。なぜそんな高等楽器を妖精ごときが使いこなせるのだ……!
震えおののく彼女を知ってか知らずか曲がレベルアップ。
「こ、この、そこはかなく哀愁を漂わせるメロディライン……! しかしエスニック的なノリの良さも感じさせるこの曲は、el condor pasa――『コンドルは飛んでゆく』! だめぇ! そんな難しい曲吹かれたら私まで飛んじゃう!」
レミリアは吹っ飛び、背中から壁にめり込んで吐血した。このあたり、リアクションの何たるかを心得ている。
「く……くく。見たか、我が旋律のヴィルトゥを。貴様などしょせん、おゆうぎ会レベル止まり! 一方私は音楽室という名の神域に達した!」
何がなんだか、といった顔で咲夜がため息をついた。
「ゴフッゴフッ……! 咲夜、こうなったらアレを持ってきなさい! あの宝具の封印を解く時は今しかないわ!」
「アレとは?」
「鍵盤ハーモニカよッ!」
「残念ながら修理中です。『なんでドナドナってこんなに難しいの! 私の子牛はいつになったら売れるの!』って癇癪起こしたあげくに叩き壊しちゃったじゃないですか」
「ゴブァ――――ッ!!」
きりもみ回転しながら血の花を咲かすレミリア。まさか自分の従者にトドメをさされようとは思いもしなかった……。
「鍵盤ハーモニカの名が出たときはヒヤリとしたがな……。チューブから逆流するヨダレの嫌な感じに耐えられる者などそうそういるものではない! ハハ、他愛もないなレミリア・スカーレット!」
「くっ……。これは認識を改めなければならないようね。いいでしょう、音楽に関してはお前に一日の長があったと認めてあげるわ……だけどこれぐらいで調子に乗らないことね。私の本気はこんなもんじゃない!」
「面白い。このまま終わったのではまるで歯ごたえがないからな。この髪が! 羽根が! 貴様の悔し涙を吸いたいと喚いておるのよ!」
たかが妖精と侮っていたが、どうやら口だけではないらしい。もう、油断はしない。次は、殺す気でやる……! レミリアは己を鼓舞するように手の中のカスタネットを数回打ち鳴らした。
二ラウンド、美術対決へ。
数多の名画を目にし、気に入った作品は『れみ、これが欲しいの』と画商に指をくわえて見せて、思うがままに奪い取ってきたレミリアだ。審美眼は存分に養われている。あとは、美なる存在への己がシンパシィをどれだけ正確にキャンバス上に表現できるかが問題なのだ。
なのに、絵の具は部屋を汚しそうだからダメだって咲夜は言う。――クレヨン。こんなチープなアイテムでは、ほとばしるパッションを表現しきれない。
大妖精と二人してブーブー文句を言ったところ、
「めっ」
されてしまったのでレミリアたちは仕方なく引き下がった。
「でっきるかなー」
「でっきるかなー」
レミリアと大妖精の歌声をBGMにバトルは進む。文学、音楽、美術。区分されているようでいて、至るところで繋がっているのが芸術なのだ。
お絵かきの基本姿勢は地べたにアヒル座りである。
大妖精もそこは外していない。夢中で手を動かす宿敵をレミリアは畏怖の目でにらみつけた。
(やはり……できる……!)
気を引き締めてかからねばなるまい。赤いクレヨンに情熱を、青いクレヨンには知性の輝きを、灰色のクレヨンに少しの情愛を! キャンバスすべてが彼女の映し身だ。余白にまで心魂を注ぎきったところで、
「できたっ!」
「でっきたーっ!」
声が重なる。と同時に、キャンバスを咲夜に突きつけた。
「忌憚のない意見を聞かせてね? これは真剣勝負、主君の絵だからって遠慮しないで、客観的な視点で淡々と評してちょうだい」
「ふん、アウェイの不利ぐらい承知のうえよ」
審査員は咲夜だ。どこぞのお偉いさんでも呼びたいところだったが、それは手間なので致し方あるまい。
「では及ばずながら、お嬢様の作品から……」
ふむ、と咲夜はレミリアのキャンバスを凝視した。
(あれ?)
そういえば、咲夜に美術の素養などあったろうか。自分の意図するところを汲み取ってくれるものと信じてはいるのだが……。レミリアは得体のしれない恐怖に身を包まれた……。
「これは、なるほど。サルバドール・ダリのオマージュでございますか。シュルレアリスムの先鋭と呼ばれた、かの奇才をここであえてチョイスするとは思いきったことをなされましたね。
はて、次元が三つか四つほどねじれたような腕の先にナイフらしきものを握っているこの人物は、いったい何を象徴しているのでしょうか。
……。
愚見ながら、これは戦場に赴く兵士の歪んだ殺意を表しているのではないかと解釈いたしました。兵士にスカート、というのは一見不可解なようですが、反戦だなんて、ともすれば青臭い主張をユーモアのオブラートに包む、お嬢様一流の表現技法なのではないかと。
そう考えると、『ちくや いつも ※りがとう』という赤いパッセージも、カオスとタナトスを細かく刻んでドリップしたコーヒーのような深い味わいがございます。いや、お見事!」(※赤く汚れていて読めない)
「え、うん。まぁ、そんな感じ……」
悲しくて悲しくて言葉にできない。そんな時が本当にあるんだなってレミリアは実感していた……。
「さて、あなたの方は」
咲夜が大妖精の方に視線を移すと、キャンバスがビクッと震えた。その気持ち、レミリアは理解できる。あさっての方向に全力疾走な咲夜の批評は彼女らのガラスハートを粉々に打ち砕くのだ……。
「ふぅん? これは、エリマキトカゲかしら。一見するとタダの落書きのようだけれど、なぜいまさらエリマキトカゲなのか、ということを考慮しなければならないわね。この凶悪な面相にエキセントリックな装飾……触れるもの全てに牙をむくような荒々しいタッチ……分かった。これはパンクロック、つまり反骨精神を体現しているんだわ!
となると、この、『さるのさゃん だいすき』というのはさしづめグラフィティアートかしら? 崇高な芸術の領域にヴァンダリズムを持ち込むとは新しい発想ね。技巧的な面はさておき、私はまずその開拓者精神を評価します」
「うん。まぁ、そういうことだ……」
さて、真剣勝負である以上は心苦しくとも結果を伝えなければなりません、と咲夜は言った。
「判定は――」
「ドローで」
「ドローで」
咲夜も同意見であるらしい。
――二人とも、どうしてそんな顔をしてるのかしら。
不思議そうに首をかしげる最愛の従者がレミリアは恐ろしくて、恨めしくて仕方なかった。
最終ラウンド前である。
「咲夜、状況を整理してもらえるかしら」
「崖っぷちでございます」
「もう少し詳しく」
「事故って半分ほど崖から飛び出したタンクローリーがオイル漏れを起こしていて、なおかつ、くわえタバコをした野次馬オヤジのもとに『別れたいの』と嫁から電話がかかってきた。そんな状況でございます」
「絶体絶命ってレベルじゃないわね。……って、そういうのはいいから」
「お嬢様の一敗一分、勝負は三ラウンドですので、ここでお嬢様が勝利なされても引き分け、ということになります」
「私が負けた場合は?」
「無論、完膚なきまでに負けですわね。見習い妖精から出直し、だそうです。何をやらされるのかは存じませんが。パシリですかね? やはり」
「……」
レミリアは口元に手をあてて深く考え込んだ。羽根がぱたぱたと忙しなく動く。うろうろと部屋中を歩き回る。
よからぬことを考えているな……という咲夜の予感は的中した。
さも名案を思いついた、といわんばかりの笑顔で、大妖精に向かって人差し指をたてるレミリア。
「最後は勝ったほうに一万レミリアポイントってことで」
「何をわけの分からぬことを」
「1レミリアポイントは一勝に等しいのよ」
(でた、お嬢様の十八番)
妹のフランドールと遊んでいる時、分が悪くなるといつもこう言い出して、大喧嘩して、うやむやにしてしまうのだ。事後処理を担当させられる咲夜にしてみれば『またか』もいいところである。
「馬鹿を言うな。そんな提案を呑んで私の何の利益があるというのだ」
「あるわ! 一万レミリアポイントってのはつまり一万勝よ? これはもう一生かかっても負け越し確定じゃないの!」
「む……む、そうか。そうなのか。つまり、勝てば一生勝ち越しか、それはすごい」
適当ぶっこいたレミリアの口車にまんまとのせられる大妖精。仰々しい物言いの割りに、おつむが少々残念な出来であるようだ。
「まぁ良かろう、私の勝ちは目に見えておるのだからな。して、勝負は……短歌なり川柳なりで情景描写の技巧でも競うか?」
「ババ抜きよ! ラストバトルは夕日をバックにシンプルなぶつかり合いって決まってるんだから!」
「ババ抜き……望むところよ! チルノ師匠に叩き込まれたテクニックの真髄を見せてくれるわ!」
背景には『そんなかったるいことやってられっか』という享楽思考があったのだが、せっかくカタにハメたのに、レミリアは自ら墓穴を掘ってマグマを掘り当てるような真似をする。
(お嬢様ったら、トランプ滅ッ茶苦茶弱いのに)
咲夜はいつぞやの夜に紅魔館の面々で行ったババ抜きを思い出す。あれはひどかった……。というのも、『運命を操る程度の能力』が、どうも、笑いの神が降臨してしまう方向に働いてしまうらしく、全員が手元のペアを捨てたらレミリアの手にカードが一枚、もちろんババが残った、なんてことがあった。この世の絶望を濃縮したような、あの時のレミリアの顔は、忘れたくても忘れられるものではない。
今回はそんな奇跡は起きなかったようで、咲夜は胸を撫で下ろした。しかし、
「ハートの3……あった、あったわ!」
「ぐっ……やるではないか」
能力のみならず、ポーカーフェイスとはどこまでも無縁な、この赤裸々フェイス。いくら嬉しいからってそこまで笑うこたないでしょう、ってぐらい顔に出るのだ。
「フフハハハ、スペードエースが我にこう言っておる! 勝て、とな!」
「ほざきなさい、勝負はこれからよ!」
タイマンのババ抜きなのだから揃わない方がおかしいのだが、一喜一憂するレミリア達。
そうこうしているうちに残りカードは三枚。勝負は佳境へ。
ジョーカーはというと、
「クク、勝利の女神は我に微笑んだようだな」
「……く」
レミリアの手にあった。それを見た咲夜はおでこに手をあて天を仰いだ。終わったな……と。
「む、む。こっちか……?」
大妖精がジョーカーに手をかける。
バサバサァ――――ッ!
場に捨てられたカードが吹き飛ぶほどに喜びを表して止まぬ羽根。大きさが仇に……そういう問題でもなかった。
「こっちっぽいな……」
「(うんうん、うんうん)」
しきりに頷くレミリア。ここまでやられるとブラフを疑う者の方が多いだろう。でも、素なのだ。紛うことなき素なのだ。
「いや、こっちか……?」
しゅん……。萎びたナスより尚、生気を失う五体。
「これかぁッ!」
一万一敗一分でゲームセット。哀れなお嬢様は見習い妖精から出直しか。長い人生、たまにはそんなことがあっても良いでしょう。私はどこまでもお付き合い致します、とでも慰めるように咲夜はレミリアの肩に手をかけた……。
かけた手が硬直する。咲夜は息をのんだ。
「――ッ!」
なんと大妖精が引いたのはジョーカーだった。
(ブラフを疑った……? でも……)
数秒前の大妖精の様子を思い出す。そう、よく考えたらカードしか見てなかった気がするぞ。なんという節穴アイ。トムとジェリーのネコの方なみに周りが見えていない。
「ハッハァー! 油断したようね!」
「ぐ、うぐ。勝負はまだ残っておるわ! さっさと引けぃ!」
あからさまに片方のカードを高く持つ大妖精。こういうのは、考えれば考えるほどドツボにハマる駆け引きの妙、というやつなのだが。……なんというか。高く持った方のカードからにじみ出る『お願いだからこっち引いて下さい』オーラを咲夜は感じ取った。それにはレミリアも気づいているようで。そして『人の嫌がることをしなさい』というのは、悪魔の基本理念みたいなものであって……。
レミリアは歓喜の予感に目を細め、口元をゆがめる。
偶然の一致が奇跡を生んだ……!
「イイヤッホォオ! やったわ咲夜! 勝った、勝ったのよ!」
「おめでとうございます、お嬢様。連敗記録は254と、カンスト寸前でストップですわ」
飛びついてきたレミリアに高い高い、肩車、人間メリーゴーラウンドまで流れるようにほどこす咲夜。
「見たかザマーミロォ! これでお前は一生私に負け越しよ!」
あっかんべえして敗者をなぶること烈火の如し。まさに悪魔の鏡だ。
「あはははッ! 咲夜、歌えい! 歌いなさい! この栄誉を称える祝詞を聞かせてちょうだい!」
「ボェア゛ア゛ア゛――」
「ないわ!」
悪魔のお祝いソング=デスメタと信じてやまない咲夜である。
「――――」
「……って、アレ……?」
「あら……?」
鳥が去った森を思わせる、静寂。
ふと見やれば俯き、何かを堪えるようにスカートを握り締める大妖精がいた。肩を小刻みに震わせていて、時折、顔の方へ手をやる。話し方を忘れてしまったように沈黙を続ける。
(なんだろう。この感じ)
葬式にアロハシャツで出席しちゃったような気まずさに咲夜はとまどった。あるいは、坊さんがディストーションのかかったバッキングつきの読経を爆音で流しながらナナハンの単車で首都高を爆走しているような齟齬……。
咲夜はレミリアに顔を近づけて声をひそめる。
「泣かせてしまったのでは……?」
「ええ……これぐらいで? 嘘でしょう? フランにパチェに咲夜に美鈴に、私がどんだけ連敗してると思ってんのよ。十時間かけて百連敗した時だって泣かなかったのに」
「お嬢様は少々たくましすぎるのではないかと、肉体的にも精神的にも」
手加減したらしたで怒るんだもんなあ、というやりきれない思いを咲夜は押し殺した。
「ちょっと見てきてよ」
「それはちょっと遠慮させて――」
にらまれる。
(だってあの妖精、人として軸がぶれてるんだもの……人じゃないけど……)
まぁ、放っておくわけにもいくまい、と咲夜は近寄って、出来るだけ穏やかに話しかけた。
「ど、どうしたのかしら?」
「……目にゴミが入っただけだ」
とか言いながらグーで両目を一こすり、二こすり。ぽたぽたを通り越して、ぼたぼたと涙、涙、涙。
「あはは、ごめんね……チルノちゃん。私、負けちゃったみたい……」
「……」
「うっ……うああぁ……」
「……」
この空気は……居たたまれない。良心、なんてものが自分にあるのかどうか咲夜は分からないけれども、ザクザクと、グサグサと。心の敏感な部分を無遠慮に責める矢が、四方八方から突き刺さる思いだ。
頭の悪そうな子供の群れが己を取り囲み指差す光景まで、咲夜は幻視した――。
『泣ーかしたー、泣ーかしたー』
やかましい! 私が何をしたというのだ。あんま調子乗ってると鼻の穴にビー玉ぶちこむぞクソガキども!
『せーんせいにー、言ってやろー』
だ、だから、わたしは何もやってないんだって。むしろ被害者――
『十六夜は廊下に立ってろ』
なんで!? なんでわたしが!? 泣かせたのはスカーレットさんなんだって! ねえ先生信じてよ! 私、優等生! スカーレットさんはいじめっこ! 知ってるでしょう!?
『言い訳はよくない、しかもちっちゃい子のせいにするとか最低だ、ちっちゃい子は正義! 秩序! オーソリティ! 十六夜はバケツ追加で立ってろ! 大ちゃんはこっちおいで、よしよし怖かったね』
って、なんでどうしてそうなるのよ生徒の話聞けよペド教師っあああああああ
「咲夜! 咲夜どうしたの!?」
「ハッ!?」
レミリアの声で我にかえる咲夜。ずいぶん取り乱していたらしい。
「な、何があったのよ?」
「大妖精……泣いてました、ガン泣きです。ああああ怖い、冤罪怖い」
「? 泣いてたって……。私の圧勝は圧勝だけれど、形だけみれば一勝一敗一分のイーブンじゃないの。泣くこたないでしょう、泣くこた」
「泣く子に理屈が通用するなら保母さんは仕事を失いますよ。強面で泣く子が黙った例もありませんし」
「気分悪いなあ……。てっきり顔を真っ赤にして泣きの一戦をねだってくるかと思ってたのに。そこで三回まわってワンをやらせるつもりだったのに」
「いっつもやらされてますからね」
「お黙りなさい」
(む)
殺人的な愛嬌を振りまきながらノリノリでやっているものだから、好きでやっているものだとばかり。
「それで、どうなされるおつもりで? このままだと一日中泣いてそうな雰囲気ですよ」
「どうって、どうもしないわよ。良いザマじゃない。この私相手に大口叩いた報いってもんよ」
「はぁ、左様で」
「なによ、何か文句でもあるの?」
「いえ、お嬢様がそれで良いとおっしゃるのでしたら――」
「文句があるのなら言いなさい」
「……」
「なんなの?」
何も言うまい、と咲夜は思う。
お箸の握り方だとか、身だしなみだとか、お行儀的な面はさておき。
こういった、己のアライメントを左右するような事態に直面した時、レミリアのスタンスがそれを是とするのなら、
「邪魔をしたな……」
「なによ急に、しおらしくなっちゃって」
「どうやら勘違いをしていたのは私の方だったようだ……」
「……ふん」
赤くはれた目の妖精を、ぼろぼろのままで、勝手にしやがれと、帰してしまって構わないというのなら。
咲夜にできることはただ、主の行いを心根を、全て肯定することだけである。それが従者としての、彼女の忠誠であった。
「……」
ドアに向かう大妖精の暗い背中と、打ち捨てられた楽器、キャンバス、トランプとを、レミリアは交互に眺めている。その瞳が何を思うのか咲夜にはわからない。慈愛、罪悪感、憤り。……どれも違う。あえていうなら、祭りのあとを眺める子供のそれに似ていた。
大妖精がドアノブに手をかける。ここが分かれ目かしら、と咲夜は見た。レミリアの性格なら、わざわざ追いかけてまで引き止めることはしないだろう。姿が見えなくなれば、それでおしまい。わけのわからぬ妖精のことなどキレイさっぱり忘れて、新しい遊び相手を求め、咲夜を連れてどこぞへ向かう。それだけのことだ。
「お待ちなさい」
レミリアの声に、大妖精は歩みを止める。
己がほぅと息を吐き、笑みをこぼしている理由を、咲夜は知らない。けれど、自分が今、この上なく好ましい気持ちであることは確かだった。
「お前がどうしてもっていうのなら、もう一勝負してあげてもいいわよ」
大妖精は振り向いた。
「でっ、でも。私の一万敗だろう……? そんな大敗、どうがんばっても取り返せないし……」
「やだ、真に受けてたの? 別にいいわよ、そんなの。なかったことにしてあげる」
「う、う……。でも、ダメだ。ルールはルールだ。えらい人は約束を反故にしたりしないのだ……」
「はぁ、ならこうしましょう」
レミリアは大げさに手を広げてこう言った。
「次の試合は勝ったほうに二万レミリアポイントってことで」
はっとしてレミリアの顔を見る大妖精。すぐさま、曇りないレミリアの笑顔から、自分の泣き顔を隠すように俯いた。胸の前で指をついたり、離したりしながら、ぼそぼそとつぶやく。
「貴様、意外といいやつだったのだな……」
「ふん、その言葉は悪魔に対する冒涜よ」
その後。
53万レミリアポイント対53万レミリアポイントのイーブンで、戦いはいったんお開きとなった。奔流する殺意も、迫りくる空腹の前には無力だ。
レミリアはといえば、互いに全力で、なおかつ互角にバトれる宿敵(とも)を初めて得て、よっぽど嬉しかったようで。
「決着をつける前に餓死されてはたまらないわ。晩ごはんを食べていくといい!」
テンプレート的なノリで敵に塩を送った。
「お前のような十把一絡げのザコ妖精にはミートボールがお似合いなのよ。私の分をくれてやるから精々味わうがいいわ」
「ふ、私レベルの妖精ともなると、食後のデザートはドリアン以外受け付けぬのだ。プリンだと? 甘さ以外に取り柄のない低劣な菓子は貴様にこそふさわしい」
などと、ツンデレをフォークにさして互いの口にねじ込むような夕餉を終えたころには、外はすっかり暗くなっていた。
「寝首をかかれたらたまんない! 泊まっていきなさい!」
「望むところよ!」
おそろいのパジャマで、一緒におねんねすることに。
ベッドでは色々なことを喋った。色々なことがあった。眠くなってくると、曖昧な意識も手伝ってか、多少は大胆なことをする。
「ククク、大ちゃんよ。私の腕枕で悪夢に誘われるが良い」
「こざかしいレミィめ。いっそ抱き枕にしてくれるわ」
といった囁き合い。
あるいは、互いに征服したり、されたり。華を咲かせたり、咲かせなかったり……。
まぁそんな感じで朝になった。
別れの朝である。いつまでもバトルを続けているわけにもいかない。というか、このままではうっかり籍を入れてしまいそうな気配があったのだ。
監視という名目の元、レミリアは咲夜を連れて、わざわざ門まで見送りに出た。
「このレミリア様にたてついた身の程知らずめ、良かったらまた遊びに来るがいいわ!」
もはや本音の隠し方も忘れかけているレミリア。
大妖精は両手いっぱいのお土産袋を手に、こう言い放った。
「ふん! 苺タルトとアプリコットティーを用意して待っておれ!」
かくして、熱く長かった戦いは幕を下ろした……。
疲れたのは一人、散々引っ張りまわされた咲夜である。こんなことがこれからも度々あるのかと思うと、疲れが前倒しにどっと押し寄せてくる。大妖精の傍若無人は一体いつまで続くのだろう。そんな思いもあってか、去り際、咲夜はこんなことを訊ねた。
「ねぇ、いつまでそうやって偉ぶっているつもりなの?」
何のために? いったい誰のために?
筋金入りで貴族体質なウチのお嬢様とは違う。たかが妖精の虚勢がいつまでも続くものじゃないだろう、と咲夜は思うのだ。
「フフフ、我が覇道の意義を問うか。良かろう、教えてやる。我が幻想郷を手中におさめた暁には――」
と、例の仰々しい物言いで大妖精は語る。
傘下におさめた者どもを連れて、ピクニックに行き、富士山の上でおにぎりを……。その趣旨とは詰まるところ、
――友達100人できるかな。
なのであった。
(なんとも大いなる覇道ね……)
遠ざかって行く、偉大なる大妖精さんの背中。
そこへ無邪気に手を振り続けるレミリアの姿を、咲夜は半笑いで眺めていた。
<了>
新鮮で面白かったです
GJ!!!!!!!!!!!!!
という計算式ですかwwww
作者てめー俺のトラウマをwwwww
いやー楽しかったです、笑わせてもらいました!
あと、すさまじくどうでもいいツッコミですが咲夜さん気仙沼なんて沼はありませんよ。
なんだこれwwwww
とりあえず、ありだ!
すごく面白かったけど、その分パルったから90点!
そして大ちゃんの野望に萌えた俺はそのまま萌え尽きろ。
つり上がった頬を戻してくれ!!w
咲夜さん気持ち悪いwwww
詳しく。詳しく。どこまでも詳しい情報の開示を求める。
それ大の大人でも思わず涙目でしょw
咲夜もいい味出してますね。
笑っちまったwww
コーヒー返してく(ry
むっちゃ笑いました。
センスが違いすぎる!俺とは違う世界を生きてる作者さんだぜッッ
レミ大もありだな・・・
そしてあとがきワロタwww
とりあえず大ちゃんCome Back(ww
おもしろかった。
この可愛さはずるいwww
今日の腹筋運動は完了だ!
もっとお嬢様ときゃっきゃするが良いのです!
「馬鹿な子ほど可愛いって言うじゃない!」Byチルノ
大ちゃんってところで53万ポイントだねw
そうか、ハーレムか
おぜうは普段何してるんだwww
実は何回も読んでるけど、その度に面白いと思えるなんて、まったくすごい作品です。
面白かったです。