Coolier - 新生・東方創想話

鈴蘭畑の舞踏会

2009/08/04 17:55:23
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      ~はじめに~
 どうやら俺にはメディスンをヒロインにする力が無かったようだ。
























「困ったな……」
 左腕が全く動かなくなった。それに体全体が重くなったような気がする。このままだとやがてガラクタのように
朽ち果ててしまうのが明白だ。むしろ、今まで何ともなかったのが奇跡だったかもしれない。捨てられた人形が、
ろくな手入れなんてされてるはずがないはずだし。
 何にせよ、自分では手の施しようがない。誰かに修理してもらわないと。……完全に動かなくなる前に。
 だが、頼るといえ、誰に頼れば――そこで、以前永琳が聞かせてくれたアリスという人形遣いの話を思い出す。
 人形遣い――人形を道具同然に扱い、使えなくなったらゴミ同然に捨てる外道……と思っていたが、話を聞くと
どうやら彼女は違うらしい。永琳が言うなら、信じがたいが嘘ではないと思う。
 「行って……みようかな」
 私は次第に重くなっていく体に鞭を入れ、アリスが住んでいるという魔法の森へと向かった。

 「はぁ……はぁ……」
 迷った。歩けど歩けど似たような道のり。
 「あっ!?」
 ついに足からも力が抜け、私は地面に横たわってしまう。
 このまま、ここで朽ち果ててしまうのだろうか。
 ――それもいいかもしれない。そんな気持ちが湧くほど、何もかもがどうにでもよくなってくる。
ここで以前の、物言わぬ人形として最期を迎える。何も感じない、何も喋らない。元の無機質な存在へと。
 そこで、意識が途絶えた。


 ポツリと、やがてザーザーと大きな音へと変わりゆく、水の音。
 「雨か……」
 いつの間に降ってきたのやら。読んでいた本をそっと机に置き、大きく伸びをする。紅茶でも飲んで一服しようかと
ドアを開けると、ちょうど人形が1体大急ぎといった感じで飛んできて目の前に止まった。
 「どうかした?」
 よく見ると服が濡れている。外に出ていたのだろう。人形も玄関の方向を指さし、アピールしている。
外で何かがあったのだ。切実な様子が伝わり、傘を持つ時間も惜しいと外へと向かった。
 人形に誘導され、地面に横たわる少女を発見。行き倒れか? 慌てて少女の側に駆け寄り、しゃがみ込んで
様子をうかがう。……息はしているみたい。次に小さな手を掴み、そこで驚愕した。
 「この子……人形?」
ただの人間が見たら普通の女の子に見えるだろうが、こちらは人形遣いのはしくれ、触れた瞬間すぐわかった。
 「もしかして――」
 噂に聞いたことがある。無名の丘の鈴蘭畑にいるという自律行動する人形。もしや、この子がそうなのだろうか?
いや、考えるのは後だ。まずはこの子を診てあげなければ。
 両膝と背中の後ろに腕を回し、抱き上げる。……軽い。雨で服もぐっしょり濡れており、家に着いたら着替えさせないと……などと考えながら、彼女の顔を覗き込む。このドレスのような服装も相まってか、瞳の閉じた彼女は人形というよりも眠り姫……さしずめ森で眠る白雪姫といったところだろうか。
 「……今夜は荒れそうね」
 彼女を抱え、共に雨に打たれつつ家へ急ぐ。
 明日まで止みそうになかった。



 ――まただ。また、この夢だ。
 顔は見えない、いや、全てが真っ黒。上から下全部真っ黒の人間の形をしたモノ。2人、3人、4人とどんどん増えてくる。
 そいつらは私の腕を乱暴に引っ張りもぎ取る。そして、別の人形のものであろう腕を無理やりくっつけていく。
右手、左手、右足、左足。全てバラバラのパーツへと接ぎかえられる。顔と思わしき部分の下が真っ赤に避け、
それはまるで笑っているかのよう。
 感情は湧かない。泣こうがわめこうが無駄なのはわかっているから。
 とうとう彼らの手が私の顔に伸びてくる。この夢は最後に私の頭を引き抜いて終わる。
まさに悪夢だ。逃れようのないもの――。
 
 ……あれ?
 真っ黒なモノ達が体を曲げて苦しんでいる。胸に手を当て、歪んだ口からはきっと呻き声が出ているのだろう。
そして、力なく地面に倒れるとそのまま溶けるように消滅していった。
同時に、頭に手を置かれる感触が。……撫でられている? 手が頬に伸びる。白くて綺麗な手だ。ゆっくり、
優しく撫で上げている。くすぐったくて、身をよじろうとした時、思わず言葉を失った。
 腕が――足が――全てが元通りになっていたのだ。再び頭を撫でられる。心地よさに目を閉じてしまいたくなるのを
抑えて私は後ろを振り返り――。



 普段使っているネグリジェを彼女に着させたが、やはり少々大きい。うちで扱う人形達のでは合うサイズがないので
苦肉の策だ。
 雨の森で濡れていた眠り姫は今、ベッドで寝息を立てている。まずはひと安心といったところか
特にすることもなく、ぼけーっと彼女の寝顔を眺める。こうしてじっくり見るとなかなかどうして可愛らしい
ではないか。笑ったらきっと天使と見紛うかもしれないというのは大げさかもしれないが、
魅力的だというのには違いない。おでこや頭を軽く撫でてみる。ちょっとした母親気分だ。その時――。
 「……んっ……」
 むずむず。
 瞼が揺れ、ゆっくりと眠り姫が目覚める。――魔法は使っていないはずだが。



 暗い世界に光がじわじわ入り込み、私は光の世界に目覚める。
 「あっ……」
 声が重なり、視線も合う。
 ――綺麗な人、それが第一印象。人形の私が言うのもあれだが、精巧な人形のように美しく整った顔立ち。
見惚れて言葉を失う。
 「大丈夫? 腕や足、どこかおかしい所ないかしら?」
 心配気に訪ねてきた言葉で思い出し、おそるおそる腕と足に力を入れてみる。すると。さっきまでの重々しさもなく、
むしろ妖怪になった頃よりずっと体の調子がよくなっているのを感じた。開放感でいっぱいだ。
 「これは……あなたが?」
 驚きと尊敬の念を込めて彼女を見つめる。すると彼女は少々照れくさそうに、
 「あなたみたいなタイプの人形の修復は初めてで、ちょっと自信なかったんだけどね」
 と言った。
 「大丈夫、前よりずっとよくなった。ありがとう」
 深々と頭を下げ、右腕をブンブン振り快調をアピール。それでようやく彼女もほっとしたみたいだった。
こっちも安心し一息つこうとして、大事なことに気づく。
 そう。どうしてこの人は私を一目で人形と見抜いたのか。私は妖怪の部分もあり、球体間接というのもなく、
外見だけでは普通の人間と変わりない。
どうして――そこで思い出した。私が不調の体を引きずってまであの森を歩きまわった目的を。



 「あなたが、アリス?」
 彼女の口から私の名前が零れ落ち、少し驚く。顔を合わせるのは初めてのはず。
 「そうだけど、どうして私の名前を?」
 「えっと、永琳から聞いて……」
 ああ、なるほど。その名を聞き独り頷く。そういえば以前、鈴蘭畑の人形の話を聞かされたことがある。
まさか、その人形がこの子だとは。確か話によると人形解放、人形の独立を願っていると聞いていたので、てっきり
私は敬遠されているだろうと思っていた。そして、ヘタに刺激させるのも気の毒と私自身も無名の丘には行ったことがなく、その人形の詳しい詳細は知らなかった。
 「あ、あの……」
 どうやら考え込んでいて話が耳に入ってなかったらしい。鈴蘭畑のお人形はオドオドした様子で私の言葉を
待っていた。
 「ごめんなさい、ちょっと思い出しててね。永琳のことは私も知ってる。あいつが言ってた鈴蘭畑の人形って――」
 「メディスン。メディスン・メランコリーよ」
 「そう。私はアリス・マーガトロイド、初めましてになるわね。メディスン」
 簡単な挨拶を済ませ、早速どうしてここまで来たのかを質問してみた。すると、体の調子が悪いので診てもらおうと
したという。……てっきり人形遣いの私はメディスンにとって敵と認識されていたと思っていたが、これは正直言うと
嬉しい誤算であった。
 「ありがとう、体の調子すごくいい。まるで生まれ変わったみたいだよ」
 にこりと笑い、礼を述べるメディスン。想像した通り、いや、それ以上に可愛らしい笑顔。
 「……どういたしまして」
 それに比べ、少々ぶきっちょな私。
 外は相変わらず雨が降っていたが、この笑顔を見てるとまるで晴れの日のように思えた。
 「でも、本当にうまくいったか様子を見たいから2、3日はここにいてほしいかな」
 私は人形遣いであって、人形のお医者さんというわけではない。まして、メディスンみたいな妖怪化した人形は
初めてのケースだ。正直、自信がなかった。……私情を含むならば、このメディスンという子と一緒にいたいという
のもあったが。
 「……いいの?」
 「もちろん。メディスンがよければ」
 彼女はうーんと考え込んだあと、再びにこーっと笑って、
 「じゃあ、お言葉に甘えて。あなた……アリスなら信用できそうだし」
 「光栄だわ」
 これは皮肉でもなんでもなく、心からの言葉だ。人形を道具としてしか見ていない者と思われてなく、
信頼を寄せてくれたのだから。私ははしゃぎたくなる衝動を抑える代わりにメディスンの頭を撫でた。
これほど胸が充実感に包まれるのは久しぶりだ。幻想郷に来てからなら、初めてかもしれない。
 思えば、これが彼女と私のワクワクの始まりであった。



 「アリス。アリス・マーガトロイド……」
 灯りの消えた部屋で、ぼんやり見える天井を眺めながら恩人の名前を呟く。
 さっきの夢。あの黒いのを追い払い、私を救ってくれた手の感触。さっき頭を撫でられてわかった。
あれはアリスだ、と。ベッドの柔らかい感触に誘われるままに目を閉じる。浮かぶのはアリスの顔。
彼女に付き添っていた人形たちは心底アリスを敬愛していた。人形の気持ちなら、人形遣いのアリスにも負けない
と密かに自負している。
話し込むうちに、アリスは現在私のような自律人形を作るのを目指しているということを知った。ただ、私と違うのは
自然の力に頼らない生命の理から外れた人形だという。……難しい話だが。ただ、もしアリスが目指す自律人形を完成
させたら、私の姉妹のような存在になってくれるのだろうか? 期待してしまう。
 どうして私を自分の人形として使役しようとしなかったか聞くと、肩をすくめて、
 「人形の心がわからなければ人形遣い失格よ」
 と答えてくれた。
 「それに、自分で作り上げないと意味もないしね」
 彼女が私に向ける目は、自分の人形達に向ける視線と全く同じもので、それがとても嬉しい。妖怪とかでなく、
純粋に人形として見てくれる……それも、道具としてというよりは、親しい友人、あるいは家族のような感じ。
 ――ほんの少し、アリスの人形達を羨ましいと思った。初めてのことだった。



 何度めか、あの子の様子を見に行くのは。世間ではこれを過保護と呼ぶかもしれない。ちなみにすやすやと
気持ち良さそうに寝息を立てていて、なかなか可愛らしい。思わず頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが起こしてしまう
かもしれないので自重する。穏やかな寝顔で、こっちもほっと安堵する。
 「明日は髪のお手入れでもしようかな」
 恐らくずっと外にいるせいか、髪が少し痛んでいる。個人的にもすごくもったいない。妖怪部分を除いても彼女ほどの
人形は見たことがない。やはり可愛らしい人形は可愛らしくあるべきだ、自論ながら。
 人形遣いとしての性分も疼く。この子と一度組んでみたい、と。自惚れに聞こえるかもしれないがきっと誰よりも
息が合うと思う。そういえば幽香からメディスンの話を聞いた時に「大きく伸びる可能性がある子」と評していた
気がする。それを、私が――。
 そこまで来て、自分のエゴを振り払う。出会ったばかりで、ちょっとしか話していないが、あの子は幽香みたいに
戦いが好きではない。無邪気に笑っているのが誰よりも似合う子だ。
 「……自意識過剰はよくない、かしら?」
 椅子から立ち上がり、そっと部屋を出る。最後にもう一度メディスンに向けて「おやすみ」と言い、
自分の部屋へと向かった。そこで、昔の記憶……母の顔を思い出す。
 母は、小さい頃の私にも優しく微笑んで「おやすみ」と言ってたのだろうな、と。
 その夜、久しぶりに幼い頃の夢を見た。

 優しい母と五人の姉に囲まれ、私は不自由なく育った。家族といる世界が全ての世界であると信じて疑わず、
これからもずっとこの世界で暮らしていくと思っていた。しかしそれは前触れもなく突然に脆い壁のようにガラガラと
崩れ、その向こうから新しい世界が広がり、私の心を震わせる。
 壁の向こうから現れた連中は私と家族の世界を暴れ回り、私はボコボコに打ちのめされた。
 悔しさはあった。だから仕返ししに行って返り討ちにされた。しかし、それでますます壁の向こうの世界へと
興味が移っていくのであった。
 日に日に大きくなる好奇心。過ごす毎日がどこか物足りなく感じ、ずいぶんとワガママにもなった。家族に
反抗したこともあった。
 でも――みんなは大人で、私は子供だった。
 全てわかっていたのだ。私の心を。あえて待っへのていたのだ。私が自分自身で言葉にするのを。
 「外の世界に行きたい」
 それは旅立ち、自立への宣誓であった。
 旅立つ前に、家族と抱き合った。
 サラ姉さんとユキ姉さんは痛いくらいに抱きしめてくれ、マイ姉さんとルイズ姉さんには頭も撫でられた。
ずっと気丈に振舞っていた夢子姉さんの瞳が潤んでいた。抱きしめられた時、顔は見なかった。見てしまえば
失礼だと思ったからだ。
 最後に――母の胸で思い切り声を上げて泣いた。幼い慟哭。母は昔からずっと変わらない、優しい抱擁で応えて
くれた。
 こうして私は故郷――魔界を離れ、幻想郷で暮らす人形遣い、アリス・マーガトロイドとして
現在に至る。

 メディスン――あの子はどこか昔の私のようだ。一定の世界だけ、それ以上に広がる世界を知らない。
 人形の解放を彼女は訴えていた。だが、逆に彼女こそ何かに囚われているように見える。出会った
ばかりであるが、私の中であの子は早くも放っておけない存在となっていたのであった。



 小鳥のさえずりにより目が覚めた。いつもは鈴蘭のベッドの上か、そこに置かれてる
岩にもたれて寝てるかだったのに、どうしてこんな立派なベッドに寝ているのだろう? しばらく天井を眺めて
ようやく記憶が戻ってくる。そう、ここはアリスの家。
 そこへ静かに扉が開き、当のアリスが入ってきた。
 「あ、メディスン起きてたのね、おはよう。体の調子はどうかしら?」
 言われ、右腕を上下に振ってみる。うん、絶好調だ。
 「まるで生まれ変わったみたい」
 素直に感想を述べるとアリスはほっとしたように頬を緩めた。私もつられて笑う。
 「おはよう、アリス」
 誰かと朝の挨拶を交わす。不思議と気持ちいい、初めての感覚。アリスも頷き返してくれ、なお嬉しい。
 「メディスンはご飯とか食べるの?」
 基本的に私の動力源は鈴蘭の毒の力。それでもたまに訪れる永遠亭でお菓子をつまんだりお茶を飲んだりも
していたのでちょっとした飲食は可能だ。
 「食べても食べなくてもどっちでもいいかな」
 「そう。それなら先に髪の手入れさせてもらってもいい?」
 断る理由もなく、私は首をゆっくりと縦に動かした。

 「ねえ、メディって呼んでもいいかな?」
 背もたれ付きの木製の椅子に座る私の背後でアリスが尋ねてきた。
 「メディ?」
 「ええ。呼びやすいし、可愛いでしょ?」
 「……うん」
 愛称を付けられる、これも初めてのこと。もちろん悪い気はせず、むしろ嬉しさが勝りコクコクと大げさに頷く。
 「ふふっ、ありがとうメディ」
 ほっとしたような声。アリスは気分を良くしたようで、鼻歌交じりで私の髪のお手入れを始めた。
 「むむっ。メディ、あんまり髪の手入れしてないでしょ? 駄目よ、せっかくの奇麗なのが台無しになるじゃない」
 じっくり丹念に。
 「別にしなくても生きていけるし……」
 「人形でも女の子なんだから。もっと気を使うこと、いいわね?」
 「は、はいっ」
 閻魔の小言には毒を吐いたがアリスの言葉にはなぜか素直に頷ける。きっと、本当に私のことを気にかけて言ってくれ
てるのがわかってるからだと思う。
 髪のお手入れはしばらく続き、ウトウトし始めた頃に終了した。ちょっと残念。
 「昨日も言ったけどまだ体の様子を見たいから今日はここで過ごしてもらうわね?」
 こくり。
 「いい子いい子」
 なでなで。
 思わず顔がほころんでしまう。
 「みんなにもメディのことは言ってあるから。ふふ、あの子達も喜んでたわよ。仲よくしてね? 今日は私も
家にいるから何かあったら遠慮なく言って。わかった?」
 「……うんっ!」
 たくさんの人形と、アリス。
 私の中で何かが確実に変わり始めていた――。



 うちの人形達とメディが仲良くなるのに時間はかからなかった。自己紹介を済ませ、彼女達は雑談に花を咲かせている
ようだ。私は人形達と言葉を交わすことはできないが、あの子には普通に会話できてるようだった。やはり人形同士、
通じ合うものがあるのだろうか。少し羨ましい。もう少しこの微笑ましい光景を見守っていたかったがやることが
あったので部屋に戻り今に至る。

 「あらあら、あの小さい末妹のアリスも成長したのね。なんだか感慨深いわぁ……」
 「反応に困るわ、ルイズ姉さん」
 「本当に感動してるのよー」
 「はいはい……」
 故郷である魔界との連絡。時々こうして水晶玉を通して行っている。
 「それで、メディスンちゃんという気になる子ができたと」
 この姉は相当に食えない性格だ。
 「……素直でまっすぐな子だからもっと視野を広げていろんな世界を見てほしいのよ」
 「ふーん、昔のアリスみたいなものね」
 「悪い?」
 「別にー?」
 落ち着き払った声で話しているようだがきっと笑いを堪えているのだろう。
 「まあ、でも今のアリスがいればなんとかなるでしょ」
 また根拠もなくそんなことを言う。
 「あなたは自分の意志で未知の世界へと飛び出した。それなら、できるはずよ」
 変なところで信用されているなと思いつつ、悪い気はしなかった。


 体はすっかりよくなっているようだった。昨日は一日中アリスの家で過ごし、たくさんの人形達とお話ができて
とても楽しかった。あの子たちとの会話で改めてアリスという人形遣いは優しい人だということもわかったし。みんな、
心の底からアリスのことを信頼し、敬愛していた。元の服も乾き、アリスのお古を脱いで着替える。
 「今日は一緒に散歩しましょう」
 アリスに手を引かれ、森へと飛び出す。不安はなく、ただワクワクが広がっていく。
 日の光を浴びた彼女はまるで女神のように見える。捨てられて、理解する人がいなくて、そんな私の前に現れ、
手を差し伸べてくれた。錯覚、されども現実に思え。
 私はぎゅーっとアリスの手を握りしめていた。離れぬように。


 メディの成長は目を見張るほど著しかった。様々な人間、あるいは妖怪の生活などを見、学び。それを自分のものに
する。視野を広げていく。料理も最初は失敗してばかりで落ち込んでいたけど、今では私が出る幕もないくらいに
おいしい御馳走を振舞ってくれる。裁縫も最初はよく指に針を刺し痛がっていたが今では私も舌を巻くほどの上達ぶり。
 私も彼女の成長が自分のことのように嬉しく思う。幼いころの私を見てきた母や姉たちはこんな心境だったのだろうか。
 そんなある日、霊夢の神社で近々宴会が開催されるとの一報が届いた。いつもは喧騒を一歩引いた場所で眺めて
ちびちび飲んでいるのだが、もしかしたらちょうどいい機会かもしれない。もちろんメディのことだ。様々な人妖と
触れ合うチャンスだし、ひとつの社会勉強にもなるだろう。私自身、あの子の笑顔をそばにおいて酒を飲むのを
楽しみにしているといういささか不純な動機はあるが。
 「でもメディにはまだお酒は早いかしらね?」
 人形達のお手入れをしながら私はメディとの宴会を頭に浮かべ、お酒以外で彼女に出す飲み物は何にしようかと
考えを巡らせていた。


 アリスの家で過ごした七日間。その間に私はいろんなことを見て、学んだと思う。でもやっぱり一番嬉しかったのは
アリスという人と会えたことだ。体が回復し鈴蘭畑に戻るようになってからも彼女の家には時々遊びに行く。
 今日は一人であちこちを探索中。思えばずいぶん私も積極的になったものだ……と感慨に浸っていると、
 「あっ、メディ」
 どうやら彼女の縄張りに入っていたようだ。最近友人になった虫姫・リグルと出会う。彼女はよくチルノ、ルーミア、
ミスティアと一緒に遊んでいることが多く、なかなか人当り(妖怪当たりも含むか?)がよくて親しみやすい。
 そうそう、幽香も怖い人ばかりと思っていたが勇気を出して話してみるとこれが意外に優しくて面倒見がよかった。
いかに自分が視野が狭かったのかを思い知らされた。
 「こんにちは、リグル。あなたもお散歩? それとも見回りかしら?」
 「どっちもハズレ。今日はミスティア達と約束をしてて、今から向かうところなの」
 息を切らしながら、楽しそうに話すリグル。今なら私もこの気持がわかる。
 「そうなんだ」
 「あ、そうそう、知ってる? 今度紅白の神社で宴会が行われるんだってさ」
 「宴会?」
 宴会とはアリスから聞いたことがある。かの紅白巫女と白黒魔女を中心とし多くの人妖が飲んで歌って騒ぐという。
私にはずっと縁のない催しだと思っていたが、今なら興味が結構あったりしてる。ちなみにその二人と幽香はアリスと
旧知の仲らしい。
 「今のところみんなと参加しようかと思ってるんだけど、メディもこの機会に顔出してみたらどう? 余計なお節介
だったらごめん」
 「ううん、そんなことないわ。アリスと相談してみる」
 「アリス……ああ、あの人形遣いさんね。それがいいよ。おっと、そろそろ行かないと遅れちゃう……それじゃね、
メディ!」
 「ん、バイバイ!」
 互いに手を振りあって別れる。私は再びぶらぶらとあてのない散歩へと戻り、宴会のことを考えていた。
 興味はあるのだ。ただ、いざ参加するかを考えるとどうしても緊張してしまう。アリスと一緒だったらきっと
へっちゃらというか、乗り切れる気がするのだ。
 「でも、私のことでアリスに気を遣わせてばかりではいけないよね……」
 彼女は何回も宴会に出ている、ということは当然顔見知りも多いわけで、しかも紅白と白黒は昔からのお友達、
ゆっくり話したいのではないだろうか――。
 「……あれ?」
 チクリと胸が針に刺されたように痛む。
 「変……なの」
 いつしか自分の足音がしっかり耳に聞こえていた。ずいぶん乱暴に歩いているみたいだ。それがとても他人事のように
思え、もっと遠くへ行ってみようと歩を進ませる。
 ――その道が。いつかアリスに聞かされた地下の世界へと続く道だとは全く知らなかった。


 誰かが来た。こんな寂れた旧都をわざわざ訪れる者は少ない。なので、迷い込んできた人間だろう。まさかこの前みたいに紅白や白黒がまた襲来してきたわけではあるまい。まあ騒がしくないから前者だろう。野たれ死にさせるのも
気分が悪いので適当に帰らせるとしようか。と思っていたら、向こうのほうから近付いてきたので早速声をかけることにした。
 「迷ったようね」
 ビクっと肩を体を震わせてこちらを見てきたのは一見すると小柄でかわいい女の子。しかし、一目見て人間でないと
わかった。おそらくこの少女は妖怪。しかし、彼女から感じる力はなんだろう? 私の嫉妬の力に少々似ている……
マイナスのエネルギーを感じる。
 「は、はい。考え事して散歩してたら道に迷っちゃって……」
 小動物のように身を縮めながら説明する少女。まいった、こんな反応をされると少々困る。
 「というか、そもそも入った瞬間に真っ暗で気づきそうなんだけど、それもわからないくらい悩んでたのかしら?」
 「うー……」
 バツが悪そうに視線を逸らす少女。どうやら図星らしい。
 「……まあいいわ。私は水橋パルスィ。あなたは?」
 「め、メディスン。メディスン・メランコリーよ」
 「そう。じゃあメディスン、今から地上まで案内してあげる。それとも少し休んでく? 近くに私の家があるの」
 「……えっと、じゃあお言葉に甘えて少し休ませてもらいます」
 申し訳なさそうに頭を下げてお礼を言ってきた。いじらしくて可愛いと不覚にも放っておけなくなり、そのまま
家へと招き入れる。こんな無垢な少女に妬ましいなんて言ってられなかった。

 「ここが地底の世界なんだ……」
 椅子に座り、互いにお茶を飲みながら雑談を交わす。殺風景な家の中、メディスンの無邪気で花のように可愛らしい
笑顔が際立つ。それはまるで荒れ地に咲く一輪の花のように。そして彼女は鈴蘭畑に住みその力に恵まれる
妖怪であった。
 「メディスンがいる地上みたいな華やかな景色とは縁のない世界よ」
 「お花も……ないんだ?」
 「日の光は来ないからね」
 メディスンは寂しげな表情を浮かべていたが、ふと何かを思いついたように服の中に手を入れごそごそ何かを探し始めて、やがて一本の鈴蘭の花を取り出した。
 「……お花?」
 「うん。私の場所で咲いてる、ちょっと特別な鈴蘭。これなら簡単には枯れないと思うから」
 白い鈴蘭をくるくる回しゆっくり立ち上がると部屋の隅に無造作に置かれた水晶の瓶にそっと差し込む。
瞬時に水晶の花瓶へと変身した。
 「お礼。ちょっと足りないかもしれないけど……」
 両手を後ろに組み、上目遣いで申し訳なさそうに言うメディスン。いちいち可愛らしい仕草をし、なおかつそれが
絵になる子だ。
 「いいえ。私の殺風景な部屋に文字通り花が咲いたわ、ありがとう」
 歩み寄り、そっと頭を撫でてみた。サラサラした髪が羨ましい。メディスンは恥ずかしそうにしていたが
特に抵抗することもなくそのまま撫でさせてくれた。

 「……へえ、あの妬ましい白黒魔法使いの知り合いの人はいい人なのね。それでメディスンも可愛がられていると」
 「……アリスは優しいから……」
 道中の会話。基本的にメディスンの話に適度に相槌を打つ会話をしていたが楽しそうに話す彼女の顔を眺めて
不思議とこちらも楽しい気分にさせられる。
 メディスンは捨てられた人形の妖怪で、妖怪になりたての頃は何に対しても疑心暗鬼の目を向けていたらしいが、
アリスという人形遣いとの出会いがきっかけで視野を広げ始めたという。交友範囲も少しずつ広がり、友人と呼べる
存在もできたらしい。
 「毎日楽しいでしょ?」
 「うんっ!」
 妬ましいとは思わなかった。ただ、眩しかった。鈴蘭のように可愛らしい笑顔。
 そして私たちは地上に出た。
 「じゃあ、ここまでね」
 私のような嫉妬妖怪には地上が……日の当たる世界は釣り合わない。メディスンのような子が相応しい世界だ。
 「ありがと、パルスィさん。最後にひとつ、いいかな?」
 メディスンは一度視線を落とし、やがて意を決したように顔を上げ私をまっすぐ見据えると、
 「また、来てもいいかな? パルスィさんとお友達になりたいの」
 「えっ?」
 不意打ち――まさにその一言に尽きる。
 「駄目?」
 上目遣いで返答を求めてくる。これは……反則だ。あの紅白巫女や白黒魔法使いも滅茶苦茶な強さを誇っていたが
正直今のメディスンの方が脅威だ。こんな顔でお願いされて断るヤツはきっとろくな死に方をしないだろう。
 それに私個人も悪い気はしない。
 「わ、私でよければ……。辺鄙で何もない場所だけど、いつでも来ていいわよ」
 「本当!? やったぁ!」
 「きゃっ!?」
 メディスンは可愛らしい笑顔を満開に咲かせ私の両手を取ると、子犬のようにぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。ここまでストレートに伝えられるとすごく照れくさい。
 「よろしくね、パルスィさん」
 「さん付けだなんて恥ずかしいわ。普通に呼んで」
 「うーん、それじゃあパルって呼んでいい? 呼びやすくて可愛いでしょ。私のこともメディって呼んでいいから」
 なんと、愛称まで。今日一日は私にとって震天動地だ……悪くない意味で。
 「……いいわよ」
 「ありがとっ。じゃあまたね……パル!」
 手を大げさにぶんぶん振りながら飛び去っていくメディスン。彼女の背中が見えなくなってようやく私は
小さく呟く。
 「……またね、メディ」


 夕暮れ時、メディが訪れた。にこにこと、いつにも増して上機嫌な様子。ソファに並んで談話をし、彼女自らが
話してきてくれた。どうやら新しい友達ができたようで、パルスィという子だという。
 (ん、パルスィ? まさか……)
 顔を合わせたことはない。しかしその名と彼女の存在は知っている。あの地下の異変時に遭遇した嫉妬を司る妖怪。
私が彼女を弾幕ごっこで打ち倒したわけではないが、なんとなくバツが悪い気分だ。
 「今度、うちに連れてきていいわ。メディの友達だもんね、歓迎するわ」
 自然とそんな言葉が出た。……まあこの際汚れ役憎まれ役は魔理沙に全部被ってもらおう。私は私で何も知らない
初対面ということで。
 それにしても、この頃のメディは本当に生き生きしていて、毎日が楽しくて仕方ないように見える。見てるこっちまで
何もしてないのに嬉しくなるほどだ。
 「あ、そうだ」
 そこで宴会のことを思い出し、メディに趣旨を伝えてみた。メディもリグルから先に聞かされてたらしく、
興味津津のようだ。ただ、やっぱりあと一歩が怖いみたいで、私の顔色をじーっと窺ってるように見える。ならば
私はこの子の橋になろう。
 「……じゃあ、私と一緒に行きましょう?」
 返事は語るまでもなかった。


 メディを見送ったまでは実に心地よい時間だったが、落とし穴は背中のすぐ後ろに待っていた。
 「……顔見ただけでそんな不機嫌な顔されると傷つくんだけど」
 「うるさい」
 彼女は鍵山雛。地上で厄神をやっている少女だ。何かと私から厄があると付きまとってきてそれなりに長い付き合い。
まあ、いわゆる腐れ縁に近い存在だ。いちいちお節介焼きなのが妬ましい。
 「今の子――メディスンね。あの子、あんなに素敵な笑顔出せるんだ……」
 「え? メディを知ってるの?」
 少しだけだけど――と雛が話す。
 「人間は人形を捨てるだけの存在と信じて疑わなくてね。根気強く話してようやくむやみに人間は襲わないと
言ってくれたわ」
 厄神である彼女は人間たちには友好的だ。説得することに違和感はない。それに度が過ぎる殺戮をやらかせば
容赦なく幻想郷の秩序を守ろうとする者達に消されるだろう。
 「なら、あなたもメディの恩人なのね」
 雛はゆっくりと首を横に振った。おそらく厄祓いできなかった、心を完全には開けなかったという悔悟の現れだろう。
仕事熱心という、お節介焼きというか……雛の短所であり長所だ。
 「それこそ、話に出てたアリスが救ったんでしょうよ」
 頷かざるを得ない。実際にアリスの話をするメディはどこまでも届きそうなくらい瞳を輝かせていたし、
まるで王子様に憧れる女の子そのもの。
 「そうね……メディ……」
 この時、私は気付くべきだったかもしれない。隣の雛がどんな表情を浮かべていたのかを――。


 「……わあ、みんないる……すごく賑わってる」
 宴会当日。初めて行く神社、初めて参加する催し。
 「……私の側を離れないでね?」
 言われるがままにアリスの背に隠れるようにしておそるおそる境内へと入っていくと、紅白の巫女こと霊夢が私達を
出迎えた。最初は私の方を珍しげに眺めていた霊夢だったが、すぐに元の顔に戻ると「楽しんできなさい」と一言かけて
去って行った。私が慌ててお礼を言うと、手を振って返してくれた。ちょっと嬉しい。
 「いきなりみんなの中に入るのは無茶だから、静かなところで飲んでましょう」
 神社の石段に二人で座り、アリスはワイン、私はオレンジジュースをそれぞれ飲みながら、ひしめき合う人妖の宴を
眺めていた。鈴蘭畑で一人だった私には非常に新鮮な光景である。もし隣にアリスがいなかったら、きっと近くて
遠い世界に思えていたに違いない。
 しばらく眺めていると、やはり霊夢と魔理沙の二人が中心になってるように見えた。妖怪を惹き付ける何かがあると
言われてるだけのことはある。しかし私が心惹かれたのは今も私に付き添ってくれているアリスだ。
 「アリスは行かなくていいの? 私と違ってみんなとも知り合いなんでしょ?」
 「心配しなくていい。私が望んでやってることなんだから。ね?」
 優しく諭されるともう何も言えなくなる。アリスの横顔をチラチラ見つめながらちびちびとジュースを飲む。
普段ならいろんなことを話したりできるのに、どうしてなのか言葉が出てこない。なにを話そう、どうやって声を
かけよう……考えれば考えるほどいつもの私がいなくなっていく。せっかくアリスに連れてきてもらって、楽しめてない
と思われたらどうしよう? どんどん不安で焦りが広がる。そこへ待望のアリスの言葉が。
 「メディ、どう? みんな騒々しいでしょう?」
 「う、うん。でもすっごく楽しそう」
 ワインを飲み干したアリスが空のグラスをコトンと置いた。
 「でも、メディと静かに飲むのも私には楽しいわ」
 にこりと笑う。顔はいつも通りで、酔ってはいないと思う。私もちょうどジュースを飲み終わったところだった。
 「……アリス、私もお酒飲んでみたい」
 ようやく言葉を繋げられた。酒を飲みたい飲みたくないはどうでもよく、アリスと話しできるのがいいのだ。
 「ん、それならちょっと待ってて」
 アリスはお酒をジュースで割ると、そっと私に手渡し、
 「無理はしないでね?」
 こくりと頷き、少しずつ口に運ぶ。
 「んくっ……」
 ジュースの甘さの中に潜む苦さ。これがお酒というものか。しかしなんだか体がポカポカ温まる。
そして緊張感がだんだんと薄れ、気分が上気していくのを感じていた……。


 メディを抱えて空の上。腕の中の可愛らしい眠り姫は無垢な寝息を立てている。
結局彼女は一杯飲んだだけで酔ってしまい、そのまま眠ってしまった。抱きかかえて帰ろうとした際に大歓声が起き
天狗がカメラを構えていたが気にしないでおこう。
 今日はとりあえずメディに宴会の雰囲気を知ってもらうことはできたはず。これから少しずつ慣れていけばおのずと
周囲にも溶け込めることだろう。焦らないで一歩一歩確実に進めばいいのだ。シンデレラだって最初から魔法はかけられていなかったのだから――。


 「何かあったのかい? なんか最近楽しそうでさ」
 朝、勇儀に言われた。しかも目をまんまるにして。どうやらここら辺ではちょっとした異変と見られてるようだ。
まあ、気にしないでおこう。今日はメディが遊びに来てくれたばかりか、お昼まで作ってくれるというのだ。そして今、
彼女が作った「きしめん」という料理が卓に置かれている。エプロン姿のメディの姿を横に食事という贅沢。これの前では周囲の奇異の視線など霞むものだ。
 「……いただきまーす」
 ちゅるちゅる。もぐっ。
 硬すぎず、柔らかすぎず、絶妙な歯ごたえ。手作りならではの「心」というものも伝わってきて、それがますます
料理の美味しさを引き出し、倍増させる。
 「メディって料理上手なのね」
 「ううん、アリスに教えてもらって、たくさん練習したから……」
 あくまでも謙虚に。そこがまた可愛らしい。
 食事を終え、満腹感も加わり久しぶりにすごく充実した気分になる。改めてお礼を言ったあと、
 「メディは何かしてほしいこととか、ない?」
 このまま世話になりっぱなしは申し訳ないし、私自身気が済まない。メディはしばらく考え込んだあとに
 「それなら、パルにも地上に来て、遊びに来てほしいかな? アリスに話したら、ぜひとも家に連れてきなさいって
言ってくれたし」
 合わせた両手を胸に置いて遠慮がちに聞いてくる。話だけで知るメディの鈴蘭畑、そしてアリスという人。
興味がないわけがなく、断る理由はなかった。
 「わかった。近いうちに必ず遊びに行くわ」
 嬉しがるメディの頭を撫でながら、私は胸を弾ませていた。


 メディがパルスィのもとへ遊びに行ってる間、思わぬ来訪者が訪れた。扉を叩かれ出迎えると、白い服を着た女性と赤いメイド服を着た女性……
 「ルイズ姉さん……夢子姉さん?」
 かつて魔界で共に暮らした姉の姿がそこにあったのだ。
 「やっほー」
 呑気に手なんか振ってるルイズ姉さんと
 「久しぶりね……アリス」
 大人びた、それでいて穏やかに笑う夢子姉さん。しかし当の妹の私はときたらすっかり頭がパニックになっていた。
 「ひ、久しぶりです! アリスは元気にしてましたわよ!? というか何で二人ともここに――」
 「それは妹を可愛がりに――」
 「やめなさい。余計アリスが混乱するでしょう。姉さんはおとなしくしててください。アリス、立ち話もアレだし
上がらせてもらってもいいかしら?」
 「は、はい!」


 「舞台?」
 「ええ。明後日に公演するんだけど、ぜひ我らが末っ子妹にも観ていただきたくて」
 「……アリスが来るとみんなも喜んで一層張り切ると思うし、たまには悪くないと思うけど?」
 きっかけはルイズ姉さんが人間の世界を訪れた時にたまたま見た演劇の舞台。新しいものには目がない姉さんらしいといえばらしいが、報告した際にその情熱がみんなにも感染してしまったらしい。……まあ、単に平和すぎて退屈だった
というのもあったのだろうと想像できるが。
 その後も話を聞き、外の世界では有名といわれる『三国志』を演じるとのこと。私も外の土産と言われ渡され読んだ
ことがある。その中で登場する最強の武将・呂布(りょふ)と貂蝉(ちょうせん)を主役とした『鬼神と蝶』という
題の劇をやるらしい。台本も見せてもらい、派手な戦闘シーンも含まれているようだが基本は恋愛のようで、不器用だが
一途に愛を貫く呂布の姿に惹かれていく貂蝉と彼女の願いを叶えるだけのために最強の武を振るう猛将が描かれており、シンプルであるがそれゆえに純粋に楽しめる脚本となっている。ちなみにこれを書いたのは驚くことに母だ。聞いた時、気の抜けた声を出し驚いてしまったのは秘密だ。最後は皇帝に名乗りを上げる野心家・曹操(そうそう)
を倒して終わるのだが、この曹操役がサラ姉さん。貂蝉がルイズ姉さん、呂布が夢子姉さん。ユキ姉さんとマイ姉さんは音楽や照明など、いわゆる裏方業に徹している。
 こんなんにも姉さんたちが頑張ってる舞台だ、妹として是が非でも駆けつけなければ。そこであの子の顔が浮かんで、自然に
この言葉が出ていた。
 「あの……メディも一緒に連れてっていいかな?」
 メディのことは何度か話したことがあり、みんなも悪い印象は抱いていない。
 「ええ、歓迎するわ」
 快く承諾され、ほっとした瞬間「アリスー!」と叫ぶメディの声が聞こえ、私達はタイミングのよさにくすくす笑い合った。


 今日の出来事を日記に付けるなら、書き終えたころに日付が変わっているのではないだろうか、それくらい驚きの出来事が
発生したのだ。
 まず、アリスを訪ねると見知らぬ女の人が二人いた。とても綺麗な女性で、アリスとも親しそうに話していた。アリスいわく、
アリスのお姉さん達だそうだ。つまり以前話してくれた魔界の家族ということ。長女のルイズさんと次女の夢子さん。話によると
魔界で演劇というのをやるらしく、アリスを誘いにきたのだがアリスが私も連れてっていいかと聞いてくれたらしく、今ちょうど話が
まとまったところだという。
「メディ、よかったら一緒に行ってみない?」
 アリスの故郷、アリスの家族。抑えられぬ好奇心にまかせ私はこくりと頷いた。


 久しぶりの我が故郷・魔界。慣れ親しんだ光景の中に記憶にない建造物があった。そう、それ紅魔館に匹敵する大きさの劇場だった。これくらい、魔界神である母にとって作り出すには5分もかからないだろう。丸い屋根は七色に光っており相当派手な飾りがされている模様。圧倒されつつも場内に入り楽屋へと案内され、家族と再会を果たした。
 サラ姉さん、マイ姉さん、ユキ姉さんにそれぞれ抱きしめられ、最後に母と対面する。
 「……ただいま」
 「おかえりなさい、アリスちゃん」
 幼い頃みたいに母にしがみついて甘えることはもうなくなったが、母にとっては私はそんなのは関係なく、よしよしと
頭を撫でてくる。不思議と、反論の言葉は出なかった。姉さんたちがにやにやしてるし、メディもいるから恥ずかしいのに、私自身心地いいと思ってしまうのだ。
 「大きくなったし、美人になったわねー」
 なでなで。しばらく撫でていた手が止まったと思うと、母はメディえを手招きし、
 「ほら……メディスンちゃんもいらっしゃい?」
 振り返ると、メディがどうしようといった顔で私の言葉を待っている。私が頷くとメディはおそるおそる母に近づく。
 「うふふ……」
 母は嬉しそうに微笑むと両手を広げ私とメディを包み込むように抱きしめてきた。
 「「きゃっ!」」
 同時に叫んでいた。
  懐かしいハグ。どんな薬や回復魔法よりも元気が出るぬくもりだ。メディも気持ち良さそうに目を閉じている。
 ――そうか。
 メディには家族はいなかった。母はきっとメディが淋しがってるのを瞬時に察してこれに及んだのだ。
 やっぱり――私達の大好きなお母さんは変わっていない。それがただ嬉しく、私も子供に戻っていた。

 積もる話もあったが、本番当日ということで舞台準備やら打ち合わせで時間が過ぎた。もちろん私とメディもお手伝いし、晴れて時間どおりに開場することまでに辿り着いた。
 私とメディは最前列の特等席でゆっくりと舞台を楽しむ。

 舞台の幕が上がり、鎧を着た夢子姉さんと天女を彷彿とさせる衣装のルイズ姉さんが姿を現す。
 ――開演のベルが鳴った。

 ただただ圧倒されていた。陰謀渦巻く乱世の世界、呂布を利用し漢室の再興を目指す貂蝉、実は利用されてることも
全て気づいた上で彼女のために戦い続ける呂布。一部で純粋な男と評されている呂布、そのイメージをこれ以上ないくらいに
描いており、次第に呂布に心から惹かれていく貂蝉との恋愛模様も丁寧に練り込まれている。また、戦闘シーンも非常に迫力があり、方天画戟(ほうてんがげき)を自在に操り赤兎馬(せきとば)に乗って戦場を駆け巡る呂布を夢子姉さんは見事に演じていた。巨大な得物を馬上で振りかざすなんて、魔界一の戦闘能力を持つ夢子姉さんならではの武勇だ。また、ひとくせある美女・
貂蝉を演じるルイズ姉さんもこれまたハマリ役で、正直胡散臭さがあの八雲紫と同等に感じられるほどだ。
 曹操役のサラ姉さんも負けていない。クライマックスシーンの呂布こと夢子姉さんとの一騎打ちはあまりにもリアル
な戦いで見てるこっちが唾を飲みひやっとさせられたぐらいだ。戦闘では夢子姉さんだが、身体能力でならばサラ姉さんのは上なのを考えこの配役はぴったりだったと言えよう。
 ラストシーンは戦いに明け暮れた日々から目的を達し、これからは平和に生きていこうと二人は表舞台から姿を消す。
純粋な三国志ファンにとっては実に衝撃的な展開だったに違いない。ただ私は……これもいいかなと思った。

 二人が赤兎馬に乗り消えていく。幕が完全に下り、場内は地震でも起きそうなほどの大歓声。隣のメディはいつまでも瞳を満点の星空の如くキラキラ輝かせていた。そう、初めて魔法が使えた昔の私のような顔。
 「私も……ああいう舞台に立ってみたいな」
 この言葉が風に流されることはなく、のちに意外な形で帰ってくるのであった。


 かつてみんなと暮らしていた神殿。その大広間はいまや打ち上げ会場へと姿を変え、各々楽しんでいる。テーブルに酒やらワインなどがずらりと並び、それがどんどん減っていく。中心になってるのはルイズ姉さん、ユキ姉さん、サラ姉さんで、夢子姉さんとマイ姉さんは見事に絡まれている。それでも手なれた様子の二人には脱帽だ。
 一歩離れてメディとジュースを飲んでいたが、やがて母が近づき、
 「二人はいつまでここに?」
 「明日の昼頃に帰ろうと思うんだけど……」
 あまり長く滞在してしまえば、やはり情は湧いてくる。母は残念がったが深くは追求せず、メディの方を向くと、
 「メディスンちゃんも舞台やってみたい?」
 と斜め上の質問をぶつけてきた。しかし無垢なメディは素直に
 「うん!」
 と気持ちいい返事をしたのだった。母は笑って頷くと、私にも笑いかけた。
 「――っ!?」
 一瞬。ほんの一瞬だが、穏やかな母の笑みに鋭さが混じっているのを感じた。
 だがそれっきりで。短い帰省は幕を閉じた。


 今日は噂のアリスの家に行くと約束した日だ。メディに案内されながら、内心ひやひやドキドキしていた。先日
アリスの故郷という魔界に行ってきたらしく、その話をずっと聞かされていたがメディが楽しそうに話すので笑顔で
聞いている。だがここにきて私、水橋パルスィの本性が角を出し始める。そう、嫉妬。アリスに対する羨望だ。
 『料理の勉強してて嬉しいのはアリスが美味しいって言ってくれることなんだ』
 『裁縫できるようになったの。アリスのお手伝いもこれでできるよね?』
 思えば彼女の話の大半はアリスなのだ。今さらであるが、あえて気にしなかったのだが。だがここまでこの子を
笑顔にして、またたくさんこの笑顔を見れるのであろう人。気にならないわけがなく、むしろ恐れていた。
 会ってみたい、会いたくない。
 そんな渦を潜ませ、とうとうアリスの家に着く。

 「いらっしゃい! あなたがパルスィね? メディから話は聞いてるわ。今日はゆっくりしていってね」
 初めて会った、メディの好きな人、アリス。メディが言っていた通り綺麗な人で、物腰も柔らかく気品がある。
社交的で誠実、私にとってただ眩しいものばかりを彼女は持っていた。
 コーヒーとお菓子を並べ、とりとめのない話をする。メディとの出会いもその中に含まれており、私は複雑な心を隠し
笑顔で相槌をうっていた。
 実際、いい人だ、アリスは。尊敬できるし、したいとも思う。
 それなのに私はやっぱりひねくれた嫉妬妖怪なのだ。楽しく、そして苦い時間はあっという間に過ぎていく。

 「今日は楽しかったわ、アリス。どうもありがとう」
 「何言ってるの、私達はもう友達でしょ? また遠慮なくいらっしゃい」
 がしりと握手をし、別れる。ちなみにメディも帰るらしく、せっかくなので鈴蘭畑を見せてもらうことにした。
 
 メディの住処という鈴蘭畑。丘の一面を埋め尽くす鈴蘭の花は妬ましいほどに美しく、毒されてしまいそうなほど。
 「よっと」
 メディはまさに我が家といった感じで鈴蘭のクッションに身を任せ、仰向けになる。私はその横で正座。私は鈴蘭、
彼女は空を見ていた。
 「……アリスっていい人ね」
 努めて明るく。
 「でしょ? だから好きなんだ、アリス。もちろんパルや上海達みんなも好きよ?」
 「ふふっ、ありがとう」
 ――一番好きなのは誰?
 私の中の醜い部分が用意した言葉をぐっと呑み込み、笑顔を繕う。せっかくの奇麗な鈴蘭の海も霞んでしまいそうで、
私はほどなくしてメディと別れた。
 そろそろ秋から冬に変わる頃か。秋と冬の空の下、風がやけに冷たかった。


 パルスィとメディが帰り暇を持て余した私は魔界連絡用の水晶が光るのを確認しコンタクトをとる。
 「おおっ、アリス」
 相手はユキ姉さんのようだ。
 「何かあったの?」
 「うむ、聞いて驚け。母さんがアリスとメディスン用の劇の台本を書くと言っているぜ」
 「へっ?」
 もし飲み物を口に含んでの会話ならばお約束の反応をしていたかもしれなかった。
 「完成次第そちらに送るそうだ。じゃあの――」
 「ちょっと待――切れた」
 しばらく開いた口がふさがらなかった……。


 今日は珍しく雛が現れたのでお茶を振舞う。どことなく彼女が疲れてるように見えた。
 「まるであなたが厄払いされる側みたいよ」
 「そうね……ははっ」
 力なく笑う。これはもしかしたら重症かもしれない。思わず身を乗り出す。
 「ちょっと……本当に平気なの?」
 「ええ……ちょっと厄を溜め込み過ぎただけだから」
 どうにもそうは見えないがこうなると意固地になって口を割ろうとしないので深くは追求しない。
どこかリボンも弱弱しく揺れてションボリしているようで。
 「そう……」
 私は長い付き合いの友人さえも笑顔にできない駄目な奴だ……。


 アリスのお姉さんのルイズさんはよく外の世界でいろんなお土産を持ってくるらしい。
 今私が口ずさんでいる歌、『ワールドイズマイン』もそのひとつである。最初だけならばとってもわがままな女の子にみられるかもしれないが次第に一途なんだなあと共感できる歌で、私の大好きな歌だ。
 お姫様になってみたい、素敵な王子様に会いたい。
 おとぎ話の恋物語に憧れる気持ちは私にもわからなくはない。
 しかし最近はこの歌を思い出したり口ずさむ度にアリスの顔が浮かんでくるのだ。
 ちょっとしたワガママにも嫌な顔一つせず優しい笑顔で叶えてくれ、誰よりも私のことを理解してくれ、案じてくれているアリスが。
 そう、私には王子様はいらない。だから、一晩限りの魔法もいらないのだ。
 ちくり。また胸が痛む。
 もう私は生まれたての妖怪ではなく、一人の少女だ。この気持も……今なら充分にわかっているつもりだ。
 私――メディスン・メランコリーは一人の少女としてアリス・マーガトロイドを慕っている。


 世間ではクリスマスイブと呼ぶ日。気づけばあっという間に冬になって、年も明けるのが近づいていた。
魔界でもクリスマスパーティーはあった。今考えればかなり滑稽であるが、家族団欒という意味ではよかったはず。
イブの夜、あの子と過ごせることを素直に嬉しいと思う。霊夢や魔理沙とは違う、わくわくを運んでくれる子。
 もう準備は完了しており、あとはあの子の到着を待つだけ。こんなに誰かが来るのが待ち遠しくなるのはずいぶん
久しぶりのような気がした。少なくとも、幻想郷に来ては初めてだ。ソファーに座って本を読むが体がそわそわして
どうにも落ち着かない。
 「プレゼント、どのタイミングで渡そうかしら……」
 飾りものとなった本を膝に置きそんなことを考えていると、扉をトントン叩く音が聞こえ、自然と玄関口へと
足が軽やかに動いていた。



 「メディ、いらっしゃい。寒かったでしょ? ほら、上がって上がって」
 服と髪についた雪を落とし、アリスに促されるまま居間へと向かう。テーブルにはシャンパンやイチゴの乗った
ショートケーキ(おそらくこだわりの卵で作られたのだろう)、クッキー等のお菓子が並べられ、豪華なものと
なっていた。
 「さ、座りましょうか」
 「うん」
 席に座り、アリスがシャンパンを開けてグラスに注いでくれた。私もお返し。お互いぴったりの量のジャンパンが
グラスに入るのを認め、静かに乾杯する。
 ガラスのコップが小さな音を鳴らし、グラスの中のシャンパンが揺れた。

 しばらくし、プレゼントの交換をすることに。まずはアリスから箱を受取り、そっと開けると、
 「うわぁ……すっごーい……」
 赤と白、おそらくはクリスマスに合わせた色合いの外套(がいとう)が出現し、感嘆の息を漏らしてしまう。
 「これからは寒くなるしね。いくら人形、妖怪だって言ってもそのカッコじゃ寒いわよ?」
 「……ありがとう」
 外套も暖かそうだったが、アリスの言葉もまた温かかった。
 「じゃあ、今度はメディの番ね」
 頷き、震える手でプレゼントの入った包みを渡す。アリスが微笑んで受け取ると大事なものを扱うようにゆっくり
丁寧にリボンを解き、中を開ける。
 「あっ、これは……」
 実は用意したプレゼントはひとつではない。アリスの人形達への新しい服と、アリスには人形の姿が描かれた
ケープを用意した。いずれも永遠亭で道具と部屋を借りて仕上げたものだ。
 「メディ……」
 ガタっと椅子を揺らしアリスが立ち上がる。どうしたのだろう、心配しそばに行くと――
 ぎゅうぅ。
 「あっ……?」
 抱きしめられていた。
 「ありがと、メディ。こんなに嬉しいプレゼント、初めてよ……!」
 優しく抱きしめられ、あの胸の痛みが蘇り、すぐに鎮火される。その代り、もっとこのぬくもりを感じていたくなる
衝動。こっそり読んだ恋愛小説のような展開に、私の思考が毒されていく。ああ、アリス――。
 つま先に力を入れ、背伸び。少し背の高いアリスにはこうしないと届かない。どこに? それは――。
 「アリス……好き――」
 雪のように白い頬。
 ちゅっ。
 ほんの、触れるだけのものであったが、確かにキスをしていた。

 「きゃっ!」
 いつも冷静なアリスもさすがに目を白黒させていた。当然だ、私自身どうしてこんなことをしてしまったのか
わからないんだから。
 「……」
 「……」
 互いに目を合わせたまま動かない。何を考えてるのだろう? 嫌がってないかな? 嫌いになっちゃったかな?
そんな考えばかり先に湧いてきて涙が出そうになる。
 「メディ」
 「は、はいっ」
 アリスの手が私の両肩に置かれ、アリスがそのまま屈んで視線が近づいてくる。アリスの顔が今まででいちばん近い
距離になり声を出しそうになったが、
 ちゅっ。
 一瞬、自分がやったことをされたということが理解できなかった。時間が経つごとに理解し、顔が真紅に染まる。
アリスも顔が真っ赤だった。それが……なんか嬉しい。
 「……あはは、やっぱりなんだか照れるわねメディ……メディ!?」
 嬉しいやら恥ずかしいやらがごちゃぎごちゃに暴走し、私は意識を失った――。


 隣ですやすや眠るメディの顔を覗き込む。今、私達は同じベッドで二人で横になっている。
 「キス……したのよね?」
 頬とはいえ……お互いすいぶん大胆なことをしたのだなあと苦笑い。
 今まで妹のように思っていたメディ。
 ――ドクン。
 家族とキスするのとは違う嬉しさ。
 ――ドクン。
 毛布越しに彼女の小さな体を包み込む。この子はこんな小さな体で今まで独りだったのか。
 ぎゅっ……。
 もう人形遣いと人形でもなんでもなかった。
 ただ、この先ずっと守りたいと思える女の子。その子を守るように抱いて私は眠りに就いた――。


 ――何かが壊れてゆく。今まで築いた距離が崩れていく。
 これほどまでに自分の力が大きくなり、制御できなくなることなんてなかったのに。
 愛しい人の顔が浮かぶ。
 尊敬する友人の顔が浮かぶ。
 それが今はとても――妬ましい。
 私の足は意思に関係なく、いや、もしや私が必死に隠していた本性なのだろうか――とにかく、私の足はあのアリス
がいる森へと向かっていた。


 ふと目が覚めると隣でアリスも寝ていたのでびっくりしたが起こしたら悪いので声を殺しつつベッドから抜け出す。
あのままいてもドキドキして眠れないことがわかってたし、それに今から食事の用意をしてアリスにささやかなお礼をしようとも思っていた。
 「でも、昨日私達……」
 思い出すだけで体が熱い。頬に両手を添えて悶えそうになるが我慢だ。まずは朝ごはんの支度を――?
 「この力は……」
 私の名前にもなってる憂鬱(メランコリー)に近いマイナスエネルギー。それもかなり巨大だ。
 「近づいて……くる?」
 アリスを起こすべきか、いや、しかし――。
 トントン。
 控え目に、しかししっかりとドアが叩かれた。背中から冷たい汗が流れていく。それでも出ないわけにはいかない、
勇気を振り絞って扉を開けると、扉にかけた右手がぐいっと引っ張られ、私はそのまま外へと引きずりだされてしまう。
 「痛い! 何するの――パ……ル?」
 


 現実なのか、夢なのか。
 できれば夢であってほしいと願った。そうすればまたいつも通りの友人関係に戻れるから。
 だが――容赦のない現実にバランスの崩れた自分。そして私に組み伏され怯える少女。密かに慕っていた少女。
その少女から花のような可愛らしい笑顔を奪おうとしているという現実。
 「お願いだから……パル……!」
 絞り出すようなか細い彼女の声も今は私の狂気を止められず、小さな肩を押さえる手に力がこもる。
 「痛い! 痛いよ!」
 メディのこんな苦しそうな顔、悲しそうな顔なんて見たくないのに、体が言うことを聞いてくれない。
私は完全に自分の嫉妬に支配されていた。黒い炎がごうごうと燃え盛り、目の前にいるメディを独占したい、
奪ってしまいたいという欲望を燃え上がらせていく。
 両手でメディの顔を押さえ、顔を近づけていく。メディも今から私がやろうとしていることがわかったのであろう、
イヤイヤと首を振って瞳から涙を零している。
 もうすぐ。もうすぐで私とメディの唇が――その刹那、

 「――メディ!」

 背後から響く声。この声は……。
 おそるおそる振りぬくと、今一番会いたくない顔があった。
 「……パルスィ」
 「……アリス……う、ううっ!」
 とたんに何もかもが冷めていき、私はそのまま空を飛び逃げて行った。
 ……どうしようもない、愚かなことをしてしまったという悔悟で心を痛めさせつつ――。


 ようやくメディも落ち着き、ことの一部始終を話してくれた。にわかには信じられない、信じたくはないが
パルスィとは一度話をする必要がある。どうしたものかと悩んでいると雛が尋ねてきてので彼女にも話すと
急に泣きそうな顔で謝ってきた。どうやら今回の件についてなにか知ってるようだ。
 話を聞くと、どうやらパルスィはメディのことが好きで、しかし私達に気遣いずっとそれをひた隠しにしてきた
そうだ。そして雛が厄を流す前に彼女と会ってしまい、厄の一部が彼女に流れ込み嫉妬を増幅させたのだろうという
見解を述べた。
 つまりパルスィもメディのことが好きという。
 「……ちょっと地底まで行ってくる」
 「アリス!」
 「無茶よ!」
 二人を手で制止させ、
 「こういうのはお互い全力でぶつかりあうしかないのよ……大丈夫、必ず何とかするから」
 人形に命令し、一冊の魔道書を持ってこさせ、それだけを持って出ていく。
 これは――今の彼女にしてあげるせめてもの礼儀だった。


 いつかは来るだろうと思っていたが、まさか今日中に現れるとは。
 橋の上で私達は対峙する。
 「……好きにして」
 どんな罰を受けても仕方がないことをした。甘んじて受けよう、そう思っていた。しかし――。
 「弾幕ごっこしましょう!」
 「えっ?」
 そう言ってアリスは一冊の本を取り出した。
 「ねえパルスィ、感情というのはどんな理屈、論理も時には通用しないの。そういう時はお互い全力でぶつかりあって
気のすむまでやった方がいいのよ?」
 なんという強引な言い分。だが、不思議と悪い気はしない。気づけば先ほどの嫉妬の力もすっかり落ち着いて、
今なら確かに正々堂々の勝負に臨める。
 「お互い全力で――ね」
 アリスは決して全力は出さない主義。そのアリスが私に全力で相手をしてくれると言った。これで私の心はずいぶん
救われた。
 「ええ――」
 もどかしさも、妬みも、全てこの戦いで消化しよう。それが私達みんなの最善の道だから。
 「行くわよ、アリス!」
 「来なさい、パルスィ!」

 勝負はあっという間に着いたようにも、長引いたようにも感じた。ただ、片膝を突く私と両足でしっかり立っている
アリス――勝敗だけははっきりとわかっていた。
 よくぞまあ、この程度の傷で済んだと思う。正直、彼女の本気は鬼と同等もしくはそれ以上だった。その気になれば
幻想郷の巨大勢力をも脅かすことが可能だろう、それも一人で。
 「強かったわ、アリス。完敗よ……!」
 悔しさも妬ましさもない、空っぽだ。全てを出してぶつけ合ったのだから。
 「パルスィこそ……今まで戦ったそんなやつよりも強かったわ……!」
 手を引かれ、立ち上がると、互いにくすくす笑い合った。
 「明日、メディに謝るわ」
 「ええ」
 去りゆくアリスの背中に声をかける。
 「メディと……幸せに!」
 嫉妬妖怪の私の心からのエールに、アリスは手を挙げて応えてくれた。顔は見えぬがきっと笑ってる、なぜなら
私も笑っているからだ。

 「……そろそろいいわよ、雛」
 生涯の戦友、アリスの姿が見えなくなるのを確認し、柱の陰で隠れていた雛に声をかける。
こそこそと出てきた彼女はあまりにも弱弱しく、儚げであった。
 「そんな悲しそうな顔しないの。私が勝手に横恋慕して嫉妬した結果なんだから」
 そっと肩を抱き、引き寄せる。
 「私も、同じだから。あなたの心はいつメディスンから離れるんだろうと気にしてばかりで厄神の仕事に手がつかなくて、厄を溜めたままあなたと会ってしまったからこんな――」
 今にも泣き出しそうな顔をされ苦笑いしつつ抱きしめてやる。とりあえず今の雛はしゃぼん玉のようにあっさりと
消えてなくなりそうに見えるから、消えないように、離れないように。ぎゅっと。
 「あっ……」
 雛は一瞬目を丸くしたが、すぐに甘えるように私の胸に顔を埋めた。
 「ね、雛。地底にも、花が咲かせられると思う? 私はできると思う。よかったら手伝ってほしいの――」


 例の一軒も解決し、冬から春へと変わろうとする頃、二人の元に一冊の脚本が届いた。
 魔界の神様が二人に送った台本、それは人形の王国のお姫様と人間の世界の王子様との恋物語。
 人間から独立した人形達の王国は人間への復讐を目論む。それは以前のメディスンなら理解してたであろう、
憎悪。
 たった一人、お姫様だけが復讐は新たな復讐を呼ぶだけの終わらない連鎖と危惧する。
 外の世界を知らない王子はこっそり城を抜け出し、人形の国へと流れつき、お姫様と恋におちる。
魔界にいたころのアリスをどこか彷彿とさせる。
 やがて行われるふたつの国の戦争。もはや二人を受け入れるものはなくなった。
 ならば作ればいい、それは新たな世界、新たなる常識。共生。今の二人にはこれ以上ない相応しい物語だった。

 魔界神の計らいで幻想郷に巨大な劇場が建てられ、古今東西の人妖が終結する中、人形遣いと人形から
少女へと姿を変えた二人が舞台でまばゆく光り輝く。


 『どんな世界がお望みですか、アリス』
 『苦しみも悲しみもない、全てをワクワクに変えてしまえるような世界、メディスンとだったらきっと
作り上げれる気がするんだ』
 『アリス、私、今この瞬間をずっと忘れません! 愛してます!」
 『さあ、行こうメディスン。僕達の輝かしい未来へ!』


   『羽を贈ろう
     おかしな一日を届けよう』

   『遠くの悪い雷は僕たちが一緒にいろということ』

 完全無欠などこの世には存在せず。長所・短所それぞれが個性。それでも好きになった者同士は
一日一日が斬新で楽しいと感じる。
 そんな二人にも試練の時がおとずれるだろう。しかしそれは二人を引き裂くものではなく、二人がさらなる未来へと
進むための砂利道に過ぎない。

   『さあ休日を贈ろう
     君はおとなしい光じゃない』

   『そこは僕達が一緒にいるより少し遠いだけ』

 誰かを好きになることはとても素敵なことと同時に暴力的だ。愛情と憎しみが一緒くたになって狂う。
しかし、それも含めて「好き」という言葉になる。
 どれだけ好きに思っても心配は尽きず、いつまでも未完成のまま。だからこそ支え合う。

   『星になろう』

   『感じよう』

   『夢中になろう』

   『君を見つけるよ』

 恋におち、惹かれあう。
 どんな障害にも、離されようとも、
 必ず巡り逢う。

   『そして……』

   『君は……』

   『僕達は……』

   『Lovinforever!』
  (いつまでも愛してる!)

   『Lovinforever!』
  (永遠に愛してる!)


 最も強い力とは何だと問われるならば、こう答えよう。
 『全てをワクワクに変えてしまう力』だと。
 悲しいことも苦しいこともワクワクに変わり、みんなが笑顔になる。
 単純だけれども一番すごい力だ。この日の彼女たちに叶う者はこの世にもあの世にも
存在しなかった。全てをワクワクにしてしまったのだから――。


 舞台が終わったすぐその足で、私達は無名の丘へ駆けて行った。月の光と雪の光に照らされた無名の丘は
自然の作った幻想的な美しいステージに姿を変えて私達を迎えてくれる。
 「今度魔界に行く時は……『家族〗としておいでなさいって言ってたわ、お母さん」
 「うん……」
 鈴蘭の柄で彩られたドレス姿のメディは世界でとびっきりの私だけのお姫様だ。
 「踊りましょう? 私の可愛いメディスン」
 「うん……アリス、大好きだよ……」

 無名の丘の鈴蘭畑。
 月の光と雪の光に照らされたステージの上で二つの影が優雅に踊っている。
 いつまでも、いつまでも――。








     幸せ便り

 ワスレナグサは置かないで
 代わりに大事に育ててほしい
 花言葉なんかより大事 花の命
 生きて咲く それだけで美しい

 子供以上大人未満 大人未満子供以上
 堅苦しい模範解答突きつけられても ねえ
 あなたのワクワクで穴を開かせて

 ドキドキを探そう
 ワクワクに変えよう
 幸せという名の花を咲かせよう

 山へ行こう 川へ行こう
 見たことのない世界 楽しいよね?
 残酷で素敵と言われようと
 二人にとってどうでもいいこと

 私の土にあなたの種
 白く美しい花 今咲くの

 手をつないでいよう
 のんびり歩いていこう
 幸せという名の便り届けよう

 約束の花畑へ…








 あの舞踏会から一年。春が来た。
 「準備、できたよー」
 よそいきのドレスに着替えたメディ……晴れて私の家族となり、今はメディスン・M・マーガトロイドの名になったが
相変わらず元気で可愛らしい子だ。そんな彼女と手をつなぎ白いワンピースの菖蒲の花柄の帽子をかぶった少女も
同じような無垢な笑顔を私に向け、
 「アリスママ、お待たせしましたです。メディスンママったら、髪の手入れに時間をかけ過ぎですよ?
だからもっと早めにやった方がいいと言ったじゃないですか」
 メディより一回り小さいが思考はずいぶん大人びていて。
 「うーっ、アリスぅ、あやめがいじめるよー」
 「はいはい……」
 この少女の名前はあやめ。
 メディとの協力を得てついに完成した自律人形である。肩ままで届く金色の髪が凛々しくも可愛らしい。
 「しっかり者のあやめにはご褒美です」
 ひょいっと肩車をしてやると瞳を輝かせて喜ぶ。ここら辺はメディ似かもしれない。
 「ずるーい、アリス、私もー!」
 「ふふ、メディには後でチューしてあげるから、ね?」
 「……アリスママさりげなく大胆ですー。メディスンママ赤くなってますよー?」
 私もそう思う。好きな相手にはこうもなれるということをあやめにもわかったもらえたかしら?
 今日はあやめを初めて外の世界に連れ出す日。まずは地底に行こう。パルスィと雛が地底に見事な花畑を築いたらしいのでちょうどいい。
 肩車されてるあやめがしがみついてきて、メディが右腕の方にしがみつく。
 「行きましょうか。あやめ、メディ」
 「はいですっ!」
 「うんっ!」

 ――天下泰平、こともなし。
 今日もきっとワクワクする日になるだろう。








     ~作業用BGM~
『曾根崎心中』 『幽霊人形』 『闇色アリス』

『逆さまレインボー』 『ワールドイズマイン』




        ~ EDテーマ曲~
      『幸せ便り』(本作のための書き下ろしオリジナル)



        ~制作~ 
   『鈴蘭畑の舞踏会』制作委員会



     菖蒲(あやめ) 花言葉       鈴蘭(すずらん) 花言葉
    『良き便り』              『幸福』
   



 


                                            完
 



 
すみません、やらかしました。
あらぶる魂が気づいたらEDテーマ曲を書き上げていたのです。
どうも、名前変えました。今回はノベルゲームっぽさを目指してみたぜ。
ぜひともこの調子でゲーム化・漫画化してに同人化し…うっそよね~ん。
タグがまさにその通りでね、今頃恥ずかしくなってきました。
ボカロ曲を聴きながら作業していたおかげですっかりボカロ好きになりました。闇色アリスとか
ワールドイズマインがお気に入りです。てかなんなんだよ、これって内容ですよね。
エピローグの「アリスママ・メディスンママ」の元ネタはわかる人にはわかると思います。
いや、本当に二人の間に娘っぽいのできてそう呼んでくれたらいいな…そんな妄想でぶっちゃけこの
作品が生まれたんですよねー。
相変わらずメディスンはマイナーされがちで、新作にも期待はできそうもありませんが俺の中では東方一のアイドルなんで、そしてアリスが彼女の王子様なんで。そこら辺は容赦してくれるわけにはいかねえか? でも今回はラブラブ度低かったかな…そこはみなさんにゆだねましょう。
次回は全くわからん。人柱アリス題材にしたものを頭に浮かべてるがなんも決まってない。まあでも
またこの二人を書くんだろうなとは思う。
それでは最後にこんなよくわからん戯言にまで目を通してくれたみなさんに土下座で感謝しつつお開きにしたいと思います。 ありがとうございました。
燃焼羅刹
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コメント



0.1230簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
話がまとまった良作だと思いました。メディ可愛いよメディ。
私も『ワールドイズマイン』は大好きです。よく替え歌にして遊ぶくらいには(笑)
あと雛パルを最近某動画で発症した俺歓喜、でしょうか。
14.100名前が無い程度の能力削除
今のこの気持ちを言葉にできないのがもどかしい。
ただ一言、最高だよ。
20.100名前が無い程度の能力削除
アリスは姐御肌ですね。

メディスンはもっと評価されるべきキャラだと思います。
22.100名前が無い程度の能力削除
しらなかった
メディってこんなに可愛かったのか
24.100名前が無い程度の能力削除
メディスンをヒロインにする程度の能力の真髄を叩きつけられて俺歓喜
25.10名前が無い程度の能力削除
演出方法、話の流れ共にちょっと自分に酔いすぎかな?
視点が頻繁に変わるから読みにくかった。
26.100名前が無い程度の能力削除
視点が頻繁に変わるのは少し読みづらかったですが。内容は素晴らしかったです。
ぱるぱるの能力が何時くるかドキドキだよ!厄い方達最高ね!
メディの可愛さ、アリスの優しさに悶絶。
31.90名前が無い程度の能力削除
これはいいヒロイン
34.100f.t削除
「好き」が伝わってくる。ひしひしと。
うらやましいな、メディスン。
読ませてくれてありがとう。
39.100irusu削除
良い話、感動した。
41.100名前が無い程度の能力削除
素敵な話だ・・・おいら、感動したよ。