昼下がりの日曜日。私はチルノちゃんと一緒に橙ちゃんの元へと向かっています。
街から山へと続くこの道沿いを大勢の人達が私達と同じ方向へ歩いています。
天気もいいし、ちょうど慧音さんの寺子屋が夏休みに入った最初の週だということもあって、たくさんの親子連れがハイキングを楽しんでいるみたいです。
外の世界では夏といえば海だそうですが、海のない幻想郷では山や川といった場所が大人気なのです。
けれども、私達の今日の目的はそういったレジャーの類ではありません。
今日は、橙ちゃんがついにレベルアップする日なのです。
聞いたところでは、生まれながらの妖怪ではない橙ちゃんのような後天性妖怪にのみ存在するシステムだそうです。
かつて猫だった橙ちゃん。動物から妖怪へランクアップした時の続きが妖怪になってもあるみたいです。
妖怪としての経験値が一定まで貯まると次のステージへ上がれるそうなのですが、どうやらただ喜んでいられるわけではないみたいです。
体つきはもちろん、精神的な部分も大きく変わってしまうことがあるそうで、もしかしたら今までの橙ちゃんではいられないかもって。
だから橙ちゃんのご主人様達は無理にレベルアップすることはない、と言っていたそうで、橙ちゃんも不安がっていました。
しかしそんな橙ちゃんに、今は隣で暢気そうに歩いているチルノちゃんは言ったのでした。
「あたい達が一緒にいてあげるから大丈夫だって!」
それはいつも通りの何の根拠もないチルノちゃんの発言でした。
けれど、彼女の一言にはなんだかそれを信じてみたくなるような、そんなある種の説得力があるんです。
橙ちゃんは、チルノちゃんと私が見に来るなら、という形でレベルアップすることを決めました。
そして今日。私達は橙ちゃんの成長を見届けに彼女の家へと向かっています。
今日は橙ちゃんのご主人様のご主人様、紫さんが結界に異変があったとかで来られないそうですが、橙ちゃんのご主人様、藍さんが来られるそうです。
藍さんには以前あのふかふかのしっぽを触らせてもらったことがありますが、それはもう夢心地でした。暑いのが苦手なチルノちゃんも飛びついていったほどです。
そんな藍さんの九本の尻尾。橙ちゃんがそれを目指してずっと頑張って修行をしていたことを私もチルノちゃんも知っています。
尻尾の本数は成長の証。今は二本しかないけれど、いつか藍様のようになってみせるんだ、と少し恥ずかしそうにしながら目標を語ってくれたあの顔、忘れません。
今日はその夢への第一歩。もしかしたら三本目の尻尾が生えてくるかもしれないんです。だから絶対にいい日になるはずです。
橙ちゃんの笑顔を思い浮かべながら額に浮かんだ汗を拭き取って、私達は歩き続けました。
みんな歩いてるし、あたい達も歩こう。そう主張したチルノちゃんが暑さに負けて飛びたつまで三十分ほど、そしてそれから十分ほどして私達は橙ちゃんの家へと到着しました。
汗だくの私達を出迎えてくれたのは藍さんでした。
「よく来てくれたね、さぁさ冷たい麦茶だよ」
氷でキンキンに冷えた麦茶を出してもらうと、私もチルノちゃんも一息に飲み干してしまいました。ちょっと恥ずかしいですが、暑さには変えられません。
藍さんはそんな私達を見て苦笑しながら、ちゃぶ台の反対側に静かに座りました。
ハラリ、とほどけるように九本の尻尾が扇形に畳の上へ広がります。本当に何をしても絵になるような、綺麗な人です。橙ちゃんが目標にするのもよくわかります。
「ねーねー、橙はどこ?」
机にヒジをついて尋ねるチルノちゃんの姿。あまり行儀がいいとも言えませんが、他ならぬ藍さんが以前に普段通りの自分でいてくれればいい、と言っていたことなので私もスルーします。
それよりも、本来の目的である橙ちゃんのことを藍さんに見とれていて失念してしまっていました。
「橙ならもう準備に入っているよ。精神的な集中が必要だからね」
「あの、橙ちゃんも藍さんみたいに尻尾が……ってチルノちゃん」
キラキラと金色に輝く尻尾の一本を見ながら聞こうとすると、チルノちゃんは既に自分から一番近いそれを抱っこして遊んでいました。いいなぁ。
その視線にいつの間に気付かれていたのか、藍さんの尻尾が一本、畳を走り私の膝の上へと納まりました。
「あ……その、触ってもいいですか?」
「ん? あぁ構わないよ。いや私の尻尾は中々我侭でね。たまには私以外の奴に触ってもらいたいと勝手に動き出すのさ」
それはもちろん嘘だと私にもわかっています。けれども、私は藍さんのその優しい嘘に甘えることにしました。
ギュッと抱き寄せると中心のふにふにとした芯の形がはっきりとわかります。外側の毛のおかげで大きく見える尻尾も、実際にはこんなに細いものだと触ってみて初めてわかりました。
外側の毛はすごくなめらかで、毛並みにそって手で撫でると滑るように手が進んでいきます。
逆に毛並みに逆らうように下から撫でると、すべすべだった毛は今度はビクともしません。まるで鎧みたいにがっちりと尻尾本体を守っています。
わたしはしばらくこの藍さんの尻尾を楽しんだあと、名残惜しみながらに手放しました。
「もうよかったかい?」
「あ、はい。ありがとうございました」
「それで、橙の尻尾の話だったかな?」
そうです。橙ちゃんの尻尾は彼女が望むように増えるのかどうか、そしてそれはこのレベルアップで果たされるのかどうか、私は聞きました。
「ふむ。それが中々難しいところでね」
「どういうことですか?」
「私や橙は動物から妖怪になったわけだ」
それは知っています。藍さんは3000年ほど前に、橙ちゃんは200年ほど前にそれぞれ化け狐、化け猫という妖怪として今の姿になったんだと、以前お聞きしました。
「もちろんそれまでは動物の姿をしていたわけで、私達のこの姿は妖怪になった時に変化したんだ」
「へー!ちょっと見たかったよね、狐の時の格好」
チルノちゃんが同意を求めてきますが、私もまったく同意見でした。
狐とはいえ、藍さんのことだからさぞや端整な顔立ちをしていたに違いありません。
「ははは、また今度機会があればいいな。まぁそれで妖怪としてこの姿になったわけだが、私は水面に映った自分を見てとても驚いた。何故だかわかるかい?」
「美人だったから!」
チルノちゃんが何も考えずに即答しましたが、案外正解かもしれません。
こういう時のチルノちゃんの勘は馬鹿にならないのです。
「おぉ、凄いな。ほとんど正解だ」
「あたいったら天才!」
「チルノちゃんすごい!」
やっぱり正解だったみたいです。
「美人だったからびっくりした、ということは自分がそんな風になるとは思っていなかったんですか?」
「いや、その逆さ」
「んじゃ自分が思ってた通りになったから?」
「そういうことだね。私がこんな風になりたい、と思っていた通りの、想像したそのものになっていたんだよ」
イメージの通りに。ということは、橙ちゃんも九尾を強くイメージできれば藍さんみたいになれるんでしょうか。
「いや、そういうわけにもいかない。今は尻尾が二本の猫又だから、次は三つだな。それも尻尾とは限らず、自分のイメージした三つのものを持つ姿になる」
「三つの何かを持った、自分の中の強いイメージ……」
「橙は尻尾増やしたいって言ってたし、三本になるだけじゃないかな?」
「尻尾が増えるのは妖怪にとってのわかりやすい成長のイメージだし、橙がそういったイメージを強く持っていればそうなるだろうね」
もしそうなれば、尻尾三本の猫又橙ちゃんの誕生です。
だんだんと目標の藍さんに近づいていける、成長してゆけるというのは、基本的に姿かたちが一生変わらない私達妖精にとっては少しだけうらやましいです。
けれどもだからといって嫉妬なんてもちろんしません。お友達の成長を心から祝ってあげたいです。
「さて、それじゃまぁそろそろだね。橙!準備はいいかい?」
「……はっ、ハイ!藍様!」
少しばかり慌てたような橙ちゃんの声が隣の部屋から聞こえてきました。
それと同時に急いで何かを片付けるような音。
「橙、ちゃんと集中しておきなさいと言ったろう。漫画なんて読んでないだろうね?」
「だ、大丈夫です! 集中できました!」
「ならいい。さぁこっちに来なさい」
ふすまを開けて出てきたいつもの服装の橙ちゃんは、藍さんの前にちょこんと正座しました。
「チルノちゃん、大妖精ちゃん、しっかり見ててね。私が成長するところ」
「しっかり見てるよ!」
「私もじっと見てますから」
私とチルノちゃんがそう返すと、橙ちゃんは嬉しそうに笑って藍さんに向き直りました。
「それじゃあ式を一旦剥がすぞ。そうしたら式の拘束力を失って、橙の姿は変化する。いいな?」
「はい、よろしくお願いします!」
藍さんが用意したのは水の入ったバケツでした。水を被ると式が剥がれてしまう、とそういえば橙ちゃんに聞いたことがあります。
二人はそのまま縁側へ向かい、橙ちゃんは庭の土の上に座りなおしました。
「それじゃあ行くぞ!」
「はい!」
「いい返事だ!それっ!」
掛け声とともに藍さんはバケツをひっくり返しました。ザバァ、という音と同時に橙ちゃんは大量の水を浴び、そしてバケツの中の水が無くなった時。橙ちゃんは立ち上がりました。
立ち上がった橙ちゃんのその姿は威風堂々、いかにも強そうなオーラを放っています。
いえ、橙ちゃんなどと呼ぶのはおこがましいかもしれません。だって橙ちゃんはレベルアップしたんですから。
そう、橙ちゃんから―――天さんへと。
「鶴仙流の真髄を見せてやろう……!」
橙ちゃん、どうしてまたそんなかませ犬に片足突っ込んだようなキャラを……
どうせなら三つ目が通るにしましょうよ、そっちなら主人公ですしワトさんも着いてきますし。
私の思いも知らずして、チルノちゃんが縁側へと駆け寄ります。
「橙カッコイイ! ハゲ! 三つ目!」
「そう褒めるなよ餃子」
「チャオズ!? なんだかわからないけどあたいにはピッタリな名前ね!」
二人が会話するそのかたわらで藍さんは完全に固まってしまっています。
私は縁側へ向けた首を先ほど橙ちゃんが出てきた隣の部屋へと向けました。
乱雑に棚にしまわれた漫画、なんとかボールが数冊ずり落ちていきました。
「レベルアップもしたことだし、少しばかり遊ぶとするか」
「今日もビーチバレーね! 橙そっちね!」
チルノちゃんは呆然と立ち尽くす藍さんをすり抜けて庭へと駆け出していきました。
庭で膝をつく藍さんに私はゆっくりと近づきます。
「……橙が……あの可愛い橙が……ハゲの三つ目の宇宙人に……」
「藍さん。早急にもう一つレベルアップさせましょう」
「……!? そうだな。その手があったか。流石冷静だな」
水を浴びたら猫やらパンダになるどころか、水を浴びたらハゲになるだなんて橙ちゃんも我に返ったらきっと泣いてしまいます。
そんな私達を放って二人はバレーのラリーに励んでいます。
「排球拳いくわよー!」
「そーれ! アイシクルフォール!」
「バレーじゃなかったのか!? ならば食らえ気功砲!ハッ!」
「とうっ!パーフェクトフリーズ!」
「もう一つ! 真・気功砲!ハァッ!」
とにかく橙ちゃんのレベルをすぐにでも上げてしまうことです。
今はきっと三という数字に関わるあの姿がたまたまイメージされてしまっただけ。
四ならきっと大丈夫、橙ちゃんの理想だった九尾にも近づいているし、きっと尻尾が増えるに違いありません。
「レベルアップにはどうしたらいいんですか?」
「そうだね。ある程度の経験値はもちろんだけど、一番必要なのは強くなりたい、と本人が思うこと。負けて悔しい、という気持ちをバネにして一段階上を目指そうとすることだね」
「とすれば藍さんが倒してしまえば……」
「いや、それはダメなのさ。実力が違いすぎると、悔しくもないだろう?あんな強い人にやられるなんて運が悪かったなぁ、と思うだけだ」
「それじゃあ」
「あぁ。チルノか大妖精。二人にやってもらうしかないね」
私は庭の上空で戦う二人を見上げました。流石にレベルアップした相手には勝てなかったのか、チルノちゃんが堕ちてきました。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
「流石は最強のあたい、完全に勝ち!」
「クッ、気功砲を撃ちすぎたか……」
落ちてきたのは天さんでした。弱っ!天さん弱っ!!
「いや、しかしこれは理想的な展開じゃないか?」
「藍さん」
「割と成長の早い姿のようだから、どうやらもうレベルアップするみたいだね」
強さのインフレに乗ったということですね。戦闘力が数倍に跳ね上がったりするんでしょうか。
まぁとにかくそれもここで終了です。次の姿で元の愛らしい橙ちゃんの姿に戻るに違いありません。
庭の端でうずくまる天さん。しかし一分ほど待ってもその姿が変わることはありませんでした。
空中から降りてきたチルノちゃんが不思議そうに覗き込んでいます。
「藍さん、まさかとは思うんですけれど」
「あぁ、私も思っているよ。これは、失敗だ……」
その刹那、突如立ち上がった天さん。
私達に向けたその背中の筋肉が隆起します。あぁ、やっぱり。
その姿で四にまつわる物といえば。
「これが四妖拳だ……!」
背中から生えてきた二本の腕。合わせて四本の腕が虚空を舞います。
どれだけ天さんが好きなの、橙ちゃん……
「レベルダウンさせりゃよかった」
「まったくですね」
結局紫さんがくねくねハニーを呼んでレベルを吸いました。
橙ちゃんが何も覚えていなかったのが、少しだけ救いだと思いました。
とりあえず面白かったです。
なんだこの展開はw
でも脳がトコロテン化する展開じゃなくて良かったね、チルノ!
いるんか。そして呼べるんか紫様。
五稜郭www
(参考 はこだてCM放送局~HakoTube~)
しかも天津飯が最も輝いていた天下一武道会のころのやつをwww
そして六はクリリンだな(頭のお灸の痕的な意味で)
・・・ヘヴィだぜ
てか、無生物にまで進化できるなんともめちゃくちゃなシステム
五稜郭がすべての笑いを持っていったなぁ
それはともかく、相変らずパロディネタの使い方がお見事です。あぁ面白かった。