-遙かなる国と思うに挾間には、木霊起こしている童子有り- 斎藤茂吉(*注1)
キぃャアアアアッ
裂帛のウォークライが妖夢の咽からほとばしった、身はすでに鬼と化している魂魄妖夢だが、今ここで最後の人間らしさすら吹き飛ばし修羅に入った。
猿叫と称さるこんな叫びを上げる剣技は、世界広しといえども一つしか無い。
その叫びは、剣術経験の長い妖夢としても生まれて初めて放つものだ。
しかし、たたなづくあをかきに響いて木霊が起こるその声も、相手にはいまだ届いていない。
妖怪山の標高三万尺の山頂から空に向かって放たれた猿叫は、音速という言葉通り下界に届くに30秒はかかる。
チェェェェストォー
そして薩摩国流独自の、かの有名な気合いと同じくして、八双から楼観剣が振り下ろされる。
薩摩国流、通称示現流を実戦で使うのは妖夢としても始めてである。
なにせ、刀が痛む。
妖夢は二天一流の精神性とタイ捨流の合理性を併せた独自の剣を開眼していたが(*注2)、普段は二つの剣で攻撃を捌きつつ蹴りを食らわすような、双方の流派をみょんなところで合わせた刀術を好んで使っていた。
斬撃に優れた楼観剣と魔力に秀でた白楼剣を生かすことができるので、このやり方はわりとベストに近いと思っている。
だが、妖夢はあれだけ愛し大切に扱った二刀ですら、剣技すら刀に合わせたこの楼観剣と白楼剣すら、すでに顧みていなかった。
それどころか自分の命ですら一顧だにして無い。
百尺の竿頭、すべからく歩を進むべしと禅では言う。
昔の軍隊では竿を登らせしがみつかせるミンミンゼミというシゴキがあったというが(*注3)、そのうち竿には登れるようになる。
倦まず弛まず物事を成してゆけば竿に限らず上にのぼってゆける、しかしその高みから下界を見下ろし安住するなら、それはそこまででしな無いという。
登ったその先、百尺(*注4)の高さから一歩を踏み出す、命が無いかもしれないその一歩を踏み出せるか。泥にまみれ怪我に泣き、そしてもう若くないその身体でさらに先に進むため、もう一度登る
*注釈1、斎藤茂吉、歌人、アララギ派の中心人物
1953年2月25日死去、著作権は切れております。念のため。
*注2、ちなみに今回載せた二天一流とタイ捨流が双方熊本の流派なのは単なる偶然であり、妖夢と肥後もっこすとは一切関係無い・・・と思う。とりあえず筆者の妄想はフルもっこし足りないのではと思われる。
*注3、「大空のサムライ」を参照。著者の坂井三郎氏は教官になってから手本としてこのミンミンゼミをやってみせたが、実戦をくぐり抜け教官になった後だと楽勝過ぎて、苦しいどころかヒマを覚える程度になっていたらしい。だから片手で煙草を吸いつつ「シゴキ」のはずのこれをぼーーーっとこなしたといいます。
*注4、百尺なら30メートル、アルプス一万尺なら3000M、一尺は肘から手までの尺骨の長さを基準にしています。一尺がだいたい30センチ。
身体を基準に単位が出来ていましたから家がきちんと立ったのですが、現在は土地に合わせて家を建てるので、なんかそうも言っていられなくなってます。
彼女の腕前は忘れられがちだが天下一品である。
二百由旬の距離すら物ともしない。
妖怪山の山頂から、再思の道を越えて三途の川の船頭を二つに切ることなど造作もなかった。
さすがの小野塚小町も、自分の状況が理解できぬまま両断された。
見る者全てが憧れた小野塚小町の肢体は酸鼻を極めるどころか、今はもう原型すら判別し難い。
死神はそれでも死ねない、閻魔もそうだろう。
身体が原型を留めなくなった程度では、彼女らは楽になることは許されない。
だが、妖夢は主君の仇を討たねばならない、妖夢もそれまで死んで楽になることは許されない。
切っても死なない閻魔を殺すまで、彼女に安息は無い。
いや、罪を犯した妖夢には、死しても安息は無い。
それでも仇を討てずに死ぬよりなんぼかマシである。
なすべきことを果たし、そのまま山を降りようとする妖夢を呼び止める声がした。
「行くのか」
「行きます」
天魔、妖怪山の主。
妖夢はここを登るまでに天狗を30匹ほど払い落としてきた。
逆にいうなら、小野塚小町一人を倒す準備に、それほどの労力を掛けている。
最初に妖夢を止めようとした紫や藍ですら無理だったのだから、天狗程度では話にならなかった。
天狗達は色めきだったが、諏訪子から事情を聞いたうえ、すでに妖夢が鬼と化していると見た天魔は妖怪山の頂きに登ることを許した。
妖力も法力も無い、弾幕という枷がないなら鬼と化した妖夢を止めることなど誰も出来ない。
ちなみに博麗と守矢のほうは参詣され戦勝祈願をされてしまったので、こちらはもう止める気すら無かった。特に霊夢。
天魔が盃を投げてよこした。
指二つで受けた妖夢は怪訝な顔をしたが、直ぐに出陣の作法だと解ると盃を押し頂いた。
酒を注ぎながら天魔は問うた。
「閻魔は、死なんぞ」
どうするのか聞いた天魔に迷わず妖夢は返事を返した。
「切ります、切れば解ります」
内容を理解した天魔だが、それでも無理と判断した。
「それは別じゃろう」
そこまで問われて、始めて妖夢はワラった。
「同じ、です」
もちろん天魔には同じの意味が分かった。
閻魔も馬鹿なことをしたものだ。
タスラム、相手の骨を砕いて石灰に混ぜ、相手に投げつける武器。(*注5)
なんのためにあるのか解らないような言い伝えの武器であったが・・・
四季映姫は西行妖なる桜の下を掘り返して、西行寺幽々子の玉骨(*注6)を砕きタスラムに仕立てた。
西行寺幽々子は死なぬと思われていた。
そして閻魔も死なないと思われている。
だが、閻魔自身によって、死の可能性が示唆された。
閻魔という幻想でも、切れば繋がりが顕在化してなにかに突き当たる。
それこそが本体で、かつて魂が入っていたものだろうと予測がつく。
妖夢は主君の仇を同じやり方で取ろうというのだ。
今閻魔の部下を切り捨て、賽は再び投げられた。
成功・失敗どちらにしても、彼女は生還を期してなど無い。
細い咽の動きが止まり、空になった盃が置かれた。
妖夢は黙礼して踵を還し、戦場に歩みを進めた。
その一歩は、もちろん百尺ならぬ一万尺からの一歩であり、師匠とおなじくその先に踏み込める人であったと天魔には解った。
*注5、このタスラムはムアコックのコルムシリーズのものなので誤解なきよう。
本当のタスラムはケルト神話の光神ルーの武器だとか。
ルーはグングニルの最初の持ち主とも言われています。
*注6、美人の遺骨のこと。美人さんともなればたとえしゃれこうべであろうとも呼び名が変わるんです。
四季映姫は悩んでいた。
冥界を接収したはいいが、管理が行き届かない。
幽々子と妖夢の二人でやっていたからどうにかなると思っていたが・・・
なお小町は役に立たない。
死神のくせに閻魔に匹敵する実力はあり、同僚の閻魔に羨ましがられているが、彼女は幻想郷という特殊な地域に派遣されたトラブルシューターである。
乱世の英雄は平時の優等生では無い、模範生とはほど遠い。
小町は平時に寝ている分、有り難いと思わなくてはいけない。
非常時の主役は平時のトラブルメイカーであるのだから。
ちなみにその彼女が肉塊と化しているとは、さすがの閻魔様も知らなかった。
連絡がなくても心配されないのは普段さぼっているツケで、調和のとれた収支決算ではある。
小野塚小町、彼女に助けはとうぶん来そうに無い。
平時の能吏は今は居ない。
幻想郷に行ってまだ帰ってきて無い。
稗田阿求、息を吸って吐くように書類を片づける彼女の帰還はしばし先であろう。
映姫のフラストレーションは溜まってゆく一方であったが、仕事が進んでない訳では無い。
冥界の接収により今後は間違いなく仕事は楽にはなる見通しだからだ。
西行妖が解き放たれてしまっており、彼女の予測は直に外れるどころか責任問題を越え大騒動になるのだが、ソレは少しだけ先の話である。
実のところ彼女の不満はそんなところには無かった。
なにかうまく行かない、手が届かない。
ついに今回は西行寺幽々子から冥界の権益を奪うような事までした。
しかし漠然とした流れの悪さは、最大の懸案事項を解決したあとでも解消されなかった。
だがあの白玉楼跡を思い出すと理解されたのだ。
漠然とした不満、それは部下はいるが家来は居ないことだと気が付く。
部下は職務の助けになるが、私の助けには成らない。
だから細かいところに手が届かず、なにもかもピタリと行かなかったのだろう。
必要なのは個人的な用を足し、かつ使用に煩わしくない有能な家来なのだ。
「じゃあ、妖夢でも捕まえにゆきますかね」
こうして閻魔はフリーになったとおぼしき妖夢を勧誘にゆくことにした。
アレなら侍らすのに適当だ、有る程度経験もあるし少し鍛えれば使い物になるでしょうと気楽に考える。
しばらくは白玉楼跡地の管理を代行させといてもいい。
閻魔の考えは楽観に過ぎるのだが、映姫の甘い読みも責められない。
侍なんてものは元々忠誠心が薄く、主家が取りつぶされれば新たな仕官先を探すのは普通であった。
ちなみに徳川250年で改易もしくは取りつぶされた大名は200家に及んだが、どうにかしようという動きがあったのは大阪の陣と忠臣蔵の二回、すなわち1%だ。
その忠臣蔵の討ち入り参加率は四十七士というくらいで47人、浅野藩の士分は307人で参加率15%強、それすらも新たな仕官先を探すための売名行為と言われている。
比較をするなら、これが中世欧州だと抵抗率は4割に跳ね上がる。
取りつぶしを受けても城に立てこもり、敗北を喫しても夜盗になったり傭兵を組織したりして、最後まで主君についてゆくのが4割も居るのだ。
主君がたとえ死んでも城に立てこもり何年でも抵抗する騎士も居る。
日本でそこまで部下が付いてきたのは、2600年余の歴史を探っても義経ぐらいだ。
映姫は多くの亡者を見てきた、だからこその判断ミスである。
百分の一のさらに15%、統計だと誤差と切り捨ててもいい数字。
だけど妖夢はその誤差の忠義心の持ち主だった。
幻想の地に住まうサムライ、理想とされ望まれた忠義に篤い二刀使い。
甘いし流されやすくそのくせ頭が固く影響を受けやすいうえ不平と不満をこぼすので妖夢の人物は軽く見られがちだが、それらは忠義忠誠と最終的な覚悟にはなんの関わりもなかった。
映姫の説教が耳に届かない理由は、あるいはこんなところにあるのかも知れない。
机上の話は生きている世界とのズレを内包している。
今の映姫に冷暖自知の四文字は無い(*注7)
いや、説教が好きな人間は、ついこの言葉を忘れがちである。
普段椅子を温めている映姫はたとえ十万年生きていようが(*注8)、人生経験が足らなかった。
妖夢は閻魔を目指し、そして映姫は妖夢を捜しにゆく。
*注7、冷暖自知、寒いか暖かいかは人の言うことはあてにならず自分で感じたほうがたしかであることから、神髄は自得するしか無いという禅語。類語に自践自得・自証自悟などがあります。
*注8、閻魔大王は最初の人間と言われています、これが本当だとするなら閻魔大王は約十万歳という事になります。だからたとえイモータルでも、ヒラ閻魔の映姫は十万歳を越えないはずです。
地霊殿ではさとりがハタキを掛けていた。
業務を減らしまくり暇と思われがちなさとりであるが、意外な事に大忙しである。
広大な地霊殿を一人で、ペットが残した飛び散る毛に気をつけながらハタキをかけ、一部屋一部屋掃き拭き流し清める。地獄でこれを怠ると一発アウトになる。
さとりは以前余分な怨霊を掃除してくれそうな巫女のスカウトに失敗している。
三食昼寝お茶お八つ付きの条件に本人はわりと乗り気だったのだが、なぜか途中でペット扱いをするなと怒り出した。ちなみにさとり内部では、ペットといえば妹に次ぐ存在なのだが、霊夢からしてみればんな事は知ったこっちゃ無い。
トイレの砂を変え、餌と水を用意し(*注9)爪研ぎで痛んだ柱を補修し、いろいろ訴えかけてくるペットの心を聞いていると一日が終わり、また明日も同じだけのお掃除がまっている。
正直この統治の象徴である地霊殿はさとりにとって重荷でしか無い。無駄に広すぎる。
しかし能力があるため他との関わりがむずかしいさとりには、他にできる仕事は極端に限られる。
収入は充分にあるが使い道は無い、だから本来なら清掃のため人手を雇えばいいのだが、さとりの屋敷で働こうという酔狂な人物妖怪などいようはずも無い。こだわらないおめでた巫女で駄目だったのだからどいつも駄目だろう。まぁペット扱いしようとしたのが失敗だったのだろうが。
いるならゾンビフェアリーぐらいだが、これが全く役に立たない。
ただでさえ役に立たないフェアリーがゾンビって、もうどうしてくれよう。
自分一人なら地霊殿の管理などもっと適任かもしれない勇儀あたりに任せ、どこへなりとも出て行ってもいいのだが、ペットがいるのでそうもゆかない。
地霊殿は広すぎるが、ペットを考えると有る程度の規模は必要になる。
だがペットが居ない生活などさとりにはたえられない、妹が帰ってこないさとりの最後の心の支えであるのだから。
そのペットの一人が付けた柱の傷を補修しておこうとしゃがみこんで傷を覗き込んだ時に気が付いた。
・・・後ろに何か居る!
この疎まれた地霊殿、その理由となった私。
だからここには誰も来ない、ここでは誰にも遇わないと思っていた。
振り向くと彼女は佇んでいた、しかもそれは知り合いで私に会いに来たのだ。
そして私はさとりであるのだから、話を聞くまでもなく何が起こったのか解ってしまった。
状況は切迫している、だが私の口から出た言葉は、端から聞けば極めてのどかに聞こえるものだった。
「お燐、お空!たまには散歩にゆきましょうか」
*注9、蛇口をひねると水が出てくる訳は無いのです、念のため。
発展途上国ではこの嫌な作業を子供にやらせるので、人口爆発が収まらない原因の一つになっています。
そうして二人は出会う。
映姫はなにか後ろめたい気持ちがあり、小町を避けるルートを選んだ。
さとりはもちろん、地獄から閻魔庁の地底ルートである。
「ラストジャッジメント!」
挨拶はおろか警告も無しに閻魔がスペルを放つ。
そして首が吹き飛び、胴体だけになった閻魔が残された。
「まったくここしばらくの貴女はぬるいです
力責めなんて一番苦手な分野でしょうに」
胴体だけになった閻魔の貧乳に向けてさとりは話しかける。
なに、閻魔はこの程度では死ねない。
首からどくどく鮮血を吹き出す映姫をあいよぃしょっと火車が乗せ、散歩は続く。
さとりの後ろに居た幽々子をみて映姫は失敗を悟ったのだ。
タスラムには輪廻の輪をちぎり空(くう)にいたらせるだけの力は無かったのだと。
いや、輪廻を越えるなど釈迦でギリギリなのだが、特殊な話ほど伝承として残りやすいものではある。
それに閻魔は仏道を範としている、最大の成果であるニルヴァーナは極めて特殊な例外という事を忘れるほどしつこく喧伝されていた。
そして西行寺幽々子は裁きを受ける必要も無く地獄行きだったと。
全てを知ってさとりは幽々子側についたと映姫は判断した。
冥界の介入を終えたら次は地獄だろうと、たしかに普通は思う。さとりは決して普通では無かったが。
そして先手必勝でさとりに攻撃を掛けてきた。
普通なら迅速な判断と賞賛されようが、相手が悪すぎた。
さとりのチームはとっくに準備を終えていた。
さとりとしては状況全てを理解済みなうえに映姫の心まで読めていたが、映姫は浮かれて歩いていたところから状況を理解するのに忙しく、突然のことで視野が狭くなっていた*注10)。
かてて加えて脇にいた黒猫とカラスは地底の暗黒と相まって映姫の目には映ってなかった。もともと戦力差があったうえに、状況も映姫には味方しなかった。
今回はさとり自らが囮である。
幽々子が攻撃を防いでみせ、さらに念のためお燐がさとりを退避させ漏れた攻撃を消し、幻想郷有数の力責めの使い手であるお空が、上空から映姫の頭を吹き飛ばした。
ここでお空の攻撃がうまくゆかなくても、次の瞬間には幽々子とお燐とさとりの三人が火力を集中させた。詰みである。
閻魔の地位と磨きの掛かった説教を利用した交渉を展開すれば映姫に勝ち目は充分あったのだが、見通しの甘さと成功体験のワナが映姫を転落させたのだろう。
*注10、視野の狭さと精神集中はコインの裏表になります。集中は良いことのように言われていますが、副作用・コインの裏についてはあまり語られません。
専門性が上がった昨今はますます陰の部分が無視される傾向が強いよう感じます。
有名なところでは「スーパーになれなかったデパートの話」がありますが、長くなるのでここには書きません。
映姫が気が付くと閻魔庁の自室で横になっていた。
だが、どうも前後の記憶が曖昧である。
起きあがろうとしたところ、馴染みの死神が押しとどめた。
「起きあがらないほうがいいですよ、かなり重傷でしたからね」
「かなりって、いったい何が・・・」
小町はやれやれといった感じで話し始めた。
「あー、頭を吹き飛ばされていましたからね、前後の記憶が無いかもしれません
映姫さま、貴女かなりヤバい事になっていますよ」
「ヤバイって、顔ですか。私はいまどんな顔になっているというのですか」
あははと小町は笑って訂正した。
「首から上はちゃんと元通りです、復元しています。ヤバいのは貴女の地位ですよ。
今現在貴女の閻魔としての地位は差し止められています」
映姫は驚愕した。
「馬鹿な、幻想郷の担当など私以外にだれが・・・」
それは長いこと常識と思われていたが、小町の言葉は意外極まるものだった。
「いや、探せば適任者っているものだそうですよ」
映姫にとってそれは意外であった。
なにせ他の担当区域と違って人間以外を裁く必要がある。
人間一種族を裁くのだって困難を極めるのだ、その枠すら無いこの地でどう判決を出せるのか。
「白黒はっきりつける程度の能力」という特殊技能を持つ映姫でなくば成せない仕事と思っていたし、それは密かな誇りでもあった。
映姫の表情がこわばり、押し黙ったが、しばらくしてから口を開いた。
「誰です」
辛抱強く相手をしている小町が答えた。
「古明地さとりです」
沈痛な面持ちの小町が繋いだ言葉は追い打ちのように映姫には聞こえた。
「さとり様は映姫様が起きられたらお話があると言っておりました」
大車輪の如くさとりは判決を下していった。
その能力ゆえに浄瑠璃の鏡など使う必要すら無い。
閻魔庁での判決など、さとりにとっては明らかなことを口に出すだけでしか無い。
亡者に会う仏法に照らし合わせ判決を下すの歪み無い作業に映姫は口を出した。
「慈悲も人情も無いですね、貴女の判決には」
映姫が不愉快な顔をしていたが、さとりは皮肉なジト目で答えた。
「そういった事を忘れていたのは貴女でしょう、映姫」
なにを言われたのか解らなかった映姫ではあるが、さとりの言葉に迷いは無い。
なにせさとりとしては映姫が起きあがってきたら言いたいことが頭の中で煮えていたのだから。
「自分の仕事、すなわち欲のために統治者を暗殺
おや、欲のためなんかじゃ無いとか思いましたね
ではなんで問題解決を閻魔庁の効率化に求めず、安易に外部の勢力の攻撃で解決しようとしたのでしょうね。
大体地獄の繁華街も貴女が奪って、旧都を単なる怨霊の牢獄にしたのでしょう。
それだけやって、どれほど閻魔庁の業務は効率化されましたか」
さとりの目は映姫の心まで覗き込みつつ攻勢を掛ける、そのさとりの言葉は映姫にとって全て意外であった。
ようするに映姫は勢力拡張という周囲の評判の良いやり方で問題を解決しようとしたのだ。
組織改革は周囲の和を乱すというので、周囲の人間からは嫌がられる。
組織におもねった果てが幽々子の暗殺だとさとりは攻撃したのだ。
「第一貴女、どれだけ閻魔庁に手を入れたんです?
処理件数は爆発的に増えているのに処理能力は一切改善されて無い、それどこか処理件数は減少傾向にあったじゃないですか。
旧態依然の組織はほったらかし、部下の統制もできてない。
業務の滞った理由に部下が帰還してないだの幻想郷というところは他と違うからだと特殊な事を言い立てて例外としている。
組織体系の点検を惜しんでいるから貴女が動き回っても解決しないんです。
動き回っているぶん貴女の閻魔庁内部での評判だけがあがった、それだけです。この出世主義者が。
組織が意図した設計通りに動いているか、問題がどこでボトルネックがどこか理解していますか、その改善を明示したことがあったのですか。
つまりなにもかも貴女の能力不足が招いて、そのくせ目立つ行為だけひけらかし、しかもその失態を他に押しつけたんです。
地獄としても冥界としても、もうこれ以上貴女の跳梁は許せない」
映姫としてもいいたいことがある。しかし人生がどうのというところでは弁が立つ映姫も、組織改革論など畑違いも良いところであった。
それどころかそのようは話をする語彙すらなかった。
神職以外の人間が神に感謝する祝詞の語彙が無いのと同じようなものである。
いや、霊夢なんか妙に妖しいが気のせい。
さとりの追求はさらに続く。さとりとしては過去の因縁もある。
いいたいことはまだまだ終わらない。それどころかこの先何年も終わらす気は無い。
「閻魔庁にいる職員の悪いところは、対象者の意見を聞く必要すら無いと考えている事でしょう。
まあお役所仕事はどこもそうですがね。
顕界の文部科学省は対象者である児童の意見など聞いたことなど無いですし、警察は犯罪者はおろか犯罪被害者の対処ですらひどい扱いをしています。
自分をエリートだと思っている彼らが児童や犯罪者や犯罪被害者の訴えなど聞くはずもありませんが、そんなヤカラを裁いてきた貴女達こそ亡者の立場に立っていませんでしょう。
ああ、もうそう考えると閻魔庁がどんな目的で出来たのかすら頭にないようですね。
最小の負担で目的を達成させ、満足度の高いサービスを提供するという考えがそもそも無かったでしょう。」
閻魔に一度は全てを奪われ(*注11)牢獄と化した地下を復興させた古明地さとりである。
しかも凄いことは、仕える部下など一人もいないのにここまで成したことである。
考え、企画を立て、設計をし、法令を出し、鬼や光から追われた対処が楽では無い住民と折衝し、闇に隠れ心を読み市場調査を行い、問題点や改善点を拾い上げと、ほぼ独力で地底の改革を成し遂げてのけたのである。
彼女からしてみれば幻想郷の賢者と称された八雲紫ですら生ぬるい。
お役人から結局一歩も外れてない四季映姫など、さとりにとっては情けないほど貧弱であった。
*注11、東方地霊殿、霊夢+紫コンビでの勇儀のセリフから。セリフが短いので解釈のしようがありますが、最悪の方面での解釈をしてみました。
映姫とさとりの違いは、映姫はまだ人間に希望がある。だから説教もするし判決も吟味する。
生まれながらにして心を覗き込んださとりは人間に一欠片も甘い幻想を抱いていない。
閻魔としてはともかく、まさに地獄の管理人にうってつけであった。
そして全て効率で考える目標管理にも向いた人物である。
そして配下も一方的に話すだけの小町と違い、お燐はちゃんと霊とコンタクトが取れる。
しかも映姫の頭を破壊してみせて実績を証明したお空は、今回トラブルシューターとして閻魔庁のお墨付きを得てしまっている。
なにせ魑魅魍魎担当の閻魔、四季映姫を一撃である。これに異議を唱えられるほどの気骨は、ヒラの閻魔はもとより閻魔大王にすらなかった。
まぁトラブルシューターはトラブルメーカーであるのだが。
「とまぁそういう訳で、貴女は私のやり方を見て学んでもらいます。
石のように凝り固まったクソのようなその頭で私のやり方が理解できるか心配ですが、まぁ人手不足で仕えるものは仲間内の評価で周囲に被害をばらまくような貴女でも使いたいところですから、まぁ今のままでは足を引っ張るだけですから、とりあえずこれでも着てメイドとして私に仕えて頂きましょうか。
新たな閻魔に仕えることができるんです、貴女には過ぎた栄誉ですね」
えらい言われようだが、さとりも心の底から怒り狂っているので容赦無い。
あと何年も映姫にいろいと言うために、地霊殿を幽々子に任せておいて(*注12)閻魔の職を奪って、しかも映姫が目覚める前に成果を出しておいたのだ。
だが映姫としてもそこまで言われて頭に来てない訳は無い。
特に出されたのがメイド服というかフレンチメイド服(*注13)
映姫としては我慢のできようはずも無い。
だが、話はそこで終わらなかった。さとりよりさらに怒り狂っている存在が居た。
「私のところが駄目なら妖夢のところに行ってもらいます。
今は他の鬼とチームを組んで西行妖討伐に行っていますが、落ち着いたら貴女を教育しなおしてもいいそうです」
ここでさとりは息を継いだ、妖夢の心の内を覗き込んだのを思い出したのだろう。
「あの子は幽々子より先に死んでしまう事を怖がっていますからね。
自分の代わりに幽々子に仕えさせる者を探しているんですよ。
そんな事を気にする歳でもないのにねぇ、まだまだ若いというか若すぎるぐらいなんだから。
イモータルな貴女は好都合という事で、私が嫌なら妖夢のところに行きなさい」
*注12、幽々子は地獄に落とされました、帰れますでしょうが地獄のほうが存在が近くなっています。
白玉楼は映姫が押し込んだ亡者と、暴れる西行妖で大変なことになっていることを幸い、さとりが広大すぎて処置にこまった地霊殿を押しつけたのでしょう。
妖夢と幽々子なら充分管理ができると見越して。
*注13、フレンチメイドと言ってピンと来なければググルで画像検索してみましょう。大丈夫、みればああこれかとすぐ解る。
映姫に全く似合いませんが、それはさとりの嫌がらせチョイスでしょう。
「あ、そういえば妖夢は虫の女王リグルを最近見かけないと心配していました
だから貴女に喚んでもらいたいとか。
虫とは親しく無いですか、だけど妖夢にはちゃんと考えがあるそうです。
顔の造りとか、体型とか、髪の色とか似ているらしいんですよ、貴女はリグルに。
えーと、なんでしたっけ。賭博場で女性従業員が頭に-
ああそうです、貴女が思ったので間違いないです。バニーです、うさみみですね。アレを頭に付けて頂いて。
そう思われても髪飾りに虫の触覚なんて無いんですよ、へにょり因幡耳なら永遠亭に沢山あると聞きますからまぁ代用品に。
で、その服はどうやってもリグルに見えないので脱いで頂いて。
ああ大丈夫、裸とはいいません。破廉恥な。
腰までのマントを羽織って頂きます。
ああ腰までというのは、蛍ですからお尻が光りませんと。
貴女のお尻が光るとは思っていませんよ、誰も。
だから**の「*」に煙草をさしてもらうんだそうです。火を付けて」
返答の要らないさとりのマシンガントークは、映姫の顔から血の気を引かすに充分過ぎた。
人の肌など白黒黄色紅茶色あたりと決まっていると思っていたが、青い色は気持ち悪い。
人間の顔は本当に真っ青になるのだなと妙な感心をしてしまう。
恐ろしいことに、妖夢の言付けはまだ終わって無い。
「で、こう・・・手をパタパタとさせて『リ~グル来い、は~やく来い』と歌ってほしいと聞いています。
ああ、お尻の光がキモですから、突き出すのを忘れてはならないとこだわりの念押しが入りました。
貴女が思っている一瞬で終わらせればという考えはお気の毒というか、煙草の炎が消えるまでが一回で、それをちゃんとリグルが呼べるまで毎日繰り返し行うそうです」
うぁ、えげつない。
妖夢は全然全く許して居なかった。
怒りというパロメータは100で終わるものでは無く、怒りの上限は個人差があるということを、心を読んださとりと人づてとは言え怒りを受けている映姫は思い知った。
あのとき三途の川ルートを通って妖夢に斬られておけば少しは彼女の溜飲も下がったのだろうが、美味しいところは地獄組に取られたあげく主人の手まで煩わせたので、身は鬼にチェンジし心は修羅になり、もうこれ以上無いと思われた怒りはさらなる限界に挑戦していた。
さとりとしてもここまでの怒りを感じたのは比較的長い人生でも始めての経験で、この怒りが自分に向いていたなら抵抗できずに気を失っていたと思う。
ああ、今の妖夢ならやるだろう、いやさせるだろう。
謹厳にして高潔な閻魔をハダカマントにして、バニーの耳を付けて、煙草を挿すだろう。
手を広げたらマントは背中しか隠さない、どころか恥辱のパフォーマンスをしろという。
恐ろしいことに、それでも全く怒りは解けないだろうという事まで容易に推測が付いた。
怒りと哀しみ、そして覚悟。その時の妖夢は一度この世のなにもかもを整理し処分した。
だから妖夢にとって今後の人生はおまけである。
ちょっとまずいかななどという常識も、今後のつきあいがどうのという将来の話は鬼がワラう。
たかだかハダカマント煙草付き程度の仕込みを止める訳が無い。躊躇すらしないだろう。
怒りは解けない、怒りは本来精神であるが、もうその身を鬼に変えるほど顕在化して怒りが力を得ている。
そんな妖夢に付き合うのがマシなのか、日常的に心が読める相手にメイドとして仕えるのがマシなのか。
そうしてさとりによって道は開かれる。(*注14)
心の襞まで知り、あらゆる不平を読み込み、しかもさとりの癖として知ったことを話さずには居られない。
それに仕えねばならぬ四季映姫。不平不満は面従腹背ですら許されないというか無駄。
しかもお互いイモータル、いつ主従関係が終わるとも知れない。
断ったら蛍の刑(*注15)である。ああもう死にたいと思っても映姫は死ねない。
どこへ出しても恥ずかしくないメイドになるか、どこへ出しても恥ずかしい元閻魔(笑)になるか、二つに一つならば道は決まったようなものである。
ああ、殺そうと思っても結局死ななかった西行寺幽々子が思い浮かぶ。
映姫はそれどころでは無い不死人である、西行寺幽々子より死ねる可能性は低い。イモータルは伊達では無い。
映姫に逃げ道は無い、幻想郷が終わるまで無い。
身体的にも社会的にも精神の一欠片に居たるまで逃げ場は無い。
ご奉仕メイド最強伝説の幕は、今この時開けた。
映姫には、もうメイド道を究めるしか残って無い。
(ただしフレンチメイド服で)
*注14、ここまで前振り、本文はこっから下。←これがやりたかったがために、今までくどくて面倒でうんちく垂れ流しな注釈を付けていたり。
あ、お願い。ストロードールを投げつけないで。地味にへこみます。
*注15、ここでは刑としていますが、本来は宴会芸です。体育会系公務員の必殺技、警察とか消防とか。
あと別に警察に恨みは無いです、いや本当ですってば。
身内でやるだけなら勝手にすればいいのですが、結婚披露宴でやる馬鹿が絶えないとの被害報告が出ております。
このたぐいの芸を実践した偉人だと、西郷隆盛あたりが有名です。人格と宴会芸にはなんの関連も無いという好例ですね。
他にはキャンドルサービスで男性のシンボルに・・・この話題は止めましょう。
今まで読んだことないタイプの話でした。
冗談交じりの注釈が雰囲気に合わず読みにくくてしょうがない。
あとゴッチャにしすぎな気もします。
矢鱈注釈が入るんで岩波文庫みたいな読みづらい感じでした。
後は『・・・まぁ人手不足で仕えるものは仲間内の評価で周囲に被害をばらまくような貴女でも使いたいところですから、まぁ今のままでは足を引っ張るだけですから、・・・』の「まぁ~ですから」が繰り返しになっていて気になったのでどちらかは「でも~ですので」とかに変えてはどうでしょう。
閻魔のさとり様とかメイドの映姫様とか新鮮でおもしろかったです。
あらすじにしたら面白そうかも。
具現化したらつまらなくなったみたいな。
人に読ませる文としては落第点ですね。