率直に言おう。
八雲紫は暇だった。
とてつもなく暇だった。
どの位暇かというと鼻くそをほじって机の上に並べ、後一個で1ダースだと興奮する眼鏡の小市民くらい暇だった。
決して紫がそのような事をしていたわけではないことを彼女の名誉のために付け足しておく。
彼女の起きる時間はあまりに無秩序であるため太陽の位置から時間をミリ秒単位で導き出す。
時間はまだ昼を過ぎたばかりだろうか。
結界に異常なし。
事件異変も特になし。
重要な悩みを抱えるような輩もいないみたいである。
この時点で紫の今日一日のやるべき事は何もないという事が確定する。
「あ~暇だわ~。何か面白い事はないかしら…霊夢おちょくるのも飽きたし、幽々子はこの時期忙しいだろうし。」
独り呟いてみるが周りからの反応は皆無だ。
おそらく彼女の式神たちは早々に出かけてしまっているのだろう。
さて、本格的に退屈になってきた。
妖怪とは精神に依存する存在だ。心の毒とも成り得る退屈はなんとしても回避したいところである。
こうして紫はゴロゴロと居間を転がりながら、どうにかして暇を潰してやろうと頭脳を高速回転させる。
彼女の脳は無駄な事や下らない事に関しても凄まじい計算処理能力を発揮する。
そして、周りは凄まじい迷惑を被るわけである。
ある時は人里に雨の代わりに飴が降ってきて、その時何故か博麗神社にはヨーグルトが降ってきたり。
またある時は、足の生えた魚が縦横無尽に幻想郷を走り回ったこともあったか。
歩く大迷惑とは誰の言葉だっただろう。
あまりに毎度の事なので「珍事の裏に八雲あり」という諺が里に広まる程である。
意味は「何か起こったらとりあえず八雲紫のせい」と言うことから転じて「珍しい出来事の裏には相応の原因がある」
というものである。
今彼女の脳内では、ダーツを持ったミニゆかりんがクルクルと回転するボードに向かって狙いを定めていた。
八雲紫だから出来る無駄特技、「脳内ランダムダーツ」である。
脳内で乱数が生成できるという胡散臭すぎる彼女のみに許された特技ともいえる。
「誰」が「何処」で「誰」と「何をするか(させるか)」がポンポン決まっていく。
…時々ダーツが的から外れるのも愛嬌だ。
こうして本日の哀れな被害者が誕生したのだった。
「ただ、恥ずかしい目に遭うお話」
この日も八雲紫の式神である八雲藍は結界の修復にせいを出していた。
彼女は結界の管理者としての仕事を式である自分に任せられていることを誇りに思っていたし、
もちろん主の紫に対しても絶大なる敬愛の念を抱いている。
ただ一点…紫の発作とも言えるあの大迷惑にはホトホト手を焼いていたと言わざるを得ないのだが。
何故なら、後片付けも謝罪もお仕置きも一手に彼女が請け負っていたからである。
そして藍はそんな主からの怪しい思念をキャッチしてしまった。
これは何かしら騒動が起きるな、という直感でもあり忌避すべきものであった。
だが藍は紫の式神であり購うことは出来ない。
(…以前、虫取り網片手に空飛ぶドロワーズを追いかけて廻ったのはホント苦労したな…)
なんて事を思いながら、せめて自分への負担が少ない事を祈るばかりだ。
こうして、さしたる抵抗もしないまま藍は突如現れたスキマに飲み込まれてゆくのだった。
………
………………
………………………
こうして、今藍は紫と相対している。
「…今なんと?」
「だからぁ~この服を着てお使いに行ってきて頂戴。」
二人の間には服らしきものが折りたたんで置いてある。
もちろん折り畳んであるものだからどういった服であるかを完全に確認することは出来ない。
だが、どうせ碌な服ではないのだろうな、と藍は思う。
「…紫様、使いを頼まれる分には問題ないのですが何故この服を着ないといけないのですか?」
藍は当然とも言える疑問を口にする。
主の答えが想像に浮かびながら…
「ん?暇だから。」
と、想像通りの答えが返ってきて頭を抱える藍。
というか全然答えにもなっていない。
しかし、ここで口論していても何も始まらない。
そう考えた藍はこう提案する。
「…とりあえずこの服、広げてみても…?」
「いいわよ♪きっと似合うと思うわ。」
紫に進められて服を広げてみる。
どうやら、ご丁寧に下着の類まで準備してあるようだ。
というか、この服どこかで見たことがあるような…永遠亭の月兎とか妖怪の山の鴉とか。
正確に言うと学校の制服、しかも夏服と言われるようなものなのだが。
もちろん藍には、分からないので先のような感想しか出てこないのだ。
「まぁとりあえず着て見なさいな。着方がわからないところは教えてあげるわ。」
「嫌です。」
と、藍は即答する。
八雲藍といえば、最強の妖獣と呼ばれる九尾の狐の化身であり数千年を生きる非常に誇り高き妖怪である。
普段はゆったりとした導師服を纏い、それこそ近しきものにしか肌を見せることなどない。
そんな自分が年甲斐もなく、肌を露出した服を着るのにはいささか抵抗があるというもの。
自らの姿態を使って三国を渡ったのも随分と昔の話だ。
それも若さゆえの過ちというか、今思うと非常に恥ずかしく苦い思い出でしかない。
年甲斐もない、と藍は考えているが勿論そんなことは無く見た目麗しき女性であるし前述した妖怪の山の鴉天狗だって
同程度には年をとっているがあの格好である。
もちろん目の前の主に対してそんな言葉を使おうものなら素っ裸にされて放り出されそうである。
紫のほうが一体どれだけ年が上なのか、藍にだって想像つかない。
…ちなみにその目の前にいる主は、胸元の大きく開いたシャツにミニスカ、所謂OLのスーツのようなものを身に着けている。
「…紫様、私にはこのようなヒラヒラした服は似合いません。主の御手を煩わせるわけにもいかないので、やはり…」
途中まで言いかけたところでズルリとスキマ空間に引きずりこまれる。
ぺっと吐き出されたころには既に制服に着替えた藍がそこにいた。
「―――っ!?」
一瞬何が起こったのか理解できなかった藍だが自分の格好を見て思わず、スカートの裾を抑えて座り込んでしまう。
(し、下着まで着替えさせられてる!?相変わらず恐ろしい能力だ…)
焦る藍を全く気にしない様子の紫はその制服姿を見てきゃっきゃと喜んでいる。
「いいわ!やっぱりアナタにその制服を持ってきたのは正解だったわね~。」
ナースかウェイトレスも悩んだのだけれどね~と呟きながら藍の格好を整えてゆく。
対する藍はたまったものではない。
強引に辱めを受け、更にこれからその格好で外を練り歩けと言われているのだ。
やはりここは何としても拒絶の意思を見せるべきだろう。
そう思い立った藍は強い口調で訴えようとする。
「紫様!!「そうそう、無事にお使いを果たした暁にはアナタにプレゼントがあるわ。黄色いサスペンダースカートに
黄色い帽子、白いポロシャツに名札、そして赤いランドセル。それは、とてもとても似合うと思わない?……橙に。」
「はい!早く私めにご用命を!いかなる使命も果たして見せましょう!」
…こうして、藍は制服を着てお使いに行く羽目になったのだ。
(…この手紙を届けろ、か。場所がどうにもな…。)
空を駆けながらそう愚痴る藍。
その場所とは、人里、紅魔館、香霖堂、妖怪の山の面々である。
何れも人が集まる場所に曲者が集まる場所一筋縄では行かないだろう。
(それにしても、どうにも短いスカートというのものはスースーして落ち着かないな。)
さっきも言ったように普段の藍はゆったりとした導師服である。
風に翻る裾が気になってしょうがない。
加えていつものドロワーズではなく、ぴっちりとしたショーツである。
見られてしまったらと思うと気が気でないのだ。
(こういった下着を着けるのは初めてだが、やはりこれは恥ずかしい…)
胸もきつく巻いたサラシではなく形を強調するかのように魅せるブラジャーである。
おまけにシャツが微妙にキツイ。
慣れない格好でフラフラと飛んでいると漸く人里が見えてきた。
高度を下げるとスカートが捲くれてしまい慌てて尻尾と手を使い器用に裾を押さえる。
こうして人里に入ると否が応にも注目を集めてしまう。
普段から買い物などによく訪れるし、老人などには「お狐様」と呼ばれ拝まれる藍だったがいつもとは確実に違う
好奇の目に頬を朱に染める。
ここで恥ずかしがっている訳にも行かないので、とりあえず憮然な態度で近くの店に入り慧音の居場所を尋ねる。
「主人、上白沢慧音が何処にいるか存じないか?」
突然、藍に声をかけられ目を白黒させる店主だったがその格好をみて更に混乱することになる。
この店は藍の御用達でよく顔を出すこともあり話も聞きやすいとの判断だったのだ。
それが正しい選択かというとそうでもなかった様だが。
「へぃっ、あ、け、慧音様でございますか。まだ寺子屋にいると思いますけんど…藍様、今日はえらくハイカラな格好
でございますね?」
「―っ!き、気にしないでくれ。すまない、邪魔をした。」
顔なじみの店だからのカウンターパンチといったところか。
結局顔を真っ赤にして逃げるように出る羽目になってしまう藍であった。
そうして寺子屋に来てみたが、時間はまだ昼過ぎ。
授業が終わったばかりなのか子供たちがちらほらと見受けられた。
藍の姿を認めた好奇心の強い子供たちはすぐに集まってくる。
割かし子供が好きなほうである藍だがこの格好であまりゆっくりもしていられない、と挨拶もそこそこに慧音の元へ
向かおうとする。
そこでピラリ。
「――きゃっ!?」
スカートを捲られたのだ。
自分で言っていて、こんな可愛い悲鳴が出せるんだと内心驚く藍。
目の前をヒラヒラとした布があれば思わず捲りたくなるのが、おと…いや子供の性というもの。
思わず叱ろうとした所に、
「コラっお前たち!藍殿に迷惑をかけるんじゃない!」
と助けの雷が落ちてくれた。
人里の半妖、上白沢慧音である。
子供たちはクモの子散らすように藍から離れるが、視線は放してくれない。
「済まないな、藍殿。随分とハイカラな格好をしているが今日はどのような用で?」
「ん…とりあえず、場所を変えないか?…ここは気が散っていけない。」
「そうだな。うちに来るといい。お茶くらいはご馳走しますよ。」
こうして、慧音の家にお邪魔することになった藍はことの始まりを話すことに。
慧音は呆れるようにため息をついて「あの方の我侭にも困ったものだな」と呟いた。
「確かに手紙は受け取りました。貴方は裏口から出て行かれたほうが良いでしょう。」
「すまないな。感謝する。」
こうして、どうにか一つ目のお使いを済ますことが出来た。
次に向かうは紅魔館、何事も無い筈が無いか…とため息をつく藍であった。
尻尾を腰に巻くことでどうにか、スカートの翻りを抑えて降り立つは紅魔館の門の前。
相対するは中華の娘、紅美鈴。
といっても、特に警戒するでもなく気軽に手を振ってくる。
「藍さ~ん、お久しぶりです。今日はどのような御用で?」
明るい笑顔で接してくれる美鈴に、そして何より自らの格好に疑問を出さないことに心救われる藍であった。
「この手紙をお前の主のスカーレット嬢に渡して欲しい。我が主からだ。」
「承りました~。御用はそれだけですか?」
「ああ、まだ回らないといけない場所があってな。これで失礼する。」
これで早々に立ち去れる、とホッとした表情でその場を後にしようとした所で「お待ちなさい」と声がかかる。
振り返って見るとそこには、紅魔館の誇るメイド長、十六夜咲夜が凛と立っていた。
まるで人形のように整った顔で、感情を表に出さずにその場にいる。
「わざわざ訪れて下さったお客様を無手に帰すなど、紅魔館の名折れ。お嬢様が是非お茶に付き合って
頂きたいと申しております。」
紅魔館の主からの直々のお茶のお誘い。
珍しいこともあるものだと思いながらも、藍にはやらなければならない使命がある。
「まだ回らないといけない場所がある。気持ちだけ頂いておくよ。」
そう軽く断った心算の藍であったが、その瞬間辺りに殺気が満ちる。
周りにいた鳥が一斉に飛び立ち、虫の声も止む。
喉元にナイフを突きつけられた様な、そんな殺気をばら撒いているのは目の前にいるメイド長であった。
「…まさか、お嬢様のお誘いを断られる御積りで?」
先ほどまで青く翡翠のように清んでいた目が鈍く血の様な紅に染まっている。
その傍らであわあわと慌てている美鈴が目に入る。
この場所で、しかもこの格好でやり合っても何の得も無い。
ここは大人しく従ったほうが早くコトは済む、そう判断した藍は
「いや、気が変わった。一杯だけご馳走になろうか。」
と諦めたように言うのだった。
その瞬間、剣呑な空気はふと消え去る。
そうして、
「歓迎いたしますわ。ようこそ、紅魔館へ!」
と、花のような笑顔のメイド長が恭しく礼をする。
歓迎どころかこれじゃ脅迫だ、と今日何度目になるか分からないため息をつく藍であった。
装飾過多ともいえる赤に彩られた館を歩き、たどり着いた豪奢な扉の向こうはテラスに続いていた。
そして、テラスには既にお茶を飲み寛ぐ館の主の姿がある。
藍は無言で目の前に座る。
するとレミリア・スカーレットは今気づいたかのような顔をして、
「あら、随分と破廉恥な格好をしているのね。」
とのたまうのだった。
「はっ破廉恥とは失礼な!好きでこのような格好をしている訳ではない!それにお前の従者の格好だって似たような
ものだろうがっ!」
自らも気にはしていたのだが、面と向かって破廉恥と言われるのは流石にこたえるのだろう。
藍はムキになって反論する。
「咲夜はいいのよ、品があるのもの。でも貴方には無い。特にその胸…」
そういって主と従者は藍の一点を凝視する。
藍は咄嗟にその一点を隠すように腕を組むが、かえってそれが強調するようなポーズになってしまう。
咲夜は無言でナイフを抜こうとするがそれをレミリアが留める。
「そういえば私に手紙だそうだけど?」
「内容は知らされていない。確認してくれ。」
咲夜から手紙を渡され、それを興味深そうに眺めるレミリア。
大仰にふんふんと頷きながら読み、終わったところで成る程と呟きながらジロジロと藍を眺め始める。
「と、とにかくお茶も頂いたし、私は忙しいのでこれで失礼させて貰う!」
居心地の悪い視線を感じた藍は、文字通り尻尾を巻いて逃げるように紅魔館を後にするのであった。
(次に近いのは…香霖堂か…はぁ、憂鬱だ。)
行く先々で散々な目に遭った藍は次こそ何も無いことを祈るばかりだった。
といっても、次行く場所にいるのは全く持って人畜無害な店主一人。
そこに余計な客がいない限りはさっさと届けて終わらせることが出来るだろう。
無論恥ずかしいのを我慢しながら、という条件がついて回るが。
スカートの裾を押さえつつ香霖堂に降り立った藍は何と話を切り出そうか迷っていた。
相手は朴念仁だが異性なのだ。
人里でもそうだったが、相手の反応の大方の予想はつく。
(とりあえず、相手の出方を見て対応したほうが良いか…)
美鈴もそうだったが何も無いように対応してくれるかもしれない。
もしくは、紫のこともよく知っている霖之助のことだ。
何も言わずに察して同情してくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら香霖堂の扉を開いた。
その日の香霖堂も開店休業状態。
霖之助は客が訪れることがなければ、一日中本を読みながら過ごしていたであろう。
彼が読んでいる本はやはり外の世界のに関する本のようだ。
いつもの如く本を通して外の世界に思いを馳せていると来客を知らせるベルが鳴る。
霖之助は本から顔を上げそして固まる。
目の前には夢にまで見る外の世界の服を着た女性が頬を少し赤らめて佇んでいるのだ。
「…………」
「………………………」
藍を、いや正確には藍の服をじっと凝視する霖之助と、どう話を切り出そうか悩む藍はしばらく無言で見つめあう。
どの位時間が経ったのだろう。
実際には数十秒と経っていなかったのだが、その沈黙に耐えられず藍が口を開く。
「なんだ、その…店主、…あんまり見てくれるな。」
その言葉にはっとした霖之助は自分の行動を省みて気まずそうに眼鏡の縁を上げる。
「いや、すまない。君が着ている服は外の世界のものだろう?珍しいものだったから思わず見入ってしまった。」
珍しいものだったから、と語句を強めて説明する霖之助。
決してその肢体に見惚れた訳じゃないというところを強調しているようでもあった。
しかし、服には並々ならぬ興味があるのか痛いくらいに視線を向けてくる。
「いや、構わないよ。ただ好奇の目に晒されて余りいい気がしていないのも事実だ。手短に用だけ告げさせて貰う。」
こうして、経緯を話して紫からの手紙を渡す。
霖之助は苦笑いしながらも理解はしてくれていたようだ。
用を終え早々に店を出ようとしたところをまた引き止められる。
「待ってくれ。君の薄手のシャツからうっすらと見える下着、それは”ぶらじゃあ”だね?実物を見るのは
初めてだ。どうだろう、僕に譲ってはもらえないだろうか?勿論只でとは言わない。自慢のぬふぅっ!?」
全てを言い切る前に霖之助は煌く渾身の右ストレートによって打ち抜かれていた。
藍は顔どころか耳まで真っ赤にして、
「冗談でも女性の装着している下着を要求なんてするなっ!へんたい!」
と言い捨てて店を出て行ってしまった。
やはり霖之助はどこまでも朴念仁だった。
…まだ顔が熱を持っているのを意識しながら藍は妖怪の山に向かって駆けていた。
この長い妖生の中で、下着を要求されたことなどあっただろうか?
聞けば誰もが恐れ敬う九尾の狐の下着を要求するものなどいないに決まっている。
こんな辱めを受けるのなら全裸の方がまだマシだったかも…流石にそれは無いか。
先ほどの光景を思い出し、慌てて頭を振る藍。
と、不意に目の前に突風が巻き起こる。
「わわっ!?」
藍は慌ててスカートを押さえながら前方の突風の元を睨む。
そこには一匹の天狗の姿。
「あややややや、なにやら変わった格好をしているから何方様かと思えば八雲藍さんではありませんか。」
そこには、良いネタが見つかったと言わんばかりの笑顔でカメラを構える射命丸文の姿があった。
幻想卿最速を誇る彼女に見つかったら逃げるのは至難の業だ。
最悪のタイミングで最悪の奴と出会ってしまった。
内心藍は歯噛みする。
「…文か、久しいな。悪いが急いでいる。山の神社まで行かせてもらうぞ。」
余り相手をしたくは無いので目的のみを告げる。
「行くには山の誰かの許可が必要です。…私の言いたい事、分かってくれますね?」
(やはり、こうなったか…)
藍はため息を突き、今日何度目になるか分からない経緯の説明をする。
ついでにストックのあった手紙も渡しておく。
これである程度質問の追及からは避けられるだろう。
「…成る程、そういうことでしたか。ご協力ありがとうございます。でも似合っているじゃないですか。
肌のきめも細かいし、羨ましいです。」
「世辞はいらないよ。しかし文はよくそんな格好でいられるな。私は裾が気になって仕方が無い。」
そう、文も今の藍のようになかなかに短いスカートをはいて太ももを晒しているのだ。
スカートを履くまで気にしていなかったが、実はこれはかなり勇気が必要なものだと藍は思い知ったのだ。
「これは鴉天狗のスタンダードです。巧みに風を操りこのように激しく動いても…」
そう言いながら文はくるっとその場で、空中二回転をする。
「…ほら、この通りです。」
風でうまい具合にスカートは翻り、肝心な部分が露になるようなことは無い。
スカートの短さはそれだけ風をうまく扱えると言う自信の表れなのだ。
藍は見事な技だと舌を巻く。
別に出来る様になりたいとは思わないが。
「…成る程な。私には無理な芸当だ。…まあいい、ここは通らせて貰うぞ。」
「はい。若草色は爽やかで良いと思います。」
「なっ!?」
藍は反射的に屈んでしまう。
その姿をパシャリと写真に収めてから文は満面の笑顔で「それでは。」と挨拶をしてあっという間に飛んでいってしまう。
逃げられたらもう追いつけない。
しかし必ずこのお礼はしてやろうと心に誓う藍であった。
(…ここで最後か…長かった、実に長かった。)
妖怪の山の神社に降り立ち、今までを振り返る藍。
思い起こしてみるとあらゆるところで辱めを受けた気がする。
人里でスカートを捲られ、紅魔館で破廉恥と言われ、香霖堂では下着を要求された。
まだ、全てが終わったわけではないがここまで来ればゴールは近い。
境内を歩いていると特徴的な巫女服を着た少女が箒で掃除をしているのが見える。
この神社の風祝である東風谷早苗である。
彼女にこの手紙を渡せば全て終わるのだ。
藍はほっと息をつきながら早苗に声をかける。
「掃除中にすまない。我が主、八雲紫より手紙を預かっているのだが…」
掃除に夢中だったのか声を掛けられるまで気づかなかった早苗は慌てて藍の方を向き目が点になる。
藍はああ、またあの反応をされるのか…説明が面倒だなぁなんて瞬間的に考える。
だが、返ってきた反応は藍の予想外のものだった。
「か~わ~い~い~!!これ、○○高校の制服ですよね!?私憧れてたんですよ~!あっ!ちゃんと
さり気ないところにもアクセ付いてるし。もしかしてブラもリボンカラーに合わせてるんですか?
わぁ、靴も流行の形なんですね~。ソックスも…」
きゃーきゃーと質問の雨に打たれ石のように固まる藍。
まず何を喋られているのかが理解できない。
ただ手紙を渡して去るだけの話が何でこうなってしまったんだろう。
外人に立て続けに質問される日本人のようにしどろもどろに「あの…、その…」としか反応できない藍。
「コラコラ、早苗。余りお客人を困られるものじゃないよ。」
と助け舟が来た。
八坂神奈子、この神社に祀られる一柱である。
こっちに近づいてきて藍の姿を認め、目を丸くする。
「…八雲の狐かい?…ああ紫に付き合わされたのか、制服は似合ってると思うよ。」
一を見て十理解してくれる神奈子に内心藍は感謝した。
…が、早苗は声を掛けられたにもかかわらず神奈子が来た事に気付いていない。
「そ~だ!藍さん、私の服着てみませんか?私も藍さんの制服着てみたいです!
いや~コレはいい考えです。早速しましょう、そうしましょう。ぷちぷちっとな~」
そう言いながら、早苗は藍の制服に手を掛けプチプチとボタンを外そうとする。
「え!?あの…嫌っ、ちょっと!」
馴れた手つきでボタンをポンポン外され、藍は唐突のことで反応が出来なかった。
っていうかココは外、と言いたかったが早苗には何を言っても無駄そうだった。
「これ!」
「あいたっ…って神奈子様、いつの間に?」
「早苗が犯罪にはしる前からだよ。」
神奈子の助けにより、早苗の凶行から救われた藍。
よく分からないことを口走りながら、嫌がる女性の服のボタンを外そうとする人間はどう贔屓目に見ても
傍から見れば犯罪者風味全開だ。
「あの、これは…その…。藍さん、すみません!私興奮するとすぐ周りが見えなくなってしまう性質なんです…」
ボタンから手を離し、素直に謝る早苗。
よく暴走するが根はとてもいい子なのだ。
「あ、ああ…私もビックリしただけだ。気にしてはいない、よ…」
たどたどしい手つきでボタンを留めながらぎこちない返事を返す藍。
(一瞬でボタンを四つも外されてしまった…神奈子が止めてくれなければどうなっていたか…)
外から来た風祝の底力に思わず戦慄する藍であった。
「それで何か用があって来たんだろ?」
「そういえば、手紙がどうとか言ってましたよね?」
「それを聞いていながらこの子は…」
「ご、ごめんなさい…」
そんなやり取りの後、藍は無事勤めを果たすことが出来た。
こうして無事帰って来たころには日も暮れていた。
(今日は本っ当に疲れた…早く寝たい。次からどんな顔して買い物行けばいいだろうか…)
ぐったりとした姿で、我が家の扉を開けると其処には主と可愛い式の姿が。
相変わらす紫はOLスーツ姿で、可愛い橙は朝もらった服に着替えていた。
もうそれだけで報われた気がした藍であった。
「あら、遅かったわね。これから、出かけるわよ。」
と紫から随分唐突な話である。
これから?その格好で?
藍の頭にいくつもの疑問が浮いてくる。
そんな藍の姿を見て紫は呆れたように聞いてくる。
「アナタ、手紙の内容見てないの?」
「いえ、見ておりませんが…」
紫はため息をつき、ひょいとスキマから手紙を出して藍に渡す。
「何々?こすぷれをして宴会開きます…場所は博麗神社。外の服貸し出します。詳細はアナタのゆかりんまで…!?」
「そう、要は外の服を着て宴会しましょうってコトよ。私たちが見本ね。アナタにお使い頼んでる間に私も他の人達に
手紙を出してきたわ。」
思わず藍はへたり込む。
そういうことだったのか、と。
先に言って欲しいという気持ちはあるが、やることは変わらなかったと考えるとどっちにしても恥ずかしい目に遭っていた
というわけだ。
(…今日はもう疲れた。何も考えずに宴会を楽しもう…)
こうして、ただ恥ずかしい目に遭った藍はため息をつきながら尊敬する主と可愛い式と共に博麗神社に向かって飛んでいった。
勿論、尻尾でスカートの裾を押さえながら。
― 完 ―
オマケ
博麗神社に着くと既に色んな人妖が集まっていた。
ナースな巫女にアン○ラな魔法使い。神○屋な人形遣いもいる。
更にはバニーな兎やウェディングな亡霊やタキシードな半霊、セーラーな姫、スーツの不死人に割烹着な人間
絶対領域な吸血鬼に園児服の鬼、覚り、本当に様々な服を着てそれぞれ思い思いに楽しんでいるようである。
からかったり、恥ずかしがったり、怒ったり、そんなみんなの姿を眺めていると今日の苦労も無駄ではなかったのかな
なんて藍は思えてくる。
そして、宴も酣。
突然目の前に巨大なスクリーンが下りてくる。
勿論藍にはなんだかわからない。
スクリーンにでかでかと文字が浮かび上がる。
”本日のメインイベント!!制服姿で恥ずかしがる九尾の狐全集! ”
「な、な、な、なんじゃこりゃああぁぁぁぁぁぁぁああああ!!??」
終われ
……ヤツは立派な男だ
妹紅にスーツというのは似合いますよねぇ、格好良い姿が想像できます。
お使いの報酬が橙のコスプレ姿だと言ったら直ぐに引き受けた藍にニヤリとしたり、
制服を着せられて恥ずかしがる姿も可愛かったですし、会話なども面白かったです。
あとセーラーな姫様=セーラー○ーンですね、わかりますww
誤字・・・タキシードな反霊→半霊
行きたいw
お願いします!!!
・・・マジでお願いします。
早苗さんには着せ替えさせてあげたかったw
むしろ万歳
さすがは紫様、素晴らしい事を考えつくぜ
しかし俺も男だ……
やはり自分もイラスト見たくなったw
ぬふぅっ
>だが藍は紫の式神であり購うことは出来ない。
購う…あがなう…
購うでも贖うでもこの場合では違う…と思います。
話自体は八雲っぽくて大好きでした!
紫の万能さとか良かったです。
人の悩み事とか、太陽見て時間把握とか、一瞬で着替えさせるとかw
ありがとうございましたー