地霊殿最深部、決して余人の入ることのないその場所に佇むは、私古明地さとり。
もうもうと湯気の立つ脱衣所、そこに敷かれたバスマットの上でそっと熱い息を吐くと、短い髪から滴り落ちるシャワーの名残が数滴、私の体に筋を描いた。
描き出された軌跡は、滑らかに私の体のラインをなぞってはマットへと滑り降りてゆく。
その筋が私の視線の先―――あらゆる女性が持つ、己の尊厳と見栄の詰まったふくらみに到達し、そしてそれを避けて内側の谷間へと流れた時。
私は言い表しようもない恍惚を覚えた。
半年前の私の視界に映っていたものは、いささかの角度も速度も変えることなく、私のふくらみを―――いや、私の胸板の上をスルリと流れてゆく水滴だった。
三ヶ月前の私が見たものは、途中でゆっくりと速度を落とすものの、最終的には意気揚々と自身を乗り越え、踏み躙ってゆく水滴を呪い殺さんとするふくらみだった。
だが今。私の両の瞳がありありと映し出したその光景は、少しずつ成長した私のふくらみがとうとう流れる水滴に自身の登頂を諦めさせた、そんな雄大な姿。
いや、ふくらみなどと卑屈に言う必要はもはや無い。そう。これはおっぱいだ。自信と自尊を持って言おう。おっぱいであると!
洗面台に置かれたバスタオルをそっと見やる。
その傍らには、夏を迎えて短くなった猫の毛が数本。お燐が用意してくれたであろうそれを手に取ると、私は未だ湯気の登り立つ頭にそっと被せた。
顔に浮かんだ玉の汗を荒々しく拭く。長い入浴の時間でふやけた肌に、ゴワゴワとしたタオルの感触が気持ちいい。
両耳の中の水滴までしっかりと拭き取ると、続いてタオルで優しく挟むようにして髪から水を抜いていく。
髪を拭きながら、私は鏡に映った自分の両胸をじっと見つめていた。
この半年で私は色々なことに手を出してきた。適度な運動を心がけたり、寝る子は育つとひたすら寝たり、ラーメンを食べまくったり。
だがその半年間、本来なら毎日してもおかしくないはずなのに、今までほとんどしてこなかったことがある。それはバストサイズの計測。
もし大きくなっているつもりなだけだったら。まったく成長していなかったら。または大きくなったのではなく太っただけだったとしたら。これは以前にも経験があるので要注意なのだ。
そういった恐怖が、私を洗面所のメジャーから押し留めていた。
しかし今。私の両目が映すそれは明らかに以前とは異なる姿をしたおっぱい。計ろう。今しかない。
洗面所の一角、歯ブラシなどの日用品が置かれた棚の反対側、かつてこいしと身長を競っていくつも傷を刻んだ柱。その下には体重計や握力計などがまとめて籠に入れられている。
年に一度、体力測定などで使われるそれらアイテムの中からメジャーを探り当てる。あった。
時間が経てばこの決意も恐怖に負けて消えてしまうかもしれない。両腕を広げ巻尺を素早く引き伸ばす。
背中へとメジャーを回し、ピッタリと貼り付ける。熱く火照った体の中で冷えたメジャーの感覚だけがリアルに伝わってくる。
以前はバストは大きくなったものの、同時にウエストも太ってしまっており、完全にぬか喜びだった。今回はウエストからにしよう。
静かに目を瞑り、メジャーの位置を合わせる。大丈夫。体重はほとんど変わっていない。ウエストは変わっていないはずだ。
大きな深呼吸を一つ入れ、目を見開く。鏡に映った自分の顔は、これから訪れる結果を恐れることはない、決意に満ちた表情。
視線をそのままメジャーへ。目盛りの位置は……よし!半年前と変わってない!
となれば後はバストサイズだけだ。これでバストだけ大きくなっていればいい。
背中に巻いたメジャーを上へとずらし、手元も胸元へ。見開いた目が見たその数値は……
「……え?」
つい呟いてしまった私は両目を擦り上げ、再度目盛りを注視する。
目盛りが指し示すのは、今までの私では到底到達しえなかった、はるかかなたに存在する数字。
間違いない。そう。これは、これは―――スイカップだ。
「お燐んんんんんんんんんんんんんん!!!!!」
その結果を受けて私は廊下へ躍り出て力の限り叫ぶ。
「はーいさとりさ……ってなんて格好してるんですか、風邪引きますよ」
「そんなに落ち着いている場合ではありませんよ、これを見なさい」
「……!?さとり様、そのおっぱいはまさか!?」
お燐にもわかったようだ、この私のおっぱりを通して出る力が。
「メジャーを……拝見させていただいても?」
もちろんだ。むしろそのために呼んだのだから。
私が確認したあの数字が、本当の物なのか。それが第三者にも確認できるようなら……
「さ、さとり様すごい!!スイカップです!!」
感無量、とはこのことを言うのだろう。
私は到達したのだ。この地霊殿におけるヒエラルキーの頂点、スイカップに。
「……さとり様、実はあたいから伝えなければならないことがあります」
お燐は神妙な顔をして、その体を覆う布地を一枚一枚脱ぎ落としていく。
最後に残った、きつく締められたサラシが剥ぎ取られた時。そこに残ったのは、それは見事なスイカップ、だった。
「あたいはさとり様に嘘をついていました。こいし様に無意識を操ってもらって、普段さとり様の前では胸を意識しないようにしていたんです」
「お燐、あなた……あなたは、本当に馬鹿ね」
そう言ってお燐の胸に触れる。汗ばんだ胸が掌に張り付く。柔らかい。
「自分のペットの胸が大きくなったからと言って怒るとでも?私をそんな狭量だと思っていたのですか?」
「ち、違います!あたいはただ……」
「ふふ、わかっていますよお燐。あなたは優しい娘だから、私にほんの少しでも不快な思いをして欲しくなかったんでしょう」
実際、もし私がスイカップになる前だったらおそらく嫉妬していた。いや、おそらくなどではない。間違いなくだ。
だが今ではそんな気持ちは微塵もない。ただあるのは、互いの成長を祝う気持ちだけだ。
「お燐、地上へ行きましょう」
「え?地上ですか?」
「私達のスイカップぶりを思い知らせてあげようじゃありませんか!」
さとり様、と呟いたお燐の瞳から幾滴かの涙がこぼれ落ちる。
私は力強くお燐の肩を抱き寄せた。
「さぁ行きましょう!はるかなる地上へ!」
「……私達を置いて行こうっていうの?そういうわけにはいかないわよ」
途端、背後から聞こえる声。この声はまさか!?
「あ、あなた達はーーーッ!?」
ドーーーン、と漫画だったら見開きでページを使っているだろうそんな光景。
目の前に並ぶのは、ヤマメ、パルスィ、お空、そしてこいし。
「……!もしやあなた達も!?」
「そういうことだよお姉ちゃん」
こいしが服をめくりあげる。出てきたのは見事なスイカップ。
「キスメは置いてきた、ハッキリ言ってこのカップにはついてこれそうもない」
ヤマメが自分の胸を露わにする。現れたのは立派なスイカップ。
「ここにいるみんながみんなスイカップよ。だから嫉妬することもない。ただ……」
服を脱ぎ捨て、スイカップを披露したパルスィが穏やかな声で言う。
「ただ、勇儀は……」
悲しそうなパルスィの顔。
勇儀は仕方ない、あれはスイカップなどという言葉で足りるレベルではないのだ。
「さとり様、お燐、みんな、輪になろう!」
お空が裸になって手を差し出す。
私はこんなにも素晴らしい仲間達に囲まれていたんだ。
そう思うと、自然に涙が浮かび上がってくる。
「スイカップばんざーーい!」
「「「「「ばんざーーい!」」」」」
どこか悲しげに踊り狂う六対の乳。
剥き出しにされた胸のどれかに誰かの手が触れた。ツルッ、ペタン、という小さな音は誰の耳にも届かない。
涙目の六人が、現実から遠いどこかを目指して飛び立った。
さあて、地霊殿に行くか。勇儀さえ回避できればこちらのものよ。
行こうではないか。地の底へ。
行くぞ、俺たち!理想郷はすぐそこにある!