Coolier - 新生・東方創想話

雨の匂いと傘の怪

2009/08/10 23:02:26
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 幻想郷の結界の端に位置する博霊神社。その玄関の軒先に一人の女が立っていた。紫と白を基調としたドレスに身を包んだ女で、しとしとと降る雨と相まって見方によってはとても儚げであったが、ここ、幻想郷において見た目では何一つとして判断できないことを少し妖怪の森でも歩いたものならば理解出来ることだろう。
 女、八雲紫もその例に漏れず、姿かたちこそ人間のそれであったが幻想郷において、かなりの古株の妖怪である。今日は何かの用で博霊神社に来たようだ。

「さてはて、困ったわね」

 晴天の多い幻想郷において使用回数が少ないであろう傘立てを見ながら呟いた。
 しかし、困ったと言うものの、言うほど困って無いことだけは口調からでも推測できる。

「傘がないとはね」

 つい数時間前には確実に傘立てに刺さっていた傘が今は無くなっていた。未だ降り止まない雨を見ればそれがどういうことかなんて、考えるまでも無い。

「誰かが雨宿りでもして持ってっちゃったのかしらね?しかし、一体誰が?霊夢?今まで一緒にいたじゃない。その他妖怪?きっとそうね」

 当たり前のことを当たり前に言うと紫は空を見上げる。
 雨は止む気配は見せない。夜まで降り続くだろう。このまま出てきた扉に入り直して霊夢と共に夜を明かすというのも悪くない。夜更かしならぬ昼更かしのせいで、昼間に起きているのだから人間と同じ時間を過ごすのもありだ。
 そうしようかと扉に手をかける。

「しかし、それはそれで芸がない話よね。大体、濡れずに家に帰る手段なんて無限にあるのだから」

 と言って、くるりと振り返ると玄関先に「ここ」と「そこ」の境界を操り、スキマを開く。これに入れば紫に行けない場所は無い。行きたくない場所や、行く理由の無い場所はいくらでもあるが。

「これもやっぱり芸が無いと言えば芸が無いわね」

 出したばかりのスキマをぱっと手品師のように消すと八雲紫は手を頭に当てて何かを考え始めた。

「何でも出来るってことは不便よね、何をやっても当たり前、何をやっても常識内、常識外でも常識内。別にここで『いつも』を否定する必要もないのだけれど、せっかく、傘が無くなったなんて事件に出会ったのですもの。……………事件。事件か。しかし、こんなことで犯人探しなんて……………いえ、だからこそ犯人探しかもね」

 八雲紫が彼女を知るどんな人物に聞いても胡散臭さが前面に出るのはこの思考形態ゆえだろう。何でも出来て、何かをやりたいわけではなく、やりたいことを敢えて裏切ることも良しとする。だから誰も彼女が分からない。何を考えているのか理解できない。

「さて、と。傘、ねぇ。どこかに私の傘の愛好家でもいたかしら?いないとしたら犯人は誰なのか……………。うーん、分からないわ、名探偵がズバッと解決とはいかないものね。まぁ、傘を持ってそうな奴を片っ端から当たって行きましょう」

 むしろ、傘を持っている人物は紫の傘を盗む必要が無くなってしまうのだが、紫はそれに言及しない。気づいていないのではなく、そう言及すると傘を持ってない人物を探すとなってしまい、結果、幻想郷中の人物に会わなくてはならないのでその事実を封殺した。

「傘、傘、傘。パッと思いつくのはアイツかしらね」

 左手を中空にかざすと先ほどと同じようにスキマが現れ、そのままスッと紫はそのスキマへと消えていった。


 風見幽香は雨が好きだ。とは言っても晴れも好きだし雪も好きだし曇りだって好きだった。雹であろうと日照りであろうと彼女の愛する自然には違いない。それらの困難を乗り越えてこそ花は美しく咲くものだし強い種をつけるのだ。
 だからこそ幽香にとって天気というのは大した意味を持たず、雨が降っていようがなんだろうが傘を差して太陽の畑に来るのだった。
 この梅雨が終われば花を咲かせ始めるであろう向日葵が梅雨明けを今か今かと待ちわびている様子はこの時期に隆盛を極める紫陽花とはまた違った面白さがある。その様を見る時間は幽香にとっては至福だった。そのため珍妙なる訪問者が突如現れた時、不機嫌になるのは仕方が無いと言えば仕方が無かった。

「あら、幽香。ごきげんよう、今日も元気そうで何よりだわ」

 紫が太陽の畑に現れたのは博霊神社から消えてから一瞬後。「ここ」と「そこ」を繋げるのだから時間がかかりようもないないが、何度使っても瞬間後に風景がガラリと変わっているのには慣れそうにも無いと紫自身は思っていた。

「ご機嫌?ご機嫌は悪いわよ。珍客とはいえ来る時はアポくらい取ってもらいたいものね」

 溢れ出る不機嫌さを隠しもせずに幽香は言う。自分の時間の邪魔をされたこともそうだが、紫が現れた時に足元に踏まれた向日葵のことが許せないようだ。

「アポねえ?ま、そんなことはどうでもいいわ」

 それに気づいているのかいないのか、紫は無関係に話を続けていく。

「ほら、私傘無くしちゃってさ。誰かに盗られたんじゃないかと探しに来たのよ」
「傘無くしたって……………傘なんて必要ないように見えるけどね?」

  幽香は傘を持っているが紫は今傘を持っていない。ならば当然の帰結として今紫は雨に打たれているかというと、当然のように打たれていない。自分の真上にスキマを発生させて自分に当たるはずの雨粒を全て他の場所へと送っているのだ。
 送られている本人の霊夢は天井から漏って来る雨水が神社がボロいせいだと勘違いをして鍋やら壷やら用意して慌てふためいているのだがそれはまた別の話だろう。

「あら、雨の日は傘をさすものでしょう?それに貴女がさしてるのに私が傘をさしてないなんて不公平じゃない」

 本気とも冗談ともとれないような軽口を叩く紫だがそれは単に幽香を怒らせるだけの効果しか生み出してはいない。それでも幽香が飛び掛らないのは相手が紫だからなのか。戦闘後蹂躙された畑を見たくないからなのかは分からない。

「アンタのあれ。日傘じゃなかったの?」
「日の光が防げれば雨だって防げるわ。当然のことよね。それで?私の傘知らない?」
「知らないわよ。私は今日一日ここで向日葵を見ていたの」
「暇人なのね」

 ただの軽口。
 そう考えたところで。
 気には障る、癪に障る。
 そして、決して風見幽香は、温厚な妖怪ではない。

「…………………………紫。アンタの血で紫陽花を紅く染めたって良いのよ?」

 空気が変わる。

 心を持たぬ向日葵でさえも感じとったのか一斉に振るえ始めた。幽香を中心に、円を描くように。そして、そんな殺気を受けてなおそよ風程の影響も無いかのように佇む紫。

「あぁ、紫のムラサキと紫陽花のムラサキをかけてるのね。やっと分かった」
「死になさい」

 言葉と同時に幽香の姿が消え、その言葉が紫に届く頃には既に紫の背後へと回りこんでいる。
 弾幕も何も無い。ただ、傘でぶん殴る。これなら周りの向日葵を傷つけることも無い。 これが幽香の選んだ選択肢。
 しかし、幽香の声が発せられる直前、既に紫が選んだ選択肢は実行されつつあった。それは、逃走。足元に発生させたスキマで瞬時に他の場所へ逃げだすことだった。
 後に残されたのは傘を振りかぶった直前で紫が消えてしまい、煮えくり返りそうな頭を持て余した幽香だけだ。

「チッ!!なんなのよ!わけが分からない!…………………………どうせいつもの気まぐれなんでしょうけど。気分が悪いわね。ねぇ?」

 向日葵にそう問いかけると物言わぬはずの向日葵達は一度だけ頭を垂れて、まるで幽香を慰めるかのように身を震わすのだった。



 八雲紫が次に現れた場所。それは紅魔館だった。梅雨時期の雨もここにだけは届かない。基本的に無用心な幻想郷において門番を配置している珍しい館なのだが門を素通りしていきなり玄関に現れれば門番に意味なんて無い。

「傘と言えば吸血鬼かしらね?前に日傘をさして歩いているのを見た気もするし。ま、他に傘を持ってそうな奴っていっても思いつかないし。しかし、傘を持ってたのはメイドの方よね。主を探すかメイドを探すか…………………………どっちでも同じでしょうね。おじゃましまーす」

 扉を開けるようにして、またスキマを発生させて紫は紅魔館へと入っていった。



「……………咲夜、また紅茶に変なもの入れたでしょ」

 紅魔館の二階のテラス、それはレミリアのお気に入りの場所である。室内で飲む紅茶も良いが、外の空気を吸いながら飲む紅茶の味はまた違ったものがあると信じている。この日もまるでそれが仕事かのように紅茶を飲みながらのんびりと過ごしていた。隣にはそれが仕事である十六夜咲夜を待機させながら。

「いえ、お嬢様、変なものではございません。今回入れてみたものは塩でございます」
「十分変なものじゃない。何で紅茶に塩を入れるのよ、砂糖じゃなくて」
「勿論砂糖も入っております。しかし、いつものように角砂糖を五つ入れたところで思い出してしまったのです。甘いものに塩をかけることで甘みを引き立てられることを」
「貴女のその紅茶に魔改造を施そうとする癖だけは直して欲しいわ。とはいえ、スイカには塩よね。その理論なら甘い紅茶に塩を入れるのは確かに間違っていない気もするわ。問題は量よね。どれだけ入れたの?」
「砂糖と同じだけ、でございます」
「…………………………なんで普通に淹れた紅茶はあんなに美味しいのに変なことをしたがるんだろう?塩水よ、これじゃ」

 それでもレミリアはその紅茶とも言いがたい飲み物をぐっと飲み干す。

「外の世界では海って物があるの。吸血鬼の大の弱点みたいなんだけど、塩水は大丈夫なのね」

 レミリアが咲夜にお代わりを言いつけた時、そのテラスにお客がやってきた。

「水は流れてなきゃ平気よ塩とか砂糖が入っていてもね」

 突然現れた客に眉一つしかめることなくレミリアは言葉を紡ぐ。

「紫本人がここに来るなんて珍しいじゃない。どういう風の吹き回し?」

 大した用事ではないなら紫の式神がお使いにくるのだが、いや、大した用事であっても式神がくることが多いか。

「こういう風の吹き回し」

 言いながら指を宙でくるくると回す。
 その行為に何の意味があるのかレミリアにはさっぱり分からなかったがそれを紫に聞いたところで意味はないだろうと判断する。

「ふーん。じゃ聞き方を変えましょう。何か用?」
「用が無いと来ちゃいけないの?良いじゃない、貴女の姿が見たかったとかでも」
「別に私は構わないわよ。ほら、咲夜、何をぼさっとしてるの?後ろ手でナイフなんて構えてなくていいから早く紅茶の準備をしなさい」
「しかし」
「しかしじゃない。私が紅茶の準備をしなさいと言ったら紅茶の準備をするの」
「はい。了解いたしました」

 何か言いそうではあったが咲夜はそれ以上何を言うでもなくレミリアの紅茶のお代わりと新たな客人への紅茶の準備をし始める。

「貴女のところは人使いが荒いのね」
「紫の式神ほどじゃないわ。あの狐、そのうち死ぬんじゃない?過労で」
「過ぎた労わりと書いて過労よ」
「私は過ぎた労働だと思うけどね」
「同じような意味でしょう?」
「だったら同じ過労じゃない。私のところは別に働くのを強制してるわけじゃないからね。働きたいやつが私の館で働いているだけ」
「私の式だって喜んで働いてるのよ?」

 どこか噛み合わない会話。レミリアは意識して、紫は意識せずこんな会話の応酬を続けていた。昔のように会えば殺し合うような関係ではなくなったとはいえ、いきなり何の用で紫が紅魔館に来たのかを考えるレミリアと、そんなこと欠片も意識に置いていない紫の違いだろう。

「それで」

 と、レミリアがズレた会話の軸を戻そうとする。

「結局何しに来たの?」
「傘を探しに来たんだけどね。よく考えたら吸血鬼が雨の中歩いて神社に来れるはずなかったわ」

 吸血鬼は流れ水に弱い。
 それは先ほどレミリア自身も認めたことであるし、紫だってもともと知っていたことだった。
 紫が何を言ってるのか今一つ理解しきれていないレミリアであったがとりあえず本当にどうでもいい理由であることだけは理解した。

「……………ホントになにしに来たのよ」
「さぁ?紅茶でも飲みにきたんじゃない?」

 数秒前に間抜けっぷりを披露したことなど微塵も感じさせない優雅な台詞。
 そしてその言葉と同時に咲夜が紅茶を持ってくるのだから出来すぎているだろう。

「まぁ、私は塩の入った紅茶なんて絶対に飲まないけど」

 それだけ言うと来た時と同じ唐突さで紫は消えた。
 残ったのは吸血鬼と従者、それに二つのグラスに淹れられた紅茶だった。

「何だったのでしょう?」

 従者が主人に問う。

「何でもないのよ。あいつの行動に意味を求める方が無謀ってもの。ホントに傘を探しにきたんでしょう。それもホント。どんな風の吹き回しだったのかってのもホントだし、紅茶をのみに来たってのもホント。それに塩入紅茶を飲まないってのもホント。全部がホントで全部嘘。そういう奴だと理解しときなさい、としか言えないわね」
「そうですか」

 納得出来たのか。それともとりあえず頷いたのか。どちらともとれるような口調で言って、咲夜は飲むべき客人のいなくなったティーカップを片付けようとする。

「ちょっと待ちなさい、せっかくですし。貴女も一緒に飲みましょう。たまには自分が淹れた紅茶、というのも良いでしょう?」

 そうですね。と今度ははっきりと頷く。
 紅魔館には降らなくとも雨は今も続いている。
 雨の音だけを聞きながら紅茶を飲むのも粋なものだと咲夜は思うのだった。



「それで紫さま、結局傘はどうしたんですか?」

 紫の式神の藍が生み出した式神という規格外の産物、化け猫橙は畳にごろごろと転がりながら言う。勿論この場合、規格外なのは橙ではなく紫のことだ。

「どうもしないわよ。諦めてここに戻ってきたの。まぁ、傘なんて無くても困るもんじゃないしね。それに」

 橙の目の前に発生させたスキマに右手を突っ込んで何かを引っ張り出す。

「あ、傘」

 神社で無くなった傘と寸分変わらない傘が紫の手に握られていた。

「傘を盗まれなかった未来は存在する。ならばそこからちょっと傘を借りてこればいいだけでしょ?」

 並行世界の壁、つまりは境界すらも操りえるのならば可能だ。

「だったら紫さまの傘もそうやって違う世界の紫さまに盗まれたんじゃないですか?」

 橙が言うと紫は手を打って驚く。

「おお、凄いじゃない。私でも解けなかった難題を橙が解いちゃうとは」

 普段から気まぐれな紫は他人を褒めることなんて滅多にあることではないので橙は照れるように笑う。

「でしたら、その紫さまは誰に傘を盗まれたのでしょう?」

 自分の式を褒められたのが嬉しかったのか台所に立っていたはずの藍までやってくる。

「そうね。そこまで辿りつけて五十点」

 自分の産みの親である藍が五十点なら一体自分の推理は何点だったのだろう、と橙は思ったがあまり深くは考えないことにした。

「紫さまはご存じなのでしょう?最初から傘がどうなったか、なんてことくらい」
「さぁてね。私にだって分からないことくらいあるわ。ただ、あの傘も随分長いこと使ってたから。長く使ってる物ってね。九十九神とかになってどっかいっちゃったりするのよ。傘の妖怪なんてのがそのうち出てくるんじゃない?」

 紫が本当のことを語っているのか。
 それとも全くの出鱈目を言っているのか。
 橙にも藍にもそれを確認するすべは無かった。
 
 雨は降り続く、沢山の傘と人を濡らしながら。
 八雲紫の話です。書くにあたり色々考えたのですが異聞録の形容どおりに胡散臭く何を考えてるのかさっぱり分からない人になりました。もうすぐ星麗船(漢字違う気もしますが)発売ですね。そんな感じです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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日月ハコ
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コメント



0.980簡易評価
15.90名前が無い程度の能力削除
何事もない幻想郷のおかしな一幕。いい話です。
17.100名前が無い程度の能力削除
うまくつなげたもんだw
19.90名前が無い程度の能力削除
小傘の例があるからなぁ…
うん、お見事。
23.90名前が無い程度の能力削除
星蓮船ですぜ、氏。
それはともかくいいなぁ、この作品。見事に紫の胡散臭さが出ている気がする。
うむ、ごちそうさまでした。
27.100名前が無い程度の能力削除
適当に本気な紫が良い