それは戯れに不夜城レッドを放っていた、暑い夏の日の事だった。
「そういえば前から気になっていたんですが、あなた、免許は持っているんですか?」
説教の旅と称して幻想郷へ訪れていた四季映姫ヤマザナドゥの言葉に、レミリアは首を傾げる。免許と聞いてまず思い起こすのは車の免許だが、生憎と幻想郷にそんな鉄のイノシシはいない。
そしてレミリアに河豚をさばくつもりもなく、ましてや医療に携わる予定もない。
ならば、何の免許が必要だというのか。怪訝そうなレミリアの視線に、映姫は溜息をつきながら答えた。
「不夜城レッドの免許です」
四季映姫曰く、ちゃんと免許を習得しなければ無免許使用の罪で捕まるらしい。色々と納得はいかなかったものの、ルールはルールだ。理性が拒絶しようとも、守らなければ規律が破綻する。
仕方なくレミリアは映姫に渡された地図を頼りに、三途の川までやってきた。どうやらここに免許を習得する為の道場のようなものがあるらしい。
しばし辺りを見渡して、それらしい建物を見つけた。しかし道場というよりは、市役所と表した方が分かりやすい。本当にこんな所で免許を貰えるのか。俄にレミリアは不安を覚えた。
恐る恐る入り口をぐぐり、受付まで足を運ぶ。
見覚えのある死神が、やる気も無さそうに天井を眺めていた。
「何してるのよ、こんなところで」
「ん、おや珍しい顔だ。今日はどういったご用件で?」
「免許を貰いに来たの」
「ほー、あれだけぶっ放しておきながら無免許だったとは。いやはや閻魔様も恐れぬ所行だねえ。それじゃあ、とりあえずこっちの書類に名前やら住所を記入して。そうそう、そこの黒の枠の中だけ」
言われるがままに書類を埋める。さて、今年は平成何年だ。
「ちなみにお金は持ってきてるのかい?」
「愚問ね。紅魔館の当主が、無一文で歩き回ると思うの?」
「いや……思うけど」
「思いたくば思うがいい。その間に私はちょっと紅魔館まで戻ってくるから」
九尾の狐をも欺く高度な時間稼ぎ。怠惰な死神には理解すら不可能。
ほくそ笑みながら、レミリアはお金を貰いに紅魔館まで戻った。
事情を説明して、咲夜から何とか受講料をもぎ取る。
そしてすぐさま踵を返し、小町の所へと向かった。
「おかえり。お金はちゃんと貰ってきたかい」
「何の事かしら? 私はちょっとガスの元栓を締め上げてきたところよ」
「元栓がどんな悪事を働いたのさ」
封筒ごと小町に手渡す。これ以上の追求はレミリアの威厳値を下げかねない。
微妙な顔をしつつも、小町は丁寧でありながら迅速な仕草で封筒の中身を確認していく。服装こそ船頭のままだが、その手つきは銀行員に匹敵していた。
「ああ、確かにちょうどだ。良いよ、これで受付は完了だ」
出来ることならこれで免許を貰いたいところだが、そういう訳にもいかないのだろう。
「とりあえず何時間か実技の講習を受けて貰って、それで実技と学科の試験に合格したらはれて免許の発行だ」
「……学科?」
実技は分かる。何となくだが、分かる。
だが学科とは何だ。不夜城レッドの教科書でもあるのか。
レミリアの知らない不夜城レッドの歴史があるのだとしたら、むしろお目に掛かりたいぐらいである。なにせ、このスペルカードはレミリアが作り上げたものなのだから。
もっともそれを言ってしまったら、どうして自分が作ったスペルカードの免許を取る必要があるのかという話になる。
あまり深く考えない方がいいのかもしれない。とりあえず大人しくしておいて、免許の習得を第一に考えよう。
密かに拳を握りしめるレミリア。
「それじゃ、後のことは任せましたよ」
「了解です、小町。ここでは初めまして、レミリアさん。私が担当教官の四季映姫・ヤマザナドゥです」
握りしめた拳が、ちょっぴり緩んだ。
「あなたが私の担当?」
「そうです」
「閻魔なのに?」
「閻魔だからこそですよ」
「……閻魔が不夜城レッドを放てるの?」
くだらないと、映姫は鼻で笑った。
そして無言のまま書類を抱え、行きますよと言いながら建物を出る。
いよいよもって、何で免許が必要なのか疑問に思えてきた。
建物にほど近い三途の川。そこへ連れてこられたレミリアは、物珍しそうに辺りを見渡していた。
従者の咲夜は訪れたことがあるらしいのだが、レミリアが此処へ来るのは初めてのこと。切っ掛けが不愉快でも、物珍しげに見てしまうのは仕方がない。
「よそ見をせずに、ほら始めますよ」
閻魔が何を始めると言うのだ、不夜城レッドも放てないのに。
「それじゃあレミリアさん。とりあえず一回放ってみてください」
「不夜城レッドを?」
「ええ。それでおかしな点があれば指摘します」
映姫の言葉に、思わず笑みがこぼれる。一体何年もの間、この不夜城レッドで喰ってきたと思っているのだ。おかしな点など有るわけがない。
自信と威厳に満ちた手が、スペルカードを取り出す。
そして小さな唇が紡ぐのは、言い慣れた六文字の言葉。
「不夜城レ」
「はい、ストップ」
これからが気持ちいいところなのに、予期せぬ所で待ったが掛かった。スペルカードを掲げたまま、レミリアは彫像のように動きを止める。実に不格好だ。
「何なのよ」
「何なのよじゃありません。あなた、まったく安全確認してないじゃないですか」
聞き慣れない単語に顔がひきつる。
これからスペルカードをぶっ放そうというのに、安全確認とはこれいかに。
「まず左を見て、それから後方、右を確認してからスペルカードを取り出すものです。もしも周りに第三者がいたとしたら、事故の恐れがありますから」
「いちいちそんな確認をしてら、相手に逃げられてしまうじゃない」
「事故防止が第一です。巻き込んだらどうするんですか」
不夜城レッドを使い続けて長くなるが、他人を巻き込むなと言われたのは初めてのことだ。新鮮さよりも違和感の方が先立つけれど。
自分の正当性を主張したかったが、諦めて従うより他にない。今は何より、免許第一だ。
左、後、右と順々に確認し終わったレミリアは再びスペルカードを掲げる。
「不夜城レ」
「はい、ストップ」
「今度は何よ!」
連続して不格好な姿勢をとらされ、さしものレミリアも怒りを抑えずにはいられない。厳しい視線に苛立ちを籠めて、映姫に叩き込む。
涼しい顔で閻魔は答えた。
「スペルカードというものは、まず宣言してから取り出すものです。ですが、あなたはまったくの真逆」
これには、レミリアも答えに窮する。安全確認などと違って、こちらはれっきとしたスペルカードルールの一つ。正当性は映姫にあり、迂闊な反論はルールの崩壊に繋がってしまうのだ。
やむなく、レミリアは宣言をしてからスペルカードを取り出す。
「安全確認」
「ぐ……」
言われるがままに従い、今度こそと高らかに宣言をする。
「不夜城レッド!」
半ば八つ当たりじみた大声の後に、レミリアはスペルカードを取り出して掲げた。映姫からの制止もなく、レミリアの身体を紅い十字架が包み込む。
ストレスが全て放出されたように、心地よい快楽が脳を刺激した。
「はい、止めて」
無粋な言葉でストレスが里帰りをしてきた。おかえり、二度と会いたくなかったよ。
「あれ、見てください」
映姫が指さしたのは奇妙な立て札。円形の中に三という数字が刻み込まれている。まったく見覚えのない物に、レミリアは首を傾げた。
「何よ、あれ」
「無敵時間制限です。あの立て札が立てられている場所では、三秒以上の無敵時間を作ってはいけません」
「初耳ね」
「じゃ覚えて帰ってください。あれを無視したら、試験なんかは一発不合格です」
不条理極まりなかった。範囲と無敵時間が売りなのに、どうしてそれを制限されなくちゃいけないのか。抗議の声をすんでで止め、わかったわと従順な言葉を返す。
免許を取得してから、初めて倒すべき相手は心の中でもう決めていた。
幸いと言うべきか、学科に関する授業はなかった。代わりに問題集を手渡され、よくやっておくようにと言われている。どうやら試験は、この中から出題されるらしい。
一人で勉強しようかとも思ったが、得てしてこういうのは二人ぐらいでやるのが効率的で良いのだ。レミリアは咲夜を呼び寄せ、問題集を渡した。
「適当に何問か出題しなさい。私がそれに答えていくから」
「分かりました。では、第一問」
問題集の中には不夜城レッドやハートブレイクに関する問題が書かれているらしい。何でも不夜城レッドの免許を取れば、自動的に他のスペルカードも使用できるんだとか。詳しい話は聞いていなかったが、そういうシステムになっている。
ハートブレイクやスカーレットデビルは実技ではあまり使用しないものの、そのぶん学科試験ではふんだんに出題される。だから重点的に覚えておいた方がいいよと、あの死神は言っていた。
言葉通り、咲夜の出題した一問目もハートブレイクに関する問題だった。
「ハートブレイクを投げようとしたが、腋の臭いが気になり一端攻撃を止めた。○か×か」
「……○?」
「残念。正解は×です。この行為はボークにあたるので、バッターは一塁に進塁します」
「何の問題よ」
ですが此処に書いてありますと、咲夜は問題集を広げる。本当に書いてあった。
頭が痛い。
「では気を取り直して第二問。昼でも不夜城レッドを放つことができる」
「○」
「うっかりカラー選択を間違って、不夜城ブルーになっても問題はない」
「○」
「スカーレットデビルを外して廃屋を破壊してしまったが放った当人に責任は無い」
「×」
「いいえ、○です」
「そんな馬鹿なことがあるわけないでしょ。第一、危ないじゃない」
「廃屋だから壊してもいいと、ここに」
咲夜の言うとおりの事が書いてあった。しかも追記に、形ある物はいずれ壊れるとまで記されている。
だったら安全確認なんていらないじゃないのよ。いない閻魔に愚痴を零したくなった。
「でもいいわ。咲夜だって免許を取ったんだから、私だって頑張れば取れるはずよ」
「あ、人間は免許がなくてもスペルカードを放てるんですよ」
レミリアは壁を蹴破って外に出て、見事な灰になった。
灰から奇跡の復活を遂げたレミリアは、嫌々ながらも連日のように映姫の所へと通った。さすがに何日も相手をしていれば、段々と対応のコツも掴めてくるというもの。
「ほら、そこにボールが転がってきましたよ。子供がそれを追いかけてくるかもしれない」
「はいはい、だから不夜城レッドの威力を弱めにするのよね」
「それと近くに鬱蒼と茂った森があると仮定してください。人間がそこから飛びだしてくるかもしれない」
「注意してるわ」
「私が主人公に選ばれるかもしれない」
「目を覚ましなさい。ここは教習所よ」
そして紅魔館に戻っては、咲夜や美鈴を相手に問題を出して貰う毎日。
レミリアの心の中へ、徐々に自信が芽生え始めていく。
今の自分なら、緊張などするはずもない。試験の日にあっても、普段の自分を完璧に出すことができるだろう。
そういった自負のあるレミリアが、試験で落ちるはずもなかった。
見事に、彼女は合格を果たした。
レミリア・スカーレット。
初めての免許を習得した瞬間だった。
かねてより考えていたことを、ようやく実現に移せる日がきた。免許を手に入れて早々、レミリアは映姫に弾幕ごっこを申し込んだのである。
断るかとも思ったが、意外にも映姫は二つ返事でこれを了承した。
「免許をとったばかりの人が弾幕ごっこを挑みたがるのは、よくある事ですから。私で良ければお相手しましょう」
レミリアはほくそ笑んだ。これで、数々の恨み辛みを晴らせる。
大方、律儀に安全確認をしながらスペルカード宣言でもすると思っているのだろう。だが、現実はそれほど甘くない。そんな事を期待しているのなら、映姫は瞬殺される。地べたに倒れ伏す映姫の姿を幻視して、溜まっていた鬱憤が早くその光景を見せろと騒ぎ出す。
良いでしょう。理性も本能も、そういった光景をお望みのようだ。
安全確認も無視して、レミリアはスペルカードを取り出した。それを見ても、映姫は何も言わない。
安全確認はあくまで、事故を防ぐ為の予防策。決して義務ではなく、それに伴う罰則もない。
だから注意こそできても、罰することはできないのだ。
何も出来ない映姫に愉悦感を覚えながら、レミリアは高らかに宣言する。
「今日は気分がいいから、とっておきを見せてあげるわ!」
その言葉に、涼しげだった映姫の顔色が変わった。
「ご覧なさい。スピア・ザ・グングニル!」
「はい、ストップ」
習慣とは恐ろしいもので、その言葉を吐かれるだけでレミリアの行動は全てキャンセルされてしまう。投擲しようとした姿勢のまま、レミリアは唇を尖らせた。
「何よ! 何か文句があるって言うの!」
映姫は溜息をつきながら言った。
「不夜城レッドは普通一符。グングニルは普通二符です。だからそれを投げるには、普通二符の免許がないといけませんよ」
レミリアは忠告も無視して、その槍を投げつけた。
当然のごとくレミリアは無免許使用の罪で逮捕され、多大な罰金を支払う羽目になったという。不夜城レッドの時はまだ使用していなかったから良いものの、閻魔に投げつけたのでは情状酌量も余地もなかった。
この判断について当の四季映姫ヤマザナドゥはこう語る。
「あれを本当の投げ槍と言うんでしょうね」
彼女の顔は誇らしく、上手いことを言ったという自信に満ちあふれていたらしい。
駄洒落の免許も必要だと、小町は思った。
でもグングニル取っちゃえば、講師になれますねww
笑わせていただきました
にしてもこれだけ言われるともうどうしようもないだろうなぁ…w
しかし最後のオチは笑ったwwww
あるいは世にも奇妙な物語の大人免許。
本免よりも仮免の方がめんどくさかったのもいい思い出。
駄洒落言って誇らしげな映姫様すてきです。
>「……○?」
>「残念。正解は×です。この行為はボークにあたるので、バッターは一塁に進塁します」
ハートブレイクが宣言されたらバッターボックスに立って構えれば良いのか。
何がきっかけで思い付いたんだよww
人は免許いらないなら、人以外はみんな免許持ってスペカ使ってるのだろうか。
妖夢やうどんげは銃刀使用免許、文は超高速度飛行免許、ナズは拾失物探知免許……。
無限の免許ワールドですね。それ以上にカオスな教習所でしょうがw
>「ねえよ」
> 我慢にも限界があるのです。
最後のこの落ちだけで逝っちまったぜ・・・