黎明はどちらから来るのかしら。
私の問いかけに、陽光色の花は黙して答えた。皆が、未だ藍色の濃い空の一方を見詰めている。東だ。やがて透明な光が混じり、明けるのだろう。毎夜のことだ。
方角くらい、訊ねなくてもわかっている。でも私は、彼らを話し相手にするのが好きだった。日の移り行く様を、静かに追う彼らと話すのが。
健康な土と、埃と、生きた植物の若い匂い。背丈ほどもある向日葵の園を、私は歩く。頬を撫でる葉は、爽涼の気を帯びて冷たい。私の熱を教えてくれる。
お気に入りの日傘は閉じて、今は手元にあった。見上げれば白いレースの代わりに、黄色い天井がある。原色の花弁。何て品のない、裏もない色か。花一輪の縁を、爪でなぞった。彼女はますます東を向いた。微かに油の匂いがした。絞れば取れる。赤いベストが汚れるから、やらないけれど。
円盤状の花は顔ほどもある。よく迷子の妖精が顔面を強打していく。肌を向日葵の中心のようにして、金切り声で唸る。私はそれを、笑って眺めている。この花の接吻は、少し痛くて激しいのだ。
熟した花の一番先に、一際貫禄を感じさせるものがひとつ。夏夜の涼気を受けて、地面ごと揺れている。貫禄といっても、一年しか続かないのだけれど。
元気? 語りかけて、わたしは太い茎に背を凭れ掛けた。こんなことをしても、彼女は動じない。慌てて東を見ることもない。まだ眠っているのかもしれない。私の声に答えない。
最初は、生意気な花だと思った。
私と向日葵との出会いは遅い。桜や梅に比べたら、ずっと。まだ数百年の仲だ。
結界によって幻想郷が閉ざされる前。とある村に来た行商が、この花の種を荷車に載せていた。偶然に。海の果ての遠い国から、連れて来たのだろう。無学な行商の男には、何の種かわからなかった。村の農夫達も首を傾げた。尖った爪のような形に、黒い縞。不吉なものと思われた。怪物の牙を拾ってしまったと、行商は恐れた。それを私が貰って帰った。
掌と掌の間に載せて、息を吹きかけた。全ての草花を従わせる、女王の吐息をひとつ。さあ姿を見せなさい。魅せなさい。素晴らしかったら、愛してあげる。そうでなかったら、適当に大事にしてあげる。種は一時で割れて芽を出し、幼い葉を見せ、背を伸ばした。蒲公英よりも鮮やかで、菊よりも華やかな花を咲かせた。妖の火の玉や、地上の太陽を思わせた。少し驚いた。もっと醜い、珍妙奇怪な花になるのかと考えていた。
湿った土に埋めて、命令を続けた。私を見なさい、と。
聞かなかった。それどころか、花はそっぽを向いた。向いた方向には、黄金色の夕陽があった。
腹が立った。花の癖に、花の王の命が聞けないなんて。私より、落ち行く日を選ぶのか。
生意気な。何としても、従わせたいと願った。私の園に連れ帰って、調教してやろうと考えた。葉の一枚から、産毛の一本に至るまで。私の意のままに操ってやろうと。伏せよと言われれば伏せるように。曲がれと言われれば曲がるように。私を見るように。
彼女は折れなかった。花になり、種に戻りを繰り返し、少しは従うようになった。けれども、私を率先して見詰めようとはしなかった。
苛立って踏みつけたこともある。まだお転婆だった頃の話だ。茎を靴で踏んでから、我に返った。起きろと言ったら、目を覚ました。そして、夜明けの太陽を見た。
先に折れたのは、私だった。寛容になったのかもしれない。日の光を水のように求める彼女を、私は認めてやった。一つくらい、私の命を無視する花があっても面白いではないか。いつか服従する日がくる。簡単に従うのでは、つまらない。そう頷いて、強気な彼女に名前をつけた。陽光を探して回る花、日まわりと。
曙光を受けて、彼女は輝いた。遮るもののない光が、花弁に僅かな陰影をつくった。邪気のない顔に、一片の威厳が生じた。呆れて呟いた。貴方も女王なのねと。光る花弁を擦ってやった。艶麗な横顔を見上げた。見上げるなんて行為、嫌いだったけれど。
花の女王が、私を見ていた。
うつくしかった。
彼女が東の空を見遣った。山の端に、真白な光の筋が一本。妖怪の時間の終わりを告げていた。瞳が日光の訪れを感じ取る。眩しさに目を細めた。瞳の奥が締まった。向日葵達は、望む光に顔を上げた。相変わらず、私の支配は完全ではない。ただ、私を退けることはない。
とても眠たかった。綿の実のように、私は下へ沈んでいった。花の陰に腰を落ち着けた。どうしてだろう。生意気この上ない花なのに。彼女達の傍にいるときが、一番安心できる。私が私であるようで。
誰の言も聞かず、ひたすらに花を引き連れて。百花夜行。四季行幸。白と紅まだらの椿、隣国の香りを降らす梅、生死の境をたわめる桜、雨を掬う七色の紫陽花、そうして、夏。背の高い貴方達。現実の風景に、眠りと夢が入り込む。マーブルの模様が広がっていく。色彩の海の中で、向日葵は最も光っていた。
私は、貴方達が好き。ただの寝言よ、気にしないで。眩しいの。日光も、貴方達も……日傘を開いた。緻密なレース編みの向こうに、小さな太陽が続いている。幾つも、見渡す限り全て。
花の女王が、私に陰をつくっていた。本物の王様は私なのに。陰を差すなんてどうかしている。
どこまでも無邪気で、高慢。
悔しいけれど、相変わらず彼女はうつくしかった。
ただ少しくどい表現が有ったかと思います。
くどい表現を記憶に残してしまって、すみません。もっと読む方のことを考えて書けるようになりたいものです。
毎度毎度よくこんな物語が思い付くなと感心しました。
個人的には、今回は話の長さが短いのでこのぐらい濃い文章で丁度良かったと思います。
百花夜行って良い言葉ですね。
ただこれ以上に表現を高めることはできると思います。頑張ってください。
こういっては失礼ですが、自分はとても好きな文体なので是非このまま高めていって欲しいです。
最後に少々毒のある表現を忘れない辺り深山さんらしさが滲み出てる気がします
この世界をさらに素敵なものにしていってください.