Coolier - 新生・東方創想話

バレットライフ! ~ 前 編 ! ~

2009/08/08 19:37:04
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「は~い、みなさん。日夜お仕事お疲れさまです。この度私は、ひろーこんぱいなそのお体を癒して頂きたく、両手を頭に乗せて、地べたに這いつくばりやがることを提案します!」

 最近、女子高生の間では、『援助交際』なるものが流行っているらしい。
 純真無垢の権化を自称する、私こと東風谷早苗は、その言葉の意味はよく解らないけれど、『きっといけないことなんだろうなぁ』とは薄々感じていた。

「はい、はい。変な動きはしないで下さい。そんなことをしちゃった人は、私が漏れなくぶっころします」
 
 『ぶっころす』という、活発で無垢な宝石が、自分で自身を汚そうとする――そんな感じのマセた言葉を、初めて味わうあめ玉のように、口の中で転がしつつも、私はこんなことを考えていた。
 イケナイことをする人というのは、きっと、私が今握っているレボルバーのように、冷たくて、さびしくて、抉るような愛情しか受けなかった人なのだと思う。
 もちろん、私は、そんなさびしい女じゃないけど、一度流行に乗り遅れると、ひどくあっけなく仲間外れにされてしまうので、私は私で必死なのだ。
 目の前で、『かつてない寒さを体験しています』とでも言いたげに震えている、店員の人に、私は満面の笑みで告げた。

「じゃ、今レジに居るあなた。このあんまんと、プリンと、今日の売り上げを全部下さい」

 詰まるところ、純情と鬱屈の美少女(自称!)、私こと東風谷早苗は――


「ここに居るみなさん。もし警察に連絡したら、命は無い物だとお思い下さいね。死んじゃいますよ」


 ――コンビニ強盗の、真っ最中なのだ。














                          弾丸人生~バレットライフ!~














 コンビニを出て、見えない何かから逃げるような、追い続けているような――女の子のように繊細で、矛盾していて、謎めいたそれを感じながら、早苗は走り続けていた。
 一歩足を踏み出す毎に、自身の正気を疑わないかのような早苗の心臓が、その自己主張を激しくしていった。

「もうちょっと落ち着かないものですかね。私、自分の正気を疑わない人はだいっきらいですよ」
「あら、それじゃあ」

 声がしたのは、女の作られた美に群がる男たちのように、街灯に群がる昆虫たちの下からだった。

「うちのお嬢様は大層お気に召さないでしょうねぇ」

 早苗の同級生――月下に映える真正の、しかし正気とは言い難い、異形のかんばせを持つ少女――十六夜咲夜が、電灯にもたれかかったまま、皮肉めいた笑みでそう言った。

「こんばんは、咲夜。はね付きさんは別ですよ。あの人は正気だの狂気だの、全部自分基準の面白い人ですし」
「あれはただのわがままよ」
「そこが良いんじゃないんですか?」
「違いないわね」
「どえむ」
「切るわよ」
「さあ、警察が来ますよ、なるだけ遠くに逃げましょう!」

 夜の暴力にもなお、その自己主張を崩さない、咲夜のふともも……から覗く、小振りのナイフを目の前に、早苗の反抗は鎮圧された。

「とは言ってもねぇ。流石に私たち二人だけじゃ、逃げる範囲だって限られるわよ」

 咲夜の言葉を聞きながら、早苗は思う。
 当然である。
 私と咲夜は、目下、傍から見れば、刑務所に入ることを目的としているか、この国の警察をなめきっているとしか思えない速さで並走しているのだ。
 はて、これからどうするかなぁ、と考えていると、咲夜が続けて言った。

「それにねぇ、こんな夜に女の子が二人で出歩いてたら、変な男たちが出てきて、お嫁に行けなくなるようなことをされるかもしれないわ」
「ふとももにナイフを忍ばせた女を貰ってくれる人なんて居ないから安心してください」
「もう、そこは『咲夜ならお婿にいけなくなるようなことをして返り討ちにするでしょう』って言うところよ」
「……そんな解りづらい冗談は、はね付きさんにだけしてよ」

 咲夜の、マジ顔から繰り出される冗談は、私以外を困らせないのが唯一の救いだと思う早苗であった。 

「まあ、それは置いといて、どうするの早苗。今ちょっとコンビニ覗いてきたけど、くしゃみを出す寸前で動きを止めている警察が居たわよ」
「えぇ~……私、ちゃんとレジの人に『警察に通報するな』って言ったんだけどなぁ……」
「……今時そんな素直な子が居たらキスしてあげても良いわ」
「ただしイケメンに限る」
「迷うわね」

 手に顎を当てて……俗に言えば考える人のポーズを取って、咲夜は立ち止まった。

「ちょっと咲夜、なにやってるんですか。警察来ちゃいますよ」
「あー、いや。さっきから走り続けてる上に、時間まで止めたから疲れたのよねぇ」
「いや、疲れたで済む問題じゃないでしょう。捕まりますよ。ぶたさんと同居ですよ」
「よくよく考えたら、私何にも違法行為してないから、あなた見捨てて帰ろうかしら」
「んな! 咲夜のばかぁぁぁぁぁぁ!!」
「うあああああっ!?」

 西部のガンマンも仰天の、刹那的な出来事であった。
 早苗は、西部劇さながらに、ポケットからレボルバーを取り出すと、勢いだけをそのままに、撃鉄を引き起こし、咲夜目掛けて発砲した。
 銃の余りの反動に、早苗の手はしびれにしびれ、かつて無いしりもちを経験する。
 そこまでしておいて、早苗にとっては真に残念であるが、咲夜は、とっさの判断で道路上に回避してことなきを得た。

「あ、あ、あ、危ないじゃないのっ!? 下手したら私の時間が止まってたわよ!?」
「私を見捨てるようなごくあくひどーは、地球上から居なくなれば良いんです!」
「じゃあ、地球で一人だけ残って、寂しいイヴを気取りなさい!」
「ななななんですって!?」

 対向車線を挟んで、口論を繰り広げる早苗と咲夜だった。
 しかし、蚊が五匹程度食いついた頃であろうか。
 早苗たちの声を掻き消すほどの、幾重にも重なった、エグゾーストノイズが響き渡った。

「こ、これはもしかして警察のバイクが来たんじゃないんですか」
「いや、警察のバイクがこんな、環境権を鼻で笑うようなバイクに乗るはずがないでしょう」
「ということは」

 早苗たちは、車にはねられようと、文句の一つも言えそうにない場所に、自らの身を置いたまま、騒音の響く方を眺めていた。
 下手を打てば、全てが終わる状況の中でなお……早苗は、現実から浮いたまま、呆けたように事実を呟いた。

「暴走族ですかね。今時」
「みたいね」

 なぁんだ、というのが、早苗の最初の感想だった。
 咲夜も咲夜で、現実が極めて現実的であることに、一種の諦めを感じているかのように、とても退屈そうに呟いた。
 暴走族のバイクが、十、二十と集まってきて、早苗と咲夜を取り囲むと、下衆っぽい笑みを浮かべる男が、そのまま話しかけた。

「んねええぇぇいちゃぁぁぁぁん、あぁぁぁぁぶねえじゃねえかぁぁぁぁ。なぁぁぁにやってるのかなぁぁぁ、こんなところで?」

 その言葉が発せられてから、何十秒か経った頃である。
 『今この瞬間は、果たしていつの世紀末かを的中させようゲーム』に興じていた早苗は、モヒカンが居ないことに酷い失望を覚えた。
 ――が、漸く、とても同じ人種から発せられたとは思えない言葉が、自分たちに向けられたものだと気付いた瞬間……早苗の目に映る現実は、サファイアやラピスラズリで彩られた、華美で光輝くものに変化した。

「咲夜」
「……」
「咲夜」
「……」
「……うにょ~ん」
「いだだ」

 未だ呆け続ける咲夜の頬を、早苗が引っ張り、ようやく咲夜も現実に戻る。

「あ、ああ。絡まれてるのね、私たち」

 テンポの悪い会話に業を煮やしたのか、暴走族たち全員が、一斉に、『ざけんなよこらぁ』だの、『なめんなよぼけぇ』だのと、その体に似つかわしい、きたない言葉を口にし始めた。

「ねえぇぇぇぇちゃぁぁぁん、残念だったなぁぁぁぁ。まあ諦めろやぁぁぁぁ」

 果たして何を諦めるのか――そんな疑問以上に、早苗と咲夜は、そのギャグとしか思えない口調の男のバイクを見て、一緒にグフッ、と噴出した。
 ママさんバイクなのである。それでいて、何故か一番えらそうなのである。
 早苗と咲夜は、一通り爆笑した後、羞恥に頬を染め始めたその男を、余裕と好奇の瞳で睨み返した。

「咲夜」
「早苗」
「この国では、こんな状況をなんと呼ぶか知っていますか」
「鴨が葱をしょって来る――でしょ」
「惜しい。棚からぼた餅です」
「何が違うのよ」
「私はぼた餅のが好きです。それに欲しいのは葱だけで、鴨は要りませんし」
「なるほどねぇ」

 咲夜は、こんな状況でも、自己主張を続けるふとももからナイフを取り出し、曲芸師のような手さばきを見せたあと、ぶらん、と自然体で構えた。
 早苗もそれに習おうと、レボルバーを取り出して、くるくるくるっと回した後に、撃鉄を引き、刑事の真似事のような格好をした。

「ぼた餅が20台もあるわよ」
「選択肢が多すぎて選べませんね」
「あんまり悩んでる時間はないわよ。警察来るし」
「じゃ、私はあのママさんバイク貰います」
「あら、私もそれが欲しいのに」
「だったら、こうしましょう」

 ゆっくりと銃を天に向ける、早苗。
 一挙手一投足に、周りが面白いくらいに反応するので、まるでかみさまになったみたいだと思いながら、咲夜に告げた。
 
「より多く、倒した方がもらえるということで」
「競争ね。それで良いわよ」
「じゃ、そういうことで。よぉい……」

 咲夜が耳を塞いだ。
 その状態でもなお、ナイフを持っている咲夜はまるで、ナイフが体の一部のようで、意味も解らず哀しみが募る早苗。
 そんな咲夜を、たった1秒、たったそれだけでも見るに耐えない早苗は、まるで、おどけるように、銃のトリガーを引いた。

 トリガーを引き、ぱぁん、と鳴ると同時に、怯む暴走族。
 しかし、その反面、咲夜は、プロアスリートのように、一部の無駄もないままに、蹴って殴って締めてを繰り返した。
 
 東風谷早苗は、ふと、思う。

 誰一人として、咲夜のナイフに切られるものはない。切らせてはもらえない。
 
 繊細で、無垢で、素直で、鋭敏な、咲夜のナイフと咲夜自身。
 長年の孤独が尖らせたそれを、受け止められるのは、この地球上にも多くない。
 そしてそれは、今、私が、股間を蹴り上げている彼らも同じだろう。
 ただ、咲夜のように、奇矯に尖るその前に、互いが互いにぶつかり合って、おもちゃのように丸くなることが出来たというだけ。
 まだ、完全に丸くなってはいないだけ。
 イケナイことをする人というのは、理解されない鬱屈を、誰かに解って欲しいのだ。

 寂しいのだろう、満ち足りないのだろう――しあわせでは、ないのだろう。
 みんなしあわせになれば良い。
 そうでなければ、私は永劫、しあわせになんてなれはしない。
 みんな理解されれば良い。
 狂気をさらけ出そうとも、押し倒しながら首を絞めても、微笑みと共に抱きしめて、許す人に会えれば良い。
 
 この大きくて狭い世界のどこに、そんな人が居るのだろうか。
 いつか会うことが出来るだろうか。
 首を絞めさせてくれるだろうか。
 十七年間もほったらかしたんだし、きっとそれくらいは良いだろう。
 
 ちいさなちいさな弾丸に、溢れんばかりに込めた想いよ。
 いつの日か、体を鞭打つ雨となり、私の見知らぬ誰かへ届け。

 
 
 

 ――私たちは、ここに居る。
 




 ☆

「パチェーパチェー」
「どうしたのよ」
「借りたい本が見つからないわ」
「咲夜に聞きなさいな」
「テレビのリモコンはどこにあるのよ」
「咲夜に聞きなさいな」
「というか咲夜が居ないんだけど」
「咲夜に聞きなさいな」
「……」
「冗談よ」
「真顔で冗談を言われたら解らないわよ。私はアメリカ人だからね」
「自信満々に嘘を言わないで頂戴」
「で、本は?」
「私は貴方の借りたい本なんて解らないわ。イギリス人だもの」
「じゃ、テレビのリモコンは?」
「テーブルの上」
「咲夜はー?」
「さぁ、きっと家出ね。あなたが首輪をつけておかないから」
「家出ねぇ。……へぇ、ついさっきここいらでコンビニ強盗があったらしいわよ。心配だわ」
「そうねぇ、前科付きの犬なんてお断りよ」
「いや、そっちじゃなくて」
「犬のしつけは飼い主の仕事」
「はぁ。まあ良いわ。私はもう一度寝るわ。明日どうしても見たい番組があるし」
「あら、そう。おやすみなさい」
「はいはい、おやすみ」

 ☆





 そして再び、早苗は思う。

 ――行きずりの、オスと一夜もいとわない、ど淫乱なメスの蚊が、自身の存在を以て季節を物語ってる。
 ど淫乱なら淫乱なりに、季節と社会に歯向かえば良いのに――私は常々そう思うけど、もちろん、一度だって叶ったことはない。
 唯一、季節に逆らってるのは、夕立と夜の切なさで冷え切っているコンクリートだけだろう。
 暴走族の皆さんが、べったりと張り付いているくらいだから、それはそれは、冷たくて心地が良いのだろなぁ――

 と。

「さ、咲夜……。何人のっくあうとにしました?」
「さぁ……二桁超えたあたりから数えるの止めたもの。あなたは?」
「ものっっっすごく精一杯やりましたよ? やりましたけど……たったの5人でした」
「じゃ、私は十五、六ってところかしらね」
「……なんで息一つ切れてないのよ」
「鍛え方が違うのよ」
「はぁ、あのママさんバイク乗りたかったのになぁ」
「ん、どうせだし二人乗りで良いじゃない。あなた一人で運転して、下手に事故起こされても困るし」
「おぉ! さっすが咲夜! ふとっぱら!」
「ちょおぉぉぉぉっとまぁぁぁぁぁたんかぁぁぁぁぁいぃ……」

 咲夜と早苗は、ママさんバイク愛好家の、世紀末の住人その1に目を向けた。

「あら、まだ意識があったのね」
「ありゃ、股間蹴り上げた時に泡吹いてたからてっきり……」
「駄目な子ね。じゃあ、これから一番確実な意識の刈り取り方を実演して……」
「ま、ま、まぁぁぁぁたんかぁぁぁい!」

 もはや、冷や汗とも脂汗ともつかない液体と共に、唾を吐き出しながら、彼は必死で続けた。
 
「おめぇぇぇぇぇぇらよぉぉぉぉぉぉ……人んバイクをよぉぉぉぉ、ぱくっちまぁぁぁぁぁってよぉぉぉぉぉ……」
「うざったい喋りね。そろそろ黙る?」
「……あなた方は、当然のように俺のバイクを持っていくと言っていますが、人のものを奪って悪いとは思わないのですか?」
「早苗、暴走族に説教かまされてるわよ」
「そんなこと言われても……もう私のものって決めちゃったしなぁ」

 困惑した表情を浮かべて、宙に視線を泳がせる早苗であったが、発言は純粋なるジャイアニズムであった。

「まぁ、良いじゃないですか! これを期に更正すれば。咲夜、運転お願いします。私後ろに乗りますから」
「はいはい」
「ま、待ってくれ! それは俺のかーちゃんで必死に働いて買ったバイクなんだよ! 持って行かないでくれ!」
「母親のバイクにこんな魔改造を施していたのね……」
「まー、同情を誘うような言い方ですけど、結局そのそのおねがいに対する答えは一つですよ。ね」
「ねぇ」

 颯爽とバイクに跨った咲夜と、続いて、その後ろにぴょんっと飛び乗る早苗。
 咲夜は瀟洒に見下しながら、早苗は頭をかしげながら、それぞれ満面の笑みで言い放った。

「働きましょう」
「働きなさい」

 まるで社会化見学という名目で、一日裁判官に任じられた小学生に、『なんかよく解らんから死刑』と判決を下された時のような、理不尽極まりない絶望を顔に浮かべる男を置いて、咲夜と早苗は、夜の静謐を魔改造バイクでぶち壊し始めた。
 台風と紛わんばかりに、吹き荒ぶ暴風と騒音の中、しばらくの間レボルバーを弄っていた早苗は、咲夜に話しかけた。

「んー、でもよくよく考えたらちょっと悪いことしましたね」
「このバイク?」
「うん」
「大丈夫よ。さっきのアレの服、フランスの貴族階級が御用達だった有名店から、直接取り寄せないと買えないもの。服に着られてる、って感じじゃなかったから、きっとあんな服も余所行きの服その一みたいな感じにしか思ってないお坊ちゃまでしょ」
「へぇ~」
「ま、そういうことだから心配なんてしなくて良いでしょ。そうとう金持ちじゃないとあんなもの買えないわよ」
「そうは言っても……あ、そうだ!」

 早苗はなぞなぞの答えを閃いた少女のように、屈託の無い表情で声を上げた。
 右手に収めたレボルバーを、指でくるんっと回した後に、先ほどの暴走族たちが居た方向に、そのままそれを向けた。
 ちなみに、真に役得であるが、左手は咲夜のわき腹に回してある。

「リアライザー、リアライザー」
 
 手に持ったレボルバーに、魔法の詠唱をするかのように、そっと小さく囁く早苗。
 
「? 何してるの」

 はてな、と早苗に問いかける咲夜。
 その後に小さく、嫌な予感がする、とも呟いたが、背後に目を向ける訳にもいかない。
 
 完全で瀟洒な従者、十六夜咲夜。
 見栄を張ったは良いものの、大絶賛無免許運転中である。
 もちろん、バイクに乗るのは初めてで、それも乗ってまだ一時間程度しか経っていないため、存外、危なっかしい運転であった。
 そんなことなど露知らず、無責任なまでに咲夜を信頼している早苗は、撃鉄を引き起こし、裂帛の気合とともに、台風一過の夜に向かって高らかに叫んだ。

「あの暴走族たちが、みんなお仕事を見つけられますよーに!」

 瞬間、である。
 レボルバーから勢い良く発射された弾丸は、愚直かつ神速に目標へ向かって突き進んだ。

 そして、その発射した反動か。
 早苗の体も同様に、愚直かつ神速に発射方向の逆――つまりは、咲夜の方向――に倒れこんだ。

 少し話が変わるが、人間の脳と言うのは不思議なもので、死を意識すると、物事が全て停滞して見える状態に陥るという。
 
 早苗は、今まさにこの状態である。
 発射した瞬間、反動で体が咲夜の方へと傾いた早苗は、刹那、『あ、これやべぇ』と、柄にも無い言葉を思い浮かべた。
 慣性と反動の狭間で葛藤する早苗を心配してか、咲夜のわき腹で燻っている左手は、瀟洒なまでに余分のない脂肪を掴むべく、フォークボールを投げさせれば、かの大魔神も裸足で逃げ出す程のものになるであろう握力を発揮する。
 そんな、ヤクザの取り立てのように強引な脂肪吸引に、咲夜の顔が、瞬間、激痛に歪み、咄嗟にハンドルを握っていた右手を腹に持っていった。

 しかし、それがまずかった。
 
 先ほども記した通り、咲夜はバイクの運転に関しては、ずぶの初心者である。
 魔改造仕様とはいえ、ママさんバイクで二人乗りをしてのけるだけでも、彼女の並々ならぬ身体能力が伺えるが、流石に、それに片手落ちまで加われば、流石の咲夜といえども、バランスを大きく傾けるのは必至である。
 今は恐らく、早苗以上に、事の異常を処理せんが為に、脳の活動が活発になり、景色が停滞して見えていることだろう。
  
 が、そんな活発になった咲夜の脳にも、時間差攻撃という単語が浮かんでくるはずは無い。
 
 咲夜が腹の激痛から、バランスを傾け、それを修正しようとしている、ほんの刹那的で、一瞬の出来事である。
 反動で傾く早苗の頭部が、今まさに咲夜に頭突きをかまそうとしていた。
 体がゆるりと咲夜の方へ傾く中、早苗の脳内に住むサイヤ人は、『咲夜よけろーっ!!!』と必死で叫んでいるが、あいにく、今の早苗は音速よりも早い。
 
 こうして、咲夜の覚束ない運転は、背後からの頭突きによってトドメをさされる。
 まさかの自爆特攻をかました早苗は、咲夜と共に、物理法則が反抗期を迎えたとしか思えない速度で、バイクから盛大に放り出された。
 何か新手の必殺技のように、空中でくるくると回っている早苗は、『人間は円盤じゃありませんぞー!』と、自分でもよく解らない突っ込みを入れた。
 このまま、冷たいコンクリにスライディングを決めて、体が傷だらけになるのだろうか。
 そう思うと無償に泣きたくなった早苗であったが、状況がもはやギャグとしか思えないため、半泣きになりつつもちゃっかり笑っていた。
 
「ぉぉっんお!!」

 現実ではギャグのような出来事で、ギャグのような傷を負おうとも、数秒で治ったりはしない。
 平素の余裕を、先ほどの曲芸的な大回転で全て放出した早苗は、妙に野太い声を出して、地面に叩きつけられる直前、右手のレボルバーをクッションにして、なんとか事なきを得た。
 
「……死ぬとこだった」

 今度から円盤は優しく扱おう、とベクトルのずれた優しさを発揮する早苗であった。
 そのずれたベクトルを咲夜の方へと修正しようとした刹那、彼女が見たのは、『フィギュアスケートでの入賞に命をかけてます!』と言わんばかりに、三百六十度のドリフトを繰り広げる、魔改造ママさんバイクだった。
 その己が身を省みない過激なドリフトは、最早ただのスリップと言った方が正しくもあるのだが、何故かコンクリートの上で氷上の芸術を表現する、極限の魔改造を施されたママさんバイクに、果たして誰がそのような……無粋極まりない烙印を押すことなどできようか。
 早苗がその生き様を強く感じ、目頭が熱くなるのを感じた瞬間である。
 バイクは、断末魔染みたスリップ音をそのままに、博物館の玄関をぶち破って、恐竜の模型と衝突、一瞬の間を置いた直後、盛大に爆発した。
 自らの美学を余すことなくぶちまけ、その際限なき情熱を止める為だけに、他者をも巻き込んで冥界へ旅立つ姿は、いささかの文句もつけようのない、完膚なきまでの無理心中であった。

 芸術は爆発だという格言に従えば、彼はまさしく、芸術に生き芸術に殉じたバイクであったことであろう。
 ありがとう、魔改造ママさんバイク。
 あなたのその奇天烈な風貌と生き方は、時代に逆らうロックスターのようでした。

「なむさん」

 炎上する博物館の前で、レボルバー越しに手を合わせて黙祷を捧げられようとも、こんな状況の前では、神々も乾いた笑いしか出せないだろう。
 『こんな状況は容易に予測できたぜ!』などとほざく者には、おめでとう。精神病棟への入院をお勧めする。
 
「そうだそうだ、咲夜……」

 関心の優先順位が、バイク>友という、明らかにどうかしている不等号が成立した瞬間だったが、彼女らにとって、それは瑣末なことでしかない。
 ママさんバイクの犠牲を以て、フィギュアスケートの魅力に目覚めた早苗は、そこはかとなく芸術性を感じさせる回転をしながら、咲夜を探した。
 
「……咲夜?」

 だがしかし、闇夜の魔性と静寂で咲く彼女が、今はどこにも見当たらない。
 早苗は、ふと、もしやと思いながら、心中の名所と化した博物館へと目を向けた。

「そんな、咲夜、そんな……」

 覚束ない足取りで、とうとう上層の階にまで火が回った博物館へ向かう早苗。

「嘘……嘘でしょ、咲夜? 返事を……返事をして下さいよ……」

 早苗は、火の粉が頬へ触れた途端、糸の切れた人形のようにその場にへたり込んだ。

「さ、さ、咲夜あああぁぁぁぁぁぁ!!」
「……大根な演技ありがとう」
「あ、さく――ふぐっ!?」

 我ながら良い演技だったなぁ、ととりとめのない考えを浮かばせながら早苗が振り返ると、突如首を締め上げられるという、もう完全に犯行現場としか思えない状況が完成した。いや、犯罪者ではあるのだが。

「あんたねぇ……バイクで二人乗りしてるところに、あんな反動の大きい化石みたいなレボルバーを発射なんてして……馬鹿なの? 死にたいの?」
「さ、さ咲夜……し、締まってる締まってるぅ……」

 何故か、『締まっていこーぜ!』と、早苗の脳内に住む野球部員が、とても日本語とは思えない発音で奇声を発した。
 咲夜の両手に血管が浮かびだした反面、早苗の表情からは、みるみる内に血の気が引いていったので、おそらく、見る人によっては吸収しているとしか思えないだろう。生気的な何かを。

「まぁ、馬鹿は死ななきゃ治らないそうだし……いっぺん死んでみるのも良いんじゃないかしら」
「……ま、ちょ、死にたくないぃ……たっぷたっぷ……」

 瞬くあいだに、とても描写に耐えない顔色になった早苗であったが、ここは本人の名誉の為にあえて、マリンブルーのような顔色と描写させていただく。
 あと数秒で蟹のように泡を吐き出しそうになったとき、早苗の締め上げられた首は、赤く滲みながらも開放された。
 そして咲夜は、とても人一人を黄泉へ売り飛ばそうとした直後とは思えないスンバラシイ笑顔で、早苗にこう言った。

「ふふ、冗談よ」
「そ、そうですか……」

 目が赤いと書いてマジと読めるほどだったのだが、そんなことを口走らない程度には、早苗は賢明であった。
 指摘したが最後、どんなオメデタイ頭を持っている人間だろうと、『まぁ、りんごのように真っ赤で可愛らしい子!』などと生涯口にすることなど出来なくなるほど、自らの体が赤く染まることは目に見えている。

「さて、これからどうしましょうか。バイクも大破したからもうこれ以上は進めないし」
「大破したんじゃありません。彼は自分の生き様を貫き通したんです」
「? まぁ、良いわそれで。とにかく、今日はもうどこかに泊まらない? 流石にそろそろ疲れてきたわ」
「うあー、そう思ったら本当に疲れてきた……。適当なホテルでも探しましょうか」
「ある程度離れたところが良さそうね。事情聴取で寝られなかったりしたら、生かして返す自信がないわ」
「……」
「冗談よ」
「真顔で冗談を言わないで下さい……」

 それからしばらく、である。
 早苗はそれとなくゾンビを彷彿とさせる歩き方で、『咲夜、負ぶってくれないかなぁ』と考えていると、咲夜が小さく声を漏らし、言った。

「これ、ホテルよね。なんだかやけにケバケバしいけど」
「……確かにホテルですけどこれ、もしかして」
「じゃあ、ここで良いわよね。休めればそれで良いわ、私は」
「……ま、良っか。どうせ誰も見てないでしょうし」

 咲夜と早苗は、『林家プー子です!』とでも言いたげな程、桃色一色で彩られた、怪しげなホテルに入っていった。
 咲夜は中に入ると、物珍しげに、設置してあるパネルを見て言った。

「へぇ、パネルで部屋を選ぶなんて珍しいわね。途上国でもリモコン一つで大体のことが間に合うのに」
「昔の名残だそうですよ。ところで一応聞きますけど、どうします? スイートで良いですよね?」
「別に良いけど……お金はあるの? 相当掛かるでしょう」
「だいじょぶ。コンビニから頂いてきたお金で間に合いますよ」
「……この国のコンビニって一日でどれだけ稼いでるのよ?」
「四十万くらいですかね。これを見る限り。咲夜なんか誤解してるみたいだから言いますけど、ここのスイートじゃ、一回泊まっても五万くらいですよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。まだ金銭方面じゃ慣れてないから計算が」
「はいはい行きますよー」

 早苗は、指を折りながらついてくる咲夜と一緒にエレベーターに乗って、最上階まで上った。
 403、403と、早苗は歌うように呟きながら、咲夜と共に部屋に入った。 
 鍵が閉まったことを確認した早苗は、寝室を眺めると、うわぁ、と感嘆を漏らしてから言った。
 
「おお! お姫様ベッド!」

 早苗は、あたかもネコじゃらしへと向かう猫のように、ベッドへ向かって一途に駆け出し、ジャイロ回転で飛び込んだ。
 そのまま、ベッドの天蓋へと届く寸前までポンポンと飛び跳ねながら、険しい顔をしている咲夜に向かって言った。

「ほら、咲夜も来たらどうですか? 気っ持ち良いですよ」
「……あぁ、うん。それはそうと早苗。一つ聞きたいことがあるんだけれど」
「にゃんですか……じゃなくて、なんですか」
「どうしてベッドが一つしかないのに、枕が二つもあるのかしら?」

 早苗はベッドの上にうつ伏せになって、顎の下に両腕を置き、足を4ビートくらいでバタつかせながら、自分では妖艶だと思っている微笑みを作って、咲夜に向かって言った。

「んっふふ~。ここはですねぇ……愛し合う二人の男女が、その迸る愛をお互いにぶつけ合いながら慰め合う場所なんですよん」
「……なるほど、ここが噂の。変なものを作るのねぇ、この国は。普通のホテルで間に合うじゃないの、そんなもの」
「あれ、向こうには無かったんですか? こういうの」
「無いでしょうね。というか、あるほうが特殊よ。品性のないゴシップ誌とかに、結構皮肉られたりもしてるわよ。こういう場所はね」
「へえぇ……お、凄い。カラオケまでありますよ」

 早苗は、右手に持っていたレボルバーを置いて、代わりにリモコンを取った。
 銃口が自分の方向へ向いていること気付いた咲夜は、両手で必死にそのレボルバーを持ち上げ、ちゃんと早苗の方へと向けなおしてから、言った。

「早苗あなた……こんな重いレボルバーくるくる回してたの?」
「へ? いや、見た目重そうですけど、持ってみると物凄い軽かったですよ。ほら、片手でくるくるっと回せます」
「……もしかして、あなたが持つ時だけ軽くなるのかしら」
「……そこまでいくと、どこぞの伝説の武器みたいですね」
「というか、こんな化石みたいなレボルバーどこで手に入れたのよ」

 テレビにダウンロードされてある番組一覧を見始めていた早苗は、ふぇ? と漏らしてから言った。

「あ、とりあえず言っておきますけど、そのレボルバーはリアライザーという名前があるんですよ。近所の神棚に置いてあったんです。『拾ってください。名前はリアライザー』って、可愛らしい字で書いてあって。願いをかなえてくれる、魔法のレボルバーです」
「なんでレボルバーに名前をつけるのよ……。で、新しいおもちゃを手に入れてコンビニを強盗したくなったと」
「ん~、まぁ、なんというか、正確に言えば~……」

 早苗は咲夜へと向けていた目を、再びテレビの方へと向け、ゆっくりと足をばたつかせながら続けた。

「世界を滅ぼしたいんですよ。私は」
「へぇ、なんでまた」
「……さー、なんでだろ。凄く言葉にしづらいんですけど、反抗が半分で私と世界のしあわせでもう半分、ってところですかね。最近、色んな人に色んなこと言われたおかげか、変な幻覚見るようになりましたし」
「ふぅん」

 咲夜は、『夏休みには海へ行って遊びました』と聞いた時のような、珍しいといえば珍しいが、しようと思えばする人は居るだろう、という程度の反応しか見せはしなかった。
 早苗はすぐに目を輝かせて、咲夜の目を注視しながら、意気揚々と聞いた。

「で、で、なんで咲夜は私を手伝おうと思ったんですか?」
「二つあるんだけど、一つはまぁ、些細なことよ」

 咲夜は、部屋のクローゼットに収納されているコスプレグッズに、『安物ばかりね』と悪態を吐いてから、早苗に言った。

「私に古臭いロングスカートのメイド服を着せて、しかる後に貞操を奪おうとする羽根付きの変態幼女に反抗したくて、ね」
「なにそれこわい」
「えっ」
「えっ」
「……まあ良いわ」

 どこで価値観がすれ違ったのかは解らないが、場所次第ではすれ違いざまに右ストレートをうねり込み、全力で咲夜の性癖を修正してやろうと誓う早苗であった。

「その問題については後日語り合うことにして……二つ目の理由は何です?」
「恩を売りに来たのよ。幻想郷へあなたを連れて行く為にね」

 一瞬。
 大海の波が凪いだかのような静寂。
 刹那の間に、脳が膨大な言葉で埋め尽くされ、結果沈黙してしまったことを後悔した早苗は、仰向けになって、手に持ったリモコンを弄りながら言った。

「……自分で言うのもなんですけど、はね付きさんって、本当に私たちが好きですね」
「変わってる人間はみんなお嬢様の好みなのよ」
「私は変わっちゃいませんよ」
「まぁ、そう言えるのなら良いわ。自覚あるみたいだしね」

 咲夜は言いつつ、ドレッサーの前へと座り、鏡を見ることもせずに髪を整え始めた。
 早苗は、自宅近くでコンビに強盗が発生したなどと、平和ボケ極まりないニュースを聞き流しつつ、リモコンのふたを開けたり閉じたりしながら、咲夜に言った。

「咲夜ー。私、真面目な話は嫌いなんですけど」
「でしょうね。本音を言ったり真面目な話をすると、自覚も無く浮き上がって変な目で見られるものねぇ。普通の人に」
「咲夜」
「悪かったって。でも、ね。行きたくなったらいつでも言ってくると良いわ」
「私はまだ信じ……はうっ」
「……」

 ぎゅるるるるん、と。
 忘れ去られていた空腹が、とうとう根を挙げて、シリアス展開にも関わらずその存在を主張した。
 
「……さ、咲夜」
「……ルームサービスのメニュー、で良いんでしょ」
「お、おぉさっすが咲夜」

 咲夜が放り投げたメニューを、舐めるように、というか、インド人のように手でとって食べようとする早苗。
 レジスタンスを結成した空腹が、脳へ一斉に反乱を企て、早苗の脳細胞をインド色に染め始めたのだ。
 よだれを垂らし、怪しい光を目に宿しつつ、ただの絵に向かって手を伸ばす早苗は、誰がどう見てもクスリをキメたそれだった。

「うへへへへ」
「アヘン戦争後の兵隊みたいな顔ね」
「そんな見たかのように……ってあれ?」

 スジャータにミルクを恵まれた時のガウタマを演じているつもりだった早苗は、ネタがマニアックすぎたことを反省しつつ、メニューのある一点に視線を注いだまま、咲夜に尋ねた。

「……さくやさくやー」
「ん? 私はあなたと同じもので良いわよ。あっちのよりまずいものなんてそうそうないでしょうし」
「いえ、そうじゃなくて。ほら、ここ見てください、ここ」

 早苗はメニューの一つを指差して、咲夜の方へ向けて言った。

「……なんでこんなホテルにお子様ランチがあるんだろ……」
「……」

 咲夜は熟考した。
 考える人のポーズを取りながら、眉間にしわを寄せているくらいだから、きっと熟考しているのだろう。
 そして咲夜は、苦虫を噛み潰した困惑をその顔に携え、皮肉気に、ため息と共に捻り出すように言った。

「……洒落の効いたホテルね」

 精一杯の熟考の答えがそれであった。
 色んな絵の具を混ぜたら灰色になったときのような敗北感を感じつつ、早苗はそのお子様ランチを注文した。
 咲夜も注文した。それは、もう、当然。

 渦巻く多大な敗北感に耐えられなくなった早苗がテレビの電源を入れるのと、咲夜が早苗に問いかけるのは、奇しくも同時であった。

「そういえば早苗」
「あいあいさ」
「これからどうするのよ」
「どうする、って?」
「世界滅ぼしたいとか魔王染みたこと言ってたけど」
「んー、まあ私たち二人だけで突貫しても良いんですけど、仲間でも見つけましょうか。人数が多い方が楽しいですしね」
「……多分、二人くらい集まったところであなた捕まるわよ」
「ふふん、上手く立ち回りますよ……あれ、こんな時間帯にアニメなんてやってるんですねぇ」
「あ、これ知ってるわ」

 早苗の見ているテレビからは、『片想いでも玉砕でhere we go!』という、軽快なリズムの歌声と、希望に満ちた表情の女子高生らしき四人組が映し出された。(余談だが、ドラムとギターの子が可愛い)

「へぇ、咲夜アニメ……あぁ、はね付きさんか。あの人、もしかしてアニメばっかり見てるんじゃないですか」
「察すまでも無いことを察してくれてありがとう。七割がアニメ、二割がバラエティー、残りがニュースね」
「ニュースなんて見るんだ……はね付きさん」
「トンチンカンなこと以外は言ったことが無いわ。不況の時には『好きなだけお金を刷れば良いじゃないの』って言いながらWCBに乗り込もうとしたりね。ニュースを見ている時が一番面白いわよ」
「さっすがはね付きさん。期待を裏切りませんね」

 オープニングが終わると、すぐに本編に入ったそのアニメを眺めながら、早苗は咲夜に問いかけた。

「でもこれ、見た感じ結構昔のアニメみたいですけど、どうして再放送してるんでしょうか」
「どうして?」
「だって、本編中になんの宣伝も出てこないじゃないですか。スポンサーはどこかなぁ、って。アニメっていったら、本編でくどいくらいにスポンサーの商品とか思惑とかをプッシュしてるっていうイメージ……ん?」

 早苗は、言葉を途中で区切った。
 顎に手を当てながら部屋の中をうろついたり、リモコンとリアライザーを持ったり置いたりしたり、自分の髪をくるんくるんと弄ったり、枝毛を見つけて少しへこんだりしたりと、実に意味の無いことをしていたが、時間が経つにつれ、うろつく速度は速くなり、その顔に喜色が浮かんできた。

「……で、今度は何を企んでるのよ」

 『こいつ、またろくでもないこと考えてるなぁ』と、メイドらしくもない、露骨なまでの煩わしさを顔に浮かべて、咲夜がそう言った。
 満面の笑みで枝毛を処理していた早苗は、咲夜の方へと振り返り、こぼれる笑みをそのままに、咲夜に言った。

「その前に一つ、問題です。咲夜、明日……正確には今日ですけど、何の日でしょう?」
「明日……? って言えば、仏滅。あなたの誕生日、もしかすると私の誕生日。このあたりかしら」
「残念、私は春生まれですよ。もー、咲夜。深く考えすぎ。テレビで毎日言ってるじゃないですか。耳にたこさんウィンナーが出来るくらいに」
「耳に羊の腸が生えてきても……で、対地球指向性隕石襲来日のこと? 当たり前すぎると解らないものね」
「そう、通称『恐怖の大王』なんて緊迫感の欠片もないネーミングでよく言われますね。3年前に地球に住むもの全てが……まぁ、一部のコメンテーターは動物すらも大移動を始めたとか言ってますけど、そうです。それです」

 咲夜は、話の内容と本心を値踏みするように、早苗を上目遣いに見つめながら、先の話を促した。

「……それで?」
「おっけい、ノッてきましたね。それで、大切なのはその後です」

 早苗は、抑えようともこぼれ続ける笑みを携え、謡うように話を続けた。

「三年前、我々人類は『恐怖の大王』と形容するにこの上なく相応しい自然現象と相対し、WUOに代表される様々な諸機関の下に、有史以来の知識、知恵、そして生存本能を余すことなく結集、そして駆使し、複数の隕石軌道制御施設……通称『ボーン機関』の開発に成功。見事『恐怖の大王』を退けました。その副産物として、宇宙関連の技術が約三十年……あぁ、これはどうでも良いですね」
「回りくどいわね。格好つけても高が知れてるんだからさっさと本題に移りなさい」
「むぅ……で、それ以来、人々はその日を迎えると去年、一昨年と、命のすばらしさを少々誇張気味に謳う人間賛歌を作り出しました。『ボーン機関』のはたらきによって、今も地球の周辺をたゆたう隕石群は、『人類の英知のさざなみ』と称され、それの開発された日は、人類が一つに纏まった瞬間というくさい名目で、人類記念日だなんて面白おかしい祝日になっちゃった訳ですが……」

 身振り手振りまで交え、演説の真似事をしている早苗自身が、どうみても一番くさかったのだが、咲夜の呆れ気味の表情に反して、本人はノリノリである。
 咲夜に背を向けながら、『やれやれ』といったポーズをしていた早苗は、『ここから!』と良いながら、勢い良く振り返り、壁に手をぶつけて数秒間の悶絶の後に言った。

「……ちょうど2年前の今日。この日を記念し、世界各国の放送局共同で作った番組がなんと視聴率39.8%を記録。で、次の年にはなんと47・8%です」
「……早苗」
「なんでせう」
「私が耳を塞ぐのと、あなたの口がつぶれるの、どっちが良いかしら」
「どっちもダメですよん。聞いてくれたって良いじゃないですかー。この前の遊びの時。あれです、咲夜についていった時なんか、妙な天然ボケに振り回されたお陰で……ねぇ。あと3ミリくらいで死ぬとこだったんですよ、私」
「……その方が良かったかもしれないわね。あなたと一緒に居たら私の性根が捻じ曲がるわ。子供がハンガーをおもちゃにして遊んでるときくらい」
「どの口が言うんですか」
「あなたの企みを批判するこの口よ」
「ほほう、私の考えていることが解るとでも?」
「時間を操るようにね。何がほほうよ」
「じゃ、せーの、で言いましょうか」
「良いわよ」
「せーの」

 大きく息を吸った二人は、その輝かしい表情にはとても似つかわしくない、物騒な言葉を吐き出した。

「プロバガンダ」
「電波ジャック!」
「ほら見なさい、大当たりね」
「どっこがですか。プロバガンダ、デンパジャック、一文字も合っていませんよ」
「そんな屁理屈は良いから。ああ、でも早苗」

 さり気なく足を交差させ(瀟洒である)、俗に言う考える人のポーズを取っていた咲夜は、顎に当てていた指をピンっと立てて、早苗に尋ねた。

「そっちの方が危険度高いんじゃないの。電波ジャックなんてしたところで警察に包囲されて捕まるのがオチでしょうし、それ以前にどうやって電波ジャックなんてするのよ」

 咲夜に対抗してか、ピンっと指を立てた早苗は、チッチッチ、といった感じに、目を閉じたまま指を振った。

「ふふん。咲夜、私を誰だと思ってるんですか?」
「え、頭のかわいそうな子だと……」
「……例え敵がオールド・ペンタゴン並みの防衛機構を装備していようとも、この東風谷早苗の前には無力っ!」

 あからさまに、『やっぱりかわいそうな子じゃないの』といった表情を見せる咲夜に対し、早苗は、自信満々に嘯いた自分がいたたまれなくなり、身振り手振りで必死に弁解した。

「い、いや、流石にペンタゴンは言い過ぎましたが、テレビ局程度なら行けますって! ほら、リアライザーも居るから人質とか取れるし!」

 倫理ガン無視。

「とにかく私に任せれば大丈夫ですって! 秘策ありますから。本当、マジ、大マジ!」
「まぁ、解ったわ。そこまで言うのなら。明日が楽しみね」
「明日……ってそんなこんなの内に4時になってますね。もう寝ましょうか」
「え、もう? 私まだ全然眠くならないんだけどどうしようかしら……」

 早苗は、咲夜の声を聞くと、実に親父的な笑みを浮かべて、手をわきわきと動かしながら言った。

「ふ、ふ、ふ、じゃあ、だったら咲夜。ここは場所が場所ですし、私たちの禁断のナイトフィーバーを楽しみま」
「細胞の一片でも私に触れてみなさい。皮までひん剥いた後で簀巻きにして外に放り出すわよ」
「さぁ明日は大事な日ですから今すぐ寝ましょう! 咲夜はベッドをどうぞ。わたくしめは地べたで寝ます。虫のように! おやすみっ!」
「あら、連れないわねぇ。もっと語り合いましょうよ、もうちょっと体を寄せて」
「の、能動的トラップッ! い、いやぁぁぁ! 殺される~!!」
「そんなに嫌がらなくても良いでしょ。ほら待ちなさい」

 咲夜から逃げ惑う早苗は、スイートルームを選択していなかった場合の、パラレルワールドの自分の境遇を思い、落涙を禁じ得なかった。
 命がけの鬼ごっこは、窮鼠となった早苗が枕を投げたことによって、枕投げへと変貌を遂げた。
 そんなこんなを繰り返している内に、最終的には何故か、自分たちの獲物を駆使したチャンバラごっこと成り果てる。

 結果だけを言えば、一応咲夜が勝利した。
 二刀流を捌ききれなくなった早苗は、咲夜が武士のような大業さで振り下ろしたナイフに対し、これまた大業に『ぐわー』と魔王染みた断末魔を上げ、力尽きたように倒れて、そのまま眠りこけた。
 咲夜も流石に体力を使い果たしたようで、早苗の上に倒れこんだ後、小さな寝息を立て始めた。

 次の日、早苗の涎が顔に掛かっていた咲夜が怒りが、リアルファイト染みたラウンド2のゴングを鳴らしたことは、今の内に記しておく。

 お子様ランチ? 知らん。

 ☆

 支配人が『あんたらどんな激しいプレイかましたんですか』と呆れそうな部屋の中、

「最近、死ぬ夢をよく見るんですよねぇ」

 ドライヤーと櫛で髪を手入れしながら、早苗はそう言った。

「もっぱ、マイブームは火葬です。夢の中でも悶えるほどくるしいんですけど、ものすっごくくすぐったくて少し気持ち良くもあるんですよ。起きた後しばらくは笑いが止まりません」
「……で?」
「……それだけです」
「涎で消化でもしてなさい」
「そんな根に持たなくても良いじゃないですかー。マニアなら泣いて喜ぶ一品ですよ、私の涎なんて」
「じゃあちょっとそいつら根絶やしてくるわ。火葬で」
「やめて人気へこんじゃう」
「火の中に涎でも吐き掛けなさい。火達磨が涎を求めてさぞ面白い光景になると思うわ」

 涎求めて三千里、飛んで火に入るマニアたち。
 とても想像をしたくはない光景だけども、軍事転用されれば凄まじいブービートラップとなるだろう。
 などと考えていた早苗は、それもまた一考として潜め、咲夜に向かって言った。

「さって、三時のおやつも食べたことだし、そろそろ行きますか」
「放送は七時からだけど……間に合うかしら? バイクは大破しちゃったし、そもそも道がよく解らないし」
「まぁ、バイクはまた譲ってもらえば良いじゃないですか。男性は股間を刺激されると喜ぶそうですから、きっと全力で蹴り上げたら譲ってくれますよ。喜びのあまり」
「それもそうね。じゃ、どんな奴から譲ってもらう? 昨日みたいな世紀末の住民なんて中々居ないわよ」
「ん~……。じゃぁ、二人乗りで……まぁとにかく、他人に迷惑かけてそうな人からにしましょう。法律を破ったり他人に迷惑をかけるなんて最低ですからね」

 よく言う。

「じゃあ、行きますか。何も忘れてませんよね?」
「昨日の晩御飯以外は何も忘れてないわ。大丈夫よ」

 一通り荷物を確認した早苗と咲夜は、フロントに部屋を出たい旨を告げた。

「……また壊しちゃったなぁ」
「何を? 一応気をつけながら喧嘩したつもりだけど……」
「あ、いえいえ。テレビとトイレを壊しちゃったんですよ。ほら、あの自動式のやつ」
「? 見たところ何の代わり映えも無いわよ」
「それがですね。ここ最近の私はどうにも、電子とか電気で動く精密機械の近くに一定時間居ると、勝手に壊れちゃうっていう変な現象がありまして」
「……本当ね。リモコン使っても点かないわ。……さっきのレボルバーと言い、あなた変な体質してるわねぇ」
「嫌われてるんですね。機械にきっと」

 『というか時間止める人間に変だなんて言われたくありませんよ』と言いながら、咲夜と共に部屋を出た。
 いざ料金を精算する時、早苗の財布の脂肪がほぼ全て吸い取られたせいで、少しだけ泣いた。

「……これでまた無一文ですか」
「悪銭身につかず、という奴かしら」
「いつも思うんですが、咲夜とはね付きさんの言語習得能力はどこで差がついたんでしょうね……」

 そのまま二人はレミリアのことについて語り合いながら、外に出た。
 窓のない部屋に居たせいか、普段以上に強く刺さる日光に対し、どちらともなく微笑んだ。
 途端。

「ひゃっ」

 轟音と暴風が、早苗と咲夜の前を駆け抜ける。
 マフラーをカットされたバイクの叫び声は、奇しくも二人のすぐ近くで止まり、二人の男女が降りて近づいてきた。
 そして『体に穴を開けることこそ、我が民族の風習』とでも言いたげな程に、体に穴を開けピアスを通している男が、下劣な笑みを浮かべながら咲夜と早苗に言った。

「よぉ姉ちゃんたちよぉ。どいてくんねーかなぁ。俺たちこれからマジ頑張るっつーか? まぁ俺三人くらいなら相手に出来っからよぉ、行かね? 一緒に。つかそれ目的だろ?」

 そしてこれまた、とある山岳民族に『山の神様がいらっしゃったぞ!』とでも言われそうな、地肌の見えない厚化粧女も続けて。

「え~、ちょっとぉ、トシィ。あたしこんなレベル低そうな子達と同じ扱い~? マジ萎えるっていうかさ~」
「バッカ。お前以外の女は全部引き立て役っていうか? で、どうするよ姉ちゃんたち。その気なら相手してやっけど?」

 二人の地方民族の視線が突き刺さる中、早苗と咲夜は、ふつふつとせり上がりそうになる笑いを抑えていた。
 先に口を開いたのは、早苗だった。

「咲夜。あっちを見てください」
「ええ、バイクがあるわね」
「その通りです」
「その上、マフラーもぶった切ってあるわ」
「まだあります」
「二人乗りするにはちょっと小さいわよね、あのバイク」
「そして何よりも特筆すべきは?」
「ヤマンバの分際で私たちの程度を測り、顔と脳に穴が開いてる癖に私たちを意のままに出来ると思ったことね」
「同感ですね」
「じゃ、以上のことから、この二人の適正を判断しましょうか」

 困惑する地方民族たちを、早苗と咲夜はじろじろと眺め、大きく笑い、そして『イェイ!』と言いながらハイタッチを交わした後、二人同時に、地方民族たちを指差し、言った。

「ビンゴーーーーー!!!」

 刹那。
 早苗はポケットからリアライザーを引き抜き、それに怯んだ男の股間を、泡を吹かせんとするほど盛大に蹴り上げた。
 それを見たヤマンバが『トシィ!』と叫ぼうとした瞬間、フッと寄りかかるように、咲夜によって壁に押さえつけられた。
 
「動かないで下さい」
「動かない方が良いわ」

 泡を吹いてグロッキーな状態になっている地方民族(男)は、もはやそれどころではなかった。

「ふふん、これじゃあ使い物にすらなりそうにありませんね」
「いや、そんなことどうでも良いから」

 目の前で気楽な会話を繰り広げる二人とは対照的に、言葉を発さないヤマンバへと、咲夜が言った。
 
「さて、先に言っておくけど、私たちは貴方たちに危害を加える気はないわ」

 十中八九『もう加えているだろう』という突っ込みが来そうであるが、先に言う前に危害を加えたからセーフなのである。多分。

「貴方たちが乗ってきたバイクを私たちにくれないかしら? ちょっと急用で必要なのよ」
「え、あ、はい、どうぞ。あれあたしのじゃありませんし、こいつのですし、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
「いっや~、すいませんねぇ、なんかこっちからせがんじゃったみたいで……」

 正しく言えば奪ったので、尚のこと質が悪い発言である。

「確かに、バイクだけ貰うってのも悪いわね」
「いえいえ、マジでお気になさらず。急用なんですよね。こちらに構わず、早く行った方が」
「あ、良いこと思いついたわ。貴方デジタルカメラ持ってるかしら?」

 聞く耳持たず。

「え、ここにありますけど」
「じゃ、私たちの写真を何枚か撮っておきなさい」
「ふふふ、高く売れますよ~。明日辺り……あ、私にデジカメ近づけないで下さいね。ひとりでに壊れちゃいますから」
「はぁ、じゃ、いきますよ」

 『はい、チーズ』という声に合わせて、咲夜と早苗は、完全に修学旅行のノリでポーズをとりつつ、何枚か写真を撮った。
 枚数を重ねるに連れ、どういう訳か、『より芸術的なポーズを取った方の勝ち』といった感じの雰囲気になり、奮闘しすぎた早苗の首からコキャッという音が聞えるまで、二人は写真を撮り続けた。

「く、首が逝きました……」
「あんなエクソシスト染みたポーズを取るからよ。はい、今度こそ行くわよ」
「まだですよ! 私はまだまだやれます。勝ち逃げは許しません! 絶対に」
「十六勝で五十八敗もしといて何言ってるのよ。完敗じゃないの。もう言い訳のしようもないわ」
「ここから奇跡が起きるんですよ! ほらヤマンバさん、早くしゃし……ふぐっ」

 四脚歩行をする新手の人類のようなポーズを取った早苗は、冥界へ旅立った首を咲夜に掴まれ、死んだ野良猫のようにぶらん、と持ち上げられた。
 咲夜は、写真を保存しておくようにと再三ヤマンバへと告げた後、早苗を自分の後ろに寝転んだ体勢のまま乗せて、バイクのエンジンを入れた。

「さぁ、出発進行よ早苗。落ちないようにしっかり捕まってなさいね」
「ちょ、ま、咲夜、この体勢はヤバイですって! これ捕まるのに精一杯っていうか少し間違えたら市中引き回しの刑になって寿命がかっとび……」
「あぁ、もう時間が無いわ。ちょっと飛ばしていかないといけないわね」
「ぎゃー! 待って待って! せめて体勢だけでも直させて!」
「何言ってんのよ。体起こせばそれで済むでしょ。三秒あげるからとっとと直しなさい」
「体起こそうとしたら首が逝くんですよぉ! せめてあと十びょ」
「はーい、残念タイムアップよ。レッツゴー」
「いやあああああぁぁぁぁ!!」

 容赦なくフルアクセルで加速する咲夜と、荷台に必死でしがみつく早苗を乗せて、新たなバイクと共に二人はテレビ局へ向かった。

 新たなバイク旅の道中、二人は道に迷いつつバイクを大破させたり、電子機器を抱えたおばあさんの荷物を(早苗が触らないように)運んで、道を聞いた数分後にバイクを大破させたり、追いかけてくるパトカーを振り切りながら大破させたり、暇だからバイクを大破させたりと、40分に1回はバイクが(半ば人為的に)大破するという不運なアクシンデントがあったものの、二人は何とか念願のテレビ局へと到着した。

「バイクが五台も犠牲になりましたが、とうとう到着しましたね……」
「なんでテレビ局に来るまででこんなに死に掛けなきゃいけないのよ……」

 間違いなく二キロは痩せたと確信する早苗であったが、その心境は複雑である。

「で、早苗。本当に行くのね? 今ならまだ止めることも出来るわよ。私が許しはしないけど」
「当然ですよ。生きてここまで来れたことが奇跡的なんですから。これはきっとあれです。天が私に世界滅ぼせと囁いているんです」
「当たって砕けろ。良いことね。楽しむ上では欠かせないわ」
「ええ、昨日のアニメのOPでも言ってましたしね。『肩をもいでも玉砕でhere we go』」
「……そんな特攻隊染みたアニメだったかしら」

 一応断ってはおくが、あくまで音楽と甘味を心行くまで楽しむ少女たちのアニメである。
 間違っても、ギターやドラムで敵の肩を刈り取りに行くようなバイオレンスなシーンはない。
 
「で、いつどこでどこからどのように進入するのよ。秘策があるみたいなこと言ってたけど」
「進入するだけなら警備はザルです。進入しようとする人なんてあんまり居ませんし、そもそも芸能人の護衛でいっぱいいっぱいですから」
「よく知ってるわね」
「ええ、昨日チラ見したドラマで言っていました」
「くたばりなさい」
「い、いや、テレビ関係者の作ったものなんですから、あながち真実かもしれませんよ!」
「まぁ、一理あるわね……いや、あるのかしら?」

 そこらに落ちている犬の糞ほどにどうでも良いことであったが、それを踏んでしまったかのように悩み続けた。
 下手な考えで体を休めることにも飽きたのか、咲夜は、早苗の真意を値踏みするように聞いた。

「それで、本当の秘策って何よ。一応、考えてはいるんでしょ? 無いなりに」
「失礼な。この零れんばかりの胸のどこが」
「誰が胸のことっつったのよ、このバカ。貧乳。頭よ頭」
「……貧どころか無いくせに」
「ここで死ぬ?」
「時間がありません。さあ、無駄口は止めて行きましょう咲夜」

 『無駄の塊が何言ってんのよ』という咲夜の呟きを、表面上は甘受しながら裏口へと向かう早苗。
 ここで早苗の脳内の理容師が、『お客さん胸だけ二次性徴迎えてないんスね! 突然変異っスか!』などとあざ笑い、早苗も『そうだそうだ!』と声を大にして叫ぶが、脳内に響く声はやたらとむなしかった。

「とりあえずさっき言ったように、入るだけならザルって言うのは本当です。ほら、あそこ。関係者以外出入り禁止のとこ。欲の枯れ果ててそうなおじさんが退屈そうにあくびしてます」
「まぁ、そうね。入るだけなら簡単そうだわ。でも入ってもすぐに内部の警備員に捕らえられるんじゃないの? ほら、あなた無駄が多いし」

 意外と執念深い。

「ふふん、その為の秘策ですよん。とりあえず着いて来てください」

 早苗は、先ほどの枯れた中年男性の方へ堂々と近づいていき、そのままちょっと首を傾げてから言った。 

「あの~、すいません。私たち今日の放送のボランティアとして当選した者なんですけど……」

 あまりにもナチュラルに嘘を吐く早苗であった。
 とても暴行や強盗をやらかしたばかりとは思えぬ清々しさである。盗人猛々しいとはこのことだろう。

「……ボランティアの人? もうとっくに全員集合しているはずだよ。何でこんなところに居るんだい、お嬢ちゃん」

 咲夜は『全然ダメじゃないの!』と、小声で叫びながら、早苗の肉をつまんでは集めるという、地味に精神的ダメージの大きい作業を繰り返していた。

「いえ、ちょっと道に迷ってしまいまして……」
「じゃ、ここで指紋認証してくれる? リストに登録されてなかったら、おとなしく引き下がるんだよ」
「……じ、実はついさっき、燃え盛る鉄板の上で逆立ちをしながら陽炎のように揺れるアルバイトをしていたものですから、指紋がみんな消えちゃって」

 小声で『かつおぶしじゃないんだから!』と、完全に方向性のおかしなつっこみを入れる咲夜であった。

「怪しいなぁ。お嬢ちゃんたち、ボランティアでもなんでもないだろう。ほら、とっとと行った行った。こっちだって大変なんだ」
「むー……解りました。じゃあお一つだけお聞きしたいことがあるんですけど」

 早苗はそのまま警備員の男性と談話を繰り広げている最中、咲夜に対して一瞬、上目遣いのアイコンタクトを送った後、『あっ!』と上を指差し、そして――

「おじさん、ごめんなさい!」

 またも、股間を盛大に蹴り上げた。
 男性の体が見事、天と地を違えるほどに、見事な一回転を繰り広げる。
 早苗と咲夜は、後味の悪い男性のうめき声を残して、局内へと走り出した。

「なにが秘策よ! 結局強行突破じゃないの、このアホ!」
「ア、アホ……そんな咲夜がとても言いそうに無いことを言われるほど私は……」
「そんなことどうでも良いの。これじゃあ騒ぎを聞きつけて警備員が押し寄せてくるわよ。さっきの、放っておいても大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫ですよ。心配しなくても、あの年ならもう元から使い物にならないでしょう」
「だからそっちじゃないわよ!」

 早苗と咲夜は、殺風景な廊下を、これまた殺気立ったスタッフたちを押しのけて、上へ上へと進んでいった。
 唯一、腹違いの子が如く、華々しい螺旋階段があったものの、無駄に体力を消費するようなつくりとなっているので、嫌がらせ以外の何者でもなかった。

「……早苗」
「……はっ……はっ。……何でしょうか」
「一応聞きたいんだけど、私たちは今どこへ向かってるのかしら」
「え、制作室に行って脅しをかけた後スタジオに行ってそのまま生中継をするつもりですけど……」
「……ここであなたに問題よ。制作室とスタジオはどこにあるのでしょうか」
「……」

 『とりあえず上に行けば何かあるだろう』という、馬鹿や煙と同類の発想をしていた早苗であった。
 冷や汗と、咲夜の内に秘めた憤怒により、冬場に諏訪湖にダイブした時の冷え込みを思い出していると、突如アナウンスが流れ始めた。

『本日お越しのお客さま及び、関係者各位にご連絡いたします。只今、西方関係者出入り口より不審者が侵入。それらしき人物を見かけましたら、ただちにお逃げになり、お近くの警備員にお知らせ下さい。お騒がせ、及びご心配をおかけしまして、真に申し訳ありません。迅速な対処を心がけますゆえ、ご来場者の皆様はどうか、落ち着いて係員の誘導に従ってくださいませ』

 早苗は『捕まりませんよ、ばーか』と、未だ乾かぬ二枚舌を出して言った。
 病棟のように白い廊下の中、ちらりと横に目をやると『志田占星さま待合室』と書かれた扉が目に入ったので、『サイン貰ってから道案内してもらおうかな』と考えながら進む早苗であったが、『ちょっと止まりなさい』と言う咲夜の声に従い、その足を止めた。

「ん、どうしたんですか?」
「……足音がするわ。誰か近づいてきてる」
「うそぉ!? ど、どどどうします。逃げますか、蹴り上げますか」
「どっちも無駄よ。音から察するに……三位一体の陣形ね。しかも、軍隊でも何とかやっていける程度の訓練は受けてるわ。それが前後から来てる。どういうことか解る?」
「……おおぅ。絶体絶命、孤立無援の四面楚歌ですね」
「大正解。まったく……こんな高級取り雇った所で、進入しようとする馬鹿なんて居ないでしょうに。こんなとこにお金掛けてるからつまらない物しか作れないのよ」

 自分のことを棚にあげつつ、相手を悪し様に皮肉る咲夜。
 相当な高等技術の使い手である。

「さて、どうするのかしら。私一人ならなんとかなるけど、今回は流石にあなたがお荷物よ」
「ふ、ふ、ふふふ……。こんなことがあろうかと、私はまだまだ秘策を用意していたのですよ」
「へぇ、下らないことだったらあなたを置いてサヨナラするわね。テレビ局に特攻して未来を散らせたアホの子の逮捕速報を見ながらタルトと紅茶を嗜むわ。きっとさぞかし美味しいでしょうね」
「うっわ、最悪! この薄情者!」
「まぁまぁ、下らなくなかったら手伝ってあげるから、とりあえずその秘策とやらを言ってみなさい」
「……まず私が警備員に特攻します」
「殊勝ね」
「そしたらきっと負けます」
「負けるわね」
「私がピンチに陥ることによって、秘められた力が覚醒。そして私は真の形態『早苗/(スラッシュ)バスター』として……」
「帰るわね」
「ぎゃー、うそうそ! 今のうそ! 待って咲夜! もう一度だけチャンス! ワンモアタイム!」
「はいはい、妄言は病院で言いましょうね。早苗ちゃん」

 一度も見せたことの無い素敵な笑みで、その場から立ち去ろうとする咲夜と、後ろから必死ですがりつく早苗。
 咲夜が自分から離れたらと考えるほど、『マリア様が見てる~網走地獄変~』という言葉が、現実味を帯びて脳内でぐるぐると回り始めた。
 何の対策も打ち出せぬまま、余裕とコントをかますだけかまして、とうとう警備員に見つかる二人であった。

「そこの二人組! 手を上げて大人しく投降しろ。そうすれば手荒な真似はしない」
「二人組じゃないわ。一人よ。ロンリーな子よ。可哀想な子でもあるから、なるべく優しい言葉をかけてやることね」
「ああ、見捨てないで! 今私が欲しいのは、咲夜の優しい言葉だけです!」
「早苗、愛しているわ」
「あーーー!! そっちじゃない!」
「早苗、愛していたわ」
「もっと違いますよ!!」
 
 ギャーギャーと罵り喚く二人を前に、あっけに取られてその場に固まる警備員たち。
 状況は、膠着とそれに似つかわしくない空気で拮抗したが、『志田占星さま待合室』と書かれた扉開き、そして、

「うるさいねぇ。誰だい、はた迷惑なコントを繰り広げてるのは。おちおち寝れやしない」

 その中から出てきた人物――小柄な体に、白いワンピース。栗毛色の癖っ毛とやる気のなさげな三白眼をした、まるで熊のぬいぐるみでも抱えていそうなファンシーな少女――の発した言葉が、その拮抗を崩した。

 さて、ここから先の出来事は、コンマ何秒単位の出来事であっただろうか。
 まず早苗が、その少女を見て反射的に思ったことは、『あ、本物の志田占星だ。可愛いなぁ。サイン貰おうかなぁ』というものだった。
 が、それはあくまで反射的なものであり、素の反応が出たに過ぎない。 
 刹那的な直後、早苗が、状況というフィルターを通して、その少女を見て思ったことは、『つかえる』の4文字であった。
 漸く動き始めた警備員に先制して、早苗はその少女を自らの元に抱き寄せた後、懐からリアライザーを取り出して、叫んだ。

「はっははは! 皆さん、動かないで下さい!」

 コンビニ強盗、幾多の他人のバイクを奪い、なおかつそれを爆破させ、罪なき人へと暴行加え、挙句の果てには人質を取って脅しをかける早苗。
 かの性善説を唱えた孟子ですら、荀子の靴を舐めながら性悪説の教えを乞うであろう外道っぷりである。戦国の世に生まれていれば、天下統一も夢ではない。
 目を瞬かせた占星は、周囲を見渡してから、『ふむ』と息を吐いて言った。

「あたしゃ、人質?」
「まさしくそのとーりです! あ、あとでサイン下さいね」
「ごめんなさいね。まぁ、とち狂ってる子だけど、大人しく従ってれば手荒な真似はしないはずよ」
「そうかい、じゃあとりあえずは黙ってようかね」

 咲夜と早苗は、どちらともなく背中を合わせて、警備員への牽制を始めた。
 早苗の手にあるそれを値踏みするかのように、警備員たちは慎重を期した足取りで、少しずつ近づいていった。

「あら早苗。それ偽者と思われてるみたいね」
「あら、どうしましょうかね。こちらとしても血は見たくないんですけど……」
「もう、馬鹿ね。願いを叶えてくれるんでしょ、それ。こういう時に使わずにいつ使うの」
「むー。残り二発しかないのに……最後の一発はもう用途決めてるし……」
「まぁ、他に良い手があるならそれでも良いわよ。私は責任を負わないけどね」
「……ない、ですねぇ。仕方ない。占星さん、良いですか?」
「なんだい?」

 早苗は、気だる気な返事を返す占星に、制作室とスタジオの場所を聞いた。

「なるほど、存外、この道は正解だったみたいね。で、どうするの早苗? 私はどっちでも良いけど」
「じゃ、スタジオには私が行きます。近いですしね」
「了解したわ。じゃ、私はお偉いさんと交渉してくるわね。またスタジオで会いましょ」
「おっけい。よっし、占星さん、私の背中に乗って下さい」

 一言も不平を漏らさずに乗った占星に、早苗は、『耳を塞いでおいて下さいね』とだけ言って、突如として前方の警備員に向かって走り始めた。
 
「まぁ、足止めくらいはしてあげるわ。さっさと行くのよ、足手まとい」

 凛とした余裕を携えつつ笑う咲夜に、早苗は一瞥と共に笑みを返して、リアライザーをくるんくるんと回して叫んだ。

「リアライザー、リアライザー。私が為に、進まんとせん道を割け!」

 トリガーを引くと同時。
 弾丸が空を、音を裂きつつ疾走し、しりもちをついた警備員を置き去りにして、塞がれていた道を開いた。
 それと同時に、早苗は反動で自らも尻餅をつきそうになったのだが、背後からトン、と押されてバランスを持ち直すと、咲夜の声が小さく聞えた。


「ほら、こんなことにも気付かない。だからあなたは足手まといなの。ヘマするんじゃないわよ? ここから先はね。この遊びはこれからが面白いんだから」

 早苗は、その声を聞くと、素のままに小さく笑ってしまい、背後に居る咲夜の為に、声を響かせた。

「咲夜、ありがとー!」

 背後から、『good luck』という流暢な発音が、山彦のように響く早苗の声を潜り抜けて伝わった。

 ☆

「ねぇ、諏訪子。早苗知らない?」
「えー、知らないよー。どうしたの?」
「昨日から見えないのよ、早苗」
「どっか友達の家に泊まってるんじゃないの」
「泊まりねぇ……誰かの家に泊まる前日っていうのは、一日中にやにや笑ってたりするものなのかしら」
「それだけ楽しみだったってことじゃないの?」
「……友達の家に行く前日に、レボルバー持ってにやにやしてたりするものなのかしら」
「……何それ」
「最近、早苗がどっかから拾ってきたみたいなのよ」
「どこから? 何で? というか、そんな物騒なものが落ちてるんだ」
「さぁねぇ……でも、早苗、ここ最近変わった子と付き合いだしたみたいだから尚更心配なのよ」
「変わった子?」
「……空間操作。もしかすると、時間干渉もできるかも知れないわ」
「ありゃ、それは凄い。何の妖怪?」
「人間」
「あれま」
「多分それに関連して、あんたの血も段々目覚めつつあるわ。この前なんて、あの子明らかに私が見えてたよ」
「へぇぇ。昔見えて、見えなくなって、また見えるようになったんだ。本当に面白い子だね」
「う~ん、あの子の幸せのために放っといて来たけど、また見えるようになったんなら、やっぱり少しくらい干渉した方が良いのかしら……」
「ま、私はどっちでも良いよ。成り行きだけ見てる。神奈子に全部任せるよ」
「……放任主義なご先祖だこと」
「はっは。信頼してるからだよ?」
「よく回る口だね。変なところばっかり似るんだから……」

 ☆

 蒸気機関車の如き湯気を出しつつ、早苗は人質を負ぶったまま進んでいた。

「ぬくもりのある背中だねぇお嬢ちゃん。暑くって仕方が無いよ」
「我慢して下さい。冬には重宝しますよ」
「おや、あたしゃ冬まで背負われるのかい? まるでオンブバッタだね」
「お、おんぶ……?」
「おや、オンブバッタも知らないのかい。小さい頃外で遊ばなかったのかい? これだから最近の子は」
「あー、もう! ごちゃごちゃ文句を言わないで下さい! 占星さんは人質なんですよ。ひ、と、じ、ち! ぷるぷる震えていれば良いんです!」
「うはは、怖い怖い。じゃ、今の内に人質へ要求を出してくれないかねぇ、犯人さん?」
「むぅ……じゃあ、道案内をすること! 人質としての自覚を持つこと! 年上をばかにしないこと! あと占ってからサインを下さい!」
「出来ることは最善を尽くすさ。でも、年上を馬鹿にしちゃいけないのはお嬢ちゃんの方だろう?」

 早苗の首筋に頬をうずめて、占星は猫なで声でそう言った。
 喋ったときの吐息が耳に掛かった時に、声を出そうとしたせいで、『ふぇあっ!?』という、初々しい一塁塁審のような声をだした。

「年上って……じゃ、二十歳くらいですか? 若々しいを通り越して幼いですね……はね付きさんみたいです」
「お褒めの言葉はありたがいけど、駄目だねぇ、お嬢ちゃん。かすりもしてないよ」
「……よし、人質である占星さんにもう一つ要求します。とっとと実年齢を暴露して下さい」
「おお、怖い怖い。えっと……たしかもう今年で五十五さ」

 『誰にも言うなよ?』と、早苗の首筋を弄りながら吐息を吹きかける占星(実にうらやましい)。
 その早苗はというと、一瞬くすぐったげに体を捩らせて、『ご……っ』と区切ってから続けた。

「ごじゅうごぉ!? ババァじゃないですか!」
「声がでかい!」
「あぅ」

 スパーン、と小気味の良い音で頭をはたかれる早苗。
 『これ人質と犯人っていうより奴隷と主だよね?』と、自分で自分の脳内至るところに点在する早苗たち(薄着な上にポニテである。夏だから)に問いかけてみたが、みなひたすらアイスと惰眠を貪るばかりで、一向に返事は返ってこなかった。

「あんまり知られちゃまずいんだよ。これを知ってるのは、事務所の一部と、元旦那とあたしの子供くらいだしね」
「こ、子供までっ!?」
「ああ、居るさ。ちょうどお嬢ちゃんとおんなじくらいかねぇ。最近反抗期だから、あんたくらいの子と話すと嬉しくてねぇ」

 早苗はその言葉を聞いた途端、普段は気にも留めない周囲の大気が、突如として重さを伴って存在するように感じられた。

「……こんな小さな体で、私くらいの子を生んだんですねぇ」
「……お嬢ちゃん、一応聞くけど、まさか魚は刺身の状態で海を泳いでると思ってるクチじゃないだろうね?」
「……ばかにしすぎですよ」

 十字路に差し掛かる度に、人質をとった犯人を演じて進んでいた早苗であったが、周りを行くもの皆が皆、ちらりと一瞥をくれてそのまま通り過ぎるばかりであった。
 最初の頃は困惑の気色が強かったものの、次第に余裕がブレンドされていった結果か、『張り合いなくてつまんないなぁ』と思い始めて、悠々自適に歩きながら進む早苗、今日この頃である。

「結構、あっさりと到着しそうですね。あー、これじゃあ来るときの方がよっぽど刺激的だったなぁ……。『コンビニ、テレビ局道中~ぶらりバイク爆破旅』とでも名付けて放送させましょうか」
「これからだろう? 本当に刺激的なのは。なんせ、ボーン機関を制圧するんだ。よっぽどいかれてないと思いつきもしないよ。ねぇ?」
「あれ? なんで……」
「解るさ。占いとは程度が違うんだ。言わば、そうだね。未来予知って言うのが一番近いか。まぁ占いも得意だけどね」
「未来予知……あぁ、占星さん実は妖怪だったんですね?」
「……お嬢ちゃんの頭は本当にどういう構造をしてんだい?」
「……常識の違いですね。頭は至って普通ですよん」
 
 早苗は、無意識的に、占星を支えている手に力を込めた。
 『常識』などといった戯言は結局のところ、多数派の絶対的暴力を内包した、少数派の弾圧に過ぎない。
 他者の朱と交わること以外では自らの安寧も得られぬ負け犬風情が、その言葉を口にするだけで、自らの気に食わない者を排除することのできる魔法なのだ。
 弾圧からの反動。
 無意識下でこそあるものの、今の早苗を突き動かしているもののひとつに、確固として根付くそれがある。

「急にだんまりだね、お嬢ちゃん。何か気に障ることでも言っちゃったかい」
「いえ、別に」
「ほら。解りやすいねぇ。悪かったよ。お詫びに……そうさね、面白い話でもしようか」
「本当ですかぁ……? 疑わしさこの上無しです」
「保障するよ。今お嬢ちゃんが喧嘩を売ろうとしてる、ボーン機関の話だ。喧嘩を売るにも理由が要るだろう? それが、陳腐であれなんであれ」
「おぉ。よりによって私に、この私にボーン機関のことで興味を引かせようだなんて、ふふん、余程の自信ですね。相当なことじゃないと私は……」
「ほう。じゃあ、隕石での人類滅亡を防いだボーン機関だけど、その副産物として、多国間の冷戦が終結を迎えて、多種多様な民族間での和平が成立したってのは当然、既知だね?」
「もちのろんです。誰でも知ってる話ですよ」
「ならば、隕石で人類滅亡の危機なんて真っ赤な嘘で、ボーン機関……特にその中枢、コルムナ・ウェルテブラリスは、人類洗脳の為の象徴だったなんて話はどうだい?」
「……へぇ?」

 この瞬間、早苗が占星の口より真実を知った瞬間を以って、舞台裏での活動は、全て完了を迎える。
 早苗と咲夜の右往左往を、見張り続けた日は沈み、無知の象徴である暗闇――夜が降り始めた。
 太陽の暴虐性たる光を受けた月が、今宵、その輝きを以って星々の目覚めを導くであろう。
 かつて、史上に名を残した者達がそうしたように。

 ……と、いったような浮ついた言葉が出る程度には、人々の心は浮き足立っていた。

 ☆

 さて、ここで少し視点を変えて、某警察署の捜査第二課に目を向けてみよう。
 捜査第二課という名前からは、一昔前のドラマから想像されるような、潜入捜査や知能戦、そして銃撃戦の果てには殉職――というまさにドラマティックな事件を想像し得る余地があるが、現実はそう甘い――ある意味では辛い――ものではない。
 現在この課に配属されている者は皆、資料や報告書の作成で二階級特進寸前である。
 これで命を落とすのも一つの殉職の形とも言えようが、有り体に言ってしまえばただの過労死なので、とても笑えるものではない。
 そして、課の備品であるソファーの上には、約十人程度、新聞紙をその顔に載せて、文字通り死んだように眠っていた。いびきをしていなければ、遺族の涙とともに火葬場へ放られることだろう。
 が、残念ながら、仕事という拷問は、生かさず殺さずを鉄則としているので、とても死ぬことを許してもらえるような状況ではない。
 ここで死体に鞭打って蘇らせるのが、捜査第二課長の仕事ではあるのだが、なんということは無い、その課長が眠りこけているのだ。

「課長……煙世さん、起きてください」
「……あ。呼んだか」

 捜査第二課長、斉田煙世。
 青年染みた容貌と、嘲りにも似た目を併せ持つ彼は、脳内での、上司に対するストライキ断行直後に現実に引き戻されたせいか、すこぶる機嫌が悪かった。
 舌打ちをしながら目をこすり、二、三秒伸びをしてから、目を瞬かせつつ言った。

「起こすな、っつったぞ俺は。お前はそこんとこを読み取れる有能な部下だと思ってたが」
「確かに言いましたね。僕としては、『余程のことが無い限り起こすな』という意味に受け取っておきましたが」
「……何があった?」
「切り替えと回転が速いですねぇ。寝起きなのに。課長のそういう所だけは尊敬してますよ」
「良いからとっとと言え。簡潔にな」
「テレビ局に侵入者が入って、電波ジャック寸前だそうです」
「……あ?」

 煙世は、『あー、あー、あー』と言いながら首をトントントンと小刻みに叩いた後、タバコに火をつけて一服してから言った。

「……どこのメリケンだ? そりゃ」
「ジャックじゃありません。電波ジャックです。語源であるハイジャックのハイが実は高いという意味ではないことから考えると……」
「いや、いい。黙ってろ。で、どこのバカだ」
「女子高生から大学生程度の二人組だそうです。一人は銃を持って、志田占星を人質にとって逃走中。もう一人は六人の警備員を伸してから、制作室に向かっているそうです」
「へぇ、どんなゴリラかねぇ。楽しみだ」
「どうします? 通報してきた警備員の憶測も多々混じってそうですが……制作室に向かったということは、脅して電波ジャックという線がいよいよ濃厚になってきますね。一応、僕たちが着くまで時間を稼げ、とでも命令しておきましょうか」

 煙世は口から煙を吐いた後、諦観と皮肉の混ざった嘲りとともに鼻を鳴らして、

「そこまで頭が働いてんなら、んなこと言っても無駄だってことくらい解るだろうよ。こっちの言うことなんて聞きゃしねえよ」
「というと?」
「相手はマスコミだぞ。視聴者が数字をつぎ込んでくれるハプニングならなんだって歓迎するさ。考えてみろ。よりによって今日、人々が平和でめでたい気分で浮ついてる最中に、史上類を見ない可笑しな事件が生中継で放送されてみろ。誰が見ないんだよ。俺たちが言ったところでこう返されるね。『犯人の要求だから無理です』ってな。利害が一致してんだよ、あいつらは」
「じゃ、駄目元で言っておきます。対応の遅れを批判されちゃたまりませんし」
「というか、こんなゆっくりしてて良いのか。さっさと現場に行かないと、それこそ叩かれるぞ」
「……いや、先ほど小会議がありまして、実は課長以外にこの件の担当になってる人たちはもう皆行きました」

 仰向けで紫煙を燻らせるという、中々危なっかしい真似をしていた煙世は、『あ』と『は』の中間のような発音で、

「あぁ!?」

 と叫びながら体を起こした。

「てめ、先に言えよ!」
「一応、どうしてもかたずけないといけない報告書がある、と言っておきました。まだみんな出たばかりなので、今から行けば間に合うと思います」
「他人に関しちゃ本当、無責任だなお前は……まあいい、さっさと行くぞ」
「あ、すいませんが僕は別行動です」
「あ? 内勤か。ご苦労なこったな。俺の代わりに死んでくれ」
「そんな馬鹿な。僕みたいな有能な人材を使わない無能な上司がどこに居るんですか。一応、近隣のビルの屋上からいつでも発砲できるように待機しているように言われました。寝転んでね」
「やけに嬉しそうだな」
「ええ。ここだけの話ですけど、僕は銃を撃つためだけにわっざわざ! WEOの創設した大学を出てから、あのゴキブリの糞の大きさを肉眼で測ってから一日ごとの体積の変化量を微分するような難しい試験を突破して警察に入りましたから。苦節約十年、やっとチャンスが回って……」
「へぇ、夢を仕事にしたのか。良いこったな。後で知り合いの極道に推薦書書いて送ってやるよ。『鉄砲玉として使ってやってくれ』ってな」

 煙世はそう言ってから、ソファーの上に投げ捨てられている死体たちの息を(グーで)吹き替えしてから、現場に向かい始めた。

 ☆

「お嬢ちゃん、捕まる気だろう」
 
 ふざけた気色の無い呟きに、早苗は思わず、『ふぇ?』と声を上げた。
 殊勝にもしばらく黙っていると思ったら、唐突にこれである。
 樹海の遭難者のように、道がありすぎて解釈に困る言葉であったが、何故であろうか早苗には、その言葉の意味するところがはっきりと理解できた。

「……いや、唐突にそんなこと言われてもいみふめーです」
「嘘つけ。解ってるだろう。わざと警察に捕まるつもりだろう、って言ってんだよ」

 『あぁ、やっぱりなぁ』と、樹海から抜け出せた安堵感と、非日常が終わった物寂しさを、早苗は感じた。

「未来をヤクザに向かって大遠投するようなもんですよ。誰がそんなどえむプレイを敢行するんですか。咲夜じゃあるまいし」

 この発言の直後、時を止めてくしゃみをする咲夜であった(瀟洒である)。

「そうだね。普通はしないさ。だけど、お嬢ちゃんは普通じゃない」
「……へぇ、最近の未来予知は性格まで解るんですね」
「言っただろう? 占いだって得意なのさ、あたしはね」
「一応聞きますけど、何占いですか? ……あ、そっか! さっきから首に息を吹きかけたり肩もんだりしてたのが占いですね!」
「あぁ、ごめん、それはあたしの趣味だ」
「……もう歩いてくれます?」

 『老体には辛いねぇ』と、聞く人が聞けば完全に嫌味にしか取れない呟きをしながら、占星は歩き始めた。
 すっかり凝ってしまった肩をぐりぐりっと回していると、占星が目の前に立って自分を見つめて来たので、早苗は思わず視線を逸らした。

「お嬢ちゃん、やっぱり可愛らしいね。あたしもこの業界に入って久しいが、見た目だけなら充分やっていける程だ」
「……よし、ちょっと予定変更して、今日の放送は私の華々しいアイドルデビューの為に」
「が、それほどまでに可愛らしいに関わらず、その目は卑屈で満ちている。さっきの反応でなおさら確信が持てたよ」
「む、ちょっと待ってください。24時間鏡の前に立って『目が一番良い』という結論に達した私はどうすれば良いんですか……」

 途方も無いナルシストである。

「鏡の中の自分ってのは無意識的に他人のように思うもんだよ。自分と似た人間の存在っていうのは、どこか安心できてしまうものなのさ。だが、お嬢ちゃんに似ている人間なんて、それこそ鏡の中にくらいしか居はしない。そして鏡の中に居る、『自分と良く似た他人』の存在に頼らなければならないほど、お嬢ちゃんの性格、思想、信条、能力に波長の合う人間というのは少ない」

 『さっきの子くらいかねぇ』と言いながら、占星は続けた。

「過去のトラウマかね。他者との摩擦を恐れる余り、自らは道化を気取って振る舞いはすれど、その内面は他者をほぼ誰も信じず、またほぼ信じられてもいない。そして過度の抑圧はいつしかその性根を歪にゆがませ、破壊願望となって顕現する。が、他者との相違を何よりも恐れる内面は、他者を傷つけることを拒絶し、行き場のない破壊願望は自らの内面に留まり続け、自己破壊願望となって内に根付いたままその体を食い荒らす」
「あら、本職は心理学者ですか? もっともらしいことを言って、全然当たらない上にいんちきくさいところなんてそっくりです」
「ほら、また」
「やけに知ったような口を利くんですね。黙ってろ、って命令も下しておくべきでした」
「ははは、まあそう怖いことを言わないでおくれ。あたしはあたしなりに、お嬢ちゃんが心配なんだよ」 

 ゆっくりと前を向いて歩き始めた占星について、早苗も歩き始めた。

「お嬢ちゃんわね、似てるんだよ。あたしの若い頃にね。あたしも自分の意見が、まるで仕組まれたかのように否定されるもんだからね。あたしの場合はもうグレてグレてねぇ。若い頃は色々やんちゃやってたけど、内心いつも怖かったんだよ。で、唯一安らげたのが、鏡の中の自分と向かい合ってる時だ。お嬢ちゃんと違って、30になるまであたしの理解者が誰も居なかったからね。誰も彼も、他人に理想を押し付ける。で、その理想と現実が少しでも違ったら、『裏切った』だの『騙した』だのと大騒ぎだ。ったく、手前で勝手に押し付けたんだろうに」

 『妄想の中で生きてりゃ良いんだ』という占星の言葉に、早苗は少しだけ笑いながら、

「理解者っていうのが妙に気になりますね。ずばり、男ですか?」
「……妙なところで鋭いねぇ、お嬢ちゃん。そうだよ。旦那だった男さ。あれも変な男だった」
「旦那さんの愛で占星さんの歪んだ心が治った……いやぁ、実に良い話ですねぇ。壮大なラブロマンスです」
「ああ、いやいや。アレはそんなんじゃなくて、どっちかっていうと反面教師というか、下には下が居るという良い見本というか……お嬢ちゃんの期待しているような展開はきっとこれっぽっちもないよ」
「えー、つまんないですねぇ……」
「アレを見てると安心できてねぇ。人間、誰しもどこかは歪なもんだってね。そこを突っつくのが居るけど、そんなんただの馬鹿か卑怯者だ。ほっとけば良い。五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑うって奴だね。気にしなくて良いんだよ。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんらしく、あるがままで良いのさ。根は真面目で優しい良い子なんだから。そういう子ほど歪みやすいけど」
「……まぁ、覚えておきますね」

 階段を上っている最中の『健康第一!』と書かれた張り紙に、『ここ上れるくらいなら健康そのものですよバーカ』と突っ込みを入れて、ふと、

「占星さん」
「ん?」
「私、捕まるんですか?」
「……さぁね」

 刹那的な沈黙の中に回答を見出した早苗は、いつもとなんら変わらぬ調子で、
 
「うえぇ~……なんか嫌だなぁ。未来を変える方法って無いんですか?」
「見ることは出来る。でも変えられないね。万が一の状況で、万が一の奇跡を起こすしかない。そのくらい難しいのさ。未来を変えるというのはね」

 『ほんのちょっと変えられるだけでも、もはや神の域だろうね』という言葉に対し、『はね付きさんすげぇ』と、レミリアのカリスマをストップ高にまで持っていく早苗であった。
 カリスマスロット、大当たり。ただ、そういう後は、得てして当たらぬものである。

「もう決まってるのなら仕方ありませんねぇ。特攻隊の精神で行きましょう。合言葉は、『肩をもいでも玉砕でhere we go』」

 気に入ったようである。

「……待て待て、昔見たことあるが、それそんなアニメじゃなかったろう」
「まあまあ良いじゃないですか。過去と細かいことは。問題はこれからですよ。本番が近いですからね」
「ああ、そうだそうだ。それに関して頼みがあるんだけど……あたしが人質になっている最中は、お嬢ちゃんの背中で寝てても良いかい? 最近休みがなくてねぇ……老体には辛いんだ」
「ご自由に。ちょっとうるさいと思うんで、耳栓があった方が良いと思いますよ。さっき通りかかった物置にあったから、取りに行きましょうか」
「おお、優しい犯罪者だねぇ、お嬢ちゃんは。その優しさに免じて一つアドバイスだ。もしもその可愛らしい服がお気に入りなら、それも着替えておいた方が良い」
「え~……嫌ですよ。今日の為の勝負服なのに……」
「そうかそうか。お嬢ちゃんがそう言うのなら仕方が無いね。好きにすれば良い」

 占星は、『ですよね』と威勢良く返した早苗に、届くか届かぬかと言った声で、小さく呟いた。

「……血に、塗れても良いならね」

 ☆

「あら、今回は遅刻しなかったのね」
「咲夜遅い~。というか、そう何度も待たせるばかりの私じゃありません。何か奢ってくださいよ」
「ちょっと待ってなさい……はい、良いウバの葉が手に入ったのよね」
「おお、咲夜の紅茶! うっわぁ~……すっごい久しぶりで感動……」
「驚くのは早いわね。なんとタルトもあるわ」
「なんとタルトもあるの!? ああ、咲夜最高っ! 大好き!!」
「ほら、早苗の後ろの。人質のあなたもどうぞ」
「ああ、駄目ですよ起こしちゃ。仕事で凄く疲れてるそうですから」
「へぇ、大変ねぇ。まだこんな小さいのに」
「……ったく、お嬢ちゃんも失礼だけど、お姉ちゃんも大概だね。あたしゃあんたらの三倍は生きてるんだよ。もっと敬え」

 突如聞えた背後の声に、悪戯が見つかった子供のように、体を飛び上がらせる早苗。

「び、びっくりした……占星さん起きてたんですか?」
「こんな上等な紅茶を前に、おちおち寝ていられるかい」
「あら、光栄ですわ。ところで、あなたは何の妖怪?」
「……なんであんたらは無闇やたらと人を妖怪扱いするんだい?」

 それだけ言うと、ふて腐れたのか、しっかりとタルトと紅茶を飲んでから、再び眠りにつく占星。
 会話だけを聞くと、どこぞの小洒落た喫茶店を思い浮かべるであろうが、なんのことはない。二人が居るのは、怒号と殺気が飛び交っているスタジオだった。
 今現在、咲夜と早苗は、局内で適当に見繕ったイスとテーブルを勝手に引っ張ってきて、血管が今にもプッツンしそうなスタッフを眺めつつ、紅茶とタルトのティータイムを優雅に嗜んでいる真っ最中だ。
 傍若無人、極まれり。
 奴隷制の縮図を見て取れる、社会学的な場面である。

「そういえば……まぁ今もですけど、私侵入者として扱われてた割には、物凄い勢いで色んな人にスルーされてたんですけど……そんなに存在感薄いですかね?」
「大丈夫よ、他人の股間を蹴ることに愉悦を見出すような子の存在感が薄い訳無いわ。ちょっと私が手を回しただけよ」

 さりげなく紅茶を冷ましながら、事も無げに一大組織への暗躍を暴露する咲夜。
 早苗は、目の前の少女に喧嘩を売った、かつての自分の蛮勇に今更ながら戦慄した。

「じゃ、私たちはもう正式なゲストって訳ですね。この素敵待遇っぷり」
「表面上はね。利害が一致したからこうしていられるけど、きっと内心では快く思ってないのも居るはずよ。今日のための準備を、全部私たちがぶち壊したようなもんなんだから」
「お、おぉ……それは怖い」
「だから、私たちも何か手伝えるのなら手伝った方が良いかも知れないわね」
「なるほど……でも私は手伝っても足を引っ張るだけになりそうだし……じゃあ、声援を送りましょう!」

 突如、イスから立ち上がって、『頑張れ頑張れスタッフ!』などと叫び始める早苗。
 殴られても文句は言えない早苗の前で、おそるおそる紅茶に口をつけ始めた咲夜が、それで、と言ってから続けた。

「どっちが先にいく?」
「へ?」
「あなたの人類滅亡五秒前演説か、私のドロワーズ撤廃演説か」
「……同じ秤に乗せて良いんですかね、それ」
「良いんじゃない? どっちにしたって下らないことなんだし。所詮お遊びじゃないの」
「それもそうですね。じゃ、ジャンケンで決めましょうか」
「……じゃんけん? 悪いけど、まだ文化面に関しては疎いのよ」
「ロック、ペーパー、シザース、ワンツースリー」
「ああ、ああ、なるほどね。掛け声は?」
「最初は、グーで、その後ジャンケンポン、で出します。これがグー。で、チョキ、パーです。で、ここからが重要なんですけど、グーで勝ったら一回殴れて、パーで勝ったら一回ビンタです」
「……チョキで勝ったら、相手の二枚舌を切り取っても良いのね?」
「はーい! さっいしょっはグー!」

 思春期真っ只中、花も恥らう美少女、東風谷早苗。
 得意技は、失言を勢いで流すことである。

「ジャンケン、ポン!」
「……これは私の勝ちで良いのよね?」
「いえ? どうやら咲夜の国とは決まりが違うようですね。チョキはグーに勝つんですよ。日本刀の技術を採用してますから、石程度ならスパスパ切れます」
「……時を止めたら二枚目の舌も見えるかしらね」
「オーケイ、ジェニファー。ははは、そのナイフを仕舞おうじゃないか」

 太股に足を伸ばしただけで、無条件降伏を敢行する早苗。
 もはやパブロフの犬だった。

「じゃぁ、そうね。私は後にするわ。トリを務めたいしね」
「世界滅ぼす仲間を募った後に、ドロワ撤廃って言うのは……メインディッシュの後にオードブルが出てくるくらいの暴挙ですよ」
「馬鹿ね、早苗。あなたはドロワ原理主義者の恐ろしさを解ってないわ。昔、野暮用でロスまで行った時に、退屈だったからドロワーズ撤廃論を声高らかに叫んでたら、危うく殺されかけたのよ?」
「……うそつけ」

 もはやカルトの域である。

「そういえば咲夜、時計持ってましたよね。今何時くらいですか?」
「六時五十三分ね。あら、あと七分で放送開始じゃない。そろそろ私たちも心の準備をしてないといけないわね」

 『ちょっと里美、今何時か解ってるの!? 次の種目、あんた出番じゃない!』とでも言われたかのように、実にあっけらかんと答える咲夜であった。

「……咲夜」
「どうしたのよ?」
「じ、じ時間が無いというか余りにも無さ過ぎるじゃないですかなんでもっと早く言ってくれなかったのよスタッフも全然知らせないでああ、もう、どうしよう」
「あ、ごめんなさい。放送直前ってうっとおしそうだから、本番五分前まで私たちに話しかけるな、って言っちゃってねぇ」
「どうしよう咲夜緊張がナイス重圧でまじ凄い。どうしよどうしよう」
「……聞こえてないわね。重症だわ」

 『私と戦った時には、まだ余裕を演じてたのにねぇ』と、ため息を吐く咲夜。
 
「さ、咲夜」
「何かしら」
「……時間止められません?」
「別に良いわよ」
「じゃ、じゃあ早く! 緊張でかこ、か、かこかこくうで死ぬ!」
「……ああ、過呼吸ね。何かと思ったら」
「早く早く!」
「じゃ、いくわよ? ……はい止めた。今確かに止めたわ」
「嘘吐きっ! 咲夜の嘘吐きっ!!」
「……悪かったから少し落ち着きなさいよ」

 どこの本で読んだのか、『どーどー』と早苗をあやす咲夜。
 少しずつ落ち着きを取り戻してきたが、『本番近いので準備してください』と、前世ははんにゃか何かであろう形相をしたスタッフが声を掛けたお陰で、またも取り乱し始める早苗。
 貼り付けにされるはんにゃ(三十六歳)。
 放送まで残り三分という時である。
 漸く深呼吸をできる程度に余裕が出てきた早苗に、咲夜が言った。

「どうする、早苗? 私が先にいっても良いけど」
「いえ。私いきます。一度決めたことです」
「……一度死に掛けたことだってあるんだから、これくらいなんとも無いでしょうに」
「あの時も緊張してましたよ。でも、今回は相手が多いし、下手したら大人数に命が狙われ」
「嘘吐きなさい」

 にべもなく切り捨てる咲夜。

「下手したら大人数に命を狙われる? ありえないわね。例え有るにしても、誰が実行するのかしらね。この放送を見る人間たちは精々、『どっかの馬鹿が目をあけたまま夢を見てる』程度にしか考えない物好きが大部分でしょう?」

 自分が脳の奥底にひっそりと仕舞っておいた考えを、あっさり見つけられ、無造作に引っ張り出された挙句、反論を作れず空気ばかりを食べる早苗。

「百歩譲ってそうね。あなたの演説に吐き気がするほどの憎悪を持った人間が居たとしましょう。でも、そんな人間にしたって『こんなに目立ったら、すぐに警察に捕まって御用になる』って考えを働かせて、ピザでも食べてニヤニヤしながら高みの見物を決め込むでしょうね。で、その更に極々一部に、あなたを殺そうと決めた人間が居たとしましょうか。ここで根本的な問題に行き着くわ。『どうやって殺すのか?』よ」
「それは……」
「前提として、これからすることを考えると、私たちは警察に取り囲まれるでしょうね。その隙を突いてあなたを殺すと言うのは、至難の業よ。万が一、あなたみたいに銃を持ってて、生放送中に私たちが立つ場所の後ろから……ビルかどっかに行って狙撃したとしても、ガラスに傷さえつけられずに終わるでしょうね。こんな厚いガラスを割れる銃なんて、それこそ特注のスナイパーライフルでもない限り無理よ。警察に捕まった後の、無防備なあなたを狙うっていう手段もあるかも知れないけど、地上には今でさえ人が沢山居るわ。その合間をぬってあなたを狙撃するなんてことは、日常的に銃で狙撃をしている人間じゃないと無理でしょうね。同じ理由で刃物も論外。あとは……時でも止める?」

 ぐぅの根も出ない。
 早苗が脳をひっくり返して言い訳を見つけようとするが、都合の良い時に都合の良いものは見つからないのが道理である。
 『これを全然考えなかったほど馬鹿じゃないでしょ?』という、フォローにも嫌味にも聞こえる一言が、早苗を多少苛立たせた。

「全く……どこに居ても東風谷早苗を演じようとするんだから……。そんなことだから緊張するのよ。この良い格好しい」
「なっ……!」

 完全に、トドメだった。
 誰にも晒したくないものを勝手に晒され、苛立ち始めて反撃の文句を考えたときに、封殺の『この良い格好しい』である。 

 ――なんなのか。
 そも、自分がこれほどまでに緊張を覚えたのは、咲夜の勝手な要望のせいではないか。自分の好きなようにスタッフに要求しておいて、その勝手な要求で自分が困惑すると、弁解も何もかも封じて、人格否定の『この良い格好しい』だ。まったくもって、なんなのか――

 早苗は、恥辱と咲夜への理不尽からなる怒りが、ふつふつと湧き上がってきた。
 
「本番、十秒前でーす!」

 もう緊張は無かった。
 あるのはただ、どうすれば先ほどの『良い格好しい』を取り消せる程のことができるか――という考えのみである。
 そして、その答えはすぐに出た。

 思いっきり、挑発してやれば良いのだ。全人類を。

 咲夜に、『本当に殺しに来る人間が居るのではないか』と錯覚させ得る程に。
 嘘から出た真――それを実行するだけで、先ほどの言葉は撤回され、怒りはすっと消えうせる。

「五秒前!」

 ――やってやろうじゃないですか。
 『東風谷早苗』から『自分』に対し、強気と愉悦を保ちながら呼びかける。
 カウントダウンは三、二、一と繰り下がりそして……。

「……世界中の、肩肘ついてお気楽に平和を享受していらっしゃる貴族の皆様、初めまして、東風谷早苗と愉快な仲間その一です」

 斜め後ろの咲夜に視線を送って、口の端で笑ってみせる。
 不満げな表情を見せた咲夜であったが、すぐに呆れたような表情で笑みを返してくる。
 右手で銃を作ってから、声を出さずに『バーン』と、心臓へ向けて撃ってくる咲夜を見て、早苗は更に笑みを深めて、世界に向けて宣戦した。

「世界、滅ぼしに来ました!」

 それこそ、世界中の人々を一撃で落とせるほどの、飛びっきりに素敵な笑顔で。
……ぐッ!? く、くそ! 俺としたことが『厨二病』をこじらせちまったッ!! 今から俺は『エイスグレイド』に選ばれし者として、『奴ら』との十年前の『あの戦い』の決着『ファイナル・ディサイシヴ・ウォー』に赴かなければならないッ!! 長くつらい戦いになるだろう! だが、俺はここで負ける訳にはいかないッ! この戦いが終わったら結婚を約束している大切な人が俺を待って……何ィ!? 『奴ら』の王こと『ゼロ』が攻め込んで来ただとぉッ!? クッ……お前は行け! 早く行け! 大丈夫、ここは俺が食い止める! ははっ心配するなって、お前、俺に勝ったことが一度だってあるか? ……無いだろう? だから心配すんな。魔王なんて俺が一撃で倒してやるよ! ……お前は俺たちの希望なんだ。こんなところで命を落とすな……。えっ? はは、いや、なんでもねーよ! 空耳だろ空耳。じゃあ俺は行くぜッ! ぜってぇ生きて帰ってくるから、その時は美味い飯(以下略)



え~、今書いたような話が大好きな厨二病患者の一人です。
星と非の発表前に出したかったので(咲夜さんと早苗さんの会話見ちゃったら書けなくなりそうだしね!)前後編に分けました。
大体最後まで(あやふやな)構想があるので、多分、長くて一ヶ月、間違っても一年掛かったりはしないと思います。
ですが、執筆速度が遅い上に、今年中はちょっとした野暮用があるので、カタツムリをずっと観察できるくらいに気が長い人はお待ちしてください。できれば、気の短い人もお待ち下さい。作者が喜びます。マジで。

締め切りというものを守れる確率が、恐らく一割を切っている僕ですが、ともかく後編で会いましょう。では。
イセンケユジ
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コメント



0.700簡易評価
3.40名前が無い程度の能力削除
嫌いじゃないんだが、ちょーっとうpのタイミングが悪かったかなあ。
あの世界観ガン無視の超大作(笑)のすぐ後とは……。

まあその、がんばれ。
5.無評価名前が無い程度の能力削除
オリジナル作品OKだったけ?ここ
9.100ねじ巻き式ウーパールーパー削除
酷く戸惑っているのです。この作品は一体何なのか。
何一つとしてマトモな物はないというのに、弾けているとか混沌とかそれだけの言葉で評論してしまうのもまた違うように思えて。
悪趣味ではあるとは思います。ひたすら渇いていて、それでいて生々しくて、斜に構えていて、ナンセンスの塊のような。
しかし、こんな雰囲気に触れたのは、生まれて初めての事だったのです。
余りに未知が過ぎて、劇薬でも目の前にしたようにただただ困惑するしかないのに、しかし面白いと思ってしまった。わくわくという感情の昂りすら覚えてしまった。
憚る事なく言えると思います。この作品の事、大好きです。
10.70名前が無い程度の能力削除
ひゃっはーイセンケユジさんの早苗だー!
僕は深い混沌世界に包まれた……。
ぶっ飛びすぎて一周してしまったので、この点数で。
後編にとても期待します。
13.10名前が無い程度の能力削除
初めてコメントさせていただきます。
最初に言っておきますが、私はあなたのある男子高校生の初恋や嫉狂いに心から感動して衝撃を受けた者です。だからこそはばからずに本音を言いたいと思います。

何ですか、この作品は。あなたらしくない。描写する箇所があまりにも滅裂で、ただの超展開になっている。
あなたはオリジナルが書きたかったんですか?それともライトノベルが書きたかったんですか?オリジナルが書きたかったというのなら、ここではないどこか他の場所でしてください。ライトノベルが書きたかったというのなら、ライトノベルを馬鹿にしすぎです。
ただ単に面白く無いだけなら特に何も言わなかったと思います。ですが、今回のあなたの作品からは不誠実さが透けて見えます。これはあくまで私の主観なので、本当に不誠実だったかは解りません。もしも誠実だったのなら、笑って受け流して頂いて結構です。どっちだったかは、あなた自身が一番解るでしょう。出来ることなら、私の思い違いであることを祈ります。

長文と乱文を申し訳ありません。もう一度言いますが、あなたの作品は大好きです。一時期は生活に響いたこともありました。ただの重荷にしかならないかもしれませんが、そのことを心に留めて頂けるとありがたいです。次の作品がこれの後編であっても、新作であっても期待しています。
16.60幻想と空想の混ぜ人削除
カオスが足りない。
17.90喚く狂人削除
こういう、なんというか、混沌とした作品は大好きです。
お疲れ様です。
23.100名前が無い程度の能力削除
なんだろう、うまく言えないけどすげぇ
25.無評価名前が無い程度の能力削除
これは後編を見るまで評価できないな。期待して待ってる。
27.40名前が無い程度の能力削除
カオスを狙っているのはよく分かったが、残念なことに悉く私のツボから外れていた。
東方でやらなくてもよいのでは?とかそういう問題以前につまらない。
28.100名前が無い程度の能力削除
これは面白いですね。
東方であえてこういう作風を持ってくるというのがまた新鮮で良かったです。
いまのところまだぼんやりとしか掴めていませんが咲夜さんと早苗のこの関係とやりとりが妙にツボに入りました。
後編、楽しみに待ってます。
30.50名前が無い程度の能力削除
東方キャラを借用した一次創作という感じが強いです。
ここに投稿すべき作品ではない気もしますが、後編に期待して、ひとまずこの点数で。
31.100ガンギマリ削除
イイヨイイヨー( ^ω^)b
こういうの好きなんで後編に期待しとります
32.70名前が無い程度の能力削除
早苗さんが幻想郷にくる前の話で咲夜さんが何らかの方法で恩を売るという名目で外に来ているという認識であってますか?
話としてはおもしろかったです。
39.80名前が無い程度の能力削除
なんといえばいいかわからない。
180点で一周して80点ということにします。

一言で言うと、いいぞもっとやれ。が一番感想に近いかなと思います。
40.無評価名前が無い程度の能力削除
評価も、東方でやる意味があるのかということも、全ては後編にて。

とりあえず今回はものすごく面白かったです。
41.100名前が無い程度の能力削除
色々謎が多すぎて?状態ですが面白かった。
咲夜と早苗のキャラクター像が合いました。
後編に凄く期待してます。待ってます。
42.無評価名前が無い程度の能力削除
一度コメントしてるんだけど、何気に続き、ずっと待ってます。待ってますよ...!
44.50名前が無い程度の能力削除
ここを四、五年読んでるがこれほど気になった作品はない。
カオスというか超展開というか、はちゃめちゃどちゃがちゃまとまってない。けど最後へ向けてまとまっているであろう予感をさせる。ただ、後半がないため百点あげたいけど五十で。後半で伏線が語られたら素晴らしい作品になるはず。
作者さんは他作品をみてもわかる通り文章力は素晴らしい方、なのでエンタメ一直線のこれには期待してます。東方である必要~なんてダメな考えだと思います。
そんな事言ったらほのぼのなんて全部そうです。ちゃめちゃさと咲夜、早苗のギャップ…これは東方だから気になるわけです。
続編待ってます!
45.無評価あぁ削除
つづき、こないかな・・・