焼け焦げた腕というのは、案外と原型を留めるものだな、と思った。
幻想郷に、今日も夕暮れが訪れようとしている。
山に隠れ始める太陽は、白からオレンジへと色を変え、暖かい色を放っている。
それは眩しくも、西日となって、香霖堂の一室に侵入してきた。
読んでいた本から顔をあげ、目を細める。
布団で眠っている彼女……四季映姫の表情が曇ったからだ。
寝汗、では無いだろう。
どちらかというと、油汗に近い。
苦しそうな声に、僕はどうする事も出来ない。
唯一できたのが、彼女に降り注ぐオレンジの光を遮断する事だ。
「まったく……不注意な閻魔様だ」
彼女を担ぎこんで来たのは、蓬莱山輝夜と藤原妹紅だった。
またいつもの様に殺し合いをしていたらしい。
この近所で、偶然に出会ってしまったとか何とか。
そこで皮肉の応酬となり、ついには手が出てしまったとか何とか。
いい加減に迷惑な話だ。
ケンカするほど仲が良い、と言うが、殺し合いする仲はどうなのだろうか。
廻り回って愛し合っているのかもしれない。
もう家族や兄弟と言った感覚なのかもしれない。
そんな二人の元へ、これまた通りかかった閻魔様に流れ弾が当たったそうだ。
輝夜と妹紅の争いは、弾幕ごっこではない。
本気で相手を殺そうとする為、妖怪でも近づかない。
それなのに、この閻魔様は二人を仲裁しに行ったのだろう。
結果、見事に火傷を負ってしまったみたいだ。
左腕の袖は燃え尽きて、腕が赤くただれている。
妹紅の妖術を喰らって消し炭になっていない所は、流石は閻魔と褒めるべきだろうか。
それとも、マヌケと罵るべきだろうか。
「はぁ~。しょうがない」
せめてもう少し楽になれる様にと、僕は彼女の襟元を緩めた。
厳格な衣装だな、と思う。
これでは、ただでさえ息が詰まってしまう。
ボタンを外していくのは、こちらも気恥ずかしいのだが、仕方がない。
出来るだけ彼女の体に触れない様にボタンを外していった。
これで多少は息を吸いやすくなっただろう。
心なしか、寝息も安らかになったと思う。
「つ、連れて来たよ!」
と、そこで犯人の一人が帰ってきた。
長く白い髪を振り乱した、藤原妹紅だ。
妹紅がドタバタと部屋に入ってくると、その後ろから八意永琳も入ってきた。
恐らく、妹紅は永琳に大げさに伝えたに違いない。
映姫の様子を見た永琳は、最初に大きく安堵の息を漏らしたからだ。
「つ、連れて来たわ!」
永琳が胸を撫で下ろし、治療に取り掛かった頃、もう一人の犯人が帰ってきた。
長く黒い髪を振り乱した、蓬莱山輝夜だ。
彼女に従う様にドタバタと部屋に入ってきたのは小野塚小町だった。
保護者、という訳でもないが、一応は部下として連れて来たのだろう。
輝夜もまた、大げさに伝えたに違いない。
映姫の姿を確認した小町はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「良かった……無事じゃないか……」
少しだけ涙を拭ってから、笑顔を浮かべた。
命に別状が無いと分かったからだろう。
しかし、それ以上に困った事がある。
「小町、安堵している所を悪いのだが……靴は脱いでもらえるかい」
僕の言葉に、彼女は慌てて部屋の外へ引き返した。
まったく……気づいたのなら飛んで行って欲しいものだ。
後で掃除する僕の身にも成って欲しい。
~☆~
手早い永琳の治療に、輝夜と妹紅は固唾を飲んで見守っている。
小町は余裕があるのだろう、少しだけ困った表情をしているが、慌てたり取り乱したりする様子はない。
まぁ、それが当たり前だろう。
彼女は熟練の死神だ。
西行寺幽々子ではないが、多少は他人の死が見えたりするのかもしれない。
商売相手が幽霊だからね。
「ほら、二人とも心配いらないから」
「でもでも永琳!」
「私のせいなんだから!」
永琳の言葉にも輝夜と妹紅は不安げな声をあげる。
まったく、しょうがない少女達だ。
僕は永琳に目で訴えた。
何か仕事を与えてやれ、と。
「……そうね。じゃぁ二人共お湯を沸かして冷まして頂戴」
「分かったわ!」
「任せとけ!」
二人は急いで台所へと走っていった。
この様子だと、何かまたミスでもしそうな勢いだ。
僕も手伝う事にしよう。
読んでいた本に栞を挟み、よいしょ、と立ち上がる。
ずっと座っていたからだろうか、少しだけ腰が痛い。
後で、永琳に見てもらおう。
「いくよ、輝夜」
「いつでもいいわ」
台所では輝夜が鍋に水を張り、それを持っていた。
それに対峙する様に、妹紅が構える。
そして、両の手に、炎を顕現させた。
炎の火力を強めて、そのまま鍋へと放り込んだ。
水は一気に蒸発して、辺りに水蒸気となり溢れ出す。
「きゃ~!」
「あっつ……あぁ、輝夜ぁ!」
鍋を持っていた輝夜は水蒸気をまともに浴びてしまったのだろう。
全身大火傷状態で倒れた。
いや、何を考えてるんだ、この子達は。
マヌケにも程があるというものだが……不老不死というのは、注意力散漫になるのだろうか。
もう痛みや苦しみという感覚が麻痺しているのかもしれない。
「何をやってるんだ、お前ら……まったく……」
床に転がった輝夜を無視して、床に転がった鍋を拾うと、水を張って火にかけた。
河童式の自動点火装置。
便利な世の中になったものだ。
「そうだ、妹紅。チルノよチルノ。あの子を連れてきたら早く冷えるわ」
「なるほどっ。行くよ輝夜」
何事も無かったかの様に輝夜は立ち上がった。
ベロンと捲れていた皮膚は元に戻っている。
なるほど、マヌケにもなるだろうな。
何をどうしたって死ぬ事は無いのだから。
二人はそのまま飛び出していった。
しかし、どうして一度、考えをまとめようとしないのか。
どうして即行動に移してしまうのだろうか。
「はぁ~……」
出したくないため息が零れ出た。
もう少し落ち着いて欲しい。
じゃないと、こうやって振り回される方が大変だ。
トントンと腰を叩きながら、鍋の様子を見る。
鍋の底には、気泡が浮かび、水面に向かって昇っていく。
コトコトと音がするのを確認してから、近くにあった椅子に腰をかけた。
ぽたり、と天井から雫が落ちる。
さっきの水蒸気が天井を濡らした様だ。
天井が痛まないと良いが……まぁ、大丈夫だろう。
建て直す必要はあるまい。
二人が去った後は、部屋は静かで、台所も静か。
この静寂が、何とも心地良かった。
水がお湯へと変わる音も、リズムがあって良いものだ。
どこか懐かしい気分になって、僕は歌を口ずさむ。
これは、いったい誰が歌っていた曲だろう。
母だったろうか、それとも誰か別の人だろうか。
もう、覚えてないな。
「沸いたか……」
火を止める。
グラグラと揺れていたお湯は、静かになり湯気を浮かべた。
その頃には、太陽はすっかり沈んで、星が幻想郷を照らしていた。
多少は雲がある様で、月の姿は見えない。
「ただいまっ!」
「チルノ連れて来たわ!」
「痛い痛い、痛いよ!」
両サイドから腕をつかまれ、半分浮いている状態でチルノは連れて来られた様だ。
これでは逃げ様にも逃げられない。
まったく……きちんとお願いすればいいものを。
「ほら、チルノ、氷だして氷」
「なんでよ。やだよ、そんなの」
輝夜の言葉にチルノはブンブンと首を横に振った。
チルノの意見はもっともだ。
無理矢理連れて来たあげく、一方的な命令。
僕も同じ様に反発しただろう。
「チルノ。お願いだ、氷を出してくれないか」
だから、代わりに僕が頼んでやる。
礼儀の見本を見せてやる事にしよう。
「ん? お前誰だ?」
「あれ……僕の事を忘れたのかい? 森近霖之助だよ」
確かに会うのは久しぶりだ。
でも、忘れられているとは思わなかった。
「おぉ、お前霖之助か。久しぶりだな」
「うん、久しぶり。それで、氷は出してくれるかい?」
「しょうがない、出してやるか」
僕は鍋を指示して、そこに氷を顕現してもらった。
中空に氷が現れると、カランコロンと音を立てて鍋へと落ちていく。
熱湯だからみるみる氷は溶け、姿を消していった。
それでもすぐに湯気が消えたのは、氷精の能力だろうか。
しばらくすれば、冷めるだろう。
「これでいいか?」
「あぁ、ありがとうな」
お礼を言うと、チルノは嬉しそうに笑った。
無邪気という言葉が一番似合う。
僕はチルノの頭を撫でてやり、それから椅子へと戻った。
輝夜と妹紅はチルノにお礼のつもりだろうか、ほっぺたをムニムニと弄ったり、頭を撫で回したりしている。
あれではおちょくってるだけだ。
いや、相手を小馬鹿にするのが、蓬莱山輝夜だったか。
長い付き合いで妹紅にも移ったのかもしれない。
この二人には、似た者同士、という言葉がよく似合う。
お姫様なのに、どこかお姫様らしくない。
まったくもって、
「若いなぁ」
ため息が出るかと思ったら、笑顔が零れてしまった。
チルノと戯れる輝夜と妹紅。
そんな風景が、ちょっとだけ、いつの日かの誰かを思い出させたのかもしれない。
~☆~
すっかり日も落ち、夕飯の時間となった。
僕が作ろうと立ち上がったが、輝夜が代わりに作ってくれる事になった。
珍しく大人数だ。
そうめんが良いだろう、と僕は輝夜に行って台所を後にした。
その頃には映姫も目を覚ました。
自分の現状を把握したのだろう。
左腕の惨状に少し青くなりながらも苦笑した。
もっとも、彼女は人間ではない。
ちゃんと元の皮膚に戻るだろうし、永琳が何とかするだろう。
今は、痛々しいが、これも一つの教訓と言えるかもしれない。
「すいません、どうやら迷惑をかけたみたいですね、店主……霖之助さん」
「いや、気にする必要はないですよ。久しぶりに会えましたし、いいんじゃないですか」
「できれば、普通に会いたかったものです」
その言葉には、僕も苦笑するしかない。
彼女と普通に会うという事は、死んだ後の話だ。
その程度の冗談は言えるみたいなので、大丈夫という事か。
「ごめんなさい、映姫。私と輝夜のせいで」
妹紅はきっちりと正座して、頭を下げた。
本人は心底謝っているのだろう。
それが土下座となっているのは、こちらとしては少々驚かされたが。
映姫も驚いた様で、少しだけ口を丸くしたが、すぐに笑顔を浮かべる。
「本来、私とあなた方には縁がありません。ですが、こうやって話す事が出来るのは縁が合った、という事です。この縁を、あなたはどう受け止めますか?」
「え、えっと……その……む、難しいです、閻魔さま」
妹紅の困った顔。
それを見て、僕は思わず笑ってしまった。
僕の隣にいるチルノなんかは、意味さえも分かっていない。
「まったく……あとで、説教タイムです」
「ダメです、今は安静していて下さい」
「……はい、すいません」
流石の四季映姫も医者には敵わないらしい。
間髪いれない永琳の注意に、映姫はシュンと項垂れた。
アイデンティティと奪われたというのだろうか。
四季映姫から説教を取ると、果たして何が残るやら。
大人しく布団に寝転がった映姫を見て、僕は笑う。
「ところで、小町。仕事はいいのかい?」
早々とお酒に手をつけていた死神は、風鈴の音色を楽しんでいた。
ぐい飲みを傾けながら、こちらへと向き直る。
そして、問題ないとばかりに指を振った。
まぁ、幽霊を渡した所で、肝心の閻魔がここで寝ているのだ。
焦って仕事をする必要もあるまい。
もともと彼女達に、休日というものが無い。
たまには、こうして休暇とするのも良いはずなのだ。
真面目な映姫に話すと、怒られるかもしれないけど。
「はい、そうめん出来たわよ」
輝夜が底が深い皿に山盛りになったそうめんを持ってきた。
恐らく、ありったけのそうめんを茹でたのだろう。
まぁ、この人数ならそれぐらい必要なのかもしれないが、見た目には多すぎる。
「お、そうめんだ。氷いるか?」
「あぁ、頼むよチルノ」
夏は、チルノの世話になりっぱなしだな。
カラコロと氷を顕現していくチルノの頭を撫でてやる。
「お?」
不思議そうな顔をして、チルノがこっちの顔をみた。
妖精からは嫌われてるチルノ。
しかし、彼女を好ましく思ってくれる存在もいる。
いたずら好きの三月精とか、大妖精とか。
それだけでも、彼女は救われているのだろう。
きっと、それだけでチルノはサイキョーなんだと思う。
誰にも負けない強い心と、冷たい体。
そのうち、異変の主犯になるかもしれない。
博麗の巫女も、きっと困るだろうな。
「どうしたニコニコして。あたいの氷がそんなに美味いのか?」
「あぁ、美味しいな。よく冷えたそうめんが食べられるのはチルノのお陰だ」
そうだろう、と胸を張って、チルノは笑った。
それからチルチルとそうめんを食べていく。
そして浮かべる笑顔は、子供のそれと一緒だった。
何も裏のない、無邪気という言葉が似合った笑顔。
その笑顔は見る者も笑顔にしてしまう。
「はい、霖之助さん」
輝夜が別の皿にそうめんを取って、僕の前に置いてくれた。
彼女はよく気がきく。
物語に出てくるお姫様は、自分では何もしなくて、召使ばかりを動かす存在が多い。
だから、悪い魔法使いに狙われるのではないだろうか、とも思った事がある。
自分では行動を起こさない、受動的な人間。
だからこそ、何処かの誰かの恨みを買う事になる。
だが、目の前で僕の顔を見て微笑む彼女は違った。
料理も上手いし、立ち振る舞いも上手い。
処世術を極めていると言ってもいい。
狡猾に生きている訳でもなく、酷く気持ちの良い生き方だ。
たった一人にしか恨まれていない、というのも実際には凄い事じゃないだろうか。
「ほら、霖之助。お箸お箸」
そして、その輝夜を恨んでいる妹紅。
彼女もさっぱりとした存在だ。
明るく笑い、人間の味方をする不老不死の少女。
妹紅が輝夜を恨んでいる理由は聞いてはいない。
だけど、もうその理由を忘れている気がする。
覚えているならば、きっとこんな風に肩を並べてそうめんをすすっていないだろう。
きっと恨みも風化するのだろう。
恨みや怒りを維持する事は、喜びや楽しみを維持するよりも遥かに簡単だ。
それでも、人間は流動的な存在。
思いや気持ちは、一定ではなく移り変わる。
もっともっと長い時間をかければ、妹紅と輝夜は一緒に暮らす日がくるのかもしれない。
「どうしました、霖之助さん」
そうめんに手をつけないで、皆を見てる僕を不思議に思ったのだろう。
永琳が声をかけてきた。
「いや、久しぶりに賑やかだからね。たまにはこんな夕飯もいいものだ」
永琳は、そうですね、と答える。
彼女は母親的存在なんだろう。
保護者という言葉が似合う。
それは輝夜に対してではなく、妹紅や里の人間も含めて。
いつまでも変わらず、美人の医者というのは理想なのかもしれないな。
なんでも、永琳に交際を申し込み、玉砕した男の人数は相当になっているらしい。
二代に渡ってフラれた人間もいるとか。
その話を本人から聞いた時は笑ってしまった。
何にしても、そこまで人から好かれる存在というのも、素晴らしいものだと思う。
「どうだい、一杯」
と、そこへ小町が寄って来た。
手にはお猪口とお酒の瓶。
「どうだい、も何もそれは僕のお酒じゃないか」
「はっはっは、まぁそう言いなさんな。いい男が台無しだよ」
「今頃褒めても、遅いよ」
僕はお猪口を受け取って、小町からお酒を注いでもらった。
そして酒瓶を受け取ると小町のお猪口にも注いでやる。
僕がクイっと一気にあおると、小町はニヤリと笑ってから一気にあおった。
彼女は、いつだってマイペースだ。
時にそれは自己中心的に見えるかもしれない。
だけど、それを貫き通す姿は、彼女の個性と言うしかない。
慌てもせず、急ぎもせず、ただただ自分のペースでしっかりと生きる。
仕事をサボって、青空を眺める彼女は、とても幸せそうなのだ。
それはコソコソと逃げている表情ではない。
何もかもを許容して、何もかもを受け入れる気で、彼女は空を見上げて笑っている。
「ごちそうさま」
食べ終わり、お箸を置いた後、手を合わせて呟いた。
それにしても、と思う。
きっと、家庭を持ったら、こういう風な日常が訪れたのだろうと。
それはもう遅いけれど。
叶わないけれど。
でも、こういう気分を味わえたのなら、これで僕は満足なのだろう。
笑顔の僕を、四季映姫だけは複雑な表情で見ていたけどね。
~☆~
浴室からは輝夜と妹紅がはしゃぐ声。
相変わらず子供っぽい。
放っておいたら、いつまでも遊んでそうだ。
お湯がぬるくならない内に上がってもらいたい。
小町と永琳は窓際で風鈴の音を肴に酒を呑んでいる。
風呂場の二人とは違って、こちらは大人の雰囲気といった所だろうか。
あれが僕のお酒ではないのだったら大歓迎なのだが。
チルノは先ほど、寝てしまった。
布団をかけてやろうかと思ったが、氷の妖精だ。
風邪を引く心配はあるまい。
「はぁ~」
僕は家から出て、夜空を楽しんでいる。
星が瞬いている様が、最近のお気に入りだ。
少々賑やかな夕飯に疲れてしまったのかもしれない。
お気に入りのロッキングチェアに座り、ゆらゆらと体を揺らしながら空を見上げる。
「何か見えますか?」
後ろから、声がかかった。
振り返ると、映姫が同じ様に空を見上げていた。
左腕の火傷は、ゆっくりとだが治り始めている様だ。
これが閻魔という種族の力なのだろうか、それとも八意永琳の力なのか、それは僕には分からなかったが、どちらにしろ一安心だ。
明日には無事にお帰り願えるだろう。
「流れ星が見えたら、いいんですけどね」
空に浮かぶ星は、流れる様子を見せはしない。
願い事は、叶いそうにもなかった。
「善行を積んでいますか?」
映姫の質問に、僕は、どうだろうね、と答えた。
「あなたは少々、好き勝手に生きてきた感じがありました。商売をしていましたが、お客さんに売るつもりも無い商品があったり、他人を騙し、不当に自分の欲しい物を手に入れたり。本来ならば、百叩きは免れませんよ」
「ははは。それならば、しょうがない」
罪。
罪ねぇ。
罪を犯したのなら、罰を受けなければならない。
「でも、痛いのは嫌だな」
「ならば、善行を積みなさい。今からでも遅くはないですよ」
「……人間は、どうして老人になると優しくなるんでしょうね」
僕はポツリと呟いた。
「人間の里に行くと、老人達はみな優しい。たまには頑固爺と呼ばれる様な人もいるけど、基本的には、優しいじゃないですか」
「えぇ、そうですね。全てを経験してきた老人達は、死んでからを憂う様になります。極楽浄土へ行ける様に、と神様に頼る人もいますね」
「つまり、老人は自分の為に他人に優しくすると」
「えぇ。それが善行を積むと言う事です。違いますか?」
「違うね」
僕は笑った。
「老人になるとね、皆が可愛く見えてくるんだ。孫は、目に入れても痛くない、っていうだろ? 全てが全てじゃないが、自分に縁があるもの全てが、愛しくなるんだよ」
「……なるほど」
「人間ていうのは、浅ましい。金が欲しい、名誉が欲しい、健康でいたい、長生きしたい。色々思う。だけど、老人になると、色々と諦めがつくんだよ。もうすぐ死ぬから、お金はあんまりいらないな、もう老人だから今更名誉なんかいらないな、ここまで生きてきたから、もう死んでもいいかな。色々と諦めたら、そしたら、世界は楽しくなってくるんだよ」
「あなたもそうだと?」
「僕は半人半妖だから、ね。とても中途半端なんだ。付き合いのある人間には先に死なれ、妖怪達には置いていかれる。みんなの真ん中を、一人で歩いてるんだ。だから、いつまで経っても変わらない君たちや、輝夜、妹紅が、何だか孫みたいに思えてきてね。すっかり衰えた僕の心では、彼女達がとても可愛く見えるんだよ」
「私もですか?」
「あぁ、充分に可愛いよ」
少しだけ照れた様に、閻魔様は咳払いをした。
「以前の霖之助さんとは思えない言葉です」
「ははは、僕は変わってしまいましたよ。商売を辞めてから、調子があがらない」
ゆっくりと息を吐いた。
自分が香霖堂の店主をしていた時を思い出す。
あの頃に、ツケばかりで全然お金を払わない巫女と魔法使いがいたっけ。
「あの博麗の巫女はどうなったんですか?」
「あの、というと、何代前ですか?」
「僕の所に入り浸っていた、あの博麗の巫女です」
「あぁ、彼女ですか。分かった所でなんですが、個人のプライバシーですから、言う訳にはいきません」
「そうか、そうですよね」
懐かしいな。
煎餅は勝手に食べるし、お茶は勝手に淹れる。
傍若無人な巫女と、妹みたいに可愛がっていた人間の魔法使い。
あぁ、ほんと。
年は……取りたくない。
「……どうしました?」
「あと五年……たぶんそれ位で、お世話になると思います」
「…………そうですか。では、それまでに善行を積んでおく様に。それから……ありがとう」
映姫は深く腰を折った。
「まだお礼を言ってませんでした」
「君も変わったな。昔はもっとピリピリして、皆から嫌われていたのに」
「ふふっ、私も善行を積んでいるのですよ。この世に変わらぬ者など、私に縁がないあの三人位でしょう。万物は流転します。岩も川を流れる内に、角が取れて丸くなります……あぁ、老人達もそうなのかもしれないですね。ぶつかってぶつかって、丸くなるのかも」
そうだね、と僕は頷いた。
それから僕は夜空を見上げる。
相変わらず、星は流れない。
あと五年程で、恐らく僕の体は限界を迎えるだろう。
それまで、僕は、どうやって生きていこう。
永遠亭でお世話になろうか。
人間の里でお世話になろうか。
どちらにせよ、僕の長かった人生も終わりが見えてきた。
「寂しいな~」
呟いた声は、映姫には聞こえなかった。
たぶん、誰にも聞こえなかった。
浴室から、輝夜と妹紅の声。
窓際には、小町と永琳の声。
眠っているチルノ。
背中から、映姫の気配。
自分の近くに、これだけの存在がいる事に、何か安心した。
一人が怖い。
だから、僕は嫌われたくなくて、優しくなったのかもしれない。
日々、止まる事を知らない様に、優しくなっていく。
それは弱い事だろうか。
それとも、強い事なのだろうか。
僕に分からない。
分からないけど、こうするのが一番いい気がする。
皺だらけの口元を歪めて笑った。
僕は、これからも笑って生きていこう。
そして、できたら、笑って死んでいこう。
それが何よりの、善行だ。
丸くなった霖之助がすんなり入って来ました
ほのぼのしてて和みました
ありがとうございます
いっつもと雰囲気が違うと思ったら人間組がいないのか。
このこーりんで何個か話を書いて欲しいです。
老いてすべてが愛しく思われるというのがとても幸せなことに思えて、それなら年をとるのもそんなに悪くないかもとちょっと思いました。
霖之助爺ちゃんの話でしたか。
人間組が死に、霖之助も歳を取って昔を懐かしく思う姿・・・なんだか泣けてきました。
うん、何故だがしっくりくる言葉だw
亡き白黒や紅白の傍若無人な振る舞いが去来する霖之助さんの心中を察すると
なんか目から思い出がポロロッカ
と、思ったが読んでいくうちに違和感がなくなっていき
気がつくと読み終わっていました
とても穏やかな気持ちになれました
ありがとう
タイトルも含めて凄くいい話でした。
すっかり丸くなっちまった霖之助爺ちゃんかぁ
眼に入ってよくみえないぜ・・・・・
どれだけ経ったろうか…あれ…モニターに霞が
素晴らしいという気持ちでいっぱいです!!!
・・・あと、イラスト有難う御座います!!!!
面白かったです。
けーねはもういないんだろうなぁ。
次も期待。
死期が近付き優しくまた寂しがりの霖之助さんに胸が熱くなりました
最後の方まで気付かなかったよ。
とのたまうリアル中年親父ですた。
素晴らしい
なんか切ないですね
輝夜、妹紅、チルノ、小町、そして永琳。
それぞれの感想というものが、非常に優しく、「愛」に満ちている感じがしました。
老人が優しくなる理屈には、なるほど納得。
いろいろなしがらみから開放されると、人間いろんな物が愛しく見えてくるのでしょうね。
それと、「そうめん」や「風鈴」のキーワードから、
「夏」だということが分かりますが、
できうるならば、最初の方で夏らしい描写がほしいところでした。
おそらく、読んでいる今がまさに夏なので、知らず、夏の話だと思ってしまうことになるのでしょう。
最後に、改行がこまめで非常に読みやすかったです。
こういったほのぼの系は、いいですねぇ・・・。
いい話でした。
面白かったです
それと、今更ですが
>そうめんが良いだろう、と僕は輝夜に行って台所を後にした。
言って、ですかね
寂しいな~
思わず目頭が熱くなったわ・・・
ポロロッカ5秒前的な・・・
素敵なお話をありがとうございました
「なんとなく普通のほのぼの系の話かなと思って読んでいたのでまさか軽く涙が出てくるとは思いもしなかった… 」
こうでした、申し訳ないです
良いお話でした
とても良かったです。
ただとても心地よかったのは確かでした。
とてもよかったです。
しんみりさせてくれる、ビターなテイスト。GOODでした。
いい作品でした。
霖之助の周りへの愛が温かい素敵なお話でした