月が出ていた。
煌々と光を放つ冷たい月。
それを霊夢は縁側に腰掛けて見上げていた。
騒がしい虫の音と、生暖かい風が彼女を覆っている。
「暑いわね~」
ただ、誰とにでもなく一人ぼやきながら麦茶を一口。
様は眠れないのだ。何とか眠ろうと、さんざ寝返りを打って逆に汗だくになった。
汗で張り付く寝巻きを腰まではだけて、胸元に巻かれたさらしのみのだらしない姿で足を投げ出している。
流れる汗を手ぬぐいで拭いながら、口から突いて出る言葉は暑い~暑い~とそれのみだ。
「チルノでも持って来ようかしら?」
呟いて、どうせすでに誰かが拉致しているだろうと思い直す。
「そんな格好でだらしないわね、それとも誘っているのかしら?」
そんな霊夢に声がかけられた。
月の光を遮って飛来するは、蝙蝠の羽を持つ幼き少女。
軽やかに霊夢の前に降り立つと、優雅に微笑み一つ。
「気色悪いことを言うな。……暑いんだからしょうがないでしょ」
急な来訪者に取り立てて慌てもせずに霊夢は答えを返す。
「そんな事より何よ? こんな時間に何の用?」
「こんな時間、だからこそよ。私の種族、忘れたのかしら?」
少女が自然な足取りで霊夢の隣に移動する。
そのまま並ぶように腰掛けた。
「ああ、忘れてたわね。最近昼間の方が良く見かけるから」
少女は答えにくすくすと口元に手を当てて笑う。
人在らざる赤き瞳、一対の蝙蝠の翼。彼女こそが永遠に紅き幼き月。
真祖の吸血鬼レミリア・スカーレットであった。
「それは霊夢に合わせているからよ? 愛しい人には合わせるものでしょう」
言葉と共に笑みを浮かべるレミリア。
愛らしいとさえ言える幼き容姿に、不思議な、それでいて纏わり付く様な妖艶さが漂っている。
気圧されるように霊夢が眉をひそめ僅かに身を引いた。
「なんか、あんた、いつもと雰囲気が違くない?」
少なくとも霊夢の知るレミリアは子供だった。
紅霧異変で知り合ってから懐かれてしまったらしく、たびたび神社に押しかけてくるようになったのだ。
だが、そのときの様子と言えばまるで五百年の齢など感じさせぬ立ち振る舞いで、感情を隠さず可笑しければ笑い不愉快なら怒る。
それに取ってつけたような澄ました態度を被せるものだから背伸びした子供のようにしか見えないのだ。
「そうかしら? ならばそれは月がこんなにも眩しいからか……」
だが、今のレミリアはどうだ?
普段と違い余裕溢れる態度に、霊夢を見つめる艶のある視線。
まるで年上の。いや実際年上なのだが……女性を相手にしているような錯覚を霊夢は覚える。
「……美鈴を満足させてきたから、かも知れないわね」
言われた言葉に霊夢は一瞬、きょとんとして……やがて訝しげな表情を浮かべた。
「満足って……」
子供が紛らわしい言葉を……と言いかけた霊夢にかぶせるようにレミリアが紡ぐ。
「美鈴ったら、普段は澄ましているくせにあんなにだらしない痴態を晒して……」
「ちょ……」
「夢中で私の体に溺れていたわ」
愉快そうに目を細めて艶やかな笑みを浮かべる。
対する霊夢はやや頬に朱を浮かべて言い募る。
「あんた、そういう趣味があったの? それに美鈴を満足させたって……」
信じられないと霊夢は思う。
いつぞやの宴会で話をした感じでは、人との間を渡り歩いた彼女は随分と経験が豊富そうであった。
「部下を労わり、褒美を与えるのは主人の勤めよ?」
霊夢は無言。
嫣然と微笑むレミリアの表情は自信に満ちていて、とても嘘など感じられるようには見えなかった。
「そう、で、あんたは何しに来たのよ?」
話題を変えるつもりか、レミリアから視線を逸らし月へと向けて霊夢が問う。
「そうね……」
驚くほど近くで声が聞こえて、思わず霊夢は腰を浮かしかけて……
「貴方にも必要かと思って」
レミリアの手が、霊夢の手を押さえていた。
そのまま立つ事を果たせずに再び縁側へと腰を落とす。
その手に感じるひんやりとした、体温を感じさせない冷たさと声色に霊夢は怖気が体を走るのを感じた。
その時になってようやく、今のレミリアが危険だと勘が警告を発していた。
霊夢はとっさに重ねられた手を振り払って立ち上がろうとした。
が、意思に反して体が動かない。
真近くに紅の瞳、自身の鼓動の音。それらを感じながら霊夢は凍りついたように動けないのだ。
呪縛の類ではない。
レミリアの纏う、圧倒的な夜の気配に霊夢の人間としての本能的な恐れが反応していた。
「遠慮しないで、すぐに良くなるわ?」
冷たいレミリアの手が愛おしむ様に霊夢の頬を撫でた。
こわばった表情で霊夢がそれを見つめる。
ひたり、ひたりと数度、冷たい感触を味わう。
その指が霊夢の唇に掛かり……
「わぁぁぁぁあああ!?」
普段からはとても想像できない声を霊夢があげる。
そのまま飛びずさるように背後に跳躍した。
とっさに寝巻きを探る。
護身用の退魔針を取り出そうとして、焦っている為かうまくいかずに数歩下がる。
「ッ!?」
足が滑った!
そのまま後ろ向きに倒れこむ。
衝撃に備えて霊夢はとっさに体に力を入れた。
が、帰ってきたのは柔らかい感触だった。
一時置いてそれは、昼に日干しした布団の感触だということを思い至る。
「あら、自ら寝所へと移動するなんて……その格好は本当に誘っていたのかしら?」
「や、ちょっまっ!」
混乱したように霊夢が喚く。
命の危機を感じた事はあった。
ぞくぞくとした緊張感は嫌いではなかった。
だが、身の危険を感じた事など、霊夢は今の今まで無かったのだ。
普段の可笑しいくらいの豪胆や冷静はどこへやら、恐怖の表情を浮かべて霊夢は後ずさる。
頭が働かず、さらに寝巻きが絡まってうまく動けない。
初めて絶対的な危機には陥り、霊夢は呆けたように口を開閉させた。
その霊夢の傍に、真祖が舞い降りる。
月の光に照らされて、妖しき笑みを浮かべる少女はそのまま霊夢をのしかかるように押し倒した。
「レミリア……はなれちゃやぁ……」
「ふふ、あんなに嫌がっていたのに。もう夢中なのね?」
「や……言わないで……」
「うふふ、好きなだけ味わってよいのよ?」
「うん……レミリアって……」
「とっても冷たいのね?」
「ええ、心臓動いてないし、体温無いしね、美鈴も冷たいって喜んでいたわ」
「ひゃっこいひゃっこい」
「うふふ、甘えん坊さんねえ」
冷たい月の光が差す中、レミリアは霊夢の役に立てた事が嬉しくて無邪気に微笑んだ。
-終-
おぜうさまは人間より体温が低いから夏は快適!
チルノとどっちが良いかなー。射命丸に涼風吹かしてもらうってのも捨てがたい
静けさの感じる夜の二人の会話やレミリアの艶のある雰囲気など面白かったですし、
霊夢の「ひゃっこい」という言葉も可愛くて良かったです。
咲夜は神社に身を寄せるも、霊夢は夜な夜な誰かと密会してるらしい、その正体に気付いた時、咲夜は……!
チルノ>レミリアだろうけどウチには是非おぜう様を招待するね!
今更ながら再確認してみたり。
以下独り言。
「真祖」ってのは、吸血鬼ものでは定番の設定であって、なにも月姫が最初ではないんだよね。
独り言終了
……よしっ!
体温のみならず命ごと奪われそうだが
本文中でも米でも全く話に出て来ないレティの扱いに全俺が泣いたwww
にとりの家にいってくる
あの尻尾だしな
というわけで、傷心の咲夜さんを探す事で償い・・・を?
お嬢様と一緒に眠りたいでござる
なぜか暑そうな気がしてならない
何言ってんだろ俺。
よし、ちょっと頭冷やしにフランのとこ逝ってくる。
それじゃあ僕はくるみちゃんを貰っていきます。