「皆様こんにちは。東風谷 早苗です」
妖怪の山奥地――――守屋神社の境内にそんな声が響いた。
声の主は、東風谷 早苗。この神社の巫女であり、
「奇跡を起こす程度の能力」を持ったごくごく普通の女性である。
何やら言葉を発している彼女の目線は「こっち」に向いていた。つまり、今この文章読んでる人目線。
しばらく何やら話していたが、やがて「ふぅ」と息をつくと、
「……私は一体、誰に向かって話しているんでしょうね……」
おかしそうに笑うと、踵を返した。というか、解ってなくて話していたのか。
こんな感じで、この人物はどこか普通で、どこか時々ズレていた。
これは、ごくごく普通の巫女さんによる、ごくごく普通の一日の話である。
早苗は博麗 霊夢と同じ巫女という役柄ではあるが、その仕事というか――――やることの質は
明らかに違っていた。いつも誰かにいじくり回されることを除けばだが。
その主犯格に位置する2柱の声が、今日も神社の本堂から聞こえてくる。
彼女はその声を聞きつけると、小走りで本堂へと向かった。
"ガラガラッ"
音を立てて、本堂の障子が開く。広い座敷部屋に座って会話をしていた2柱の姿が見えた。
八坂 神奈子と洩矢 諏訪子。彼女らは守屋神社の象徴であり、早苗の保護者的存在でもある。
一応、両者とも「神様」なのだ。が――――――――。
「どうも。八坂 神奈子です」
誰かが入ってきたことを確認した瞬間、そんな声が飛んできた。声の主は、もちろん神奈子。
朱色のワンピースにも似た服の裾を摘んで、どこかのお嬢様のような動作を取っている。
「…………………」
「…………………」
両者の間に、何とも言えない沈黙が流れた。いや寧ろ時が止まった。
当然のことながら返答に困っている早苗だが、
「八坂……様……?」
何とかそれだけを言葉にする。いつもは威厳がある彼女だが、なんだこれは。
と、次の瞬間。今度はこんなことを言い出す。
「……何故、分社には参拝客が来るのに此処には来ないのだっ!!」
どうやら早苗を参拝客か何かと間違えたらしい。
神社の象徴のような人物が本来してはならないような発言だが……。
しかし、よくよく考えると答えは結構簡単であった。
ここが「妖怪の山」だからである。
ただでさえ謎が多い場所なのに、そんな場所に来る参拝客はさすがにいないだろう。
その点で言えば、霊夢のいる博麗神社はまだ比較的普通なほうなのだろうか。
……参拝客がいるかどうかは別として。
要するに、大抵いつも3人しかいないから寂しいのだろう。
「ごめんねぇー早苗。お祭りが近づくといつもこんな感じだから」
年端もいかない少女のような声がして、神奈子に乗っかるようにして諏訪子が顔を出した。
相変わらず、被っている帽子(?)は何を考えてるかイマイチわからないでいる。
"お祭り"と聞いて、早苗はハッとしたように思い出した。
「そういえば……そろそろ博麗神社例大祭の日でしたね」
「そうそう。私たちもまた顔を出さないといけないからねぇー」
神奈子に乗っかったままの状態でのほほんとそんなことを言う。
すると。
「早くお祭りしたいんだぁー!!!――――――――ゴフッ!?」
また何やら神奈子が声をあげたが、どこから取り出したのだろう。諏訪子が蛙の置物のような
物体でその頭に「ゴツンッ!」と一発。変な声を残して、前のめりに倒れた。
ちなみに現在、神奈子はいつもつけているしめ縄もガンキャ――――。御柱もつけていないので
見た目的にはいたって普通の人間のように見える。つまり、貫禄ゼロなのだ。
そのやりとりを見て早苗はずっと苦笑しっぱなしである。
「どちらが上にいらっしゃるのか、解りませんね……」
「それを気にしちゃあー駄目だよ!」
どこかの江戸っ子のようなノリで返されて、とりあえず頷いておく。
「では、そろそろ準備も始めないと……私は、里に行ってきますね」
この場は二人に任せるとして、彼女は買出しに行くのだろう。どちらにせよ、両者とも
いろんな意味で難しい性格なので一人で何とかするのは不可能だ。
「いってらっしゃーい!早苗ー」
「……いってらっしゃい早苗……ガクッ」
諏訪子が元気に見送り、神奈子は頭にタンコブをつくったままで何とか顔をあげ、再び倒れる。
そして早苗は、守屋神社を後にした。
◆ ◆ ◆
「あれー?こんな昼間からどうしたんだ?」
里へ向かう途中の街道。道端で、早苗は突然声をかけられた。
斜め上を見てみると、そこに浮かんでいた声の主は――――――――。
チルノと、大妖精(大ちゃん)であった。散歩にでも出てきたのだろう。
普段からこの二人とは会うことも少ないので、早苗がいることが珍しいようだった。
ふよふよと降りてくると、目の前に着地。
「こんにちはー、東風谷さん」
「最強のあたいにこんな時間から会えるなんて、運がいいわね!」
大ちゃんはともかく、チルノに至ってはいつもの調子で喋っている。
基本的に初対面の相手に対しても、最初っからタメ語なので仕方がないのだが。
しかし、根が素直なのか天然なのか、早苗はチルノのペースに飲まれていない。
細かいことにはいちいち突っ込まない質なのだろう。あの神社で2年も暮らしていれば
慣れるものも慣れるというものだ。
「早苗はいまからどこいくの?」
「例大祭が近いので、準備がてらに買出しをと思いましてね」
「じゃあ、あたい達もついていく!行くよー、大ちゃん」
コクコクと頷いた大ちゃんの手を引き、二人が早苗の横に並んで歩き出す。
その光景を微笑ましそうに見ながら、彼女は里への道を歩いて行った。
人間の里。
幻想郷には、このように人間のみが暮らす里が幾つか存在している。
なので当然――――――――。
「なんかあたい達、見られてない?」
「それは私達、妖精だし……羽があるし……」
チルノや大ちゃんは注目されていた。里に神が訪れることはあるが、(豊穣の神)
妖精が訪れることは滅多に無い。それでも悪い気はしていないみたいだが。
「さすがあたいね!注目度も最強よ!」
「うーん……」
早苗は、すれ違う人に会釈をしながらお店を目指して歩いていく。里の人々は彼女が巫女だと
解っているのだろうか、ちゃんと礼儀がなっていた。
「それにしても、里って人がいっぱいいるんだなぁー」
「私達は大抵いつも湖か、魔法の森しか行かないからねー」
妖精である二人は飛んでこそいないがやはり注目を集めている。しかし、端から見れば
普通の子供のようにも見えるからまた不思議なのであった。
「珍しいですか?」
彼女が訊くと、揃って頷く。早苗と比べれば、二人のほうが幻想郷にいた期間が長いのだが。
それだけ早苗が活動的だということだろう。天然云々はともかく。
片方づつ手を繋いで歩く様子はまるで親子のようだ。
「早苗や大ちゃんに手を出す人間がいたら、あたいが凍らせてやるんだから!」
手を繋いだまま、そんなことを自身満々に言った。寧ろ、チルノなら本当にやりそうである。
それを聞いて大ちゃんが苦笑。早苗も"やれやれ"と肩を竦めた。
「こんにちはー」
やや大きめの八百屋の暖簾をくぐり、早苗が声をかける。しばらくして奥から返事が聞こえて、
店主らしき初老の女性が姿を現した。
「いらっしゃい、東風谷さん。おや、今日は可愛いお連れさんがいますねぇー」
目を細めて、二人の妖精を交互に見る。当然かのようにチルノはえへんと威張ったように
腰に手を当てている。大ちゃんは"えへへ"と控えめに笑ってみせた。
店内にある木造の棚には、所狭しと野菜や果物が並べられた大きな笊が置かれている。
早苗はそれらを一回りして、手に持った篭に色々と入れていった。
チルノと大ちゃんは、店内を巡って物珍しそうに見ている。
「いつも大変でしょう?2柱方のお側に仕える身としても」
「いえいえ、あの方達は私のことをよく分かっていらっしゃるので」
いじられ役の彼女だが、神奈子と諏訪子は彼女らなりに早苗のことを考えているのだろう。
相変わらずチルノと大ちゃんはその話を聞いても首を傾げている。
「ではこれだけ、お願いします」
篭に入れた野菜や果物などを台に置いて、代金を支払う。それも結構な量だった。
お金を渡した後、早苗は篭を手に取ろうとする。が、
「これも、持っていってくださいな。こっちは可愛いお嬢さん二人にね」
店主の女性はそう言って、大きな大根を一つおまけしてくれて、チルノと大ちゃんには
真っ赤なリンゴを一つづつくれたのだ。
「あ、有り難う御座いますっ!」
早苗はペコリとお辞儀をして、お礼を言う。妖精の二人は「わーい!」と喜んでいた。
「またいつでも、来てくださいね」
店主はそう言って3人を見送る。早苗はもう一度礼を言って、チルノと大ちゃんは手を振る。
そうして3人は八百屋を後にした。
「よかったですねー。チルノさん、大妖精さん」
買い物を済ませた後、夢中でリンゴを食べている二人に話しかける。
「とーぜんよ、とーぜん!あたいと大ちゃんの大勝利!」
「違うよーチルノちゃん。東風谷さんが綺麗だからだよー」
チルノのいつも通りの反応はともかく、大ちゃんの言葉を聞いて早苗が何故か真っ赤になる。
あまり褒められることに慣れていないのだろうか、苦笑しつつブンブンと手を振った。
「そ、そんなことはないですよ」
しかしあまり効果はなく、きゃいきゃい言いながら二人が並んで歩いていく。
そういえば少し前、諏訪子に「可愛い」って言われた時も同じ反応をしていた気がする。
困ったように笑った後、二人の手を引いて里の出口へと歩いていく。妖怪の山入り口までは
帰る道が同じだから大丈夫だろう。それに、一人で帰るのはハッキリ言って少し寂しい。
「さぁ、二人共。行きますよ」
大きく頷いたのを確認したあと、3人は人間の里を出た。
◆ ◆ ◆
「あっ、あれは……!!?」
里から出てしばらく経った時、不意に早苗が前方を指して叫んだ。
チルノと大ちゃんも突然の声に驚いてその方向を見る。すると――――――――。
「誰か……誰か助けてぇーーっ!!!」
そんな叫び声が聞こえ、一人の女の子が走って逃げている姿が目に映った。
後方からは、烏天狗の妖怪が空を飛んで追いかけてきている。
女の子は背中に篭を背負っており、その中には付近の山で採ったであろう山菜が入っていた。
恐らく、その中身を狙う烏天狗に追いかけられているのだろう。
早苗が反応しようと身構えるが、それよりも早く――――――――。
「弱いものいじめは、このあたいが許さないんだからね!!」
チルノが同じ高さに飛び上がり、真正面から接近してくる烏天狗を迎え撃つ体制に入った。
両腕を前に構え、気合一発。
「アイシクルフォーール!!!」
と、スペルを発動して追い払おうとはしたのだが――――――――。
これが何を意味するかは、恐らく分かるだろう。
"真正面"から接近している烏天狗には全く当たっていないのだ。
それに気づいた大ちゃんがハッとした表情になった。……やはりどこか頼りない二人である。
烏天狗は一度旋回して更に高く飛び上がると、再びこちらに突っ込んできた。
「……!危ないっ!!」
早苗が女の子を庇うように前に出る。突然前に出てきた早苗に驚いたのか、
烏天狗は軌道をずらして真横を通り過ぎる。しかし、その際に発生した風が刃と化して
女の子を庇った彼女の腕に襲い掛かる。
「くっ!………」
巫女服の袖が破れ、腕から血が滲む。だが彼女はそれを気にすることなく、今度は反対側から
襲い掛かろうとする烏天狗を見据えると、女の子を背中側に隠れさせ、あとの二人に言った。
「お二人共、下がってください!!」
早苗のいつになく真剣な目から意図を読み取ったのか、大きく頷くと十分に距離をとった。
前方からは、烏天狗が速度をつけて再度突進してこようとしている。早苗は何かに祈るように
瞳を伏せると、短く何事か呟く。
そして――――――――。
『奇跡「神の風」!!!!』
手を前にかざして叫んだ瞬間、スペルを発動させた。
守屋の2柱の力を宿した、文字通りの「神風」が前方に発生し、放射状に放たれたそれは
烏天狗を吹き飛ばすには十分。神の力の前に敵うはずもなく、そのまま遠くへ飛び去って行った。
「な、何?今のものすごい嵐は……」
「天狗を1回で追い払っちゃった……」
後ろで見ていたチルノと大ちゃんもさすがに感心している。今まで震えていた女の子だが、
烏天狗が去ったと分かると彼女にギュッと抱きついて、
「ありがとう……。ありがとう!お姉さん!!」
と言って安心したのか、わんわんと泣き始めた。早苗もその小さい体を抱いて、頭を撫でてやる。
その光景を見て、後ろの二人も顔を見合わせて笑った。
「さぁ、お家に帰りましょう」
里までは近かったので、家まで送っていくことにしたらしい。二人もそれについていった。
「では、私は神社に帰りますので。お二人共、お気を付けて」
女の子を送り届けた後、妖怪の山入り口で早苗が言う。
腕の傷は、大ちゃんが治してくれたようだ。
「あたいを誰だと思ってんの!早苗も気をつけるんだぞー!」
「東風谷さん。また今度ー」
妖精の二人はそれぞれ言うと、空へと飛び立っていく。
早苗はそれを見届けて、神社への道を戻り始めた……
◆ ◆ ◆
守屋神社境内。
篭を両手で持ち、早苗が帰ってくる。神奈子はまだ本堂の中にいるのだろうが、
諏訪子は境内の広場でカエルと遊んでいた。
「あっ、早苗おかえりー!」
「ただいま戻りました、諏訪子様」
子供のように駆け寄ってくる彼女に言葉を返す。諏訪子は早苗の持っていた篭を取ると、
「これは、私が持ってあげるよ」
と言って本堂の方へ駈けていく。どうやら、荷物を持ってくれたらしい。
しかし、そんなことをわざわざさせるわけにはいかないと思い、早苗が言葉をかけたが、
「いいのいいの!神奈子ー、早苗が帰ってきたよー!」
あっさり返されてしまう。これでは仕方がないと割り切り、彼女も本堂へ歩を進めた。
本堂に入ると、先ほどの騒ぎから回復した神奈子の姿。そして開口一番、彼女はこう言った。
「早苗は本当に皆から愛され、慕われているんだな」
それは、早苗にとっても驚くべきことであった。諏訪子ならともかく、普段は厳しい神奈子に
こう言われるとは思ってもいなかったからだ。一瞬、どう反応していいか迷っていたが、
真っ直ぐにその目を見ると、
「……はいっ!!」
ただ一言。それだけを言葉にした。その顔には、疑いようのない笑み。
やはり彼女は巫女であり。神に仕える身であり。一人の優しい女性なのだ。
それは神奈子と諏訪子。この二人が一番よく知っている。
きっと、そうなのだ。
「皆様こんにちは。東風谷 早苗です。役職は、守屋神社の巫女。
仕えている御方は八坂 神奈子様と、洩矢 諏訪子様です。
私は今日も、信仰を捧げて下さる人々の為に、頑張っています。
辛いこともあります。上手くいかないこともあります。
ですが、私は決して負けません。心強い2柱方が、人々が、支えて下さるからです。
皆様の思いを糧に、私は頑張ります。力強く歩んでいきます」
こうして早苗は神社の仕事に。やるべき自分の行いに戻っていった……
Fin......
妖怪の山奥地――――守屋神社の境内にそんな声が響いた。
声の主は、東風谷 早苗。この神社の巫女であり、
「奇跡を起こす程度の能力」を持ったごくごく普通の女性である。
何やら言葉を発している彼女の目線は「こっち」に向いていた。つまり、今この文章読んでる人目線。
しばらく何やら話していたが、やがて「ふぅ」と息をつくと、
「……私は一体、誰に向かって話しているんでしょうね……」
おかしそうに笑うと、踵を返した。というか、解ってなくて話していたのか。
こんな感じで、この人物はどこか普通で、どこか時々ズレていた。
これは、ごくごく普通の巫女さんによる、ごくごく普通の一日の話である。
早苗は博麗 霊夢と同じ巫女という役柄ではあるが、その仕事というか――――やることの質は
明らかに違っていた。いつも誰かにいじくり回されることを除けばだが。
その主犯格に位置する2柱の声が、今日も神社の本堂から聞こえてくる。
彼女はその声を聞きつけると、小走りで本堂へと向かった。
"ガラガラッ"
音を立てて、本堂の障子が開く。広い座敷部屋に座って会話をしていた2柱の姿が見えた。
八坂 神奈子と洩矢 諏訪子。彼女らは守屋神社の象徴であり、早苗の保護者的存在でもある。
一応、両者とも「神様」なのだ。が――――――――。
「どうも。八坂 神奈子です」
誰かが入ってきたことを確認した瞬間、そんな声が飛んできた。声の主は、もちろん神奈子。
朱色のワンピースにも似た服の裾を摘んで、どこかのお嬢様のような動作を取っている。
「…………………」
「…………………」
両者の間に、何とも言えない沈黙が流れた。いや寧ろ時が止まった。
当然のことながら返答に困っている早苗だが、
「八坂……様……?」
何とかそれだけを言葉にする。いつもは威厳がある彼女だが、なんだこれは。
と、次の瞬間。今度はこんなことを言い出す。
「……何故、分社には参拝客が来るのに此処には来ないのだっ!!」
どうやら早苗を参拝客か何かと間違えたらしい。
神社の象徴のような人物が本来してはならないような発言だが……。
しかし、よくよく考えると答えは結構簡単であった。
ここが「妖怪の山」だからである。
ただでさえ謎が多い場所なのに、そんな場所に来る参拝客はさすがにいないだろう。
その点で言えば、霊夢のいる博麗神社はまだ比較的普通なほうなのだろうか。
……参拝客がいるかどうかは別として。
要するに、大抵いつも3人しかいないから寂しいのだろう。
「ごめんねぇー早苗。お祭りが近づくといつもこんな感じだから」
年端もいかない少女のような声がして、神奈子に乗っかるようにして諏訪子が顔を出した。
相変わらず、被っている帽子(?)は何を考えてるかイマイチわからないでいる。
"お祭り"と聞いて、早苗はハッとしたように思い出した。
「そういえば……そろそろ博麗神社例大祭の日でしたね」
「そうそう。私たちもまた顔を出さないといけないからねぇー」
神奈子に乗っかったままの状態でのほほんとそんなことを言う。
すると。
「早くお祭りしたいんだぁー!!!――――――――ゴフッ!?」
また何やら神奈子が声をあげたが、どこから取り出したのだろう。諏訪子が蛙の置物のような
物体でその頭に「ゴツンッ!」と一発。変な声を残して、前のめりに倒れた。
ちなみに現在、神奈子はいつもつけているしめ縄もガンキャ――――。御柱もつけていないので
見た目的にはいたって普通の人間のように見える。つまり、貫禄ゼロなのだ。
そのやりとりを見て早苗はずっと苦笑しっぱなしである。
「どちらが上にいらっしゃるのか、解りませんね……」
「それを気にしちゃあー駄目だよ!」
どこかの江戸っ子のようなノリで返されて、とりあえず頷いておく。
「では、そろそろ準備も始めないと……私は、里に行ってきますね」
この場は二人に任せるとして、彼女は買出しに行くのだろう。どちらにせよ、両者とも
いろんな意味で難しい性格なので一人で何とかするのは不可能だ。
「いってらっしゃーい!早苗ー」
「……いってらっしゃい早苗……ガクッ」
諏訪子が元気に見送り、神奈子は頭にタンコブをつくったままで何とか顔をあげ、再び倒れる。
そして早苗は、守屋神社を後にした。
◆ ◆ ◆
「あれー?こんな昼間からどうしたんだ?」
里へ向かう途中の街道。道端で、早苗は突然声をかけられた。
斜め上を見てみると、そこに浮かんでいた声の主は――――――――。
チルノと、大妖精(大ちゃん)であった。散歩にでも出てきたのだろう。
普段からこの二人とは会うことも少ないので、早苗がいることが珍しいようだった。
ふよふよと降りてくると、目の前に着地。
「こんにちはー、東風谷さん」
「最強のあたいにこんな時間から会えるなんて、運がいいわね!」
大ちゃんはともかく、チルノに至ってはいつもの調子で喋っている。
基本的に初対面の相手に対しても、最初っからタメ語なので仕方がないのだが。
しかし、根が素直なのか天然なのか、早苗はチルノのペースに飲まれていない。
細かいことにはいちいち突っ込まない質なのだろう。あの神社で2年も暮らしていれば
慣れるものも慣れるというものだ。
「早苗はいまからどこいくの?」
「例大祭が近いので、準備がてらに買出しをと思いましてね」
「じゃあ、あたい達もついていく!行くよー、大ちゃん」
コクコクと頷いた大ちゃんの手を引き、二人が早苗の横に並んで歩き出す。
その光景を微笑ましそうに見ながら、彼女は里への道を歩いて行った。
人間の里。
幻想郷には、このように人間のみが暮らす里が幾つか存在している。
なので当然――――――――。
「なんかあたい達、見られてない?」
「それは私達、妖精だし……羽があるし……」
チルノや大ちゃんは注目されていた。里に神が訪れることはあるが、(豊穣の神)
妖精が訪れることは滅多に無い。それでも悪い気はしていないみたいだが。
「さすがあたいね!注目度も最強よ!」
「うーん……」
早苗は、すれ違う人に会釈をしながらお店を目指して歩いていく。里の人々は彼女が巫女だと
解っているのだろうか、ちゃんと礼儀がなっていた。
「それにしても、里って人がいっぱいいるんだなぁー」
「私達は大抵いつも湖か、魔法の森しか行かないからねー」
妖精である二人は飛んでこそいないがやはり注目を集めている。しかし、端から見れば
普通の子供のようにも見えるからまた不思議なのであった。
「珍しいですか?」
彼女が訊くと、揃って頷く。早苗と比べれば、二人のほうが幻想郷にいた期間が長いのだが。
それだけ早苗が活動的だということだろう。天然云々はともかく。
片方づつ手を繋いで歩く様子はまるで親子のようだ。
「早苗や大ちゃんに手を出す人間がいたら、あたいが凍らせてやるんだから!」
手を繋いだまま、そんなことを自身満々に言った。寧ろ、チルノなら本当にやりそうである。
それを聞いて大ちゃんが苦笑。早苗も"やれやれ"と肩を竦めた。
「こんにちはー」
やや大きめの八百屋の暖簾をくぐり、早苗が声をかける。しばらくして奥から返事が聞こえて、
店主らしき初老の女性が姿を現した。
「いらっしゃい、東風谷さん。おや、今日は可愛いお連れさんがいますねぇー」
目を細めて、二人の妖精を交互に見る。当然かのようにチルノはえへんと威張ったように
腰に手を当てている。大ちゃんは"えへへ"と控えめに笑ってみせた。
店内にある木造の棚には、所狭しと野菜や果物が並べられた大きな笊が置かれている。
早苗はそれらを一回りして、手に持った篭に色々と入れていった。
チルノと大ちゃんは、店内を巡って物珍しそうに見ている。
「いつも大変でしょう?2柱方のお側に仕える身としても」
「いえいえ、あの方達は私のことをよく分かっていらっしゃるので」
いじられ役の彼女だが、神奈子と諏訪子は彼女らなりに早苗のことを考えているのだろう。
相変わらずチルノと大ちゃんはその話を聞いても首を傾げている。
「ではこれだけ、お願いします」
篭に入れた野菜や果物などを台に置いて、代金を支払う。それも結構な量だった。
お金を渡した後、早苗は篭を手に取ろうとする。が、
「これも、持っていってくださいな。こっちは可愛いお嬢さん二人にね」
店主の女性はそう言って、大きな大根を一つおまけしてくれて、チルノと大ちゃんには
真っ赤なリンゴを一つづつくれたのだ。
「あ、有り難う御座いますっ!」
早苗はペコリとお辞儀をして、お礼を言う。妖精の二人は「わーい!」と喜んでいた。
「またいつでも、来てくださいね」
店主はそう言って3人を見送る。早苗はもう一度礼を言って、チルノと大ちゃんは手を振る。
そうして3人は八百屋を後にした。
「よかったですねー。チルノさん、大妖精さん」
買い物を済ませた後、夢中でリンゴを食べている二人に話しかける。
「とーぜんよ、とーぜん!あたいと大ちゃんの大勝利!」
「違うよーチルノちゃん。東風谷さんが綺麗だからだよー」
チルノのいつも通りの反応はともかく、大ちゃんの言葉を聞いて早苗が何故か真っ赤になる。
あまり褒められることに慣れていないのだろうか、苦笑しつつブンブンと手を振った。
「そ、そんなことはないですよ」
しかしあまり効果はなく、きゃいきゃい言いながら二人が並んで歩いていく。
そういえば少し前、諏訪子に「可愛い」って言われた時も同じ反応をしていた気がする。
困ったように笑った後、二人の手を引いて里の出口へと歩いていく。妖怪の山入り口までは
帰る道が同じだから大丈夫だろう。それに、一人で帰るのはハッキリ言って少し寂しい。
「さぁ、二人共。行きますよ」
大きく頷いたのを確認したあと、3人は人間の里を出た。
◆ ◆ ◆
「あっ、あれは……!!?」
里から出てしばらく経った時、不意に早苗が前方を指して叫んだ。
チルノと大ちゃんも突然の声に驚いてその方向を見る。すると――――――――。
「誰か……誰か助けてぇーーっ!!!」
そんな叫び声が聞こえ、一人の女の子が走って逃げている姿が目に映った。
後方からは、烏天狗の妖怪が空を飛んで追いかけてきている。
女の子は背中に篭を背負っており、その中には付近の山で採ったであろう山菜が入っていた。
恐らく、その中身を狙う烏天狗に追いかけられているのだろう。
早苗が反応しようと身構えるが、それよりも早く――――――――。
「弱いものいじめは、このあたいが許さないんだからね!!」
チルノが同じ高さに飛び上がり、真正面から接近してくる烏天狗を迎え撃つ体制に入った。
両腕を前に構え、気合一発。
「アイシクルフォーール!!!」
と、スペルを発動して追い払おうとはしたのだが――――――――。
これが何を意味するかは、恐らく分かるだろう。
"真正面"から接近している烏天狗には全く当たっていないのだ。
それに気づいた大ちゃんがハッとした表情になった。……やはりどこか頼りない二人である。
烏天狗は一度旋回して更に高く飛び上がると、再びこちらに突っ込んできた。
「……!危ないっ!!」
早苗が女の子を庇うように前に出る。突然前に出てきた早苗に驚いたのか、
烏天狗は軌道をずらして真横を通り過ぎる。しかし、その際に発生した風が刃と化して
女の子を庇った彼女の腕に襲い掛かる。
「くっ!………」
巫女服の袖が破れ、腕から血が滲む。だが彼女はそれを気にすることなく、今度は反対側から
襲い掛かろうとする烏天狗を見据えると、女の子を背中側に隠れさせ、あとの二人に言った。
「お二人共、下がってください!!」
早苗のいつになく真剣な目から意図を読み取ったのか、大きく頷くと十分に距離をとった。
前方からは、烏天狗が速度をつけて再度突進してこようとしている。早苗は何かに祈るように
瞳を伏せると、短く何事か呟く。
そして――――――――。
『奇跡「神の風」!!!!』
手を前にかざして叫んだ瞬間、スペルを発動させた。
守屋の2柱の力を宿した、文字通りの「神風」が前方に発生し、放射状に放たれたそれは
烏天狗を吹き飛ばすには十分。神の力の前に敵うはずもなく、そのまま遠くへ飛び去って行った。
「な、何?今のものすごい嵐は……」
「天狗を1回で追い払っちゃった……」
後ろで見ていたチルノと大ちゃんもさすがに感心している。今まで震えていた女の子だが、
烏天狗が去ったと分かると彼女にギュッと抱きついて、
「ありがとう……。ありがとう!お姉さん!!」
と言って安心したのか、わんわんと泣き始めた。早苗もその小さい体を抱いて、頭を撫でてやる。
その光景を見て、後ろの二人も顔を見合わせて笑った。
「さぁ、お家に帰りましょう」
里までは近かったので、家まで送っていくことにしたらしい。二人もそれについていった。
「では、私は神社に帰りますので。お二人共、お気を付けて」
女の子を送り届けた後、妖怪の山入り口で早苗が言う。
腕の傷は、大ちゃんが治してくれたようだ。
「あたいを誰だと思ってんの!早苗も気をつけるんだぞー!」
「東風谷さん。また今度ー」
妖精の二人はそれぞれ言うと、空へと飛び立っていく。
早苗はそれを見届けて、神社への道を戻り始めた……
◆ ◆ ◆
守屋神社境内。
篭を両手で持ち、早苗が帰ってくる。神奈子はまだ本堂の中にいるのだろうが、
諏訪子は境内の広場でカエルと遊んでいた。
「あっ、早苗おかえりー!」
「ただいま戻りました、諏訪子様」
子供のように駆け寄ってくる彼女に言葉を返す。諏訪子は早苗の持っていた篭を取ると、
「これは、私が持ってあげるよ」
と言って本堂の方へ駈けていく。どうやら、荷物を持ってくれたらしい。
しかし、そんなことをわざわざさせるわけにはいかないと思い、早苗が言葉をかけたが、
「いいのいいの!神奈子ー、早苗が帰ってきたよー!」
あっさり返されてしまう。これでは仕方がないと割り切り、彼女も本堂へ歩を進めた。
本堂に入ると、先ほどの騒ぎから回復した神奈子の姿。そして開口一番、彼女はこう言った。
「早苗は本当に皆から愛され、慕われているんだな」
それは、早苗にとっても驚くべきことであった。諏訪子ならともかく、普段は厳しい神奈子に
こう言われるとは思ってもいなかったからだ。一瞬、どう反応していいか迷っていたが、
真っ直ぐにその目を見ると、
「……はいっ!!」
ただ一言。それだけを言葉にした。その顔には、疑いようのない笑み。
やはり彼女は巫女であり。神に仕える身であり。一人の優しい女性なのだ。
それは神奈子と諏訪子。この二人が一番よく知っている。
きっと、そうなのだ。
「皆様こんにちは。東風谷 早苗です。役職は、守屋神社の巫女。
仕えている御方は八坂 神奈子様と、洩矢 諏訪子様です。
私は今日も、信仰を捧げて下さる人々の為に、頑張っています。
辛いこともあります。上手くいかないこともあります。
ですが、私は決して負けません。心強い2柱方が、人々が、支えて下さるからです。
皆様の思いを糧に、私は頑張ります。力強く歩んでいきます」
こうして早苗は神社の仕事に。やるべき自分の行いに戻っていった……
Fin......
早苗さん自身の自己紹介の形をとるなら風祝じゃないとおかしくないですかね?
話自体も日常風景をそのまま描けばよかったのに、無理にスパイスを効かせようとしたために
饅頭に胡椒をかけたような変な味わいになっています。
展開に疑問を隠せません、、
烏天狗が、ねぇ……
知識不足も見受けられますが、なにより話の根幹をはっきりさせていただけばよいかと
でもおもしろいとは思います
日常の中の非日常を描くのは好きです
撮影:射命丸 文
機材:河城 にとり
協力:妖怪の山の烏天狗
エキストラ:村人、妖精
これは信仰を集めるために早苗達が作ったPVに見えてきた