虫の音を聞きませんか?
見出しに大きくそう書かれた新聞は幻想郷中にいつもの如くあふれかえった。
自分の新聞の定期購読者があまりにもいないからと
射命丸文が己の新聞を見境無く空中からばら撒きだしたのは少し前の事である。
とは言え、それによって読者が増えることも無く、慧音を中心とした人里の勢力は
里中にあまる紙に迷惑しているのだった。
ただ博麗霊夢だけは珍しくこの新聞に反応した。
もとより暇つぶしがてらに落ちている新聞に目を通すことは多々あったが、今回は特別だった。
一つの記事に「博麗神社」と書かれていた。自分の関係している文字を文章から見つけることは
そうそう難しくない。霊夢はその記事をもう一度読み返すことにした。
文々。新聞 秋之ニ号より抜粋―
虫の音を聞きませんか?
長い秋の夜を素敵な虫の音と共に過ごしませんか?
マツムシや鈴虫、コオロギの美しき調べがあなたを癒します。
博麗神社にて明日の八時ぐらいから始めます。
料金などは不要ですので是非一度来てください。
「虫ねぇ」
チリチリ、カナカナと煩いのが私のところに集まってくるのか。
鬱陶しいな。と霊夢は思った。
そのまま流れで宴会にでもなったら―片付けは間違いなく私だ。
それに虫が大量に神社に沸いて出たらそれこそ面倒。
百害あって一利無し、これは今すぐにでも止めさせねば。
普段はぐーたらと揶揄されても決断した後は早かった。
幸いにして宣伝欄に設けられたその記事、依頼人はリグル・ナイトバグとある。
犯人が分かった以上、追い詰めるのは簡単なのだ。
妖怪の山。
他者の介入を拒絶していたその山は、新勢力の守屋神社組によって随分と開拓された。
人間嫌悪筆頭の天狗も、昔からの毒気が抜けた今の人間には随分と心を許したようだ。
「侵入者です!侵入者ですよ、文様!」
白髪で明朗な天狗が一人。山を急いで駆け上ってくる。
「侵入者じゃなくて、お客様。もう山は人間の来客を拒まないのですよ、椛」
射命丸文は駆け寄ってきた椛の頭に手をやる。なでなで。
「あっ、失礼しました…」
椛はしゅん…と首を垂らしてうな垂れている。
文の手は頭のてっぺんから耳の付近までを縦横無尽に動く。なでなで。
「わふぅ…恥ずかしい…ですよ?」
顔を真っ赤にして文を見る。身長差からして必然的に文を見上げる形になるのだが
文から見ればまさに上目遣い。顔を赤面させた子の上目遣いの破壊力は抜群である。
「あ…うー…って、それより椛、お客様はどちらに?」
まずいまずい、不肖ながらも見とれ過ぎてしまった。
世の中には「キャッキャウフフは後にして」という名言がある。
何事も後回しにした方がいいのだ。美味しいものは後回し派。
「もうとっくに着いてます。少しぐらい人目を気にしたらどうなのよ」
「うわッ!霊夢さんではないですか…一体何の御用でしょう?」
「リグルの場所を教えて欲しいのよ」
霊夢はリグルの居場所を知らなかった。
永夜異変のときにあったものの、定期的な住処は分からない。
そこで幻想郷中を飛び回っている文に聞くことにしたのだ。
「あぁ、成るほど。仰いたい事は大体わかりました」
「流石新聞記者ね。ブンブン飛び回ってることだけあるわ」
ですが…。と文は前置きする。
「私は教えません。宣伝欄とはいえ自分の新聞の記事です。嘘は書けない」
「いまいち何が言いたいか分からないわ」
「宣伝欄のように小さなものでも私は誇りを持っている。そう言いたいわけですよ」
「つまり教えてくれないってことね」
「半分正解です。もう半分の意味は自分で考えてみるといいですよ」
あぁ。そう、面倒くさいわね―
霊夢はそう吐き捨てて山を後にした。
これ以上問い詰めても無駄。今までの経験からそう行き着くまでは一瞬であった。
「…あれ?私半分空気になってませんでしたか?」
「同程度の知り合いが三人そろうと良くある事です」
「私と文様ってその程度の仲だったんですね…」
「あぁ椛!私と椛は御柱よりも太く注連縄より頑丈な愛で結ばれているのですよ!」
結局のところ、他にリグルにたどり着ける手段が思いつかなかった。
遊び友達であろうチルノ達を探したものの見つけることはできなかった。
「万策尽きた…か」
まぁ結局虫が増える程度にしか被害が出ないだろう。
これからリグルを探す手間を考えると使う労力は同程度だろう。
どうしようもない。なら何もしなければいいじゃない。
単純かつ明快。不必要に動くことなど無意味。時には休むことは大切なのだ。
いつも休んでばかりだしたまには動くのもいいわよ。なんて善心の声はどこ吹く風。
霊夢は寝ることにした。
「随分と人が集まったわね…」
時刻は七時。魔理沙や萃香といったいつものメンバーの他にも
アリスや幽々子といったわりと珍しいメンバーもいた。
虫の音なんてものにそんなに興味があるのかと尋ねると揃って言われる。
宴会のタネになるからいいの。と。
妖夢の背負った風呂敷が解かれ、中から大量の肉や野菜が出てくる。
どこからともなく現れた紅魔館仕様の鍋に次々と具材が投げ込まれていく。
「ま、花より団子っていうけど本当にそうよね」
霊夢は後のことを考えず、今ひと時の祭りを楽しむことにした。
りんりん…。
いつの頃からか虫の声が聞こえはじめた。
『蟲』というマイナスのイメージとはかけ離れた清楚で上品、何よりも奇麗な音だ。
「優雅、ですわね」
「紫じゃない。似合わないわね」
「似合わないのは誰も一緒ですわ」
虫の声は幼心を取り戻す。
忘れていた世界への興味を、好奇心を再び奮い立たせてくれる。
夢とも現とも思えない幻想的な記憶。それを思い出させてくれるのだ。
「でも、まぁ悪くはないわね」
「殊勝な意見ですわ。その一言できっと十分」
「…うん?」
幻想郷の夜明けは早い。
宴会に浮かれている間にあっという間に日の出が訪れる。
気づけば虫の音は止んでいた。ちょっと寂しい。霊夢はそう感じた。
それは祭りの後の寂しさと似ている、けれどもちょっと違う儚いものだった。
「ねぇ藍。人工の芸術と自然の芸術、その差異は何かしら?」
「はい…?」
先日紫様は様子見と称して虫の音を聞きにいったそうだ。
この問いかけもおそらくそれと関連しているのであろう。
…とはいえ、実際そう聞かれても何が何やら分からない。
作り手の有無?それは定義に過ぎない。
「ヒントね。あなたは例えばモネやカザルスを鑑賞したときに何を感じるかしら?」
そういえば以前橙の授業参観のときにも芸術を題材にしていた。
確か重要なのは―そう、作り手の意図だ。
芸術を鑑賞するときには作り手の意図を感じるのが大切だといわれた覚えがある。
それを踏まえて紫様に解答してみる。
「そういう理性に基づいた意見も立派だけど私の求めている答えは直感的なもの」
と言われてしまえばもう後はない。
「答えはそこに尊敬や羨望の感情があるかないか、なのよ」
人は人工の芸術を見たときにその作者にある種の尊敬の念、羨望の眼差しを向ける。
それは自分と同じ種でありつつも同種といえない技術の差、想像すらつかない発想に対してのものである。
一方で自然のものは違う。感じるのはただただその色、音、匂いそのものである。
その一つ一つが自分の琴線に触れあるかどうかで良し悪しを決めているのだ―
紫様はそう仰られた。成るほど、言われてみればそうかもしれぬ。
以前リオネルの音楽を聴いたときに、私は言葉にできぬ感慨を受けた。
それをリオネルに対しての憧れだと言われれば否定はできない。
「…それにしても紫様は何でこんな話を?」
「虫の音はけして人には真似できない。純粋に音として捕らえることによってそれは人の琴線に触れるから。
…私もちょっと昔を思い出しちゃってね」
「はぁ…」
「…何匹か、コオロギを飼ってもいいかしら?」
「ダメに決まってます。橙が泣きますから」
「藍は風情とは縁がないのねー、育て方を間違えたかしら?」
「違います。…それに、ご自身で飼っても意味がないでしょう?」
「あら、芸術鑑賞の仕方をよく心得ておりますわね」
「あなたの式ですから」
八雲一家は今日も平和である。
不変である事は退屈ながらも大切なことである。
「ご機嫌麗しゅう」
「気持ち悪い挨拶をするな」
博麗神社。一日たって落ち着きを取り戻した神社には二人の少女の姿がある。
「あら、外の世界ではマナーに溢れる挨拶の仕方ですのに」
「ここは幻想郷よ」
チリーン…
夜風に吹かれて風鈴が鳴る。
「季節ちが… いえ、何でもないですわ」
「それでいいのよ」
紫は縁側で寝そべっている霊夢を見る。
団扇でバタバタと風を求めている姿が滑稽で、美しかった。
カナカナカナ…。
セミの鳴く声も昔を彷彿とさせる。
そういえば昨日までは風鈴も無かった。もう秋だというのに今頃風鈴を出してきたというのか。
夕暮れ時に薄い青の風鈴は映えて見える。
夕焼けの赤をほんのりと反射し、色彩がころころ変わる。見ていて実に面白い。
「霊夢さーん!」
遠くから霊夢を呼ぶ声が聞こえる。
「あら、射命丸じゃない。どうしたの?」
「いえ、昨晩の感想をお聞きしに。やはり生の声というのが新聞には重要なのです」
「うーん、まぁ中々楽しかったわよ。風流ってヤツ?またやってもいいってリグルに伝えといて」
「お任せあれ。そう言ってもらえると私も嬉しいのですよ。では失礼、締め切りが大変なのです」
バサッ、バサッと大きな黒い翼をはためかせて文は空へと溶け込んでいった。
「…随分さっさと帰っていきましたわね。あの天狗」
「後ろにこんな大妖怪がいたら仕方ないでしょ…」
ずずず…とお茶をすする音。
「あ、それ私のお茶よ!」
「あら、間違えてしまいましたわ」
「そもそも紫の分まで出してないわよ!」
カァーッ、カァーッ…烏の鳴く声が聞こえ、日が落ち始める。
秋の夕方は本当に短い。気づけばあっという間に暗くなってしまう。
それでもその景色はこの上なく神秘的で奇麗なのだ。
文々。新聞 秋之三号より抜粋―
博麗神社、久々の大宴会!
前号にて博麗神社で虫の音サービスが実施されると報道しましたが
これが大盛況!数多の人間や妖怪が神社に集まりました。
中には宴会に興じるだけの者もいましたが虫の音も概ね盛況。
いつもとは違う賑わいを見せてくれました。
主催のリグル・ナイトバグ氏は思いのほか人気だったのでまたやるとのこと。
その時にはまた当新聞で扱わせて頂きますので是非またお集まりください。
見出しに大きくそう書かれた新聞は幻想郷中にいつもの如くあふれかえった。
自分の新聞の定期購読者があまりにもいないからと
射命丸文が己の新聞を見境無く空中からばら撒きだしたのは少し前の事である。
とは言え、それによって読者が増えることも無く、慧音を中心とした人里の勢力は
里中にあまる紙に迷惑しているのだった。
ただ博麗霊夢だけは珍しくこの新聞に反応した。
もとより暇つぶしがてらに落ちている新聞に目を通すことは多々あったが、今回は特別だった。
一つの記事に「博麗神社」と書かれていた。自分の関係している文字を文章から見つけることは
そうそう難しくない。霊夢はその記事をもう一度読み返すことにした。
文々。新聞 秋之ニ号より抜粋―
虫の音を聞きませんか?
長い秋の夜を素敵な虫の音と共に過ごしませんか?
マツムシや鈴虫、コオロギの美しき調べがあなたを癒します。
博麗神社にて明日の八時ぐらいから始めます。
料金などは不要ですので是非一度来てください。
「虫ねぇ」
チリチリ、カナカナと煩いのが私のところに集まってくるのか。
鬱陶しいな。と霊夢は思った。
そのまま流れで宴会にでもなったら―片付けは間違いなく私だ。
それに虫が大量に神社に沸いて出たらそれこそ面倒。
百害あって一利無し、これは今すぐにでも止めさせねば。
普段はぐーたらと揶揄されても決断した後は早かった。
幸いにして宣伝欄に設けられたその記事、依頼人はリグル・ナイトバグとある。
犯人が分かった以上、追い詰めるのは簡単なのだ。
妖怪の山。
他者の介入を拒絶していたその山は、新勢力の守屋神社組によって随分と開拓された。
人間嫌悪筆頭の天狗も、昔からの毒気が抜けた今の人間には随分と心を許したようだ。
「侵入者です!侵入者ですよ、文様!」
白髪で明朗な天狗が一人。山を急いで駆け上ってくる。
「侵入者じゃなくて、お客様。もう山は人間の来客を拒まないのですよ、椛」
射命丸文は駆け寄ってきた椛の頭に手をやる。なでなで。
「あっ、失礼しました…」
椛はしゅん…と首を垂らしてうな垂れている。
文の手は頭のてっぺんから耳の付近までを縦横無尽に動く。なでなで。
「わふぅ…恥ずかしい…ですよ?」
顔を真っ赤にして文を見る。身長差からして必然的に文を見上げる形になるのだが
文から見ればまさに上目遣い。顔を赤面させた子の上目遣いの破壊力は抜群である。
「あ…うー…って、それより椛、お客様はどちらに?」
まずいまずい、不肖ながらも見とれ過ぎてしまった。
世の中には「キャッキャウフフは後にして」という名言がある。
何事も後回しにした方がいいのだ。美味しいものは後回し派。
「もうとっくに着いてます。少しぐらい人目を気にしたらどうなのよ」
「うわッ!霊夢さんではないですか…一体何の御用でしょう?」
「リグルの場所を教えて欲しいのよ」
霊夢はリグルの居場所を知らなかった。
永夜異変のときにあったものの、定期的な住処は分からない。
そこで幻想郷中を飛び回っている文に聞くことにしたのだ。
「あぁ、成るほど。仰いたい事は大体わかりました」
「流石新聞記者ね。ブンブン飛び回ってることだけあるわ」
ですが…。と文は前置きする。
「私は教えません。宣伝欄とはいえ自分の新聞の記事です。嘘は書けない」
「いまいち何が言いたいか分からないわ」
「宣伝欄のように小さなものでも私は誇りを持っている。そう言いたいわけですよ」
「つまり教えてくれないってことね」
「半分正解です。もう半分の意味は自分で考えてみるといいですよ」
あぁ。そう、面倒くさいわね―
霊夢はそう吐き捨てて山を後にした。
これ以上問い詰めても無駄。今までの経験からそう行き着くまでは一瞬であった。
「…あれ?私半分空気になってませんでしたか?」
「同程度の知り合いが三人そろうと良くある事です」
「私と文様ってその程度の仲だったんですね…」
「あぁ椛!私と椛は御柱よりも太く注連縄より頑丈な愛で結ばれているのですよ!」
結局のところ、他にリグルにたどり着ける手段が思いつかなかった。
遊び友達であろうチルノ達を探したものの見つけることはできなかった。
「万策尽きた…か」
まぁ結局虫が増える程度にしか被害が出ないだろう。
これからリグルを探す手間を考えると使う労力は同程度だろう。
どうしようもない。なら何もしなければいいじゃない。
単純かつ明快。不必要に動くことなど無意味。時には休むことは大切なのだ。
いつも休んでばかりだしたまには動くのもいいわよ。なんて善心の声はどこ吹く風。
霊夢は寝ることにした。
「随分と人が集まったわね…」
時刻は七時。魔理沙や萃香といったいつものメンバーの他にも
アリスや幽々子といったわりと珍しいメンバーもいた。
虫の音なんてものにそんなに興味があるのかと尋ねると揃って言われる。
宴会のタネになるからいいの。と。
妖夢の背負った風呂敷が解かれ、中から大量の肉や野菜が出てくる。
どこからともなく現れた紅魔館仕様の鍋に次々と具材が投げ込まれていく。
「ま、花より団子っていうけど本当にそうよね」
霊夢は後のことを考えず、今ひと時の祭りを楽しむことにした。
りんりん…。
いつの頃からか虫の声が聞こえはじめた。
『蟲』というマイナスのイメージとはかけ離れた清楚で上品、何よりも奇麗な音だ。
「優雅、ですわね」
「紫じゃない。似合わないわね」
「似合わないのは誰も一緒ですわ」
虫の声は幼心を取り戻す。
忘れていた世界への興味を、好奇心を再び奮い立たせてくれる。
夢とも現とも思えない幻想的な記憶。それを思い出させてくれるのだ。
「でも、まぁ悪くはないわね」
「殊勝な意見ですわ。その一言できっと十分」
「…うん?」
幻想郷の夜明けは早い。
宴会に浮かれている間にあっという間に日の出が訪れる。
気づけば虫の音は止んでいた。ちょっと寂しい。霊夢はそう感じた。
それは祭りの後の寂しさと似ている、けれどもちょっと違う儚いものだった。
「ねぇ藍。人工の芸術と自然の芸術、その差異は何かしら?」
「はい…?」
先日紫様は様子見と称して虫の音を聞きにいったそうだ。
この問いかけもおそらくそれと関連しているのであろう。
…とはいえ、実際そう聞かれても何が何やら分からない。
作り手の有無?それは定義に過ぎない。
「ヒントね。あなたは例えばモネやカザルスを鑑賞したときに何を感じるかしら?」
そういえば以前橙の授業参観のときにも芸術を題材にしていた。
確か重要なのは―そう、作り手の意図だ。
芸術を鑑賞するときには作り手の意図を感じるのが大切だといわれた覚えがある。
それを踏まえて紫様に解答してみる。
「そういう理性に基づいた意見も立派だけど私の求めている答えは直感的なもの」
と言われてしまえばもう後はない。
「答えはそこに尊敬や羨望の感情があるかないか、なのよ」
人は人工の芸術を見たときにその作者にある種の尊敬の念、羨望の眼差しを向ける。
それは自分と同じ種でありつつも同種といえない技術の差、想像すらつかない発想に対してのものである。
一方で自然のものは違う。感じるのはただただその色、音、匂いそのものである。
その一つ一つが自分の琴線に触れあるかどうかで良し悪しを決めているのだ―
紫様はそう仰られた。成るほど、言われてみればそうかもしれぬ。
以前リオネルの音楽を聴いたときに、私は言葉にできぬ感慨を受けた。
それをリオネルに対しての憧れだと言われれば否定はできない。
「…それにしても紫様は何でこんな話を?」
「虫の音はけして人には真似できない。純粋に音として捕らえることによってそれは人の琴線に触れるから。
…私もちょっと昔を思い出しちゃってね」
「はぁ…」
「…何匹か、コオロギを飼ってもいいかしら?」
「ダメに決まってます。橙が泣きますから」
「藍は風情とは縁がないのねー、育て方を間違えたかしら?」
「違います。…それに、ご自身で飼っても意味がないでしょう?」
「あら、芸術鑑賞の仕方をよく心得ておりますわね」
「あなたの式ですから」
八雲一家は今日も平和である。
不変である事は退屈ながらも大切なことである。
「ご機嫌麗しゅう」
「気持ち悪い挨拶をするな」
博麗神社。一日たって落ち着きを取り戻した神社には二人の少女の姿がある。
「あら、外の世界ではマナーに溢れる挨拶の仕方ですのに」
「ここは幻想郷よ」
チリーン…
夜風に吹かれて風鈴が鳴る。
「季節ちが… いえ、何でもないですわ」
「それでいいのよ」
紫は縁側で寝そべっている霊夢を見る。
団扇でバタバタと風を求めている姿が滑稽で、美しかった。
カナカナカナ…。
セミの鳴く声も昔を彷彿とさせる。
そういえば昨日までは風鈴も無かった。もう秋だというのに今頃風鈴を出してきたというのか。
夕暮れ時に薄い青の風鈴は映えて見える。
夕焼けの赤をほんのりと反射し、色彩がころころ変わる。見ていて実に面白い。
「霊夢さーん!」
遠くから霊夢を呼ぶ声が聞こえる。
「あら、射命丸じゃない。どうしたの?」
「いえ、昨晩の感想をお聞きしに。やはり生の声というのが新聞には重要なのです」
「うーん、まぁ中々楽しかったわよ。風流ってヤツ?またやってもいいってリグルに伝えといて」
「お任せあれ。そう言ってもらえると私も嬉しいのですよ。では失礼、締め切りが大変なのです」
バサッ、バサッと大きな黒い翼をはためかせて文は空へと溶け込んでいった。
「…随分さっさと帰っていきましたわね。あの天狗」
「後ろにこんな大妖怪がいたら仕方ないでしょ…」
ずずず…とお茶をすする音。
「あ、それ私のお茶よ!」
「あら、間違えてしまいましたわ」
「そもそも紫の分まで出してないわよ!」
カァーッ、カァーッ…烏の鳴く声が聞こえ、日が落ち始める。
秋の夕方は本当に短い。気づけばあっという間に暗くなってしまう。
それでもその景色はこの上なく神秘的で奇麗なのだ。
文々。新聞 秋之三号より抜粋―
博麗神社、久々の大宴会!
前号にて博麗神社で虫の音サービスが実施されると報道しましたが
これが大盛況!数多の人間や妖怪が神社に集まりました。
中には宴会に興じるだけの者もいましたが虫の音も概ね盛況。
いつもとは違う賑わいを見せてくれました。
主催のリグル・ナイトバグ氏は思いのほか人気だったのでまたやるとのこと。
その時にはまた当新聞で扱わせて頂きますので是非またお集まりください。
他に何も聞こえない夜に澄んだ虫の音が聞こえてくるのって良いですよね。
ただ、面白い話なんですけど主催のリグルが新聞などの文章だけしかなく
会話とかがないのが残念でしたね。