Coolier - 新生・東方創想話

紅魔郷ファンタズム

2009/08/13 01:16:04
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 冴え冴えと光る真円の月。

 紅い妖霧を反射して、赤く濡れるように輝いている。

 夜気を吸い込めば、微かに香る花の匂い。

 妖霧に包まれた湖畔には、風に吹かれて夏の花が揺らめいている。

 私は今宵も館に向かう。

 この紅霧異変の原因たる吸血鬼を退治する為に。













     紅魔郷ファンタズム













 今夜は何だか調子が良い。

 宵闇の妖怪と氷の妖精は勿論の事、館の門番にも然程苦労はしなかった。

 しかし昨日は悪魔の狗に大分手こずり、その時の失点を取り返せないまま、結局、標的たる吸血鬼にやられてしまった。

 だが、この異変の解決に乗り出した初めての夜はというと、門番に辿り着くのがやっとの有様だったのだし、それを思えば、私は格段に成長しているという事になる。

 トライアンドエラーの繰り返し。

 幸いにも時間はたんまりとある。

 私のやる気が続きさえすれば、この後もずっとこの紅い満月の夜を過ごす事は出来るだろう。

 けど、それももう飽きたのだ。

 最初の夜から幾日経ったのか既に分からないが、毎夜毎夜、この紅い満月ばかり見ていては気がおかしくなってしまいそうだ。

 そう。月はずっと満月のまま。

 きっと、私が吸血鬼を倒して、異変を解決するまではずっとこのままなのだ。

 時は進む事も無く、この世界は永劫に終わらない。

 私は早くここから出たい――。



 館の侵入者を排除する為に、妖精のメイドが多数飛び出してくる。

 それを殆ど反射的に撃ち落としながら、私は只管、館の最深部を目指して飛び続ける。

 七曜の魔女、撃破。

 悪魔の狗、撃破。

 私は彼女達の事をよく知っている。

 彼女達の攻撃パターン。スペルの攻略法。

 私はそれを何度も何度も繰り返し体験する事で知悉している。

 館の主である吸血鬼だって――同じだ。

 私は彼女を倒し、幻想郷の歴史に、紅霧異変を解決した存在として名を残すのだ。

 名を――私の名前を。



 館の最深部。

 吸血鬼の聖域。仄暗い瘴気漂い、真っ赤な月が見える場所。

 ここがこの館の、最後の砦だ。

 私は最深部に辿り着き、吸血鬼と対峙する。

 既に何度も繰り返してきたやり取り。

 彼女達はその事を憶えていない。私だけがその全てを憶えている。

 結局、彼女達にとって私とはその程度の存在なのだ。

 夢のような存在――。

 夜、夢見て、朝になれば忘れてしまう、その程度の存在。

 しかし、誰かに夢見られた夢は、忘れ去られる事で消えてしまう訳では決して無いのだ。

 夢は見られた以上存在する。忘れ去られても、夢として依然そこに残り続ける。

 そんな夢の残滓。

 それがきっと私なのだ。

 だけど、私はそんな運命を、今夜こそ終わらせるのだ。

 私が吸血鬼を倒し、私が紅霧異変を止める。

 私は夢である事を止め、実体のある存在として生まれ変わる。



「ふぅん。紫の言った通り、待ち伏せしてたら出て来たじゃない」



 ふいに闇に木霊する少女の声。

 私の背に戦慄が走る。

 変だ。ここには吸血鬼が居ないと駄目なのに――。



「貴方が真犯人なんでしょ?この二度目の紅霧異変を起こした」



 紅と白の巫女装束。闇に溶け込むような黒髪と、対照的に白い横顔。

 私は怯む。

 私は叫び出しそうになる。

 こんな結末を私は知らない。

 宵闇の妖怪を倒し――。

 湖の氷精を倒し――。

 館の門番を倒し――。

 七曜の魔女を倒し――。

 悪魔の狗を倒し――。

 そして、最後に館の主である永遠に幼い月を倒す――。

 それがこの紅霧異変のシナリオだった筈だ。

 ――時間切れ。

 ふと、私はこのイレギュラーの原因に思い当たる。

 そうか。時間を掛け過ぎてしまったのだ。私はもっと早くにこのゲームを終えておくべきだったのだ。

 だからこの少女が――私にとっては紛れも無い死神が出て来てしまった。

 この狂った夜を正す為に。



「毎晩毎晩、紅魔館を紅い霧で包んで、その住人達に悪夢を見させ続けていた。動機は何?まぁ何だっていんだけど、私は――。紫に無理やり叩き起こされて、ここに連れて来られただけだし」



 巫女はぶつぶつと呟きながら、戦闘態勢を取る。

 私は逃げ出したくなる。

 だが、逃げ帰る場所など私には無かった。

 私は仕方なく、絶望的な戦いを始める。

 風と花を使い、私は戦う。それは私に与えられた数少ないアイデンティティーだ。

 しかし、戦いの結果は分かっていた。やるまでも無く。

 本物の紅霧異変を解決した彼女に、私が敵う筈など無かったのだ。

 彼女の繰り出すスペルを避ける。だが、避け切れない。

 夢想封印――。

 文字通り、私という夢と想いを、彼女は封印するかのように容赦無く打ち込んでくる。

 体力と気力がごっそりと減っていく感覚。

 多重に張られた結界に絡めとられ、その中で、少しずつ、私という存在が消えていく。



「私には貴方の姿がよく見えない。鳥眼の所為かと思ったけど、違うわね。貴方には元々姿なんて無いんだ。人間では無い。妖怪でも無い。幽霊でも無い――貴方は何者?」



 そう。私には明確な姿形は与えられていない。

 私が何者なのかは、私自身が一番知りたいくらいだった。

 私とは本来何者だったのだろう?

 しかし、今の私に限って言えば、私とは単なる夢だ。

 私とは、幻想郷という大きなシステムが生み出した、小さな歪みだった。

 かつて夢見られ、創造主にさえ忘れ去られた、そんな存在だった。

 私とは――幻想になり損ねた空想だった。



「名前くらい聞いてあげるけど」



 彼女は何の関心も無さそうにそう言った。

 名前――。

 それは私に与えられた数少ない要素。

 私という存在を支える唯一と言っていい強固な証しだった。



「――冴月麟」



 私の呟きは風に乗って消えた。

 果たしてその名が彼女に届いたのか、私には分からない。

 私の紅魔郷はこうして終わった。

 だけど、どうかお願いだから忘れないで欲しい。

 私の存在を――。









「で、結局、何なのよ。今度の異変は」

 霊夢は紅魔館の上空で紫を見つけると、早速食って掛った。

「マッチポンプよ」

 紫はいつもの様に真意の読めない笑みで答えた。

「自分で火をつけて、自分で消す奴っているじゃない。今度の異変の犯人もそう。自分で異変を起こして、自分で解決しようとした」

「意味分かんないわ。どうしてそんな面倒な真似を――」

「犯人は紅霧異変に執着があったのよ。だから毎夜、紅霧異変と同じように紅い霧を出し、紅魔館と、その住人を取り込んだ。夢の中で紅魔館の住人を襲い、紅霧異変を再現しようとしたの」

「よくあの場所で待ち伏せしてたら会えるって分かったわね」

「気付いてないの?紅霧異変の時、貴方が通ったルートを彼女はそのまま辿っていたのよ」

「彼女?ああ、犯人ね。何なのよあれは――突然消えちゃったけど」

「夢に還ったのよ。今の幻想郷には彼女の居場所は無いから」

 意味分かんない、と霊夢は釈然としない顔をした。

 夜叩き起こされた事には相変わらず腹を立てていたが、しかし今は妙にセンチメンタルな気分になっていた。



 ――だけど、どうかお願いだから忘れないで欲しい。

 ――私の存在を。



 名前は結局、聞き損なった。

 けど、彼女のそんな想いがふと去来したような気がしたのだ。

「ねぇ、紫。紅霧異変の時、私と魔理沙の他に誰か居たような気がする時があるんだけど、もしかしたら、さっきの――」

「気のせいよ。紅霧異変を解決したのは博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人。幻想郷の歴史ではそうなっている」

「そう?ならいいんだけどさ。ただ――」

「ただ?」

「時々、色んな事を忘れてるような気がする。大切な存在とか。でも思い出せない。気の所為かと思うんだけど、やっぱり妙に気になる事があるの」

「空飛ぶ亀とか、神社の悪霊の事?」

「――何それ?」

 紫が上品に笑った。上品だったが、やっぱり胡散臭いなと霊夢は思う。

「本当に大切な事なら、その内に思い出せるわよ。必ず」

「あっそう」



 霊夢が空を見上げると、冴えた月がこちらを見下ろしていた。

 深い夜気には、風に吹かれた花の香りが混じっていた。
さっちんは詳細が存在しないキャラクターなので、色々妄想逞しく出来てよいよいよい…。
桐生
http://kiryuan.blog.shinobi.jp/
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コメント



0.960簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
一行目で気付いてしまった・・・。

幻想郷で忘れられたらどこへ行くんだろうか。
12.90名前が無い程度の能力削除
玄爺、魅魔様、さっちん・・・かわいそすぎる
13.80名前が無い程度の能力削除
さっちん…