※この作品は、作品集79・80「時と境界の交わる時」の続きです。まずはそちらを見てからにしてくだ
さい。
※オリキャラ・オリ設定あり。
これは、幻想か、現実か。
いや、どちらでもあるのが幻想郷ではないのか。
* * *
正直、不安は、ある。
だからって、行動に出ないでどうする?私のミスは、私が帳消しにする、ただそれだけだ。
彼女を未来に飛ばしたのは私だと言われ続けた。神隠しのとき、ついでに時の境界でも弄ったんだろと言われた事もあった。だが、私であっても時の境界を越すなんて事は不可能だ。私のスキマは、空間(別次元、という話ではない事を断っておく)は越えられるが、時間は無理だ。
だから、全く以って不可解である。何故100年前のあの時だけ、タイムスリップが同時に起こったのか。その答えが、彼女にあることを期待しているのだが、どうにも、今目の前にしている『彼女』にはそれが全く感じ取れない。むしろ、自覚していないのか。多分自覚していないんだろうという事でまとめておいたが、果たしてそれで良いのだろうかというのは分からない。
ただ、少なくとも、目の前に居る彼女――宇佐見蓮子を元の時代に戻さなければならない。
だが。こんな声もある。
『宇佐見蓮子……と言ったか。彼女にとって『元の時代』とは何なのだろうか?過去?現在?いや、未来?過去に戻すのはお前の勝手だが、別の可能性があるって事を忘れるな』
これはあの八意永夜の言葉だ。
要は、蓮子が過去の人間であることが疑わしいと言うのだ。
流石にそれには反論したかった。だが、出来なかった。なぜなら、別の、こんな言葉が私の頭の中で反響していたからだ。
『宇佐見蓮子の事については、あまりかかわらない方が良いでしょう』
幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥがそう言ったのである。
つまり、私は今、非常に厄介な立場に立たされているのだ。うかつに行動できない、とでも言っておこうか。
そんな中、彼女をこちら側に連れて来たのである。
さて、ここからどう行動していくか……
* * *
少し前。私はスキマを使って外の世界を覗き見していた。
「覗き見なんて趣味が悪いな。もうちょっとマシな事はできないのか?」
このとき私はかなり真剣だった。一瞬として眼を離してはいけなかった。今日、あと少しで私が見ていた所に蓮子が現れる筈である。だが、誰かが一緒に居た時のことも考慮しなければならない。今回は、予め小さなスキマを用意しておいて、蓮子がその上を通ろうとした瞬間にスキマを開き、中に落とすというものだ。
だが、それはこういう事を意味する。
『誰かを巻き添えにしてしまう可能性がある』
それだけは絶対に回避したい。しかし、それが困難なのだ。最近の私は少し変だ。以前より力が落ちているのだろうか、複数のスキマを出しづらくなっている。それが非常に厄介なのだ。
「それよりさ、あんまり早とちりするなよ?」
「何でよ」
「あいつがあんたを警戒して、いよいよこっから出て来なくなったらどうする。私が面倒見れって言ったって見切れないからな」
「いいじゃない。それは私の自由よ。それに、行きたがらなかったら無理矢理でも……!」
「スキマにぶち込んだりするなよ?」
「するものか!」
霊奈は、この後の計画について話している。
計画、とは言いづらいが、要は、『蓮子を連れ出す』ことである。彼女を元の時代に戻すのに、彼女がここ、博麗神社にいるのは不都合だからだ。
「ただね、ちょっと気になることがあってね、蓮子と一緒にいる人と離れ離れになっちゃうでしょ」
「紫、『例え何があろうと、決して計画を中断してはならない』閻魔の言葉だ。それを分かっていていうのか」
「分かっているからあえて言ってみたのよ。気にしないで」
そう言って、私はスキマの中の光景に集中した。さっきも言った通り、遠くにスキマを発生させることが出来なくなっているが、外の博麗神社までなら問題ない。あらかじめ小さなスキマを作っておくのは、いわば場所決めだ。何しろ、全然違うところにスキマが出かねないから。
蓮子が外に神社に来てから半刻が経ったときに、蓮子がスキマがある所に近寄った。
「今……!」
すかさずスキマを開く。蓮子がその中に飲み込まれていく。付き添いの少女が救出しようとするが、無駄だった。蓮子は、スキマの中を通り、すぐにこちらに出てくるだろう。
「ふう、とりあえず一段階クリア」
「何だ、もう終わったか」
「気づかなくても不思議じゃないわ。外の世界で起きたことだからそれより霊奈、次」
「はいはい、分かってますって」
* * *
それからしばらく経ち、私は蓮子とある店の前に来ていた。
カフェテラス、というものらしい。つい最近出てきたばかりの建物で、私はそれがどういう所か知らない。
でも、周囲の評判は結構高かったりする。
中に入ってから私は紅茶を頼もうとした。が、『突然の』思い付きでコーヒーを頼んだ。その待ち時間の間に、私と蓮子はこんな会話をした。
「やっぱり、こういう開け放った?店が好きなのよね。締め切った店じゃ、とっても窮屈だから」
「ええ、そう…ですね……」
「ほんと、何でこういう店が来たのかしらねぇ、蓮子、分かる?」
「多分、大気汚染が原因でないかと」
「大気汚染……聞いたことならあるわね。それにしても何で大気汚染で店を締め切ったものにしなければいけないのかしら?」
「相当ひどいからです。まあ、過剰反応なんでしょう」
「へえ。とっても厄介な事なのかしら?ところで……外を見ても里の建物ばっかり見えるわ。もうちょっと高いところに建てれなかったのかしら、もう」
「それは私に言われても……」
私は何気なく言っていた。しかし、蓮子はどうにも納得いかないような顔をしていた。私には、そう見えた。ただの会話で、そんな顔をするのが不可解だった。
だが、次の蓮子の言葉には驚かされた。
「衛星カフェテラス」
その単語は、実は聞き覚えがあった。いつの事かは分からない。ただ、絶対にどこかで聞いたことがあると確信していた。デジャヴとでも言うのだろうか。とにかく、すでに聞いた覚えがあって、なおかつこの店の外見自体を見た覚えがあるのだ。
見た覚えがある、それで終わっているのだが。
蓮子は、私が突拍子も無く放った『え?』という言葉にとても驚いていた。
「え?え?な、何ですか?」
「あっ……いや……ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね。それより、来たわよ、注文の品」
「ああ、それで一つ聞きたい事が……」
「……何かしら?」
「最初、紅茶にしようとしていましたね。なのに、何故珈琲にしたのですか?」
「気分よ、気分。それがどうかしたの?」
「いや、その、前にもこういう事があったので……」
「?それより、私の事を最初にメリーと呼んだでしょ。その『メリー』って、誰かしら?」
「ああ、それは……」
蓮子がメリー、つまりマエリベリー・ハーンについて語っている間、私は妙な違和感を覚えた。嫌なほど、私とメリーには共通点が多いような気がしていた。『メリーが紫に似ている』、『メリーは空間の歪みを見ることができる』、それが私の記憶を嫌に刺激する。
まるで、封印していたモノが、意地でも外に出ようとしているかのようだった。
その後、蓮子から私の力――むしろ、スキマについて聞かれた。仕方なく私が話していると、蓮子が『ますますメリーに似てる』と言い出すから正直焦った。でも、努めて普通に振舞おうとした。
それが失敗に終わっていたとは、この時には、露も知らなかった。
* * *
『えー、じゃあ話すわね。相変わらず具合が良くないのだけれど、最近になってさらに酷くなってるわね』
『さらに、酷く、ですか』
『そうね。これは……一刻を争う事になるかもしれないわ』
『このままでは命に係わると?』
『いや、いや、そうじゃなくて……あら?誰か来たわ』
『……?フラン?』
* * *
霊奈との口喧嘩は、正直、御免だ。だから、そそくさと私の屋敷に帰りたいところだったが、蓮子が居るという事も考えて、渋々博麗神社に寄ることになった。
なぜ、蓮子が神社に居てはいけないのか。私の直感が、警鈴を鳴らすからだ。霊奈ほどではないが、私も勘は鋭い方だと思っている。その勘が、叫ぶ。
『蓮子を神社に居させてはならない』
はっきりさせておくが、予測していたわけではない。
ただ、それが正しいのか正しくないのか分からない。だから勘なのだろうと思うのだが。
「紫さん」
神社へと続く石段を登っているときに蓮子がそう言った。
「何かしら」
「博麗神社って、一体何なんですか?」
「幻想郷の端よ。それと、妖怪退治のスペシャリストの住処」
「妖怪退治!?」
「ああ、それはね、ここでとんでもないことをやらかそうとした妖怪を懲らしめる、ってことだから」
「何だ……」
石段は、結構長い。私がどんどん前へ進もうとしている後ろで、蓮子は息切れを起こして時々座り込んだりした。
仕方なく、神社まであと数十段という所で休憩をした。もともとそういう所で休もうとしていたから、別に構いはしていなかった。
10分位経ったところで、蓮子も息切れをしなくなった。そこで私は急いで頂上まで行き、その正面に霊奈がいるのを見た。
「ん、何だ、戻ってきたのか。私はてっきりそのまんま屋敷に連れ出すと思ってたんだけどな」
先に仕掛けてきたのは霊奈だ。
「あら、失敬。私だって礼儀はわきまえますよーだ」
もはや売り言葉に買い言葉を返すのが礼儀かというぐらい、私と霊奈の口喧嘩は続いている。
「ところで、私が蓮子を連れて帰るって知ってたの?」
「それ以外にあんたがする事があるかい」
「む、酷いわね。言ってる事は当たってるけど」
「当たってるんかい!」
「蓮子は明日中に何とかするから、今日は借りてくわね」
「喰うなよ」
「誰が喰うもんですか」
もう口喧嘩は懲り懲りだ!心の中でそう叫ぶ。
そして私は、急いで石段のほうに向かった。蓮子も後を付いてきたので、霊奈から見えない所でスキマを開いた。
目的地は、私の屋敷。
* * *
何とか逃げ切った、という感じか。霊奈なら、ここまで追ってきてもいいような気がしているのだ。実際、ここまで追ってきて酷い目にあっている。それがトラウマとなっているのだろうか。どうでもいいことだが。
「ただいま~」
その一声が合図となって、藍が出てきた。
「お帰りなさい、紫様」
「藍、紹介するわ。宇佐見蓮子さんよ」
「始めまして」
「こちらこそ。私は八雲藍だ」
「藍、早速で悪いんだけど……」
「はいはい、分かってますって。夕食の準備ですね」
「さっすが。じゃ、頼むわね~」
夕食の準備は藍に任せて、私は蓮子を連れて居間に向かった。意外と、誰も居なかった。大抵は橙の式があっちこっちに居るのに。
「えーと、亥の一つなのね、もう」
「い…亥の一つ?」
「午後9時」
「そうなんですか……」
蓮子は、古い時刻の言い方を知らないのだろうか。
程無くして、藍が夕食を運んできてくれた。2人分ある。藍らしく気が利いてるなと思った。
「ところで、今日は幽々子様をお招きする筈では?」
「忘れてたぁぁぁ」
「まあ、こうやって客人を連れて来て良かったですよ。幽々子様から『今日は無理』って言われましたから」
「何だぁ~」
「ところで……って、いきなり食べ始めるのは止めてください!」
「むう」
「蓮子さんに失礼ですよ。どうもすいません」
「いえ、はは……」
蓮子の言い方がまずいからって、睨むことは無いだろうに……
夕食を食べ始めて、少し経った頃だろうか、藍が突然こんな事を言い出した。
「ところで……」
「何?」
「今日、ちょっとではありますが結界の緩みが見られたんですけど」
「え!?」
意外だった。そんなことは今日、一度も起こっていないと思っていた。
結界の緩みとか、壊れただとか、そういうのは、結界を作った張本人にとっても分かりづらいものがある。だが、博麗大結界ともなると話は別。
博麗大結界は、幻想郷と外の世界を区切る結界のひとつなのだ。そして、それを作ったのが私。ここまで強力で、なおかつ規模の大きい結界の異常は、私や藍、霊奈ぐらいならすぐ分かる、筈だ。
「ああ、これは私が気付いたんですけど、霊奈もまた、同じ事に気付いていたと」
そうなると明らかに変だ。いや、蓮子との会話に夢中になって気付かなかったのでは、と思って、こう尋ねた。
「それってどこ?」
「細かい場所までは分かりかねますが、どうやら東側で、神社からは少し離れているところだと思います」
「いつ?」
「昼間、未の3つ頃です」
「未の3つ?そのときって確か……わたしたちがカフェテラスに居た頃じゃないかしら?ねぇ、もしかしてさ、すぐに塞いだ、とか?」
「そんなのありませんよ~第一、結構大きい緩みでしたよ。私が軽々と通れそうな位」
そうなると、これは少々厄介か。私が気付かなかったことは放っておいて、先に重要な事を済ませる。『早く言え』とは、今は言わないでおこう。
10分後、私は準備を追えてあんまり行きたくない(これも霊奈のせいだ)博麗神社に向かうため、スキマを開こうとした。その前に、
「藍、今日は留守を頼むわ」
「?は、はい」
これだけ言っておいてスキマを開いて中に飛び込んだ。
「しかし、何で気付かなかったのかしら?蓮子とカフェテラスに居た時間に、結界が緩んで、しかもそれが結構でかいって話よね。じゃあ、絶対に気付くはずだ。それだけじゃない。近くを通った人も何人かは気付いたはず……誰かが隠した?……隠せるような代物ではないわね。ああ、もう!一体何なのよ!」
* * *
『博麗も、いよいよ始動って訳か』
『でも、何の目的があって?』
『知るか。ただ、まあ……良くねぇ事が起こるのは確かだぜ』
* * *
正直に言おう。私は今呆気にとられている。結界の緩みなど、どこにも無いではないか!
「もう少し早くに言ってほしかったわ」
私は1時間探した。それで何も見つからなかった。霊奈がとうに直しておいたのだと思って、帰ることにした。が、その途中――何もしないのは癪なので歩いて帰ることにしたが――私は、恐らく絶対に聞いてはいけないものを聞いてしまったのだ。
「最近の八雲紫は全然ダメだ」
「何かをきっかけに急に力が衰え始めている」
「そんなの、決まってるじゃないか」
「宇佐見蓮子だよ。あいつが100年前に来てから紫に少しずつ異変が起こっている」
だが、私はその事に気付かずに、その会話の中に入っていった。
「で、どうする?」
「決まってるじゃないか。まずは……」
「まずは、どうするつもりかしら?」
私のその言葉に不意を突かれ、驚く人々の中には、何と霊奈が混じっていた。
「あ、あら、霊奈。どうしたのかしら?子供は帰って寝る時間よ?」
「……はぐらかすなよ」
その声には、明らかに威圧感、それもかなり大きいものが漂っているように見えた。
「私は知っている。ていうか見えてたよ。あんたも相当堕ちたな」
「な、何のこと?」
「私が聞く限り、あんたは盗み見や、盗み聞きが得意って言ってたじゃないか」
「そんな事、言った覚えは無いわ」
「言った事は無くても、事実なんだろ?だったら、どうして人目にその姿をさらけ出したまんま私たちの会話を聞いてたんだ?」
「そ、それは……そうそう!貴女たちを驚かそうと思って、そのときに見えてたんだわ、きっと」
「『最近の八雲紫は全然ダメだ』私が言ったんだ。そのときにはもうあんたは私の視界に居たぜ」
正直、これは危険だと思った。霊奈は、突然何をしでかすか分からないのだ!
「なあ、正直に言おうぜ。私らの会話、どこから聞いてた?何て言ってた?そら、私が『間違っている』ならさ、嘘でも吐いてみろ。どうせ、嘘にもならないような事を言うんだろ。それが出来ないなら、聞いてたって言ってみろよ。そしたら何にもしないで『逃がして』やるよ。でもな、どっちも出来ないんだったら……」
そして、霊奈は何かを取り出した。それが何かを一瞬の内に察知した私は、スキマを使おうとした。ところが!
「逃げるんだったら、そうだな、今すぐあんたの屋敷でもぶっ飛ばそうかなあ……」
それが、私の怒りの導火線に火をつけた。
「霊奈……今、何て言ったかしら……私の屋敷を壊す、ですって……?よくも言ってくれたわねぇ……!そう、なら私は逃げない。逃げなければ良いんでしょう!?なら、かかって来なさい!例え博麗の巫女でも、私と勝負したいなら、それに、そんな態度なら、容赦はしないわよ……!」
「上等。博麗に代々伝わりしこの封魔針で、あんたを仕留めてやるぜ」
「後悔しないでよ!」
* * *
「ぐっ、はぁ……クソッ、いいところをあいつが邪魔するなんて!全く、私の『獲物』を横取りしようとしてたのか!?」
「違うわ。もともと彼は私達の味方じゃないのよ。明らかに『敵』と呼んで良いわ」
「なっ、それは何で!?」
「貴女自身に問い掛けてみたらどうかしら?」
「う……」
「それはもう良いわ。さて、準備は出来ているかしら?」
「はい。ところで、どうしてこのような事を?」
「それは、100年前に遡るわ」
* * *
「ん、う~ん」
結局霊奈と戦闘になった。私が弾幕で押していたのだが、霊奈の退魔針によってそれが切り裂かれ、さらに右肩に傷を負ってしまった。さらに、霊奈の弾をまともに食らってしまい、そこから意識が途切れていった。最後に見たのは、黒いコートと呼ばれるものに似た服を身に纏い、刀を構えていた人影だった。
それこそ、八意永夜であった。
「永夜が、助けに来たのね」
もし、永夜が割り込まなければ、今頃私がこうやって目を覚まさなかったかも知れない。
「それにしても・・・あ痛たっ」
右肩の傷は、一晩では癒えなかった。無理も無い。あの退魔針で切り裂かれたのだから。しかし、結構傷が深いのを見てつくづく霊奈の恐ろしさを知った。
霊夢――今はもう居ない――ならば、傷はせいぜいかすった程度にしか見えないぐらいまで癒えていただろう。それが、霊奈だと、明らかに切り裂かれたとしか見えないのだ。霊奈は霊夢以上に手加減しない性格だからなのか、切り裂いたときもかなり力任せだったのだろう。
「霊奈……一体どうしちゃったのかしら」
昨日の霊奈は何者だったのか――そんな疑問が浮かび上がってくる。
普段なら、あんな言葉を言い放つことは無い。
あんな……
「もう、ダメだわ。記憶が所々ふっ飛んでる」
相当なショックからなのか、記憶が抜けていた。それは、昨日の夕方の頃からの記憶が、所々、本当に何も無くなってしまったようだった。
それだけではない。どうも、まだ意識があった時にも、意識が飛ぶことがあった。それは、会話が途切れ途切れになっていることから容易に推測できるが、では、一体、何故?
その時、私の部屋の戸が開いた。
「紫様、『やっと』目が覚めましたか」
「藍、何かしら?その言い方。ひょっとしてもう昼って言わないわねぇ?」
「は?」
「とぼけないでよ~ここに時計があるからね」
と言って、棚の上の時計を指差した。
「それに、私の体内時計が」
「名に言っているんです?」
「ちょっと、それってどういう……」
「紫様はかれこれ2日は寝てましたよ」
「へ?」
ずいぶんと気の抜けた返事をしたな、と思う。
藍が言うには2日は寝ていたらしい。
「2日?それってホント?」
「本当です~」
じゃあ、これまでの『昨日』は『一昨日』と言うことなのか。
それに気付いた途端、背筋が冷えた。
* * *
「紫様、一昨日は本当にびっくりしましたよ。何しろ傷だらけで帰って来るんですから」
傷だらけ?たぶんそれは霊奈の弾に当たったときの傷が多かったのだろう。今ではそれらの傷は癒えているが。あくまで『弾の』傷は。
「それに……」
「それに?」
藍に思い切り近づく。
「蓮子が、襲われ…いえ」
「蓮子が?」
「……蓮子が、襲われかけました」
それには驚いた。
(まさか、霊奈が?いや、だって向こうも結構なダメージを食らってたし、そんなにすぐ回復できるなんて、有り得ない……!)
「怪我はしていませんが、気を失ってしまいました。まあ、次の日には元通りでしたが」
「それっていつの話?」
「紫様を部屋に連れて行ってからほとんどすぐです」
ならば、やはり変だ。というより、誰が蓮子を襲う理由を持っているか?
宇佐見蓮子という人物を知っているのはそう多くない。100年前のあの事も、ほとんど誰にも(何人かは知ってしまっていたが)知られていないのだ。ましてや、蓮子は『ただの』人間だ。
そう、なのだ……『霊奈が襲おうとした』可能性がないからそう言えるのだ。
そもそも、霊奈が何をしようとしているか、それ自体が分かっていないのだが。
「やれやれ、どうやらいろいろと出回らなければいけないようね。藍、蓮子は?」
「里に行ってます。もうすぐ迎えに行かないと」
「ねえ、ほかに誰か居る?ここに」
「居ませんけど、何か?」
どうやら、藍が戻ってくるまで屋敷に居なければならないようだ。
ちなみに、その後、藍と蓮子が戻ってくるまでおそらく2刻(1時間)はかかったであろう。時計を見ていなかったのでよく分からないが。
* * *
藍と蓮子が戻ってきてから、私は昨日、誰が蓮子を襲おうとしたか、手掛かりを掴むためにいろいろな所に出回ってきた。だが、手掛かりは無かった。いや、まだ見つかっていない。今はだいぶ日が暮れたので、最後に行こうとしていた紅魔館に向かった。
紅魔館に着くと、見慣れないメイドが私を案内した。そこで、私は疑問に思った。なぜ、咲夜ではないのか。
私はレミリアの部屋に案内された。そこで、レミリアの姿を見たときは本当に驚いた。あの、堂々とした面影は無く、かなり弱った幼い少女の姿をしていた。
「一体、何があったのかしら?」
「実は……」
その間が、何かとても重い意味を持っているということは容易に推測できた。しかし――
「咲夜が、どこかに行ってしまった」
その意味をすぐに理解できなかった。
「ちょっと待って。それってどういう事?」
「分からないわ。でも、明らかに普通だったわ」
「で、どうしてこの状態なわけ?『普通』だったら、こうなる必要も無い筈だけど?」
だが、答えはもう用意されているかのごとく導き出せた。
「まさか、『やられた』って事は無いでしょう?」
レミリアからは返事が返ってこない。
「返事を返さないって事は、本当なのね」
レミリアは、黙って首を静かに縦に振る。
「いいわ、もう。とりあえず、咲夜は居ないって事でいいわね?」
「ええ。帰って来たなんて聞いてないから」
これでだいぶ分かってきたような気がする。決め付けているわけではないが、今のところ、『蓮子を襲ったのは咲夜』という可能性が高いという事だ。『可能性が高い』だけで、本当にそうであるという保障は無いが。
こうなったら、次は咲夜探しか、と思った。
「見送りはいらないかしら」
「ええ、すぐ帰りたいから。あまり長居も出来ないようだし」
「大丈夫よ。すぐ直るから。そうね、明日なら、いつも通りの姿でお出迎えできるわ」
「あら、そう。それじゃあ、失礼するわ」
そう言って、すでに開いてあったスキマの中に入った。
* * *
不安が拭えない。あの時の事が。
「それにしても、あれは誰だったんだ?私からは遠くてよく分からなかったし、それに、私が近寄ろうとした矢先に、また別の誰かが質を追い払っていったし」
「分かるわけ無いじゃないですか。私が幻想郷に居る人の名前をほとんど知らないですし」
「分かった、分かった。ただ、私から見たら、襲おうとした方は、もう一人が来た途端、逃げるように立ち去っていったが」
もう一人とは、刀を構えた人。その人と、蓮子を襲おうとした人の会話を蓮子は記憶していた。とても必死に記憶していた。
『やはりそう来たか』
『もう、手遅れのようね』
『一体、何のつもりだ?霊奈にでも何か吹き込まれたか?』
『教えるつもりは無いわ』
ずいぶんと短い会話だった。その後、蓮子を襲おうとしていた銀髪の人物は姿を消し、蓮子はそこで気絶した。
「しかし、刀を使う人、といったらあまり居ないな」
「じゃあ、すぐに分かると?」
「ああ、おそらく、蓮子を助けたのは……」
* * *
屋敷に戻ってから、私はいきなり最悪だと思った。
「霊奈……!」
霊奈の姿が、玄関からわずかに見えた。
「一体、何のつもりかしらねぇ……」
そして、私はスキマを開いた。
霊奈は、周囲の音に集中して歩いていた。自分の目的を果たすために。そのためには、『会話』、つまり『声』を聞き分けるのが非常に重要だ。だから、目の前に紫が突然現れた時には、とても驚いた。不意を突かれる形になったからだ。
「何か用か?」
霊奈が始めに言ったのはこうだった。
「一体、ここに来て何の用かしら?」
私がそう言い返すと、霊奈は退魔針を構えた。
「霊夢と大違いね。少しの言い訳も無いわけ?それじゃあ、私と戦うことに何の躊躇いとか、何も無いわけ?それとも、そんなに私を倒したい?」
「じゃあ、言ってやろうか?」
「その通りだ!八雲紫!」
「私と真っ向勝負?舐めるんじゃないわよ!博麗霊奈!」
さい。
※オリキャラ・オリ設定あり。
これは、幻想か、現実か。
いや、どちらでもあるのが幻想郷ではないのか。
* * *
正直、不安は、ある。
だからって、行動に出ないでどうする?私のミスは、私が帳消しにする、ただそれだけだ。
彼女を未来に飛ばしたのは私だと言われ続けた。神隠しのとき、ついでに時の境界でも弄ったんだろと言われた事もあった。だが、私であっても時の境界を越すなんて事は不可能だ。私のスキマは、空間(別次元、という話ではない事を断っておく)は越えられるが、時間は無理だ。
だから、全く以って不可解である。何故100年前のあの時だけ、タイムスリップが同時に起こったのか。その答えが、彼女にあることを期待しているのだが、どうにも、今目の前にしている『彼女』にはそれが全く感じ取れない。むしろ、自覚していないのか。多分自覚していないんだろうという事でまとめておいたが、果たしてそれで良いのだろうかというのは分からない。
ただ、少なくとも、目の前に居る彼女――宇佐見蓮子を元の時代に戻さなければならない。
だが。こんな声もある。
『宇佐見蓮子……と言ったか。彼女にとって『元の時代』とは何なのだろうか?過去?現在?いや、未来?過去に戻すのはお前の勝手だが、別の可能性があるって事を忘れるな』
これはあの八意永夜の言葉だ。
要は、蓮子が過去の人間であることが疑わしいと言うのだ。
流石にそれには反論したかった。だが、出来なかった。なぜなら、別の、こんな言葉が私の頭の中で反響していたからだ。
『宇佐見蓮子の事については、あまりかかわらない方が良いでしょう』
幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥがそう言ったのである。
つまり、私は今、非常に厄介な立場に立たされているのだ。うかつに行動できない、とでも言っておこうか。
そんな中、彼女をこちら側に連れて来たのである。
さて、ここからどう行動していくか……
* * *
少し前。私はスキマを使って外の世界を覗き見していた。
「覗き見なんて趣味が悪いな。もうちょっとマシな事はできないのか?」
このとき私はかなり真剣だった。一瞬として眼を離してはいけなかった。今日、あと少しで私が見ていた所に蓮子が現れる筈である。だが、誰かが一緒に居た時のことも考慮しなければならない。今回は、予め小さなスキマを用意しておいて、蓮子がその上を通ろうとした瞬間にスキマを開き、中に落とすというものだ。
だが、それはこういう事を意味する。
『誰かを巻き添えにしてしまう可能性がある』
それだけは絶対に回避したい。しかし、それが困難なのだ。最近の私は少し変だ。以前より力が落ちているのだろうか、複数のスキマを出しづらくなっている。それが非常に厄介なのだ。
「それよりさ、あんまり早とちりするなよ?」
「何でよ」
「あいつがあんたを警戒して、いよいよこっから出て来なくなったらどうする。私が面倒見れって言ったって見切れないからな」
「いいじゃない。それは私の自由よ。それに、行きたがらなかったら無理矢理でも……!」
「スキマにぶち込んだりするなよ?」
「するものか!」
霊奈は、この後の計画について話している。
計画、とは言いづらいが、要は、『蓮子を連れ出す』ことである。彼女を元の時代に戻すのに、彼女がここ、博麗神社にいるのは不都合だからだ。
「ただね、ちょっと気になることがあってね、蓮子と一緒にいる人と離れ離れになっちゃうでしょ」
「紫、『例え何があろうと、決して計画を中断してはならない』閻魔の言葉だ。それを分かっていていうのか」
「分かっているからあえて言ってみたのよ。気にしないで」
そう言って、私はスキマの中の光景に集中した。さっきも言った通り、遠くにスキマを発生させることが出来なくなっているが、外の博麗神社までなら問題ない。あらかじめ小さなスキマを作っておくのは、いわば場所決めだ。何しろ、全然違うところにスキマが出かねないから。
蓮子が外に神社に来てから半刻が経ったときに、蓮子がスキマがある所に近寄った。
「今……!」
すかさずスキマを開く。蓮子がその中に飲み込まれていく。付き添いの少女が救出しようとするが、無駄だった。蓮子は、スキマの中を通り、すぐにこちらに出てくるだろう。
「ふう、とりあえず一段階クリア」
「何だ、もう終わったか」
「気づかなくても不思議じゃないわ。外の世界で起きたことだからそれより霊奈、次」
「はいはい、分かってますって」
* * *
それからしばらく経ち、私は蓮子とある店の前に来ていた。
カフェテラス、というものらしい。つい最近出てきたばかりの建物で、私はそれがどういう所か知らない。
でも、周囲の評判は結構高かったりする。
中に入ってから私は紅茶を頼もうとした。が、『突然の』思い付きでコーヒーを頼んだ。その待ち時間の間に、私と蓮子はこんな会話をした。
「やっぱり、こういう開け放った?店が好きなのよね。締め切った店じゃ、とっても窮屈だから」
「ええ、そう…ですね……」
「ほんと、何でこういう店が来たのかしらねぇ、蓮子、分かる?」
「多分、大気汚染が原因でないかと」
「大気汚染……聞いたことならあるわね。それにしても何で大気汚染で店を締め切ったものにしなければいけないのかしら?」
「相当ひどいからです。まあ、過剰反応なんでしょう」
「へえ。とっても厄介な事なのかしら?ところで……外を見ても里の建物ばっかり見えるわ。もうちょっと高いところに建てれなかったのかしら、もう」
「それは私に言われても……」
私は何気なく言っていた。しかし、蓮子はどうにも納得いかないような顔をしていた。私には、そう見えた。ただの会話で、そんな顔をするのが不可解だった。
だが、次の蓮子の言葉には驚かされた。
「衛星カフェテラス」
その単語は、実は聞き覚えがあった。いつの事かは分からない。ただ、絶対にどこかで聞いたことがあると確信していた。デジャヴとでも言うのだろうか。とにかく、すでに聞いた覚えがあって、なおかつこの店の外見自体を見た覚えがあるのだ。
見た覚えがある、それで終わっているのだが。
蓮子は、私が突拍子も無く放った『え?』という言葉にとても驚いていた。
「え?え?な、何ですか?」
「あっ……いや……ごめんなさい。驚かせてしまったみたいね。それより、来たわよ、注文の品」
「ああ、それで一つ聞きたい事が……」
「……何かしら?」
「最初、紅茶にしようとしていましたね。なのに、何故珈琲にしたのですか?」
「気分よ、気分。それがどうかしたの?」
「いや、その、前にもこういう事があったので……」
「?それより、私の事を最初にメリーと呼んだでしょ。その『メリー』って、誰かしら?」
「ああ、それは……」
蓮子がメリー、つまりマエリベリー・ハーンについて語っている間、私は妙な違和感を覚えた。嫌なほど、私とメリーには共通点が多いような気がしていた。『メリーが紫に似ている』、『メリーは空間の歪みを見ることができる』、それが私の記憶を嫌に刺激する。
まるで、封印していたモノが、意地でも外に出ようとしているかのようだった。
その後、蓮子から私の力――むしろ、スキマについて聞かれた。仕方なく私が話していると、蓮子が『ますますメリーに似てる』と言い出すから正直焦った。でも、努めて普通に振舞おうとした。
それが失敗に終わっていたとは、この時には、露も知らなかった。
* * *
『えー、じゃあ話すわね。相変わらず具合が良くないのだけれど、最近になってさらに酷くなってるわね』
『さらに、酷く、ですか』
『そうね。これは……一刻を争う事になるかもしれないわ』
『このままでは命に係わると?』
『いや、いや、そうじゃなくて……あら?誰か来たわ』
『……?フラン?』
* * *
霊奈との口喧嘩は、正直、御免だ。だから、そそくさと私の屋敷に帰りたいところだったが、蓮子が居るという事も考えて、渋々博麗神社に寄ることになった。
なぜ、蓮子が神社に居てはいけないのか。私の直感が、警鈴を鳴らすからだ。霊奈ほどではないが、私も勘は鋭い方だと思っている。その勘が、叫ぶ。
『蓮子を神社に居させてはならない』
はっきりさせておくが、予測していたわけではない。
ただ、それが正しいのか正しくないのか分からない。だから勘なのだろうと思うのだが。
「紫さん」
神社へと続く石段を登っているときに蓮子がそう言った。
「何かしら」
「博麗神社って、一体何なんですか?」
「幻想郷の端よ。それと、妖怪退治のスペシャリストの住処」
「妖怪退治!?」
「ああ、それはね、ここでとんでもないことをやらかそうとした妖怪を懲らしめる、ってことだから」
「何だ……」
石段は、結構長い。私がどんどん前へ進もうとしている後ろで、蓮子は息切れを起こして時々座り込んだりした。
仕方なく、神社まであと数十段という所で休憩をした。もともとそういう所で休もうとしていたから、別に構いはしていなかった。
10分位経ったところで、蓮子も息切れをしなくなった。そこで私は急いで頂上まで行き、その正面に霊奈がいるのを見た。
「ん、何だ、戻ってきたのか。私はてっきりそのまんま屋敷に連れ出すと思ってたんだけどな」
先に仕掛けてきたのは霊奈だ。
「あら、失敬。私だって礼儀はわきまえますよーだ」
もはや売り言葉に買い言葉を返すのが礼儀かというぐらい、私と霊奈の口喧嘩は続いている。
「ところで、私が蓮子を連れて帰るって知ってたの?」
「それ以外にあんたがする事があるかい」
「む、酷いわね。言ってる事は当たってるけど」
「当たってるんかい!」
「蓮子は明日中に何とかするから、今日は借りてくわね」
「喰うなよ」
「誰が喰うもんですか」
もう口喧嘩は懲り懲りだ!心の中でそう叫ぶ。
そして私は、急いで石段のほうに向かった。蓮子も後を付いてきたので、霊奈から見えない所でスキマを開いた。
目的地は、私の屋敷。
* * *
何とか逃げ切った、という感じか。霊奈なら、ここまで追ってきてもいいような気がしているのだ。実際、ここまで追ってきて酷い目にあっている。それがトラウマとなっているのだろうか。どうでもいいことだが。
「ただいま~」
その一声が合図となって、藍が出てきた。
「お帰りなさい、紫様」
「藍、紹介するわ。宇佐見蓮子さんよ」
「始めまして」
「こちらこそ。私は八雲藍だ」
「藍、早速で悪いんだけど……」
「はいはい、分かってますって。夕食の準備ですね」
「さっすが。じゃ、頼むわね~」
夕食の準備は藍に任せて、私は蓮子を連れて居間に向かった。意外と、誰も居なかった。大抵は橙の式があっちこっちに居るのに。
「えーと、亥の一つなのね、もう」
「い…亥の一つ?」
「午後9時」
「そうなんですか……」
蓮子は、古い時刻の言い方を知らないのだろうか。
程無くして、藍が夕食を運んできてくれた。2人分ある。藍らしく気が利いてるなと思った。
「ところで、今日は幽々子様をお招きする筈では?」
「忘れてたぁぁぁ」
「まあ、こうやって客人を連れて来て良かったですよ。幽々子様から『今日は無理』って言われましたから」
「何だぁ~」
「ところで……って、いきなり食べ始めるのは止めてください!」
「むう」
「蓮子さんに失礼ですよ。どうもすいません」
「いえ、はは……」
蓮子の言い方がまずいからって、睨むことは無いだろうに……
夕食を食べ始めて、少し経った頃だろうか、藍が突然こんな事を言い出した。
「ところで……」
「何?」
「今日、ちょっとではありますが結界の緩みが見られたんですけど」
「え!?」
意外だった。そんなことは今日、一度も起こっていないと思っていた。
結界の緩みとか、壊れただとか、そういうのは、結界を作った張本人にとっても分かりづらいものがある。だが、博麗大結界ともなると話は別。
博麗大結界は、幻想郷と外の世界を区切る結界のひとつなのだ。そして、それを作ったのが私。ここまで強力で、なおかつ規模の大きい結界の異常は、私や藍、霊奈ぐらいならすぐ分かる、筈だ。
「ああ、これは私が気付いたんですけど、霊奈もまた、同じ事に気付いていたと」
そうなると明らかに変だ。いや、蓮子との会話に夢中になって気付かなかったのでは、と思って、こう尋ねた。
「それってどこ?」
「細かい場所までは分かりかねますが、どうやら東側で、神社からは少し離れているところだと思います」
「いつ?」
「昼間、未の3つ頃です」
「未の3つ?そのときって確か……わたしたちがカフェテラスに居た頃じゃないかしら?ねぇ、もしかしてさ、すぐに塞いだ、とか?」
「そんなのありませんよ~第一、結構大きい緩みでしたよ。私が軽々と通れそうな位」
そうなると、これは少々厄介か。私が気付かなかったことは放っておいて、先に重要な事を済ませる。『早く言え』とは、今は言わないでおこう。
10分後、私は準備を追えてあんまり行きたくない(これも霊奈のせいだ)博麗神社に向かうため、スキマを開こうとした。その前に、
「藍、今日は留守を頼むわ」
「?は、はい」
これだけ言っておいてスキマを開いて中に飛び込んだ。
「しかし、何で気付かなかったのかしら?蓮子とカフェテラスに居た時間に、結界が緩んで、しかもそれが結構でかいって話よね。じゃあ、絶対に気付くはずだ。それだけじゃない。近くを通った人も何人かは気付いたはず……誰かが隠した?……隠せるような代物ではないわね。ああ、もう!一体何なのよ!」
* * *
『博麗も、いよいよ始動って訳か』
『でも、何の目的があって?』
『知るか。ただ、まあ……良くねぇ事が起こるのは確かだぜ』
* * *
正直に言おう。私は今呆気にとられている。結界の緩みなど、どこにも無いではないか!
「もう少し早くに言ってほしかったわ」
私は1時間探した。それで何も見つからなかった。霊奈がとうに直しておいたのだと思って、帰ることにした。が、その途中――何もしないのは癪なので歩いて帰ることにしたが――私は、恐らく絶対に聞いてはいけないものを聞いてしまったのだ。
「最近の八雲紫は全然ダメだ」
「何かをきっかけに急に力が衰え始めている」
「そんなの、決まってるじゃないか」
「宇佐見蓮子だよ。あいつが100年前に来てから紫に少しずつ異変が起こっている」
だが、私はその事に気付かずに、その会話の中に入っていった。
「で、どうする?」
「決まってるじゃないか。まずは……」
「まずは、どうするつもりかしら?」
私のその言葉に不意を突かれ、驚く人々の中には、何と霊奈が混じっていた。
「あ、あら、霊奈。どうしたのかしら?子供は帰って寝る時間よ?」
「……はぐらかすなよ」
その声には、明らかに威圧感、それもかなり大きいものが漂っているように見えた。
「私は知っている。ていうか見えてたよ。あんたも相当堕ちたな」
「な、何のこと?」
「私が聞く限り、あんたは盗み見や、盗み聞きが得意って言ってたじゃないか」
「そんな事、言った覚えは無いわ」
「言った事は無くても、事実なんだろ?だったら、どうして人目にその姿をさらけ出したまんま私たちの会話を聞いてたんだ?」
「そ、それは……そうそう!貴女たちを驚かそうと思って、そのときに見えてたんだわ、きっと」
「『最近の八雲紫は全然ダメだ』私が言ったんだ。そのときにはもうあんたは私の視界に居たぜ」
正直、これは危険だと思った。霊奈は、突然何をしでかすか分からないのだ!
「なあ、正直に言おうぜ。私らの会話、どこから聞いてた?何て言ってた?そら、私が『間違っている』ならさ、嘘でも吐いてみろ。どうせ、嘘にもならないような事を言うんだろ。それが出来ないなら、聞いてたって言ってみろよ。そしたら何にもしないで『逃がして』やるよ。でもな、どっちも出来ないんだったら……」
そして、霊奈は何かを取り出した。それが何かを一瞬の内に察知した私は、スキマを使おうとした。ところが!
「逃げるんだったら、そうだな、今すぐあんたの屋敷でもぶっ飛ばそうかなあ……」
それが、私の怒りの導火線に火をつけた。
「霊奈……今、何て言ったかしら……私の屋敷を壊す、ですって……?よくも言ってくれたわねぇ……!そう、なら私は逃げない。逃げなければ良いんでしょう!?なら、かかって来なさい!例え博麗の巫女でも、私と勝負したいなら、それに、そんな態度なら、容赦はしないわよ……!」
「上等。博麗に代々伝わりしこの封魔針で、あんたを仕留めてやるぜ」
「後悔しないでよ!」
* * *
「ぐっ、はぁ……クソッ、いいところをあいつが邪魔するなんて!全く、私の『獲物』を横取りしようとしてたのか!?」
「違うわ。もともと彼は私達の味方じゃないのよ。明らかに『敵』と呼んで良いわ」
「なっ、それは何で!?」
「貴女自身に問い掛けてみたらどうかしら?」
「う……」
「それはもう良いわ。さて、準備は出来ているかしら?」
「はい。ところで、どうしてこのような事を?」
「それは、100年前に遡るわ」
* * *
「ん、う~ん」
結局霊奈と戦闘になった。私が弾幕で押していたのだが、霊奈の退魔針によってそれが切り裂かれ、さらに右肩に傷を負ってしまった。さらに、霊奈の弾をまともに食らってしまい、そこから意識が途切れていった。最後に見たのは、黒いコートと呼ばれるものに似た服を身に纏い、刀を構えていた人影だった。
それこそ、八意永夜であった。
「永夜が、助けに来たのね」
もし、永夜が割り込まなければ、今頃私がこうやって目を覚まさなかったかも知れない。
「それにしても・・・あ痛たっ」
右肩の傷は、一晩では癒えなかった。無理も無い。あの退魔針で切り裂かれたのだから。しかし、結構傷が深いのを見てつくづく霊奈の恐ろしさを知った。
霊夢――今はもう居ない――ならば、傷はせいぜいかすった程度にしか見えないぐらいまで癒えていただろう。それが、霊奈だと、明らかに切り裂かれたとしか見えないのだ。霊奈は霊夢以上に手加減しない性格だからなのか、切り裂いたときもかなり力任せだったのだろう。
「霊奈……一体どうしちゃったのかしら」
昨日の霊奈は何者だったのか――そんな疑問が浮かび上がってくる。
普段なら、あんな言葉を言い放つことは無い。
あんな……
「もう、ダメだわ。記憶が所々ふっ飛んでる」
相当なショックからなのか、記憶が抜けていた。それは、昨日の夕方の頃からの記憶が、所々、本当に何も無くなってしまったようだった。
それだけではない。どうも、まだ意識があった時にも、意識が飛ぶことがあった。それは、会話が途切れ途切れになっていることから容易に推測できるが、では、一体、何故?
その時、私の部屋の戸が開いた。
「紫様、『やっと』目が覚めましたか」
「藍、何かしら?その言い方。ひょっとしてもう昼って言わないわねぇ?」
「は?」
「とぼけないでよ~ここに時計があるからね」
と言って、棚の上の時計を指差した。
「それに、私の体内時計が」
「名に言っているんです?」
「ちょっと、それってどういう……」
「紫様はかれこれ2日は寝てましたよ」
「へ?」
ずいぶんと気の抜けた返事をしたな、と思う。
藍が言うには2日は寝ていたらしい。
「2日?それってホント?」
「本当です~」
じゃあ、これまでの『昨日』は『一昨日』と言うことなのか。
それに気付いた途端、背筋が冷えた。
* * *
「紫様、一昨日は本当にびっくりしましたよ。何しろ傷だらけで帰って来るんですから」
傷だらけ?たぶんそれは霊奈の弾に当たったときの傷が多かったのだろう。今ではそれらの傷は癒えているが。あくまで『弾の』傷は。
「それに……」
「それに?」
藍に思い切り近づく。
「蓮子が、襲われ…いえ」
「蓮子が?」
「……蓮子が、襲われかけました」
それには驚いた。
(まさか、霊奈が?いや、だって向こうも結構なダメージを食らってたし、そんなにすぐ回復できるなんて、有り得ない……!)
「怪我はしていませんが、気を失ってしまいました。まあ、次の日には元通りでしたが」
「それっていつの話?」
「紫様を部屋に連れて行ってからほとんどすぐです」
ならば、やはり変だ。というより、誰が蓮子を襲う理由を持っているか?
宇佐見蓮子という人物を知っているのはそう多くない。100年前のあの事も、ほとんど誰にも(何人かは知ってしまっていたが)知られていないのだ。ましてや、蓮子は『ただの』人間だ。
そう、なのだ……『霊奈が襲おうとした』可能性がないからそう言えるのだ。
そもそも、霊奈が何をしようとしているか、それ自体が分かっていないのだが。
「やれやれ、どうやらいろいろと出回らなければいけないようね。藍、蓮子は?」
「里に行ってます。もうすぐ迎えに行かないと」
「ねえ、ほかに誰か居る?ここに」
「居ませんけど、何か?」
どうやら、藍が戻ってくるまで屋敷に居なければならないようだ。
ちなみに、その後、藍と蓮子が戻ってくるまでおそらく2刻(1時間)はかかったであろう。時計を見ていなかったのでよく分からないが。
* * *
藍と蓮子が戻ってきてから、私は昨日、誰が蓮子を襲おうとしたか、手掛かりを掴むためにいろいろな所に出回ってきた。だが、手掛かりは無かった。いや、まだ見つかっていない。今はだいぶ日が暮れたので、最後に行こうとしていた紅魔館に向かった。
紅魔館に着くと、見慣れないメイドが私を案内した。そこで、私は疑問に思った。なぜ、咲夜ではないのか。
私はレミリアの部屋に案内された。そこで、レミリアの姿を見たときは本当に驚いた。あの、堂々とした面影は無く、かなり弱った幼い少女の姿をしていた。
「一体、何があったのかしら?」
「実は……」
その間が、何かとても重い意味を持っているということは容易に推測できた。しかし――
「咲夜が、どこかに行ってしまった」
その意味をすぐに理解できなかった。
「ちょっと待って。それってどういう事?」
「分からないわ。でも、明らかに普通だったわ」
「で、どうしてこの状態なわけ?『普通』だったら、こうなる必要も無い筈だけど?」
だが、答えはもう用意されているかのごとく導き出せた。
「まさか、『やられた』って事は無いでしょう?」
レミリアからは返事が返ってこない。
「返事を返さないって事は、本当なのね」
レミリアは、黙って首を静かに縦に振る。
「いいわ、もう。とりあえず、咲夜は居ないって事でいいわね?」
「ええ。帰って来たなんて聞いてないから」
これでだいぶ分かってきたような気がする。決め付けているわけではないが、今のところ、『蓮子を襲ったのは咲夜』という可能性が高いという事だ。『可能性が高い』だけで、本当にそうであるという保障は無いが。
こうなったら、次は咲夜探しか、と思った。
「見送りはいらないかしら」
「ええ、すぐ帰りたいから。あまり長居も出来ないようだし」
「大丈夫よ。すぐ直るから。そうね、明日なら、いつも通りの姿でお出迎えできるわ」
「あら、そう。それじゃあ、失礼するわ」
そう言って、すでに開いてあったスキマの中に入った。
* * *
不安が拭えない。あの時の事が。
「それにしても、あれは誰だったんだ?私からは遠くてよく分からなかったし、それに、私が近寄ろうとした矢先に、また別の誰かが質を追い払っていったし」
「分かるわけ無いじゃないですか。私が幻想郷に居る人の名前をほとんど知らないですし」
「分かった、分かった。ただ、私から見たら、襲おうとした方は、もう一人が来た途端、逃げるように立ち去っていったが」
もう一人とは、刀を構えた人。その人と、蓮子を襲おうとした人の会話を蓮子は記憶していた。とても必死に記憶していた。
『やはりそう来たか』
『もう、手遅れのようね』
『一体、何のつもりだ?霊奈にでも何か吹き込まれたか?』
『教えるつもりは無いわ』
ずいぶんと短い会話だった。その後、蓮子を襲おうとしていた銀髪の人物は姿を消し、蓮子はそこで気絶した。
「しかし、刀を使う人、といったらあまり居ないな」
「じゃあ、すぐに分かると?」
「ああ、おそらく、蓮子を助けたのは……」
* * *
屋敷に戻ってから、私はいきなり最悪だと思った。
「霊奈……!」
霊奈の姿が、玄関からわずかに見えた。
「一体、何のつもりかしらねぇ……」
そして、私はスキマを開いた。
霊奈は、周囲の音に集中して歩いていた。自分の目的を果たすために。そのためには、『会話』、つまり『声』を聞き分けるのが非常に重要だ。だから、目の前に紫が突然現れた時には、とても驚いた。不意を突かれる形になったからだ。
「何か用か?」
霊奈が始めに言ったのはこうだった。
「一体、ここに来て何の用かしら?」
私がそう言い返すと、霊奈は退魔針を構えた。
「霊夢と大違いね。少しの言い訳も無いわけ?それじゃあ、私と戦うことに何の躊躇いとか、何も無いわけ?それとも、そんなに私を倒したい?」
「じゃあ、言ってやろうか?」
「その通りだ!八雲紫!」
「私と真っ向勝負?舐めるんじゃないわよ!博麗霊奈!」
確かにオリキャラやオリ設定が出るのは仕方ないと思います。ただそれを違和感無く出来るかは作者の腕の問題です。