――何でもいい…何か、何か冷たいものを!
蝉がけたたましく鳴く草道の中で、霖之助はリヤカーを引きながらそう思わずにはいられなかった。
いつものように起床し、夏の暑さにうな垂れながらいつものように無縁塚に向かった霖之助。
しかしこの日はいつも以上に気温が高く、道具鑑定も程々にしてすぐに帰路についた。
立っているだけで汗をかくほどの気温だ。炎天下の無映塚で仏の供養(霖之助談)なんかをしていれば汗だくである。
止まることなく流れ続ける汗を拭きながら、ようやく自分の城が見えた時には、まるで天国を見つけた様に緩んだ表情を浮かべていた。
そんな状態だったからだ。ドアに寄りかかって寝ていた少女に気づかずにドアを押してしまったのは。
ゴン!と威勢のいい音が店内に響いたと同じに、頭を抱える少女が一人。
「いた!もう、なにすんのよ!」
「…やぁ、店内に入ったということはいらっしゃいかな?」
「いつも誰も来なくて暇そうだから今日はあたいが遊びに来てやったわ!」
「大きなお世話だよ…」
青い髪に青い服、見たまま氷を表している少女はその通り氷精のチルノ。
冷気を操る程度の能力を有しており、彼女の周りはいつも寒いくらいだとか。
ここ香霖堂へは何度も来ており、商品を凍らせてはその都度店主に怒られている。
「しかし君は夏でも涼しそうでいいねぇ」
「あたいは最強だからね!この程度の暑さでへばるなんて霖之助はダメね」
「おそらくほとんどの人妖はこの暑さでへばっていると思うが…で?今日は他の子はどうしたんだい?」
腕を組み胸を張っていたチルノだったが、霖之助の問いかけに対して俯いた。
「大ちゃんは用事があるって、ミスティアもお店あるし、リグルは蛍の婚活がどうこうって、ルーミアは太陽を食べて来るって言ったきりまだ帰って来てない」
「なるほど、それで暇だから遊んでほしいと。だがあいにくと僕も忙しいんだ。いてもいいが商品を凍らせるのはやめてくれよ」
「違う!あたいが霖之助と遊んであげるの!」
反論するチルノに構わず、霖之助は先程無映塚から(ついでに)拾ってきた道具を中に運び始める。
対するチルノはと言うと、珍しく言われたとおり静かにその作業を見ていた。
が、ある物を見た瞬間口を開いた。
「ねえ、これ何?あたいと同じ色の羽根が付いてる」
チルノが指さす先には、風車がそのまま小さくなったような物体が3枚の青い羽根を有していた。
「ああ、これは扇風機。用途は…辺りに冷風を送る、と言ったところかな」
「ならあたいと同じ能力ってわけね!」
瞬間、店内の温度が下がっていく。チルノの能力だ。
「ふん!このせんぷーきって奴弱っちいわね!少しも冷気を感じられないわ」
「まだ動いてないからね」
霖之助がそれを持ち上げ、スイッチを入れると、3枚の羽がぐるぐると回りだした。
「おおー!」
「いつも見つける扇風機は尻尾が生えていてね。その尻尾に特別な魔力を注入しないと動かないらしいんだが、どうやらこの扇風機はあらかじめ魔力が蓄積されているようだね」
語る霖之助だが、動き出した扇風機を見つめるチルノを見て続きを止めた。
「その扇風機をもっとよく調べたいんだが」
「今あたいと勝負してるのよ!邪魔しないで!」
(気に入ったのか…)
扇風機の前を陣取って退かないチルノにため息をつく。
幻想郷の少女は我の強い者が多い。これと決めたら貫き通す子ばかりである。
妖精とはいえ相手はチルノ。力づくで追い返そうにも結果は明白だ。
ただでさえ暑い中、言っても無駄な事を言うほど無駄な事はない。そう諦めた。
と、そこで霖之助にある閃き。
風を送る機械、熱い店内、そして氷精。これらを見渡し、普段見せない笑顔をチルノに向けて己の企みを語りだした。
「なぁチルノ。ちょっといいかい?」
「ホントにここにいるだけでいいの?」
「ああ、君はそこに座っているだけでいいよ」
先程までの暑さが嘘のように店内は快適な温度を保っていた。
居住スペースと店内を結ぶ廊下に扇風機をセットし、その目の前にチルノを置く。
そしてあとはスイッチを入れれば、扇風機より風が出て、その風がチルノの冷気を店内まで運ぶ。それがこのからくりである。
あぁこれで汗もかかずに仕事が出来る。発明者霖之助は満足顔で勘定台の椅子に腰かけていた。
「ああそうそう。さすがにずっと回る羽を見ていては飽きるだろうからね。そこの本棚から何か読んでいてもいいよ」
「でもあたい字は」
「その点なら心配することはないよ。下の段に絵本が何冊が入ってるはずだからね。じゃあ僕は仕事があるからしばらく静かにしていてくれ」
いつもなら本など読まずにはしゃいでいるチルノだが、よっぽど扇風機が気に入ったのか動こうともしない。
早速絵本を読み始めたようだ。そして霖之助も中断していた道具鑑定を再開した。
それからしばらくは静かな時間が続いた。
快適な温度の中では当然作業もはかどり、奥からも特に物音がしなかったので霖之助は道具鑑定に没頭していた。
ふと顔を上げ、窓の外を見てみると、まっ黒な雲がゴロゴロと不機嫌な音をあげていた。夕立ちである。
だいぶ店内も涼しくなったし、雨が降る前に彼女を帰した方がいい。そう判断した霖之助は作業をやめて店の奥へと向かった。
そこで霖之助が見たものは、ガクガクと震えている少女の姿だった。
「チ、チルノ?大丈夫かい?」
「…」
返事がない。ただの氷精のようだ。
なぜ震えているのかを考え始め、辺りを見回して納得。
チルノのそばに落ちている絵本、その中の怪談話を本棚に戻してから再び話しかける。
「あー、雨が降ってきそうなんだが」
「…」
怪談話とはいえ子供用の絵本だから大丈夫だとは思っていたが、なるほど。
物語というのは対象年齢にあった者が読んで初めて効果が現れるものなのか。
そう霖之助は納得し、どうするか考えだしたときには、もう雨雲は大量の水を降らしていた。
震える少女とまだまだ降りやみそうにない雨。
この2つを考慮し、面倒なことになったと肩をすかめる霖之助。
「チルノ」
ピクン、と少女の小さな両肩がはねた。
「外は大雨だし、今日は泊っていくかい?」
青い髪、青い服、そして青白い顔をした少女は静かにうなづいた。
それ後霖之助は風呂を入れ、夕飯を作り、世話をした。
その甲斐あってチルノはだいぶ本調子に戻ったようである。
時折小声で「モケーレムベンベ…」と呟いていたが、それでもいつもの元気な少女に戻っていった。
食事を終えてしばらくすると、日はすでに落ちていて辺りは真っ暗になった。
「さて、そろそろ寝るか」
「えー!もっと遊びたいよ!」
「我儘言わない。君の布団はこの部屋に敷いておいたから、それじゃあおやすみ」
チルノを部屋に残し寝室へと向かう霖之助。
今日は無映塚に行ったこともあり、彼の睡眠欲はピークに達していた。
「部屋は涼しいし、今日はぐっすりと眠れそうだ」
「あたいのおかげね!」
返ってくるはずのない返答。霖之助が後ろを振り向くと、トコトコとチルノがついてきていた。
「君の寝室は向こうのはずだが?」
「霖之助が寂しそうだから今日は一緒に寝てあげるわ!」
「…君、やっぱりまだ怖がってるんじゃ」
「ち、違う!幽霊がやってきてもあたいが凍らしてやるんだから!あたいがいなきゃ霖之助は幽霊にやられちゃうわ!」
威勢のいい声とは裏腹に、その腕はしっかりと霖之助の袖を掴んで離さない。
その姿に、いつも親しくしているかつての師の娘の幼少期を被らせてしまった霖之助は、もう断ることはできなかった。
「…しょうがないな。それじゃあお願いしようか」
「いい?あたいが寝るまで寝ちゃだめよ?」
「はいはいわかったよ。ほら、布団入って」
眼鏡をはずし、寝る準備をする霖之助。
その隣にいるのは、疑問の顔を浮かべる少女。
「どうしたんだいチルノ?」
「あんた…誰?」
なるほど。稗田阿求にチルノの頭量についての項を書き変えてもらわなければならないな。ついでに僕の項も。
そう考えても仕方のないことだった。まさか2秒ほどで誰呼ばわりされるとは流石の霖之助も想像つかなかっただろう。
しかたない、といった感じのいかにも面倒そうな口調で返した。
「えー、初めまして。森近霖之助と申します。香霖堂の店主です。以後お見知り置きを」
「嘘よ!たしかに声は一緒だけど、霖之助はメガネしてるのよ!」
思いがけない返答に言葉を詰まらせた霖之助。まさかここまでとは。
「そうだな…たしかに眼鏡は外したが、僕は霖之助だよ」
そう言って、チルノのリボンを外す。
「君だってリボンを外してもチルノだろう?」
疑問の表情の次は、驚愕の表情。
「あんた…あたいの次に天才ね」
「それはどうも。さぁ、おやすみ」
「うん、おやすみ。あ!」
「今度は何――」
霖之助が問いかけるより先に震えるチルノが腕にくっついていた。
「ゆ、幽霊が来た時遠くにいたら守れないから、ち、近くにいるのよ!!」
その姿が、なんだか微笑ましくて、
「ああ、頼んだよ」
霖之助はもう片方の手を少女の頭に置いた。
虫と扇風機以外の一切の音が鳴り止んだ真夜中。チルノは目が覚めた。
(んー?ここどこぉ?)
状況をいまいち理解していなかったが、それでも目の前の男の事はわかった。
(あ、霖之助。寝てる)
そして自身が「何故か」霖之助に抱きついた形で、相手の手が頭を撫でた形になっている事に気づいたが、
(あったかいや)
不思議と悪い気はせず、そのまま再び深い眠りに就いた。
「おはようございまーす!毎度おなじみ、文々。新聞でございまーす!」
翌朝。いつものように朝刊を届けにやってきた射命丸文を迎えたのは、青い顔をした霖之助だった。
「やあ、おはよう。毎日御苦労様」
「あやや、どうしましたか店主さん。顔色悪いですよ?」
「いや、実はだね。昨晩はチルノと一緒に寝ていたんだが、どうやら長く抱きすぎたみたいで体調を悪くしたようなんだ」
「ああなるほどチルノさんと…ええ!?」
「どうした?っう!!」
ぐきゅるる、いやな音が腹から鳴り響いた。
「ああすまない…新聞はそこに置いといてくれ。じゃあ!」
腹を押さえた店主は再び奥へと戻ってしまった。
「あやややや、これは真相を確かめないといけませんね!」
配達員から記者の顔へとチェンジした文は香霖堂で朝食中のチルノに早速取材を始めた。
「えーチルノさん?昨日は何をしましたか?」
「べーみもうまうんえ」
「飲み込んでからで結構ですよ」
「もぐもぐ…ごくん。昨日はねぇ、霖之助と一緒に寝てあげたわ」
「や、やっぱり!そ、それでどうだったんですか!?」
ペンを走らせながら鬼気迫る勢いで聴く天狗。驚く氷精。
「えと、うんと、あったたかった」
「なるほど。どうもありがとうございました!」
ネタを見つけた新聞記者は目をキラキラさせながら外へと飛んで行った。
ぽつんとひとり残されたチルノの元へようやく店主が戻ってきた。
「ふぅ、あれ?文は?」
「もう飛んでったわ!」
「そうか、忙しい子だ。っう!また!!」
結局、その日霖之助は厠から離れる事はできなかった。
その日の夕方、幻想郷中に文々。新聞・号外が配られた。その一面には、
「夏の暑さも裸足で逃げ出す!香霖堂店主と氷精の絶対零度も溶かす暑い夜!!」
結果として、霖之助は希望通り冷えた腹と冷めた目線を手に入れることができたのだった。
「まぁまぁ、人の噂も49日と言いますから」
「…それは随分と肝の冷える日数だね」
あとムベンべはワロタww食べちゃうぞ~ですね、わかりますww
チルノらしいというか子供らしい間違いがいい感じ。
〆がキレイにオチてて良かったです
むしろ生きててすごいw
さなくていいや
こーりん、ごしゅーしょーwww
やはりチルノは最強なのだなと