Coolier - 新生・東方創想話

幽霊の楽

2009/08/14 00:16:09
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 今年の土用干しで出来た梅干しを一粒口の中に放ると、梅特有の酸味と出来たてのしょっぱさが口一杯に広がって頭をすっきりさせてくれる。
しかしその頭を以てしても僕には目の前の道具のことが分からなかった。
僕の能力によるとこれが楽器であることは分かるし、ピアノの鍵盤と同じ形をしたキーを叩けば音が出るのだと推測できる。
だから先程からキーをかちゃかちゃと叩いているのだが、うんともすんとも言わない。
それ以上に不思議なのがこのキーの軽さだ。
普通楽器と言う物は笛にしろ太鼓にしろピアノにしろ、演奏する時には何とも言えない重みがあるはずだ。
それがこの楽器、キーボードにはまったく感じられない。
まるで名前が一緒のコンピュータのキーボードと同じように軽い。
まさかこのかちゃかちゃという音が音楽だというのだろうか。
いや、そんなはずはない。この道具はきちんと使いこなせば様々な楽器の音色や楽器でない物の音まで出せるのだ。
これも僕の「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」によって分かったことだ。
でも僕には正直これが楽器とは到底思えなかった。
先程も言ったようにこの楽器は一抱えほどの大きさがあり、ずっしりとした重量感もあるのに……軽すぎる。


──カランカラン

「香霖。何か面白い物は入荷してないか? って、あるな。でっかくて面白そうな物が」
「いらっしゃい魔理沙。でも残念ながらその道具の使い方はよく分からなかったよ」
「そんなのいつものことだぜ。それに私が使い方を発見すればお前の悔しそうな顔が見れるんだろ?
幸いじゃないか。」
「まったく、相変わらず口が減らないな」
「生まれてこのかた私の口は一つきりだ」
「本当にひねくれた奴だ」

 あれからしばらくの間キーボードを弄っていたが、何の進展もなかったので僕はあれについて考えることを止めた。
そもそもこのキーボードを含め、外の世界の道具には理解出来ない物が多い。
それをいきなり理解しようというのが無理な話なのだ。
幻想の住人である僕はゆっくりと簡単な物から知る方が良い。
人間はそうやって簡単なことを積み重ねて難しいことを理解するのが自然だ。

「そういえばもう土用干しが終わったんだな。
当然私の分も作ってくれたんだろう?」
「自分の家で作ればいいじゃないか」
「あんなところじゃ茸が生えちまうぜ。
いや、それはそれで良いことなんだが……」

 そう言って魔理沙は小皿から僕がお茶請けにしていた梅干しを一つ摘んで、たった一つしかない口の中に放り込んだ。
そしてさっき僕がやったようにカウンターの上のキーボードを弄り始めた。
 店の中にキーボードの無機質な音がかちゃかちゃと響き渡る。
外からは蝉の音が店内に遠慮なく流れ込んで来るが、それでもこの異質な音は耳に響く。
僕はやはりこれでは音楽にはならないなと思い、軽く溜め息を吐いて冷めきったお茶を一気に飲み干した。


──カランカランカラッ

「御免ください」
「いらっしゃいませ」

 音程のない、安いリズムが響く店内に幽霊使いの半人前少女、妖夢が来た。
彼女は結局のところ今までお金を払って商品を購入したことがないので、僕の中ではまだ客じゃない。
偶にうちに来たかと思えば、また人魂灯をなくしただの、ちょっと買い物の帰りに休憩させてくれだのと言う勝手な娘だ。
普段の態度から判断するとそれなりに礼儀を払って僕に接しているようだが、店に来て買い物をする気がない時点で失礼だ。
彼女は真面目な娘なのだろうが、根本的にずれている節がある。

「えーっと、少し待っててくれ。人魂灯はどこに仕舞ったんだっけ?」
「いやいや。流石に三回もなくしたりはしませんよ?
ほら、もうすぐお盆でしょう? お盆には冥界の幽霊達が子孫のもとへ訪れるのですが、中には縁者の居ない幽霊も居るのです。
そういった幽霊達の為にも今回は騒霊ライブを行うことになりまして、今日はそのお誘いに来たのです。
やっぱり幽霊にとってお盆には生きた人間が居ないと盛り上がりませんからね。
それに冥界はこちらに比べて夏でも涼しく……」

 案の定今日も彼女は客ではなかった。
今日の訪問の理由を言い終えた彼女はいつものように冥界自慢を始める。
妖夢のこの手の話は霊夢の武勇伝と似たような物なので、僕は話半分に聞くことにしている。

「──それでその騒霊たちの使う楽器の中には変わった物があるのです。
あ、今丁度魔理沙が弄っているそれと同じような物です」
「そうだ妖夢。お前この楽器の使い方分かるか?
私が前にその騒霊を見た時は涼しい顔して演奏しているように見えたんだがな。
それでさっきから頑張っているんだが、どうにもちんどん鳴ってくれないんだ」

 魔理沙はキーボードを弄るのに飽きたのか両手を挙げて降参のポーズをとり、妖夢に助けを求めた。
妖夢は少しの心得があるのか、気持ち胸を張りながらキーボードに触れた。

「実は私、前に触らせて貰ったことがあるのよ。
まずここのスイッチを入れてからキーを叩けば……ってあれ?」

 店内に再びキーボードの情けないリズムと声が響き渡った。

「あれれー? 確かにこの前はこのやり方で出来たのに」
「それはきっと騙されたんだ。幽霊には一つも口がないからな。
喋っている時点で信用がならん」
「そこら辺のスイッチはあらかた弄ったけど、何の変化もなかったよ」
「まさかあの人達にもおちょくられるなんて……」

 取り敢えず軽く落ち込んだ妖夢の気を晴らす為にも、僕は彼女にお茶を渡した。
それにしても彼女は幽霊使いだというのに何か勘違いしているようだ。
多分、件の騒霊は別に彼女を騙した訳ではないだろう。

「幽霊と音楽には密接な関係があるからね。
恐らくその騒霊たちは楽器を演奏する根底にその関係を無意識的に持ち込んでいるんだ。
だから別に君をおちょくったわけではないよ。……多分」
「幽霊と音楽? それはどういう意味でしょうか。
幽霊は皆音楽好きってことですか?」
「肉体に憧れる幽霊にとって音楽とは身体そのものなのさ」

 この世の生き物は総じて身体と魂を持っている。
そしてこの二つは文字通り一心同体となって生き物の命として存在する。
一度生き物が死んで命が身体と魂に分離されると、身体は五行の輪廻に還され、魂は霊の輪廻に還る。
だが魂の中には幽霊となって命に執着し、この世に留まろうとする物も多い。
そういった幽霊達は身体を求め、たとえ仮初だろうと命を得ようとする。
命という言葉が示す物はその音から分かるように『息(い)』と『霊(ち)』であり、息が身体、霊が魂を示す。
そして楽器を演奏する時の人間の息吹や楽器自身の震動は正にこの『息』であり、この身体に執着する為、幽霊は音楽を好む。
幽霊にとって音楽を聴いている間は生き返った心地になれるのだ。
 夜中に口笛を吹くと蛇が出ると言われるのは今言ったことが理由にある。
幽霊の多い時間帯、夜に口笛などの音楽を奏でると悪い幽霊が一時的に蘇り、邪な物となって人間を襲ってしまうぞという教訓だ。
幽霊なんてのは霊体だけならそれ程人間に悪影響を与えはしないが、なにかに憑いて身体を得た時が一番怖いのである。

「うーん。それじゃあ閻魔様の仰っていたことも、そういうことなのでしょうか。
私には幽霊にとっての音楽なんて単なる趣味程度にしか思えませんでしたが、成程。
そういう理由があったのですね」
「あー。よせよせ妖夢。香霖の言うことなんて真面目に聞いてたらキリがない」
「そうかしら? 今の話を聞いて私は物凄く納得のいくところがあったんだけど」

 どうやら妖夢は真面目な上に感受性も強いらしい。
僕の言ったことをなんの疑問もなくすんなりと受け入れられると、逆に不安に思ってしまうことがある。
 人間はどんなに沢山の本を読もうと、どれだけ多くの人の話を聞こうとも、本人の考察なしには決してその人の知識に成り得ない。
人が見聞きすることは全て情報でしかなく、そこに自我のベクトルを置くからこそ知識が生まれる。
どんなに素晴らしい言葉や文章もそこに人が居なければ、ただ混沌とした情報の塊でしかない。
そこに人間が個性や気質といった秩序を持ち込むことで初めて知識が生まれる。
 僕にはこの半人前少女がついさっき聞いた話を今までの経験と瞬時に結び付け、完全に自分の知識にしたとは思えなかった。
聞いた直後には分からなくても、明日にでも来年にでも自分なりに分かれば良いのだ。
大抵の人は納得してしまえば考えるのを止める。僕はそのことがとても不安だった。
これからこの少女に話す時にはもっと考える余地が出来るように、暈かすところもしっかり混ぜて話すようにしようと決めた。


「それで騒霊ライブには参加しますよね?」
「勿論参加するぜ」
「魔理沙は当然として、貴方はどうしますか?」
「そうだね。確かにお盆に幽霊だけが騒ぐって言うのも虚しい気はするが……
生憎僕は半分人間じゃないからね。遠慮しておくよ」
「そうですか……
ではまた機会があれば是非冥界にお越し下さい。
幽霊だらけと言ってもあそこは本当に良いところですので」

 そう言って妖夢が帰ると店の中はただただ、蝉の音が響くだけとなる。
魔理沙はキーボードについて完全に諦めたのか、店の商品の本を漁り出した。
 魔法の森の蜩の寂しげな音を聴いていると、僕の興味はキーボードの使用方法からキーの異様な軽さへと移った。
先程の話の騒霊が使うキーボードらしい楽器を見たことはないが、今ここにあるキーボードは間違いなく外の世界の物だろう。
僕は全ての楽器には身体と幽霊、そうでなくとも最低限演奏者の身体と魂が必要である為、楽器を演奏する際には言葉で表現しきれない重みがあると思っていた。
だからこそ場所によって乗り移る幽霊も異なり、音色が変わる。音楽とは生き物であり、それ故に人は音楽に感動出来る。
 しかし外の世界ではもうその常識は通用しないのかもしれない。
このキーボードと言う物はどんなに弄っても音を出してくれない以上、人の力を超えた物によってのみ演奏が出来るのだろう。
それはもう楽器が身体や霊に頼らずとも音を奏でることが出来るということだ。
それは物に宿る神の力なのか、それとも外の世界らしい無情で無機質な物なのか。
 僕がもし騒霊ライブに行って、件の楽器の音色に感動してしまったら、迷うことなくキーボードのキーを叩きたがるだろう。
その時にもし、そのキーが目の前のキーボードと同じ軽さを持っていたのなら、僕は今までの楽器の概念を改めないといけない。
少なくとも今の僕にはそんなことをするよりも、夏の命溢れる虫達の音色を聴いている方が幸せだった。


「あら、もう今月分を用意していてくれたのですね。有り難く頂戴いたしますわ」

 何の前触れもなく突然現れた妖怪少女に僕は度肝を抜かされた。
人は何かしらの前兆に気付けば、どんな吃驚箱にも驚くことはない。
その点この少女、八雲紫は現れる度に必ずといっていい程誰もが驚くだろう。
当然この吃驚妖怪には魔理沙も腰を抜かしただろうと思って店内を見渡したが、見当たらない。
どうやらいつの間にか家に帰ったようだ。

「はて? 今月分と言うと?」
「厭ですわ。貴方の目の前にあるその玩具のことに決まっているじゃあありませんか」
「玩具?」

 彼女のいつもの意味の分からない言葉を聞いて僕の頭が少し混乱し始めた。
まるで言葉に言霊が宿っていない。あるのは言弾だけだ。
紫の言弾は全て僕の心に飛白模様を付けることなく飛んで行く。

「うちの猫が楽器を欲しがりましてね。でも楽器は重いでしょう?
だからそのとっても軽そうな玩具の楽器を頂きますわ」

 まるで猫騙しを喰らったような僕を尻目に、紫は片手で軽々とキーボードを持ち上げて一瞬の内に店内から文字通り消えてしまった。
幻想郷の夕暮れ時は、優しく輝いていた。
 
 夜の星が天盤を埋め尽くす頃には僕も紫の言葉を反芻しきっていた。
やはり騒霊ライブには参加しても良いかなと思った。
 四作目のテーマは「死」って訳でもないですが。
人形とか付喪神とか音楽とか幽霊とかの話を書いていたら、沢山の没作品が出ました。
ある意味文字の死体ですね。随分とツギハギな作品が完成しました。
 他の人が皆さとり妖怪だったら、作品で伝えたいことを行間に籠めて伝えられるんだけどなあ。
でもそれじゃあ作品に言霊が宿らないんですよね。
言葉の魅力は伝えきれないことにあるんだと思います。
そういった言葉の弱みを隠そうともしない『文々。新聞』は魅力的ですね。
作品の最後は言葉の魅力を前面に出そうと努力しました。

※八月十七日 追記
 紫はストーブの燃料代として毎月、それも一年中香霖堂から何かしら取り立てていると思っていました(冬眠の季節はよく分かりませんが)
でもコメント番号29の方の言う通り、一年中と明言されてはいませんね。
皆さんに伝わり難い表現が作中にあったことを、ここでお詫び申し上げます。
稲葉チャコ
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コメント



0.1500簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
長さや、どこか淡々とした空気が原作らしくて読みやすかったです。
しかし何となく固いというか、遊びがないかなとも思いました。
7.100名前が無い程度の能力削除
これぞ変人店主霖之助
10.90名前が無い程度の能力削除
キバヤシ分が入ってこそ霖之助です。
16.100名前が無い程度の能力削除
あなたの香霖堂をもっと読みたい
23.90名前が無い程度の能力削除
さらりと読める長さで、とても原作風味。
霖之助の考察部分は作品の要ですからね。素晴らしい。
25.100名前が無い程度の能力削除
なんか鍵盤ハーモニカ思い出した
29.80名前が無い程度の能力削除
なかなか面白かった
ただ気になったのは、ゆかりんは夏に何の代金を貰いに来たんだ
31.90名前が無い程度の能力削除
納得したことも、考えて解らないことはもう考えないだろう妖夢。
しかし、考えても答えの出ないことはもう考えないのは霖之助も
なんだよね、そういえば。それはさておき妖夢楽しそうだ