○
――私は泣いた。ただ泣いた。他に何が出来ようか?
泣き続けるうちに感覚と意識が遠のいていく。涙で頭の中が埋まっていく。涙を止めればきっと意識が戻ってしまう。だから泣いた。ただ泣いた。感情が入り込まないように。暗い夜の森の中で。全てを遮断する木々の中で。降り止まない雨の中で。
涙が雨と混ざり合い土に溶けていく。雨の音が私の嗚咽をかき消す。涙で埋め尽くされた意識と感覚の中で雨の音だけが鳴り響く。それが心地良い。私の涙と溶け合った雨が、私の思いと溶け合って全てを流してくれるように思えたから。
明日からはもう涙を流してはいけない……私が彼女に付けた鎖はもう外れたけれど、彼女に付けられた鎖はいつまでも私を縛り続ける。だけど一日だけ――彼女はその鎖を外してくれた。鎖が涙で腐食しないように。
だから今日は泣いた。泣き続ける。雨で顔を濡らしながら。涙で顔を濡らしながら。雨と涙の境界はもう定かではない。土の上に身を投げ出しながら泣き続ける。服が泥に塗れ土色となる。涙は雨と混じり合っている。感情は涙と混じり合っている。私と土の色も混じり合っている。それでも、雨は私と土を解け合わせてはくれない。そこには厳然とした境界がある。だから私は泣き続けた……
○
空には雲一つ無い青空が広がっている。昨夜に降り注いだ雨は全ての雲を消し去り、今は太陽だけが澄み切った青空に浮かんでいる。
博麗神社の一角も、また青空に照らされていた。相変わらず参拝客の姿は見えない。紅白の服を纏った少女がお茶を運んできた。彼女の家の縁側に座っていた私にお茶を勧めてくれる。熱いお茶だったが、涼しげな春風が当たる中ではそれも心地よく思えた。
生活の場の縁側から見えるのは少女と空と本殿と拝殿。それに私を加えたものが、その瞬間には世界を形作っていた。それが懐かしく思えた。少女と二人でお茶を嗜むこの完結された世界が。二人でお茶を飲みながら取り留めのない話を続けていた。しばらく眠り続けていた私には新鮮な話が多い。私は新鮮な話の礼に古い話をしようとした――
「あら紫じゃない? 珍しいわね」
その時、珍しい顔が博麗神社に見えた。輝夜の姿だった。
「そういうあなたも珍しいわね」
と私は返す。二人ともそうそう外には出ない存在だ。お互い様という言葉が相応しいだろう。しかし、神社に来るのはいつになっても飽きない。家にいればその世界は私と藍だけが形作る。私と式神だけの世界には予想した出来事と予定しか存在しない。不確定な要素の無いまま。
だが、この神社には人間と妖怪の入り交じった、予想も出来ない出来事と世界が詰まっている。前触れもなく訪れる奇妙な異変と来訪者。どれだけの時が流れようとも、博麗神社は変わらない場であった。
○
私は仰向けになりながら闇夜を見上げる。永遠に降り注ぐと思えた雨もその足を弱めていた。雨と涙の境界が露わになろうとしていた。だから闇を見上げ、精一杯に雨を受け、私は境界を操る。雨と涙の境界がまた揺らぐ。そのまま滲んだ目で闇を見上げると、雲であったものが雨に姿を変えたおかげで、雲の隙間から光が差していた。空には半月が浮かんでいた。傍らを失った半分の月が――
○
私と少女に輝夜を交えて話は続く。私の昔話を始めようかと思ったが、輝夜もいるとどうも気恥ずかしい。話は輝夜の昔話で盛り上がっていた。相変わらず話が上手い。私も少女もつい引き込まれてしまう。少々話し方が古くさいのが玉にきずだが。輝夜は外の世界にいた頃の恋愛話を始めだした。
「それでやんごとなきお方に『今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいでける』と歌を奉りましてね」
少々どころでは無くなってきた。興が乗ってきて思わず地の言葉遣いになってきた。まあ元々それで育ってきたのだからしかたないのだろうが。確かに古くさいが話は上手い。人間はいつの時代も考え方に大差はないのだから、少女にもこちらの方が興味深いだろう……私の昔話は少女に鎖を付けてからでも構わない――
「そして最後にやんごとなきお方はお別れあそばれた後『会ふこともなみだに浮かぶわが身には死なぬ薬もなににかはせむ』とお詠みたまはれたのです」
なるほど、要は自慢話か。昔々偉い人に求婚されたが、諸事情で一緒になれない、それで思いを歌で伝えようとし――
「ええと、その歌はどういう意味ですか?」
流石に少女に和歌までは伝わりがたいようだ、あいつとは違い聡明な少女でも。そして輝夜は歌の説明をする。
「『もうあの人と会うこともない、こぼれる涙に浮かぶようなこの身には不死の薬など何の役にも立とうか』こんな意味ね」
――相手からそんな歌を詠まれるほどに惚れられていたと。犬も食わないほどののろけ話だ。それを聞かせる輝夜の話術は流石だろうか。
「ふう、話し疲れたわ、お茶もらえないかしら?」
「はい。お持ちしますね」
輝夜は話し終えた。どうにか現代語の口調に戻ったようだ。少女がお茶を取りに行く、私たちはその紅白の姿を見ながら、二人縁側に取り残された。太陽は傾いてはいたが、未だに青空が広がっていた。
紅白の姿が曲がり角に消え、輝夜に話しかけようとした瞬間、ふとあの時を思い出した――涙に浮かんだまま死にゆくことを許された身のなんと気楽なことであろうか、と思いながら。
○
雨か涙か、そのどちらかでぬかるんだ土の上で私は空を見上げ続ける。もう雨は降り止んでいた。もう雨と涙は混じり合わない。涙だけが延々と流れ続ける。涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。涙が水たまりとなり、いつか泉とすらなるのでは無いかと思えた。それほどに涙は止まらない、涙で埋め尽くされた頭に、延々と差し込んだ雨の音はもう無い。聴覚に感覚が戻ってきてしまう。頭の中に浮かんだ言葉が聞こえてしまう、そして頭の中をぐるぐると言葉が回り続ける。
「もう永遠に会えない……」
という言葉が嗚咽混じりに私の口から吐き出されてしまう。それを認めなければいけなくなる。
「それでも私は守り続けないといけない……」
幻想郷がある限り、いつか訪れるはずの死を持って再会することも許されない。彼女に付けられた鎖に縛り付けられる私には。それを認めなければいけなくなる。永遠に幻想郷を守り続けることが私と彼女の願いだから……
○
少女はお茶を持ち、戻ってきた。穏やかなまま時は流れる。私の胸に浮かんだ記憶も春の風に流されるように思えた。流れる前に聞きたかった。輝夜に。そして私たちはお茶を飲み終えるとほんの一時神社を離れた。
神社からほんの少し離れた墓地。その一角に、決して立派ではないが、手入れの行き届いた一つの墓があった。新鮮な花が幾つも備えられていた。私たちもそこに花を手向ける。それが本来の目的。私たちが今日博麗神社に訪れた。
そして今日生まれた目的を果たすために、私は輝夜に問いかける。
「輝夜」
「何かしら?」
「さっきの話だけど、その人とはそれから永遠に会えなかったのよね?」
「そうね。遠い昔に別れて、彼は遠くに行ったわ、永遠に会えないところに」
「……」
永遠に。なんと残酷な言葉だろう。一欠片の夢も、希望もそこにはない。夢や希望は未来に対して使う言葉。そして永遠と言う言葉は時を凍り付かせ、切り取り、不変を約束する。"永遠"に未来は決して訪れない。不変であることが永遠。時の流れという変化すら永遠は拒むのだから……
「……」
私は思わず沈黙し続ける。永遠に、という言葉が頭を蝕む。過去からも未来からも切り離された世界に覆われそうになる。輝夜を無言で見る。永遠という名の牢獄に捕らわれた彼女に。
「紫?」
無言で佇む私に輝夜が思わず声をかける。それに対して私は半ば無意識で問いかける。
「永遠に会えないってどう思う? 輝夜は悲しくないのかしら……」
「ありきたりで陳腐な表現だけど。悲しくはないわ。その思い出も私を形作る一つ。だから彼と――それと遠い所に行った全てが私を作ってるの」
「私もそう思えるのかしらね……」
そのまま私は口をついてくる言葉を話し続けた。
「慣れてた、はずだったのよ。人間の死も妖怪の死も山のように見てきたわ。良いことも悪いこともみんな思い出になったわ」
「私もそうよ。いや、生き物はきっとみんなそう」
「きっと私も誰かの思い出になると思ってた」
「それが宿命でしょ?」
そして、しばらくの間を置いた。話すのが怖かった。だけど輝夜に聞きたかった――だから、消え入りそうな声になったけど――輝夜に話す。
「だけど今はそう思えなくて――自分が永遠の存在に思えて――それに永遠が怖い」
と消え入りそうな声で呟いた。
「幻想郷では楽しいことも悲しいことも沢山……本当に沢山あった。これからもきっと生まれる。全部が思い出になる、そんな幻想郷を私は愛してる」
「ええ、私もよ」
「……だから、私と博麗の一族は永遠に幻想郷を守り続ける、その気になれば……多分私は死なない、永遠に思い出を作り続けて……別れ続けて……守り続ける。だけど……永遠に別れ続けるのに耐えられる自信がないのよ――」
○
一度口を開いてしまえばもう感情は抑えられない。半月の下で私はただ叫び続けた。一つの単語だけを――霊夢という単語を。
森の風景が消えていく。世界の全てが消えてしまうように思えた。ただ一人とその思い出に世界は埋め尽くされた――
○
「霊夢が死んでから今日で百年。本当に楽しい思い出が私の中に生きてる。霊夢の子とも、その子とも楽しい思い出が沢山あった。だけどもうみんないない。永遠に会えない。死っていう再会の手段すら私には許されない」
百年前の事が頭に広がってくる。楽しい思い出は山のようにあるけど……悲しい思い出に潰されそうに思うときがある。それでも、私は、幻想郷を、結界を守らないといけない。また涙が出そうになる。そんな私に輝夜が優しげな声をかけた。
「ねえ紫、千年前の今日この時間に何をしていたか覚えてる?」
「え? いや、流石に細かいことまでは覚えてないわ」
「私は覚えてるわ。今まで見聞きしたことの全てを。もちろん千年前の今日この時もね」
「……」
「紫なら記憶ってのが物理的な意味でもわかるでしょう?」
記憶、突き詰めれば脳細胞を流れる信号。
「私はどんな事でも忘れないし、忘れることも出来ない。何があろうが私を形作るものは消えないから。何があろうと私はすぐに生まれ変わるから。もちろん脳の細胞や回路ですらもね」
「私は……」
「紫、あなたは永遠の存在じゃないわ。長生きできるただの妖怪。その気になれば地球上の存在くらいじゃ殺しようはないでしょうけどね」
永遠の存在ではない、と聞くと何故か肩の荷が降りた気がした。あれほど悲しさに溢れた死が救いに思えた。
「あなたも幻想郷もいずれ消えるわ……地球が無くなれば幻想郷も消える、論理的結界だって意味がないわ、結界で防ぐ以前に、立つ物が無くなれば。地球も、この島も、幻想郷も、結界の内外もいつか等しく消えるわ」
輝夜の話を聞いて、何故か笑みが浮かんできた。その話の途方のなさに。
「いったいいつの話かしらね」
そう話す私の声は笑い声が混じっていた。
「何十億年か後よ」
輝夜も笑い声で返す。随分と長生きをしてきた私でも考えようがない時間だ。滑稽にしか見えない、その途方もない数字。笑うしかないその長さ。それでも永遠では無いということに救いを感じた。
「でも――」
救いを感じたのと同時に、輝夜に気づく。私から笑いが消え、思わず口から何かの言葉が出る。輝夜にはその死という救いすらないことに気づくと……
「でも? 何よ紫?」
「でも、輝夜はそれでも……」
「そうね、地球が消えても私たち蓬莱人は存在し続けるわ」
それでも輝夜は悲しそうな顔にならない。何故だろう?
「輝夜、怖くないの?」
「そうね、少なくとも今は怖くないわ」
「――どうして?」
私は問いかけずにいられない。永遠に別れを続けなければいけないのに? 永遠に悲しい思いを続けなければならないのに? 何故悲しくも怖くもないのか?
「だってみんな不死よ」
「え?」
思わず私は問い直す。
「さっき言ったでしょ?『何があろうが私を形作るものは失われない』って」
「ええ」
「じゃああなたたちも失われないわよ。その思い出だって私の一部なんだから」
わかるような気もして――言葉遊びのような気もした。
「でも、それも言葉遊びじゃないかしら?」
「そうねえ。じゃあもう一つ言葉遊びをしてみましょうか?」
「――ええ、聞かせてくれる?」
輝夜は私に問いかけをした。
「永遠って何?」
少し考えて、私は辞書的な答えを端的に返した。――時間を超越して変わらないこと。と
「そうね、じゃあ過去は永遠だと思う?」
過去はもう過ぎたこと――だから永遠なのだろう。もう何も変わることはないのだから。
「そうでしょうね」
「違うわ、少なくとも私にはね」
「どういうこと?」
「過去にあったことだけど、成長すれば、時が流れれば見方も、とらえ方も変わるわ、そんなあやふやなものが永遠なの?」
「でも……そうなのかしらね……」
あまり釈然としない思いに捕らわれる。
「過去は記録か、誰かの思い出か、とにかく、今存在している誰かに知られて認識されなければ消えてしまうものよ」
その思いも輝夜の一言で溶けたような気がした。――ああ、そうか、妖怪と同じか。過去も認識されなければ存在できない。妖怪も忘れ去られた外にはいられない。幻想郷にしかいられない。過去も忘れ去らられれば存在できない。
「だから、輝夜達に認識される限り。私たちの存在も消えないってこと?」
「そうね、言葉遊びかもしれない。でも、過去と思い出が私に残ってる。ならみんなも消えない。その価値を考えれば……怖くもないかしら」
半分わかって、半分わからないような気がする。永遠に生きる意味と価値はわかったような気がする。だが、それでも喪失と悲しさに潰されないのだろうか……
「でも輝夜。悲しくないの? 永遠に別れ続けるのは?」
「悲しいわ。もちろん」
輝夜は何の迷いも無く即答した。
「……ねえ、どうして悲しいのに永遠を受け止められるの?」
「……そうね、一つだけ教えてあげるわ」
そして輝夜は永遠をこう言い切った。
「永遠は変わり続けられるの、勿論過去も変わり続ける、だから楽しいわ。悲しいけど、それ以上にわくわくするし楽しいの」
なんとなく意味がわかった、そうか。過去に思いを馳せればわかる――
○
ただ泣き続けた。霊夢の名を叫びながら。いつしか夜は明けていた。空から雲は消えていた。鬱蒼とした森を抜ける、空には一面 の青空が広がっていた。その青空を見ていると涙も消えた。
悲しい、今でも悲しい。涙を流し続けたい。だけど、もう日は開けた。鎖は再び私を縛る。思いと言う鎖が。だから泣き続けるわけにはいかない。
霊夢は――もういない。今生では二度と会えない。だけど、霊夢の愛した幻想郷がここには残っている。だから――残された私は幻想郷を守り続ける。
霊夢は幻想郷で生きて。寿命を迎えて穏やかに死んだ。山ほどの友人に囲まれて。きっと誰よりも幸せな最後。だけど悲しい。だけど守りたい。霊夢の生きた証全てを。霊夢の幸せを永遠にするために。
○
「そうね」
そう答えられた私には、永遠の意味がほんの少しわかった。永遠でもないのに、私は永遠に捕らわれていた。過去が不変で。過去の悲しさも永遠だと思っていた。だけど違う。過去は不変じゃない。霊夢が死んだ夜。私はそれを悲しさでしか捉えられなかった。次の朝、それは私を励まし、勇気づけてくれた。過去は一つじゃない。私がとらえ方を変えれば過去は別の意味を持つ。
「ねえ紫」
輝夜が私に問いかける。
「紫は過去や永遠が変わらないものとと思ってたんじゃない?」
「そうよ、だから悲しさも変わらないと思ってた」
悲しさは消えない、消せない。だけど、それは悲しいだけじゃない。私に力をくれる。今だって百年前の思い出が私を慰め、助けてくれた。
「永遠は変わるのよ」
輝夜は再びそう言った。それが全てなのかもしれない。
「私はね、死なない訳じゃないわ」
そう、輝夜は何度も、何度も死んでいる。ただ元通り生まれ"変わり"続けるだけ。
「そうね、永遠を操るものが変わり続ける。つまり永遠は変わり続けること。辞書にその意味を載せておこうかしら」
「まあ永遠は深いけどね。話したらきりがないわ、もっと知りたくなったら蓬莱の薬でも飲みなさいよ。永琳に作らせておくから」
もちろん冗談めかした顔で、輝夜はそう話した。
「というか、妖怪やめるのはちょっとねえ」
だから私は今度こそ本当に笑顔で、冗談で返した。霊夢の口まねをしながらそのセリフを話した。懐かしい思い出から引っ張ってきたその言葉を。
○
次の夜は、皆で悲しみを紛らせるかのように飲んだ。妖怪も人間もみんな混じって。今回は涙は流さなかった。そんなのは霊夢に似合わないから。晴れやかに、悲しさを秘めても晴れやかに騒いだ。葬儀の後に神社で宴会。非常識な行動だけど――きっとそれが私たちにお似合いの行動だろうから。
○
話し込んでいる内に日も暮れようとしていた。妖怪の時間になろうとしていた。霊夢の墓前に、また一つの影が増えた。幽々子だった。
「あら久しぶり」
「「死人が墓参りねえ……」」
私と輝夜は思わず同じ言葉を口にしていた。
「私は彼岸に行ってないからいいのよ」
と何がいいのかよくわからないことを幽々子は口にする。
それから神社に戻ると、少女に加えて、婦人が居た。少女の母、霊夢の子孫。今の結界を守るもの。異変を解決するもの。妖怪を退治するもの。そして幻想郷を守るという思いを受け継いだものが。私が霊夢から受け継ぎ続けている、その思いと言う鎖を掛けたもの。
そして日が暮れると、どこからともなく妖怪と人間が集まり宴会が始まる。今日は霊夢の百回忌。百回忌なんて偉人のような持上げられ方だけど……要は宴会の口実。だけど霊夢にはそれが相応しい。
妖怪も悪魔も神様も幽霊も妖精もその他も、そして人間も一緒になった宴会。霊夢を見知った妖怪も、霊夢を直接知らない妖怪も、霊夢を直接知る由もない人間も、霊夢の血を継ぐ人間も、皆が集まっていた。これが幻想郷なのだと思った。
不意に涙がこぼれた。一瞬立ちすくむ。だけど、今度は悲しみの涙ではない。これは喜びの涙。
などと考える間も無く、立ちすくんだ瞬間バシャンと酔っぱらいに酒を掛けられた。涙が混じり合う。今度は雨では無く、酒と、そしてまたその境界はあやふやとなった。
誰だ? と思い振り向く。妹紅だった。輝夜とまた喧嘩して私にかかったらしい。相変わらず変わらないことだ。やはり永遠は変わらないのだろうか? とも思ってしまう。
でも、酒を掛けられたまま私は笑顔で経っていた。
「ああ、ごめんね、紫」
と妹紅が言うがまた笑顔で返した。
「紫様! 大丈夫ですか!?」
という藍の声も、
「笑顔が一番怖いんだよ……」
「紫って何か変な物でも食べたのか……」
とささやくみんなの声も、愛おしかった。
「顔を洗ってくるわ」
と言って外へ出た。酒で濡れた顔を洗うために。
本当に神社は飽きない。今日は二人だけで始まった世界が、今は数え切れないほどの人数で埋めつくされている。そんな素晴らしい世界。だから私はここを守り続けよう、永遠の存在ではない私にはいつか来る霊夢との再会の時に、胸を張れるように。山のような自慢話を抱えていけるように。幻想郷と結界を守り続けよう。
空に向けて、霊夢に向けてそれを呟いた。昼と同じように涼しい風が吹く。だけどもう何も流さない。また涙が頬を伝った。顔を洗い、水と涙の境界をあやふやにしようとする、だけど、もう自分にはその境界を操れなかった。……涙の熱さに気づいたから。思いを象徴するかのように、涙は体温で熱い。それに今気づいてしまったから。
でも――それは忘れていないことの証。だからもう悲しくはない。決意を新たにさせるだけの涙。だから顔を洗えばすっきりした顔になれた。
そして戻ろうとすると、幾人かの姿が見えた。闇の中で顔を背けている。そして水場に向かい顔を洗おうとしていた。それを見て、改めて確信した。霊夢の幸福な人生に、思わず笑みが浮かび、そしてまた涙が頬を伝った――
最後に残るのは永遠のオリジナルである輝夜だろうなあ
それはわかりますし、解釈もいいのですが、もう少しストーリー性があってもよかったのかも?